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どこが(究極の駄文)なのか?6-4 Nostradamus

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この文は「どこが(究極の駄文)なのか?6-4 Nostradamus」+「どこが(究極の駄文)なのか?(7) Nostradamus」とダブルタイトルを持つものと位置づけます。 (Bruxelles記)
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前2回同様、今回も本論から離れたが、竹本忠雄氏の「Nostradamus Code」
を取り上げることで、やや引き返す事となった。海竜社刊、定価4300円+税。最後のペイジに「本書とのかかわりから」という小題のもと竹本忠雄紹介文が出ている。

...1976年、斯界の権威、ヴライク・イオネスク博士の「ノストラダムス・メッセージ」を読んで衝撃を受け、同書の翻訳(抄訳2分冊、角川書店)を刊行、同時に博士を日本に招いてフジテレビでソ連崩壊を共同宣言、その期日をも的中させて「ペルティエ+イオネスクの科学的解読法」の正当性を実証し、日仏間で高い評価を得る...

まずこれを普通に読むと1976年の後半か1977年あたりに翻訳本が出て、同年に博士のフジテレビ出演があったと思うだろう。いつものように年代の記入が無いのでそうならざるを得ない。とするとソ連崩壊共同宣言が1976,7年になされたことになる。凄い、というわけだ。調べてみた。本の発売は1991年02月01日。TV出演は?本の中を読むと3月末、深夜放送とある。番組名は書かれていない。露木キャスターの名前が出ている。前後を読むと1991年3月末3夜連続とわかる。しかし1976年でなく1991年である。1985年3月にゴルバチョフがソビエト連邦共産党書記長に就任し、ソ連国内では東欧の社会主義諸国民主化の契機となったペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)などの大改革を断行したことは誰でも知っている。真っ先に動いたのはリトアニアで1990年3月4日、共和国最高会議の議員の選挙が50年ぶりに自由な形で行われ、サユディスが選挙に圧勝し、非共産党員としてはじめて共和国最高会議議長にランズベルギスが就任する。1990年3月11日リトアニア最高会議は、ソ連連邦構成共和国の中でいち早く独立を宣言。このへんのことも既製の過去の事実である。1991年3月ともなれば今年中に崩壊するなどという予想は大概の人に可能なのだ。しかしこの際細かいことは大目にみよう。本の中を読んでみると以下のことがわかる。
1.ヴライク・イオネスク博士というひとは、ルーマニア人でアメリカに亡命し、ニューヨーク住まいであった。
2.竹本氏が日本に案内し出演させたTV局はフジテレビ。
(疑問1)では何故に「日仏間で高い評価を得た」のだろう。最初にチラと見たときはフランスのTV局への出演かと勘違いしてしまった。
(疑問2)ソ連崩壊の共同宣言、一体誰と誰の共同宣言なのか?(あるいは空想で日本とフランスの?)いつの間にか翻訳者が解読者と同じ立場に立って宣言までしている、ということか。竹本氏にはなんでもアリなのだ。言ったモン勝ち、という感覚か。
(疑問3)期日をも的中させ、正当性を実証とある。本の中を見ると小見出しに「ソ連崩壊の期日を満天下に共同TV宣言」とある。はしがき、には「共同宣言し、僥倖にもぴたりそれは的中をみたのでした」とある。しかし本文を読むと予言ソ連崩壊6月12日(実際は12月25日)とあり、どこにもぴたり的中などとは書いていない!←明らかに外れだったのだ!
そもそもヴライク・イオネスク博士とはどういう人物か調べてみた。
Vlaicu Ionescu:wikipedia

nell'aprile del 1991 annunciò alla televisione giapponese che la carriera politica di Gorbačëv si sarebbe inesorabilmente conclusa quella stessa estate.(1991年4月に日本のテレビに出演してゴルバチョフの政治家生命は同年夏に終焉を迎えることになるのは避けがたいと告知した。Bruxelles訳)

解読者本人のwikipediaにはこう記録されているのに、竹本氏の手にかかると、、。まあ、予言とは本来竹本氏のように書くものなのかもしれない。「アメリカ人への手紙」という先例もあることだし、彼の文章スタイルとしておこう。しかし常識としてはVlaicu Ionescu氏のwikipediaのように事実のみを書くべきなのは言うまでもない。
(疑問4)「ノストラダムス・メッセージ」は翻訳となっていて、TV出演は通訳の筈、しかし今回2011年5月発売の「ノストラダムス・コード」は竹本忠雄著、従って竹本氏が発せられた言葉で書かれている、ということは今回本をチラと読んで特に感じるのだが、これは竹本忠雄予言の書、つまりいつの間にかご自身がNostradamus解読者に変身されている。自身がNostradamusのような幻視をする預言者として語るペイジも非常に多い。あたっても当たらなくても最終的には全部ぴたりとあてたことにする、的中率100%の預言者の誕生である。
・・・・・
1991年4月10日にはヴライク・イオネスク博士を伴って、初代学長、例の統一教会専属福田信之氏が半ば私物化していた国立筑波大学へ行かれる。そこでなんとイオネスク博士来日記念講演をプロデュース。筑波大学はオカルト、フリーパスなんですね。ここで、根が純情な解読マニアの作家イオネスクさん、緊張のあまりちらりと本心をおっしゃった。「アカデミズムの世界でノストラダムスを語るのは初めて」(P.667)そんな大学は、日本国立、筑波大学しか有り得ない!という証言である。

・・・・・追記:2013年2月23日・・・・・
面白いものを発見しました。統一教会の歴史 1980-
1985年8月第2回「世界平和教授アカデミー世界大会」で「ソ連帝国の崩壊」を宣言(スイス)こっちの方が古い。フジテレビは1991年ですよ。Nostradamus-Tadao-Takemotoが文鮮明氏または福田信之氏(文鮮明崇拝者)にでもNostradamus情報をこっそり耳打ちしたのでしょうか?それともそもそもが統一教会情報?ここにも同じ内容の記載が。人類のメシヤ、文鮮明師の業績:1985年8月18日 共産主義終焉宣布。
参照:ゴルバチョフと文鮮明1990年4月11日、ソ連モスクワを訪問した文鮮明総裁(左)がクレムリン宮殿でミハイル·ゴルバチョフ共産党書記長に会って握手している:このへんで統一教会側がある程度の具体的情報を掴んだのでしょう。1991年4月のフジテレビでのNostradamusの予言は、その情報の売り込み、目的は情報の金銭化?それとも竹本氏個人の出涸らし番茶リサイクル?
・・・・・・・・・
第21回日本トンデモ本大賞

秘伝ノストラダムス・コード』は、ヴライク・イオネスク『ノストラダムス・メッセージ』の訳者が、自分でもノストラダムス解釈に挑戦した本。日本で出たノストラダムス本の中でも最高の厚さを誇ります。しかし内容はハチャメチャで、碑文を縦読みして「SIPR」という文字列を見つけ、それを根拠にノストラダムスがシオン修道会の総長だったと結論します。他にも、「ローザンヌ」という地名がアメリカのことだと言ったり、nepveuとPontifeという単語を合わせて「ニッポン」と訳したりします。 ノストラダムスは福島第一原発の事故も予言していたと主張しているのですが、著者の示す訳文は、16世紀のフランスの詩のはずなのに、「原子核」「ウラン238」「中性子」「原子炉」「ベータ線」「核分裂」といった単語が頻出する、むちゃくちゃな超訳です(もちろん原文にそんな単語はありません。) ちなみに著者は筑波大学名誉教授です。::(この程度のハチャメチャならこの本、全編このような解釈で成り立っています。本当は治療入院をお勧めしたい)

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ヴライク・イオネスク
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竹本忠雄監訳『ノストラダムス・メッセージII(未作成)』角川書店、1993年(*この著書は未発表の原稿を翻訳したもので、公刊された原書が存在しない)::1993年にⅡが出たのですね。原書の存在しない、翻訳書。なるほど。書きたい放題書けますね。『秘伝ノストラダムス・コード』2011年はⅢになるわけですね。今度はついに未発表原稿などという言い訳もとっぱらって、お得意の書きたい放題,すなわち自書。

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「Nostradamus Code」P.754 巨大な建屋の群れが白煙黒煙を吐く光景を《7本の大砲よりも広大に噴き上げて》と形容しています。原発が六基並ぶゆえに、大砲七門と持ってきた、味な、レトリック。(正気でこんな馬鹿馬鹿しいことを書けますか?)
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「Nostradamus Code」P.670 「悪魔の詩」を訳した筑波大学助教授五十嵐一氏、筑波大学校内における殺人事件。ご記憶ですか?竹本氏にかかると、これも「ホメイニによって命を奪われるであろう未知の一人物に呼びかけて警告を発した」、ととれる不思議な四行詩もNostradamusの予言の中にあるとして、解読されるのです。「ガリアで始まったもの(仏革命)を[ホメイニ]は持ち帰り、最後の運命を受けし或る者のため(余は)秘密予兆を告ぐ。」何でもかんでも竹本氏にかかるとNostradamusの予言に符合する。こんな頭でまともな歴史検証が出来るとあなた、まだ信じますか?
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「Nostradamus Code」決して断定はせずにああでもない、こうでもないと御託を並べているのですが、その中に日本に関してNostradamus-Tadao-Takemoto氏はこんな幻視も書いています。P.766、P.767。このほうは吉兆というふうには見えません。なぜならこの場合には日本は、「2023年」を境に起こると予言された《東西間戦争》において「中国とその周辺国」の一員として組み込まれ、自らの姿は消えた影の存在となりかねないとも予想されるのですから。日本は鏡にも映らない透明人間になっている。ー悪魔に魂をゆだねたファウストさながらに?(こんなことを勝手に言わせておいていいのでしょうか?「中国とその周辺国の一員として組み込まれ」おかしい臭がしませんか?よりによってこの発言。Nostradamusが言ったことにすれば、根拠なく何を言ってもいいのでしょうか?これじゃ男性宜保愛子にほかなりませんよ。でないとしたら、ですよ、ひょっとしたら、この2行をサブリミナルとして埋め込むために、この分厚いハチャメチャ本が準備されたのかもしれません。)
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世はこともなし? 第76回 霊性の神秘
コラムニスト・元産経新聞論説委員 石井英夫:
月刊正論 2011年10月号 より。
(竹本さんはパリに渡って日仏両語による評論活動やマルロー研究に打ちこみ、同時に、ヨーロッパにおける「南京大虐殺」や「靖国」問題による反日偏向言論とたたかってきた)と書いておられる石井氏もこの信者性白内障を患っておられる。そしてお友達ゆえに、好意的宣伝的書評を頼まれたのでしょう。しかしやはり筆がはしらない。
2009年2月号『Will』に既に書いた「めぐりきて蛍の光」を持ってきて、女性週刊誌の初恋談義並みの記事にして予定原稿の半分を埋めておられる。もしあなただったら、頼まれたらもっとよいしょするでしょう。それが「居酒屋の宴会」なんですよ。(究極の駄文)と正直に酷評なさるのも、保守の仲間の真の友情だと思いますよ。
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なんきん
問題は日本会議が生命をかけて出版したバイリンガルのこの本。何故序言を竹本忠雄に依頼したのか。そしてこの本があたかも竹本忠雄著であるかのように多くの読者が錯覚するような結果を生んだのか?多分「国際的に知名度がある。外国語に強い。肩書きも立派だ」という見てくれに依存したのだろう。前回の最後の結論部分に保守の大半は信者性白内障だと書いたが、日本会議にもそれが当てはまる、と言わざるを得ない。しかし保守最大の組織である。そのためには門を極端に広くする必要がある。有名で肩書きのある人物をこれだけ集めれば、さらに拡大することも可能だ。だからこそ、表に立てる看板の人選には注意が必要だ。門が広いということは、極右も極左も外国スパイも国内スパイも、実際裏で何をやっているかもわからない数々の宗教も、freepass状態にならざるを得ない。個人だけでなく組織もどんなものが絡んでくるかわからない。もう一度前回の記事の結論部をお読みいただきたい。「矛盾を突く目」がどうしても必要なのだ。

