TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

保守とはなにか (3) 未完

German victory parade in Paris (Jun 1940)
フランス敗れたり 12時間の再現放送:
Berlin Paris Vichy 1940 フランスの敗北:
・・・The Japanese Surrender Proceedings ・・・

Liberation of Paris 1944
LIBERATION OF PARIS 1944 :You Tube

Jacques Helian : Fleur de Paris:
Fleur de Paris , 1944 歌: You Tube
Fleur de Paris" 1944 解説:


ここから、何がどうしたら「保守とはなにか?」に繋がるかは、お楽しみに。

(続)保守とはなにか? 保守本流の正体

「正論」6月号の中西輝政氏の文章を引用させていただく。

日本を空想的平和主義に縛り付けている何よりの元凶である東京裁判史観とそれに沿った従来の「昭和史」は、根底から再検証すべきであると悟ったのである...
左翼、たとえば社会党党首だった土井たか子のような声高な護憲論は正面からは唱えず、しかし内面的には強固な護憲の信念と使命感を確固として持つ保守政治家が、実は左の護憲派を内側から支え、護憲勢力全体の中核にいるという大きな構図に気づいた...


悟った、気付いたと書かれている。そこから新しいどういう主張に繋がっていくか。

彼ら曰く「健全なナショナリズムはいいが、偏狭なナショナリズムは問題だ」「強制はいけない (注1)」・・・。北岡氏のような戦後的現実主義者、いわゆる「保守本流派」も、何かにつけて「偏狭なナショナリズム」「復古調」といった言葉を否定的なレッテルとしてしばしば用いる...
実は自民党の「保守本流」の政治家たちと共に、戦後の日本で憲法改正を阻んできたのは、彼ら「霞が関官僚」なのである。左翼や知識人といった一般的に言われる護憲勢力とはレベルの違う大きな改憲阻止勢力がここに控えていたのである...
彼らに支配的な憲法観は、実質的な「日本国憲法改正不能論」である”八月十五日革命”説を唱えた宮沢俊義・東大法学部教授に遡る学閥・学会支配構造に起因していることも指摘しておきたい...
そこで、アメリカが重視したのは残る「中間派」勢力、いわゆる進歩的な親英米派、リベラル派であった。吉田茂や幣原喜重郎らである...
このGHQの占領永続化政策の影響を受けた中間派こそ、かつて「保守本流」と呼ばれた自民党リベラル派のルーツだったのである...


これは「日本に保守は存在しない」というTel Quel Japonの過去記事にもろに繋がっていく。「保守とは何か」の正体を西尾氏も中西氏も徹底的に見直さなければ、おかしなことになっていると、同時に声を上げられたことを意味する。
過去記事に私はこう書いている。

いつの間にか「保守」は単なる安全地帯確保のための言葉になっていたのだろう。そして連帯感獲得の実態のないキーワードになっていた。左翼ではない、体制派である、という連帯感だ。


気になるのは、「保守だから正しい」とまるで正義を獲得したかのように、議論を抑え込む排他的特徴を持つことだ。つまり保守と言う言葉は「錦の御旗」と化していて、「じゃないですか」同様、真剣な検証の端折りに利用されているのが現状である。

自民党リベラル派や「戦後的現実主義者」の抵抗を乗り越えて、憲法改正を実現し真の独立国家となる道を歩まなければならない、中西氏の結論部はこのようになっている。文章の結論としてこう書く以外にないのはわかるが、この抵抗をどう乗り越えていくか、の方法論の考察が必要であり、さらにその前に[自民党リベラル派や「戦後的現実主義者」の抵抗]は何故に存在するのか、何故に誕生したのか、何故に頑強なのか、徹底的にゼロから解明する必要がある。「長い間日本の憲法改正を阻んできた真の勢力の尾っぽ」を掴むだけでなく、解剖解体しなければ、抵抗を乗り越えることは不可能だからだ。しかも現状では、その抵抗には「日本国憲法改正不能」の仕組みが組み込まれているように私には思える。(つづく)

