TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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Edward Bernays (5) 戦争広告代理店

前回のEdward Bernays(4)でPropaganda>PRの意味を説明したつもりだったのだけれど、うまく伝わらなかったようだ。Edward Bernaysを持ち出したのは、彼がPropaganda及びPRの元祖だからで、その概念は第一次世界大戦あたりから、つまり人間がその視野に地球儀を入れ、為政者が世界的発想をし始めたあたりから始まっている。その視点で歴史を見ようと思ってカテゴリーをつくってみた。ロビー活動や献金で政治が動くという既にある視点ではなく、Public Relationsというビジネスによって、歴史がつくられるという視点を示したかった。
PR会社を広告代理店と呼んでいるが、アメリカのそれは、たとえばEdward Bernaysがかつてグアテマラの政府を転覆させたように、ある意味平然と戦争を起こさせることもできるし、戦争に勝利してしか得られない結果を戦争をせずに獲得させることもできる。軍隊よりも強力な働きをする場合もある。
今日はTel Quel Japonの本来の趣旨とは異なるが、わかりやすいように具体的な例をもう一つ取り上げてみる。

ドキュメント戦争広告代理店:日本語ですでに本が出ている。
NHK ユーゴ情報戦の内幕:NHKも番組にしている
底が突き抜けた時代の歩き方その2
PR戦争としての「慰安婦問題」その2:E.Bernays (4)に繋がる
Ethnic Cleansing: The Media and World Opinion
Media deception and the Yugoslav civil war
James Harff: Washington-based PR firm Ruder Finn

Harff: Our work is not to verify information. We are not equipped for that. Our work is to accelerate the circulation of information favorable to us, to aim at judiciously chosen targets. We did not confirm the existence of death camps in Bosnia, we just made it known that "Newsday" affirmed it.
Marlino: Are you aware that you took on a grave responsibility?
Harff: We are professionals. We had a job to do and we did it. We are not paid to be moral.


今回ユーゴの情報戦や「戦争広告代理店」という本の内容を紹介したかったわけではない。引用部分の太字を見ていただきたい。Edward Bernaysが名前を作り出しただけで、Public Relationsというのは戦時のPropagandaそのものなのである。ユーゴの民族紛争や湾岸戦争などのように、取り立てて近年のものではない。大衆操作心理学という学問を利用したPropagandaはそう名付けられる以前からEdward Bernaysによって生み出され、平和時には企業としての利益の追求のために、さらに手段が無規制に拡大され透明化されたかたちでPRと名前を変えているだけである。南京や慰安婦で日本国がたたくべき相手は、マイク・ホンダやロビイストたちだけではない。実質的な相手は捕獲すべき相手は倫理を忘れてその手先となって思考し行動する広告代理店という企業とそのPRマンなのだ。ということを今回ご理解いただければ、この記事の目的は達成されたことになる。

参照:Tel Quel Japon過去記事
参照:Blog L'oiseau Invisible:
(追記2012年3月22日:Top 150 Donors/Individual Financial Contributors:クリックすると左の文字の部分に、Martin, Jack ; Austin, TX; Hill and Knowlton, Inc.の文字が見える。Hill & KnowltonのJack MartinとHillary Clintonの関係がわかる。)

・・・・・追記2012年3月19日・・・・・
この記事の目的はなかなか、達成されない。発想の転換をどこかで強いているからなのか?書き込めば書き込むほど読者と遊離していくかもしれない、そんな感触ばかりだ。昨日IZAにコメントを書き込んだのだが、面妖にも敵対的に身構えられてしまった。保守の発想はナーナーと陳腐に固定化されてしまっている。当分はキャッチャーのいない、ピッチャーを続けるしかないのだろうか。

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Edward Bernays (4)

驕れる白人と闘うための日本近代史 松原久子 文芸春秋刊 文春文庫 2008年9月10日
今日は「著者あとがき」に触れてみたい。

P.276、アメリカの国益とは何か。戦略は国防総省や国務省、CIAのみならず、各地のシンクタンクで長期的展望のもとに練られている。戦略実行となれば、マスコミはなんのかんのと議論しつつさまざまなリークを伝え、扇動し、重要な反論は後方のページの隅に小さく載せ、結局は戦略を正当化する。すべては複雑にして巨大なシステムであり、これこそが世界を震撼させるアメリカの武器である。
これは本書のテーマであるところの欧米の攻撃的対外姿勢のまさに延長線上にある。


これこそがアメリカの武器である、と言い切っておられる。すべては複雑にして巨大なシステムである。攻撃的対外姿勢の奥にそのシステムが隠れている、言い換えると、それはまだ日本人には一切気づかれてはいない・・・。
最近同時に五方向に一気に舵を切ろうとして、混乱し足踏みが続いた。松原氏がここで指摘されている「巨大なシステム」はまさにその五方向の一つで、Tel Quel JaponではPropagandaというカテゴリーを設けて、少しづつ手を付け始めている。諜報活動のように日本にもあるものでもない。これはEdward Bernaysを祖とするPropaganda=PRを戦争と侵略の武器とする、西洋人独自の発想で、先の第二次世界大戦で、日本が結果として精神的にも大敗から立ち直れないのは、その発想にもそれに対抗する発想にも考えが全く及ばなかったためだ。これは学問であり、産学協同のビジネスであり、発注者である顧客がいて、その希望に沿って仕事としてお金をもらった学者(学問を実用に使ったビジネスマン)が実行に移すのである。例えて言うと日本政府への慰安婦に対する謝罪要求決議案を提出したマイク・ホンダは中国系アメリカ人ノーマン・スーに多額の献金を受けていること、中国人ロビー活動に動かされて行動していることまではわかっているが、彼は受け取った献金の一部を実はPR会社に仕事として丸投げしている、システムが延長戦上にある(隠れている)というのはこのことを指す。PR=Public RelationsというのはEdward Bernaysが、戦時の使用でイメージの悪くなったPropagandaに代えて、イメージをクリーンにするために考え出した言葉なのだ。つまり戦時のPropaganda=平和時のPublic Relationsで、仕事内容は全く同じ、これはEdward自身の言葉で聞くことができる。半年ほど前にはマイク・ホンダの謝罪要求決議案のPR会社名まで突き止めていたのだが、もたもた舵を切っている間に忘れてしまった。日本にも支社のある優秀な人材を抱える一流のPR会社だった。表面に出て政治カードになっている慰安婦問題は言わば箱であり、中を空けると、金銭の授受を伴うPR会社の巧みな大衆心理操作とマスコミを利用したビジネスだということだ。新聞に意見告知を出して箱を相手にするよりも、スパイか探偵をその企業に潜り込ませると面白い。70年も80年も前のことを誰が覚えているか、その証人発言の信ぴょう性を誰が保証するのか、適任者をどう探すのか、どう集めるのか、または証人にどういう演技指導をしているのか、背景の細部の検証には誰を雇うのか、交通費やら日当やらいくら支払っているか、催眠術をかけているか、いくら渡し誰に本を書かせるのか、どう唆しどんなエサで映画を撮らせるのか、調べて綻ぶところはいくらでもある筈だ。日本は歴史においても歴史論争においてもこの「システム=武器」が完全に欠落している。
私が調べた限り、最初にE.Bernaysが国際政治に登場するのはWoodrow Wilsonに同行したParis講和会議である。あの時Wilsonに同行したメンバーを探ると、何故国際連盟の提案をしながら、アメリカは結局参加しなかったか、この矛盾の解明にも繋がるだろう。Wilsonにはもう一つの方向でも注目している。1913年にFederal Reserve ActにサインしたのはWilsonである。後に彼はその行為を後悔しているので、周りのおぜん立てに呑まれたのか,後で気が付くなんとやら、だったのか。ただしWoodrow Wilsonは国際連盟を提案した、人類のためになる立派な人だと教科書にも書いてあるし、多くの尊敬を獲得している政治家ではあるが、実際はかなり胡散臭い、何故なら国際連盟自体が、やはり国際連合と同じ意図のもとで生まれているからだ。この辺は後に詳しく追記せねばなるまい。

