TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

ノモンハン事件 (2)

ノモンハン
捕獲したソ連戦車=1939年7月、ノモンハン

You Tube 「ノモンハン事件」-1
NHKの放送らしいが敵国の捏造解釈を垂れ流している。

ノモンハンの真実[H21/7/6]
せめてこれくらいの話は聞いておくべきだろう。

歴史街道2011年5月号には総力特集「ノモンハンの真実」が掲載されている。その中から中西輝政氏と福井雄三氏の記事をある方に提供していただいた。
中西氏の記事からランダムに抜粋:
○ ロシアの有力日刊紙が、ソ連側が日本を挑発するために、国境線をわざとずらしていた事実が判明した、としてソ連の侵略を認めた。
○ノモンハン事件はソ連側(外蒙古軍)の越境侵攻に始まるものであり、日本軍の侵略では決してなかった。
○東條英樹は関東憲兵隊司令官時代、関東軍将校の中でコミンテルンの影響を受け、活動を行っているものを多数検挙している。
○リュシコフは日本軍攪乱のためのスパイであった可能性が高いと、ゾルゲを取り調べた吉河光貞検事が証言している。
○今日ノモンハン事件は、東京裁判の虚構性と、長らく断定的に語られてきた「昭和史」というものの偏向を誰の目にも明らかにする事例である。
○日本人の多くはノモンハン事件を敗戦までよく知らなかった。東京裁判で「日本軍のソ連に対する侵略戦争」と断罪され知るところとなった。昭和20年8月、日ソ中立条約を破って満州、千島、樺太へ侵攻したソ連は、自己を無理に正当化するため、これを「ノモンハンにおける日本軍の侵略への反撃」と位置付けた。
○上の歴史観を歴史学者や教員組合に指示したのがコミンテルンの後継組織、コミンフォルムで、これは日本に共産主義支持の歴史観を植え付けるためのソ連の対日戦略であった。
○小さいときに見てびっくりした思い出のあるこの映画、「日本の侵略を阻止したのはソ連だった」というプロパガンダ映画だった、そう言われれば、主人公以外の日本人はほとんど悪人だった。完全自虐史観映画。おそらく多くの日本人の歴史認識に多大な影響を与えただろう。
福井雄三氏の記事の私的要約:
ドイツがソ連に侵攻し、不可侵条約を破棄したとき、日本は北進してソ連に攻め込むべきだった。この時こそが「第2次世界大戦において、日本が勝者になる唯一にして最大の好機だった」とチャーチルも語っている。日本が南進を選んだのは、ノモンハンの戦況が捏造されて伝えられたからである。もう一つの原因はゾルゲや尾崎の大仕事である。尾崎は数値の改竄工作まで行って「南方の資源地帯を押さえるべきだ」と吹き込んだ。尾崎やゾルゲは氷山の一角で、おそらく政府高官な中にもスパイはいただろう。日本は南進を選び、「ソ連を救い、さらに日米を対立させる」というスパイ工作の目的にまんまと落ち込んでしまった。ラムゼイ・グループのブーケリッチや宮城与徳はノモンハンの戦場に入り、実際スパイ活動をしていた。
モスクワ陸軍駐在武官・土井明夫はソ連の意図を正確に見抜いていたが最後には諜報戦にやられ「負けた」と思ったのだ。停戦交渉などせずに一気に勝ちの波に乗るべきだった。後からわかる繰り言に過ぎないが。スパイたちにしてやられたノモンハンの戦況誤認が、歴史の捏造や、日本の敗戦に思いのほか大きく大きく作用しているのがわかる。重要証拠が入手できるようになった、それもわずかここ十年少し前頃から、ようやくわかってきた。ノモンハン事件の捏造のない真実を、日本人はもっと徹底して検証し、世界史を書き換えなければならない。侵略者の汚名を晴らさなければならない。
なによりノモンハンで戦った兵士たちに、今までのような解釈のままでは、申し訳ない。自決を強いられた将校たちの無念、晴らさずにはおけない。忘れてはいけない。怨念の刃は日本人のこれまでの無策な歴史認識に向けられているのだ。



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