・・・・・・・・・・
注1)「彼ら」の側にも自分たちが正しい保守だという認識があるのだろう。「強制はいけない」という表現、意外な保守がよく発言するのを聞く。つまりは、錦の御旗、我にありの心境ゆえにか。この発言、以下の出来事の影響もあるのだろうか。
参照:News鳥越過去の出来事

即ち、御発言を大々的に報道することで、保守系が多い国旗・国歌推進論者に「天皇陛下ですら国旗・国歌の強制を批判しておられる」と示し、推進論者の切り崩しを狙ったのではないか。


・・・・・以上は2012年5月7日・・・・・
・・・・・以下は2012年5月8日・・・・・
中西氏の「憲法改正の敵」に関して、親英米派、リベラル派ではなく吉田茂や幣原喜重郎等、名前が具体的に出てきたので、Tel Quel Japonの過去記事を思い出した。それぞれリンクを一つに絞った。
Tel Quel Japon過去記事このリンクは非常に面白い

幣原は「この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えたわけである。……その考えは僕だけではなかったが、国体に触れることだから、仮りにも日本側からこんなことを口にすることは出来なかった。憲法は押しつけられたという形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら実際に出来ることではなかった。そこで僕はマッカーサーに進言し、命令として出して貰うよう決心した」と述べ、憲法の内容が自らの考えであったとしている。
憲法9 条の起源については諸説ある。しかし幣原の発言からも分かる通り、たとえある程度アメリカ側からの圧力の下に行われたものであるとしても、平和憲法の成立に一定以上日本側からのコンセントがあったことは間違いない。


Tel Quel Japon過去記事このリンクも非常に面白い。
こちらは引用と言うより全文の熟読をお勧めしたい。このリンクについては新たなペイジを設けてさらなる検証・追記を重ねていく必要があるかもしれない。知られざる降伏交渉の必要を最初に着想するのは1945年1月ではなく、実は1944年1月である。ドイツの降伏云々が前提条件ではあるが、すでにロシアを仲介として構想している。最近再度入手した木戸幸一日記下巻1月6日に記されていた。なぜ今ここにそれを書くかと言えば、連載している早期休戦交渉一味は、即ち平和主義者であり、GHQに積極的にコラボするものであり、東京裁判肯定派であり、原爆容認派であり、当然平和憲法護憲派である。つまりそれぞれの和集合がほぼ重なるのである。全部が全部すっきりと同じ方向と言うわけではないが、力を合わせて舟を漕ぐ者たちの顔は、どの場所に於いてもどの時間に於いても、さほど変わることはなく、川の流れのベクトル同様ほぼ一定である。手漕ぎボートを漕ぐ速度でゆっくりとそれを実証していくつもりでいる。中西氏にとっては、直近の引用だけでも厄介な壁に見えるだろう。何故なら引用部分には保守本流ではなく「日本側からのコンセント」と書かれている、似ているようで似ていない。

・・・・・追記:2012年5月9日・・・・・
1)視力負担を考えて一度は手放した木戸日記を再度検証したのはTel Quel Japon(テル・ケル・ジャポン)の過去記事に寄せられたコメントを見てからだ。

「笹川君!こんな嘘吐き野郎はいないよ。我々軍人が悪く言われる事は、別に腹は立たんが、『戦時中、国民の戦意を破砕する事に努力してきました』とは、なんという事をいう奴だ。この大馬鹿野郎が」
と吐き捨て、・・・、木戸幸一もこの時ばかりは、顔を真っ赤にして俯きながら手持ちの新聞紙で顔を覆い隠したという。


