TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

大空襲 1945年3月10日 & サイトの紹介

今日3月10日は若くして亡くなった私の父の命日。
東京大空襲の日でもある。4つほどSiteをあたってみました。

東京大空襲 ;
日米で戦争責任の検証を ;
hiryuの写真日刊紙
Curtis Emerson LeMay

私の「太古と言う未来」というBlogに旧作を入稿しようと、書棚から「文学塹壕」(発行人;君本昌久氏)1973年7月刊第3号を引っ張り出してきてペイジをめくってみると、偶然「東京大空襲を記録する意味」(早乙女勝元氏の講演)と「神戸大空襲と私の体験」(野坂昭如氏の講演)の記事が同じ号の本に出ていて、思わず読みふけってしまいました。当時神戸の「市民の学校」の文学者達は「大空襲を記録する」上映会も開催されていたように記憶しています。この大虐殺が何故大虐殺と認識され問題にならないのか、不思議でたまりません。私の祖母と父の住んでいた家も3月13日に大阪第1回目のB29による大空襲で丸焼けにされています。父の英文日記にその日のリアルな記述があるので、いつか書き出してみたいと思っています。早乙女、野坂の両氏の講演からは抜粋したい部分が沢山あるのだけれど、部分的抜粋では真意が正確に伝わらないことも有るので見送りました。近くの図書館に行けば国会図書館からでも取り寄せてくれるのではないかと思います。興味のある方はぜひお読みください。
1973年のこの時点で戦後28年、さらにそれから35年が経過して、あの大空襲はかなり風化していると感じます。1973年の記事を読むとそれを如実に実感します。
日本兵はアジアの諸国であれをしたこれをしたと、見てきたように騒ぎ立てる口の多さと比較すれば、やはりこの忘却に近い風化は異様です。「アメリカの原爆のおかげで戦争が早く終わった」などと言う、まるでトイレの洗剤で洗脳されているような頭では、歴史の検証は不可能です。
どんなに多くの丸腰の同胞がどのような目にあって苦しんで悲しんで倒れていったか、日本人一人一人が目をひんむいて、真心を持って検証しなければ、戦争の真の悲惨さは体験しない者には分かりません。
コテンパンに負けた国民なのに、加害者面して、多少の優越感をもって「もう戦争はしません」等と言うのは、吉本喜劇のギャグと同じす。戦前から日本は戦争を回避するためにとことん努力はしてきたのです。
それに考えてみてください。「もう暴力は揮いません」と言うのはガキ大将の言葉であって、負けて泣いている子の言葉ではありません。
父や母の世代、祖父や祖母の世代が体験した戦争の苦しみ、残酷さ、惨めさ、それらをこそ検証し伝えなければなりません。原爆投下や日本本土大空襲を検証しつづけ、風化させてはならないと、考えるのであります。

Look at this film-1 , Look at this film-2,
Look at this film-3 , Look at this film-4 ,

SOMEDAY - GRAVE OF THE FIREFLIES
上記の野坂氏の講演の中に、妹は餓死した、という証言がありました。Grave of the Fireflies: Sadness

追記: 3月15日: 
日本TV 記念番組 東京大空襲 3月17日、3月18日 2夜連続


・・・・・追記:2011年3月5日・・・・・
66回目の3月10日、と3月13日が近づいてきたので、この記事を上に移動させました。

・・・・・追記:2011年3月15日・・・・・
B29による一般市民大虐殺について
私の祖母と父の家もB29に焼かれました。命からがら逃げたその日の父の日記、見つけることが出来ませんでしたが、素晴らしいペイジを発見しました。
大空襲のペイジ
・・・・・
Coast Guard Officers Harpooned to Death?
Confute Fabrication of Comfort Women!
Videoペイジ
元ペイジVoice of Japan via Tweeting

/////////追記:2011年3月19日/////////

Japan Focus : All Articles
The Asia Pacific Journal とはどこから資本が出ているどういう団体なのだろう。日本政府による反日心理戦?これが日本政府のど真ん中的、見解なのかもしれないが。
The War Crimes Trials and the Issue of Indiscriminate Bombing
by Yuki Tanaka and Richard Falk
同じくThe Asia Pacific Journalからの記事だが、読みごたえがあった。原爆に対する怒りはいかに歴史解釈が異なろうとも右左を問わず、日本人に共通するものだ。日本の歴史教科書の歴史認識から原爆を語ればこうなる。反核の人たちの意見もよく分かる。ここに見えてくるものもやはり、敗戦処理の拙さ、間違いである。日本はおかしな国になってしまったのだ。歴史解釈に関していくらでも議論を立てることができるが、この文章の主張に抗し切れないものがある。原因は敗戦処理の過ちなのだ。長いものに巻かれて、事なかれ主義を美徳とし、敗戦の原因をしっかり検証しなかった日本人の、アメリカと共同してストーリーを作り上げて、一切の喧喧諤諤を上から押さえつけた、植民地日本国の狂気の失敗と検証を忘れた国民の永遠の無思考が見えてしまうのだ。

上の記事からの引用
Overall, the basic argument advanced by the Japanese government is that a defeated nation has no right to condemn the wrong doings committed by a victorious nation, and that the citizens of the defeated nation must accept this as their unchangeable fate no matter how badly they are victimized. In other words, the Japanese government forced its citizens to accept that the law of the jungle applies: the weak (the defeated) are obliged to endure any injustice imposed by the powerful (the victor).
今もって日本人の思考は驚くべき事にこれにどっぷりだ。思考に於ける正義の論拠をあたかも放棄してしまったような光景が今もなを市中の日常会話に頻繁に見うけられる。

Ben Shahnという画家:第五福竜丸



テーマ:軍事・平和 - ジャンル:政治・経済

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://goodlucktimes.blog50.fc2.com/tb.php/75-83754640
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad