TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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ソ連との戦いには勝った? 重要追記あり

なかなかその気にはならないのだけれど、そろそろその辺の整理をしようと思って(すでにもう遅いのだけれど)拡大コピーしてある「正論」平成28年1月号のー「共産主義が起こした第二次世界大戦」を議論せぬ日本の歪みーを見つけたので、再度読んでみた。

P.183: 江崎 抜粋
ー「日本が正しかった、間違っていた」ではなくて、欧米によるアジア・アフリカの植民地化と、ソ連コミンテルンによる世界共産化という荒波の中で、日本は第二次大戦に引きずりこまれ、敗戦に追い込まれた。しかし戦後は、自由主義陣営の一員であることを選択し、ソ連コミンテルンや中国共産党と戦ってきてソ連との戦いには勝ったが、中国共産党の覇権主義との戦いは継続中だ、という大きな枠組みで近現代史を俯瞰する視点を取り戻さないといけない。それが安全保障を考える上でも最大の論点といえるでしょう。ー
ふむ、なんだかねえ、下線部が変だと。ソ連コミンテルンとの戦いに勝った?って。どんな戦いをしてどんな戦勝品を得たのだろうか?国連常任理事国の地位をソ連から剥奪し自らのものとした?中国共産党の覇権主義との戦い?多分外交上のことだとは思いますが、日本はどんな戦いをしました?ひたすら叩頭し続け70年、もはや前につんのめって、ばったり両手を突いた結果がくどいようだけれどこれー戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。ーではないの?戦いは継続中だ、等とどの口がいうのだろうか?ソ連コミンテルンとの戦いに勝った?って。池乃めだかのギャグ?ですか。ソ連コミンテルンや中国共産党にはしてやられたままで、戦後70年間もあるのに検証のメスさへ入れていない。ひょっとして主語はアメリカで、日本は同盟国なので、なりきり主語は日米合衆国、という発想なのでしょうか?もう日本国は戦前にはあったけれど、戦後は消えてしまっているという、認識?なのでしょうか?安全保障という面からはもう日本という自我は捨てて、日米合衆国という主語で発想するようにいつの間にかなっている?それが普通?これに対しては
P.183&P.184: 西岡 抜粋
日本こそが脅威をまともに受けているわけで「米国の戦いを助ける」という姿勢では勝てない。血を流すことも含めて、日本の自由を守るために何をなすべきなのかを考えねばならないと思います。
というfollowがあって、話は日米合衆国という主語による戦後歴史認識から一転して、日本が主語となる、架空の主体的積極的安全保障論に入れ替わる。

この座談会はこういった部分をのぞくとなかなか面白いのですが。前に読んだ時も西岡氏が、歴史認識の中に今現在の安全保障問題をさりげなく放り込むのが気になりました。安全保障に関してはそれは日米は戦後一貫して同盟国なのですが、歴史認識において、あの戦争に於いてはアメリカは日本の敵国であり、しかも(この辺の洞察が欠ける為だとも思いますが)、そのアメリカはソ連・コミンテルンや、共産中国と連携して日本を敗戦に追い込んだ、という事実をはっきりととらえなければならない、と思うのです。GHQ史観が日本人の頭の中でコケのように一面に蔓延るのをもはや防ぐことは出来なくなります。