さんざん言われている木戸の戦争責任説及び自己保身説であるが、内大臣ともあろうものがこれほどあからさまな譫言をこの法廷で言うには、単なる「嘘吐き野郎」とみるよりはそれなりの大きな背景と口車あわせの筋書きに沿っている、と見た方が妥当だろう。顔を赤らめるということは、白々しいとんでもない捏造であることを、百も承知の上で、おそらく職務として自分を卑しめての立場上の発言である。全存在を賭けた職務の全うという大義に支えられていなければ、これほど全国民を侮辱するような発言は不可能だ。「新聞で顔を隠す」のではなく、恥を知る日本人ならば即切腹の場面である。ただ本人の立場を考えると「なりふり構わぬ行き過ぎた自己犠牲程度の失言」と認識したのだろう。この私見とは直接の関係はないが、木戸に関して面白い論文を見つけたので、参照としてリンクを貼ることにした。
参照:木戸幸一の認知構造の把握
(つづく)
・・・・・以上2012年5月9日・・・・・
・・・・日付変更2012年5月31日・・・・

日本に保守は存在しない

西尾幹二のインターネット日録,2012/3/27 火曜日「日本に保守は存在しない」を読んで、その内容に唸ってしまった。その昔保守には悪いイメージがあって「自分は保守です」という人などいなかった。今では「自分たちを真正保守と思い込んで、そのように名づけて振る舞っている一群の人々がいる」そう言えばいつ頃から何のために「真正保守」という言葉が登場したのだろう。「保守」の輪郭が希薄になりすぎて、何が保守か、そもそも理解不能になったあたりからだろう。そして「保守などという積極概念は、もともとわが国にはなかった」ことに確かに思い至る。昔は「保守」と言われるくらいなら「右翼」と言われ着ているものを引き裂かれる(そういうヒステリックな時代があった)方がまだよかった、記憶はある。いつの間にか「保守」は単なる安全地帯確保のための言葉になっていたのだろう。そして連帯感獲得の実態のないキーワードになっていた。左翼ではない、体制派である、という連帯感だ。体制派とは親米反共で、つまりはありがたいアメリカ様に原爆の抗議はしません、東京裁判もこちらの望みどおりの結果にしてくださり有難うございました、一等国になろうなどとは2度と考えずに国民一同身を犠牲にしても世界に貢献する国家になるようアメリカさまに国家再建をしていただいたことを感謝し、またお金をつぎ込んでご指導までいただいた日本政府を、貴ご意思に従い復興させ守り育て、少しでも恩返しのできる国にいたします、というのは西尾先生のおっしゃる政治的「疑似保守」だろう。いつの間にか「保守」は歴史認識に横滑りして、左翼に対抗するための連帯感醸成語になった。連帯感醸成語であるがゆえに、考え方に於いて非常に排他的でもある。考え方や読む本、称賛すべき論壇人、全部共通でなければ、その保守から排除される。実体のない語なのに、排除作用だけはある。最近いろんな問題で共通項が揺らいできた、そこでさらに少数の連帯感をまた排他性を強めるために「真性保守」という語が登場したのだろう。実態はバラバラである。言葉自体に輪郭がないのだからバラバラで当然である。
西尾先生は「格差社会はますます激しくなり、反体制政治運動が愛国の名においてはじまるだろう。」と書かれている。鋭い指摘だと思う。保守が何の定義もなく緩慢に使われているのは、すでにその傾向があるからだろう。またこうも書かれている。「遅れた国や地域から先進国が安い資源を買い上げて、付加価値をつけて高く売るということで成り立ってきた五百年来の資本主義の支配構造が、いまや危機に瀕しているのである。」右か左か、保守か革新か、立場的判断が混沌としてきたように見えるのは、ひとえに資本主義の行き詰まりが見えてきたからなおさらなのである。今の世界的金融危機がすなわち資本主義の末路を予感させる。それは自然の流れの結果なのか、最近俄然真実味を帯びてきた金融支配者の超国家的陰謀なのかはわからない。(つづく)

