TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

どこが(究極の駄文)なのか?(3) 整頓

ちょっと今までの経過を整理してみた。まず(1)は「アメリカ人への手紙」の冒頭の数行に限定して、その信用失墜ぶりを指摘してみた。コメントがあり御同意頂いた。ただ指摘した部分に関して瑕瑾と捉えて問題視せず、という内容だった。その根拠として紹介されたのが「正論」2006年1月号の特集記事。(2)に於いては論点は正論の記事に移っていて、竹本氏への心酔ぶりに対して「ラジオ出演もして日本の名誉を守る発言をされている人物」とはとても思えない、として結果、反論になってしまった。(1)と(2)では論点そのものの移動があった、ということをまず認識しておきたい。この次(4)を書くとしたら、(1)から論点をずらせたままで、今度は私が竹本氏を、何を根拠にどのように考えているか、それを基礎的・普遍的スタンスで書かねばなるまい。「アメリカ人への手紙」=究極の駄文への説明責任は少し先送りとなる。あるいはその二つを同時にするか、実はずっと、思案中である。その過程でとても大きな問題に触れなければならないからだ。
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話は横道にそれるが、日本会議のこの本と、チャンネル桜の南京に関する映画について、振り返ってみるとTel Quel Japonでは結構過去に取り上げて複数ペイジを作っている。
まず最初、昨日再入手した本と同じ再審「南京大虐殺」明成社刊を去年の夏頃?手にしてこれについて意見を書いている。
1.再審「南京大虐殺」明成社刊
コメントが二つ入って、私は特に本の序言(by竹本忠雄)の最後の3行について、その基本的コンセプトを本文でもコメントでも強く非難している。これでは期待は持てないという意味だ。
2.映画「南京の真実(仮題)」記者会見
Tel Quel Japonとは別のBlogで「記者会見」の模様と「部分公開」をほとんど意見を入れずに紹介している。
3.City of Life and Death 南京!南京!を見ながら
中国製の南京の映画がその制作目的を力強く全うしているのを見て、日本製の「南京の真実」を思い出したのだろう。映画「南京の真実」のOfficial Siteに行き、英語版のHPをクリック、そこにあるinformationをクリック、するとこのペイジにいきつく。Chapter1の最初には竹本氏の序言があり、Chapter4の最後には大原氏の結語があり、1~4までの中身がまるまる明成社の再審「南京大虐殺」なのだ。
中国製の映画を見た時から、あの出来損ないの序言を思い出し、怒り心頭。さらに追記2012年9月16日で、映画「南京の真実」もまた竹本氏の序言のコンセプトに依存していることを確認して、序言の出来損ないぶりを追加して指摘している。
理解されるためにちょっと説明を追加しよう。翻訳者は書き手の日本語をそのまま訳すことに耐え切れず、良識を示してワザと「誤訳」して「改良」しているのだ。「日本の清明公正なる陳述である」などという文章をそのまま訳しては、本そのものの論述が狂っていることになる。翻訳者はasking the fair judgement of the readersと訳し「読者の公正なる判断を待つ」と加筆し、大げさに言えばこの本全体を破滅から救っている。「清明公正」などという形容詞を被告側にくっつけず、公正なる判断を第三者に委ねる、としなければ、法定の被告人という擬似設定そのものが最初から意味をなさなくなるからだ。また「被告席に立たされた日本」とあるが、自らが好んで自分勝手に被告席に立つことを選び取ったのではないか?それを「被告席に立たされた?」と言う被害受身を使用するとなると、根性のペテンさえ臭ってくる。この場合も訳者は、standing in the dock of a courthouse、即ち「(自ら)立って」と改訳し、竹本氏の思考不全・支離滅裂をカバーし救済している。この本、及びこの本のコンセプトを、これで上出来大満足と真性保守のほとんど100%に近い方々が思っておられるのは、このような翻訳者の配慮に期待してのことなのか、また日本語に関しては日本語を読む日本人のほとんどの目を節穴と思っていらっしゃるのか、あるいは事実そうなのか?単独の個人の声に耳が傾けられるとは思えないが、日本会議及びチャンネル桜を思うと、残念で、思わず力が入り諄くなってしまった。
(注:昨日アマゾンのReviewを見て、予想以上のDamageで暗澹たる気分になった。読みたくない人は無理に読まない方がいいかもしれない、明日も元気よく早起きするためには)
4.「真実の」日中友好
前の3回残念残念お先真っ暗な内容だったが、最後に希望も書き提案までしているペイジを出せて良かった。Hideaki Kase氏のThe Newsweek記事、読むことも出来るしまたVideoで見て聞くこともできる。これも素晴らしい。水島さんも嬉しそうだし、見る方も楽しい。(実際の掲載誌を持参できる、そして実際の記事内容をネットに掲載しておられる)加瀬氏のようなゲストをたくさん迎えることができれば、起死回生が出来るかもしれない。
5.ちいさいおうち(4):皇紀2600年
ひとつ忘れていた。上の記事の最初の追記以下に、正論2月号に水島さんが取り出された和泉式部の和歌について、結構プリプリの記事を書いている。昨日映画「南京の真実」を見ていたら、水島さんが正論2月号で書かれているように、映画の冒頭に、この和歌が出てきた。2月号はお正月に読者が手にする号である。この和歌を長々と解説されたのは、即新年を迎えるに当たっての水島流、映画「南京の真実」の解説なのだ。「南京大虐殺」の否定と、なんの関係もない和歌だなと思っていたのだが、水島さんが映画で表現したかったのは、実は「山の端の月」なのだということがわかった。このことは正論2月号映画「南京の真実」制作日誌を読まれると誰にでもよくわかるだろう。第一部とは言え「南京大虐殺の否定」とはあまりに関係のない「七人の死刑囚」という内容だった。第二部、第三部がどのような内容になるのかわからないが、ひょっとしたら水島さんの最も言いたかったことは、すでにこの第一部で言い尽くされているのかもしれない。映画「南京の真実」記者会見でいろんな方の想いをたっぷりと聞いたけれど、叶えられませんでしたね。
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コメント