「正論」のこういう座談会は、適当に読んで、渡辺昇一氏のようになんでもそうだそうだと言っていれば、いいのかも知れませんけどね。

・・・・・・・・追記:2016年3月30日・・・・・・・
コメント欄の池田様にお送りしようと思っているのは、正論 平成28年1月号の座談会、100年冷戦史観第2弾、とある。前回の第一弾は正論 平成27年5月号、まだ安倍談話が出る前、 20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会(21世紀構想懇談会)のまだ前半部の審議?のあたりのころで、おそらくGHQ史観に敗北しないで、日米一体となっての冷戦勝利史観でまとめて欲しい、という思いがあったのではないだろうか?探してみた。
第一弾は正論 平成27年5月号
その少し前には西岡氏のこの記事があるようだ。
こちらはおそらく産経新聞の正論 2015.2.24 05:03
確認したわけではないが、座談会の3人以外に、桜井氏、中西氏、なども冷戦勝利史観の賛同者らしい。
もう安倍談話も出てしまった後だし、にもかかわらず、保守層の圧倒的賞賛を受け、支持率も下がらなかった。
いまさら蒸し返しても全く意味がない。ただこの冷戦勝利史観は、安倍談話に思いもかけないヒントを与えた。主語をあいまいにすればなんとか誤魔化せる、文意の糸を矛盾だらけにして、日本語をあいまいにすれば、あとは読み方次第にすれば、評価など保守の総力を結集すれば、批判は吹き飛び、寧ろ勢いで実権行使力の強化に繋がる。まあそんなところに治まっている。
座談会で3人が批判しておられる懇話会の最終reportを出しておく。
Report of the Advisory Panel on the History of the 20th Century and on Japan’s Role and the World Order in the 21st Century

話が逸れてしまったが、わたしがここで本来言いたいのは、この冷戦勝利史観、(上記のように安倍談話の翌年にまだしぶとく第2弾として登場している)、日本がソ連に勝って、中国とはまだ抗争中、戦争中?日本はそれに勝てば、なにが戦勝品として得られる見込みがある戦い?えぇ? えぇ?戦前の日本を恥辱まみれにする戦いに参加して、市場をマーケットを貰うという、そういう戦いを続けている?まさか違うでしょ。言葉で言うより、見るほうが早いでしょう。ニュースを少し並べて見ます。
冷戦勝利史観、ニュース この矛盾をご覧ください
A.日中国交正常化
B:日中外交はこうして始まった
C:日中平和友好条約
ついでに
D.日ソ国交回復 共同宣言調印
詳しいことはこちらをどうぞ。
西尾幹二のインターネット日録:日中友好とは

最初の思いに反して、随分長くなってしまいました。(つづく)の記事はできるだけ短くしよう。時間が無い。
否(つづく)は止めにして、この記事を冷戦勝利史観、批判、だけに止めてとりあえずこれで終えることにします。

/////////////追記:2016年4月8日10日/////////////
現代を捉える。
2015年5月27日の放送
ロシアから見る国際情勢~独ソ戦勝70年記念式典と中露合同軍事演習
2014年8月20日の放送
日露関係とロシアの野心

歴史認識から日露関係を検証する
参照:「太古と言う未来」
V.A.アルハンゲリスキー著 瀧澤一郎訳

追記:2016年4月22日
事情がありこの記事を上にあげます。この記事は本来3月27日の記事です。
最初の思いに反して、この記事を冷戦勝利史観、批判、だけに止めてとりあえずこれで終えることにします。と3月30日の記事の最後に書いていますが、やはりこれでは、話が完全に横折れしたままにおわってしまいますので、正論の座談会(冷戦勝利史観)から飛び出して、次に進みます。江崎道朗氏は「戦前から中国共産党に操られてきた日本の左翼勢力」(「正論」平成27年9月号)という素晴らしい記事を書かれています。「きっかけは日清戦争だった」という小見出しではじまるように、第二次世界大戦からではなく、日清戦争から始まっています。「正論」の過去記事を推薦しますが、入手困難な方のために、江崎氏の該当部分の講演(本ほど詳しくはない)を見つけました。これを次の記事にリンクしてあげてみます。

コメント

御所論、けふ始まつたばかりで、今後の展開がどうなるか分りませんが(それに、件の『正論』の座談会を読んでゐませんが)、全く同感、よくぞおつしやつて下さつたの思ひで拝読しました。