・・・・・以上は2012年4月3日・・・・・
・・・・日付変更2012年5月31日・・・・

志が連続する時

珍しく今日のニュース
Chinese official cancels visit to Japan
Hu Depingの日本訪問がキャンセルされたという話。
理由は第4回世界ウイグル会議を東京で開くとはけしからんということ。ニュースでは石原慎太郎氏の尖閣購入計画も、理由の背景にある、と言っているが、これは世論操作を目的としたNHK中国政府放送局の意見挿入。気を付けよう。
まず第4回世界ウイグル会議の動画をさがしたら、拡散希望ものの素晴らしい映像が見つかった。「日本の志が連続する」映像である。一人でも多くの方々にクリックをお勧めしたい。
Rebiya Kadeer - 東京、日本のウイグルアセンブリ (パート1)
Rebiya Kadeer - 東京、日本のウイグルアセンブリ (パート2)
はっと気づくことがたくさんある筈。このfilm、全国の小中学校を巡回させたらどうだろう。(小中学校では無理ですね。カルチャーセンターか町内の市民講座でしょうか。)

参照:Protests of Wukan
参照:Hu Deping on Wukan and Land Rights
参照:Hu Deping

参照:The reason given for the cancellation of Hu's visit was that the Chinese government had not yet issued permission. (maybe against Hu's will)

日本 桜の季節に

今までの内容と繰り返す部分もありますが...
極東国際軍事法廷 各国要人言論集 :
私たちの先人は大東亜戦争をたたかったのです

・・・・・以上:2012年4月6日・・・・・
・・・・・以下:追記:2012年5月22日・・・・

「日本 新緑の季節に」 闘う日本軍
Conquest of Malaya and Singapore
このfilmに以下のようなコメントがあるのを見た。
Most of the Malay Natives wholeheartedly welcomed the liberating Imperial Japanese troops. SE Asian countries had been stolen by the American / European? colonial masters long ago. Imperial Japanese soldiers fought bravely to take these lands back & return them to the SE Asians.
「闘う日本兵」の信念に一致する見解である。
もし日本人がこれを「あとだし」と否定するなら、その人に問う。「戦う日本兵」をダマクラカシタのは彼らが信じた神国日本なのか、GHQが仮想捏造した「軍閥」なのか?あるいは、命を懸けた戦闘のすべてが、その場の空気に呑まれた「戦う日本人」の狂気、だったとでもいうのか?

・・・・・追記:2012年5月23日・・・・・
必ず見て、決して忘れないでほしい。
アジアが愛した日本 アジアを愛した日本 歴史の真実 :
大日本帝国が世界で初めて提案した『人種差別撤廃案』:
(参照:Woodrow Wilsonに関してTel Quel Japon過去記事
ミャンマーで大東亜戦争はどのように教えられているのか
日本に対する世界の評価:賞讃:アジア諸国は親日だった

The Conferences Warld War two

前回自分が読了もしていない半澤純太氏の論文をずらりとリンクしたペイジを書いた。理由は半澤純太氏が連合国側の動きを捉えるために数々の会議に、珍しく言及されていたからだ。少なくともその関連でHitした。一般的に日本人はこの視点を見逃している。終戦交渉を見てみると一番おかしいと思って当然なのは「最初から最後までロシアを仲介としての交渉にもっとも心を砕いている」事実だ。連合国側がどのような時期にどのようなメンバーでどのような構想を練っていたのか、まさか何も知らなかったわけではあるまい。一番おかしい、を通り越している。結果から見れば、こんな馬鹿丸出しの国はない。なのに戦後も、この謎に誰も真摯に挑戦しようとはしていない。それどころか、the conferences during the world war twoに関して深い検討を加えている学者も論文もめったに見ない。高校の世界史の教科書の記述の次元で放置されたままである。そこで簡単ではあるが「思考の餌」を置くことにした。

