TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

西村幸祐氏 Talk-Show

14日の日曜日からTel Quel Japonにもブロともができた。velvet moonのchouchouさんからブロとも申請があり、FC2BLOGにはそう言う機能があることを初めて知った。

10月13日午后10時をとうに過ぎていた。13日は目を休めるためにもなんとなく時間の余裕があったのだが、気づくのが遅かった。その日大阪ではじめての西村幸祐氏のトークショーがあったのだ。ゲストの顔ぶれも大変豪華。今日は時間があったので行けたのに、残念、それで主催者のchouchouさんに吃驚・残念のメイルを出した。吃驚はなぜかというと、velvet moonは本来レコード・CDの通販ショップで、chouchouさんは映画や音楽に関するサイトやブログをたくさんされている。私Bruxellesも、初めてinternetでシャンソン歌手Barbaraのサイトを立ち上げた丸8年以上前から相互リンクをしていただき、コメントのやり取りも何度かしている。その前からchansonの関係でVelvet Moonは知っていたのだが。ただそのVelvet Moonがこう言うイヴェントを企画するとは、本当に驚きであった。
salondevelvet.jpg
切符は完売、salonは大盛況で、本当に良かった。Velvet Moonにとっても冒険だったに違いない。一癖も二癖もある平均的ではない音楽ファン映画ファンがたくさん詰めかけたことだろう。豪華ゲストの方々とどんなTalkが展開したのか、想像するだけで楽しい。異文化交流の感じ?さえする。参加された方の中にTel Quel Japonの読者がいるとは考えられないが、もしいらっしゃれば感想などのコメントで雰囲気を知らせていただけたら大変嬉しい。

私は西村幸祐氏をほとんど存じ上げないが、三田文学の編集をされていたとか。時代が合わないかもしれないが私には三田文学と三島由紀夫に深く関わりのある昔の友人がいる。狩野晃一という名前なのだが、ご存知ないだろうか?在学中の若き日に、三島の推薦で「新潮」で小説家デビューを果たしている。何年も前からそして多分現在もジュネーブ大学で日本文学を教えているはずだ。


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その関連というわけでもないが昨夜これを見た。
西尾幹二の世界 第三回 /西村幸祐放送局
西尾先生の普段見えない別の面がたくさん見えてきた。

今日現代詩手帖の年鑑詩人名簿作成のための住所確認通知が届いた。そこに「近況」という欄があって、返信を投函する前にその欄に「思考における詩性、論考における文化認知について興味がある」と無意識に書き込んでいた。今思うに、この「近況」は西村幸祐放送局の上の対談の影響をもろに受けている。単純にも番組を見て受けた印象そのままである。
番組は後ろに行けば行くほど具体的でわかりやすく、西尾氏の現在のテーマ、ご発言の根拠、興味をお持ちの課題、淡々とした対談なのに多くのことが明らかになる。ただ今回も私は主題とも本質とも全く関係のない些細なことに一番興味を覚えた。それは哲学と文学を論じておられる西尾氏の口から、音楽と美術における破壊が語られたことだ。五線譜や楽器を過去のものとした現代音楽や絵画から形や色による表現を捨象した抽象表現主義、軽く触れられただけであったが、非常に興味を覚えた。西尾先生の中でそれが歴史解釈おいて具体的にどう言う意味を持つと考えておられるのか、もう少し突っ込んで聞きたかったが、そうすると完全に話が明後日に行ってしまう危険があったかもしれない。(注:抽象表現主義にはこういう噂がある。簡単に言うとポロックやデ・クーニング等も文化的対ソ冷戦用にCIAが大金をかけて用意した「駒」に過ぎないという驚くべき話である。(追記)そう言えば戦後Artの中心はParisからNew Yorkに完全に移った。現代音楽・現代美術の名のもとにアメリカの独壇場となっている。それがCIAの戦略的投機の結果であるとしても強ち全否定はできない。ヨーロッパ文化はゆっくりと非現代、即ち過去に閉じられつつある。)

第一次世界大戦は従来の芸術を荒廃させその価値観の秩序を破壊した。第二次世界大戦は従来の芸術の精神性や生命力を虐待死させた。付け加えるならばその間、言語哲学もまた言葉から意味を切り離し従来の言語機能(伝達性)を奪い、その有用性における尊厳を葬り去った。人々の生活は便利さのみを強調することによって回復、前進し続けているが、芸術や言語はさらなる荒廃、あるいは初源に戻ろうとするかのように地下掘りし、地球の反対側にまで飛び出そうとしているかのようだ。ほかのひとはどうかわからないが私にとってはこれは快感である。価値があろうとなかろうと、私はこの方向性を強く肯定したい。音楽から音符や五線譜を、絵画から形や色の復元を、そして言葉から意味とその伝達性を奪い捨象し崖っぷっちのギリギリまで行かせること、それを肯定したい。それはすでに科学が何度も乗り越えてきた行程である。あらゆる戦争が現代から見れば歴史の必然であるように、芸術や言語の正気と存在をかけたこの自爆の直前にまで至る過程もまた、歴史の必然と信じるからである。

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/////短詩集 「太古という未来」1987年刊 より/////
//////////実作年度 1966 年~ 1971 年////////////

〇 非武装の民崖を這う 意志の操に墜落する涼眼 (「殺人」より)
〇 ジャングルに臭う死闘民族の皮骨 列島の断層は 夏 (〃)
〇 アネクメーネ拡大した逆走者の実験 神の子はひとり (〃)

〇 不死鳥の伝説を飛ぶ北方領土の鳥たち 熱い振動で古書の岬を濾過していく (「あの風の墓地」より)

〇 地獄のマグマが発汗する時刻 腰振るくじらの大群がアリューシャン列島の虹を曲芸していく (「呼吸する塩」より)

〇 知るか? 環太平洋造山帯 駆け巡る湿風ルーレットに痙攣しつづけた巨大な一輪のひまわりを 風よ (「古代から吹く風」より)

〇 歩を加える白きハーモニーに大陸棚上の寺院が再生する 原子炉のある町 (「太古という未来」より)

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/詩集「2N世代」より「負けた国の子」又は「一行ニュース」/
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コメント

ありがとうございます。

Bruxelles様

お世話になっております。
Velvet Moonの事や私の事を覚えていてくださってありがとうございます。元々はシャンソン繋がりでの出会いでしたね。

Bruxelles様は博識なうえに、私より先輩で語学力も高く、もう教えて頂くことばかりです。石原慎太郎氏が好きなのです、とっても。政治家云々でもなく、生き抜く姿を通して。音楽関係のお仕事を長年しておりますもので、色々想いをブログ等で語れないことも多かったのですが、流石にそんな情勢でもなく、年齢でもなく(笑)。

先日の西村幸祐先生やゲストの先生方のトークイベントは大盛況でした。察してくださっているように、とっても冒険でした。止めた方が良いという忠告も受けました。開催できたことは小さな一歩です。良かったと思います。学びの日々ですが、これからもSalon de Velvetとして定期的に開催予定です。

西尾幹二氏の全集が発刊されているのですね。私も幸祐先生のHPで知りました。詳しくないのですが、講談社新書(嘗てのスタイル)が好きで、『ヨーロッパの個人主義』を読んだのが最初です。後はニーチェ関連のものだと思います。

素晴らしいブログ!遡りながら拝読させて頂きます。また、メールもいたしますね。書きかけなのですが、積るお話の如く長文の途中です。

ご縁に感謝いたします!
これからも、どうぞ宜しくお願いいたします☆

  • 2012/10/17(水) 05:31:26 |
  • URL |
  • chouchou #z8Ev11P6
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