TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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フランスの歴史教科書 その後

       
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調査の結果上のイラストはイタリア人GINO BOCCASILE作のイタリアのPropaganda Posterで、絵葉書として残っている、というところまで突き止めた。ただ証拠となる絵葉書(アメリカの兵士が母国に出したもの)のタイミングが問題で、作者もそしてイタリアのプロパガンダ・ポスターだということも、私はまだ納得していない。シチリア戦を詳しく調べようと思っている。今日は教科書に掲載された歌詞に関して、新しい事実がわかったので、その経緯をとりあえず中間報告しておきたい。
・・・・・・・・・・・・・・
Bruxelles
地の果て、星が輝き 木の下でライオンが吼える、遠い砂漠に、
我々の血で染め上げた日の丸を打ち立てよう。
ヒマラヤの麓に流れるガンジス川のワニをつかみ出そう。
ロンドンの空高く、鯉のぼりをたなびかせよう。
明日モスクワと雪に覆われたシベリヤは、我々のものになるだろう。
孫たちは私たちのために、ギャングたちを追い払ったシカゴに記念碑を建てるだろう。
私たちが死に赴く日が来たとき、死への不安と戦おう。
学校および軍隊で歌われた歌詞(1942年)として、上の歌詞が現在のフランスの教科書にもでているらしいのですが、どんなメロディーがついていたのか、もしわかれば教えていただきたいのですが。そもそも日本人はこんな歌を学校や軍隊でうたっていたのでしょうか?
メイルで教えを乞うた先は西洋軍歌蒐集館の辻田真佐憲氏。
辻田 真佐憲氏から
はじめまして。辻田と申します。ご質問の件ですが、「八紘一宇」という戯れ歌のことかと思われます。以下に歌詞があります
歌詞をご覧いただければお分かりのとおり、これは陸軍の学生が戯れに作ったものです。一部では歌われていたのかも知れませんが、一般の軍歌や国民歌のように、全国の学校や部隊で歌われたという性質のものではありません。こういう特殊な歌ですので、その歌詞から日本の国策や国民意識を読み取るのは無理があるかと思われます。フランスの教科書も、随分と面白い素材を持ってきたものですね。なお、リンク先の画像にある、武士が軍艦を斬ろうとしている画像ですが、これは日本製ではなく、当時の盟邦イタリアで製作されたものです。以上、参考になれば幸いです。

