TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

La 2eme guerre mondiale - Episode 04

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Apocalypse - La 2ème guerre mondiale :

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Nagasaki.avi :
参照:Tel Quel Japon file
(引用が長くなるのでfileにしました)
引用元サイト :


//////以上は2012年5月16日:以下は2012年6月11日//////
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「正論」2012年7月号P.162に平成22年1月号に掲載された敦子カロー氏の記事「NHKが関与した恐るべき黙示録」に関する記述があった。この映画は上のように5月16日にTel Quel Japonで取り上げていた映画であったので、少し驚いた。記事内容を探してみた。
正論 過去記事 記事全体が転載されているblog :
Tel Quel JaponではEpisode04のみを出しているが、たしか全部で06まであった。04に日本の映像が一番多いので、04のみここで取り上げたのだった。全部をどのblogで取り上げたのか、ごく最近のことなのに、すぐには思い出せなかった。filmを見ても出さないでそのまま消す場合も多いからだ。これは作曲担当者が日本人だったので、テーマ曲もポスターも出した記憶があった。
見えない鳥の存在 Blog版:別室の上映会(20)
Apocalypse - La 2eme guerre mondiale :Kenji Kawai
Apocalypse : Résumé : France2 Programmes :

Kenji Kawaiが語る:
J’ai vu des images à la télé. Mais celles d’Apocalypse les dépassent toutes
Gilbert Courtoisが語る
J’analyse précisément chaque image pour en identifier les éléments sonores.
François Montpellierが語る
Henri de Turenne と Jean-Louis Guillaud が語る
Daniel Costelleと Isabelle Clarkeが語る:
“Si tu veux la paix, connais la guerre”

私はまず戦場記録班の仕事ぶりに圧倒された。想像を絶する貴重な記録である。ナレーションに関しては、私の記事に記したとおりである。Tel Quel Japonにはfilm-Episode4を置いただけでコメントを一切入れていないのはそのためだ。全部を見ることにもまた意味がある。それは第二次世界大戦をいつまでも日中に偏らないトータルな観点から見るためにである。私の父は戦史研究家であったので、これがどれだけ貴重な記録かよくわかるのだ。動く山下奉文大将と動くアーサー・パーシバル中将が歩み寄って握手をしている。(日本がプロパガンダfilmとして撮影したとナレーションでは言っているが、戦後生まれの私は初めて見る)藤田画伯が戦場画家として絵筆をとっている映像もある。すでにTel Quel Japonでは記事にし映像も入れたが、Doolittle's RaidersがHornetから飛び立ちTokyoを爆撃する映像もあれば(pilotは全員帰還したという間違った記録が多い中で)数人は日本で逮捕され処刑されたという事実も明らかになる。数え出したらきりがない感涙ものの映像がたくさんある。
私がEpisode4を置いたのは、日本がどんどん勝ち進み進軍の矢印が次々に拡大していくのをみる快感があったからだ。日本軍の「バンザイ」の大合唱が聞こえる。自虐史観で打ちひしがれた同胞に、戦いに勝ち整然と壮大に侵攻する場面をお見せしたかった。じつに堂々とした戦いぶりである。日本軍はチンギスハーンでもなければ、アッチラでもない、まして猿でもない(ミズリー号艦上に現れた日本団をさして「洋装した猿の一団」だというナレーションをいれたfilmを以前に見たことがある。話が長くなるが「猿の惑星」の猿は昔の日本軍をcaricatureする映画である)、この映像で真の人間としての日本人の決して西洋に劣らない強さを見せつけなければ、また「勝つ日本軍」を同胞にお見せしなければ、日本は戦後の日本人にとって、敗戦ししょぼくれた「悪の枢軸国」に永遠に固定化されてしまう。そう思った。またこれはFrance2が精鋭を集め時間をたっぷりとかけ制作した名誉を賭けた6時間の特番である。その音楽を日本人が担当したこと、この喜びも文字を少し大きくしてリンクを貼ったことのもうひとつの理由である。
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少し平成22年1月号の正論の記事に触れておこう。
「日本を扱うときは再現フィルムという作り物が多く混ぜられていた」とあるがdocumentaryであるので、作為的な再現filmはありえない。古い映像なのにカラーになっていたのは上のFrançois Montpellierが語る、を見ればわかるが、繊細な分析を重ねた最新のカラー化技術が使われているからだ。役者が演じているのではない。つまり実録filmには基本的に作為ははいらない。むしろこれまでの嘘が暴かれる方が多い。「それも再現フィルムとは思えない古い白黒のドキュメントフィルム仕立てであった」とあるのは、その部分も事実再現filmではないからだ。
「番組の冒頭もひどいものだった。旭日旗が画面いっぱいにはためき、「予告なしの真珠湾攻撃」が始まる」とあるが、冒頭旭日旗が画面いっぱいにはためくのをみて、私は「いい感じ」と思った。筆者は旭日旗に負のイメージを持たれているのだろう。日教組教育が染みついている。また聞こえなかったのかもしれないが「米国と共にこの戦争に突入できるまで2年間の歳月が必要だった」というチャーチルの発言が、チャーチルとルーズベルトが並んだ場面で紹介されている。私などは「もっと大きな声でフランス人にも聞かせてあげて」と思った。にっこり場面である。
「バックに尺八の音楽が流れるのも、どこか日本を侮蔑している印象を受けた。」は単なる感情的難癖ではないだろうか?上の「Kenji Kawaiが語る」を読めば、彼には祖国を侮蔑する意思など全く無いこともわかるのだが。「彼(Kenji Kawai)はNHKの職員ですか?」と言うこの筆者の質問に至っては見識を疑う。France2の6時間番組の音楽をNHKの職員が担当する?
「さらに奇襲攻撃のフィルムを見せた後で、『米国は日本の石油供給源を止めました』とナレーターが言う。これでは時系列が逆ではないか。」とあるが、そのまえに話が数か月前に戻ると言っている。そして「止めました」の後少し間をおいて「この経済制裁が引き金となって日本は戦争に突入しました」とはっきりナレーションが聞こえる。「そうそう、よくぞ言ってくれましたね」と私は思った。
「さらには、軍人が畏まって整列しているところに、昭和天皇が騎乗で現れる映像や、皇居の前で土下座する日本人の映像に「当時は現人神であったエンペラーに、日本国民は自らの命を投げ出すのも厭わなかった」というナレーションを重ねる。」これのどこが酷いのだろうか?これは隠すべきことなのか?否定すべきことなのか?「海ゆかば」を歌って戦場に向かったあの神宮の学徒出陣まで否定することにならないか?戦時の国体に対する染みついた負の評価がこの筆者の心には埋め込まれているのだろう。
私が唯一「またこれか」と不快に思ったのは「中国大陸で(小さな穴に)女子供が生き埋めに(されかけている)シーン」しかしこれは「中国からきた」と返事のメイルが届いたのであれば、本文の趣旨から外れる(NHKとは無関係)。

