TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

日本の戦争 日本人の戦争 



Produced by David Batty :
Complete Documentary 


・・・・・追記:2013年8月15日・・・・・
Complete Documentaryの意味をご理解頂いているのだろうか?これは資料の宝庫だと理解すべきではないだろうか?「日本の戦争」に「日本人の戦争」のタイトルまで付記している。日本人ならば、繰り返し最低10回は見ていただきたい映画である。「日本人の戦争」と題したDocumentary filmに拍手がわずかひとつである。どうしたことなのだろう。
白馬にまたがった軍服姿の天皇陛下が登場するので、反日映画だと思って目と耳を塞いで「やめてー」と叫んでいる、アホ保守の姿が目に浮かぶ。旭日旗がはためいたからといっては、反日映画だ、けしからん、と叫んでいる馬鹿保守の姿が目に浮かぶ。尺八や和楽器の音が入ったからといって、反日映画だと騒ぎ立てている間抜け保守の姿が目に浮かぶ。妄想で目に浮かぶわけではない。フランス製の第二次世界大戦のDocumentary filmのごく一部を見て、正論の「NHKウォッチング」に原稿を寄せた、日本人敦子カローさんがそう書いていたのだ。また「NHKウォッチング」担当の本間誠一氏が、ご丁寧に2度にわたってその阿呆馬鹿間抜け自称保守の記事を「正論」で取り上げたのだ。「正論」担当者には記事のチェック能力もないということだ。反日だ、けしからんとヒーヒー騒ぎさえすれば、本が売れるから、filmも一切見ないで、フランスから送られた原稿を無校正掲載するわけだ。そもそも「NHKが関与した」が間違いである。フランスの放送局が総力を結集して制作したDocumentaryである。NHKが制作に関与出来る筈もない。(所蔵filmを一部貸出したとか、貸し出さないとかその程度の次元の話である。NHKが関与した恐るべき黙示録、というタイトルからして、頭から「ハズレ」切ってしまっている。なんという恥さらしな原稿なのか!)日本の自虐史観ノイローゼ自称保守のレベルと「正論」の編集者のレベルの低さがこれほど露骨に現れた例は他にないだろう。
参照:La 2eme guerre mondiale - Episode04
参照:Food for Thought (1)

思うに保守は一体、どのような映像を望んでいるのだろうか?どのような映画を史実としたいのだろうか?A級戦犯たちに天皇陛下が牢獄に押し込められている場面か、捕虜と日本兵が仲良く談笑している場面か、太平洋において敵機が日本の軍艦を撃沈している場面か、日本兵が中国兵に追われて敗走している場面か、昭和天皇が日本国憲法を発布しておられる場面か。敦子カローさん程度に自虐史観がこびりついたノイローゼ患者であれば、おそらく真珠湾攻撃のdocumentary filmでさえ、見るに耐えない反日フイルムになってしまう。極端なことを言っているつもりはない。「日本人の戦争」complete documentaryを出してすでに何日も経過している。ここに来る保守のいったい何人がクリックしてみようとしたのか?英国製のfilmである。だから怖いのか?恐ることなど、何もないという基本姿勢が日本の保守にはないのか?Documentaryである。編集が気に入らなければ、突っ込めばいいだけの話だ。史実を少しでも知りたいと思わないのか?「日本人の戦争」を知りたいと思わないのか?それともDocumentaryを前に史実の創作や隠してきたペテンが暴かれるとでも怯えているのか?どんな戦争であって欲しかったと思っているのだろうか?全くわからない。先の戦争に関して何らかの意見を持つことさえ「出る杭」にしかならないと思って、(空気を読むために)誰かのコメントが先に出るのを全員がひたすら待っているのだろうか?それとも右派グローバル市民のあなたにとっては「日本人の戦争」など、クリックする必然がそもそもないのだろうか!

妻と飛んだ特攻兵

Baidu IME_2013-8-11_10-18-10

「国敗れて山河なし 
生きてかひなき生命なら 死して護国の鬼たらむ」
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妻と飛んだ特攻兵 8・19満州、最後の特攻
震災日誌 in 仙台

今朝たまたまラジオ放送で作家の豊田正義氏がこの作品について語る番組を聞いた。うさぎのように飛び跳ねて逃げまどう日本の民間人をソ連の戦車が次々とひき殺すのを空から見た主人公が、武器をソ連軍に渡して降伏しろ、という日本国の命令を無視して、特攻を決意する。前から敗戦後の満州の日本人の悲惨に、鬱々としたものを感じていたので、こういう人達がいたこと、こういう行動をした日本人がいたこと「死して護國の鬼」たらむとした特攻の教官たちがいたこと、を知って、やっと何かと何かが繋がる安心感を持つことができた。本当に良かったと思う。繋がらないことをあたかもつながったように誤魔化しそのように振舞うことほど見苦しいことはない。真実をもっと全部明らかにしよう。まだ本を読んだわけではないが、この初めて出会うノンフィクション作家に感謝を捧げたい。そして戦後70年近く彼らの存在がむしろ闇に伏せられてきたことを、非常に残念に思う。