タイトルがわかったので、音源がないか調べてみた。紅羅坊名丸というBlogを発見。歌詞に関する情報はあったが、残念ながら音はでなかった。参照:なんだこりゃブログ: 参照:八紘一宇の塔
数え歌風の非常に短い歌で、歌詞の入れ替え自在、陸軍の学生の遊び、ただしコンセプトは八紘一宇。フランスの教科書にあるように広く学校などで歌われたものではない、ことはわかった。但しこの歌のタイトルは厄介だ。歌われたというのは虚偽の記述でも、コンセプトの八紘一宇は、特にあの絵とセットで捲し立てられれば、なかなか打ち消し難い。
Bruxelles
お返事有難うございます。お礼が遅れてすみません。イタリア製だというあの挿絵ですがいろいろ調べた結果GINO BOCCASILE の作品だとされているということをアメリカのプロパガンダ研究家から教えてもらいましたが、どうも納得できません。証拠としては、米兵がイタリアから出した絵葉書があるのみのようですが、なにしろインパクトが強いのでさかんに使われているようです。陸軍の学生の戯れ歌の件ですがこれは、この中に、一番から5番ぐらいまでがはいっているのかこれだけで、一番なのか、どうなんでしょう。私が思うに、数え歌風に、大体2行くらいで歌は終わるのではないかと、だからいくらでも重ねていくことができる。本来は、短歌のようなもので(勝手に書き換えて)それに各人が同じ節をつけて歌ったのではないかと。これでも、全く田中上奏文を肯定するもので日本の侵略国家論の証拠にも使われていてフランスの教科書に使われて本当に厄介なことになっています。武士が軍艦を切ろうとしている絵ですが辻田さまは、これは日本に対する悪意と思われませんか?何故、同盟国がこんなポスターを描いたのかそして記録としてそれが日本製などと歴史教科書で扱われているのか、納得できません。歌に関しては、節まではわかりませんよね。曲の長さは、わかるでしょうか?どなたか、歌える人物が今の日本にいらっしゃるでしょうか?歌詞の内容は似ているけれど違う。ということは、似ている歌詞がたくさんあるのでしょうか?なんだか馴れ馴れしく長いメイルになってしまいました。歌詞の出所を教えていただけて随分進展しました。これからもよろしくお願いいたします。
辻田 真佐憲氏から
返信が参考になったようで良かったです。戯れ歌「八紘一宇」ですが、これは同じ節回しで延々と歌う形式のものです。以下のCDに戦後録音ながら収録があります。なにしろ戯れ歌なので、歌詞のバージョンは他にもあったものと思われますが、詳細は不明です。「田中上奏文」も日本語で読めば、形式として在り得ないということがわかりますが、翻訳されてしまうとそのニュアンスが消滅して内容だけが独り歩きしてしまいます。同様に、「八紘一宇」も日本語で読めばただの戯れ歌に過ぎないとわかるのですが、翻訳だと世界征服の歌と取られてしまうのでしょう。この誤解を解くためには、解説文などで補完する他ありません。ジャック・ドリオやブラジヤックがヴィシー時代のフランス人を代表していないように、「田中上奏文」や「八紘一宇」が当時の日本人の感性を代表しているわけではない、ということは、説明すればある程度の人には理解されるものと思います。武士の挿絵ですが、米国によるプロパガンダポスターにはもっと醜悪に日本を描いたものもありますので、このようなものだと思います。西欧人にしては、甲冑も比較的まともに書かれておりますし。
Bruxelles
今すぐ結論が出せない、というところで、とりあえず、メイルのやり取りをほぼそのまま抜粋して、新しい情報として追記しようと思います。辻田さまの了解を得られれば、実行したいと思っています。ご了解いただけますか?専門の本にイタリア人の絵だと出ているのですがフランスの教科書には下に「Houhoubu 報道部」のサインがあると言うことなので本当のことを言ってポスターに関しては日本製かイタリア製かアメリカ製かわからず、その意図も日本側のプロパガンダと認めることが出来ていません。刀で軍艦を切ろうとする絵柄は頭に脳みそのある国民とは描かれていません。嘲笑が読み取れます。それはそうと、あのポスターがイタリア人の作だとどこでわかったのですか?わたしは、ここへたどり着くまで随分時間がかかりました。証拠の絵葉書はシチリア戦に参加した米兵が母国におくったものでした。その時、イタリアが、まだ戦っていたのか、降伏し、絵葉書もアメリカ製のものだったのか、その辺が、今呻吟しているところです。
辻田 真佐憲氏から
私のメールは自由に使っていただいて構いません。また、イタリアの挿絵ですが、柘植久慶『ヒトラー時代のデザイン』という本にその旨の記載があります。柘植氏がミラノで見つけた絵葉書の現物が掲載されています。同書には、他にも三国同盟を題材にしたイタリアの絵葉書が載っております。
Bruxelles
記事を書いたら連絡さしあげます。ちょっと遅れますが。この柘植久慶氏を知らなかったので検索すると、かなり評判の悪い方ですね。落合信彦と言う人も、「ほんまかいな」ということを書いていましたが、以前には無いスタイルでした。柘植久慶氏はさすがに迫力あるお顔ですね。
Bruxelles
来週の末くらいにそろそろ書こうと思っています。その際本名でもかまいませんか?あれに関しては、まだ新しい情報はありませんが、八紘一宇と言うタイトルであったこと、これは考えてみると、考える人によっては大きな問題を含んでいると思い、先に進めません。ズバリ言うと八紘一宇というのは考えようによれば、田中上奏文よりもずっと露骨な、侵略概念そのものだととられる可能性があり、その場合あの教科書に反撃出来ません。八紘一宇というのは、あれですね、竹内文書を思い出しました。慎重に行きたいと思っています。
辻田 真佐憲氏から
私の名前は本名で大丈夫です。ご存知のとおり、「八紘一宇」は神武紀から直接取られたものではなく、大正に田中智学が造語したものなので、どうしても近代日本の歩みと関わらざるを得ない概念ですね。ご指摘の「竹内文書」と同時代の言葉でもあります。宜しくお願い致します。
・・・・・・・・・・・・

参照:八紘一宇:Wikipedia & 八紘一宇 切手
参照:田中上奏文:藤井一行 :
参照:田中上奏文:Tel Quel Japon 過去記事
参照:竹内文書:不思議の古代史
参照:竹内文書 詩集「2N世代」:

追記:2012年6月3日
   
    hakkouitiu.jpg

こんな歌を日本人が歌ったということ、そしてこの歌詞そのものも、悪意ある捏造だと思っていたので、陸軍の戯れ歌だと知ったときは、かなりなボディー・ブローだった。八紘一宇は表面からは消えたが、今もかなりの数の日本人がそれを基本理念として日々暮らしている。その層は多種多様でしかも厚く、全く検証されることも無いくらいに、深く根を張っているのも事実である。従ってそれがこの歌のタイトルであると知った時は、かつて青木勝利がエデル・ジョフレにくらったレバー一発のように、私にとっては膝を折る必殺パンチだった。もはや安易にこの歌を否定できない。呻きながらカウントエイトを聞いているような気分だ。フランスの出版社に抗議を続けるには、仮にこの歌詞を国歌にしても他国に四の五の言わせないだけの強面の論理を構築できるに充分な神経が必要だ。田中上奏文を諸外国を相手に打ち消せたのは、松岡洋右だけであった。松岡洋右でなく、また松岡洋右のpositionも取れない私は、「八紘一宇」のタイトルを前に、惨めにタオルの投入を待つばかりだ。

・・・・・2012年6月8日・・・・・
役に立つとも思えないが、いつかついでの時にでも出典図書に当たってみることに決めた。
所蔵場所のリスト1所蔵場所リスト2Jean Lequillerの著作

