TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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学徒出陣 昭和18年 文部省映画&アンケート(1)

出陣学徒壮行会 昭和18年10月21日神宮外苑競技場

大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
かへりみはせじ

・・・・・・・

ほとんど100%の真性保守の方たちがことのほか愛され感涙される、歴史的シーン出陣学徒壮行会。
しばらく没にしておいたが再度表に出すことにした。
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ かへりみはせじ
と歌い皇居を仰いで「天皇陛下万歳」。これでは、歌詞通り民草の命の花は大君のために咲いて散ることは出来るかもしれないが、敵兵を殺害したり敵国を荒廃させたり降伏させたりする兵士としての使命感はどこにも見当たらない。作戦も不在ならば、勝利への使命や執着や強力な意思も感じられない。暗殺者を送り出す際、ハシシ効果を期待するに似た演出ではあったのだろうが、この宗教的精神性への過信と、勝利のための科学的分析・現実的頭脳作戦の欠落、それが結局必要以上に無残な敗戦につながった。否、私の主張ではない。

日本は何故負けたか?
参照:昭和20年9月9日天皇陛下のお手紙
追記:2013年1月19日
この天皇陛下のお手紙の引用はよく見かける。ほとんどが右寄りの保守サイトで好んで引用されている。例えばこんなふうに。保守の方はこのお手紙のどの辺に強烈な魅力を感じていらっしゃるのだろうか。この引用を今回初めてご覧になる保守の方に、特にご感想をお聞きしたい。

/////追記:2013年1月15日/////
昭和20年9月9日の天皇陛下のお手紙、に関して、同志の方に頭を低くして質問させていただきます。ご意見を心待ちにしております。お尋ねしたいのは以下の三問です。
1.先生とあまりにちがつたことをいふことになるのでひかえて居つたことをゆるしてくれ。
何と何がどのように違うのでしょうか?推量でも構いません。推量さえできないのです。
2.国民をも殺さなければならなくなつた
殺す、という言葉遣いに違和感をもちます。何故殺されるという発想ではないのでしょうか?もし万一新聞社のミスプリであれば、大問題になる内容だと思うのですが?
3.今度の時はあたかも第一次世界大戦の如く軍人がバツコして大局を考えず進むを知つて退くことを知らなかつたからです。
何故負けたかは、理由を先に2つ挙げられているので、これはなぜ戦争になったのか、という問題ですね。これは東京裁判史観が少し入っていますね。聖戦のニュアンスが全く感じ取れません。保守は東京裁判史観を容認しているのでしょうか?保守の多くの方々は東京裁判史観の打破、を心の底ではそう強くは望まれていない、その原因は東京裁判史観にも評価できる点を認めていらっしゃるから打ち消したくはない、(むしろうまく運んだ)とお考えなのでしょうか?あるいは、単にすべて大御心に従いたいからでしょうか?

参照:The New York Times November 15, 1990
この記事と上記のお手紙と、内容的には符合しますね。どちらにも嘘偽りはないということだと思います。

(...)Hirohito asserts that if he had tried to stop the attack on Pearl Harbor in 1941, "it would have led to a coup d'etat" in which he likely would have been assassinated(...)In the interviews, Emperor Hirohito described his own powers as weak, constrained by the Meiji Constitution that then governed Japan just as his ancestors were constrained by powerful shoguns(...)(リクエストに応じて訳を追記します。ー1941年の真珠湾攻撃をもしやめさせようとでもしていたなら、クーデターが起きていただろう、そうなっていればおそらく朕は暗殺されただろう。インタビューの中で裕仁天皇は自分の権力は弱々しいものであったと述べた。自分の祖先である代々の天皇も武家社会の間幕府の将軍に権力行使を抑制されてきた。それと同じように立憲国日本は当時の明治憲法に抑制を受けており、自分が行使できる権力も弱いものであった。ーBruxelles訳)


plus この音声:チャンネル桜のどうする日本国憲法の大討論では
「帝国憲法は生きている、帝国憲法の復活」
「今の日本国憲法は落書き」
というご意見が大半を占めたましたが、「この音声」や「上の引用の後ろの太字部分」をどのように認識されていらっしゃるのでしょうか。
追記:最近ではこういうのもあります。これも「読みたくない」ですか?見ざる、聞かざる、言わざる、では上滑りのまま真の討論さえ出来ずに100年の時が流れてしまうでしょう。
天皇皇后両陛下御結婚満50年に際して(平成21年)

なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。


本当に実際問題として「どうする東京裁判史観!」「どこをどうする日本国憲法!」「どうする日本の教科書!」否「どうにもできない東京裁判史観」「どうにもできない日本国憲法」「どうにもできない日本の教科書」ということでしょうか?実際問題として。否「このままでいい東京裁判史観」「何もかもこのままでいい日本国憲法」「このままでいい日本の教科書」なのでしょうか?いいえ、あなたのことを言っているのではありません。

/////// 以上は2013年1月17日の記事です ///////
/////// 追記:2013年2月9日///////

昨晩コメントにレスを入れていて、追加質問を三つ思いつきました。時間が足りない場合はどれか一つでもコメントよろしくお願いします。
(4)これも一番上のYou Tubeと同じで、以前出していました。保守の方全員に感動していただけると思って出したのですが、意外に反響が悪かったので引っ込めていたものです。左派右派にかかわらず、この曲が「嫌いだ」とおっしゃる方にその理由を問いたいと思います。
A=この曲はパチンコ屋を連想させるから嫌いだ。B=この曲は軍国主義の時代を思い出させるから嫌いだ。C=理由は不明だがこの曲を聴くとゾッとする。D=純粋に楽曲として嫌いだ。E=その他
軍艦行進曲 指揮・三島由紀夫:
(5)上に出している参照:The New York Times November 15, 1990の引用部分のご発言に関して。これも簡単な理由をつけて(1)(2)[3](4)のどれかでご意見をお願いします。
(6)Tel Quel Japonの過去記事でも触れている「富田メモ」に関して1=そんなご発言は有り得ない、陰謀だ。2=陛下のお気持ちはよくわかるが、公表すべきではなかった。3=陛下のご意思なのだから松岡、白鳥を外すべきだ。4=戦犯と戦死者を区別すべきだ。5=中韓に配慮し、陛下のみならず、公人はすべて参拝すべきではない。6=少なくとも総理大臣は総理大臣として参拝すべきだ。7=天皇陛下が参拝されなければ意味がない。8=私人としては誰が行っても良いが、公人としては、誰であろうと参拝すべきではない。9=国賓級の海外の要人にも参拝していただくのが当然だ。10=それが天皇陛下の御遺志だとしたら、総理大臣の参拝も今後やめたほうが良い。11=分祀すれば問題ないのではないか。12=興味がない。13=その他
////////////////////////////////

コメント

出陣学徒壮行会

我々が天皇を論じるときには2つの存在を区別する必要があります。「目に見える個人としての天皇陛下」と「目に見えない観念的な存在としての象徴的天皇」です。象徴的天皇は日本民族の象徴であり日本国そのものです。「辺(へ)にこそ死なめ」に詠われた大君は個人としての天皇陛下ではなく、象徴的天皇であると思います。もし個人としての天皇陛下であれば、個人崇拝に過ぎず、いまの北朝鮮と同じです。英霊たちも、「天皇陛下万歳」と散華した日本軍将兵も皆、意識下では、家族や郷党を守る国家に殉じたのであって、天皇陛下個人に殉じたものではないと思います。天皇陛下は日本の伝統と文化を体現する御存在であり、日本あっての天皇であって、天皇あっての日本ではないのです。「海ゆかば」を斉唱するこの学徒出陣式はそのような意味において私は深い共感を以て視聴しました。東大生の答辞もところどころ聞き取れませんが国に殉じる覚悟を堂々と開陳するもので感動的です。いまどきの学生にはない何かがここにはあります。

従って人間宣言は不要でしたし、敗戦後の昭和帝は占領政策に利用され犠牲となられたか、洗脳されたとみるべきです。このお手紙は偽でしょうし、憲法発布のお言葉は言わされたものでしょう。明治以降の天皇よりは江戸時代以前の天皇の在り方が現在の御皇室制度に近いとコメントされた今上天皇陛下のお言葉はその通りかと思います。統治権を総攬するようになったのは明治憲法によってであり、それ以前は「日本国憲法下の天皇の在り方」のように万世一系で象徴的御存在だったのではないでしょうか。

ルモンドのように皇室を誹謗中傷することは日本国統合の象徴と日本の最高権威を無みすることであり、日本と日本人を侮辱することであり、絶対に許してはなりません。竹本名誉教授の行動力には敬服します。