本質的問題

竹本忠雄名誉教授であれ、名もなき勇間真次郎であれ、容赦なく果敢に舌鋒鋭く切り込んで来るBruxelles様の潔癖さと勇気にはいつもながら敬服しています。

私はこれまでの社会生活で、人を信用して失敗したことの方が自分自身の失敗よりも多く、又やったのかと内心忸怩たるものがありますが、いま会社勤めの身ですので竹本氏が本物かどうかを検証する時間はありません。万一偽物と立証されれば自ずと言論界から排除されるだけです。私自身テルケルの記事も100%読み解くことさえ出来ないでいます。ただ「心底信頼し傾倒、メロメロに心酔」というのは誇張でしょう。私の「信頼」はすべて氏の言説が虚偽でないことを前提にしていますので、もしそれが崩れれば終わるだけのことです。他にも個々の問題がありますがそれを指摘し、反論しても余り建設的ではなく他の読者にも興味がないでしょうから止めます。その代わり短く以下をコメントします。

1.本質的問題は、どうやって竹本氏が指摘したグローバルで強固な反日主義勢力からの明白かつ現在の危難に対抗し、これを撲滅し、日本の将来の子孫を守るかであって、Bruxelles様のブログ運営の初心も現在の意図も同じ筈です。しかし保守内部の争いになっては敵を利するだけではないかと心配します。「駄文」という表現が象徴的ですが、老婆心ながら厳し過ぎる批判的言辞は本来の味方を敵にまわすリスクがあります。

2.最近、実に喜ばしいことに日本経済復活の兆しが顕著ですが、その切っ掛けとなったといわれる内閣官房参与の浜田宏一イェール大学名誉教授の意見が掲載されている著書「アメリカは日本経済の復活を知っている」を興味深く読みました。日本では、優秀だが「組織にまじめすぎる者」が誤った政策を推進する、日銀の金融政策が日本の経済を15年間落ち込ませた」「(日銀も日本の社会組織も」周りに合わせる、和を乱さない、空気を読まなければ仲間に入れて貰えない。しかし、業界内の和など(本来)問題ではなく、経済に関しては、日本国民の将来の生活がかかっている。空気を読まず、和を乱してでも、自分が正しいと思ったことを、言うべきときに、はっきりと言う必要がある。」という指摘に思わず膝を打ちました。私自身のサラリーマン生活体験に照らしてもよくわかります。これを今回のことに引きなおすと、Bruxelles様は「竹本氏批判(著作批判も同じことです)を、氏への保守の人々の尊崇にも拘わらず、これに敢えて合わせず、保守陣営内の和を乱すことを恐れず、村八分にされかねない発言」をされた。しかし現下の日本を取り巻く国際環境下では、反日勢力との対峙は戦争状態にも等しく深刻で、我々にとって仲間の和など問題ではなく、こと反日本主義への対抗に関しては、日本と日本人の現在の名誉と尊厳、将来の存続がかかっています。空気を読まず、和を乱してでも、自分が正しいと思ったことを、言うべきときに、はっきりと申されたと評価することができます。

結局、世界の経済学者の常識であり、日本の非常識だった金融緩和策が、円安と株高という現実の成果によって、まだ予断を許しませんが、正しかったことが、安倍総理の慧眼によって判明し安倍政権の成立によって実現したように、だれか具眼の士がBruxelles様の卓見を取り上げ日本の真正保守を再生する契機になればと強く念願します。願わくば竹本氏その他Bruxelles様の俎上に上がった保守の方々が、反感を秘めるのは仕方がないにしても、大局的見地から冷静に客観的にBruxelles様の真剣で明朗闊達な意見に耳を傾けられんことを。既定の言論界にネットが風穴を開けることが出来れば素晴らしいことです。(以上)。