『再審「南京大虐殺」-世界に訴える日本の冤罪』刊行にあたって--アメリカ人への手紙筑波大学名誉教授、コレージュ・ド・フランス客員教授 竹本 忠雄 

「太平洋戦争」で日本が敗北し、列島に貴国アメリカ人兵士が満ちあふれたとき、「キルロイ・ウォズ・ヒヤ」という言葉が彼らの間から聞こえてきた。「王殺し、ここに来たれり」とでもいう意味らしい。あちこちの壁に、彼らは得意げにそう落書きして回った。「独裁者ヒロヒト」と「軍国主義者たち」の手から、哀れな日本国民を解放してやるのだというメシア思想の宣言であったろうか...

こんな実体のない文章は普通の神経の人間には書けない。Nostradamus-Tadao-Takemoto、今日上にそのNostradamusに関する著作をチラと紹介した、Nostradamus界に於いてさえ辺境に位置するしかないこのNostradamus男にしか、こんな文章は書けないことが、合わせて読むとよーくご理解いただけるだろう。

(つづく)

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どこが(究極の駄文)なのか?6-3 国想う青年

North Korea NUCLEAR Test CNN :

今回は2004年6月3日の私の「心覚えの記」に登場する、私と4回コンタクトをとった一人の青年の話だ。前回の記事に比べれば、とても私的な極端に狭い小さな内容である。昨日の記事を書いた後しばらくしてふと思い出し内容を以下に、またしても脱線的に転記することにした。
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心覚えの記:2004年6月3日 「Shining Path」

久しぶりに降って湧いたように適当な話し相手が現れたものだから、イランコントラからホワイトゲート、クメール・ルージュやらハイチ、ニカラグア、ブルンジそして、毛沢東思想がアフリカや南米まで飛んで、不幸を撒き散らしている話をした。南米のテロも毛沢東思想に駆られた、ほらあの、輝ける道とかなんとか・・ここで歳のせいか血液の流れが、鈍る。「センデロ・ルミノソのことをおっしゃってるんですか?」「そうそう、それそれ」「それから最近逮捕された大学教授のテロリストの・・」「グスマンですか」「そうそう」(原子力研究の理系なのに、さすが京大生よく知っている)

明日香歴史walkに行こうか、尖閣諸島上陸のビデオ上映会に行こうか迷っていた。すると「SAPIO」の投稿欄に、日本の将来を共に語ろう、と呼びかけている同市内(つまり近所)の青年を発見。「私は共に行動できないけれど頑張ってください。ところで今度の日曜日駅前のUビルで西村真悟議員の講演会があるので、よければ代わりに行っていただけませんか」とハガキを出した。そしてその日曜日、歴史walkに出かけたのだけれど、平地walkに気分が乗らず、思い切って途中で引き返しそのままUビルに直行。悪天候の中ボートで尖閣諸島に上陸をする姿を見て感動し、講演を終えた西村議員に(拉致問題もまだ表面化しておらず今ほど有名ではなかった。それどころか、このあとSPAでの放言で確か一度辞任に追い込まれている)握手を求め(グラサンをしている私を見て一瞬刺客かと、少しギクッとされたが)家に帰って食事の支度をしていた。そこへこの子が(といって24歳の大学院生なのだが)突然私のハガキを手にヒラヒラさせ、玄関に現れた。

最後に会ってから1年位したころ、突然の来客予定が入って、あわてて掃除している真最中に、誰かが来た。「どなたですか?」「××です。×××できました」「今忙しいです」「少しでいいんです」「時間無いです」…戸も開けなかった。・・さらに10ヶ月ほどしたある日、不意に、あの時来たのは、あの子だ!と気づいた。何かをいいに来た筈だ。少し迷ったが家に電話してみた。
「お正月一度帰ってきました。仲間の人たちと常に一緒で、親とは話もしません」「一人息子さんなのにね」「もう、いないものと諦めました」「辞める意思は無いようですか?辞める意思があって、家に来られたのではないかと思いまして。電話しました」
彼は北京大学に留学していた。「さよなら」を言いに来たのだ。あの時。北京大学という選択は自分の意思だったのだろうか。(原子力の研究・・・?)

彼がそれを言い出すまで3度ほど電話がかかってきた。2度目からは家でなくUビルで会って時事問題やらお互いの日常生活の話を90分ほどした。4度目も彼は切り出せなかった。話が進まず私が3分ほどで帰ろうと立ち上がった時、彼は意を決してその言葉を口にした。否口にしたのではなく、いきなりパンフを見せた。・・
「お金全部吸い上げられて、どうして生活してるの」
「生存ギリギリです。信仰心がないとおかしくなります」
「そのお金、どこへ行ってどう使われてるのか、しってるの?」
「・・・」
「例の抽選みたいな結婚式もしてるの?」「はい」「奥さんはどこにいるの」「いまニューヨークです」「どうして一緒にいないの?」「信仰上の結婚ですから。僕も以前ニューヨークで活動していました」「奥さんと一緒に?」「いいえ、お父様と一緒に」
まじまじと顔を見た。悪くない。狂信者の目でもない。むしろ澄み切っている。前途も明るい筈なのに。
「せめて、これだけでも目を通してください」
「教義ぐらい、一から自分で考えなくっちゃ。信仰はready-made思考。貴方ほどの人が他人に考えてもらうようじゃ、いくらお父様にでも・・」
「あっ、それもよくお父様に言われます。自分で考えろって」
私はケンモホロロを演じた。彼は迫った。私は日ごろ練習しているNO!を日本人としては苦手なNOを、明白なNOを態度で示した。それでも彼は取り縋った。両手で私の腕を取り押さえて、行かないでくれと。私はそこに彼の孤独を見た。迷っているのではないか。心にもう親も無く、結婚はしても触れ合いもせず、けれども組織の中心部にどんどん吸い寄せられていく自分に、不安を感じているのではないだろうか。逆洗脳。足抜き。一瞬頭を過ぎった。しかし彼の人生、彼の判断と選択を尊重しなければ。暖かい他者の無言の肯定の眼差しが、どうしても欲しいだけだろう。それにこの青年と存在を賭け、心の強さの綱引きをしたら、おそらく私が負けるだろう。信仰とは何度も逆揺れしては、その都度強化されるものだから。
約1年後扉の向こう側で、彼が名を名乗った時、全く思い出せなかったのは、T教会の青年としてのイメージがこの時固定し、彼個人の名前が消えてしまったからだった。

北京からこの先、何処へ続くのだろう。彼だけのShining Path(輝ける道)彼だけのセンデロ・ルミノソ。願わくば、なんとか国のかんとか開発に知らずに関与させられることのないように。仕掛けのある城を造った後の大工のようなdead endに行き着く道でないことを、切に祈っている。さようなら、原子力の頭脳を持った志ある日本の青年。
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少し理解しづらい文章かもしれない。一番最初に出会ってから15年になる。彼が玄関の外で名乗りを上げ、その名を思い出せないために戸も開けずに無下に追い返してから14年になる。彼が北京大学に消え、実家の両親にも居所を教えなくなったこと、つまり彼が日本から消えたことを私が知ってから13年だ。お父様に連れられて、どこへ行ったのだろう。彼の専門知識は初めから一本釣りされていたのではないだろうか?すぐのお正月に一度帰国したが、常に仲間に取り囲まれ、母親とも口をきかなかったのは、何故なのだろう。何処にいるのだろう、そして何のために??彼と文鮮明氏との距離を考えると、今となっては誰にでも大凡の察しはつく。私とてそんなことを問うためにここに「心覚えの記」を転記したのではない。

私がここで言いたいのは彼が「Sapio」誌上で、(おそらくかつて自分がそうされたように)反共と憂国と旧態然とした日本人論・国体論を訴えて仲間を募ったことだ。統一教会の限定を外してここを拡大解釈すると、彼らは反共と憂国と皇室崇拝を餌に、ただ和するだけの、NOの言えない、しかも興味はあるが歴史検証力をほとんど所有せず「矛盾を突く目」を持つことをむしろ負ととらえ排除の対象とし、論理のなさを誤魔化すために国際議論の場においてさえ沈黙・寡黙を徳となし、もはや習い性となった権力・権威にひたすら従順な,「孤立に怯える」だけの自称保守、表現を変えるならば、そのようなunreasonableなspiritual和人をターゲットにしている。結果、宗教生活に入る入らないを別にすれば、現在保守を名乗る者の大半は、様々な宗教や超現実紛いのレベルに留まり、またそこに歴史解釈の議論を託している。信者性白内障の手術が永遠に終わりそうもないのはそのためだ。

・・・・・追記:2013年2月24日&25日・・・・・
「彼らは反共と憂国と皇室崇拝を餌に」の部分に説明を追記させていただきます。餌というのは、勿論「釣る」目的のために、という意味です。(分かりやすく言えば、病気治癒、立身出世、不幸撃退、問題解決、夫婦円満、などの代用で、それと同次元の餌であって内実は当然伴いません)何故「反共」「憂国」「皇室崇拝」が餌にされるかといえば、議論の必要がなく共感を得られる、つまり当節居酒屋の宴会にはもってこいのテーマだからです。検証の必要も議論の必要も、知識、資料、歴史認識、意味内容、一切合切何もなくても、さらに頭が空っぽでも、その三つに関して感情むき出しにつるんでさえおけば、即すべての保守サークル、保守仲間に共感を持って大歓迎されるという意味です。餌を与える方はともかく、餌に食らいつく方は、今もって誰ひとりそれを餌とは気づかず居酒屋の宴会を楽しんでいます。多勢についていれば、議論の矢面に立たされる必要がないからです。それに関してとやかく言うつもりはありません。ただ、議論の矢面に立って孤立する(保守に「シカト=無視」される)経験がなければ、決して「矛盾を突く目」を養い育てることは出来ない、この点はご理解いただけることと思います。

