TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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田中上奏文(4) Homer Lea

        Homer Lea
上の人物の顔をよく覚えておいていただきたい。田中上奏文はこの男の着眼を誰かが日本消滅を企んで悪利用したものかも知れない。Homer Lea自身、日米開戦の預言者だといわれている。頭の中で未来を先取りし、時代の流れを誘導かつ創造した張本人である。
参照:Homer Lea : The Valor of Ignorance  full text
参照:Homer Lea: : 「日米開戦論」 1909
参照:Who is Homer Lea? A perfect site
ぎょぎょっと、こんなペイジもある:要注意
田中上奏文の前に日本国敵視は既に醸造されていた。シナリオはほぼ同じ着眼。しかし日本側はアメリカにおける彼の影響を随分と軽く受け止めていたようだ。他国に於ける影響力や他国民の心情のシミュレイションが出来なかったのかもしれない。喜ぶだけでなく危機感をもって受け止める必要があった。
参照:大正期における日米未来戦記の系譜
田中上奏文(3)で「それがどうした。何か用か、9日10日」と書いているが、日本側は「日米戦争」(「無知なる勇気」)の内容自体を悪利用される可能性など思いもよらなかった(ただ、面白い読み物のひとつだと受け止めていた)ということが分かるだろう。
参照:高平小五郎
参照:ポーツマス会議直後の「恐日文書」 :(もうひとつリンク
参照:孫文の革命は 東京から始まった
いまさら言われなくとも周知のことだ。辛亥革命達成のために全面協力した日本人は何も宮崎滔天のみではない。ただこの記事で興味を引くのは以下の写真の解説だ。写真の説明は「孫文と宮崎滔天が並んであるく銅像」とあるが、実は「孫文をはさんで反対側にはアメリカ人で孫文の軍事顧問となったホーマー・リーがいる」。ホーマー・リーが極端に小さかったから写らなかっただけなのか。あちら側のホーマー・リーはこちら側の日本人を、孫文をはさんで既に敵対視していたのだろうか。憎悪していたのだろうか。何故だ!
        
        宮崎滔天

こちらが3人揃った貴重な写真と3人に関する記事。
With Homer Lea: Please click

・・・・・以上:2009年7月25日・・・・・
・・・・・追記:2011年1月18日・・・・・
In Japan, a blog page on a popular Japanese website leads to more information about Homer Lea and Miyazaki Toten (see both links below).
Homer Leaの元サイトに上記の文章と共にTel Quel Japanのアドレス・リンクが貼られているのを,偶然に発見した。日本語が読めないので、好意的紹介だが、この元サイトを見るにつけ、宮崎滔天及び物心両面にわたる日本の莫大な援助は何だったのかと思わざるを得ない。歴史家が意味付けをし、史実として世界史に記述を残さねばならない。

・・・・・追記:2011年1月30日・・・・・
どうしたわけかほとんど表面に名前が出ることは無いが、孫文に個人でおそらく最も多大な援助をした、久原房之助氏。孫文支援者の資料に名前が挙がらないのは、何か理由があるのだろうか。歴史はときどき、敢えて健忘症のふりをする。
・・・・・追記:2011年4月19日・・・・・
こういうBlogを発見した。興味ある記事であるが今回は久原房之助氏関連でリンクしてみた。久原房之助の邸宅跡(現在は料亭)に孫文を逃がすためのトンネルがありジョナサン・チョイ氏のリクエストで急遽、そこを訪れることに。←興味ある一文が紛れ込んでいた。
上のBlogは梅屋庄吉氏紹介をメインにしている。初めて知るが、こちらも強烈な孫文支援者であったようだ。そしてこのあたりの日中友好は現日本の政治家も巻き込んで依然として続いている。太いパイプのようだ。
梅屋庄吉をめぐって:Blog1 & Blog 2
Homer Leaとも接触があったのだろうか?
You Tube:「革命をプロデュースした日本人」1時間22分21秒
非常に興味がある。今年は辛亥革命100年、いろんな意味で再検証すべきだろう。
孫文のみならず、当時の中国と日本の関係、及び当時の日本人精神を発見する事もまた必要。

・・・・・追記:2011年4月20日・・・・・
Homer Leaを最初に書物で紹介したのはClare Boothe Luce,このClare Boothe LuceにHomer Leaの存在を教えたのは、あのCharles Willoughbyだった。驚いた。Charles Willoughbyは博学だったわけだ。以下その部分を上のリンクから引用します。
It was a melancholy, stifling night, but in the bright room, one talked, as every visitor in Manila did in those days, lightly enough of possibility of Japanese invasion of the Philippines. " If it comes, where will they strike first?" I asked. Colonel Charles Willoughby drew a deft map of Luzon on the Major's tablecloth. "The main attacks will probably come here, at Lingayen Gulf," he said, making an arrow, " and then here - at Polillo Bight. Ye olde pincer movement." " You're not giving away military secrets?" The officers all laughed. Colonel Willoughby pocketed his pencil. "No," he said. "Just quoting military gospel - according to Homer Lea. " Who is Homer Lea?" The Colonel said, " Thirty three years ago, a strange young man who call himself 'General' Homer Lea, wrote a book about a war to come between America and japan. In it he described, in minutest details the Jap campaigns against the Philippines, Hawaii, Alaska and California." "A sort of the American Nostradamus?" The Colonel said, "Not at all. Homer Lea was neither a mystic nor a prophet. He was a scientist. He studied the science of war - the fundamental laws of which are as those of any other science."
近くにいたのだから、孫文もHomer Leaの見解をWilloughbyと同じように理解していた筈だ。Homer Leaが孫文の近くにいる限り、日本人の膨大な援助とその志は、大きく裏目に出ていたことになる。孫文の近くに張り付いていたHomer Leaの正体に日本人は誰一人気づかなかったのだろうか?

・・・・・追記:2011年4月21日・・・・・
辛亥革命 & 孫文の日本人妻 & ミハイル・ボロディン
辛亥の広場  & 孫文記念館 & Lea’s Final Days
千夜千冊:ホーマー・リーは作家として位置付けられてはいるが、孫文の軍事顧問だったことはここでも見落とされている。

テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

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