TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

Japan's Withdrawal from the League of Nations

The Imperial Rescript Relating to Withdrawal from the League of Nations Proclaimed on March 27, 1933.
国際連盟正式脱退届出。実際の脱退の2年前に提出する義務があった。正式署名者の名前も頭に叩き込んでほしい。
圧倒的多数で、満州国が否認された時、あなただったらこの状況でどんな演説をしたのだろうか、考えてみてほしい。だんまりを決め込んで不機嫌に黙ってしまうか、「御もっともでございます」といって泣き崩れるか。一度仮想演説を試されてみてはいかが?
League of Nations Chronology
1933 March 27 Japan gives notice of its withdrawal from the League of Nations.
1935 March 27 Japan ceases to be a Member of the League.
1933 February などという記述はない。Withdrawal from the hallをイメージ操作でWithdrawal from the League of Nations と勘違いさせられてはいませんか?あいまいな表現を使い、あえて混乱させるような報道記述もある。歴史記述ともなればその工作は露骨だ。
参照:満州国建国と国際連盟脱退
参照:国際連盟脱退をめぐる新聞論調
参照:松岡洋右 ジュネーブ決別の際のメッセージ
参照:League of Nations
参照:Stimson Doctrine
参照:ITO Miyoji's Movement
参照:The League of Nations vs. Japan

・・・・・2011年10月10日・・・・・
資料:連盟総会における日本代表の引揚げその他対策に関する閣議決定について
資料:国際連盟脱退ニ関スル措置
資料:国際聯盟規約
日本は第11条をとりあげ、平和維持に関する防止的措置の範囲で討論し、リットン報告書を否認し満州国を承認せしめるべく努力したのであるが、支那側は、第15条の聯盟機関による調停及び審査を主張し、総会においてリットン報告書を承認せしむることによって、第16条の制裁条項に持ち込もうと計っていた。
(松岡洋右 上巻 豊田穣著 新潮社刊 P.291)
・・・・・・
参照:V.K. Wellington Koo 顧維鈞 wikipedia
参照:顧維鈞演説のウソと国際連盟決議の事実
参照:顧維鈞と中国
参照:You Tube: DR. V. K WELLINGTON KOO
参照:World Charter Signed (1945) Wellington Koo
参照:MILESTONES IN UNITED NATIONS HISTORY
参照:Tel Quel japon過去記事

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