TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

どこが(究極の駄文)なのか?(1)

Tel Quel Japon過去記事のなかで(究極の駄文)と形容した以上は、「どこが(究極の駄文)なのか?」を説明しなければならないと責任を感じていた。ただあまり時間をとりたくないので、後回しになった。今回も出だしの部分に少し触れるだけの時間しかとれない。
再審「南京大虐殺」明成社刊に関連した文章なので日本会議にも関わってくる。しかも筑波大学名誉教授、コレージュ・ド・フランス客員教授、という肩書きの方の文章である。「海外でフランス語で日本の汚名挽回のために活躍されている最も期待できる論客の素晴らしい文章」と2,3年まえにある方から紹介された文章である。心躍らせて読み始めたのだが、すぐに(究極の駄文)だと感じた。
『再審「南京大虐殺」-世界に訴える日本の冤罪』刊行にあたって
アメリカ人への手紙
・・・・・・・・・

「太平洋戦争」で日本が敗北し、列島に貴国アメリカ人兵士が満ちあふれたとき、「キルロイ・ウォズ・ヒヤ」という言葉が彼らの間から聞こえてきた。「王殺し、ここに来たれり」とでもいう意味らしい。あちこちの壁に、彼らは得意げにそう落書きして回った。「独裁者ヒロヒト」と「軍国主義者たち」の手から、哀れな日本国民を解放してやるのだというメシア思想の宣言であったろうか。

〇あちこちの壁に、彼らは得意げにそう落書きして回った。
果たしてそんな事実があったのかどうか。聞いたこともないし、写真を見たこともない。
〇「キルロイ・ウォズ・ヒヤ」という言葉が彼らの間から聞こえてきた。
誰か聞いた人でもいるのだろうか?誰もいないとすると、この文章はイントロから、作り話のでっち上げだ。
〇「独裁者ヒロヒト」と「軍国主義者たち」の手から、哀れな日本国民を解放してやるのだというメシア思想の宣言であったろうか。
この推量に根拠でもあるのだろうか?いきなり推量でモノを書くのもどうかと思う。これだけでも手紙の読み手に不快感だけを与える。日本人を読み手と想定しているのなら話は別だが、挑発的で手紙の初歩的マナーに反する。
〇「王殺し、ここに来たれり」とでもいう意味らしい。
そんな意味ではない。「来たれり」は現在完了時制の筈でまだそこにいる、がwas hereは今はもうそこにはいないのニュアンスが出る。従って「とでもいう意味らしい」などとは、仮に「Kilroy was here」を知らなくても語学のプロなら決して思えないはずなのだが。まして無知のまま勝手な意味を捏造し誤使用してはいけない。しかもキルロイは人の名前である。以下の漫画とセットになっている場合も多い。
kilroy_28_173.jpg
参照:キルロイwikipedia 日本語 & Kilroy was here:
◎あちこちの壁への落書きはこの文章を書くための妄想的創作
 実際直接見た、聞いたとは書いてはいないのに「得意げに」と書く小説家の神経をお持ちだ。
◎落書きなので「言葉が聞こえてきた」は見え見えの大嘘だとわかる。よく言えば創作、この部分は小説なのだ。
◎哀れな日本国民を解放してやるのだというメシア思想の宣言であったろうか、は完全に赤っ恥の大スベリ。
この部分に関してこれ以上書く必要はないし、これ以上書かないのがマナーというものだろう。「しまった!」と思う失敗は人生に一度や二度誰にでもある。ただ再審「南京大虐殺」は日本会議という保守の最大集団が満を持して出版した「生命線」的書物である。出版の前または後にも、その優秀な人材の誰ひとり、この序文を読まなかったのだろうか?組織を守るために「物申す」ことは出来なかったのだろうか?