コメント有難う御座います。追記あり

コメント有難う御座います。お時間を頂いて申し訳ないです。
ただ(3)の内容にほとんど触れていただけなくて残念です。前から感じてはいたのですが、「氏への保守の人々の尊崇にも拘わらず、これに敢えて合わせず、保守陣営内の和を乱すことを恐れず」のあとに、やっぱり「村八分にされかねない発言」が来るんですね。「村八分」は充分予測していましたが、それは結局100%保守の排他性に起因すると思います。言論封じの要素が常にかなり強力に存在するのですよ。
「本来の味方を敵にまわすリスク」を心配していただくより、論点を上に整理していますので、むしろ反論でもいいので資料をお願いできれば、すぐに解決することだと考えています。
竹本氏のフランスメディアへの反撃は単に「私も探しましたが見つかりません」の状態で、見つかる可能性もあるのです。(リンクが切れているものを見た記憶はあります)ルモンドのこの記事ですご覧ください、とかフランスのこの放送局のarchiveの何月何日をクリックすれば、放送が聞けますよ、文字化はここにありますよ、とか言っていただければ、一歩前進、そして内容が多少なりとも相手にパンチが届くものであれば、私がメロメロに心酔し「恐れ入りました」と言えば、味方を敵にすることもなく、村八分の恐れもなく、元気に頑張れるのです。何故こういうことをいうかといえば、Tel Quel Japonでは重要記事の場合は、判断や主張をする前に資料として文字ファイルを、放送の場合は音声ファイルを、映像があれば動画をたいていの場合置いてきました。NETではリンク&クリックでの資料提示は可能な限り必要だと考えTel Quel Japonはそれを特徴としています。和訳の場合は(2)で竹本氏の訳が少し問題になっていますが、Tel Quel Japonでは意図的歪曲や煽情を排除するために必要最小限しか訳を付けません。その場合も引用をした原文は必ずリンクして元記事全体を置きます。ですから文章も見ないで、番組の実際の内容も聞かないで、その上いついつのものでどこにあるよという資料言及も全くない内容をあれこれ大騒ぎして有り難がっている勇間氏のような人たちの基本的姿勢が不思議なのです。映画や音楽のことを語っているのではないのです。祖国の名誉がかかっているのです。聞きかじり次元で語るべきではないでしょう。
もちろん音声ファイルがない場合もあるでしょう。その場合は内容を空想して語ってはいけません。ル・モンドに強硬に抗議した、というお話を今回聞きましたが、ルモンドの記事を見たという話は聞きません。どうやらルモンドの会長に手紙を出した、無視された、という内容は突き止めました。無視された手紙とル・モンドへの抗議記事では、次元が違います。
頂いたコメントにはTel Quel Japonの本文に対する肯定も否定も一行の言及もなく、相手は名誉教授ですぞと言わんばかりの出だしから始まり、敵を利するだけではないか、批判的言辞は本来の味方を敵にまわすリスクがある、氏への保守の人々の尊崇にも拘わらず、保守の方々が反感を秘めるのは仕方がないにしても、等など、そこに見え隠れするのは、権威主義と言論封じのみ。途中から浜田宏一イェール大学名誉教授を登場させて無関係話を長々と書き、結論部で「耳を傾けてやろうじゃないですか」と突然無理やり立場を180度入れ替えて、立場の一貫性すらも欠いている。これだけ本文の説明を完全無視し、内容に触れずにひたすら「言わないほうがいい」「いや、みなさん聞いてあげましょう」等と高みに立って見下し、議論を狡猾に回避したコメントも珍しい。にもかかわらずタイトルが「本質的問題」!
最後に、再審「南京大虐殺」の序言の最後や「アメリカ人への手紙」の出だし及びタイトルに関して、具体的にその創作性や論理の矛盾をくどいほど説明していますが、瑕瑾の一言で、全く何事もなかったかのように無視されています都合の悪いことは無視するというのも、排他性に次いで保守の大きな欠陥です。
例えば「アメリカ人への手紙」をイメージ化して読んで見ましょう。戦後上陸したアメリカ兵があちこちの壁に「Kilroy was Here」と書きまくるシーンがあって、米兵たちが大声で「王殺しここに来たれり」と騒いでいる。内容は全く違えども「でっち上げ」という意味では「南京大虐殺」と同じではないですか。そんな根も葉もないことを書く必要がどこにあるのでしょうか?その上「アメリカ人の手紙」は次のような文言で修飾されています。『再審「南京大虐殺」-世界に訴える日本の冤罪』刊行にあたってー「アメリカ人への手紙」
反撃する時こそ背筋を凛と立てなければならないはずです。それが日本人です。忘れないでください。

  • 2013/01/27(日) 22:30:21 |
  • URL |
  • Bruxelles #qXcWIg3k
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