どこが(究極の駄文)なのか?6-2 保守の惨状

繰り返すが私にはいかなる場合でも個人攻撃の趣味は無い。「矛盾を突く目」を持つ重要性を訴えたい一心で、加えて保守独特の「排他性」「しかと」に対する忍耐も極限に来たので、覚悟を持って気の重い気の進まない記事を連作している。怒りと絶望を感じるとすれば、権威、権力に盲従し、周りの空気を読んでしか決して判断も行動も思考もしない、大半の自称保守の独自検証能力の無さに対してである。「居酒屋の宴会」の楽しさが欠落している点は重々反省している。書いて楽しくない記事は読んでも楽しくないはずだ。申し訳ない気もしているが娯楽でTel Quel Japonをスタートさせた訳ではないので、その点はご了解いただきたい。長い前フリを書いているが、今日は話を本論から脱線させてまで「保守の惨状」などという「目も当てられない」記事を書かねばならぬからだ。
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前回の記事の元筑波大学長福田信之氏をクリックしていただけただろうか。お読みいただけただろうか?

福田:私はアメリカやヨーロッパを回り、国際的展望をもった大学が必要だということで筑波新構想大学の創設に携わるようになったのです。以来8年間、私は四面楚歌の状態で大学創設を進めました...私自身、筑波大学をつくることにしたのは世界の大学を視察してからです。欧米の大学を見ながら、日本の大学を何としても改革しなければならないという思いにかられました。これは私の人生の中でも最も激しい運動でした。(筑波大学を個人の私設大学と勘違いしていませんか、これ。税金という名の私のポケットマネー感覚?なのでしょうか。こういう人だからこそ国立大学のCampusで、自由自在にオカルトの国際イヴェントを開催できたのでしょう)

お読みになって何も感じませんでしたか?ひょっとして自分も文鮮明氏を心の師にしたい、と思われたのでは、まさかないとは思いますが、わかりません。時間を戻せませんし。( )内と同じように感じてくだされば、次に繋げやすいのですが。
img_his_1991.jpg
写真は福田信之&文鮮明のように見えるかもしれませんがこれは金日成&文鮮明のツーショットです。
上のリンクの中の福田信之氏の言葉の中で「その時、福田元総理の「アジアに偉大な宗教指導者現わる。その名は文鮮明である」という挨拶がとても印象的でした。今思えば、文先生について全く正しい評価を与えていたんです」という発言がありますが、あなたは読んで信じましたか?ちょっと調べてみました。
福田赳夫元首相の証拠写真:←ありました。他にも
金丸信副総理、証拠写真
岸信介元首相と文鮮明師証拠写真
元立教大総長・元参議院議員・弁護士 松下正寿
福田信之(元筑波大学長・理学博士):←別の証拠
日本・元内閣総理大臣 中曽根康弘
清水馨八郎氏
東京の安保大会で文国進会長講演 :←こういう仕組み
ワシントン・タイムズとUPI通信社 :←こういう仕組み
今回も「シカト」したいって?お気持ちわかります。
アカデミズム、ジャーナリズム、財界、政界、文学界、芸能界、しかも皆さん超一流、権威と権力そして名声をお持ちです。そちらに与するのが手っ取り早い出世の道安全の道ですしね。あなたの大好きな方たちでしょう。これはほんの氷山の一角です。もう疲れた、やめてくれって?リクエストコメントでもあれば、明日にでも消しましょう。おせっかいは嫌ですからね。
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最後にこういうのを見つけたのでその(1)だけ。あとはご自分で。この中から一部引用します。

大蔵大臣だった福田赳夫氏が「東洋に偉大な思想家現る。その名を文鮮明という」と言って、文先生と抱き合ったが、あの時に先生は「為に生きる」ということを強調された。(中略)私はこの「為に生きる」に打たれた。この一言を私は生涯の教訓として、あらゆる機会に述べさせていただいている。 <参考サイト:統一教会と天皇皇后両陛下> 助野健太郎(聖心女子大名誉教授、元キリスト教史学会常任理事、皇后陛下の恩師)

皇后陛下の恩師なら皇室と繋がります。そしてそのパイプを通してこういう事態が起こります。頭が混乱しませんか?えぇ!あなたも入会するって?えぇ!もうしてるって?そう言えば「両陛下と親交が深い」民間人、も皇后陛下とより親交が深まる特権的活動を近年しましたね。
統一教会と天皇皇后両陛下 :←写真付きです。
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蛇足ですが二つ追加:
ブッシュ元大統領一家、統一教会・文鮮明師の教えを支持 :
オバマ大統領、統一教会・文鮮明師の功績を讃える

どこが(究極の駄文)なのか?(6) 別次元・別世界

E.ソルボンヌと言えば、確かそういう名前の色つきのタバコがあったような気がする。昔はそう呼ばれたのかもしれないが、本来ソルボンヌ留学、などという言い方はしない。仏政府留学生として1963年に一年間留学していたという記載をみつけた。問題は11年間の第一期滞仏中(?)、なにかの論文をフランス語で発表したり、修士号や博士号をとったりした様子もないことだ。何年から何年までの11年間を何をして過ごしていたのかということが判明しない。大金持ちなのか、スポンサーがいたのか。ひとつマルローの知己を得てその通訳をした、学問的実績が皆無でもこれは大変な収穫だったことは事実だ。(このあたりの推量も可能なのだが、話がそれるのでやめておく)この邂逅がなければ11年間のパリゴロ生活ということになってしまう。しかし何故著作や論文が皆無なのだろう。
ジュネーヴ大学で教鞭をとっている私の昔の友人がいる。日本文学科の彼でさへ、Gallimard社から3冊の仏語本を出版している。戯曲家としての仕事、media出演、地唄舞の公演など(もし竹本氏に具体的な活動があるのなら)例えばこのようにきっちり書けるはずだ。もうひとりプルーストの研究家になった昔の友人もいる。フランスのプルースト学会の一流研究者たちからも一目置かれている存在であった。プルースト研究にはフランスにおいてさへなくてはならない日本人学者であった。竹本氏の場合、フランスのマルロー研究家たちにその研究が評価されているとは思えない。2冊の翻訳本が存在する、ゆえに辛うじて翻訳者だとは言える、しかし仏語論文も皆無なら研究者とは呼べない。(追記:「アンドレ・マルローと那智の滝」なる本がフランスで出版されているようだ。コレージュ・ド・フランスではこれを講述したらしい)マルローさんの近くにいる若い日本人という認知はあったかもしれない。それで精一杯。しかしこの若い日本人は貴重であった。皇太子同妃両殿下との拝謁の時、そして創価学会池田大作氏との対談の出版本の仕事の際、ありがたい存在だったに違いない。マルローさんは感謝の念から、例の客員教授の限定地位、そしてそこからの勲章、を彼に与えたのかもしれない。学問的云々よりも私的付き合いの濃度は高く、またそれは知られていたようだ。年月不明ゆえ、おぼつかない推量だと言わざるを得ないが、ごく常識的な推量の落としどころではないだろうか?

問題は11年も日本を空けていた竹本氏が、一体どのように日本のアカデミズムに復帰できたかということだ。履歴の年代が不明なので、余計に謎めいてくる。11年の空白のあと、日本側では今度は誰の「引き」で筑波大学に職を得ることができたのだろうか?何年から助教授で何年から教授なのか不明だ。ただ面白い記事を発見した。その記事によると、竹本氏の名前が日本で一般に知られるようになったのは、1984年、筑波大学で統一協会の庇護を受けながら行われた日仏協力国際シンポジウム「科学技術と精神世界」という大イヴェントがあって、どうやら竹本氏がその総合プロデューサーだった、そのあたりのようだ。読売新聞が大々的に連日イヴェント告知をし、関連記事を書いたとある。『たま』の巻末の告知欄に――83年ごろのことだったと思いますが――「筑波大学の福田信之学長のご英断で、国立大学としては初めて」オカルト研究の国際集会が行なわれることになった――と、出たらしい。たま出版もこのイヴェントに噛んでいたのだろう。そう言えば竹本忠雄氏のwikipediaを見るとたま出版からの刊行が多い。(その道に興味を持ったことのある人はたま出版といえば、その性格がピンとくるはずだ。つまり確かにオカルトなのだ)
国立大学の国際集会大イヴェントにご英断をくだされた世界平和教授アカデミーの筑波大学学長福田信之氏の名が飛び込んでくる。
福田信之 wikipedia 福田信之← 要クリック必読:
参照:筑波大学闘争:今回のこととは無関係ですが、筑波大学って激しい闘争を続けていたのですね。ところで、福田信之氏、お読みになりました?このひとが国立大学の学長ですよ、吃驚しませんか?
参照:人体科学会 第20回大会:以下のような文章が見えます。
(筆者は倫理研究所理事長丸山敏秋氏、これで倫理研究所の正体もわかるというものです。竹本氏はここから一冊本を出していますね。ついでに実践倫理宏正会にもリンクを貼っておきます、大して意図はありませんが)

昭和59年11月に筑波大学で「科学・技術と精神世界」と題する日仏協力国際シンポジウムが開催された。その企画委員長を湯浅先生はおつとめになり、非常なエネルギーを注ぎ込んで成功に導かれた。大学院を修了したばかりの筆者は事務局員を依頼され、湯浅先生と竹本忠雄教授(事務局長)を補佐しながら、得難い経験をさせていただいた。

福田信之氏がイヴェントを許可・決定、竹本氏は事務局長、湯浅氏が企画委員長。3人は協力関係でリンクし福田氏はバリバリの統一教会患者。この人の「引き」ですね。

結局は歴史認識の検証経験などなく、本来緻密に事実を取捨選択して論理的に結論を導こうと努力する人でもない。「アメリカ人への手紙」を読めばすぐ分かることだが、素人にドがつく程度の知識もない。分野が違う人なのだ。一応教養人なので一般大衆紙程度の論争は理解できるだろうが、日本会議の南京本の序言を書ける技量の人でもない。南京反撃のための「アメリカ人への手紙」にしても、タイトルをどうしようか考えていると、目の前にアメリカ人の姿でも見えてそうだ、アメリカ人への手紙をタイトルにしようと思われたのではないだろうか。その際、日本語で書くのであって日本人しか読まないことも、すっかり配慮から飛び出していたのだろう。そういう世界にお住まいの方なのだ。たとえばアメリカ人への手紙、以前に取り上げた最初の部分