・・・・・追記:2013年1月24日・・・・・
新しい発見?があったのでBruxellesのコメントにオレンジ色で追記を入れました。

コメント

竹本名誉教授批判

「アメリカ人への手紙」を究極の駄文と評するのは早計ではないでしょうか。確かにご指摘の瑕瑾はあり、また後で述べる欠陥はあります。初めてこの文章に接したとき迂闊にも御指摘の瑕瑾に気づきませんでした。しかし「神は細部に宿り給う」ということがあるとしても、それでこの文章全体の価値を断ずることに賛成出来かねますが、後に繰り返すようにBruxelles様の真意は別のところにあるように思えます。

竹本忠雄氏のお名前を知ったのは「正論・平成18年1月号」の「世界の反日レッドペーパー研究」でした。この記事で私は初めて氏が、パリを舞台に、フランスにおける反日レッドペーパー最右翼のルモンドの皇室への不敬を厳しく追及し、ラジオ出演もして日本の名誉を守る発言をされていることを知りました。反日プロパガンダといった生易しいものではなく、恰も2千年続く「アンチ・セミティズム(反ユダヤ主義)」のごとく、今後何百年続くかしれぬ日本民族に対する世界全体の認識を変えてかかろうとする大がかりな地球規模の運動(アンチ・ヤマトイズム=反日主義)の存在を指摘され、「国恥に際して間髪をいれずに反撃すれば反日はいつかは変わる。小泉政権は海外の外交官に民族の誇りをもって行動するよう指示し、外交姿勢を180度転換せよ」と結んでおられたその主張と行動、志に強く共鳴しました。現在の日本が国際社会で直面する問題の根幹とその処方箋を7年前に既に提起されていました。

私の在米中に起きた平成19年米国上院の「慰安婦決議」、常任理事国への反対、近年のソウル日本大使館前慰安婦像の設置、竹島侵略支配の強化、歴史教科書への口出し、丹羽大使の公用車国旗の強奪、尖閣関連の反日デモ・テロ、靖国放火犯の中国送還、すべてその底流に竹本氏の指摘した反日主義が存在しますが日本政府は有効な対抗策を講ぜず逆に村山や河野の談話を引き継ぎ、あろうことか敵に味方する振る舞いをしています。

外侮を除き、日本と日本人の名誉を取り戻すには日本人同士仲間内で騒いでいても駄目で、外務省も当てにならず、氏のように志ある者独り独りが海外で欧米人、外国人に直接働きかけること、日本国内の保守の間では常識になっている事柄でもそれを英語で論理的に情報発信し、説得、議論する言論活動が重要であり効果的です。この手紙の真骨頂は反日主義の存在をアメリカ人に知らしめ、「南京虐殺」という濡衣を暴くところにあり、在米中国人による反日活動への掣肘に十分インパクトがあったのではないでしょうか。米人に理解されやすい工夫も随所に見ることが出来ます。

私は「我が国の名誉と尊厳」は日本という国家存立のインフラの最下層に、「国家の主権」とともに、存在すると考えます。日本国民の生命と財産と尊厳を守る至高のインフラです。三権の統治組織、憲法以下の法体系、道路交通網、エネルギー供給体制、マスメディなどの幾重にも連なる日本国家の法的、経済的、社会的インフラの根本に国の名誉と尊厳があることを戦後の日本人の多数が忘れているように思います。侮られる国との「平和友好」を求め、侵略されようとしている島にも「平穏かつ安定的な管理」としか言えない情けない国に落ちぶれたのも廉恥心の喪失が原因です。

ところで、反日勢力の日本民族に対する世界全体の認識を変えさせようとする目論見を阻止し、日本の名誉を保持するため英米人その他の外国人を説得するには戦略をたて方法論を工夫しなければなりません。残念ながらこの手紙には以下二つの我々保守陣営の者が犯しやすい欠陥があります。Bruxelles様は「出だしの部分に少し触れるだけ」と書かれていますが、ご批判の中心は寧ろこの辺りだったのではないでしょうか。

