西尾幹二先生の日録に「ヨーロッパ解体と野蛮の台頭」というタイトルのYou Tubeが出ている。 新鮮なタイトルだと思う。全部の内容に関してコメントするほど資料を蓄えているわけではない。ただ、Paris同時多発テロの関連記事を最近書いたことを思い出した。7月27日の犠牲者追悼の模様をご覧ください。 dans la cour des Invalides à Paris: あまり見ている日本人は少ないようなのでこの記事をTel Quel Japonで紹介することにしました。 これだけではTel Quelの記事としては物足りないので、事件当日のフランスの特番も探してきました。 日本の新聞やTVなどの報道とは、全く臨場感が違う。Food for Thoughtとされることを期待しています。 Paris同時多発テロ:特番: 最初しばらくCMが入ります。
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正論2016年1月号を読んでいて、ワッと思わず声が出てしまう、嬉しい記事に出会った。 米英に通じていた外務省の「スパイ」 by 丸谷元人 ーここまで丸裸で外交と呼べるのか。今も昔もインテリジェンスに疎すぎる危うさー タイトルのそばに小さなこの一行がついている。 内容は3種類からなっている。一番最初が勿論一番重要で、この文章の要である。 引用として、文章すべてを書き出したいくらいだが、時間と体力がなくて残念に思う。 前回の文章の続きだが、アメリカにコミンテルンのスパイやイギリスのスパイが入り込んでいたのだから、当然に日本にもいたはずだ。ゾルゲや尾崎がいたのだから、もっといたに違いない。ゾルゲや尾崎やその仲間でさえもうやむやにしているくらいだから、学者の研究からは具体的な役割や名前は今まで出てこなかった(有るにはあったがほとんどあてずっぽうで説得力のあるものは皆無だった)。永遠に出ないと絶望していた。筆者の丸谷元人氏は肩書きに「危機管理コンサルタント」とある。歴史認識とは異なる世界の方だ。だから、この記事が書けたのだとおもう。保守のワンパターンとは全く異なった新鮮な視点・嗅覚を持っておられる。 「外務省のスパイ」は、今回一人だが名前が出てくるのだ。「英国諜報部は、ワシントンの日本大使館、ニューヨークやサンフランシスコの日本領事館の内部に情報源を獲得していた。(1月号P.209)」 この部分の出典は以下の本のP.153と書いてある。Stephensonはもともとカナダ人なので、タイトルにCANADAが出て来るのだ。 またこの本も出典として登場する。 著者はH. Montgomery Hyde。 丸谷氏は「ハワイの地元の新聞では数回にわたって、日本軍がもうすぐハワイを空襲すると伝えていた」、これはTel Quel でも写真を出して伝えたが、このことにも触れられている。もうひとつTel Quelではさんざん触れてきたが反響の全く無かったMKウルトラにも触れられていて、私としては嬉しかった。MKウルトラに無知のままでは、先の戦争も戦争の怖さも語れないと思っているからだ。(MK ULTRAに関する過去記事 Tel Quel Japon & Tel Quel Japon & 詩集「2N世代」)
英国工作員に情報を売っていたのは、外務省米国局第一課長、しかし実際に正論の記事を読んで頂きたいので、名前は書かない。これは丸谷氏のお手柄だし、私自身がまだ第一資料で確認したわけではないので、記事を読まれることをまずお勧めしたい。 この記事のP.211にも詳しく書かれているが、大体「開戦の通告が何故遅れたか」について、様々な事情が唱えられてきたが、考えるまでもなく、あまりに馬鹿馬鹿しい説明ばかりだったではないか。理由にもならない理由をいろいろ挙げて、遅れた言い訳として、敢えて汚名を胸に抱きしめてきたのが、日本国なのだ。日本にはアジア侵略や世界征服に血眼になっている軍閥など、敵方数カ国のプロパガンダのなかにしか存在しない、そのことにどうか気づいていただきたい。そのためにはこの内容てんこ盛りの丸谷氏の記事をぜひお読みいただきたい。そして出来るならばこの部分は、Tel Quelの前回の記事「Baker Street Spies in Wartime Washington 」と関連付けて読まれることをお勧めしたい。どちらもよりわかりやすくなるはずだ。
3種類と書いたが、もうひとつは、尖閣や北方領土や竹島の問題を考える際に、そこに至る歴史的工作が、いかなるものであったか、が具体的に書かれている。そして最後のひとつは、「戦後日本を覆いつくした米国や欧米諸国への甘い幻想から目覚め、その支配構造に薄々気づいてみる感性が国家のリーダー層には必要だ」ということが、具体的危機感と共に書かれている。「インテリジェンスに疎すぎる危うさ」は、もう国家の底をつき抜けていて、日本の政治家やブレーン達の頭の集合では、いまさら修復は、全く効かないような気もするが、これからはnever too late、何事にも遅すぎることは無いと信じて、丸裸はやめて、服を着た外交を、まずは考えていただきたい。この声、耳に届けと切に願っている。