TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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大東亜共栄圏今昔

完全な雑談をお許しいただきたい。2,3年前のお正月、体操の仲間たちと六社参りをしたときのこと。中に書き初めをさせてくれる神社があった。「家内安全」「立身出世」などの作品が見える。何を書いてもいいと言うので私も挑戦することにした。七曜会時代から思いつく理念は一つしかない。筆を執って書き始めた。「大東亜  」。人が周りに集まってきたので気づいたのだが、余白が一文字分足りない。何を書くのかと周りが緊張している。共栄圏が小さく貧相になっては困る。しばらく考えて「興隆」と付け加えた。神主さんが記名せよという。住所と実名を書いた後で、ふと思い出した。学生の頃右翼と見なされ脅迫されたことを。まして地元である。作品は神社で即展示される。剃刀の入った封筒が何通届くだろうか、などとぼんやり考える。「道路の角を曲がるときは気をつけよ」という忠告のような脅しを思い出す。あの暴力に満ちた時代が頭の中に蘇えってきた。今はもうそんな時代ではない。言論に於いては逆転している筈だ。そう思ってそう言い聞かせて次の神社に向かう。
家に帰る最後の角を曲がって直線に入ったころふと気づいた。「大東亜共栄圏」ではなく「大東亜興隆」と書いたことを。「大東亜興隆」は理念としては現在では「東アジア共同体」に直結する。しかも現実に於いては中国主導の共同体であり、その理論実態は中華大アジア主義ではなかったか。時代が変わり主役が入れ替わっているのだ。だとしたら、右翼から左翼と見なされ、日本刀でバッサリ。一瞬頭から血を流して倒れている自分の映像が見えた(想像力が有りすぎるのも困りものだ)ここで笑い出すあなた、あなたは脅迫の恐ろしさの体験がないから、そのようにこんな時に微笑んでいられるのですよ。一人で大多数を相手に、命を懸けた発言を、今まで一度もしてこなかったからですよ。長いものに巻かれ付和雷同し「和をもって貴しとなす」と唱えながら常に安全を確保出来る側についてきたから。「和」は「群」となり道義や論理を吹っ飛ばし問答無用に「弧」の抹殺に向かう、奔流化したベクトルとなるという物理をご存知ないからですよ。ごめんなさい。別に喧嘩を売っているつもりはありません。
実はある文章を読んで、数年前の六社参りの書き初めを思い出したのです。それはTel Quel Japon過去記事に2012年6月28日追記として引用している部分の、すぐ後の文章です。

彼らは戦後に進歩的、革新と言われるようになりますが、戦前は新体制派で「東亜新秩序」を叫んでいました。後にそれが大東亜共栄圏になるわけですが、アジアからアメリカを排除するという核心は現在の東アジア共同体構想にも通じます。非常に危険なことだと思いますね。( 伊藤隆東京大学名誉教授ご発言の続き P.89)

大東亜共栄圏と東アジア共同体を論しておられるわけですが、これでは両者が通じてしまいます。前者にはアメリカの排除がその核心としてはありません。これでは、大東亜共栄圏と言う理念は、軍指導部に潜り込んで日本の赤化を企図したソ連・中国共産党のエージェント、シンパの成果だという、おかしなことになってしまいます。(追記:7月16日:それとも大日本帝国にも現代の民主党同様pinkoたちがうじゃうじゃいたという説明としてここに大東亜共栄圏を付加されたのでしょうか?)東アジア共同体とリンクして現代の視点で考えればそうつながるかもしれませんが、あの戦前・戦時の理念は赤化を目的としたエージェントやシンパの構築しようとした理念とは全く別の流れ(たとえば玄洋社・黒龍会)を汲むものだと考えます。学問的認定として伊藤先生に反論する気は毛頭ありませんが、それでは大東亜共栄圏は否定すべきものとなり、それは同時に日本の戦争を過ちとみる論理に繋がってしまいます。学問的認定としては、それで問題がない、その通りなのかもしれませんが、手品のトリックに嵌ったように話が複雑になりました。伊藤先生の言に従ってわかりやすく言うと、書き初めに「大東亜共栄圏」ともし書いたとして、私を街角でナイフを持って待ち伏せる刺客は(単なる喩えですよ)左翼ではなくて右翼だということになりますね