1.昭和天皇のエピソード: マッカーサーに対して命乞いをせず、「朕の忠良なる国民に代わって朕を罰せよ」と仰ってマッカーサーを感服させたこの昭和20年9月27日の会見はウイロビーの証言にもあるようですし、木戸日記や藤田尚徳の「侍従長の回想」にも登場するようです。実際には昭和帝は「敗戦に至った戦争のいろいろの責任が追及されているが責任はすべて私にある。文武百官は私の任命であり彼らには責任がない。私の一身はどうなろうと構わない」と語られたようですが、このエピソードを竹本氏は「おそらく、日本にかかわる本質的に重要な何かが含まれている。それが分かれば日本が分かり、分からなければ日本が分からないような、何かである」と記述されている。しかしこれでは折角の論理的説得を冒頭で放棄し、非論理の世界に逃げていないでしょうか。敗軍の総大将として家臣の代わりに腹を切る例は日本史のなかに幾らでもありますし、外国にも例は多いはずです。私は寧ろこの陛下の言動は当然のことをしたまでで、外国人も感心する体のものではないと思います。因みに戦前の明治憲法上も、実質的に天皇には政治的責任はなく、開戦の詔勅は政府の結論が開戦に決したために出され、終戦の御前会議では結論が出ないために鈴木首相がご裁決を願い出たものでした。

陛下が「世界最高のジェントルマン」であり「サムライ」であり、西欧と日本は、それぞれ「騎士道」と「武士道」と呼ばれるジェントルマンシップを創造した文明であるので、「お互いに分かりあえないはずがなく、我々と真の対話の関係に入っていただきたい」と繫ぐ論法には無理があるように思いますし、このエピソードが陛下のジェントルマンたる所以を明かす適切な例とも思えません。

2.陪審について: この手紙の構成そのものがアメリカ人の裁きを懇請するものになっていることにも疑問があります。「日本は有罪か、冤罪か。それを決するのは、陪審員席のアメリカ人の皆さんなのである」と問いかけるのはいかがなものでしょうか。『再審「南京大虐殺」―世界に訴える日本の冤罪』という本の中身は読んでいませんがこのタイトルからも冤罪をアメリカ人に裁いてもらう姿勢であることが分かります。反日主義の実態をアメリカ人や外国人に分かりやすく論理的に示すところまではいいのですが、その最後の審判をアメリカ人に委ねるのは、勝者が敗者を裁いた裁判ならぬ東京裁判の焼き直しに成りかねません。裁くのは歴史であってアメリカ人でも連合国でもありません。「反日主義の仲間になるな、なれば日本の敵と見なされる」という立論で十分ではないかと思います。

そして現在の反日主義の実態を暴くだけではさらに中途半端であり、氏が正論でも触れた「東京裁判」の否定すなわち大東亜戦争の肯定、アジア解放の日本の大義の回復、ペリー来航以来の日本近代史の再認識まで成し遂げて初めて論理的整合がとれ、説得力が備わるのではないでしょうか。「戦後レジームの脱却・清算」はここまで突き進まないと完遂することは不可能です。

英語のできた故三島由紀夫氏はニューヨークタイムズ紙東京支局長だったヘンリー・ストークスには多弁で、日本や日本人論を多く語っていますが、竹本氏のような言論活動を一切しませんでした。ストークスに語ったように 日本人は外国人には所詮理解出来ない、と信じていたからと思います。しかし本当のところは理解出来ないとしても、論理は共通ですので、竹本氏のように論理的説得を試みる価値はあり、一定程度の成果は挙げられるのではないかと思います。

最後に、テルケルの他の多くの記事から読みとれるBruxelles様の志は貴重です。竹本氏と基本的に同じ過激なと言っても過言ではない真正保守であり、同じ方向を目指していらっしゃいます。この記事だけを読んだ方は、Bruxelles様の保守陣営の理論を強化し、共通の敵に向かおうとする意図を掴みきれないことと思います。この記事でBruxelles様は敵に対して有効な戦い方を示唆すべく、果敢に愛の鞭をフレンドリーに振るったものと忖度します(以上)。