P183の江崎氏(といふ人を私は知りません)の発言は、仰せのとほり、傑作ですね。
「主語はアメリカで、日本は同盟国なので、なりきり日米合衆国という発想なのでしょうか?」とは、心理的に、実にシャープな観察で、このお言葉がすべてを見事に掬つてゐます。
(日本州はなにもせず、北方領土など盗られっ放しだが、合衆国全体としては、)第二次大戦で多くの誤りを犯したものの、戦後は、ソ連を封じ込め、冷戦に勝利した。支那に対しても、遅きに失したとはいへ、最近その覇権主義的体質に気づいて、押し返さうとしてゐる。--といつた程度の認識でせうか。

「戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さん・・・私たちは思ひを致さなければなりません」と、長く引用された安倍談話と、奴隷根性といふ点で、どつちがどうでせうか。同じ奴隷でも、いちおう自他の区別をつけてゐる安倍さんの方がマシでせうか。

P183 P184の西岡氏とは、例の「拉致被害者を救う会」会長の西岡力氏でせうか。
西岡氏においては、主語は「日本」なのですね。これは頼もしい。「『米国の戦いを助ける』という姿勢では勝てない」とは、威勢のよろしいことで、よくぞおつしやつた!
これを「架空の主体的積極的安全保障論」とは手厳しいが、なんとも適切に実態を言ひあてられたもの(怖いほどの洞察力です)。
現在の安全保障問題と歴史認識は別との御指摘は完全に正しく、西岡氏がそれを知つてゐるか疑問です。
ただ、西岡力氏なら、安倍総理大臣のブレーンとしてかなり上位を占めると言はれ、「いや、それほどでもない」といふ説もありますが、どちらにしても、あの安倍談話の安倍さんのブレーンである人に、GHQ史観を捨てよとは、少々期待が過大ではないでせうか。

次回を楽しみにしてゐます。





コメントありがとうございました

池田様ならではの深い読みで、期待通りの御判読をいただきまして、ほっと安心、感謝いたします。
「架空の」という語が嫌味たらしく反発をかうのではないかと、消そうかどうか、随分迷いましたが、これがないと正しい理解は得られないと決断し、最終的に残すことにしました。
この対談では、江崎氏のおっしゃっていることを「冷戦勝利史観」と呼ぶらしく、評判がいいと自画自賛されています。西岡氏に関しては、素晴らしい発言も多いのですが、時々こうして、韓だけでない日韓連合軍が米国の指示で、半島の統一を目指す、という熱い思いが、顔を出すのですよね。
指摘した気になった2点を除けば、この座談会は池田様も気分良く読めるのではないかと、思います。拡大コピー、後程送らせていただきます。

  • 2016/03/28(月) 07:49:54 |
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私のコメントに対して、御主人様から嬉しきコメントを賜り、忝く存じます。

「冷戦勝利史観」といふ呼称、初めて知りましたが、カッコいいですね。
「架空の」といふ語、別に嫌味は感ぜられません。厳しくはありますが、これほど的確に本質を表はす言葉は他にないでせう。
冷戦での勝利に日本もかかはつたと本気で考へてゐるのだらうかと、少し疑問も感じましたが、すぐに、これは本気に違ひなく、だからこそ、度し難いのだと気づきました。かういふ人たちは、事態が決定的に変るまでは、架空であることに気づかないでせう。

この座談会の内容、若干を除いて、お気に召したのですね。
珍しいことではないでせうか。私の場合、保守系の雑誌で、その記事に感服することは、極めて稀です。50数年前、新聞広告で、福田恆存が新潮に書いた、文春に書いたと知つて、書店に走つたことなどが懐かしく思ひ出されます。

コピーをいただける由、楽しみにしてをります。

「覇権」といふ言葉で思ひ出しました。37年前、私が編集してゐた雑誌で、日中平和友好条約に「反覇権」を入れさせられてしまつたことが批判的に論じられました。論者は村松剛、柴田穂らでした。コピーしてお送りしますので、お気が向いたら、御覧下さい。