Washington Conference 22 December 1941 to 14 January 1942
(Marshall plan for winning)
Casablanca Conference 14 to 24 January 1943
Washington Convoy Conference 1 to 12 March 1943
Bermuda Conference 19 to 29 April 1943
Second Washington Conference 11 to 25 May 1943
First Quebec Conference 17 to 24 August 1943
First Moscow Conference 18 October to 3 November 1943 (some sources give the end date as 30 October or 1 November):
Cairo Conference 23 to 26 November, and 3 to 7 December 1943:
Teheran Conference 28 November to 1 December 1943:
Second Quebec Conference 12-16 September 1944:
Second Moscow Conference 9 to 19 October 1944:
Yalta Conference 4 to 11 February 1945:
Potsdam Conference 17 July to 2 August 1945:
(General Marshal's opinions regarding the Atomic Bomb)
↑読む & ↓見る
The Allies Plan for War, 1941–1942:
The Casablanca Conference:
The Quebec Conference, 1943 (part 1)
The Quebec Conference, 1943 (part 2)
The Quebec Conference, 1943 (part 3)
The Cairo Conference
The Teheran Conference
The Big Three Decide Poland’s Fate
Stalin’s Distrust of the West

判澤純太 新潟工科大学教授 

探すだけで精一杯でまだ要約しか読んでいない。興味深いのでリンクすることにした。書きかけの記事が多い中、そして順番を待っている本が多い中、読み込むための時間を見出すことが出来ない。幸い他のリンクと違い日本語で書かれている。無責任な話ではあるが、一足先に読んで、感想などをコメント欄にいただけると嬉しい。●が特にお勧め。
半澤純太とおっしゃる方の存在は不勉強ながら今日初めて知った。御専門は、 国際関係論・東アジア(日本)政治外交史 、研究テーマは アジア近代化の政治過程、アジア現代国際関係、担当授業科目は 国際関係論・中国語となっている。
「ローマ法王祝電」と米領フィリピンの独立承認
「大東亜会議」外交と東南アジア=欧米植民地の初期独立
原爆投下とローマ法王ピウス12世
日・米清算圏抗争と「ハル・ノ ト」:
中国の戦後対東南アジア構想の諸段階(上):
中国の戦後対東南アジア構想の諸段階(下):
・・・・・・・・・・

GEORGE C. MARSHALL

本来はもっと後になる予定だったが、前からMarshallをやらなければと思っていた。
赤狩りで有名なマッカーシーが、人気の頂点から一気に不人気のどん底に突き落され若死にするのも、このマーシャルにチャレンジしたのが原因だった。大物過ぎたのだ。
CAREER OF GENERAL GEORGE C. MARSHALL
4番目をクリック Video
George Marshallの顔を見ているとLester Pearsonを思い出す。似ているからだ。Herbert Normanはコミンテルンのまわしものだったと疑われ自殺したが、彼を支え続けた同胞Lester PearsonはGeroge Marshallと同様尻尾を見せることもなくノーベル賞まで受賞している、しかもカナダの国父に近い特別な存在でもある。
ついでなので、二人のノーベル賞受賞スピーチを。
Acceptance Speech by George C. Marshall:音声
Nobel Lecture by Lester Bowles Pearson :文章

