TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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World War 2 Manchuria Battle 追記多数

World War 2 Manchuria Battle 1:
World War 2 Manchuria Battle 2 :
Manchuria Battleという言葉を初めて聞いた。Manchuria に限定して見る、という視点が新鮮だ。日本にとってあの地域はどんな意味をもっていたのか、新たに鮮明になるかもしれない。その国のあり方からして日本が恐れたのは、日本が仮想敵国としたのは、日露戦争から一貫して共産ロシアだった筈だ。国際関係が複雑に入り乱れて、その一貫した視点をいつの間にか失くしてしまっていたのではないだろうか?第2次世界大戦末期、終戦交渉をロシアに依頼しようとした事実は、既にスイスにいるダレスにも、ということは連合国全体に伝わっていた。ヤルタ会談に於いてソ連の対日参戦は決定していた。日本はその情報さえ取れずに、こともあろうにロシアに終戦交渉の仲介を本気で依頼していた、信じられない、このあたりは全く信じられないお馬鹿ぶりである。米国の政界がそうであったように、日本の中枢の中にも仮面を被ったロシアのスパイがたくさんいて「空気」そのものがマインドコントロールされていたのか、頭が動かないほど本来の意志の疎通が出来ないほど、御前会議に於いて思考も感情もコミュニケーションもなにもかも硬直していたのだろうか。まずこの不可解な一点を思い出した。
映画その(1)はとても長いがその(2)はわずかに残ったものを付け足しただけ、という感じで終わる。
内容を鵜呑みにしてはいけない。ソ連のPropaganda filmかとも思えるくらいの、そう来るのか、と驚くようなナレーションも多い。まだ全編を見終わってはいないが、そもそも終戦交渉を断るだけでなく、条約を一方的に破棄して疲弊した日本に踏み入り日本人を虐殺し領土を、そうだ、彼らの祖先のジンギスカンのようなやり方で蹂躙し奪い取った、あのロシアのまさに人道に反する侵略をそもそもBattleなどと呼べるのだろうか。(つづく)
注:20年位前の「Time」誌に面白い記事があった。表紙は右側に東洋人の顔、左側に西洋人の顔、左右から顔を中央に寄せて一つにするとエリツェンの顔になる、というもので、その号の特集は、ロシアがどのように形成されたかという建国史。簡潔に言うとロシアとはジンギスカンの末裔たちが築いた国家だ、と力説する、それなりの説得力のあるものだった。モスクワやキエフなどの都市の発達過程を通して、ロシアの文化的基礎はモンゴルの政治の上に発芽したという解説であった。「彼らの祖先のジンギスカン」と記述したのは、ふとそれを思い出したからだ。これは「Time」誌のトンデモ記事ではなく、おそらく学術的にも、主流ではないにしても受け入れられている筈だ。余談になるがその頃日本のジムで育った日本のジムに所属するロシア人のユーリ・アルバチャコフという強いboxerがいた。アジア系の「蒼き狼」を連想させる面構えで、それはTIME誌の説を充分に補足するものであった。

追記:2012年3月22日
見ていて胃が重くうんざりして眠くなり吐き気までしてきた。怒涛のような侵略である。繰り返し繰り返し陥落し敗退していく。なによりゲンナリしたのは、Manchuria Battleのタイトル通り、Battleとして詳細に解説されていくことだ。沖縄戦はある程度Filmも見てきたけれど、満州戦をこうしてBattleの視点で考えたことも見たこともない、ことに気づいた。コメント欄には「こうして戦い血を流して領土を獲得したのだ」というロシア人らしき書き込みもみえる。許容できる発言ではない。しかし「敗戦のドサクサに」と思ってきたことをもし連合国側がManchuria Battleと一致して認識している限り、そして白人連合が日露戦争を忌々しく思っている限り、交渉下手な日本政府が10000回交渉したところで北方領土は帰ってこないかもしれない。ソ連邦崩壊のあたりが、絶好の交渉チャンスだった、可能性として、あれをものにできなかった日本に、日本の歴史認識を堂々と言えない日本に、北方領土奪還能力がわずかでもあるのだろうか。満州国が本来は漢民族のもの、あるいは中華人民共和国のものだと勘違いしている日本の歴史家に、まっとうな歴史認識がこの先構築できるのだろうか。ポツダム宣言を受諾した以上満州国まで返還せよとは言えない。しかし、北方領土はどうなんだろう。歴史家も政治家も言論人も、何らかの返還の策を持っているのだろうか?