??? 冷戦勝利史観

池田様へ
「気に障った」ために取り置きしたのであって、決して「気に入った」わけではありません。未読、と書いておられたので、お届けしようと思ったわけです。
それから「覇権」?についての御送付、どうかご勘弁のほど。私事情で、大変申し訳、ございません。もし必要なら、意味内容を噛み砕いて、新たなコメントの中でご意見ご解説とともに追加していただけませんか?
(つづき)を書きますので、内容に関する、ご高察またひとつ、よろしければ、お願いいたします。

本文にある、池乃めだかのギャグ、がローカル表現で分かり難かったかもしれませんが、祖母が昔使っていた「引かれ者の小唄」という表現をギャグ化したもの、に近いように思います。

  • 2016/03/29(火) 09:24:56 |
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遞信協會雜誌(昭和54年3月號)に触れて

ご親切心からお送りいただいた記事なので、お応えするべく、5,6回繰り返し、熟読してみました。
未熟ながらわたしの読後感想文を、若干の紹介を兼ねて、コメント欄に記してみたいと思います。
タイトル「激動する世界情勢と日本」に関しては、(村松:台湾のGNPが国民一人当たり千二百ドル、大陸はどんなに高く見積もっても二百ドルになっていない)という時代における展望なので、当たっていたとか外れていたとかというよりも、ずっと以前の情勢判断なので、残念ながらこの部分への参照は省きます。しかし過去の出来事は、過去へズームすることによって、過去(その時点)でしか見えない、鋭いご意見というものも、当然あります。以下のあたりです。
(柴田:日本では、いまだに日中条約は二国間の友好だ、米中正常化も二国間の戦後の懸案が初めて処理された、いわば歴史の流れである、という見方しかないので)
(村松:アメリカとしては、自分の軍事力がアジアにおいて小さくなってしまった以上、日本の工業力をもって中国を助けるという形で、つまり相互補完の関係でアジアの安定を保たせたい。その意味で、日中条約も、アメリカ側から日本に相当強く働きかけがあったんでしょう。
(村松:日中友好条約の締結を、一部のマスコミは、日本の自主外交の推進だなんて言っていましたが、とんでもない話で、まるで逆ですよ。)
(柴田:だから福田さんの「決断」というのは、アメリカの圧力と、中国市場進出への財界の圧力、要求と、この二つによって動いたとしか、考えられないですね。)
こういう事実が当時の識者には、見抜けていた、37年もまえに、あるいは前だからこそ、既に見抜けていた、池田様がこの記事を推薦された理由はここにあるのではないかと思いました。簡単な話「冷戦勝利史観」などは、70年間白内障化めがねを次々とかけ続けてきた挙句の果て、だということです。分かりやすく言うと自由主義連合の側に立って、日米連合軍で戦ってきたと思い込むのは、哀れ、日本だけ。駒のなかでも、日本は成金になっていると自らは思いたい単なる「歩」、その事実を突きつけたのは、ぬけぬけと喜んで発表してしまった「安倍談話」の内容に他ならないのではないでしょうか?

追記:誤解の種を播きたくないので、詳細は書きませんが、ニクソン氏と福田氏の名前は記憶に刻んでくださいね。米中関係や日中関係で登場しますが、やはり駒。この場合はソ連崩壊のための飛車、角として、目に見えないところで、同じ方向で櫓を漕いでいる船頭さん?のような駒ではないかと思います。

(つづく)

  • 2016/04/01(金) 09:08:40 |
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読後感想文 続き

この座談会のなかで、多少引っかかるのは、ベトナム(越国)に関する理解です。司会の池田様が(昨日のカンボジアのようなこと)、として54年1月7日のプノンペン陥落に言及されておられますから、この時点では国際的にカンボジアでなにがあったかの長い推移は伏せられていたわけです。まだまだ誰も知らなかった。
私はクメール・ルージュに80年代の半ばから興味を持ち、Tel Quel Japonを始める10年くらい前に、こんな記事をまとめました。お読みいただくのが手っ取り早いと思いますので、以下にリンクを貼ります。お目通しいただければ、幸いです。
赤い嵩・彼の国で起きたこと(1)~(4)
http://www.geocities.jp/planetebarbara3/kanpu.htm
ベトナム理解は、この記事のほうが寧ろ今日に繋がると思います。
ー以上、座談会のベトナム理解に関してー

