TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

八月の石にすがりて 伊藤静雄 戦争詩 (3)

八月の石にすがりて
さち多き蝶ぞ、いま、息たゆる。
わが運命を知りしのち、
たれかよくこの烈しき
夏の陽光のなかに生きむ。

運命? さなり、
あゝわれら自ら孤寂なる発光体なり!
白き外部世界なり。

見よや、太陽はかしこに
わづかにおのれがためにこそ
深く、美しき木陰をつくれ。
われも亦、

雪原に倒れふし、飢ゑにかげりて
青みし狼の目を、
しばし夢みむ。

昭和11年 1936年9月 「文藝懇話会」9月号初出
「詩集夏花」 昭和15年3月刊 収録

雑誌「文藝懇話会」は、一種の政府外郭団体として、昭和9年1月に内務官僚である元警保局長松本学が提唱し、菊池寛・直木三十五の文壇の重鎮の協力を得て作られた官民合同の文化団体文藝懇話会から、11年1月に創刊された雑誌である。政府支援の文藝・思想をコントロールする柔構造の政策であった。
その創刊号の「宣言」には「文藝懇話会は、思想団体でもなければ、社交倶楽部でもない。忠実且つ熱心に、日本帝国の文化を文藝方面から進めていかうとする一団体である」とうたっている・・・。
・・・
2・26事件を契機に、時代は急速に右傾化していく。2年前からその発刊を準備されていた「文藝懇話会」が、このクーデターの年に創刊されていることを、昭和文学史の上からやはり注目せねばなるまい。その第一巻第九号にあたる9月号は室生犀星の編集で、同誌最初の詩の特集号であった。・・・
「八月の石にすがりて」はこの号の巻頭詩であった。
・・・
作者としての詩人伊藤静雄の意思に全く関わらぬところで、昭和十年代の文学的ナショナリズムを担う詩として、広く時代の詩的共感を得たことは確かであろう。
・・・
この生活の次元から静雄の人と文学が語られることは少なく、多くの場合、昭和十年代という時代の思想としてのナショナリズムに於いて、その文学が裁断され、あるいは賞賛されてきたことは、静雄の文学の不幸といわねばなるまい。
(以上、「詩の読み方」小川和佑近現代史 笠間書院刊 P.152~P.163より抜粋)

「八月の石にすがりて」も有名な詩なので、ネット上にもかなり紹介されている。が、現在、初出誌「文藝懇話会」に触れたものも、時代背景として昭和11年に触れたものも他には見当たらない。
太平洋戦争を日本史の視点に限定してみる場合、やはり2・26はゾルゲ事件同様決して軽視してはならぬものだろう。
////////////////

私の祖母は「忠臣蔵と2・26は毎年やってくる」とTVをみながら言っていたが、邦楽と古典と相撲と日本史が好きな平均的日本人は、そして右傾向が多少ある日本人はたいていこの両方が好きである。何故なのかはわからない。好きならば、もっと突き詰めればよいと思うのだが、あまり何も考えない。もはや映画やTVの題材でしかない。
私にとっては、2・26とそれが起こった昭和11年(1936年)は、祖父がなくなった年だと記憶されている。
「2・26について詳しく知りたいから、新聞を取り残しておいて欲しい」と病床の祖父が祖母に言ったらしい。そしてそれを読まないまま祖父は亡くなった。その記憶があるから祖父がなくなったのは昭和11年だ、ということだけは私の知るところである。昭和11年はどんな流れの中の一年であったのか、そして「新聞を取り置きしておいて欲しい」と言った祖父の心情を時々想像してみる。
満州やシナにおける日本に不吉なものを感じていたのか、あるいは日米関係の心配をすでにしていたのか?
祖父はハイスクールから大学まで、ほとんどの教育をアメリカで受けてきている。おまけに仕事は貿易、対米貿易である。
この辺のことをすでに知っていて、遠くない将来の日米決戦を予感していたのではないか、そんな気がする。激突すれば、米国に12年間も留学して学んだことは、個人史のなかの大きなマイナスにしかならない。活躍の場も無くなってしまう。既に喘息は悪化、体力もなくしている。仕事も行き詰っている。とりおきしていた新聞を読まずに亡くなったのは、すでに状況的に心情的に、そんな新聞を読む気力もなくしていたのではなかったか。祖父の亡くなったのは1936年の4月11日だし、まさか原爆やB29の空襲による丸焼けや日本の敗戦の夏まで予想していたとは思えないが、結局新聞を読まなかったということは、生きる体力も気力もすでに失せていたと確信する。人が病に倒れ、死んでゆくとは、そういうことなのだと思う。

八月の石にすがりて
さち多き蝶ぞ、いま、息たゆる。
わが運命を知りしのち、
たれかよくこの烈しき
夏の陽光のなかに生きむ。

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