以上は2012年3月22日記入
以下は2012年5月31日追記

A Conversation with Tsuyoshi Hasegawa:2/6/2006
カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校歴史学教授
Noted historian Tsuyoshi Hasegawa discusses his fascinating new book "Racing the Enemy: Stalin, Truman, and the Surrender of Japan" with Jack Talbot (Professor of History, UCSB). By fully integrating the three key actors in the story--the United States, the Soviet Union, and Japan--Hasegawa puts the last months of the war into international perspective.
ポツダム宣言受諾に関して日本側が出した条件は「天皇の地位保全や免責」の確約のみ、それを除けば無条件降伏は早くから申し出ていた。交渉がまとまらなかったのは、受諾しなかったというよりも、こちらからの受諾条件を拒否され続けたためでもある。内内的には約束があったにせよ確約のないまま、事実上日本をしてポツダム宣言受諾を決意せしめたものは何か。それは都市の爆撃となにより2度の原爆だと言われている。長谷川教授の主張のユニークな点は、それを8月9日の2度目の原爆よりも何よりも同日の中立条約を一方的に破棄したソ連の対日参戦のショックだったとしているところだ。そこで最後の思案の糸が、プツリと切れた。日本語でいうところのもう一つの意味の「バンザイ」である。ギリギリまで最後の最後までロシアを信頼しきっていて、仲介の交渉に命綱を託していたという主張である。木戸日記によると1944年1月からロシアを仲介とした終戦交渉は発想されている。なんと19ヵ月にわたる深い深い信頼である。私自身も上に「こともあろうにロシアに終戦交渉の仲介を本気で依頼していた、信じられない、このあたりは全く信じられないお馬鹿ぶりである。」と書いているが、果たしてどのような信頼を置いてどのような交渉をしていたのだろうか。何かを隠している。何かが隠されている。想像を絶する、馬鹿も休み休み言え、と言うほどの信じられない約束が、この一瞬破棄されたのだ。
実はこれに関して非常に納得できる「トンデモ情報」が無いわけではない。書く時が来たら書こうと思っている。

     cspanhasegawa.jpg
     C-Span Video 1時間21分 :今見つけたばかり。

・・・・・追記:2012年6月1日・・・・・
戦争末期のソ連への和平斡旋依頼
長谷川氏はロシア語ができる方のようだ。このリンクのペイジは、長谷川氏の発言内容にきわめて近い。この頁には、非常に興味深い内容の記事が20もある。そのすべてが貴くかつ重要である。

瑞西のダレスを通しての休戦交渉もあったのだが、ソ連に比べると国の気合の入れ方が違うのがばれてしまっていた。しかしこの時期の瑞西、ダレスのいた瑞西をもっと検証しなければならない。ありがたいサイトに出会った。
スイス和平工作の真実: 
希少価値のある日瑞関係の元ペイジ
非常に真摯につくられている、出会えたことに喜びと幸運と感謝を覚えさせてくれる瑞西関連に特化した有難いサイトだ。

・・・・・追記:2012年6月28日・・・・・
この頁の少し上、5月31日追記のところに「実はこれに関して非常に納得できる「トンデモ情報」が無いわけではない。書く時が来たら書こうと思っている」と書いた。これ、とは「こともあろうにロシアに終戦交渉の仲介を本気で依頼していた、信じられない、このあたりは全く信じられないお馬鹿ぶりである。」である。まだ「トンデモ情報」を書くべき時ではない。しかし、それの一歩手前の吃驚情報が、誰に吃驚されることもなく「正論」7月号P.88に登場したので、その「一歩手前情報」をここに記す。東京大学名誉教授の伊藤隆先生のご発言である。(まさか、吃驚しているのは私だけではあるまいと思って、この「追記」を今まで見送ってきたのだが)

伊藤隆名誉教授:...昭和20年の春以来、近衛文麿をソ連に派遣し、対米和平の仲介を依頼するという計画が浮上していました。終戦で幻に終わりましたが、4月5日にソ連が日ソ中立条約の不延長を通知してきた中でも準備が進められました。この計画にあわせて参謀本部幹部や関東軍参謀、海軍若手らが、いわゆる「改革官僚」らの協力で作った国家再建策草案には、スターリンの仲介でアメリカと講和した後、ソ連と同盟関係を結んで満州や占領中の中国の利権を譲渡し、ソ連の南方進出を援助して、米英と対抗していくという構想が描かれています。その新同盟には中国、しかも国民党ではなく中国共産党も加える構想もありました。ソ連、中国共産党のエージェント、シンパが軍指導部に潜り込み、日本の赤化を企画していたとしか思えません。...

