TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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The Conferences Warld War two

前回自分が読了もしていない半澤純太氏の論文をずらりとリンクしたペイジを書いた。理由は半澤純太氏が連合国側の動きを捉えるために数々の会議に、珍しく言及されていたからだ。少なくともその関連でHitした。一般的に日本人はこの視点を見逃している。終戦交渉を見てみると一番おかしいと思って当然なのは「最初から最後までロシアを仲介としての交渉にもっとも心を砕いている」事実だ。連合国側がどのような時期にどのようなメンバーでどのような構想を練っていたのか、まさか何も知らなかったわけではあるまい。一番おかしい、を通り越している。結果から見れば、こんな馬鹿丸出しの国はない。なのに戦後も、この謎に誰も真摯に挑戦しようとはしていない。それどころか、the conferences during the world war twoに関して深い検討を加えている学者も論文もめったに見ない。高校の世界史の教科書の記述の次元で放置されたままである。そこで簡単ではあるが「思考の餌」を置くことにした。

Washington Conference 22 December 1941 to 14 January 1942
(Marshall plan for winning)
Casablanca Conference 14 to 24 January 1943
Washington Convoy Conference 1 to 12 March 1943
Bermuda Conference 19 to 29 April 1943
Second Washington Conference 11 to 25 May 1943
First Quebec Conference 17 to 24 August 1943
First Moscow Conference 18 October to 3 November 1943 (some sources give the end date as 30 October or 1 November):
Cairo Conference 23 to 26 November, and 3 to 7 December 1943:
Teheran Conference 28 November to 1 December 1943:
Second Quebec Conference 12-16 September 1944:
Second Moscow Conference 9 to 19 October 1944:
Yalta Conference 4 to 11 February 1945:
Potsdam Conference 17 July to 2 August 1945:
(General Marshal's opinions regarding the Atomic Bomb)
↑読む & ↓見る
The Allies Plan for War, 1941–1942:
The Casablanca Conference:
The Quebec Conference, 1943 (part 1)
The Quebec Conference, 1943 (part 2)
The Quebec Conference, 1943 (part 3)
The Cairo Conference
The Teheran Conference
The Big Three Decide Poland’s Fate
Stalin’s Distrust of the West

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