TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

モスクワで粛清された日本人 (青木書店)

「モスクワで粛清された日本人」加藤哲郎著(青木書店)
偶然上記の書物を入手した。
スウェーデン女流作家ハンソン女史として東京に滞在したコミンテルンのスパイ、アイノ・クーシネンの存在を知ってまず驚いた。この人が岡田嘉子やゾルゲにも関わってくる。しがし実際は「モスクワで粛清された日本人」の親ソぶりとその悲劇には、もっと言葉をなくした。あまりに数が多いので、書ききれない。とりあえず上記の書を手にとってお読みいただくしかない。出来る限り手がかりを貼り付けることにするので、興味をお持ちいただけたら幸いである。
アイノ・クーシネン:Wikipedia
オットー・クーシネン:Wikipedia
日中戦争の問題点を検証する:Alphapolis
アイノ・クーシネンに関しては、上記にかいつまんでかかれているので、参照されるといいと思う。

・・・・・追記・・・・・
アイノの協力者は東京朝日新聞の中野記者と「ジャパン・タイムス」の上原記者である。
両新聞で書き立ててもらって有名になり、皇居の園遊会に招かれたり、秩父宮にも会ったりして上流階級からの情報を入手していた。

上のリンクの一部引用にある中野記者はアイノの記述によると中野男爵となっている。「朝日新聞社史 大正・昭和戦前期」に登場する中野姓の記者は中野五郎唯一人であることから、加藤哲郎氏は中野五郎ではないかと推定されている。中野五郎の祖父は貴族院議員で、外国人にバロンと呼ばれる可能性はあると。中野五郎は杉本良吉と府立一中で同級生で「無二の親友」であった。「朝日新聞記者の見た昭和史」や「君は第二次世界大戦を知っているか」は名著として復刻され、今日でも読みつづけられている。(いずれも光人社)但し前書「朝日新聞記者の見た昭和史」には親しかった外国人の中に、エリザベート・ハンセンの名は入っていないそうだ。代わりに中野の他の書には、情報交換をしたり、一緒にバーで飲んだりした国際記者仲間として、なんとリヒアルト・ゾルゲとブランコ・ブーケリッチが登場する。他に学歴、特派員国、1942年の帰国などが書かれてある。中野五郎が魅力的な女流作家を園遊会に連れて行ったり秩父宮に紹介した中野男爵であることはほぼ間違いないだろう。同じ朝日新聞記者とは言え、中野とアイノの関係は、ゾルゲと尾崎のような共謀性はないと思える。加藤哲郎氏も「アイノ・クーシネンは敏腕な国際社会部記者中野五郎の目もくらませ、疑われることがないようなかたちで、着々と日本の上流階級に近づいていたのだろう」とかかれている。
ここまで読んで思い出したことがある。私の記憶がひらめいた。中野五郎とはあの人だ。「真珠湾奇襲は米国の書いた筋書きだった」という帯をつけ、なんと昭和29年8月15日に定価180円で株式会社大日本雄弁会講談社が発行したRobert A.Theobald著「The Final Secret of Pearl Harbor(邦題:真珠湾の審判)」を訳出したあの人だ。後に「真珠湾奇襲は米国の書いた筋書きだった」というテーマでかかれた本は何冊か出て、何度も議論のたびに登場するが、最も早い時期に書かれたのが、また訳出されたのがこの本だ。
参照:Tel Quel Japon過去記事
The Final Secret of Pearl Harbor
クリックしてもう一度お読みいただきたい。今日の記事を読了後にお目通しいただくと、興味は二倍にも三倍にも膨れ上がる筈だ。


旧ソ連日本人粛清犠牲者・候補者一覧
これだけをまとめるのにどれだけの労力を要したかと思うと、頭が下がる。粛清をすり抜けた者の数も想定すると、一体どれだけの尾崎秀美がいたのか、想像する必要がある。岡田嘉子の言葉を借りるなら「スターリンを神様とも思い、小児のような純な心でソヴィエトを愛していた」日本人たちだ。

ハンソン女史は東京滞在中、岡田嘉子と同じ豪華マンションに住んでいた。この本では当然岡田嘉子、杉本良吉に関しても詳しく資料検討がなされている。特筆すべきは、1932年秋、日本共産党指導部は杉本をソヴィエトに送ってコミンテルンとの連絡にあたらせることを決めていた、ということだ。岡田嘉子との「恋の逃避行」を知った宮本顕治は「二人の組み合わせはさすがに意外だった」と語っている。恋は決行の理由ではなく単に弾みをつけたに過ぎないことが見て取れる。

最後に加藤哲郎氏自身の「モスクワで粛清された日本人 」に関するペイジがnet上にあったので、リンクさせていただくことにした。
モスクワで粛清された日本人 : 加藤哲郎

なを今回この書物を紹介したのは、コミンテルン日本支部、日本共産党の内部史を究明するためではない。あくまでも、世界の歴史教科書に於いてファシスト呼ばわりされる日本、世界の国々から悪意満載の攻撃を受けた日本、戦後も繰り返し自国民からさえいわれなき屈辱的非難を浴びせられる日本、その原因を明確にし、その日本にとりついた、どうにもこうにも動こうともしない無知・無理解及び錯誤・捏造の煤を完全払拭するための一環であることを忘れないでいただきたい。

この本のp.275に「反ファシズム人民戦線と共に始まった粛清の嵐の悲劇」という小見出しがある。マリオネットと人形遣いの指が同時に見えるではないか。

以上は2010年5月15日
以下は2011年1月14日:追記
アイノ・クーシネン及びゾルゲ事件詳細 : 加藤哲郎
上に「コミンテルン日本支部、日本共産党の内部史を究明するためではない」と書いているが、この究明は、急務かもしれない。歴史に潜んでしまった重要な陰が、浮かび上がるような気がする。多くの無知や無視の暗闇に、光があたり、歴史解釈に大きな働きを見せるかもしれない。

・・・・・・・・・・・
The Final Secret of Pearl Harbor
推量のしかも私事で申し訳無いが、パール・ハーバーが筒抜けだったと言うことは、いつ頃から語られるようになったのだろうか?私は、半世紀以上前(1954年)からそれを信じて疑った事がない。海軍の研究をしていた父に、軍人の欧米人からある書物が届いた。父がそれを手にして、飛び上がって喜んでいた姿を、まだ幼稚園児だった私は覚えている。すべてに無知な幼稚園児のわたしが、何故その説をその年齢で知っていたのだろうか。思うに、父があの時手に入れたのはこの本(The Final Secret of Pearl Harbor )だったのではないだろうか。

テーマ:歴史認識 - ジャンル:政治・経済

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