TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Potsdam Conference

Potsdam Conference

1.ポツダム宣言 POTSDAM PROCLAMATION
2.ポツダム宣言 Wikipedia
3.Potsdam Conference convenes:
4.European History/Europe: 1918 to 1945
5.Conferences of the Allied Grand Strategy:
6.The Potsdam Conference:
7.Harry Truman and the Potsdam Conference :
7.は教材として提示されている非常に興味深いサイト。以下はそこからの一部引用。
Their song was that France would go Communistic, so would Germany, Italy and the Scandinavians, and there was grave doubt about England staying sane." The Potsdam Conference, a meeting of the victorious leaders of the Allies in Europe, attempted to confront the delicate balance of power of the opposing governmental structures, democracy and communism.

各国の中枢に深く入り込んでいた”正義だと信じたスパイ達の幻想力”がこの場にスターリンを登場させた。体力も権力も充実し一人だけまるで降臨したように堂々としているスターリン。砕氷船理論の第一段階が達成された瞬間だ。
「Will」2月号で秦郁彦氏が「田母神氏がコミンテルンの陰謀なるものをずらずらと並びたてたのは感心しない」とし、別表を作成して「コミンテルンの陰謀諸説」をずらずらと独自の視点で否定されている。秦氏は自ら「陰謀大好き」と表明され「陰謀史観」などという語をタイトルに用い、自らの目に鱗をはめてしまっておられる。コミンテルンが成果を上げ結果を出していなければ、この図(写真)はありえないだろう。陰謀史観でも陰謀説でも既になく、戦略であり、各国を代表する出席者達はその成果を、脅威を”事実”を、少なくとも雰囲気としてうすうす認識しているからこその図である。この場を支配しているのは今まで言われてきたようにこれから先の共産主義に対する脅威と言うよりもむしろ、過去の事実に対するぼんやりと見逃してきた自国内恐怖なのである。

参照:Tel Quel Japon Politique過去記事:ソ連の参戦
参照:Tel Quel Japon Politique:過去記事:大東亜戦争とスターリンの謀略:
参照:Tel Quel Japon Politique過去記事:Macarthurの証言
参照:大東亜戦争とアメリカの失敗
参照:「侵略」か「圧制からの解放」か日本のアジア進出
参照:真珠湾攻撃に関する議会の調査報告書
参照:An Interview with Admiral Kimmel
参照:日米交渉ー開戦への経緯
・・・・
参照:Hull note Wikipediaハルノート全文
United States Note to Japan November 26, 1941

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://goodlucktimes.blog50.fc2.com/tb.php/86-c7e70663
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。