「太平洋戦争」で日本が敗北し、列島に貴国アメリカ人兵士が満ちあふれたとき、「キルロイ・ウォズ・ヒヤ」という言葉が彼らの間から聞こえてきた。「王殺し、ここに来たれり」とでもいう意味らしい。あちこちの壁に、彼らは得意げにそう落書きして回った。「独裁者ヒロヒト」と「軍国主義者たち」の手から、哀れな日本国民を解放してやるのだというメシア思想の宣言であったろうか。

竹本氏にはアメリカ兵が騒ぎながら「キルロイ・ウォズ・ヒヤ」とあちこちに落書きしているさまが、実際に見えたのだろう。その得意げな表情も。歴史論争だということなどはじめから頭にない。どう説得しようかそれだけだ。そこで見えたように、確信を持って自己解釈をすらすらと書かれたのだろう。それなら納得がいく。
私は竹本氏のこの本を今年になってから何度か手にして読んでみた。非現実と現実が入り混じった世界を言ってみれば超能力で捉えることができる方なのだろう。従って文体もそれにふさわしい書き方にならざるを得ない。それでなければ学者が正気でこんな本が書けるわけがない。フランス語には直接法、条件法、接続法という法の区別がある。想念か現実かをはっきり区別して話しかつ書く。また時制の概念に理解が及んでいれば、小説のスタイルで書き出してしまっていることに自分で気づく筈だ。従って最初に「アメリカ人の手紙」を読んだ時、この人に論説的な歴史認識を扱うフランス語が書けるわけがないと直感した。発想・思考にフランス語の明快さが欠けている。そう思って読むと、歴史の専門的知識もない、またまともな歴史認識もない、床屋談義程度の知識はある。すぐ判断できた。実は激怒していた。しかしこの本を手にとって少し読むと、アルファベットの順番や厳格な時制など完全に超越した、言語の時空を超えた世界を自己の五感の超能力を確信して独自の世界に没入している方だと、認識できた。別に発狂しておられる訳ではない。歴史検証の王道を歩もうとする者とは、所詮住む世界が、思考する言語処理が、違うのだ、と、それだけのことだとわかった。

(つづく)

どこが(究極の駄文)なのか?(5) 幻視

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A.竹本氏の言論活動。著作を見ればわかる。歴史認識に関する著書は一切ない。
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B.コレージュ・ド・フランス:一般の人々が受講することができるため、形式的には「市民大学」的なものとなっている。試験や学位授与などもない。客員教授とはなんですか?つまり実績より「引き」があればなれるということ。但し日本とフランスでは若干違うかもしれない。コレージュ・ド・フランス客員教授何年から何年、という期間限定記載はよく見るが、竹本氏の場合、年号及び期間が無記。コレージュ・ド・フランス客員教授という記載は必ずあったが、上のリンクには名前が無い。名前のある高階秀爾氏や加藤周一氏は正規の大学でないためか共に経歴にそのことを記しておられない。一方竹本氏のwikipediaには「1963年フランス留学」とあるが大学名の記載がない。所謂語学学校の短期留学かソルボンヌの文明講座だったのかもしれない。(明確になればどんどん追記していく。反論資料大歓迎。)
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C.「人間革命と人間の条件」アンドレ・マルロー(フランス)
文化のこと 出会い:まず上のリンク、次に下のリンクを読む。上の本は池田様の企画か、竹本様の企画か、わからないが、対談の通訳・解説までしたのなら「人間革命」にも深い理解があるのだろう。本には一切名前が出ていないようだが、下のリンクで判明した。信仰の自由も仕事の自由もあるので、別に問題ではない。隠れたお仕事の紹介のひとつに過ぎない。下のblogを書いた人、書かずにはいられない、嬉しい気持ちが溢れて、しゃべりすぎましたね。
参照:出会いのヨーロッパ
参照:「人間革命と人間の条件」は早速、注文します
池田氏、1992年7月 フランス国より芸術・文学勲章受賞
週刊朝日:反創価学会記事
週刊誌程度の反創価記事なのだが、教祖が顔の割れていない子飼のFixerを使って、imperial familyに近づくというのは常套手段。是非はない。ただ「両陛下と親交が深い」民間人、という表現はどうだろう。信者性白内障の観点からは最も危険な部位だ。まずはこの塾の名前に注目、ですね。
(追記:2013年2月17日:1974年5月、皇太子同妃両殿下(当時)へのマルローのご進講の通訳として両殿下に拝謁、という記載を見つけた。そういう経緯を踏んでいるなら、学会員であろうとなかろうと、池田大作氏とマルローとの対談本の発行をお断りすべきではなかっただろうか?隠しておけばいいというものでもない)
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D.Tel Quel Japon過去記事の4.「真実の」日中友好:の部分を読んでから4.「真実の」日中友好:をクリック。その中に以下の記事が出ています。
The Use and Abuse of the Past by Kideaki Kase:
Hideaki Kase & The Newsweek
video 1 & Video 2 & Video 3:
竹本氏には「我が反・反日単独抗争」という威勢のいい自己顕示が有り、多くの保守の方々は竹本氏をそのように長年フランスのメディアで戦ってきた言論の勇者と認識しておられる方がほとんどだと思います。もし仮にそういう事実があれば、上の加瀬英明氏のように、実際掲載された新聞なり雑誌を提示し、気心の知れた水島氏の番組で加瀬氏のようにその報告が出来るはずです。それはこの上なく尊い行為でまたそうするべきです。TV・Radio出演に関しても、その局も、番組名も日にちも、司会者も討論内容も一切見えてきません。何故でしょうか?
nannkinn.jpg
これは水島さんの映画「南京の真実」のペイジです。英語版HP開設をクリックするとどういうわけか前にも書いたように明成社の竹本忠雄著の「再審・南京大虐殺」のペイジに繋がります。内容的に少なくともおふたりのコンセプトは相互共有されていて、どうみても歴史認識は双子のようでお互いがお互いのアルターエゴのようなのです。つまりそれほどの間柄であるのなら、当然チャンネル桜で、自らの行動を加瀬氏のようにきっちりと提示できる筈です。繰り返しますがそれこそ、保守を激励する尊い行為となりえます。今では得意の外国語を武器に海外反日mediaと戦う勇者というイメージだけが、恐竜のように一人歩きしています。おかしなことにこれをこうして指摘するだけでも真性保守から大きなブーイングがくるほど、いまや竹本氏は歴史認識論争において、その実力とは無関係に聖なる領域に祭り上げておられるのです。どういうことかというと、保守の判断力はその点では機能しなくなっているということです。もはや危険領域です。ル・モンドに掲載された仏文原稿とか、RFIのaudioとか、France Cultureの動画とか、もしひとつでもあればお持ちの方はチャンネル桜にでも提出してください。万一あれば、仮に「アメリカ人への手紙」ほど実体のない捏造物語であったとしても、今の状態の保守にとっては、内容は別にして本当にあるというだけで、アリナミンAドリンク100本位の滋養強壮剤にはなるはずです。


(つづく)先に書いたものが全部消えてしまって時間が足りなくなった。

どこが(究極の駄文)なのか?(4) お先真っ暗

まず最初に断っておかねばならない。どこが(究極の駄文)なのか?(3)のコメントに勇間氏が「万一偽物と立証されれば自ずと言論界から排除されるだけです」と書いておられるが、偽物とか、騙すとか、そんな次元で全く考えてはいない。読み手側を問題視している。「言論界から排除」云々など、かけらも思ったことはない。むしろこれからも頑張って得意分野で活躍していただきたいと思っている。はじめから疑ってかかれ、などと、そんな面倒なしかも礼を失する読み方など、推奨する筈もない。私が指摘したいのは、竹本氏を救国の英雄とも言論の神とも仰ぐ、勇間氏をはじめとする大多数の保守の竹本崇拝者の方々に「矛盾を突く目」を持って読書していただきたい、その一心なのだ。それは嗅覚のようなもので「検証する時間」云々を当然必要としない。私が取り上げたのは、まず「アメリカ人への手紙」の最初の数行に潜む支離滅裂。これだけ大きな言い訳のしようのない100%の過ちに、誰ひとり気づかなかったことを指摘したに過ぎない。(その指摘した誤ちをさへ、瑕瑾だと一笑に付す盲信者ぶりだった。矛盾を突く目を、機能不全にさせるのは悲しいかな、決まってこういう信者性白内障なのだ)他は勇間氏のコメントの反論部分に、応じたのみである。最後に追加指摘したのは(1)のコメント「この手紙の真骨頂は反日主義の存在をアメリカ人に知らしめ」の部分に関して。この手紙には英訳がなく、アメリカ人に向けられたものではない、すなわち日本の読者に向けて「アメリカ人への手紙」というタイトルをつける、そういう神経を持つ「読み物」の書き手なのだということだ。同じく(1)のコメントには「日本国内の保守の間では常識になっている事柄でもそれを英語で論理的に情報発信し」とあるように、ひょっとしてこの南京に関する日本会議の日英バイリンガル本を「語学に堪能で論理的思考をされる竹本氏」の著作(または大原康男氏との共著)と思い込んでいらっしゃるのではないか、ということだ。あちこちであの本が竹本忠雄著と確かになっていて、たくさんの人達がそう信じ込んでいらっしゃっても無理はないと思う。たとえば、昨日さんざんリンクしたこの記事、にも真に受けてこう書いてある。不埒にもこの本はそういう扱いで販売・喧伝されているのだ。

Takemoto Tadao, professor emeritus in French literature at Tsukuba University, along with professor of Shinto studies, Ohara Yasuo, wrote The Alleged "Nanking Massacre": Japan's Rebuttal to China's Forged Claims , in an effort to combat such perceived conspiracies.[28]...Their book, which includes both Japanese and English texts within the same edition...