読後感想文 (つづく)

  • 2016/04/01(金) 11:00:07 |
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読後感想文 イラン

私には革命で行方不明になった友達がいる。正式の名をABDOL・HUSSEIN・FARROKHという。
http://someotherdays.blog8.fc2.com/blog-entry-79.html
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・

全く予想に反して、送られてきた文章後半の話題の中心は、イラン。この座談会の翌月にこういうことが起こっている。時代の注目が集まっていたのだろう。
http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009030162_00000
ソ連の崩壊など誰も予測さえしなかった時代の座談会なので、ソ連の強い影響力やホメイニとパーレビの逆方向性などが詳しく語られている。イラン人の友人の家でソ連の雑誌を見つけたとき「オヤッ?」と思った記憶が蘇った。その後イランの歴史や政治問題には常に強い関心を持ったが、ABDIが何を思い、どこへ消えたのかはまるで分からない。村松氏が革命の背景についてその時点での詳しい解説をされているが、私の興味を引いたのは、Tudeh党の存在だ。熱心なシーア派イスラム教徒ではあったけれど、革命の一時期、ABDIはここを足場にしたのではないか?
パーレビはあまりにも悲惨な最期をとげ、私にはわけの分からないまま、イライラ戦争に突入する。

アジアを引っ掻き回した、見えざる手は、今イスラム社会を分断し、内戦を呼び込み全体の衰退を画策しているのではないだろうか。闘争や戦争に最終勝利するのは、常に冷徹な目で、外部から傍観している者だけではないだろうか。

  • 2016/04/01(金) 15:34:49 |
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失礼にも、軽い気持でお送りしたコピーについて、かくも丁寧に、深くお読み下さり、感激すると同時に、ひたすら恐れ入つてをります。

37年前に、「自主外交」などと呼ばれたものの正体が、それとは正反対の奴隷外交だつたことを、当時の識者は見抜いてゐたーーこれが、池田のこの記事を推薦する理由であらう、とおつしやつて頂くと、さうです、さうですとお答へしたくなりますが、ほんたうは、それほどはつきりとした意識はなく、なんとなく、あの座談会で、自分はいろいろ学んだといふ程度の記憶があつただけです。

ただ当時の共産支那のGDPなどはゴミくらゐの額で、その点の脅威は殆どなかつたのに、今は隔世の感だと、時々思ひ出すことはありました。

あの後、鄧小平は日本に来ました。そして
①「日本を先生として、中国は今後の発展を計りたい」とか殊勝なことを言ひましたね。そして、日本側は政界、財界、官界をあげて、「中国の現代化」に協力(それは狂奔と呼びたいくらゐでした)しました。
②尖閣について、鄧小平は「我々はこの問題をいま正しく解決できるほど賢明ではない。次世代の智慧に待たう」と言ひ(それよりも前に、毛沢東だか周恩来も田中角栄に同じことを言ひました)、日本はこれに従ひました。

①②とも、鄧は嘘を吐いたわけではないでせう。
しかし、あれから37年の間に全ては支那に有利に働き、日本がどんどん追ひ込まれてきたことは火を見るよりも明かです。今の日本は、屡々支那から恫喝される始末。日本の全力を挙げての援助のゆゑにこそ支那の現状があるのでせう。鄧に嵌められたと言ひたくなりますが、少なくとも彼がそれを狙つてゐたことは疑へません。彼我の外交能力の差は歴然としてゐます。