・・・・・2013年8月24日・・・・・
今日図書館で聞いたら、この本すでにリクエストが殺到しているらしい。
・・・・・2013年12月8日・・・・・
11月に順番が回ってきて1ヶ月ほど延長して借りていた。当時の現場の人たちの様子が詳しく書かれているようなので、ぜひ読むつもりだったが、あまりに忙しくて時間がない。その上視力も限界まで酷使している。取りあえず一旦返却することにした。いまBonner Fellersが書き残したものを読んでいるが、終戦直前の御前会議においては、天皇陛下の心情を察するに、戦争継続派は、陛下の平和を求めるお気持ちを、踏みにじるものとしてむしろ憎悪の対象のように扱われている。「間違った戦争をした反省の上に立った戦後の日本、日本人の心を尽くした軍や政府の幹部たちをGHQに戦犯として差し出した日本、むしろ敗北して軍国主義から逃れられてよかった日本という180度転換した認識の社会では」8月19日満州、最後の特攻、しかも妻同伴とあれば、この本の主人公などは、平和を愛しご聖断をくだされた天皇陛下の御心に背く、大反逆者ということになるのだろう。全く酷い話である。昭和天皇が発布された憲法においては、当然のことながら戦争放棄が明記されている。明記などする必要はないような気もする。おそらく特攻で死んだ英霊たちが「馬鹿馬鹿しいから、どんなことがあっても戦場には行くな、兵隊にはなるな」と言っているような気がする。しかも大きな声で、喉から血を吐きながら。「二度と過ちを犯しませぬ」などとおめおめと石碑に明記するような国のために、誰が戦争に行くだろう。だれが国のために命を捧げるのだろう。国体保持のためにうった大芝居をいつまでもそのままにしておくと、結局は国体破滅に行き着くしかない。千代に八千代に国が栄えるのを望むならば、歴史認識の軌道修正が早急に望まれる。憲法改正などと、そんな幼稚な次元の話ではない。

カイロ密談:ルーズベルトと蒋介石

少し古いがWILL4月号、遠藤誉氏のカイロ密談の真相を読んだ。
Baidu IME_2013-8-9_14-52-38
チャイナ・ギャップ 噛み合わない日中の歯車
Dora_PaPa_san's_Pages
やぶしらず通信 yabuDK note
カイロ密談で蒋介石は尖閣領有を放棄←世界日報
WILLの内容(P.212~P.223)はこの本の、第2章「カイロ密談」中国、尖閣領有権主張の決定的矛盾が中心になっている。帯に書かれているように、中国の尖閣領有権主張の決定的矛盾であるが、この論理でいけるのなら早急にこの論理をもとに中国が戦争を仕掛けていると国際裁判所に持ち込めば良い。私はWILLを読んで、尖閣とは関係のない二つのことに強い印象を受けた。ひとつはルーズベルトはこんなことを考えていたのか、こんなことを蒋介石に言っていたのか、という強い驚きである。Dixie Missionと重なるし、現実の米中関係の奥も垣間見れるというものだ。もう一つは蒋介石である。遠藤誉氏もP.222で「さすが日本に留学し、日本の陸軍士官学校で学んだだけのことはある。日本の根本的な思想と構造を、よく理解している」と書いておられる。一応そう書いてはいるが、意見としては「国共内戦で勝ちたかったので、日本と摩擦を増すようなことはしたくなかった」と結論付けておられる。私はルーズベルトと蒋介石の考え方・発想・最終目的に根本的に大きな違いがあったのだと、強く感じた。単に私個人の蒋介石観が微妙に揺れたというだけの話かもしれないが。そして思い出したことがある。

