TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

OSS & William Donovan 未完

Wild Bill Donovan: The Spymaster Who Created the OSS & Modern American Espionage
Author Douglas Waller discusses "Wild" Bill Donovan and his role in the OSS and modern American espionage, the subject of his new book.
You Tube : William Donovan by Douglas Waller:
2011 National Book Festival:ほぼ内容が同じ講演:
William Donovan by Douglas Waller
両方の講演を聞いた。Donovanには天才William Stephensonという師匠がいたのだが、米国のOSSはDonovanがゼロから一人で構築した。それ以前は世界中を飛び歩くことが可能な、ジャーナリストや大企業の経営者や大スターや、政府高官、海外にいてもおかしくない大作家やスポーツ選手などが情報を収集したり情報を運んだりした。世界中に支店を持つ大企業が国家に癒着するのは、その立場上可能な情報収集力にある。その力関係は対等でほとんど共通利害を目的とした同盟に近い。また新聞記者は情報収集という仕事の性質上一番諜報活動がしやすい立場にあり、時として仕事がそのままスパイ活動になり得たので、優秀なスパイに新聞社特派員という身分のものが多い。また情報収集のみならず、偽情報拡散という観点からもマスコミは世論誘導のPropagandaに力を発揮する先端実行部隊となりうる。{戦時のPropaganda=平和時のPRである。非常に高度な技術による心理学的大衆操作である。ここでもういちどEdward Bernaysの名前をご記憶願いたい。104歳まで生きた彼は、1910年代後半から1990年代前半までその影響力を発揮し続けた。}
Douglas Waller:William Donovan Q & A
・・・・・・・
William Donovan1 &
The Office of Strategic Services Psychological Selection Program:
OSS DocumentsOSS Links :
・・・・・・・
William Donovan と William Stephenson 過去記事
Tel Quel japon過去記事
William Donovan, William Stephenson, Allen Dulles, Kim Philbyなどがモデルとして登場する映画があった。
○TrumanはDonovanとは相性が悪く、OSSを解体してしまう。(RooseveltとDonovanは同窓生で学生時代からの知り合いであった)DonovanはOSSを引き継いだCIAの長官としても活躍したかったのだが。Allen Dullesをはじめ後にCIA長官として活躍する人材の中にはDonovanの下でOSSでの活動を通して成長した人材が多い。

・・・・・以上は2011年11月9日入稿・・・・・
・・・・・以下は2011年12月21日追記・・・・・
Title: Wild Bill Donovan, Spymaster:Video
Speaker: Douglas Waller
Event Date: 2011/24/02
Running Time: 61 minutes
一番上のYou Tubeと内容が同じと聞いている途中でわかった。こちらはTranscriptがあるので、ダブってしまったが消さないでおく。Donovanそのものが、かなりマークされていたことがわかる。開拓者には敵対者も多い。予想外の話も聞ける。自白薬の話はよく聞くが、その開発には成功していたようだ。背景はかなり興味があるので、人名などをさらに調査をしてから追記するつもりでいる。

・・・・・追記:2011年12月24日・・・・・
OSS,Donovanが考えた心理作戦の一部。
Marlene Dietrich
Josephine Baker
OPERATION SAUERKRAUT

The League of Lonely War Women
東京ローズの放送なのだけれど、どう考えても内容が、日本人の発想ではないように思っていた。これをみれば、発想がこのThe League of Lonely War Womenにそっくり、つまりあれは、OSSの発想だったのだということがわかる。従って東京ローズに関しては、この本が一番真実に近いのではないだろうか。。
東京ローズ残酷物語:五島勉


いま講演をちらりと再度見たが、ここに出てくるヒットラーのヒゲが落ちたり声がソプラノになったりする女性化ホルモンのOSSの研究開発はDouglas Wallerの話にも出てくる。

The OSS:より詳しい。いろんな人名が出てくる。
Mr. O'Donnell talked about his book, Operatives, Spies, and Saboteurs: The Unknown Story of the Men and Women of World War II's OSS. 資料というより人物取材に基づいている。聴衆のほとんどがOSS, CIAで活躍した人たち。講演場所は国際スパイミュージアム。そのサイトはこちら。少なからず驚いた。

