TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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ちいさいおうち 中島京子 (4) 皇紀2600年

2600

昭和15年12月14日、入場料は2.5円、紀元二千六百年奉祝楽曲発表演奏会に奥様は東京歌舞伎座にお出かけになる。この小説が万が一恋愛小説だとしたら、ここは男と女が二人きりの時を楽しむ重要な場面である。

昔こんな歌を学校で歌ったと、母が一度私に歌ってきかせた曲を思い出した。奉祝國民歌 紀元二千六百年 No.1 :
奥様が行かれた歌舞伎座の演奏会について資料を探してみた。
Baidu IME_2013-1-8_14-18-53
↑フランスのイベールの作品を指揮する山田耕作氏
演奏会そのもののFILM最初の2分間
皇紀2600年奉祝曲 wikipedia:

(しかし、ブリテンの「シンフォニア・ダ・レクイエム」は到着が大いに遅れた。そのうえ「日本の紀元2600年を祝う場にふさわしくない」という理由で物議をかもし、写譜が間に合わないうちにイギリスが敵性国家になったので、結局ブリテンの名は消え、作品は演奏されなかった(委嘱料の支払いは行われている):追記2012年12月29日:今朝目を開けてしばらく考えていたが、奉祝曲のタイトルが「レクイエム」、こんな失礼な話があるだろうか。明らかにChurchillの挑発、しかも芸術に名を借りた悪意に満ちた挑発だ、と気づいた。真珠湾の一報を聴いてChurchillがどれだけ欣喜雀躍したかを史実として充分に知りすぎた人間にとって、イギリスの挑発だということはよくわかる。)

私のレコード棚から & Langsamer Satz
R.シュトラウス:皇紀2600年奉祝音楽(日本初演):
Jacques Ibert: Ouverture de fête (1940) :
Benjamin Britten Sinfonia de Requiem

紀元二千六百年式典
式典だけで無く、提灯行列に花電車も出てくる、身に感じるためのお薦めfilmである。
日本ニュース元ペイジ:年代別&撮影地別
・・・・・・・
改めて本を読み直しているとこんな歌も出てきた。初めて聞く。
比島決戦の歌比島決戦の歌歌詞
////////////////////////////

追記:
Tel Quel Japon過去記事で、今回本当に言うべきことをおっしゃっているのは渡辺昇一氏だと書いている。その渡部昇一氏が「正論」の2月号で「諸悪の根源ー「戦前暗黒史観」との決別」という記事を書いておられる。Tel Quel Japon過去記事、に類似した主張である。「明るく立派だった戦前の日本」という小見出しのところでは「もしも月給が上がったら」や「うちの女房にゃヒゲがある」などの流行歌を取り上げられている。それで思い出した。私も9月にこういうペイジを作っている。年代はばらばらで戦前のものばかりではないが、「日本人は楽しい」ということを言うために、敢えてこういう曲を集めてみたのだと思う。「どんぶりばちゃ浮いた浮いた、ステテコシャンシャン」などという歌をヒットさせる非常に楽しい国民なのだ、ということをクリックして確認していただきたい。

ただ「正論」2月号には、これとは反対になんてことを書くのか、と根源的にゲンナリした文章もあった。p.288からの文章である。こんな日本人認識で東京裁判史観打破、などできるわけがない。もうプリプリである。
くらきより
暗き道にぞ入りぬべき
遥かに照らせ山の端の月(拾遺和歌集より)、を出して、こう繋いでいる。
この歌は、煩悩に苦しみ、無明の心の闇をさ迷う私に、西の空に輝く月よ、私をその光で導いてください、という意味だ(...)古の日本人は自分が無明の心の闇にさ迷う哀れな存在であることを、痛切に自覚していた。これは世界と自分に対する日本人独特の深い現実認識と現実感覚だった(...):ながながと続き最後はこの「山の端の月」こそ天皇の存在である、と繋ぐ。まるで他の筆者とは次元の違う、亡き出雲井晶氏並みの読者の共感を得るがための嘘くさい媚そのものである。別にどこに繋ごうと帰結しようと構わないのだが「心の闇」がいただけない。はっきり言おう、日本人の心に「無明の心の闇」など無い!その程度の比喩を使うとすれば、日本人の心には闇夜に於いてさえ、光り輝く月がひとりひとりの中に存在している、そういう立派に成人した国民なのだ。水島さんの「お話」に寄りかかっていては、天皇制の存続のためには前提として「無明の闇を心に抱える」まるで地獄を這いずり回る餓鬼のような国民の存在が必要となる。長い間深くそのように考えてこられたのだろうから、今更とやかく言うつもりはない。しかし、本質的に日本人は明るい、楽しい、優しい、と私は思う。キリスト教徒は原罪という前提を必要とするが、日本人は「心の闇」やら「山の端の月への全的依存」などで、説明すべき民族ではない。第一「山の端の月」では信仰論にはなり得ても国体論には一切成りようがないではないか。またもや大勢の保守の方から誤解されそうな文章を書いてしまったが、P.288からの文章の奥の奥に払拭しきれていない自虐史観があるように感じたからだ。よく読めばこの文章は根底では、OSSが利用した東京裁判史観から一歩も脱していないことが分かるはずだ。
保守の期待の星、水島さんであればこそ、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の覚悟を持って敢えてプリプリの気持ちを文章化してみた。

・・・・・追記:2013年1月2日・・・・・
暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月(拾遺1342)
和泉式部のこの歌、今朝この歌からLuna Tucumanaという名曲を思い出した。
Luna Tucumana Bruxellesの和訳ペイジ月田秀子
・・・・・・・・・・・・
読者がお正月に手にする本だからという訳で、多分水島さんは、取ってつけたような日本人論を書かれたのだろう。短詩型文学的に言って、書き起こしに選択した詩歌で、まず滑っている。こんなものを探してきて、挙句に日本人に「心の闇」を既成事実のように押し付ける、いくらなんでもお馬鹿中学生の作文レベルだ。水島さんを貶すつもりは全くない。ただ「どうする日本国憲法、大討論」のPart1で「帝国憲法は生きている、帝国憲法の復活」をと発言された方なら、むしろ「愛国行進曲」を持ってきて解説しドーンと大肯定されるのは、どうだろう。
暗きよりは、和泉式部 10代か20代の単なる煩悩の歌であり、代表作でもない、日本の心を読み取れるほどの才ある大歌人でもない。なぜこんなもので日本を語ろうとされるのだろうか?水島さんお一人について言っているのではない。このように口では戦前の日本を憧憬しつつも心では決して肯定できない隠れた強いambivalentな感情を、大半の保守系日本人に認めてしまうのだ。何十年経っても議論が議論で終わってしまう、ひとつの大きな原因であると思うので、敢えて水島さんの文章に再度、しかも新年早々に絡んでみた。

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