どうして、この重要発言が聞き流され、大反響を呼ばないのか、不思議である。私が何故、この発言に耳を拡大させたかと言うと、これはいつか書く「トンデモ情報」から「トンデモ」を取り除くに充分なまえふり、になりえると思ったからである。
そしてこれはまた同時に、愚図愚図していた日本が、悩む間もなく両手を上げて「バンザイ」をしたのは、「なによりソ連の対日参戦のショックだった」という長谷川教授の上の論説をも、強力に裏付けることにもなる。自分たちが裏切られたことが原爆よりもショックだったのである。

・・・・・追記:2012年12月29日・・・・・
このペイジ、長くなりすぎてしまったが、もう一回だけ書き込んでおく。
実は今中央公論新社刊、長谷川毅著「暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏」2006年9月5日4版発行、という本を手に持っている。上の画像とC-SPAN videoが扱っている書物の日本語版である。日本の長引いた腑に落ないもたもた終戦交渉が非常に詳しく書かれている。ただ感想を書くには、後の注・参考文献の一覧を全部当たってからにしようと考えている。まだこの本自体パラパラとしか読んでいない。時間がないのだ、順番待ちの本が机の上に山積みで、今回この日本語版の本も後回しにすることに決めた。ただ興味のある方のために、中央公論新社から立派な日本語版の本が発売されていることだけは、お伝えしたいと思った。この本の扱っている時代を徹底的に検証する必要がある。この本は即ち読むべき価値がある。但し、読む場合は参考文献全部にも可能な限り目を通し、先入観を持たないで自分の頭でうんうん唸りながら、考えあぐねなければならない。今のところ日本人は何人も終戦に関するこのあたりのことは、表面をかすったワンパターンで済ませている。奇々怪々の事実がいっぱいなのに、匂いを嗅ごうとも顔を向けようとも、していない。

・・・・・この記事は2012年6月28日入稿の記事です・・・・・
・・・・・追記:2013年10月24日・・・・・
この記事は追記追記で長々となってしまった。その上に今回また追記。追記のため上に上げるが、それだけ重要なので我慢をお願いしたい。「Racing the Enemy」の長谷川毅氏への反論、Tsuyoshi Hasegawa vs Sadao Asada, その論争を少し見てみよう。日本の終戦に関わることだ。長いので考察は後回しにする。先読みしてください。
TSUYOSHI HASEGAWA vs. SADAO ASADA: Debating Hiroshima
The Atomic Bombs and the Soviet Invasion: What Drove Japan’s Decision to Surrender?
Racing the Enemy: A Critical Look
Sadao Asadaの見解 :麻田貞雄 wikipedia
Sadao Asadaを支持する見解
長谷川発言の前提となる日本内部のロシアに寄せる信頼、は驚くべきものがある。その点で、長谷川氏と上にも書いている伊藤隆氏の見解は重なる。そしてこれにVenona Fileがさらに重なって、終戦前の赤く染まった日本が見えてくるのだが。そしてそこにGHQの赤い人たちが加わって、一時日本は共産化される。ノーマンがしたことは牢獄にいた共産党員の釈放であった。このあたりまでは、左右両方の方に追認を得られるはずだ。問題は誰がとことんまでロシアを仲介とする和平交渉を牽引したのか。これに関しては共産党シンパまたはコミンテルンの人間が日本の中枢に驚くほど多くいたに違いない、というところまでしか、議論されてはいない。
Tel Quel Japonではロシアを仲介とする和平交渉を牽引した人物をある資料を通して突き止めた。もう少し検証してから記事にするつもりでいる。言わばその前提となる、和平交渉に関するこのペイジの上記の記事を、追認できる範囲まででいいので、読了読解しておいていただきたい。願わくば、長谷川氏や伊藤隆氏の見解に、感想、同意反論などをコメントして頂ければ、喜びとしたい。

・・・・・追記:2013年11月27日・・・・・
殺戮の草原――葛根廟事件の証言
ソ連軍兵士の強姦、殺戮、暴行、強奪

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