私はシャンソンの石井好子先生と27、8年近くシャンソンのことで文通をしていたのだが、蒋介石に関して、一度意見が完全に別れたことがある。どちらも自分の意見を通すつもりもなかったので、もちろん議論にはならなかったが、今回「カイロ密談」を読んで、石井好子先生のおっしゃったことが正しかったのではないかと、ふと思った。石井先生の自伝的ご著書のなかにはニューヨークの宋美齢とのツーショットのお写真もある。宋美齢はアメリカべったりであるが、戦後の日本もそうなので、別に何とも言うつもりはなかった。問題は蒋介石である。
石井好子(4):蒋介石 by Bruxelles:
参照:石井好子(2):久原房之助:by Bruxelles
産経新聞の蒋介石秘録にも、宋美齢がアメリカ留学したことを自慢すると蒋介石は「僕も日本に留学していた」と誇り高く言い返した、と書いてあった。昭和生まれには全くわからないが、長岡外史関連で考えると、そこに残された蒋介石の資料などを考えると、蒋介石がルーズベルトの誘いにならなかったのは単に「日本と摩擦を増すようなことはしたくなかった」だけではなく、日本人精神を若き蒋介石に吹き込んだ、何人かの日本人が小さくなっていたとはいえ、蒋介石の心の中に住んでいたのではないか、という気がしてきた。
早い話が、毛沢東なら一も二もなくルーズベルトの誘いに飛びついただろう。Dixie Missionもそうだが、結局アメリカが中華民国を国際社会(国連)からも追い出したのは、ルーズベルトがカイロ密談での蒋介石の態度に人間的違和感を感じたのが、その最初の遠因ではなかっただろうか、と思うのである。こんなことはおそらく誰も思わないだろうから、取りあえず書いてみました。
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まっ、いずれにせよ日本の敗戦のずっと前から(初めから終わりまで)戦勝国の側にいた蒋介石。いろんな方向から検証しなければならないと思うが、まずこんなところから。
参照:1935年中国「幣制改革」と宋子文
参照:蒋介石の幣制改革

//////////追記:2013年8月11日///////////
WILL4月号をお持ちでない方のために、なんのことかわからないと困るので、少し引用してみます。

P.222: 蒋介石は琉球列島(尖閣諸島を含む沖縄県)を「いえ、要りません」と言っただけでなく「日本を占領するのも遠慮します」とアメリカに対して意思表示したことになる。万一にも、蒋介石がこの時ルーズベルトの「プレゼント」に対して「それではそのようにさせていただきます」と言ったとすれば、日本は「中華民国」にではなく、その後、政権を取った「中華人民共和国」に占領されていたことになる。(カイロ密談の真相より)

外務省はなかなか出さなかった...

サッカー日韓戦の大きな横断幕、呉善花さんの入国拒否の問題、どちらも頭にくることである。中韓の日本に対する憎悪は執拗かつ露骨すぎる。そのように教育され洗脳されて育っているのだから、個々人に文句を言っても仕方がない。中韓が自国民を日本向けの戦闘要員に育て上げた結果である。このへんのことは「セレブな奥様は今日もつらつら考える」で記事になっていた。
セレブな奥様は今日もつらつら考える
日本国は国家としては今回も見猿言わ猿聞か猿を決め込むのだろう。感覚が麻痺している。
いつの間にか、日本国憲法前文通りに完全に準拠した国家・国民が出来上がってしまっていたのだろうか?
Tel Quel Japon過去記事:日本国憲法前文

平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した

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以前通化事件を書いたとき、彼らはやったことをやられたことにすり替えているのだなと思ったこと思い出した。
通化事件:Tel Quel Japon 過去記事
そして昨日は偶然通州事件の日本人目撃談を読んだ。非常に読み応えがある。皆様にもぜひおすすめしたい。
通州事件の惨劇 (Sさんの体験談):徳島の保守←
クリック先は(その3)であるが、このペイジで全部読める。時間をかけて憎悪を培養していることがわかる。鎖国二百十数年を内側だけ見て何より和を貴んだ日本人には想像もできない憎悪であり残虐さである。ここに転載された(Sさんの体験談)は資料としてもとても貴重である。水島さん、映画を撮るならこういう映画を制作すべきで、日本人を被告席に座らせるあなたの映画は着眼そのものが極めつけの自虐史観なんですよ。(Sさんの体験談)を撮るのはあなたの任務です。(勝手なことを決めるなって?)でもそう思いませんか?水島さんの熱烈なファンの方も一度これを是非読んでください。
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また偶然だが今日こういうYou Tubeを見た。
2013.4.10 衆議院予算委員会 自民党:西川京子
そんなに古いものでもない。しかもblog「荒んでいく世界」にはVideoと書き起こしがあった。本当に拡散すべきVideoだと思います。歴史教育に関するご発言が最も重要なのですが、私はとりあえず以下の部分を引用したいと思います。