一方Tel Quel japon去年の過去記事にはこう書いてある。

日本会議国際広報委員会編集...序言は竹本忠雄氏、結語は大原康男氏とそれぞれ記名があるのですが、肝心の中身の執筆者の記載が無く編集委員の名前が他に6名

本を手に取ると執筆者は序言、結語をいれると8名、英訳は専門家数名とわかる。それが、公ではイメージとして「語学に堪能で論理的思考をされる竹本氏」が対外的に論理的反論をするあたかも国家の唯一の英雄のように思い込まされているのです。そういう錯覚は珍しくないので、別に問題にはしていません。ただ思い込みで偏見を持って文章を読まずに「矛盾を突く目」を常に忘れないでいただきたい。
話を最初に戻す。「アメリカ人への手紙」はー「海外でフランス語で日本の汚名挽回のために活躍されている最も期待できる論客の素晴らしい文章」と2,3年まえにある方から紹介された文章であるー。育ちつつあるネットの論客の大多数がこの次元で、この(駄文)で感動しているようでは、話にならない、お先真っ暗、だと感じたから、あまり気が進まないが敢えて「どこが(究極の駄文)なのか?」を書き始めた。話はここからそしてある意味今から始まるのだ。
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竹本忠雄:Wikipedia
一般的認識としては筑波大学名誉教授、そして今までは長い間、コレージュ・ド・フランス客員教授。アンドレ・マルローの専門家で、三島由紀夫の理解者。それに「文芸騎士勲章」と「王室教授章」受賞。このステイタスは全部大きい。勇間氏だけではない、多くの方がこのレンズを通して、そこにPLUS海外で反日と一人で戦う論理的勇者SAMURAIとして既に幻視されているのだ。
「矛盾を突く目」は論者にとってもまた読者にとってもそれがなければ成長のしようがない、と言えるほど重要なものだ。今後の論壇のために、特にこの場合保守の論壇のために、いくら気が進まなくても、今ここで筆を置くわけにはいかない。だが「矛盾を突く目」を理解・獲得していただくためとは言え、人の頭の中に手を突っ込む脱洗脳など、私にはできそうもない。他者の信仰は当然として、他者の考えを変えさせるなど、そんな大それた気持ちもない。気が重い。しかしここで退くわけにはいかない。信者性白内障治療のメスを執ろうと思う。試みをさへ破棄しては、何においても一歩も前進できない。「試みはひとりきりの迷路ではない」と信じて「試みる」真の勇気を持とうと思う。

(注)この連続した文章では勇間氏と固有のお名前を出していますが、大多数の真正保守の方々、極端に限定すると竹本忠雄信奉者の方々全員を対象として書いているつもりです。

どこが(究極の駄文)なのか?(3) 整頓

ちょっと今までの経過を整理してみた。まず(1)は「アメリカ人への手紙」の冒頭の数行に限定して、その信用失墜ぶりを指摘してみた。コメントがあり御同意頂いた。ただ指摘した部分に関して瑕瑾と捉えて問題視せず、という内容だった。その根拠として紹介されたのが「正論」2006年1月号の特集記事。(2)に於いては論点は正論の記事に移っていて、竹本氏への心酔ぶりに対して「ラジオ出演もして日本の名誉を守る発言をされている人物」とはとても思えない、として結果、反論になってしまった。(1)と(2)では論点そのものの移動があった、ということをまず認識しておきたい。この次(4)を書くとしたら、(1)から論点をずらせたままで、今度は私が竹本氏を、何を根拠にどのように考えているか、それを基礎的・普遍的スタンスで書かねばなるまい。「アメリカ人への手紙」=究極の駄文への説明責任は少し先送りとなる。あるいはその二つを同時にするか、実はずっと、思案中である。その過程でとても大きな問題に触れなければならないからだ。
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話は横道にそれるが、日本会議のこの本と、チャンネル桜の南京に関する映画について、振り返ってみるとTel Quel Japonでは結構過去に取り上げて複数ペイジを作っている。
まず最初、昨日再入手した本と同じ再審「南京大虐殺」明成社刊を去年の夏頃?手にしてこれについて意見を書いている。
1.再審「南京大虐殺」明成社刊
コメントが二つ入って、私は特に本の序言(by竹本忠雄)の最後の3行について、その基本的コンセプトを本文でもコメントでも強く非難している。これでは期待は持てないという意味だ。
2.映画「南京の真実(仮題)」記者会見
Tel Quel Japonとは別のBlogで「記者会見」の模様と「部分公開」をほとんど意見を入れずに紹介している。
3.City of Life and Death 南京!南京!を見ながら
中国製の南京の映画がその制作目的を力強く全うしているのを見て、日本製の「南京の真実」を思い出したのだろう。映画「南京の真実」のOfficial Siteに行き、英語版のHPをクリック、そこにあるinformationをクリック、するとこのペイジにいきつく。Chapter1の最初には竹本氏の序言があり、Chapter4の最後には大原氏の結語があり、1~4までの中身がまるまる明成社の再審「南京大虐殺」なのだ。
中国製の映画を見た時から、あの出来損ないの序言を思い出し、怒り心頭。さらに追記2012年9月16日で、映画「南京の真実」もまた竹本氏の序言のコンセプトに依存していることを確認して、序言の出来損ないぶりを追加して指摘している。
理解されるためにちょっと説明を追加しよう。翻訳者は書き手の日本語をそのまま訳すことに耐え切れず、良識を示してワザと「誤訳」して「改良」しているのだ。「日本の清明公正なる陳述である」などという文章をそのまま訳しては、本そのものの論述が狂っていることになる。翻訳者はasking the fair judgement of the readersと訳し「読者の公正なる判断を待つ」と加筆し、大げさに言えばこの本全体を破滅から救っている。「清明公正」などという形容詞を被告側にくっつけず、公正なる判断を第三者に委ねる、としなければ、法定の被告人という擬似設定そのものが最初から意味をなさなくなるからだ。また「被告席に立たされた日本」とあるが、自らが好んで自分勝手に被告席に立つことを選び取ったのではないか?それを「被告席に立たされた?」と言う被害受身を使用するとなると、根性のペテンさえ臭ってくる。この場合も訳者は、standing in the dock of a courthouse、即ち「(自ら)立って」と改訳し、竹本氏の思考不全・支離滅裂をカバーし救済している。この本、及びこの本のコンセプトを、これで上出来大満足と真性保守のほとんど100%に近い方々が思っておられるのは、このような翻訳者の配慮に期待してのことなのか、また日本語に関しては日本語を読む日本人のほとんどの目を節穴と思っていらっしゃるのか、あるいは事実そうなのか?単独の個人の声に耳が傾けられるとは思えないが、日本会議及びチャンネル桜を思うと、残念で、思わず力が入り諄くなってしまった。
(注:昨日アマゾンのReviewを見て、予想以上のDamageで暗澹たる気分になった。読みたくない人は無理に読まない方がいいかもしれない、明日も元気よく早起きするためには)
4.「真実の」日中友好
前の3回残念残念お先真っ暗な内容だったが、最後に希望も書き提案までしているペイジを出せて良かった。Hideaki Kase氏のThe Newsweek記事、読むことも出来るしまたVideoで見て聞くこともできる。これも素晴らしい。水島さんも嬉しそうだし、見る方も楽しい。(実際の掲載誌を持参できる、そして実際の記事内容をネットに掲載しておられる)加瀬氏のようなゲストをたくさん迎えることができれば、起死回生が出来るかもしれない。
5.ちいさいおうち(4):皇紀2600年
ひとつ忘れていた。上の記事の最初の追記以下に、正論2月号に水島さんが取り出された和泉式部の和歌について、結構プリプリの記事を書いている。昨日映画「南京の真実」を見ていたら、水島さんが正論2月号で書かれているように、映画の冒頭に、この和歌が出てきた。2月号はお正月に読者が手にする号である。この和歌を長々と解説されたのは、即新年を迎えるに当たっての水島流、映画「南京の真実」の解説なのだ。「南京大虐殺」の否定と、なんの関係もない和歌だなと思っていたのだが、水島さんが映画で表現したかったのは、実は「山の端の月」なのだということがわかった。このことは正論2月号映画「南京の真実」制作日誌を読まれると誰にでもよくわかるだろう。第一部とは言え「南京大虐殺の否定」とはあまりに関係のない「七人の死刑囚」という内容だった。第二部、第三部がどのような内容になるのかわからないが、ひょっとしたら水島さんの最も言いたかったことは、すでにこの第一部で言い尽くされているのかもしれない。映画「南京の真実」記者会見でいろんな方の想いをたっぷりと聞いたけれど、叶えられませんでしたね。
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どこが(究極の駄文)なのか?(2)正論2006/Jan

あまり元気が出ないので、今日は呟くことにする。
その方は学徒出陣による出征の朝、ハラハラしている家族が待つ食卓に、前の廊下から六方を踏みながらすがすがしく入ってこられたそうだ。なんてカッコイイ方だろう。後年歌舞伎脚本の一般募集が行われたとき、応募して一位当選、作品は故尾上松緑、尾上菊五郎主役で歌舞伎座で上演された。なんて才能のある方なのだろう。体格もよくハンサムで、私はその方のご兄弟4人の生写真をその方の姉上にいただいて持っている。直接面識はない。その方が日本語教育に関して文章を書かれるようになって、「正論」にも登場されるようになって、保守の方だと認識するようになった。「あなたが読むのなら弟に著作を送らせましょうか?」その方の姉上がそう言ってくださったことがある。
私は日本会議とは無関係なのだが、あの本には、そういう繋がりもあり、期待通りの成果を上げて欲しいと強く思っていた。(チャンネル桜の映画に対する期待と同じである)アメリカのメディアは出版に反応して悪いにせよ良いにせよ取り上げてくれたのだろうか?「その方」は実はその出版に深く関わっておられる。出版する以上はその目的を果たして欲しい。

勇間氏にコメントを頂いて、すぐに図書館に「正論」を探しに行った。なかった。何が勇間氏をそこまでメロメロに感動させたのか?昨日今日と探してみた。
参照:ぼやきっくり:これが一番詳しい。
もちろんネットの紹介記事と実際の書物の内容とはかなりかけ離れているとしても、これを見る限り「氏が、パリを舞台に、フランスにおける反日レッドペーパー最右翼のルモンドの皇室への不敬を厳しく追及し(これは堂々と場を得た反論をさすのであり、単に恣意的訳で怒りを煽ることを指すのではない筈)、ラジオ出演もして日本の名誉を守る発言をされていることを知りました」にはならないように感じます。他人のコメントを拠り所にするつもりはありませんがここに登場するnyao さんのコメントだと、ニュアンスも随分違ってきます。
(追記)それから
ぼやきっくり様は「抗議するにもまず言葉の壁がありますし、そもそも海外の反日新聞が日本の、それも購読者でもない一民間人の言葉に耳を傾けてくれるかどうか?」と書いておられます。そして勇間様は「論理は共通ですので、竹本氏のように論理的説得を試みる価値はあり」と書いておられます。太字の部分はなにかの勘違いだと思いますが、たしかに勇間様の期待に応えて、フランス語堪能と言われている竹本筑波大学名誉教授ご自身で、抗議されたらいかがでしょうか。もし万一論理的に語れる能力がおありなら、お立場的にも最適人者ではないでしょうか。「正論」から原稿料をもらって、日本人の怒りに火をつけて油を注ぐ以上、ルモンドなりアルテなりに、得意のフランス語で抗議をぶつける、そこまでやらないと、単なる在仏の日本人主婦と何も変わりません。肩書きが泣く、というものです
参照:反日勢力を斬る
コメントの中には、訳によっては怒りがわかない人も有り得る、という記述も見えます。
参照:東長崎機関
これは肝心の記事の内容を読み取っていて、執筆者個人に対して特に言及はしていません。
参照:これを見ると、世界の「反日レッドペーパー」研究、という記事は、竹本氏個人の記事ではなく、5人の方がそれぞれの国に関して、反日的な報道を、並行的に紹介している、ように見えます。
実際の「正論」にはひょっとして「私は皇室への不敬を厳しく追及しているまた、ラジオ出演もして日本の名誉を守る発言もしている」という竹本氏ご自身の自己宣伝でもあって、勇間氏はそれをそのまま、鵜呑みにされた、とも考えられますが、そういうことはまずないでしょう。あるいは単に訳が扇情的で、それにうっかり嵌ってしまって、他の人達の記事が目に入らなくなったのかもしれません。実際の本を見ていないので、確信的にはわかりません。近日中に実際の「正論」旧号の記事を入手できることになっています。