・・・・・2012年6月14日・・・・・
出演者|著者・辻田真佐憲さん、編集者・濱崎誉史朗さん
日 時|2012年6月8日(金)19:00~
場 所|紀伊國屋書店新宿南店3階 ふらっとすぽっと
世界軍歌全集【super wakuwaku live talk】You Tube

コメント

「八紘一宇」の戯れ歌

こんなのがありました。
私は、アクセスできませんでした。

>762 :名無し三等兵:2006/02/28(火) 00:51:02 ID:???
赤い血潮で日の丸染めてよ
世界統一してみたいよ
万里の長城でションベンすればよ
ゴビの砂漠に虹が立つよ
ギャング絶えたるシカゴの街でよ
孫がモデル銃を撃つよ
ヒマラヤ雫のガンジス川でよ
大和男子が鰐を釣るよ
霧が晴れたるロンドンの町でよ
高く泳ぐや鯉のぼりよ
俺が死んだら三途の河原でよ
鬼を集めて相撲とるよ

・・・っつー素晴らしい歌詞の唄、タイトルは「八紘一宇」。
出展知ってるやついね?

764 :名無し三等兵:2006/02/28(火) 13:47:05 ID:???
>762
軍歌補完庫(ttp://tcnweb.ne.jp/~perfect/gunka.htm)にあった奴だね。
「ギャング絶えたる・・・・・・」のくだりが
なんと言っているか聞き取れなかったんだ。有難う。

それにしても無駄に豪快な歌詞だよなぁ。

  • 2012/06/02(土) 23:38:32 |
  • URL |
  • たつや #-
  • [ 編集 ]

Re: 「八紘一宇」の戯れ歌

たつや様
コメント有難うございます。本心をいいますと、私も一緒にこの戯れ歌を歌いたいのであります。気分がすっきりすること、心理学的に言っても間違いない。それに軍歌として懐かしんで歌う分には何の問題も無い。
ただね、このポスター(切手)の絵柄とこの歌詞がセットになって、外国の教科書に登場されたら、恐竜のように強力で、一旦子供の頭に入ったイメージは、どうしようもない。一刻も早く削除してもらいたのですが、あちら側の土俵に乗り込むためには、こちらの論理の普遍性を十数倍強化しなければいけない。こちら側の論理がそのまま通用するのは、こちら側の土俵だけ。この事実が重い。
そんなことを考えて、今朝の追記はことのほか、弱気になってしまいました。

  • 2012/06/03(日) 09:41:38 |
  • URL |
  • Bruxelles #qXcWIg3k
  • [ 編集 ]

蒙彊節について

ブログのゲストブックを見落として失礼しました。
老々生活の身辺雑事に追われ、遅くなって申し訳ありません。
「蒙彊節」は大正3年に作られました。
 第一次世界大戦の際、イギリスと同盟を結んでいた日本はドイツ領の南洋諸島(サイパンなど)と中国の青島(チンタオ)に出兵、占領しました。その時兵隊の間で歌われた歌が「蒙彊節」ですが、いわば「兵隊ぶし」とでも言う歌のひとつで軍歌ではありません。
 歌詞も兵隊の士気を鼓舞する勇ましい軍歌とは違い、むかし学生が歌っていた「デカンショ節」のような「ざれ歌」のひとつです。
 その頃はまだ「八紘一宇」や「大東亜共栄圏」と言う思想は一般には普及していませんので、この歌の「八紘一宇」と言う別名は昭和の「満州事変」ごろになって面白半分に付けられたものと思われ、特別の意味はないようです。歌詞そのものも八紘一宇の精神とは全く関係ないものになって居ます。
 「蒙彊」とは蒙古(今のモンゴル)地方の事です。
 さすがにカナダ?の砂漠は出てきませんが、ゴビの砂漠は「馬賊の歌」に出てきます。
 馬賊の歌も大正14年に作られた歌で、このころから昭和の初めにかけて大陸進出の機運が強くなっていきます。
 「馬賊の歌」はデカンショ節などとともに、学生頃にファイヤーストームなどの際によく歌いました。みんなバンカラな硬派でした。
  ♪ 繰り出す槍の穂先より
    双龍火を吐く黒竜江
    残月高く空晴るる
    ゴビの砂漠にゃ 草枕

  昭和14年には「蒙彊だより」と言う歌も作られています。
  ♪ 今日も青空 蒙彊晴れだ
    古い埃も みな洗われて
    伸びる楽土の テンポの速さ
    実る葡萄の 味の良さ

  • 2012/08/15(水) 18:07:14 |
  • URL |
  • 紫蘭 #-
  • [ 編集 ]

Re: 蒙彊節について

紫蘭さま
お返事ありがとうございます。
諦めずにまだこつこつ問い合わせなどを続けています。
今回紫蘭様のアドレスがありませんので、お知らせしておきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/siran13tb
貴重なblogです。皆様にもクリックお勧めします。

  • 2012/08/16(木) 12:57:25 |
  • URL |
  • Bruxelles #qXcWIg3k
  • [ 編集 ]

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  • 2017/08/27(日) 18:35:47 |
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