TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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日米交換船 未完

日米交換船 1942年(昭和17年)8月25日ニュース
ついでに出てくるNEWSも含めてとても貴重なfilmだと思う。交換船のニュース映像が見られるとは思わなかった。

Asama-maru_1931.jpg
1931年撮影の浅間丸 ↑

鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創『日米交換船』 新潮社刊
日米交換船 Blog 旅限無 1~4
交換船とは Wikipedia & 日米交換船 : ジャニー喜多川

「日米交換船」は2006年刊。最近大型書店で初めてこの本を手に取った。興味深かったので、読む前に紹介する事にした。(上のリンクだけでもある程度の内容はわかる筈だ)読書予定なので読了後に感想等を追加するかもしれない。この方向からのこれだけ身近な視点の書物は極めて珍しい。

以上 2011年3月29日 入稿
以下 2011年6月23日 追記
たくさんの人たちが登場する。なかでも著者の一人である鶴見俊輔氏に関して、参照を。
参照:鶴見俊輔 & 思想の科学 & 思想の科学社
   :鶴見俊輔の母 & 鶴見和子小論
   :非暴力抵抗など私の立場 鶴見俊輔(談)
ある種の保守の人たちはこのあたりで「日米交換船」に興味を失くして読書予定リストから外してしまうかもしれない。しかし戦中(船中)、戦後日本(の流れ)を知るためには、必読。

おもな参考資料、P.477「ハーバート・ノーマン全集」増補版第一巻(増補部分・磯野富士子訳)の部分を見てはっとした。磯野富士子氏はハーバート・ノーマンにも繋がってくるわけ?。以前Owen Lattimoreのところで、Owen Lattimoreを一番身近に支えていた人だった。(Tel Quel Japon過去記事)
クリック→Owen Lattimore-3 中国と私

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都留重人とノーマンが交換船の交換時(1942年7月22日)にすれ違っている。この時交わされた言葉は、後でノーマンの逮捕につながっていく、というのはよく知られている。そういう展開になるとは予測できなかったので、ノーマンの自殺を都留におっかぶせるのは、少し気の毒だ。ただ、ノーマンもこちらは明らかに直接的に一人の自殺者を出している。それは近衛である、こちらもよく語られている。こういう意見まである。こういう見方もある。
なを後者の文章の中に「「ワシントン・メリーゴーラウンド」が近衛を叩いた。いわゆるシンジケーティッド・コラムニストと呼ばれるドール・ピアソンが書いていた。」とあるが、この人物Drew Pearsonに関してはTel Quel Japonが何回か取り上げている。James Forretalを死に追いやったとも言われている、またMacCarthyをその頂点から突き落としたJournalistでもある。MacCarthurを脅迫して裁判に追い込まれたこともある。
Tel Quel Japon過去記事
ここにさりげなく出てくるDrew Pearsonに前から注目している。Drew PearsonJoseph R. McCarthyJames Forrestalに関連して登場する見過ごせない(嫌な)ジャーナリストだ。いつかまな板にぜひとも乗せてみたいと思っている。と書いている。ご記憶下さい。
(追記:2011年11月12日:Jack Anderson's role in the destruction of Joe McCarthy
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都留重人略歴

テーマ:歴史認識 - ジャンル:政治・経済

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