今朝何気なく西尾幹二氏の焚書図書のYou Tubeを見ていた。テーマが盛りだくさんで幅広くわかったが、中でも一番私の興味を引いたのは、34分50秒から41分20秒の内容だった。そのあたりをどうぞ。
You Tube 西尾幹二&溝口郁夫出演ー34分50秒あたりから
簡単に言うとマーシャルの書いた本の翻訳本が昭和21年8月と21年11月の2冊出ていて、2冊目には、英語の原文にない「南京」が入っているという、東京裁判捏造のための物凄くあからさまな証拠を示されている部分、これは溝口氏ご自身が偶然に発見された証拠だそうだ、いやはや、あきれてものが言えないが、逆に言えばいい証拠を残してくれたと感謝もしたくなる内容であった。
8月の方のタイトルは『勝利の記録 マーシャル元帥報告書』
11月の方のタイトルは『欧亜作戦の戦闘報告』。(勤労社刊)
原文にない「南京」を書き込んだ翻訳者は堅山利忠なる人物。「南京」を入れるために、先に出た訳本を回収しているらしい。これは溝口郁夫氏の大発見だと思う。問題の英文の部分に関してはVideoを7分弱ご覧になれば、意味がよくわかると思う。マーシャルは原爆は日本軍の過去の行いに対する相応の仕返しである、と言いたいのだ。先ほどパガーミニの本を読んだら、同じようなことが書いてある部分があった。
探してみると「誇りある日本こそ冷徹な史観を」というタイトルで懸賞論文に入選した若狭和朋氏の文章にもこの辺のことが書いてあった。
WGIPで自虐史観の種を必死に撒いたのは、堅山利忠のような多くの日本人の手のなせる業。着眼と計画はアメリカさん、そして実行のほとんどは日本人。南京や慰安婦を考えてもそれは明らかだ。憲法も一方的に押し付けられたわけではないし、東京裁判も言われているほど一方的ではない。被占領国の人間が生きるためには節操もなにもないと言ってしまえばそれまでだが、積極的に協力した日本人は想像を絶するほど多いに違いない。軍国主義的侵略国家大日本帝国を葬り、あたらしく生まれ変わった、清く正しく美しい民主主義国家日本の誕生のために、彼らは胸を張って協力した、と思っている。そこが一番の問題なのだ。節操も何もないがむしゃらにただ生きるためにそうしたのならば、そこを人差し指で穿ればいい。しかし颯爽とオートバイに乗って胸を張った正義の味方月光仮面のような人たちにお縄をかけることは不可能に近い。それに東京裁判の共謀者には今なを「天皇陛下の免罪のために」という水戸黄門の印籠10個分くらいの強力な魔術がある。日本人としてのご奉公のつもりで善をなすつもりでGHQに寄り添うのだろうが、免罪を言うにはその前提としての「罪」を意識の底で認めているものである、と言うことに全く気付いていない。その上完全な催眠術のまま日本国および日本人に冤罪を押し付けている自己の悪行には都合よく認知症を発病している。始末が悪い。

marshall_mao.jpg
今回のタイトル、何故マーシャルなのかを説明すると、この本はマーシャル元帥著 アメリカ合衆国陸軍参謀本部編となっていて、そもそもの原因はマーシャルにあるからだ。それで思い出したからだ。ソ連のスパイのカナダの大物はLester Pearson,そして合衆国の最大の大物はGeorge Marshallであると、随分前からそう考えていたことを、思い出したからだ。予定より早めて書いて、勇み足になるかもしれないが、とりあえず記述することにした。
何故ずっと後に書こうと思っていたかと言うと、LesterもGeorgeも、きわめて人のよさそうなお顔をされている(ゾルゲのようないかにも、という顔ではない)まずそのへんをclearしなければならないとは、今も思っている。何故彼らは腹話術人形のように思考を完全にコントロールされたのか、あるいは彼らの側にも普遍的正義が歴史の記述のごとく存在するのか、これからが大勝負である。

・・・・・追記:2012年5月18日・・・・・
atlantic_conference.jpg
参照:連合国の第二次世界大戦中の重要会談: Wikipedia
The Conferences Warld War two & George Marshall:
George Marshallが出席した戦後構想のための重要会談
Marshallがどれだけ多くの会談に顔を出していたか、戦後構想構築にどれだけ重要な役割を果たしたかがわかるだろう。
(Mashall Planに関してはTel Quel Japon過去記事を参照してください)
(つづく)

Das Dritte Reich-5 未完

WewelsburgAerial.jpg
Wewelburg Castle : Himmler :
The Green Dragon , secret society:
Himmler, the Ahnenerbe and the Wewelsburg :
Heinrich Himmler Documentary: You Tube
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 & No.5 & No.6 :
Crypt6782.jpg


