TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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ノモンハン事件 藤田嗣治

Fujita
上の絵は、哈爾哈(ハルハ)河畔之戦闘 (部分)
Leonard(Tsuguharu) Foujita(1886-1968)

作家や画家や作曲家まで、戦争をテーマにしたからといって、糾弾されるのはおかしい。日本に見捨てられて藤田は去った。
参照:モンパルナスの日本人
Leonard Foujita in Montparnasse
日本人及び日本国家の消滅を画策した売国奴(敵側スパイ)だけが、この国では「恋焦がれ」られている、とは!
参照:Tel Quel Japon過去記事
参照 鳥飼研究室サイトノモンハン事件の部分

追記: 2009年2月1日
参照:こちらも興味深いwikipedia ノモンハン事件
参照:筆者の肉親愛に感動する(モンゴルに行くきっかけ、は1~7話まである:この絵にまつわる話とノモンハン事件

ところで上の戦争画なのだが、ソ連軍戦車の前に大敗したと認識されていたために、この図はありえない、戦意高揚のための捏造だと誤認され、戦後、画家の人格にまで非難が及んでいた。藤田の名誉回復はなされるべきだろう。
ノモンハンの戦場にて
この写真はノモンハンにて万歳を三唱する日本兵達!
参照:出所はこちらのペイジ:この写真を掲載して「ありえないだろう」と憤慨している他のサイトもあった。これはノモンハンで戦った実際の元兵士が、所有されていたもので、憤慨していた当人がその兵士の方から借り受けて掲載したものがそもそもの出所と思われる。
昨日と今日(2009年2月3日)と再度そのアドレスを探し、見つけた。こちらが写真の出所と思われるペイジ:

追記:2009年2月2日
参照:加藤哲郎氏のノモンハン事件とゾルゲ事件研究
ノモンハンに関しては日本から持ち出された情報がどうのと言うより、スパイのもうひとつの役割、すなわちどういう虚言が日本側司令部の耳元で囁かれたか、を検証することのほうが急務であると思われる。関東軍の暴走と言われるが果たしてそうだったのか?(さしたる責任は問われていない。)後に自殺者が出たのは、引き方に納得が出来なかった、現場で命をかけた者達の、それこそ悲憤だったのではないだろうか。新しい視点の獲得を急がねばならない。

追記:2009年2月3日
参照:ノモンハン事件 元ソ連参謀本部大佐手記詳訳
参照:本当は日本軍の大勝利だったノモンハン事件
参照:ノモンハン事件の真相と成果 : Blog「年輪」
参照:ノモンハン事件について
参照:カスタマーレビュー
ノモンハン事件の真相と戦果―ソ連軍撃破の記録
参照:わかりやすい戦争
参照:祖父の命日にノモンハンを考える

・・・・・上の記事の最終入稿は2009年2月1日です・・・・・
・・・・・ノモンハンを並べるために再移動しました・・・・・

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