TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

どこが(究極の駄文)なのか?(4) お先真っ暗

まず最初に断っておかねばならない。どこが(究極の駄文)なのか?(3)のコメントに勇間氏が「万一偽物と立証されれば自ずと言論界から排除されるだけです」と書いておられるが、偽物とか、騙すとか、そんな次元で全く考えてはいない。読み手側を問題視している。「言論界から排除」云々など、かけらも思ったことはない。むしろこれからも頑張って得意分野で活躍していただきたいと思っている。はじめから疑ってかかれ、などと、そんな面倒なしかも礼を失する読み方など、推奨する筈もない。私が指摘したいのは、竹本氏を救国の英雄とも言論の神とも仰ぐ、勇間氏をはじめとする大多数の保守の竹本崇拝者の方々に「矛盾を突く目」を持って読書していただきたい、その一心なのだ。それは嗅覚のようなもので「検証する時間」云々を当然必要としない。私が取り上げたのは、まず「アメリカ人への手紙」の最初の数行に潜む支離滅裂。これだけ大きな言い訳のしようのない100%の過ちに、誰ひとり気づかなかったことを指摘したに過ぎない。(その指摘した誤ちをさへ、瑕瑾だと一笑に付す盲信者ぶりだった。矛盾を突く目を、機能不全にさせるのは悲しいかな、決まってこういう信者性白内障なのだ)他は勇間氏のコメントの反論部分に、応じたのみである。最後に追加指摘したのは(1)のコメント「この手紙の真骨頂は反日主義の存在をアメリカ人に知らしめ」の部分に関して。この手紙には英訳がなく、アメリカ人に向けられたものではない、すなわち日本の読者に向けて「アメリカ人への手紙」というタイトルをつける、そういう神経を持つ「読み物」の書き手なのだということだ。同じく(1)のコメントには「日本国内の保守の間では常識になっている事柄でもそれを英語で論理的に情報発信し」とあるように、ひょっとしてこの南京に関する日本会議の日英バイリンガル本を「語学に堪能で論理的思考をされる竹本氏」の著作(または大原康男氏との共著)と思い込んでいらっしゃるのではないか、ということだ。あちこちであの本が竹本忠雄著と確かになっていて、たくさんの人達がそう信じ込んでいらっしゃっても無理はないと思う。たとえば、昨日さんざんリンクしたこの記事、にも真に受けてこう書いてある。不埒にもこの本はそういう扱いで販売・喧伝されているのだ。

Takemoto Tadao, professor emeritus in French literature at Tsukuba University, along with professor of Shinto studies, Ohara Yasuo, wrote The Alleged "Nanking Massacre": Japan's Rebuttal to China's Forged Claims , in an effort to combat such perceived conspiracies.[28]...Their book, which includes both Japanese and English texts within the same edition...

一方Tel Quel japon去年の過去記事にはこう書いてある。

日本会議国際広報委員会編集...序言は竹本忠雄氏、結語は大原康男氏とそれぞれ記名があるのですが、肝心の中身の執筆者の記載が無く編集委員の名前が他に6名

本を手に取ると執筆者は序言、結語をいれると8名、英訳は専門家数名とわかる。それが、公ではイメージとして「語学に堪能で論理的思考をされる竹本氏」が対外的に論理的反論をするあたかも国家の唯一の英雄のように思い込まされているのです。そういう錯覚は珍しくないので、別に問題にはしていません。ただ思い込みで偏見を持って文章を読まずに「矛盾を突く目」を常に忘れないでいただきたい。
話を最初に戻す。「アメリカ人への手紙」はー「海外でフランス語で日本の汚名挽回のために活躍されている最も期待できる論客の素晴らしい文章」と2,3年まえにある方から紹介された文章であるー。育ちつつあるネットの論客の大多数がこの次元で、この(駄文)で感動しているようでは、話にならない、お先真っ暗、だと感じたから、あまり気が進まないが敢えて「どこが(究極の駄文)なのか?」を書き始めた。話はここからそしてある意味今から始まるのだ。
・・・・・・
竹本忠雄:Wikipedia
一般的認識としては筑波大学名誉教授、そして今までは長い間、コレージュ・ド・フランス客員教授。アンドレ・マルローの専門家で、三島由紀夫の理解者。それに「文芸騎士勲章」と「王室教授章」受賞。このステイタスは全部大きい。勇間氏だけではない、多くの方がこのレンズを通して、そこにPLUS海外で反日と一人で戦う論理的勇者SAMURAIとして既に幻視されているのだ。
「矛盾を突く目」は論者にとってもまた読者にとってもそれがなければ成長のしようがない、と言えるほど重要なものだ。今後の論壇のために、特にこの場合保守の論壇のために、いくら気が進まなくても、今ここで筆を置くわけにはいかない。だが「矛盾を突く目」を理解・獲得していただくためとは言え、人の頭の中に手を突っ込む脱洗脳など、私にはできそうもない。他者の信仰は当然として、他者の考えを変えさせるなど、そんな大それた気持ちもない。気が重い。しかしここで退くわけにはいかない。信者性白内障治療のメスを執ろうと思う。試みをさへ破棄しては、何においても一歩も前進できない。「試みはひとりきりの迷路ではない」と信じて「試みる」真の勇気を持とうと思う。

(注)この連続した文章では勇間氏と固有のお名前を出していますが、大多数の真正保守の方々、極端に限定すると竹本忠雄信奉者の方々全員を対象として書いているつもりです。

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