TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

William " Intrepid" Stephenson(2)

Niels Bohr
Intrepidはドイツの監視下からNiels Bohrを脱出させた。Niels Bohrはマンハッタン計画の重要メンバーとなった。「暗号名イントレピッド」早川書房刊にはBohrに脱出方法を指示した鍵に隠されたマイクロドットのメッセージ写真が掲載されている。
上の写真は祖国デンマークで切手になっているノーベル賞物理学者Niels Bohr氏。

Watch Videos
Niels Bohr's Atomic Model :
Short video documentary about Niels Bohr:
Niels Bohr & Werner Heisenberg : Video 58:52
(2012年1月7日 追記:「Niels Bohr & Werner Heisenberg」の約一時間にわたるVideoは非常に切なくまた感動的なものだった。今日あえて書き加えたのは、「暗号名イントレピッド」に書かれた内容がそっくり事実だということがこのVideoでわかるということだ。Bohrsはコペンハーゲンからイギリスの飛行機でまずイギリスに、それからアメリカに逃げる。鍵に隠されたマイクロドットのメッセージ写真ーも間違いのない証拠であることがわかった。Bohrsはしかし、アメリカに救済されたのではなく、 Heisenbergと科学者として対峙するために、ある意味誘拐されたのである。そして、酷な言い方だが、実際科学者として勝利したのは(魂を売り渡したのは)Bohrsの方なのだ。このVideoでは、苦しみぬいて誤解を解こうとするのは Heisenbergであるが、より深く苦しんだのは、Bohrsの方だったのではないかと、これがVideo鑑賞後の私の感想である。)

参考資料:
Timeline of the Nuclear Age
追記参照:The Decision To Use the Atomic Bomb
追記:長崎に落とされたFAT MANはWinston Churchillに由来する名前だと言われているが、アメリカの原爆に何故Churchillに由来する名が付けられ、また誰一人それに問いを投げかけないのだろうか?
Manhattan Project Chronology
(1945年8月15日に至る別次元・別発想のクロニクルにお気づきあれ!)
J. Robert Oppenheimer "Now I am become death..."

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スティーヴンスンは、米国内の外交及び通商機関の内部に手先を入れていた。ひとりの工作員は、交渉のためワシントンにいる栗栖三郎の”平和使節団”の中にいた。栗栖の本当の気持ちはイギリス側から、機密保持のためにBSCとホワイトハウス間の伝書使の役を果たしていた息子のジェイムズを通じて、毎日ローズベルトに報告された...
ー日本との交渉は打ち切りになる。ー
ー軍は二週間以内の行動開始を予期ー


(「暗号名イントレピッド」早川書房刊 昭和53年9月15日初版発行 P.355より引用。なを、この本の著作者名はウィリアム・スティーヴンスン。ローマ字で書くとIntrepidと同姓同名であるがWilliam Stevensonと綴る。全くの別人である。)
上記の二行は11月27日付け、イントレピッドからチャーチルへの打電である。チャーチルが喉から手が出るほど欲した「アメリカの参戦」手形をイントレピッドがチャーチルにプレゼントした瞬間である。

テーマ:戦争 - ジャンル:政治・経済

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