(追記:2013年1月29日:以前に松原久子氏の本を読んでいるので、ドイツに関してはかすかに記事の内容は想像できる。あの方こそ、メディアに出て堂々と発言された結果、全く見知らぬ人に(確か?)顔まで殴られた経験がおありだ。とりあえず、諦めるしかない。というより「正論」旧号の記事、すっかり興味をなくした。それに海外の反日記事など、珍しくもない。また日本国内よりはるかにまともではるかに少ない。)

追記:この呟きの最初の方で「メロメロ」という言葉を使っていますが、使用に際して説明責任を感じています。
「国恥に際して間髪をいれずに反撃すれば反日はいつかは変わる。小泉政権は海外の外交官に民族の誇りをもって行動するよう指示し、外交姿勢を180度転換せよ」と結んでおられたその主張と行動、志に強く共鳴しました。
とコメントにあります。小泉首相はこうしろ、ああしろ、というこの程度のことを言うだけなら、当時日本全国の床屋で、毎日毎日さんざん同じような言葉が交わされたでしょうね。内容的には床屋談義のレベルで、ごく普通のことだと思います。「メロメロ」が前提に無ければ、「強く共鳴」は有り得ないのではないかと思って、その言葉を使いました。それとも、竹本氏は、職と名誉をかけて首相官邸に直訴状でも持参されたのでしょうか?

どこが(究極の駄文)なのか?(1)

Tel Quel Japon過去記事のなかで(究極の駄文)と形容した以上は、「どこが(究極の駄文)なのか?」を説明しなければならないと責任を感じていた。ただあまり時間をとりたくないので、後回しになった。今回も出だしの部分に少し触れるだけの時間しかとれない。
再審「南京大虐殺」明成社刊に関連した文章なので日本会議にも関わってくる。しかも筑波大学名誉教授、コレージュ・ド・フランス客員教授、という肩書きの方の文章である。「海外でフランス語で日本の汚名挽回のために活躍されている最も期待できる論客の素晴らしい文章」と2,3年まえにある方から紹介された文章である。心躍らせて読み始めたのだが、すぐに(究極の駄文)だと感じた。
『再審「南京大虐殺」-世界に訴える日本の冤罪』刊行にあたって
アメリカ人への手紙
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「太平洋戦争」で日本が敗北し、列島に貴国アメリカ人兵士が満ちあふれたとき、「キルロイ・ウォズ・ヒヤ」という言葉が彼らの間から聞こえてきた。「王殺し、ここに来たれり」とでもいう意味らしい。あちこちの壁に、彼らは得意げにそう落書きして回った。「独裁者ヒロヒト」と「軍国主義者たち」の手から、哀れな日本国民を解放してやるのだというメシア思想の宣言であったろうか。

〇あちこちの壁に、彼らは得意げにそう落書きして回った。
果たしてそんな事実があったのかどうか。聞いたこともないし、写真を見たこともない。
〇「キルロイ・ウォズ・ヒヤ」という言葉が彼らの間から聞こえてきた。
誰か聞いた人でもいるのだろうか?誰もいないとすると、この文章はイントロから、作り話のでっち上げだ。
〇「独裁者ヒロヒト」と「軍国主義者たち」の手から、哀れな日本国民を解放してやるのだというメシア思想の宣言であったろうか。
この推量に根拠でもあるのだろうか?いきなり推量でモノを書くのもどうかと思う。これだけでも手紙の読み手に不快感だけを与える。日本人を読み手と想定しているのなら話は別だが、挑発的で手紙の初歩的マナーに反する。
〇「王殺し、ここに来たれり」とでもいう意味らしい。
そんな意味ではない。「来たれり」は現在完了時制の筈でまだそこにいる、がwas hereは今はもうそこにはいないのニュアンスが出る。従って「とでもいう意味らしい」などとは、仮に「Kilroy was here」を知らなくても語学のプロなら決して思えないはずなのだが。まして無知のまま勝手な意味を捏造し誤使用してはいけない。しかもキルロイは人の名前である。以下の漫画とセットになっている場合も多い。
kilroy_28_173.jpg
参照:キルロイwikipedia 日本語 & Kilroy was here:
◎あちこちの壁への落書きはこの文章を書くための妄想的創作
 実際直接見た、聞いたとは書いてはいないのに「得意げに」と書く小説家の神経をお持ちだ。
◎落書きなので「言葉が聞こえてきた」は見え見えの大嘘だとわかる。よく言えば創作、この部分は小説なのだ。
◎哀れな日本国民を解放してやるのだというメシア思想の宣言であったろうか、は完全に赤っ恥の大スベリ。
この部分に関してこれ以上書く必要はないし、これ以上書かないのがマナーというものだろう。「しまった!」と思う失敗は人生に一度や二度誰にでもある。ただ再審「南京大虐殺」は日本会議という保守の最大集団が満を持して出版した「生命線」的書物である。出版の前または後にも、その優秀な人材の誰ひとり、この序文を読まなかったのだろうか?組織を守るために「物申す」ことは出来なかったのだろうか?

・・・・・追記:2013年1月24日・・・・・
新しい発見?があったのでBruxellesのコメントにオレンジ色で追記を入れました。

Chalmers Johnson

Chalmers Johnson : wikipedia:
A Tribute to Chalmers Johnson:
Chalmers Johnson on American Hedgemony:
DECLINE of EMPIRES: The Signs of Decay :
Chalmers Johnson vs. the Empire:
Chalmers Johnson on Media Matters with Bob McChesney:
チャルマーズ・ジョンソンChalmers Johnsonの死
日本政策研究所: JPRI :
C-Span 2006 november Chalmers Johnson:
Ozaki & Sorge:
・・・・・
(1)研究報告「ゾルゲ事件の残された謎」
(2)歴史の中の尾崎・ゾルゲ事件 :石堂清倫
・・・・・
3年前に亡くなられたJohnson氏を紹介するために、上の方に資料を並べてみた。
Tel Quel Japon過去記事の下から2番目の追記の中で「この記事を読んでいてYoshida Tadashiという方の存在を知った」と書いている。その、この記事、の元組織であるJPRIの会長がChalmers Johnson氏であることを、3日前に偶然気づいた。2日前にもうひとつのTel Quel Japonの過去記事を読んでいた。この中のリンク、「アイノ・クーシネン及びゾルゲ事件詳細」をクリックすると、(1)研究報告「ゾルゲ事件の残された謎」が出てくる。これを読んでいくと「現代史資料を利用したジョンソンの著作」という小見出しに出会う。そのジョンソンこそがChalmers Johnson氏だと気づいた。今まで迂闊だったがJohnson氏は日本及びアジアの専門家で、経歴も専門家として申し分ない人物だとわかった。立場は一貫しているとは言い難く、捉えにくいが、あるところではJapan Handなどと書かれていたりもする。音声及びYou Tubeなどで4時間ほど見聞したが、*ユニークな発想で興味深い*。ここから届く日本論がアメリカ政府の日本観に大きな影響を与えていたのではないかと思う。これまでもJPRIの記事は何度か利用してきた。これからは各々の記事だけでなく、長い月日をかけて全体の特徴・性格・働き、などにも注目し分析したいと思っている。
追記:2013年2月12日(*学者の晩年の研究を数時間で把握できる筈もないが、興味深いと感じた点を少し挙げてみる。1-冷戦時、ソビエトの衛星国家だと言われた東欧諸国のことはある程度認識できる。しかし戦後の日本を、それらと同じような合衆国の衛星国家、だと想像したこともなかった。そういう発想が出来ると日本の真の独立はアメリカ合衆国の解体を待つしかないことがわかる。この発想はハッとさせるものがある。2-米軍基地と言えばまず沖縄を思い浮かべるが、世界視野で基地の数を数えると、驚く程の国々を米軍が防衛しているらしい。基地というのは、最も効率の良い植民地経営だ、というような発想も、非常にユニークである。「思いやり予算」という表現は、いじめられて泣いたあとで「今日はこれくらいで、勘弁してやる」という池乃めだかのギャグにつながる。植民地、あっさり認めると、いろんなことがわかりやすいかもしれない。しかし日米軍事同盟、という認識からはそう簡単には離れられない。すでに妾根性?!3-民主主義と覇権主義は並び立たないのは歴史の証明するところである。自国アメリカに警告を発しているのだが、確かにそうだ。国民が矛盾に気づくのだ。その一点だけからでもアメリカの衰退は予測できる。米中対決は、民主主義でない分、中国の最終勝利か?*)
・・・・・・・・・・
忘れないうちにひとつ追加しておきたい。過去記事に「この記事を読んでいてYoshida Tadashiという方の存在を知った」と書いている。この記事にはたくさんの人名が出てくるのだが、何故歌謡曲の作曲家みたいなこの人の名前に注目したかというと、彼の発したという1行に注目したためである。この人は日本人の立場は取らず、自分を出さず、伝言を伝える役割に徹しているように思えるのだが、この1行だけは(意見)が出ているから余計に注意を喚起するのだろう。
"Had there not been intense challenges from the revisionists, the history and memory of the Nanking Massacre might have remained a domestic issue rather than becoming an international symbol of Japan's wartime aggression."
それにしても、この人が明らかにした日本国内の自虐史観展示物及び、展示用建築物、啓蒙し納得させ、早急に撤去したほうが良い。自虐史観を国外に吹聴するのも、他国の戦略に協力するのも日本人ならば、教育施設のような体裁をとり自分の手足を縛るのも日本人である。あるいは、日本人に化けた化け物なのだろうか?

