TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

WILL 3月超特大号 2013年 歴史解釈

連載第136回 魔都・上海で考えたこと⑪ by 堤尭
書店で立ち読みして、面白そうなので購入した。このあたりの全般の認識は全く同じなのだが、全く同じということは、極めて珍しいので、心強く思って買った。新しい発見はなかったが、理解を共有できる心地よさを久々に感じて感動した。何がと言って、やはり松岡に対する理解である。私の知っている限りで言うと、松岡に対して現在ここまで研究されておられるのは、西尾幹二氏、中西輝政氏、そしてこの堤尭氏、まだ三人だけだ。
ネットなどで松岡を見ると、またまだ罵詈雑言だらけで、真正保守の歴史解釈は日暮れて道遠し、60数年、70年近く、全く何の変化も進歩も見られない。ちょっと検索してもこんな感じだ。
Chiebukuro-1 : Chiebukuro-2 : Chiebukuro-3 :
Chiebukuro-4 :この酷さは 2chだからというわけではない :
挙げたリンクがひどかったとしても、平均こんなところではないだろうか。私に言わせれば、それこそ戦後レジームそのもののなかにある、あちこちの文章の丸写し。「松岡は予め用意の宣言書を朗読した後、日本語で「さいなら!」と叫んで会場を退場した」のあたりを見てもわかるように、資料さえ見ていない。真正保守のBlog,特に松岡に関しては、似たりよったり、独自検証は全くなく、丸写しのオンパレードだ。
靖国神社考(2月13日:リンクが切れたので、張り替えました) : そう言えば富田メモが見つかって、松岡悪人説は、保守の頭で凝固状態となってしまった。否、頑張った方々もいらっしゃった。こういう意見を聞いた。「ひょっとすればそうおっしゃったかもしれないけれど、それは表に出すべき見解としてではなく、呟きであり、そんなものを公表するべきではない。天皇陛下でさえ靖国にはこういう見解をもっておられる、という左翼の罠にちがいない」こういうのもあった。「帝王学を学んだ人間が、仮に思っていてもそんな発言をするわけがない。靖国分祀への策略である」反論された方々の意見はこんなところか。つまり富田メモ公表に対して反論がなかった訳ではない。私が残念に思うのは「天皇陛下に戦犯などという発想が、そもそもあるわけがない」とか「天皇陛下が靖国から足を遠ざけられることなど有り得ない、つまり発言そのものが有り得ない」と言った人がひとりもいなかったことだ。ここに置いた靖国神社考、頑張って思考されているのではあろうけれど、失礼ではあろうけれど私に言わせれば見るも無残な内容である。マイクを突きつけられた大臣や、国会議員などが「肩書きを外した個人として参拝している」などという弁解は、そもそも不要である。今の状況で靖国参拝は政治家にとって覚悟のいることかもしれない。しかしそこを敢えて信念を持って行動する人物が、なんという意味不明の情けない言い訳を繰り返すのだろうか?彼ら保守政治家は、正しい歴史解釈にはまだまだ爪の先さへ到達していないのだ。この富田メモにある昭和天皇のご発言は(1)強制されたものなのか(2)洗脳された結果のお心なのか(3)ふと御唇からこぼれ落ちたご本心なのか(4)全くの捏造なのか、その議論さえ起きていない。曖昧な日本、得意のうやむやのつもりなのかもしれないけれど、このままでは靖国問題に関する結論・勝敗は明らかなのだ。保守はながながとリング上でのびていて、左派の右手は高々と挙げられている。ここで今年8月15日の安倍総理の靖国参拝などを話題にするつもりなど初めからない。次元の違う話なのだ。今上天皇の天皇陛下としての靖國神社御親拝に一切言及すらできないで、発想すらできないで、戦後レジームからの脱却とは!!!という次元で話している。怯えた風見鶏のままでは東京裁判否定など、夢のまた夢ではないか?