取り敢えずTel Quel Japonがこれまで書いたEdward Bernaysに関する記事にリンクを貼っておく。多分この文章に関する理解は深まると思う。
参照:Tel Quel Japon過去記事
Edward Bernays (1) &
Edward Bernays (2) &
Edward Bernays (3)
Committee on Public Information &
Woodrow Wilson:
どこかに既に書いたので繰り返しになるがEdward BernaysはあのFreudの甥である。またFreudには後に世界的に名を成した精神分析医の娘Annaがいる。娘と甥が業界でのFreudの名をさらに推進させた。
参照:詩集「2N世代」過去記事
Edward Bernays & Anna Freud :

・・・(追記:2012年3月9日)・・・
驕れる白人と闘うための日本近代史 松原久子 文芸春秋刊 文春文庫 を読了した。
著者は1958年に日本の大学を卒業、その後米国の大学で修士号、西独の大学で博士号を取得、1987年から在米。江戸から明治にかけての、鎖国を解くまでまた解いてから以降の日本の国家としての対外関係を中心に、興味深い歴史を独自の視点で知らしめている。ただ離日が遠い昔にさかのぼるので、先の戦争あたりに来ると敗戦直後の日本の歴史教育の残滓がちらちらと見える。特に70年以降日本に住む日本人にとって心を強く持って戦うべき「驕れる外国人は」この本で比較的好意的に書かれている近隣国の黄色人種である。国家としての誇りを回復するためには「驕れる外国人と闘うための日本近現代史」という著者の手になる続編を期待したい。

松原久子様へ
本書のご執筆を感謝して
The Fake of Nanking Massacre-4 Eyewitnesses
NO AMERICAN WITNESSED THE NANJING “MASSACRE”Matsumura Toshio, Historian

説明責任 重要 コメントに関して

この記事のコメント欄に関して、説明させていただきたいと思います。
「素晴らしい」と言って入ってこられた「たつや」氏を、まるでアラシを追い出すようなやり方で、テルケル城の大手門脇でさらし者にした、ように受け止められる方がひょっとしたらいらっしゃるかもしれません。たつや氏も不快でしょうし、私の本意でもありません。「わかりませんか?」と言っても、わからないものは、わからない。つまりは私の説明不足、手抜き、ブチ切れ過ぎ、をまずは心よりお詫びいたします。