・・・・・追記:2011年12月25日・・・・・
Douglas Wallerの講演を聞いていると、Donovanが所謂従来の諜報にプラスして自白薬や超小型隠しカメラ、消音ピストル、そのほかOO7を彷彿させるスパイ道具を開発する(注:発明家Stanley Lovellの協力、この人物は沢山特許をすでに持っていた有名人だったらしい。特許と言えば、007のモデルと言われるイギリスの金持ちスパイWilliam Stephensonは、生まれて後に母親に捨てられるという貧しい悲惨な生い立ちをしている。では何故、個人で諜報機関を立ち上げるほどの超大金持ちになったかというと、特許のお金がザクザクと入り続けたからだ。William Stephensonの特許関連で、Stanley Lovellと知り合ったのだろう)などの特異な発想が出来たことに加え、Edward BernaysにはPropagandaを最大限に活用する方法を教えられたのだろう。それだけではない、Edward BernaysはPRの元祖というだけあって、企業とタイアップして、Give & Takeする関係を構築する方法をスパイ活動に取り入れることも教えたに違いない。イーストマン・コダックやパンナムの名前も出てきた。この場合大企業から協力提供される金額や便宜は、政府と大企業の癒着とはその性質が違う。

今まで書いた限りではOSS(→CIA)も、大して恐ろしいところには見えないかもしれないが、実は日本人の発想では決して浮かばないことを平気で行う機関なのだ。(すでにいくつか書いてきた)
最近このような資料を見つけた。時間が無い場合は赤字のところだけでも見ていただきたい。この情報の信憑性は未確認だが、もし仮にそうだとしたら、この時すでに原爆を使って日本列島に人工地震を起こすという発想があったということだ。この情報どうも気になる。
過去にJames Forrestalを書いたときに一応紹介したが、実はOSS→CIAは40年代か60年代にかけて、今でも日本人には信じられていない多くのことを実行してきた。日本では本気には受け止められていないが、既に事実関係は認められている。そう言えば、噂に聞いた、ということばかりであるが、残念ながら真剣には受け止められないできた。今回改めて書き出してみた。考えてみればアメリカは原爆を落とす国である。しかも2回。例えばケネディー暗殺内部犯行説は繰り返して話題になるが、日本人で信じている人は少ないだろう。しかし原爆を考えれば、充分ありえる、真珠湾の陰謀を考えれば充分ありえる。後に「日本経済を壊滅せよ」に追記するつもりでいるが、日本経済は真珠湾前にすでにほぼ壊滅しているのだ。何故アメリカ相手に開戦したのか、などという疑問は吹き飛んでしまうはずだ。
もちろんアメリカ人にも良心的な人間は多い。しかし帝国主義の時代を背景に歴史の流れを考慮し、国家をひとつの生き物として見た場合、列強には抑えがたい拡張のリビドーが沸騰している、その中で戦うとは、殺戮することであり相手の領土を焼き払うことである、それこそが兵隊の任務である。そのために武器を持つのだ。凶器を開発するのだ。兵隊の使命は御国のために命を捨てるその精神に宿るのではなく、御国のために一人でも多くの敵の命を、多くの資源を、多くの領土を奪い尽くすために、殺戮に向かうことだ。戦争がどこから見ても悪であり残酷であり、人道に反するのは、、自らの命を散らさねばならない、ということよりもむしろ、友達にさえ成り得たかもしれない相手を殺戮せねばならないところにあるのだ。

話がDonovanからそれてしまった。今までと少しトーンが変わってしまったのは、日本人と西洋人の発想、認識の根本的差異に気づいたからだ。フランスの歴史教科書にあるこの日本の歌とされるもの、この日本のイラストとされるものに関して、ひと目で間違いだと分かるのに、ほとんどの外国人はまた日本人の中にも、なんの違和感も感じない人たちがいることに気づいたのだ。