その中で一番特記するべきことは、実は国際連盟のときに、中国のこいきん?外相が、これはその当時2万人ということも、数を出してきましたが、2万人の南京市民と婦女子を虐殺・暴行したという演説をしたんですね。日本を非難決議してくれと。そのときに実は、欧米列強、日本に大変厳しい目を持っている欧米列強がその意見陳述を一切無視しました。取り上げませんでした。
そのことに対する国際連盟の議事録が2007年、私たちの努力で出てまいりました。外務省はなかなか出さなかったんですが、内閣府の方から出てきました。これは戸井田元衆議院議員のご努力があった結果なんですが、そういうなかで、この問題は完全に決着がついているんですね

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内閣府から出てくるまで、なぜ70年以上も要したのだろうか?なぜ外務省はなかなか出さなかったのだろうか?そもそも本当に歴史学者も評論家も論客も誰ひとり、「欧米列強がその意見陳述を一切無視しました。取り上げませんでした。」というだけの事実を、全く知らなかったのだろうか?
「外務省はなかなか出さなかった」とおっしゃっている。血に飢えた凶悪軍国主義国家大日本帝国のイメージの種を戦後アメリカと共謀してばら蒔いたのは、外務省、文部省をはじめとした、日本国政府そのものではなかったか、という疑惑が生まれるところである。南京や慰安婦を書く前に、通州事件、通化事件を教科書に書くのが、正常で正気な国家の教科書ではないだろうか?歴史解釈の視点からも、「書かねばならぬ」事件である。
参照:何故か教科書に載らない虐殺事件「通州事件」

・・・・・追記:2013年8月3日・・・・・
話が入口とはまたかけ離れるが、「血に飢えた凶悪軍国主義国家大日本帝国のイメージ」云々というと私はこの画像を思い浮かべる。
イル・サンジェルマンの散歩道においても郵便学者・内藤陽介のブログに於いても 日本国のプロパガンダ作品(ポスターまたは絵葉書)ということになっているが、どう見ても日本軍人を貶めるための連合国側の制作意図を感じる。戦争を生きた日本人に先の第二次世界大戦をこういうイメージで戦ったのかと問えば、すぐに答えが出ることだ。1943年?の絵葉書として、真珠湾を出す必要が日本側にあるか!これは戦後必要となった「強引に戦争を拡大した軍閥」のイメージを先取りしたもので、日本人が「侍」に寄せるイメージではない!イタリア、ドイツを従え刀を振り回す、野蛮で凶暴でどこか滑稽な時代錯誤のイメージは、白人が心底憎悪する、アッチラ、やモンゴル軍を連想させる。フランスの教科書では右下に「報道部」とローマ字で書かれていると記されているが、もし記されているのが事実だとしても、それは敵対国の諜報活動家が後で被せたものだろう。もし日本製なら「報道部」などと書く意味がない。Tel Quel Japonではこの日本製と判断されているポスターに関してはすでに調べが済んでいて、画家がイタリア人、その名前まで特定している。百歩譲ってかりにこれが日本のプロパガンダ作品だとすると、日本の諜報部に、既に日本の敗戦を予測してOSSによる「日本計画」に参画していた日本人終戦工作分子が紛れ込んでいたことになる。
血に飢えた凶悪軍国主義国家大日本帝国のイメージの種を(敗戦が見え始めた頃から)アメリカと共謀してばら蒔いたのは、日本国政府に紛れ込んでいたOSSの日本人スパイまたは敗戦後を睨んだ日本政府の終戦工作員ではなかったか、という疑惑が生まれるところである。目に見えない戦後レジームの田植え隊がいたのではないかという、推量である。この絵柄が日本軍のプロパガンダ作品とするならば、それ以外の推理は不可能だということだ。
参照:フランスの教科書:Tel Quel Japon過去記事
参照:フランスの教科書ー2:Tel Quel Japon過去記事
もっと単純に考えたい人用に話を変えてみる。このフランスの教科書に、なぜ日本政府が抗議しないのだろうか?それどころか保守からの抗議の声さえ立ち上がらない。共闘や共同検証の声さえ一切聞こえてこない。初めの記事の一部に今回下線を入れた。もう一度その部分に目を通していただきたい。(そのあとタイトルに目を戻していただきたい。この記事の全容が見えるはずだ。)
血に飢えた凶悪軍国主義国家大日本帝国のイメージの種を戦後アメリカと共謀してばら蒔いたのは、外務省、文部省をはじめとした、日本国政府そのものではなかったか、という疑惑が生まれるところである。

//////////追記:2013年8月6日//////////
コメントに登場するプロパガンダ専門の米人の資料の一部を追加紹介しておきます。Herbert A. Friedman氏の資料より。
Propaganda and Espionage Philately
↑(切手に関する6ペイジ)↑
第二次世界大戦 心理戦資料その1
第二次世界大戦 心理戦資料その2
心理作戦と軍事の大リンク集 :
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日米プロパガンダ比較
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