東京裁判史観は否定、日本国憲法は無効化、歴史教科書は大東亜戦争肯定で改定。その前に、自主憲法制定、国連の敵国条項廃止、常任理事国入りなど戦後レジームからの脱却が先行しなければなりません(以上)。


コメント有難う御座います。

コメント大変有難う御座いました。お時間を頂いて申し訳ございません。
ただお尋ねし、ご意見を心待ちにした三つの質問には、一切お答えいただけませんでした。これは勇間様だけで無く、どなたからも応答がありませんでした。おそらく、まだ考えていらっしゃらないか、考える時間がたりないか、だと思います。ご意見をいただくまで、ずっと気長に心待ち状態でスタンバイすることに致します。よろしくお願い致します。

今回勇間様はご自分のお考えを明快にされました。そう言う意味ではこの本文に反応してくださったものと見て感謝致します。コメントに従って(1)(2)[3]と分けてみます。
(1)敗戦後の昭和帝は占領政策に利用され犠牲となられたか(つまり終戦の契約により国体の保持と引き換えに占領下に置かれた存在として不本意ながら命令に従った)
(2)洗脳されたとみるべきです(教育され、たしかにそうだと思い込まされ、自ら正しいと思って行動した)
[3]どちらでもない真にご自身のお考え、
勇間様のお考えをまとめてみます
〇このお手紙は偽でしょう:昭和20年9月9日天皇陛下のお手紙に関しては、(1)ということ、ですね。
〇憲法発布のお言葉は言わされたものでしょう:上に音声をおいている分です。これも(1)
◎明治以降の天皇よりは江戸時代以前の天皇の在り方が現在の御皇室制度に近いとコメントされた今上天皇陛下のお言葉その通りかと思います:これは「人間宣言は不要でした」と矛盾しませんか?それより、今上天皇陛下は「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」とおっしゃっています。ちょっと読み違えていらっしゃいませんか?天皇のあり方に関して日本国憲法肯定なのです。読み違えでなければ[3]ですね。
以上の点に関しては、保守のそれぞれの人間がその意見を明確にすべきで、そこを曖昧に伏せたまま議論しても近づきようも遠ざかりようもないと思います。意見が収斂しないのです。
勇間様はその他に関してもご意見を明快にされました。ここに書き出してみます。
1.東京裁判史観は否定
2.日本国憲法は無効化 自主憲法制定
3.歴史教科書は大東亜戦争肯定で改定
4.国連の敵国条項廃止、常任理事国入り
5.「目に見える個人としての天皇陛下」と「目に見えない観念的な存在としての象徴的天皇」を区別する必要がある。
6.日本あっての天皇であって、天皇あっての日本ではない。
質問への回答はいただけませんでしたが、ご意見を明快に発していただいて、ありがたく思っています。独自のご意見をお持ちの方は、それぞれにお聞かせいただきたく思います。どうぞよろしくお願いいたします。
考えたこともない、付和雷同、既成ワンパターン、その場その場で適当(つまり矛盾があっても平気)、立場上上の指示に従う、などの態度をBruxellesは嫌悪いたします。しかし最も憎悪するのは、都合が悪いと「見ない、聞かない」に徹する保守の特性です。なぜならそれこそが何事も一向に進歩・改善・達成できない(仕組み)そのものになっているからです。
真っ先にコメントをくださった勇間様のご誠実さ勇気にその意味でも大変感謝しております。
・・・追記:2013年1月29日・・・
上に、読み違えでなければ[3]ですね,と勝手に書いていますが、これは重要なので、読み違えかどうかお聞きしてから、(1)(2)[3]のどれか、ご本人に決めていただこうと思いました。
とても重要なところなので、短いコメントで結構ですので、よろしくお願いします。

  • 2013/01/28(月) 12:42:56 |
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  • 2013/02/02(土) 20:16:33 |
  • |
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天皇A天皇B天皇C