・・・・・追記:2012年7月16日・・・・・
このwikipediaアジア主義に伊藤先生と同じ意見がでている。大東亜共栄圏が伊藤先生の様な認識に行き着くには、大日本帝国がソ連や中国共産党のエージェントによって、真っ赤に染まっていて「スターリンの仲介でアメリカと講和した後、ソ連と同盟関係を結んで満州や占領中の中国の利権を譲渡し、ソ連の南方進出を援助して、米英と対抗していくという構想が描かれています。その新同盟には中国、しかも国民党ではなく中国共産党も加える構想もありました」というのが大日本帝国の実態であるという驚愕前提が、必要だと思うのですが。そうでもなくて当たり前に、大東亜共栄圏は侵略主義の根本理念のように断定されているのでしょうか?いったいいつから?東京裁判の直後からですか?右派の伊藤先生が大東亜共栄圏は東アジア共同体に繋がる、とすんなりと発言されることが、信じられません。いやその、少なくとも大東亜共栄圏今昔、と区別する必要があるのではないかと?正論7月号のこの対談のテーマは「日本自衛戦争論」、つまりそのためには大東亜共栄圏は赤のエージェントの側の押入れに終い込まなければなければならない、と言うことなのでしょうか?
参照:「正論」7月号でこの辺の確認をお願いします。少なくともTel Quel Japon過去記事のクリックと今回の引用の参照をお願いします。
参照:You Tube 拡大する勢力圏と大東亜共栄の夢 :
(勝っている間だけの理念と言うこと?でしょうか)
参照:興亜論の歴史
参照:Bookreview-1:素晴らしいbookreviewなのだが、おかしな一行がある。

そのアジア主義という理念を理解できない軍部、官僚によって大東亜共栄圏構想とアジア主義は混同され、帝国主義者、国家主義者としてアジア主義者は歴史の彼方に葬り去られてしまった。

混同され?とあるが、同一視されてきたのではなかったか?いつの間に分けられて、いつの間に大東亜共栄圏は、ロシアや中国共産党のスパイの用意した理念だとすり替えられたのだろうか?そしていつから大東亜共栄圏は東アジア共同体と根底でリンクするとみなされるようになったのだろうか?よく考えるとわかってきた。無自覚のまま自虐史観に絡み取られた保守の99.99%の逃げの一手、お決まりの松岡(東條、近衛文麿)極悪人説で、なんとか東京裁判を乗り切ろうというワンパターン思考が未だに論壇の核をなしているのだ。彼らは大東亜共栄圏を松岡にリンクさせている。罪悪のすべてを押し付けて松岡を葬るには、大東亜共栄圏も(日本の侵略主義理念として)帝国政府とは隔離し遠くへ押しやらなければならない。この推論が正しいかどうかは伊藤先生にお聞きすればすぐにわかるだろう。先の戦争と敗戦に関して、誰が一番絞首刑に値しますか?と問えば、99.99%の従来の保守と同様に「三国同盟の松岡」とおっしゃるだろう。
・・・・・追記:2012年7月17日・・・・・
You Tubeで渡辺昇一氏と伊藤隆氏の対談を見た。すると予想通り「マッカッカに染まった数年がある」「宗教と同じで、そこから抜け出るのは簡単なことではなかった」と発言されていた。どうして抜け出ることができたかに関しては「多くの資料、文献にあったって、ようやくおかしいと気づいた」と。染まる、という宗教次元の洗脳は主婦の敦子カロー氏であろうと、東京大学の伊藤隆先生であろうと、そう簡単に解けるものではない。お二人とも溶解困難さを口にしておられる。伊藤先生は、今まで軍閥云々で日本の軍部に戦争責任を押し付けていたものを、帝国中枢の中の、赤いエージェントやシンパに置き換えられた、資料を読んでそういう風に転向された、と思って間違いないだろう。pinkoたちがうじゃうじゃしていたことは間違いないと思う。半分以上が尾崎秀美もどきだった、というご意見なのだろう。VENONA資料公開が進んで、悪の根源が移行したのだ。数年前までごく普通の記事で戦争の悪は「軍閥」だと定説化していた。保守に於いてでもである。ただそういうコンセンサスがあるだけで、軍閥とは誰と誰をさすのか、そもそも軍閥の実態など日本にはない。それと同じで赤のスパイは誰を指すのか、その指摘も具体的にはされていない。東京裁判があった以上悪人を出さなければ、捏造しなければ、あるいは天皇を差し出さなければ、西洋の神が日本を許さない、そういう血栓が保守の日本人にはあるのだろう。靖国分祀や原爆容認や、謝罪外交が真右の時代から延々と続いているのを見てもそれは明らかである。
結論を言おう。WGIPを脱却出来さえすれば、大東亜共栄圏は昔のままの神聖さを伴って理念として復活できるだろうということだ。ただ伊藤先生は名誉だけでなく実質的にも素晴らしい学問的研究をされ実績も積み上げられてきた東京大学名誉教授である。だからもし、伊藤先生が具体的に、そのエージェントたちの名前を証拠と共にあげられたら、そこで一気に歴史は明らかになり、その時は私も真っ赤に染まった「大東亜共栄圏」の理念を足蹴にしどぶ川に捨てる覚悟はある。そこに松岡の、近衛の、東條の名前があろうとなかろうとである。
(やはり同じように左翼体験を通過され後に転向された中西輝政氏が初めてVenona文書に触れられたころ、悪の根源を「軍閥」から「コミンテルンのエージェント」に移行された時期があった。その際pinkoと指摘されたのは、近衛であり、松岡であった。勿論今はそういった保守の足枷からは当然のごとく脱出しておられる。)