(追記:2013年2月12日)化け物は言いすぎですね。洗脳がある無いは別にして、彼らも彼らなりの正義感の帰着としての止むにやまれぬ行動なのでしょう。啓蒙という表現は一方的かもしれませんが、冷静に話し合い、納得していただいて、やはり早急に撤去したほうがいいでしょう。
(追記:2013年2月12日)すでにこの記事としてリンクしているこの記事なのであるが、以下のような文章がある。

Admiral Richard C. Macke, commented that "I think that [the rape] was stupid. For the price they paid to rent the car, they could have had a girl."[60] Obviously, this same type of dismissive rhetoric can be found in Japan as well. Komori Yoshihisa, Editor-at-Large at the Washington bureau for the conservative daily Sankei Shimbun , rationalized the comfort women issue when he told Fareed Zakaria in an interview that comfort women during the Pacific War "were making lots of money" and that "some of them were making much more money than the Japanese Prime Minister."[61]

彼らの怒りは、従軍慰安婦という彼らが言う史実にあるのではなく、政府が拘束した従軍慰安婦はいなかったと主張する時に「慰安婦が大金を受け取っている」を論拠とするその態度にあるようだ。女性を金銭で自由にするという発想に怒っているのであり、金銭を受け取った従軍慰安婦がいたいないは本当は彼らの論点ではないのではないか。従って論証で決着をつけるつもりもないはずだ。Beauvoirに登場していただく問題に方向は転換していることを抑えて、論点を二つに分けたほうがいいような気がする。このままの主張を続けると永遠に火に油を注ぎかねない。
(追記:2013年2月12日)sex slavesなどという語はイメージ操作であることは多くの国の人がすでに気付いているのではないだろうか。軍の関与は、むしろ奨励すべきものであることも。急がなければならないのは首に縄をかけてかり集める奴隷刈りのようなイメージ操作を白日の中で否定することである。「この記事」にはこういう文章もある。むしろ米国のほうこそ本心は触れたくない話題なのだ。

During the actual occupation, even with the existence of comfort stations set up for Allied use, crimes against local women were an uncomfortably common occurrence. In Okinawa alone, 76 cases of rape-murder were reported in the first five years of the occupation.[58]

(追記:2013年2月12日)押し付けられた9条というのはもはや嘘くさい。「この記事」にはPowellの2004年のこんな発言が出ている。

When Colin Powell traveled to Japan in 2004 and told a press conference that if the country wanted to be a permanent member of the Security Council, it would first have to abandon Article Nine, China assuredly pricked up its diplomatic ears.[53]



・・・・・追記:2013年2月15日・・・・・
参照:Chalmers Johnson: Is America on the brink of destruction through imperial over-reach?

学徒出陣 昭和18年 文部省映画&アンケート(1)

出陣学徒壮行会 昭和18年10月21日神宮外苑競技場

大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
かへりみはせじ

・・・・・・・

ほとんど100%の真性保守の方たちがことのほか愛され感涙される、歴史的シーン出陣学徒壮行会。
しばらく没にしておいたが再度表に出すことにした。
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ かへりみはせじ
と歌い皇居を仰いで「天皇陛下万歳」。これでは、歌詞通り民草の命の花は大君のために咲いて散ることは出来るかもしれないが、敵兵を殺害したり敵国を荒廃させたり降伏させたりする兵士としての使命感はどこにも見当たらない。作戦も不在ならば、勝利への使命や執着や強力な意思も感じられない。暗殺者を送り出す際、ハシシ効果を期待するに似た演出ではあったのだろうが、この宗教的精神性への過信と、勝利のための科学的分析・現実的頭脳作戦の欠落、それが結局必要以上に無残な敗戦につながった。否、私の主張ではない。

日本は何故負けたか?
参照:昭和20年9月9日天皇陛下のお手紙
追記:2013年1月19日
この天皇陛下のお手紙の引用はよく見かける。ほとんどが右寄りの保守サイトで好んで引用されている。例えばこんなふうに。保守の方はこのお手紙のどの辺に強烈な魅力を感じていらっしゃるのだろうか。この引用を今回初めてご覧になる保守の方に、特にご感想をお聞きしたい。

/////追記:2013年1月15日/////
昭和20年9月9日の天皇陛下のお手紙、に関して、同志の方に頭を低くして質問させていただきます。ご意見を心待ちにしております。お尋ねしたいのは以下の三問です。
1.先生とあまりにちがつたことをいふことになるのでひかえて居つたことをゆるしてくれ。
何と何がどのように違うのでしょうか?推量でも構いません。推量さえできないのです。
2.国民をも殺さなければならなくなつた
殺す、という言葉遣いに違和感をもちます。何故殺されるという発想ではないのでしょうか?もし万一新聞社のミスプリであれば、大問題になる内容だと思うのですが?
3.今度の時はあたかも第一次世界大戦の如く軍人がバツコして大局を考えず進むを知つて退くことを知らなかつたからです。
何故負けたかは、理由を先に2つ挙げられているので、これはなぜ戦争になったのか、という問題ですね。これは東京裁判史観が少し入っていますね。聖戦のニュアンスが全く感じ取れません。保守は東京裁判史観を容認しているのでしょうか?保守の多くの方々は東京裁判史観の打破、を心の底ではそう強くは望まれていない、その原因は東京裁判史観にも評価できる点を認めていらっしゃるから打ち消したくはない、(むしろうまく運んだ)とお考えなのでしょうか?あるいは、単にすべて大御心に従いたいからでしょうか?

参照:The New York Times November 15, 1990
この記事と上記のお手紙と、内容的には符合しますね。どちらにも嘘偽りはないということだと思います。

(...)Hirohito asserts that if he had tried to stop the attack on Pearl Harbor in 1941, "it would have led to a coup d'etat" in which he likely would have been assassinated(...)In the interviews, Emperor Hirohito described his own powers as weak, constrained by the Meiji Constitution that then governed Japan just as his ancestors were constrained by powerful shoguns(...)(リクエストに応じて訳を追記します。ー1941年の真珠湾攻撃をもしやめさせようとでもしていたなら、クーデターが起きていただろう、そうなっていればおそらく朕は暗殺されただろう。インタビューの中で裕仁天皇は自分の権力は弱々しいものであったと述べた。自分の祖先である代々の天皇も武家社会の間幕府の将軍に権力行使を抑制されてきた。それと同じように立憲国日本は当時の明治憲法に抑制を受けており、自分が行使できる権力も弱いものであった。ーBruxelles訳)


plus この音声:チャンネル桜のどうする日本国憲法の大討論では
「帝国憲法は生きている、帝国憲法の復活」
「今の日本国憲法は落書き」
というご意見が大半を占めたましたが、「この音声」や「上の引用の後ろの太字部分」をどのように認識されていらっしゃるのでしょうか。
追記:最近ではこういうのもあります。これも「読みたくない」ですか?見ざる、聞かざる、言わざる、では上滑りのまま真の討論さえ出来ずに100年の時が流れてしまうでしょう。
天皇皇后両陛下御結婚満50年に際して(平成21年)

なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。


本当に実際問題として「どうする東京裁判史観!」「どこをどうする日本国憲法!」「どうする日本の教科書!」否「どうにもできない東京裁判史観」「どうにもできない日本国憲法」「どうにもできない日本の教科書」ということでしょうか?実際問題として。否「このままでいい東京裁判史観」「何もかもこのままでいい日本国憲法」「このままでいい日本の教科書」なのでしょうか?いいえ、あなたのことを言っているのではありません。

/////// 以上は2013年1月17日の記事です ///////
/////// 追記:2013年2月9日///////

昨晩コメントにレスを入れていて、追加質問を三つ思いつきました。時間が足りない場合はどれか一つでもコメントよろしくお願いします。
(4)これも一番上のYou Tubeと同じで、以前出していました。保守の方全員に感動していただけると思って出したのですが、意外に反響が悪かったので引っ込めていたものです。左派右派にかかわらず、この曲が「嫌いだ」とおっしゃる方にその理由を問いたいと思います。
A=この曲はパチンコ屋を連想させるから嫌いだ。B=この曲は軍国主義の時代を思い出させるから嫌いだ。C=理由は不明だがこの曲を聴くとゾッとする。D=純粋に楽曲として嫌いだ。E=その他
軍艦行進曲 指揮・三島由紀夫:
(5)上に出している参照:The New York Times November 15, 1990の引用部分のご発言に関して。これも簡単な理由をつけて(1)(2)[3](4)のどれかでご意見をお願いします。
(6)Tel Quel Japonの過去記事でも触れている「富田メモ」に関して1=そんなご発言は有り得ない、陰謀だ。2=陛下のお気持ちはよくわかるが、公表すべきではなかった。3=陛下のご意思なのだから松岡、白鳥を外すべきだ。4=戦犯と戦死者を区別すべきだ。5=中韓に配慮し、陛下のみならず、公人はすべて参拝すべきではない。6=少なくとも総理大臣は総理大臣として参拝すべきだ。7=天皇陛下が参拝されなければ意味がない。8=私人としては誰が行っても良いが、公人としては、誰であろうと参拝すべきではない。9=国賓級の海外の要人にも参拝していただくのが当然だ。10=それが天皇陛下の御遺志だとしたら、総理大臣の参拝も今後やめたほうが良い。11=分祀すれば問題ないのではないか。12=興味がない。13=その他
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「南京事件」の日に領空侵犯:plus 追記

Baidu IME_2013-2-5_19-31-34
2012年12月13日午前11時前後、中国の航空機が尖閣諸島の上空で領空侵犯をした。これは誰でも知っている。
Baidu IME_2013-2-5_19-29-51

WILL3月号には「尖閣領空侵犯 中国の本当の狙い」という記事があって、それを読むと、大新聞、テレビは報道しなかったらしいが、この日時は「屈辱の南京大虐殺75周年記念行事」とどうやらリンクさせたものだったらしい。南京の恨みを尖閣に向けるぞ、という露骨な意思表示である。そんな記念行事には全く興味がわかなくて想像もつかなかったのだが、いやはや不気味なサイレンが鳴り渡り、醸成された怨念が吹き出している気がした。知らなかったがこんなところでこんなことやってる。
China marks 75th anniversary of Nanjing massacre
きっかり式典でサイレンがなっている時間に、領空侵犯したというわけ。(中国の10時は日本の11時)恐ろしや、75周年記念行事、おそろしや、無知丸出しの洗脳されて祖国を貶める(なにやってんの)国外日本人。勿論国内日本人も。また特に発想視野認識矮小病をどうする?「被告席に立たされた日本の、低音で立ち昇る、しかし清明公正なる陳述である」- 国家防衛認識が歴史の浅い国家中国の膝にも届いていない。