質問にお答えします。
まだ会社勤めの身ですので原則として週に一度しか本ブログをしっかり拝見できないことをお許し下さい。

1. 「お手紙」の真偽ですが、コメントに書きましたように、信憑性が疑わしい、他の者が書いた偽書ではないかと疑っています。3つのご質問こそ信憑性を疑う理由です。従ってこのお手紙に関する議論は無意味ではないか、よって「お手紙」に関するご質問に答えることも無意味ですので無視させて頂きました。
2. 「お言葉」は占領軍によって強制されたか洗脳されて言わされたかだと思います。あとに述べるように一部は陛下本来のお考えと合致するところもありますが、そうでない部分、特に戦争の放棄は陛下本来のお考えではないからです。
3. 「人間宣言」は占領軍によって強制されて言わされたとしても、偶然ご自身の戦前からの固有のお考えと一致していたと推測します。現人神に祭り上げられたのは詳しくは研究していませんが明治維新後であって、徳川政権を打倒した明治新政府が国家神道を日本の歴史上初めて制度化し最高の国家神たる皇大神宮を頂点に、全国の神社をその下に系列化し、日本の国そのものを神道の宗教組織として、天皇は天照大神の直系であり現人神(あらひとがみ)の最高神としたのではなかったかと思います。この現人神が統治権を総覧し祭政一致の中心であると位置付けたのが明治憲法でした。明治憲法は、天皇を「(甲)政治と宗教の観点」からかように規定しましたが、一方で「(乙)政治と権力の観点」からは、議会と政府を基盤とする立憲主義を標榜し、天皇はその機関と位置付けていたと見ることができます。繰り返しますが、実質的政治決定権を持たない昭和帝は内閣の開戦決定を覆すことができず、追認せざるを得ず、終戦時には内閣が決定不能に陥ったため鈴木首相の要請で昭和帝が方向付けをしたのが史実のようです。この明治憲法のもっていた立憲国家としての側面(乙)を、昭和になってから一部の勢力が(甲)の側面を拡張、誇張し、天皇の神聖化と絶対化を推し進め、明治憲法制度たる政党政治を天皇の名のもとに軍部独裁に近い政治に変質させていったと見ることができます。ただこの軍事政権は対外戦争を効率的に遂行し戦勝を得るためには不可欠だったのではないかと思っています。

7世紀の昔、聖徳太子が、祭祀の大権を推古天皇に残し、自身が摂政として政治の実権を委任されました。この政教分離はその後江戸時代まで日本の歴史を一貫して流れています。この意味において確かに皇室は明治維新前に帰ったと言えるのではないでしょうか。国民統合の象徴としての天皇、「くにたみ」を「おおみたから」として慈しむ天皇のもと、大和朝廷以来17条憲法の精神である和風国民主権と日本的民本主義は現行憲法とも一致しますが、一致するのはこの部分のみであって憲法の具体的条文の表現がそれにふさわしいかは別問題で、現行憲法9条その他に至っては内容において全く日本の伝統と規範に合致しない代物と言えます。

4. 御皇室制度に関する今上天皇のこのお言葉、「戦後制度が江戸以前の伝統的天皇の在り方に沿う」は以上の背景から仰せられたと推測します。人間宣言をわざわざ出さなくとも本来の「目に見える個人としての天皇陛下」は生身の人間であって初めから神ではなく、「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神(アキツミカミ)トシ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」と態々宣言しなくともそうであった。コミュニストならずとも多少とでも理性のある者であれば一個人の神格化に心から追従するはずもないでしょう。先の大戦においても戦場に赴き銃を取った将兵たちは天皇の命令という形式に従ったもののその本心は愛する国家を守るためであったと思います。
5. 天皇という概念・御存在は正確には3つに分類できます。「目に見える個人としての天皇陛下(天皇A)」、「目に見えない観念的存在としての象徴天皇(天皇B)」そして「神としての天皇(天皇C)。人間宣言が否定したものはこの最後の天皇Cであり、天皇Cなどは始めは薩長藩閥明治政府が革命を正当化し、勤王と佐幕に分かれた国民を統合するため、昭和には大東亜戦争に国民を駆り立てるための有効な方便として活用したもので、長い日本の歴史のなかで一時的、便宜的なものに過ぎません。天皇陛下が日本文化と伝統を体現する象徴的御存在であらせられるが故に日本人の愛国心の発露は天皇を介在することでより明確になるものと思います。
6. 世界で最も近代化し、人間尊重と生命尊重という地上の近代国家群のなかで最も進んだ民主主義の行きわたった日本で、この象徴天皇制は生身の人間が象徴となり具体的なために一般国民にも分かりやすく、また日本の伝統文化の中核として維持存続させる普遍的価値をもち、国家組織のなかでよく機能する機関と制度であると評価できると考えます。以上