・・・・・2012年7月18日・・・・・
上に引用している浦辺 登氏のbookreview,素晴らしいのだけれど、引用部はやはりおかしい。「アジア主義者は帝国主義者、国家主義者として歴史の彼方に葬り去られてしまった」の部分は正しいがそれは「そのアジア主義という理念を理解できない軍部、官僚によって」ではないしまして「大東亜共栄圏構想とアジア主義は混同され」たのでもない。アジア主義は大日本帝国国家理念の「大東亜共栄圏」構想の影の生みの親と目され、大日本帝国国家理念の「大東亜共栄圏」構想処刑の際、徹底したアジア主義狩りが行われた、というのが正しいと思う。
伊藤隆先生のご発言を再度読んで、長年の私の大東亜共栄圏認識が間違っていたのではないかと、ふと自信が揺らいだ。wikipediaで大東亜戦争を調べてみた。ここに私の認識通りの大東亜共栄圏が書いてあったのでほっとした。

「大東亜戦争」の呼称に否定的な立場からは、「大東亜戦争」の使用を主張する側が右派勢力を中心に大東亜戦争の思想背景でもある大東亜共栄圏の理念を揚げ、「戦争は解放戦争だった」「良い面もあった」といった見解を示す者が多いこと、またこのことから「大東亜戦争」の使用が「戦争賛美」「復古的国粋主義を煽る」「中韓を初めとしたアジア諸国への侵略に対する反省が乏しい」ことを表しているとして、使用に反対する意見も根強い。


「右派の伊藤先生が大東亜共栄圏は東アジア共同体に繋がる、とすんなりと発言されることが、信じられません」という先の私の大疑問もおわかりいただけると思う。はっきり言うと伊藤先生は大東亜共栄圏をその辺の帝国主義思想と同一視され、やはり身体には転向者の血栓が張り付いていて、大東亜戦争と表裏一体の大東亜共栄圏構想を、恥じておられてどうしても肯定できずに、ソ連や中国共産党のスパイ大作戦のバックボーン思想にくっ付けて挙句に癌のように右派として祖国から切り取ってごみ箱行きとされた。何でもない問題のように見えて、これは大きな根本的問題である。大東亜共栄圏を両手で高々と胴上げできない以上、右派であろうと極右であろうと右翼テロリストであろうと、自虐史観の拘束から自らを解き放つことはできないということだ。ついでに言っておくと右派同士が呼称にこだわり、やれ大東亜戦争だ、やれ太平洋戦争だとやりあうのは、(大東亜共栄圏を肯定出来ない)臆病者が肝心の議論の次元をずらして、明後日の土俵で睨み合っているようにしか見えない。

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