///////追記:2012年5月3日///////
Dietrich Eckart
No.1 & No.2 & Wikipedia :
Dietrich Eckart: Spiritual Father of the Third Reich
Sturm, Sturm, Sturm Deutschland erwache!
You Tube 歌 :歌詞 Dietrich Eckart作
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興味ある映画を見つけた。ドイツ占領下のフランスで制作された
アンチ・フリーメースン、または、反ユダヤ(ヒトラー思想)
喧伝映画と思われる。まだ見ていない。占領地フランス人にナチス思想を理解させる目的か、と思われる。だとしたら、ナチスを理解する上においても大変興味深い。タイトルは後でつけたのかもしれない。
"Occult Forces" (1943) ~ 解説ペイジ
National Socialist Anti-Freemasonry Film (英語字幕)
珍しいFreemasonの儀式や内部の様子が描かれているらしい。
ナチスがフランス人に見せようとしたこの映画、存在すら知らなかった。監督他この映画に関係した中心人物たちはドイツ敗北後。処刑された。

////////2012年5月16日:追記///////////////

チベット永遠の書:テオドール・イリオン
No.1 & No.2 & No.3
ナチスとチベットの妖しい関係 :
Theodore Illion:
The Nazi Connection with Shambhala and Tibet:
The Hollow Earth Enigma
Mistaken Foreign Myths about Shambhala:
参照:James Churchward : 詩集「2N世代」

///////2012年7月21日:追記///////
奇想家列伝 - 河口慧海
No.1 & No.2 & No.3 :
Eikai Kawaguchi & Karl Haushofer
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 :
///////2012年7月26日:追記///////
木村肥佐生論 & 西川一三 :
当たり障りのない資料しか見つからないが、今後の参照としたい。

The Whitehouse Coup (1933) 未完

The Whitehouse Coup (1933)
BBC Document 23 July 2007 Radio4
アメリカは軍事クーデターで枢軸国になるはずだった!
世界大恐慌真っ最中の1933年、当時のウォール街の超金持ち資本家たちは大恐慌を切り抜けるのにファシズム政権を打ち立てるのが最良の方法と信じていた!
ウォール街の超金持ち資本家たち、というのは、あの人たちのことですね。FDRのNew Deal政策が気に入らなかったのでしょうね (追記:2012年5月16日:事実はこんな誰でも考えることではなかった様です。今調べ中ですが、予測を超えています。日本ではこの事実はほとんど無視されてきたのではないかと。クーデターは未遂に終わり、無かったこととされたからか?)
当然。あの人たち随分ドイツに投資していましたからね。
(参照:Tel Quel japon過去記事
もともと浮浪者だったHitlerにも、そしてドイツの大手企業にも随分資金援助をしていたのは、事実。特にBushのおじいさんは有名。
当時はなかったことに揉み消されたThe Whitehouse Coup (1933)、しかし戦後は多くの資料があるので、選択しながら詳細を追跡していきます。

The Fascist Plot to Overthrow FDR (FULL) :
Bush's Grandfather Led Nazi Coup Against White House in 1933 :
Smedley Butler s Testimony At The McCormick Dickstein Hearing And Media Blackout :

ここまでなら、まだまだ一体何のことやら、という記述ですね。糊をめくって砂を払って、最後に正体は要約して日本語で追記します。

知られざる降伏条件 関連(5) 未完

昭和天皇・マッカーサー元帥第一回会見:
カマヤンの燻る日記 & ぼやきくっくり :
右側のものは「昭和天皇が海外記者と会見 宮内庁で文書控え見つかる(朝日新聞)」というタイトルで、色んなことに触れているが、焦点がぼやけないようにタイトルに関連する部分だけ(簡単にしか触れていないが)でも目を通されてはいかがでしょうか。ニューヨーク・タイムズの記事を持っているので、必要があれば出そうと思っていたが、日本語で見つけたのでとりあえず先に出すことにしました。
・・・・・
豊下楢彦、『昭和天皇・マッカーサー会見』、岩波現代文庫
No.1  &  No.2 & No.3   :  参照 No.1  &  No.2