地の果て、星が輝き木の下でライオンが吼える、遠い砂漠に、我々の血で染め上げた日の丸を打ち立てよう。ヒマラヤの麓に流れるガンジス川のワニをつかみ出そう。ロンドンの空高く、鯉のぼりをたなびかせよう。明日モスクワと雪に覆われたシベリヤは、我々のものになるだろう。孫たちは私たちのために、ギャングたちを追い払ったシカゴに記念碑を建てるだろう。私たちが死に赴く日が来たとき、死への不安と戦おう。


日本人はSAMURAIにもこのイラストにあるようなおどろおどろしい、残忍で好戦的なイメージは持たない。むしろ非常に物静かで禁欲的なイメージがある。この日本人が歌ったという歌詞にしても、当時誰一人としてこのような侵略主義者的な思考は持ち得なかっただろうし、軍人にしてもこのような世界侵略思想は想像を絶するものだった筈だ。日本人は他利的に説明が出来なければ、自分の欲望さえ実行に移せないところがある。義によって行動したい民族なのだ。「我々の血で染め上げた日の丸」そのような歌は死んでも歌わない。そもそも何故「血のついた日の丸」を歌詞に入れなければならないのか、有り得ない。発想がありえないのだ。しかし西洋人に言わせると、この歌詞を日本人が歌っていたとしてなんの違和感もないらしい。日本国を侵略国家だと思っているからだろう。逆に言えば、日本はイメージとしてそういう誤解を受けているということだ。
そこで正論2012年新年号の中西輝政氏の文章、日本民族のFinest Hoursに出会った。時は1943年10月日21日、場所は雨降りしきる神宮外苑競技場、「出陣学徒壮行会」。「海ゆかば」の合唱で式が終了する。歌詞を書く必要もあるまいが、おおきみのヘにこそ死なめ、という「御国を守るために自ら死を覚悟する」決意を歌唱するのだ。おそらく西洋人からみれば、想像を絶する出陣シーンであろう。有り得ないシーンであろう。戦意が感じられない。兵隊の使命は御国のために命を捨てるその精神に宿るのではなく、御国のために一人でも多くの敵の命を、多くの資源を、多くの領土を奪い尽くすために、殺戮に向かうことだ、からだ。それでなければ、戦争には勝てない。これでは勝つ意思も感じられない、と思うだろう。

この発想のギャップに思い至って初めて、何故OSSやCIAの実際の行為がほとんど興味を持たれることもなく、驚かれることもなく、信じられることもなく、真剣に検証されることもなく日本では放置されたのだということが分かった。よほどのスパイマニアでなければ、発想の差異が邪魔をして、OSSやCIAのオペレイションが余りにも突飛に見えて現実味が感じられなくなるのだろう、という結論に達した。ドノバンと言ってもそもそも日本人には、昔そんな歌手がいたなと、そういう記憶がまっさきに思い起こされるだろうが、OSSの内容とすぐにリンクして思い出す人はおそらく少ないだろう。

最後に言わずもがなの蛇足であるが、中西輝政氏の「民族の栄光」としての戦争、に対する心象は突然抒情的感情に流されているきらいがある。家族を亡くし友人を亡くし家を焼かれ集落を壊滅させられ、衣服や食料に不自由し、生活の苦渋と自己犠牲を強いられ、その上に覆いかぶさる不幸のなかで、仮に連帯感の高まりがあったとしても恐怖と絶望を生きた昭和の大人たちに、昭和18年からの2年間を「日本の最良のとき(ファイネスト・アワーズ)」と断言するのはあまりにも嗜好の独善的陶酔に浸りすぎてはいないか。近づいてくる衰退や崇高で愛あるものの死の匂いに、精神の高貴さを感じることはあっても、そこから国家は蘇生しないし、その発想ではFighting Spiritは決して立ち現れない。戦争は戦略と武器のない単なる抒情では第一勝てない。思考の中に「勝利」が完全欠落している。戦争は文学ではない。後に生まれた後続の者が体験しないあの2年間を「日本の最良の時」などと、どうして言えるのだろうか?



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://goodlucktimes.blog50.fc2.com/tb.php/300-f9da1353
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。