以上のやうなことを、この座談会との関連で時々考へました。
そして今、「『冷戦勝利史観』などは、70年間白内障化のめがねを次々とかけ続けてきた挙句の果て」「成金のつもりが単なる歩」とのお言葉に、不愉快ながら満腔の同意を表せざるをえません。
馬鹿は死んでも治りさうにありませんね。あの頃の日本は最低だと思つてゐましたが、今よりは・・・。
私の目の黒いうちにかどうかはともかく、やはり亡国を覚悟しておくべきでせうか。



口あたり、盛り上がり

自分では常に物凄くペンに抑制を利かせて書いているつもりなのですが、客観的にみると「白内障化のめがね」「成金のつもりの歩」とか、結構言いたい放題ですね。(笑い)

「不愉快ながら」に(?)を感じたのですが、これは「冷戦戦勝史観」=かっこいい(?)、と表裏一体なんですね。酒がうまい、場が盛り上がる、とか、酒がまずくなる、という次元の話なんですね。
Tel Quel Japonは口当たりが悪い、まずい酒(不愉快な酒場)だと、初めて自覚することができました。たしかに読み手の期待、に対する「空気」は全然読まないでやってきました。書く以上は、読まれて理解されなければ意味がないですのにね。

  • 2016/04/02(土) 21:13:47 |
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お言葉ですが、「冷戦勝利史観」=かっこいい、では、酒はうまくなりませんよ。そんな話題で酒盛りをする気にはならず、酒瓶を叩き割るかもしれません。「成金のつもりの歩」なら、ひどいことを言ふもんだなあと苦笑しながら、盛り上がりさうです。今どき「愉快な酒場」などありえません。
「空気」をよくお読みになつてゐると思ひます。「読まれて理解されなければ意味がない」とのお言葉は拙文を誤読された結果と存じます。

かっこいい、と「不快感」

「読まれて理解されなければ意味がない」というのは、池田様の文章 に対してではなく、わたしの全体的な反省です。それは読者も分かると思います。なぜなら最初に「期待通りの御判読をいただきまして、ほっと安心、感謝いたします」と書いていますから。池田様に「理解されない」などというはずがない。
ただ冷戦勝利史観が、何故かっこいいのか?成金の歩、が何故、不愉快なのか、わたしには、発想も理解もまるきり及びませんでした。内容には100%理解賛同されているわけですから。
私なりにいろいろ考えた結果が、「酒がうまい、酒がまずくなる」という次元の、かっこいい、不愉快、であると、苦心惨憺なる理解をしたわけです。その次元でないとしたら、何故冷戦戦勝史観を「かっこいい」と書かれたのですか?一体どこが?ここは池田様の次の文章にも矛盾しているのです。そしてまた「不愉快」はどんな気持ちから発しているのでしょうか?満腔の同意に何故不愉快がともなうのか、わからないのです。理論的には同意だけれど、感情的には「不愉快」だと解して、「酒がまずい」という理解に辿り着けました。
YESといえば、従来の保守としての連帯感を失ってしまう、保守としての自我を失いそうになるという一瞬の「不快感」ではないかと。

  • 2016/04/03(日) 12:31:10 |
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私にも誤読があつたやうです。

ただ
①「『冷戦勝利史観」が何故かっこいいのか、②成金の歩が
何故不愉快なのか」
③「満腔の同意に何故不愉快がともなうのか、わからない」とすれば、それはそちらさまの読解力不足ではないでせうか。

勿論、「内容には100%理解賛同」してゐるのですから、鋭い御指摘・卓抜な比喩には快哉を叫びました。これは「不愉快」の反対の愉快の極です。

しかし、私は自分では、言ふも恥づかしいことながら、熱烈な愛国者のつもりです(このことは多分お認めいただけるのではないでせうか)。

その私からすれば、②歩の分際で成金のつもりになつてゐるイカレポンチががゐるといふ事実だけで不愉快なのに、さういふ論が「評判がいい」らしいと知らされれば意気粗相せざるをえません。

①江崎とかいふ人は「冷戦勝利史観」が得意で、胸をはつてゐるのでせう。そして、それに拍手喝采する手合ひも少くなく、スポットライトを浴びてゐるのでせう。カッコいいではありませんか。