連載第136回 魔都・上海で考えたこと⑪ by 堤尭
この文章は過激でもなんでもない。ごく当たり前の極めて常識的な、この部分に関して一番まともな歴史認識に達しているごく普通の文章だと思う。これをお読みになっていただきたい。歴史を検証するものならばとりあえずここまでは、共有したい。少なくとも保守を名乗る者なら誰でも共有できる歴史認識だと思う。ご一読をお願いするのは、共同認識を共有認識と確認していただきたいからだ。
読書中に疑問が湧いたなら、以下のTel Quel Japonの過去記事があなたの疑問の黒い雨雲を吹き飛ばすことでしょう。
参照:Tel Quel Japon過去記事 日米諒解案
WILL3月号購入のきっかけは堤氏の文章にAlger Hissへの言及があったからだ。上の過去記事にはElizabeth Bentley、Whittaker Chambersが登場する。名前を見ればこの3者の顔がすぐに目の前に現れるくらいでないと、ルーズベルト政権を理解することは不可能だろう。ルーズベルト政権の正体をカチカチと突き崩して行かない限り、日米交渉は見えてこない。松岡がまとまりかけている諒解案を握りつぶしたとか、国連で大見得を切って国際秩序からはみ出し、まっしぐらに戦争に走らせたとか、近衛は共産主義者だったとか、ハル・ノートにビックリして冷静さを欠いて真珠湾に飛んでいったとか、東京裁判では誰が無罪で誰が有罪だとか、そんな次元でいつまで論じ合っても、時間の無駄で、日米開戦原因も、敗戦原因も永遠になにも見えては来ない。万一Tel Quel Japonの日米了解案の記事に納得がいかないなら、さらにご自分でとことん原文にあたってみられると良い。そのために必要以上の資料をいつも置いているし、出典も明記している。ご自分で到達した結論なら、必ず満足されるだろう。

連載第136回 魔都・上海で考えたこと⑪ by 堤尭
私がこの堤氏の文章を取り上げている理由はもうひとつある。「野村は終生、許せない」の小見出し部分である。このタイトルは加瀬俊一氏の言葉からの引用である。内容は店頭ででも読んでいただくとして、非常に柔らかい書き方である。おそらく堤氏はTel Quel Japonで記事にした二つの事項を大したこととはお考えではないのだろう。ここで敢えてその二つの事項を追記しようと思う。あなたにも知っていただいて共有認識としていただきたい。
過去記事:野村吉三郎の辞職願い
明らかに能力がないのだろう。重大事態での職場放棄である。来栖が渡米してダブル大使となった理由はここにあります。
過去記事:日米諒解案 (2)
くどくど書きませんがお目通しください。これが利敵行為でないとしたら、何が利敵行為なのだろう。少なくとも日本国よりアメリカ合衆国側に情は移っている(ルーズベルトと親友であったなどという噂まである)、その結果情が通じているのである。敗戦後生活に貧した野村にアメリカ側から特別の配慮がなされたことも思い出していただきたい。ただ私の意図は、何も野村大使をこれだけで誹謗するつもりなどは全くない。知るべき事実を知ろうという真っ直ぐな姿勢を志を同じくする仲間たちに常に維持しておいていただきたい、「好き」「嫌い」の感情論のみで事実判断取捨選択をするのはやめてもらいたい、それだけだ。

・・・・・追記:2013年3月14日・・・・・
・・・・・上記の記事は2013年2月5日入稿のもの・・・・・

米国共和党と文鮮明の長い長い蜜月を調べていくと、日本自民党と文鮮明の蜜月も、不思議ではなくなってくる。宗教とは政党とは政治家とは究極に何を求めるかを考えればの話だ。「保守の惨状」とは全く別の視点が、少なくとも政治家に対しては必要かもしれない。(拡大解釈した)宗教と(拡大解釈した)政治はメビウスの輪の裏表、単なる滑り台ではないぞと気づいてずっと立ち止まっている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨日書店で「WILL」4月号を買ったら、堤堯氏がBruxellesの手紙に応じてくださっていた。Tel Quel Japonの紹介まであった。最近リピーターより初回訪問が上回る傾向に気づいていたがまさか4月号で応答されるとは思ってもみなかった。野村大使云々というより、松岡外相に対する正しい理解が、歴史をまっすぐに見るためには最低必要条件だと思うので、松岡解任あたりの話になると、黙ってはおけない性癖が私にはある。いつも躊躇して止めてしまうのだが、今回はほとんど無意識にポストに手紙を放り込んでいた。それゆえ正直に言うとすっかり忘れてしまっていた。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://goodlucktimes.blog50.fc2.com/tb.php/438-5343df40
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad