TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

映画「ゾルゲ氏よ、あなたは誰?」 岸恵子 

Qui etes vous ,Monsieur Sorge?
以下は2009年1月17日のTel Quel Japonの記事「Sorge&Ozaki」で触れたYves Ciampi監督、岸恵子出演の「Qui etes vous Monsieur Sorge?」に関する付加記事です。

今手にしている本のタイトルは「パリ・東京井戸端会議」(岸恵子/秦早穂子)。新潮文庫、昭和59年3月25日発行とあるが、元は読売新聞社より昭和48年12月に発行されたものだ。昨日偶然に見つけた。そしてゾルゲの映画に関する記述を発見して、岸氏がこの映画にどのように取り組まれたのかを知ることが出来た。ショックだった。これは二人の女性の書簡集でエッセイでも評論でもない。よけいにショックだった。(岸氏のエッセイ等、けっこう読んでいるファンだったので)

P.306&P.307
ご存知のように、リヒアルト・ゾルゲは坂本竜馬と共に私が恋焦がれた男で、あの映画の企画をしたのは私、資料集めや現存するゾルゲ事件の関係者達にも逢い、ただならぬ情熱と精魂を傾けて製った、イヴと私の映画なのです。
(確かに誰が誰に恋焦がれようと勝手なのだけれども。彼女にとってゾルゲは英雄なのだろうか?この本を手にしてまずこの個所が目に飛び込んできた。)

P.26&P.27
だからこそ数年後、フルシチョフさんに招かれて、モスクワ全市二十一館で一斉封切りされたプレミアの夜、映画が終わると、総立ちになった観客のわれかえるような拍手と、「スパシーバ!」の叫びに、イヴも私も声も無く、感動したものです。
(モスクワの観客はゾルゲへの感謝と、この映画を製ったあなたたちへの感謝で熱狂したのは当然ですよ。ましてあなたは日本人なのですから。)
そしてこの映画がきっかけでゾルゲ記念切手が発行され、ゾルゲの銅像が立ち、ゾルゲの生まれ故郷バクーにはゾルゲ通りが出来、船にまでゾルゲの名前がつけられたときくにつけ、私は他愛も無く泪を流して感動したものだったわ。
(この部分を読んで付加記事を書く気になった。あのゾルゲ像も、あの記念切手も、この映画がきっかけで?初めて知る驚きの情報だった。参照:船や通りだけでなく学校にも名前がついている。 石井花子がソ連から年金を受け取れるようになったのも、この映画によってゾルゲがソ連で英雄の地位を獲得したからだろうか。)

P.26
ところが日仏合作であったため、日本では「真珠湾前夜」と改題され、原作とは少しずつくいちがった映画となり、セリフも日本語にふきかえてのいわゆる日本版が作られ、私はただ唖然としたものです。その試写を、松竹の映写室でみせられた時、私は、その途方も無い無残な誤解に、泣きわめいてしまったわ。
(見るなら日本版ではない方を見るべきなのですね。資料集めをされたのだから、Sorgeが何をしたかご存知なんですよね。この前見た「俺は、君のためにこそ死ににいく」では特攻の母を演じておられた同じ岸恵子さんですよね。大昔「私財を使って戦没者の遺骨収集に尽力し、日本遺族会にも莫大な寄付金をした」鶴田浩二氏の恋人と言われた岸恵子さん、ですよね。スターリン批判がまだお耳に届いていなかったんでしょうね。)

P.26
パリで大好評だったこの映画は、その後ソヴィエト大使の推薦で、モスクワ映画祭出品のため、モスクワまでゆきましたが、税関試写に立ち合った当時の陸軍大臣が、試写が終わるとすっくりと立ち上がり「この映画は嘘だ。リヒアルト・ゾルゲなどは、知らん。ソヴィエト連邦にスパイはいない。・・・」。この鶴の一声によって映画祭参加は却下されました。
(あの国を肌で感じたわけですね)
当時は、フルシチョフが出現する前で、スターリニズムはまだまだ隆盛だったから、政治的にボイコットされるのは無理ないけれど、そのスターリンのため、というより、スターリニズムをあくまでも信奉しコミンテルンの一員として世界平和のために、巣鴨で絞首刑に果てたゾルゲを思うと、悲憤やるかたない思いでした。
(あらら。悲憤やるかたないのは、ゾルゲや尾崎にまんまとだまされた国家の中枢にいた日本人ですよ。これがそのコミンテルンのスパイ構成図です。)

P.66~P.69
ここでは5月29日の横浜空襲体験が語られる。防空頭巾のかわりに濡れ布団を身体に巻いて逃げ惑う恐怖は生半可なものではない。平和が欲しかったのだろう。原爆を落としたアメリカとはさすがに言えないとして、スターリンが、コミンテルンが、ゾルゲが戦前戦中の日本を葬り去ってくれたと、ゾルゲに対する感謝の気持ちさへあったのだろう。錯乱した人達はたやすく洗脳されうる。
国家に利益をもたらしたスパイはその国家では英雄となりうる。しかしそのスパイによって間接的にではあれ、幾多の生命を奪われ、表現できないほどの不利益を与えられた側の国で、そのスパイが「恋焦がれうる対象」にどう勘違いしたらなれるのだろうか?

古本市場で購入した古い書物である。こんな古い資料を使って岸恵子そのものを論じるつもりは全く無い。 参照:コミンテルン
追記(2009年1月27日):上記の映画はフランス、日本、ソ連以外にドイツではWer sind Sie, Dr. Sorge? イタリアではLa Spia del secolo,アメリカではWho Are You, Mr. Sorge?というタイトルで上映された。Yves Ciampi監督の類似作品としては、1979年のTV作品「Staline-Trotsky: Le pouvoir et la révolution 」1981年のTV作品「Staline est mort」等がある。
追記:参照 Tel Quel Japon過去記事:「Stalin Video」

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「アメリカ側から見たゾルゲスパイ事件」についての非米活動調査委員会聴聞記録を入手した。前回の記事でDisneyが証言台に立っているあのthe House Un-American Activities Committee(下院非米活動調査委員会)である。日時は1951年8月9日(木曜日)。日本でゾルゲを取り調べた吉川光貞検事が証言している。寒い部屋で画面から直接読んでいたので、首が固まってしまった。日を置いて改めて取り上げようと思っている。
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