コメント有難う御座います

お時間いただいて有難う御座います。
もう一度まとめてみます。
〇昭和20年9月9日の天皇陛下のお手紙、は偽書、ですね。ということは(1)(2)[3]以外に(4)がいりますね。(4)は偽書、第三者の手になるもの、としますね。3つの質問は、その前提が違うので無回答ですね。
〇憲法発布のお言葉は(1)又は(2)、理由は「戦争の放棄は陛下本来のお考えではない」ですね。
〇天皇皇后両陛下御結婚満50年に際してのお言葉に関しては[3]ですね。勇間様ご自身も「この象徴天皇制は生身の人間が象徴となり具体的なために一般国民にも分かりやすく、また日本の伝統文化の中核として維持存続させる普遍的価値をもち、国家組織のなかでよく機能する機関と制度であると評価できると考えます」ということですね。但し「憲法の具体的条文の表現がそれにふさわしいかは別問題で、現行憲法9条その他に至っては内容において全く日本の伝統と規範に合致しない代物」ということですね。
ほかのご意見に関しては以前書き出したものを訂正したり追加したりします。
1.東京裁判史観は否定
2.日本国憲法は無効化 自主憲法制定
3.歴史教科書は大東亜戦争肯定で改定
4.国連の敵国条項廃止、常任理事国入り
6.日本あっての天皇であって、天皇あっての日本ではない。
ここまでは同じで、5、にはもう一つ「神としての天皇(天皇C)」が入り、それは否定されたもの、否定すべきものですね。理由は「昭和には大東亜戦争に国民を駆り立てるための有効な方便として活用したもので、一時的、便宜的なものに過ぎません」ですね。以前に書かれた「従って人間宣言は不要でした」の理由は、はじめから人間だとわかっていた、神格化は国民を戦争に駆り立てる方便だったから。ということですね。
7.を追加すると、ご意見として「この明治憲法のもっていた立憲国家としての側面(乙)を、昭和になってから一部の勢力が(甲)の側面を拡張、誇張し、天皇の神聖化と絶対化を推し進め、明治憲法制度たる政党政治を天皇の名のもとに軍部独裁に近い政治に変質させていったと見ることができます」とあります。(ここまでは、いわゆる、学校の教科書と全く同じですね、ただ勇間様の場合、以下の追記があります)「ただこの軍事政権は対外戦争を効率的に遂行し戦勝を得るためには不可欠だったのではないかと思っています」(教科書と違うのは、教科書はひたすら反省、一方勇間様は、勝つためにはこの軍事政権は不可欠だった、ですね。)
ご意見有難う御座いました。
・・・・・・・
ほかの方にも多くのいろんなご意見をお聞きしたいので、コメントよろしくお願い致します。

  • 2013/02/08(金) 21:16:05 |
  • URL |
  • Bruxelles #qXcWIg3k
  • [ 編集 ]

「天皇陛下のお手紙」への回答

問1に関して
8日にいきなりGHQ本部が横浜から皇居の隣りにやってきた。
手紙が書かれたのは翌9日です。
昭和天皇は拘束・処刑される危機感もあって、皇太子に「これだけは伝えておきたい」という意識があったのではないでしょうか。
答え
私の推量です。
「終戦の詔勅」を出さねばならなかった理由は、新聞・ラジオを通じて政府見解が伝えられ、(学校教師も、あるいは文部省を通しての通達があり)「先生」はそれに沿って説明していると思うが、
私(昭和天皇)の考えは「実は違う」。
どう違うのかは、不明。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
問2 答え
あなたの感想には同意できます。
しかし、戦争を続ければ大元帥の命令として国民(や兵)を「死地に追いやる」ことになります。それを、「殺さなければならなくなった」と表現したのでしょう。乃木大将は長野師範学校で講演を求められた時、「私は諸君の兄弟を多く殺した乃木であります」と語りはじめたと伝えられます。
「戦場の指揮官は、部下を死地に追いやらねばならぬ局面に立つ」という当事者意識なのでしょう。そう推量すると、私にはそれほど違和感はありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
問3答え
東京裁判史観が入っていますね。
昭和天皇の考えは「木戸内大臣に結構近かった・・・?」ということも、ありそうです。保守は東京裁判を容認するのではなく、「大御心」に添いたいから、東京裁判にはあまり触れたくないのでしょう。


  • 2013/02/28(木) 13:03:09 |
  • URL |
  • たつや #-
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