たつや氏から、あなたと同じような意見を言っているアメリカ在住の方がいる、と知恵袋のこのアドレスを教えていただきました。クリックしてご覧ください。私の意見とほとんど同じですが、一か所異なっています。「核兵器禁止運動の掛け声は冷水を浴びて事実消え去りました」私はこんなことは一言も言っていません。大方の方がこういう発想をされているのだと思いますが、根本的に間違っています。「核兵器禁止の掛け声」を何故、邪悪な空爆や2発の原爆非難にリンクさせなければいけないのですか?日本人は日本政府は左右を問わず、季節を問わず、年月を問わず、徹底的に空爆や原爆に対して、怒りの声を発しなければいけないのです。どうしても「核兵器禁止」にリンクさせたいのなら、日本人の怒りの声にアメリカが耐えかねてアメリカ人に「二度と過ちを犯しませぬ」と言わせて「核兵器廃絶運動」でもやらせるくらいでないと筋がとおりません。アメリカ人をその気にさせるためには、日本人は左右を問わずことあるごとに、直接被害を受けられたかたがたの分もわが身に引き受けて、怒りの声を発する義務があるのです。原爆非難の声がなかなか右側から聞こえてこないのは、この二つの主語や行為を取り違えているからです。あの石碑に知らずに暗示にかかっているのです。日本人が惨たらしいめにあったのは、日本が間違った侵略戦争をしたからだ、ごめんなさい、二度と過ちは犯しませぬ。これが左側の暗示だとしたら、右側は、(過去実際にあった被害事実にもかかわらず)原爆投下への抗議を続けたら、立場として念願の核武装が今後できない。抑止力としての核、の立場をとりながら頭の中では、現実にもなっていないのに投下加害者と自己認識するから、頭が混乱して過去の事実としての原爆投下への激しい抗議ができないのです。もっとわかりやすく申しましょう。広島の石碑に「必ず仇をとります」と当たり前のことが刻んであったらどうでしょう。原爆抗議も激しくできますし、(抑止力の意味が深く広く理解された上で政治上の駆け引きとしての)核武装もできるのです。単なる仮定的説明ですが、少なくとも右側がつまらない暗示にかかることはないでしょう。日本人にとっては、むざむざとやられ、そのまま邪悪をへらへらと黙認・容認していることこそ、取り返しのつかない国家的致命的過ちなのです
・・・・・
ついでながら福島の原発事故に関して、脱原発の立場に立った識者に対して、保守側からやはり非難が集中しました。今までは核武装派ではなかったのかと。それぞれ考え検証した上でのご意見に違いない。意見が多勢と異なるからと言って個人攻撃に終始する非難はいただけない。根っこにあるのは、上記と同じ、核武装と、原発の混同です。反論は当然かまいませんが、耳を傾けて内容を理解した上での論理的討論であってほしい。原発が稼働しているからと言って、それが即、核武装に有利につながるわけでもない。それに脱原発の右側の方のご意見には傾聴に値する内容が詰まっています(注・下記)。また原発事故によるあからさまな被害が今ないからと言って、先のことは未知です。しかし原発事故を利用しての反核・即刻降伏・植民地化歓迎運動(反核即平和だと思っているとこうなる)はどさくさに紛れた子供の勘違いにすぎません。いずれにせよ反核と反原発とは別の話ですし、広島・長崎への原爆投下に対して激しく抗議することは、それらとはまた完全に次元が違うということを、これでご理解いただけたら幸せです。
たつや氏はご自分でも素晴らしいBlogをお書きで、真正保守の代表のようなお方です。たつや様のみならず「タチャンの散歩」の愛読者の皆様並びに考えを同じくされている非常に多くの方々に対して、この文章をもって私の説明責任に代えさせていただきます。結果としてそのようになってしまいましたが、たつや様個人にむけて書いているつもりはありません。口に両手を当てて、左右の区別なく、より多くの方々に聞こえるように、強風の中、岩山の天辺で「咆哮」している心境です。(つづく)

・・・・・以上は2012年2月22日・・・・・
・・・・・追記:2012年2月24日・・・・・
参照:Why Hiroshima Was Destroyed The Detailed History Of An Infamous Era By Eustace C. Mullins
同じものが二つあるので、二つともリンクしてみます。
No.1 & No.2:
・・・A Tribute :Eustace C. Mullins・・・
参照:マリンズ「広島はなぜ破壊されたのか」
akazukinのブログ:日本語
12の記事を逆に読んでいくことになりますが。右下の次へをクリック。

・・・・・追記:(注)2012年3月3日・・・・・
原発事故の健康被害、基準値云々に関しては、真に実力のある科学者の真実の声に委ねたいと思っています。ただ原発に関しては福島事故の以前から原発の川上から川下に至るまでの仕組みにどうも連合国によって組み込まれた日本搾取のペテンの匂いを感じています。感覚でしかないので議論には至りませんが。ちょうど地球温暖化のペテンで、CO2排出をいつの間にか債権化した国連金融詐欺との類似性を見てしまうのです。今回の事故対応・管理能力をみても、日本が原発を商売化できる国ではないことは明白です。それと費用効果という観点もふまえて徹底的に議論すれば「鴨的立場」が明らかになるのではないでしょうか。これは主張というより「呟き」と受け止めてもらって結構です。
(2012年3月4日ー少し追記しますと、まだまだ検証中で小さな呟きでしかありえませんが、数十年後(早ければ十数年後)、日本だけがババを掴み身動きが取れなくなっている可能性が想定されます。)