コメント有難う御座います 追記あり

勇間眞次郎様
真剣なコメントをくださったご誠意にまず感謝致します。手応えのあるコメントがあればこそ書き手は行く手を閉ざす大きな障害物をも超える気力が維持できるからです。
ただタイトルには驚きました。Tel Quel Japonは個人攻撃の趣味は一切持ちません。この記事も、取り上げた文章の出だしの数行に内容を限定させています。文章批判は結果的に書き手批判になるかとも思いますが、(究極の駄文)の訳を説明する義務を感じたからであって、誰かと対立するためではありません。論争でさえない。最後まで読まれるとわかると思いますが、竹本氏に訂正を挑むものでもありません。
「迂闊にも御指摘の瑕瑾に気づきませんでした」とありますので、この記事の言わんとする内容は読み取っていただけたものと理解いたします。ですから一応目的は達せられたと思います。
違いは瑕瑾かどうか、でしょうか?日本会議の大切な出版物に付随する「アメリカ人への手紙」の文頭ですから、英文の場合はここで一気に読者を失うのではないかと心配しています。書き手に対する信用の問題なんです。目撃もしていないのに「得意げにそう落書きして回った」と書き、落書きとしながら「聞こえてきた」と書き、「メシア思想の宣言」と捏造する出だし、手紙を受け取ったアメリカ人はびっくり仰天するでしょうね。本全体が信用をなくすのです。勇間様が逆の立場だったら、内容を謙虚に偏見や疑心なく読む気になれますか?昔ね、発掘の「神の手」と言われた人が、実は、前もって自分で埋めていた、という話があったでしょう。あれに匹敵する行為だと思うのです。悪気という点からではなく、信用失墜という意味からです。
ですから差し替えられた新しいコメントの最後の段落に「竹本氏と基本的に同じ」と書かれているのを見て、グッグッと食事が喉に詰まってしまいました。権威追従の方の筆なので、「同じ」とすることでむしろ「よいしょ」しているおつもりなのでしょうが、Tel Quel Japonの側からすると、この一行は蛭に食いつかれたように悍ましい中傷、究極の侮辱にほかなりません。
勇間様は竹本氏を心底信頼し傾倒されていらっしゃるのでしょうね。それだったらこの数行で「究極の駄文」と言われて納得できないお気持ちもよくわかります。
少し引用が長くなりますが
私の在米中に起きた平成19年米国上院の「慰安婦決議」、常任理事国への反対、近年のソウル日本大使館前慰安婦像の設置、竹島侵略支配の強化、歴史教科書への口出し、丹羽大使の公用車国旗の強奪、尖閣関連の反日デモ・テロ、靖国放火犯の中国送還、すべてその底流に竹本氏の指摘した反日主義が存在しますが日本政府は有効な対抗策を講ぜず逆に村山や河野の談話を引き継ぎ、あろうことか敵に味方する振る舞いをしています。
これらは何も竹本氏の固有の指摘ではなく、それでも勇間様はすべて竹本氏の慧眼に帰したい訳ですね。それとも上記のあからさまな諸々の反日行動を、勇間様は竹本氏に指摘されるまで、反日行動と全く認識できなかったのですか?それゆえに啓蒙された結果として信伏・敬服されたのですね。それともAnti-Yamatoismという名で上記の内容を反日というよりむしろ人種差別にすり替えた竹本氏の功績?を賞賛されているのですか?上記の内容は人種差別などの次元で受け止めていては、話にも何もなりません。日本の中の反日から拡散した反日主義が世界に存在するのは事実かもしれませんが、それを外国から日本人全体に向かう人種差別と受け止めるのは間違いである、とは誰にでもわかることでしょう。わかりやすく言うとたとえば、「ソウル日本大使館前慰安婦像の設置」のどの辺が日本人人種差別なのですか??そこにあるのは政治白痴者特有の次元の誤認なのです...
