TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

SAPIO 500号記念 小林よしのりの妄想

あまりこういうことを記事にしたくなかったのだが、待てど暮らせど、誰も書かないので、仕方なく苦手で面倒なキーボードを打つ。SAPIO 500号記念、の小林よしのりの作品について。
「歴史的連続性」を具現した存在は「天皇」である、と記した上で、「国防とはこの『歴史的連続性』を守るために国民自らが生命・財産を犠牲にする行為だといえる!」と書いている。
このところ保守の論壇で、女系容認論をとなえて、様々なバッシングを浴びている小林氏、「SAPIO」廃刊説まで出てくる始末だ。「ワシは保守だ、保守の仲間に呼び戻してくれ」という懇願ともおべっかとも見えてしまう杜撰な内容が500号記念に現れたので無視出来なくなった。頭脳がついに混乱してしまったか。
まず「歴史的連続性」は武器や武力で守りえるものではない。お守りする、という発言で保守の点数を稼ぎたい気持ちは見え見えだが、自衛隊には「歴史的連続性」は守れない。その上「国防とは、国民自らの義務である」なら理解可能だが「国民自らが生命・財産を犠牲にする行為だ」とは言えない。世界広しといえども、こんな発言(前提)を容認する国・国民は存在しないだろう。単に表現が乱れただけかもしれないが。
さらにその表現の混乱?はつづく。
「たとえば日本が南北から侵略されて主だった都市は壊滅状態、国会も放送局も占拠されてしまったとする。それでも日本軍が天皇を奉じていたら、どこかで反撃の機を窺がっているという情報が流れれば、日本人は戦いを止めないだろう」
妄想以外のなにものでもない。日本軍とは何をさしているのか、不明だ。仮に国民全員が生命と財産をなげうって日本軍は形成されているとしても、訓練を受けていない日本人が果たして戦力になりえるのか?私は国家有事の際、戦闘要員になれるよう飛行訓練や実弾発射訓練も多少はしているが、それでも都市が壊滅状態のときに、反撃の成果をあげる事ができるかどうかとなると、何の保証もできない。日本人は戦いを止めないだろうーとあるが、いつの時代の日本人を指しているのだろうか。もしそんな日本人が日本軍を形成できるとすれば、半世紀以上前に男女を問わず国民皆兵になっているだろう。こんな初夢でも御覧になったのだろうか?平和を愛するように教育された、和をもって尊しとなす国民である、銃声の2,3発でも鳴り響いたら、ダチョウのように砂に頭を突っ込んで震えていることだろう。
都市が壊滅したり、都市が機能不全になったりすることは、たとえば大地震などでもありえる。戦争が悪とみなされ戦闘行為がこの上なく過酷なのは、憎んでもいない人間を殺さなければならないからだ。小林氏も知らぬわけではあるまい。また日本軍が天皇を奉じて、戦うことは、制度的にもありえないではないか?天皇をお守りする戦いに、倒錯的快感を感じていらっしゃるのかもしれないが、天皇を奉じると言う行為は、天皇を利用すると言う行為だと、歴史は再び判断するだろう。天皇を奉じると言うことは天皇を巻き添えにするという行為であることを、保守を自認するならば、まず知らねばなるまい。
さらに小林氏の初夢はつづく。
「皇太子殿下はすでに出国されていて、某国で国際社会の救援のアピールを出されているとしたら、さらに日本人は燃える。」
イラン革命が起きてパーレビ国王が国外脱出し、そのあとあちこちの国をまわり、先々で拒まれ失意のうちにエジプトのカイロでなくなった。そのころある日本人が私に言った。日本の天皇陛下なら決して国外に逃げ出す事はないと。日本の皇太子殿下にもそういう発想はおそらくないだろう。天皇論を著した小林氏が何故このような皇太子殿下の行動をイメージされるのか、理解に苦しむ。そのような役割はないし、またそのような行動をする存在でもない。小林氏の初夢には政治家の存在がないのもおかしい。出国した皇太子殿下は、失った国土を回復するために、日本の天皇を守るために軍隊を出動して戦って欲しいと、どこの某国で救援依頼声明を出されるのか?
漫画だから発想が突飛なほど面白いと言われればそれまでだが、小林氏の思考の核に論理が欠落しているとしか思えない。現実味のない夢であり妄想だと言わざるを得ない。
初夢はさらにつづく。
「天皇さえいらっしゃれば日本はまだある」これが結論である。
小林氏の危機意識が書かせた文章かもしれない。だとしたら相当の危機感だ。あるいは保守へのおべっかが書かせた結論かもしれない。保守もこんな見え見えのおべっかにまんまと引っ掛かかるようではいけない。