知られざる降伏条件 関連(4) 

さらに、昭和天皇と元老西園寺公望は、つねに善玉なんです。いつでも、どんな局面でも昭和天皇擁護です。昭和天皇は平和を祈っていた。ところが逆臣共がそれを妨げて戦争に引きずり込んだんだという話に仕立てている。歴史はそんな単純に動いていたか。昭和天皇を守るつもりで、軟弱な天皇像を描いて、それでかえって無礼を働いていないか。天皇を自分好みの平和主義のために政治利用していないか。(P.17)
そのいい例が、天皇の戦争責任という大きな、深刻な問題についての積年の議論です...その11条の不備を悪用して天皇以外のもの、つまり陸軍が天皇の統帥権を利用して、最後には海軍も利用して、言わば軍部が政治を支配して独走した、というのが左翼の、統帥権の干渉に天皇の戦争責任をからめただいたいの議論です...
しかし、それに対して保守の側が言うのは、軍部が天皇を利用したことについては多少は非難気味に語る一方、天皇は平和主義者であらせられ、立憲君主の制限の枠の中で立場をお守りになっておられたので、天皇には戦争責任はないという弁明であり、擁護論なんです...
でも、私はおかしいと思ってるんです。そういう考え方はアメリカ占領軍の政策的言い回しに似ていて、むしろ昭和天皇を侮辱する考え方だと私は思いますね。なぜならば、昭和天皇はご自分の名で開戦されているからです。東條に無理強いされてハンコを押したわけではない。誰が見ても、天皇には戦争責任がありますよ...(P.110&111)
悲劇的敗北に終わったから悪ということになったけれども、あの戦争そのものが悪だったんでしょうか。負けたことは国民に災いをもたらしたかもしれないけれど、戦争が悪だったとは言えないんですよね。戦争は悪であるという前提ですべてを議論するのは間違いです...(P.111)
それを保守の知識人や言論人がごまかして「一人、平和主義者であらせられた」などと天皇を軟弱文士のように描くのは、かえってご無礼だと私は思います...(P.111)
つまり、悪だからと否定し、陸軍をスケープゴートに仕立て責任を追及するような女々しい精神ではなく、たとえ悪であろうとなかろうと、過去から逃れるすべはないのであり、過去をことごとく肯定する強靭な精神を持つことが、今の日本人に求められている最大の心の試練だと申し上げざるを得ないんです。なぜかというと、天皇はあの時代において全的存在であって、天皇の戦争責任を否定することは国民が自分を否定すること、自分の歴史を否定することと同じになってしまうからです...(P.111&112)
自国の悪を言い立てるのは基本的に戦後日本の平和主義の大きな間違いで、アジアに対する犯罪だとかとばかり言って、アジアに対する大きな貢献を何故言わないんですか。日本の戦争がなかったら、中国の領土の三分の一と朝鮮半島はロシア領になっていたでしょう...(P.113)
私は左翼の議論も、いわゆる保守の議論も、どちらも容認できない。自分の動機の善をひけらかす言動は、生命力の衰退の現れです。これを乗り切るには、自分たちの歴史を知るということ、自分たちの歴史を肯定し、決して悪びれないということ、これが肝心だと、私は思っております。(P.113)


「天皇と原爆」西尾幹二著、新潮社 2012年1月30日刊 より引用させていただきました。私見的蛇足ながら、この場合の戦争責任は、東條が東京裁判で言ったように国内的な結果責任であり、対外的に国際法で裁かれたり、非難されたりする類の戦争責任を論じるものではありません。
これは論壇におけるアポロ11号の月面着陸に匹敵するほど画期的な論説で、定着するには時間がかかるかもしれませんが、東京裁判史観の拘束からの解放、自虐史観の粉砕、OSSの罠からの脱出、そのすべてに向けての67年目の漸くの大きな第一歩となると思います。

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