テーマ:憂国 - ジャンル:政治・経済

Edward Bernays (3) United Fruit Company

Edward Bernaysを紹介するために今日はEdward BernaysとUnited Fruit Companyを取り上げます。
CIA, Guatamala and "Chiquita" (United Fruit Company)
The political uses of fear - Edward Bernays and United Fruit
CIA Intervention In Guatemala
・・・・・
United Fruit Company: Book Review
A Banana Republic Once Again?
・・・・・
A Coup (in Guatemala): Made In America
・・・・・
ここで中米の政治を云々するためにこのペイジを書いているのではない。ここで示したいのは、Edward BernaysのPropagandaの恐るべき力である。この大衆心理操作学を抜きにして政治も経済も語れないということの一例だ。経済は勝者が正義を後構築し政治はその勝利のために平行して寄り添う手段であり、国境は固定しているわけでもなく、(外からであろうと内からであろうと)政治は国民にとっては天候のようなもので、その動きの中において国民は(先頭者も含めて)まるで風にそよぐ葦だ。否より正確にいえば翻弄され靡く葦だ。
・・・・・
参照:United Fruit Company
参照:Standard Fruit Company
参照:Eli M. Black
参照:Sanford B. Dole
これらの参照は新たに以下にHawaiiのことも含めるために追記した。
・・・・・
「歴史通」2012年新年号で西尾幹二先生がハワイの併合に少し触れておられる。スーパーに行ってバナナを買うと大抵doleのマークが貼り付けてあるが、あのSanford B. Doleの名前も出てきた。パイナップルであろうとバナナであろうと、同じだ。ご覧あれ。
The Annexation of Hawaii:ハワイ併合

In 1894, Sanford Dole, who was beginning his pineapple business, declared himself president of the Republic of Hawaii without a popular vote.

もっと大きく言うとフルーツでも船会社でも鉄道会社でも、法整備が充分でないこの時代国境を超えた企業は、政治(&軍事力)を伴走者に従えた、拡張のリビドーに突き動かされた「東インド会社」なのだ。

Hawaii is not legally a state! 一読をお薦めしたい、深い尊い歴史である。
Hawaii Last Queen Video 1時間弱:ハワイに対する認識を変えた。色んなことを深く考えさせるお勧め映画。
(追記:2012年3月3日ーいろいろな情報を総合してハワイの失政に関する視点を絞っていくと、労働人口の多くがすでに日本人であったのに、その日本人からDoleらの政権が「参政権」を奪ってしまったこと、ここに行き着く。日本人は日本人でもハワイ人でもなくなってしまう。曲りなりにも議会政治がある限り、「参政権」こそが殺傷権を握るという教訓が浮かび上がってくる。)

最後の女王リリウオカラニ
カラカウア王元ペイジAloha Oe - Hawaiian Guitar

・・・・以上は2011年12月17日・・・・・
・・・・・追記:2012年3月2日・・・・・
参照:地球史探訪:盗まれた楽園、ハワイ王国 by 伊勢雅臣
多くのことをつい考えてしまう、日本とハワイとの関係。
参照:ハワイ小史1~4:その3
参照:「日露戦争」と「日米対立」と「日中戦争」の舞台裏
ハワイ関連 & その元ペイジ
参照:帝國の彼方に:注目:ウッドロー・ウイルソン

心理学者Edward Bernaysがその心理学的手腕でGuatemala政府を転覆させたという事実をPropaganda効果の一例として記事にしてみた、つもりだったが、ついでにDole Campanyを扱ったことで、Hawaii併合の歴史をも扱うことになった。「法整備が充分でないこの時代国境を超えた企業は、政治(&軍事力)を伴走者に従えた、拡張のリビドーに突き動かされた「東インド会社」なのだ」の意味を充分ご理解いただければ有難い。
ここ数か月はスーパーでバナナを買うとハワイ併合を思い出し、WELCHのジュースを見るとJohn Birch Societyを考え、これは直接の関係はないが朝食にフルーツ・グラノラを食せば、ケロッグ・ブリアン条約を思い出すありさまだ。

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