③白内障化のめがねをかけたバカや、成金のつもりのバカ歩が、我が愛する日本にワンサとゐるーーそんな指摘は否定したい。にもかかはらず、「満腔の同意」しかできないのは、不愉快ではありませんか。

どうも、あまり意味のある議論にはなりさうにもありませんので、これでやめます。

なほ「保守としての連帯感を失ってしまう」といつた感情・心配は、私にはありません。若い時から孤独で、「連帯」など考へたことはありません。ごく少数の、気の合ふ友はゐます。いま、もしその友と、イッパイやれば、「うふッ、日本は冷戦に勝つたんだつてさ。そのせゐか、樺太が全島日本領土になつたのは」「成金のつもりの歩か。ひどいことを言ふ人がゐるね。失礼ぢやないか。さういへば、君は2歩をごまかして、成り込み、金にしてしまつたことがあつたね」「君に対して、オイ2歩だよと注意したら、イヤ、3歩だと言ひやがつた」などオダをあげてゐることでせう。
侘びしい話ですが、冷戦勝利論者と飲んで、悪酔ひするよりはマシです。駄弁失礼しました。

「冷戦勝利史観」という語句自体は貴ブログで始めてふれるような気がします。
正論紙に掲載された当該記事を私自身はブログ主様ほど批判的に読んではいませんが、ご指摘の点はもっともと存じます。

私の記憶が正しければ、こうした論考を始めて発表したのは中西輝政氏だったと思います。
冷戦というものがもたらした犠牲の多さ、日本がそれに相当に貢献した部分がある事など、よく理解出来るもので勉強にはなりました。
ただ、「戦勝国である」というくくりの内部にある為には国際政治上のコンセンサスが必要で、その部分を認める他国は存在せず、日本自身もそのようなアピールは一切してこなかったのが現実です。
先の大戦において、逆に大した貢献もしていないにもかかわらず、大戦勝国同等の果実を得た国もあります。
そうすると、問題は「国際政治」ということであり、論考はここの部分の考察が抜けてしまっているなあ、と当時考えたものでした。

一方、ヒルズベリー氏の中国関連の著書を読んでみますと、冷戦時やその後においても「米中共同の秘密作戦」が、いかに米軍と人民解放軍の紐帯を強くしたかがわかります。
同盟国米国でさえ、「日本より中国のほうが冷戦に貢献した」と考えているのは残念ながらあきらかのようです。

山路様 コメントありがとうございます

はじめまして
コメントありがとうございます。反応があるととても嬉しいいです。
「冷戦勝利史観」という言葉は、「正論」 平成28年1月号で、私も初めて出会いました。本文に書いていますように、複数の賛同者が存在するようです。が生き残る言葉とは思えません。
私のこちらのBlog
http://blog.goo.ne.jp/madamefatale/m/201507
の追記:2015年6月7日(日)に書いていますように、「日中米関係、つねに日本だけが蚊帳の外。当然今も。日本には見えない米中関係を考察せよ。イデオロギーで国家が敵対すると考えるのは日本人特有の弱点かもしれない。」ですね。
同じことをTel Quel Japonのこの記事
http://goodlucktimes.blog50.fc2.com/blog-category-20.html
の途中にも押し込んでいます。100年100周遅れたダサい腹話術人形に拍手喝采して喜んでいるようではーという切羽詰った危機感があります。
ご紹介いただいたのはこの本でしょうか?
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/091000052/
興味深い本ですね。
米中国交回復の立役者ニクソンはとても興味深い人物です。その昔、孤立無援のWhittaker Chambersに真っ先に身を近づけて、米国内のソ連のスパイの告発に大きな貢献をしています。
http://goodlucktimes.blog50.fc2.com/blog-entry-115.html
もう時間が無いので詳しくは書けませんが、ニクソンの訪中は、その後のソ連崩壊に大いに繋がっていると思います。

  • 2016/04/13(水) 11:16:38 |
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