この筆者は長い間自虐史観論者で、大人になって以降に転向したひとで、外国人に見せたくはない(と思い込んでいる)場面や事実の刷り込みが解消されていないのではないだろうか。対象にしている映像は52分のEpisode04の中のわずかに9分足らであった。本来フランスの放送局が制作した第二次世界大戦全般を扱う6時間番組であり、NHKが日本の部分の再現filmを意図的に制作し番組にはめ込む自由は全くない。それをNHK批判に繋げようとすること自体、偏見と勘違いの妄想を必要とするそもそもが無謀な試みである。
日本人のNHKに対する気持ちはよくわかるので批判はしたくないのだが、正論のこの文章の拡散は驚くほど多い。大部分がfilmの検証もなく単なる尻馬乗りに近い。非常に残念である。責任は正論にあるとしておこう。

・・・・・追記:2012年6月13日・・・・・
平成22年1月号に掲載された記事だけなら、だれも気付かなかったので、有耶無耶にできたかもしれない。なのに再度、「正論」2012年7月号で、繰り返してこの記事を取り上げたために、「正論」の内部体質までが結果として露呈した。内容確認をせずに掲載したということ、そして他人の記載を真に受けて、自己検証もせずに、自分の論理展開に書き込んだ。恥の上塗りである。
誰しも勘違いはあるので、元の原稿の筆者や今回の筆者、あるいは「正論」を非難するつもりはない。ただ、確認をしないままの転載や拡散や引用が平気でなされること、書く方の慎重な検証の不在、読む方の論理を辿る視点の不在、が最近目立つのだ。転載や拡散の行為、あるいは引用を使って自分の主張の論理展開の補強とする場合は特に責任を自覚して慎重にお願いしたい。論壇の質の維持のためにである。

・・・・・追記:2012年7月7日・・・・・
西尾幹二氏のブログの中の「天皇と原爆」に関する書評にコメントをいれた。「なかなか理解されないのではないか」「理解されるには時間がかかる」などと書いた理由は、たとえばこの上の記事を見ていただければ多くの方々にも充分理解されるのではないかと思う。「理解されにくいということが理解される」かもしれないということだ。上の原稿のお二人の筆者に、どれだけ深く自虐史観が張り付いているか、上の記事でご理解いただけるのではないかと願っている。例えるならば脳梗塞の血栓のように、ほとんど消えようがないまでに巣食っている。(被害)妄想の次元に到達している。忘れないでいただきたいのは掲載誌が「正論」である、と言うことだ。

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