TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

田中上奏文(2)

前ペイジに書いた、ハーバート・ロマーシュタイン氏を通した前田徹記者の間接取材により判明した、トロツキーの証言は、Wikipediaにも出ているが「なったというものである」「ほとんど取上げられることはない」等と書かれている。トロツキーの記述そのものを、見た上での記事ではないためだ。Trotsky自身が暗殺された1940年に、自分が15年前に関わった田中上奏文の重要性を思い出し命が狙われる中で意を決して書き記したものを、それではお見せしよう。
3,2,1、これだ!
この直接資料から判断すると産経新聞の「田中上奏文は、盗み出した文書を土台に27年に就任した田中義一首相署名の上奏文として仕立て上げたと断定している」という結論を導くのはかなりの無理がある。Dzerzhinskyが持ち込んだ上奏文そのものにTrotskyは当初幾ばくかの疑念を感じてはいるが、クレムリンに於ける捏造はTrotskyの文章からは微塵も感じられない。
暗殺未遂のあった1940年5月田中上奏文について触れたTrotskyが書いた手紙も付しておこう。
3,2,1、これだ!
I need an investigation of the fate of the document in the American press: the date and the place of the first appearance; the reaction provoked by the document in the press and public opinion; the discussions about its authenticity, etc. I would even need the English text of the document itself.
15年前自分が誰よりも最初に計画したアメリカでの公開が、その後実際何時、どのようになされ、どのような反響を引き起こしたのかを知りたがっている。
参照:Art Blog: Ceci n'est pas une pipe:Trotsky暗殺の記事 
・・・・・・・・

参照:田中上奏文に関して現在受け入れられている様々な見解をまとめたペイジを紹介しておく。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion07b.htm#_第1章_日本悪玉説のもと、『田中上奏文』_1
参照:田中上奏文とリットン調査団:
http://www.world-reader.ne.jp/renasci/history/okazaki-060120.html
アドレスをアドレス欄に入れて御覧下さい。
///////////////////////////////////

Carl Crowを知るCarl Crowをより良く知る
Carl Crowの手になる田中上奏文 そのⅠ
さらにもう一人の手が加わった田中上奏文 その2
Trotskyが手にしてから、再び思い出すまで15年の年月が流れている。その間もぐら叩きのように顔を出しては、引っ込んでいた上奏文がそれなりの解説と意味を付加され、繰り返されるチャイナ・ハンドのプロパガンダにより恐ろしいまでに成長してしまった過程は、南京大虐殺と呼ばれるものに類似している。むしろ二つの悪のイメージは相乗効果をもって、世界の人々の脳にウイルス的に繁殖してしまった。
その結果が2009年の今日、アメリカでも日本でも中国でもロシアでもない、ヨーロッパで、ドイツで、ドイツ語のエンタテインメントとなってこんな形で表出している。John Rabeが英雄だなんて、全くいい加減にして欲しい。Shame on you! You Producer!
John Rabe1 : John Rabe2 : John Rabe3 : John Rabe4
John Rabe5 : John Rabe6 : John Rabe7
暇つぶしの娯楽映画として見る分には、面白そうなんだけど。困ったものだ!Merde!

追記:2009年5月10日
この映画に関してちょっと日本のBlogを クリックしてみたが、John Rabeは南京のシンドラー様という扱いで、村山談話をお守りのように懐にしのばせる、の図、みたいな、内容ばかりだ。
せめて、こちらを読んでバランスのとれた視点を持ってから(背景を考慮してから)映画を見るべし、映画について書くべし。
参照:桜井よしこ Blog この内容は「諸君」廃刊号の大型座談会に於いても、しっかり発言しておられる。
日中戦争とは単なる日本とシナの戦争ではなく、(見えない部分に於いては)シナを争いの場とした、列強各国総出の、勢いのある日本に対する集団虐待だと言うことを、日本の子供の教科書に明記して教える必要がある。
田中上奏文や南京大虐殺云々は、未だに100%機能している諜報戦によるその虐待の残骸なのだ、と言うことをこのBlogでも少しづつ証明していこうと思っている。
そうすれば、1932年12月8日松岡洋右がジュネーヴでした「十字架上のイエス」の演説が、その演説の本意が、現代の日本人にも理解されるようになるだろう。この演説は当時の国際社会における日本の立場を理解するには最重要の資料だと考えている。私は英文和文両方のFull Textを所持している。長い演説ではあるが、その資料を分析・検討して、その辺りをいつの日か今一度明確にしたいと思っている。
参照:あしたね年表
参照:日本近代史勉強メモ
・・・・

記事をまとめるために2009年5月10日の記事をBlogTopに移動したものです。

テーマ:戦争 - ジャンル:政治・経済

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://goodlucktimes.blog50.fc2.com/tb.php/142-5dfe5303
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。