お尋ねしたいのは「パリを舞台に、ルモンドの皇室への不敬を厳しく追及」は実際ルモンド紙をお読みになったのですか?「厳しく追及」は何月何日のル・モンドでどれくらいのインパクトのある記事ですか?「ラジオ出演もして日本の名誉を守る発言をされている」はラジオをお聞きになったのですか?どこの局のいつ何日のラジオですか?内容は?具体的には?
何故こんなことをいうかというと、たとえばこれの最後の一行を見て
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion06b.htm
あの大著は竹本・大原共著と多くの人が思うのと同じ次元の錯覚ではないかと思うのです。それに南京に関しては田中正明氏や阿羅健一氏や何より東中野修道氏のように独自の検証、独自の資料、独自の見解でロープを張ったリングのない時に戦いを挑まれ世間を啓蒙した先駆的研究者がいらっしゃいます。もっとわかりやすく言うと逆にフランスでは竹本忠雄氏が日英両語を駆逐してあの大著をものにし、南京虐殺という日本の国家的汚名にただひとり敢然と戦いを挑んだSAMURAIという思い込みが生まれませんか?確認がなければ思い込みは即妄想に転化。そう思うフランス人の勇間氏が生まれてもおかしくないですね。
誰でも、自分が敬愛している方のことを疑われては気分が悪い。まただれでも友人が敬愛している方にクレームをつけて楽しい訳などない。でもね、人を判断するときには、この場合なら直接新聞を読み、ラジオを聞きいて判断する、最低限それだけの手続きを経られてはいかがでしょうか?
・・・・・・・
勇間様は今回取り上げた出だしの数行に関してだけで無く、様々なテーマでコメントしてくださっています。今回のお返事はあくまでも最初の数行に限定しましたが、また日を改めて応え、出来れば各々にテーマを展開していきたいと思っています。
本当に有難う御座いました。
・・・・・・・・・・
追記:2013年1月24日
今もう一度再審「南京大虐殺」(日英バイリンガル)を手にとっている。
http://www.meiseisha.com/katarogu/nankin/yomikata.htm
こういうペイジを見れば、「アメリカ人への手紙」も日英両文でこの本に付随していると思うのだが?「アメリカ人への手紙」は本の中にはない。英訳文もない。日本人だけに読ませるための「アメリカ人への手紙」なのだろうか?このタイトル支離滅裂だ。やはり口から出まかせの三流小説家の文章しか書けない方なのだ。

  • 2013/01/21(月) 15:37:33 |
  • URL |
  • Bruxelles #qXcWIg3k
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信者性白内障

今日(3月7日)改めて勇間様のコメントを再読しましたが、アメリカ人への手紙のここが素晴らしい、という指摘は一切なく、誤りも認め、批判まで長々と書いておられます。にもかかわらず「三島は竹本氏のような言論活動を一切しませんでした」「竹本氏のように論理的説得を試みる価値はあり」と繋げておられますが、この人のどこが一体「論理的説得」なのでしょうか?致命的誤りや、自分が批判した部分をも論理的に言い逃れ、しかもそれらを肯定する労を取らずに、「論理的説得をする人」といきなり決め付ける神経がわかりません。多分勇間様はお忙しくて参照:Kilroy was hereの二つをクリックされていない、この肝心の部分を読まれていないのだと思います。ここを読まれていないから「完全に赤っ恥の大スベリ」の真の意味に全く気付いておられないのでしょう。教祖をお守りしたいという信者のお気持ちだけが先走りしてしまった結果だと思います。

  • 2013/03/07(木) 14:20:12 |
  • URL |
  • Bruxelles #qXcWIg3k
  • [ 編集 ]

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