・・・・・追記:2011年2月7日・・・・・

ここで女系論者の小林氏をどうこういうつもりはない。発言はするべきだし、議論はなされるべきだ。ただ悲しいかな日本の論壇においてよく起こる事だが、人格誹謗や相手の人間性への攻撃に迷い込んではならない。
初めに戻るがなぜ、小林氏のこの文章を誰一人未だ問題にしないのだろうか。妄想だと思うのは私一人で、ひょっとしたら上の結論は、保守の大半のコンセンサスなのかもしれない。最近これに類似した保守の本音をよく聞くからだ。錦の御旗を掲げたものが常に正義で、白黒をつけやすく、行動の全体性や統一性、戦闘秩序の維持には確かにその行為は役立つ。しかし1歩国外に出れば、それぞれの国に錦の御旗に相当するそれなりの正義が存在する。国外の某国に於いては日本の錦の御旗は機能しない。それに何故某国なのか。国連軍への要請は発想にはないのか?小林氏のこの話のイメージはヤルタ会談あたりの日本のもので、そのために国連軍の救援要請が思いつかなかったのかもしれない。だとすれば、なおさら都合のいい某国など、一層存在しない。皇太子殿下による亡命政府の樹立という発想だとすると確かに漫画的には面白いが、皇室を論じる人が、どうしてそこまで発想を泳がせるのか、全く解せない。

死闘ボクシングに於いてレバーだけをガードしているボクサーがいたとしよう。対戦相手はボディーやジョーやテンプルに思いのままにパンチを打ち抜き瞬く間にKOしてしまうだろう。右手が上がり勝利が確定した後、二度と立ち上がれないようにとどめをさすとしたら、その時に相手の死に体に、レバーへのパンチを打ち込むだろう。
一番大事な急所をお守りするという小林氏の結論は、実はこれと同じで、他の部分の蔑視または軽視、すなわち防御配慮の欠落を意味する。それだけではない、最初から急所を限定し示唆しているのと同じなのだ。
相手は気づかないふりをする。決してガードの上からパンチなど無駄に当てたりはしない。それは、急所を知った上での作戦なのだ。相手の急所に気づかない、あるいは相手の急所を忘れたふりをしつづけるのだ。

以前にリンクした村田春樹氏の敵陣潜入レポートの成果をここで再度確認されたし。

年配の方ならよくご存知だろう。戦後マッカーサー憲法反対を叫んだのは反日左翼であった。戦後天皇制打倒を叫んだのも反日左翼であった。いつとは分からぬ間に、天皇制支持、日本国憲法死守に転じている。護憲が彼らの目的に利する事に気づいたのだ。東京裁判はボディー・ブローのように国民をフラフラにさせている。カウントは8まできている。勝利の後、どこにとどめを刺すか、彼らのシナリオはそこまで完成しているのかもしれない。
小林氏のこの文章に反応がないということは、多くの保守の方たちが小林氏と類似した倒錯的快楽や妄想にふけっておられるからかもしれない。自覚がないのだ。
保守もこんな見え見えの口当たりのよい甘いお菓子にまんまといつまでも懐柔されているようでは、情けない。

・・・・・追記:2011年2月8日・・・・・
ちょっと距離をおいて眺めると、小林氏の上記の意見は、敗戦末期の徹底抗戦派、一億玉砕思考そのものだ。
アメリカの姿が見えないところからも、その時代に発想を置いていることがわかる。
OSSの資料も出てきたことだし、そろそろテーマを変えて「終戦工作と占領政策」に取り組まれてはどうだろうか。じわじわとソ連がアメリカの敵になっていくあたり、GHQ内部も、右往左往の大騒ぎ(表現がおかしい?)。発言が微妙に変化し、発言評価もじわりと移行し、重きをなした人物もやがて消えては、入れ替わってゆく。

・・・・・追記:2011年2月8日・・・・・
今後何をどうすればいいのだろうか。再び村田春樹氏の講演を見てみよう。
そよ風関西第一回講演会 PART4
1,2番は3番が完了してからしか動くまい。東京裁判の見直しもまずは3番から。したがって
TEL QUEL JAPONの緊急提案ー天皇陛下の靖国参拝の復活
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・追記:2012年4月20日・・・・・
保守のBlogに時々「総理の靖国神社参拝」を提唱しているものを見る。それが言えるのに、何故「天皇陛下の靖国神社参拝」が言えないのだろうか。その行為の意味の重要性が、天と地程も違ってくるのを知らぬわけでもあるまい。何故言えないのか?保守にはかくも中韓に対する怯えが染みついている、と言うことか?

テーマ:憂国 - ジャンル:政治・経済

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