ところでこの文章の筆者遠藤誉という方を少し調べてみた。面白い本を書いていらっしゃる。読者に内容の触りをおみせしたいので、要約・感想などを探してみました。これは面白い。中国長春出身の物理学者なのだそうだ。あれ、すでにご存知?
「チャイナ・ジャッジ」遠藤 誉:
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 & No.5 :
この事件はTVで池上さんが解説されているものがYou Tubeの中にもあった。

・・・・・・
この号のWILLの巻頭論文は西尾幹二先生。読んでいてハッとする1行に出会った。この1行に出会って、このペイジを書く事にした。イントロはイントロとして当然あるが、私は真珠湾から太平洋戦争が始まったと解している。それは慰安婦や南京など、本来歴史でないものを歴史と同じように扱うこと、対応することに疑問を感じているからだ。歴史のような顔をした政治戦略なのだ。私が敢えて太平洋戦争と呼ぶのは、(勿論前後の検証は含むが)開戦の詔勅から終戦の詔勅までの歴史に集中したいという思いがあるからだ。西尾先生のその1行をみて、そういう自分の思いに初めて気づいた。ネットや雑誌の論壇では、むしろ日韓併合も含めて「日本帝国主義国家のアジア侵略・植民地化」というテーマ・時代が中心で大半がその時代あるいは日中韓に引っ張られているように思う。私が大東亜戦争と最近書くのは「大東亜戦争であって、太平洋戦争ではない」と叱りつけている保守の方たちに袋叩きにされないためだ。言論統制は厳しい。何故Bruxellesなどと横文字を使うのか、とか天皇制は使用不可、とか西暦でなく平成にしろとか、命を張ってキーキーいっている人が大勢いらっしゃる。他に書く内容が見つからないのだろう。空気の読めない人間が保守の世界で発言するのは、必要以上にシンドイことである。

(追記:2013年2月7日)以前にも書いたと思うが私は幼稚園に行く前にすでに今と似たような(日本人に絶対の信頼を置く)歴史認識を持っていた。学校で何を教えようと屁の河童。どんな本を読もうと誰と話をしようと軸がズレたことはない。16歳くらいから理論武装をはじめ、20歳前には国際政治や歴史認識を勉強するために先輩や教授たちに囲まれご指導を受けた。「諸君」はまだ発刊されておらず、実際に発刊された際には、状況的に考えて俄かに信じ難く「奇跡」とさへ思われた。それまでは「自由」や「世界」を時々読んでいたような気がする。「正論」の創刊は「諸君」より更に4年後だった。その時代議論ばかりが花ざかりで私も勿論応戦したが「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」などそもそも議論の対象にもあがらなかった。ただ漠然と平和憲法と東京裁判をネタにした日帝侵略国家断罪及び過去の精算としての謝罪・賠償を言い募る輩は大勢いたが、中国も朝鮮もまだまだ惨めな国で、はるかに後年になって歴史を捏造して上から目線で日本人のprideをまず切り刻み、金品や日本領土まで「返せ!」などと、襲いかからんばかりの国になるとは、夢にも思わなかった。私だけではないだろう。「謝って欲しいというなら、謝ってやればいいじゃないか。謝る方が謝ってもらう方より圧倒的に優位なのだし、その確認をしていると思えばいいじゃないか」とおっしゃる方もいた。長い間、捏造した歴史の政治利用という彼らの戦略など想像も認識も、なにより区別もできなかったのである。
今だに、あれから40数年を経た今でさへ(あるいは今ゆえにか)、歴史の真摯な検証と、彼らの捏造した歴史による政治的戦略への反撃らしきものとを(実際に反撃ならばまだ良いのだが)完全に混同されている方が多い。しかも彼らの襲撃体勢を日本国に対する単なる侮辱と感情のみで受け止め「何を言うか、無礼者め」「侮辱は許さんぞ」「お前たちに日本の心がわかるか!」などと内輪で興奮し、宴会状態となり大いに和を楽しんで幕となる。たしかに捏造に対し真摯な歴史の検証をいくら繰り返してもさほど有効ではないが、感情に溺れていては論理から遠ざかる一方だ。南京の捏造を告発するのに、自ら喜んで日本国を被告席に座らせ、アメリカ人を陪審員にして、判決を仰ぐ、などという発想しかできない者を、大勢で保守論壇の英雄と崇め奉る状況、これはもう冗談を通り越して、保守の思考停止、読書眼の衰退、認知症の始まりの如き大危機感を覚える。
・・・・・・・
(追記:2013年2月7日)「正論・平成18年1月号」の「反日レッドペーパー」研究に掲載された5人分の記事全体を先週入手した。3月号の「WILL」にも池田信夫氏の「性奴隷記事 NYタイムズへの公開質問状」という記事が出ている。7年経っても状況は変わっていない。外務省か政府高官レヴェルで強く抗議する必要がある。昔日本で「トルコ」と言っていた事項、トルコ政府に抗議されてすんなり「ソープ」に日本語表記を変えたことがあった。そんなにすんなり行くものではないが、手順としてそれは事始め。TVの討論番組に相手の記者を引っ張り出して、まずどの程度の歴史認識があるかじっくり聞いてみるのも良い。チャンネル桜は空振りの映画などつくらず、討論番組にお越しいただいて、いつもの優秀なメンバーで、こんこんと相手記者を啓蒙するのは、どうだろう、勿論実証的に、完璧に説得を試みるのである。帰国後は真実の記事を書きます、と覚醒してこころを入れ替えれば、お土産のひとつも包んでもいいだろう。帰国前に「正論」に「真実に目覚めた私」などという啓蒙記事を書いていただくのも良い。但し前のフランスの番組のように、公平な報道なのに、勝手にヒステリーを起こして大騒ぎするようではいけない。番組自体に抗議する場合は、制作会社にもチェックを入れる必要がある。その制作会社に政界から誰が天下っているかも、もちろんチェックの必要がある。スポンサーもだ。相手が左系の新聞なら桜側も議論で論破できる非常に優秀な人材を集めなければならない。「所詮フランス人に日本などわかるもんか」などと口走る最低次元の人材はひとりとして紛れ込ませてはいけない。いずれにせよ今はもう、一般の個人が手紙を書いて抗議するなどという次元では太刀打ちできないのは明らかだ。それこそ桜や日本会議の組織力、行動力PLUS作戦力に期待するしかない。日本のTVや「正論」などという名前をだしたが、実は日本人、日本国への啓蒙が緊急に必要だと考えている。昨夜半分眠りながらこの記事を読んでいて、Yoshida Tadashiという方の存在を知った。2006年にOxford University Pressから南京に関する本を出版されている。またこちらの本は遊就館をはじめとして戦争関係の資料展示や、ハコモノに関する紹介本である。日本人自身が何をどう考えどう発言し、どんなハコモノを建設し何をどういう目的で展示しているのか、日本国内の調査と必要ならばその対策、そして実行、それを先行させなければ、外国人記者の啓蒙など、まずは出来ないような気がしてきた。

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上の方に書いたように西尾先生の1行は私に何かを気づかせた。ほかの方たちにもまた別の何かを気づかせるだろう。たとえばAnti-Yamatoismなどという特定の悪意を持った不特定の国際集団を仮想してもその心は読めない。集団も組織も見えない。存在しないからだ。カモはたかりやすい、すぐ謝るものはイジメやすい、右往左往するものは、イジリやすい、それだけだ。残念ながら、国際社会からよってたかって敵意をもたれるほどの、驚異的脅威を有している国家ではない。捏造歴史を政治利用したら、謝らせて恥をかかせるだけでなく、金銭を積み上げ領土まで差し出すだろうと、舐められているのだろう。舐められているほうより、舐めている方に加担すれば、分け前が転がり込む、だから舐めている国の側の主張する声には次々と和する人が現れて、その声は一層大きくなる。舐められている方は萎縮して国際的孤立?に怯える。そんなところだ。
さて、西尾先生の巻頭論文の1行を以下に記しておくことにします。それぞれに何か気づくことがあればいいなと願っています。

国際社会では、歴史問題は政治的に便利
か否かの相対的意味しか持っていません。


チャンネル桜H25/2/4水間政憲氏 大ホームラン

          「日韓併合」時代の真実
  チャンネル桜H25/2/4水間政憲氏 大ホームラン

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映画:アメリカ陸軍第442歩兵連隊

TVを見ようか本を読もうかとお考えなら、この映画をみてください。
感動で涙があふれるでしょう。

すぐに昨年末に亡くなったDaniel Inouye氏を思い出しました。Daniel Inouye氏のことはTel Quel Japonの過去記事の最後の追記:2012年12月18日で少しだけ書いています。

Baidu IME_2013-2-1_20-18-20
Daniel Inouye氏は大統領にもしものことがあれば、まずは副大統領が代行する、その次が下院議長、その次がDaniel Inoueye氏という非常に高いpositionにあった日系人です。Obamaが、自分も政治の世界で最高の地位を目指せるかもしれないというインスピレイションを得ることができたのは、Daniel Inouyeの存在のおかげだったと語っています。この葬儀を見ればそのあたりのことは充分実感できるでしょう。

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JFKと談笑するDaniel Inouye氏。第二次世界大戦でご覧のように右腕を失っている。一番勲章を多く授与された部隊としてアメリカ陸軍第442歩兵連隊(日系人部隊)はアメリカ人の記憶から永遠に消えないでしょう。100の言葉より日本兵が苦難の中で発揮する勇気と人間としての気高さをアメリカ史に刻んだアメリカ陸軍第442歩兵連隊、この映画はあなたに日本人であることの感動を与えてくれるでしょう。

Baidu IME_2013-2-1_20-47-4
イタリアで戦いフランスを解放し、勇敢なドイツ兵との激戦に勝利した、第二次世界大戦における日系人部隊の戦友たちもこのように葬儀に駆けつけてきました。彼らはアメリカ人です。日本人の優れた資質をぎっしり体内に詰め込んでいる非常に優秀なそしてその優秀性をたゆまぬ努力によって認知せしめることに成功した、私たちと血の繋がる日系アメリカ人です。

ユダヤ人強制収容所を解放した日系人部隊が存在した
  関連・参照:ダッハウ収容所のガス室について
イノウエ米上院議員に桐花大綬章授与
Le fidele allie d'Israel,Inouye,meurt a 88 ans

Pendant sa convalescence des blessures subies pendant la guerre dans un hôpital militaire en Europe, Inouye a développé son soutien pour le peuple juif, après avoir appris les horreurs infligées sur eux dans les camps de la mort nazis.



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