TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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Madame Ogata : CFR



国連を脱退せよ、と言う前にこういう議論をしっかり見て、Madame Ogataを前にしても同じことが言えてしかも説得できるか、を確認しておく必要がある。現実に活動してきた方を前にそのキャリアを否定できるか、その第一歩としてまずその人物に触れてみよう。非常に頭の回転が早い方である。世界状況を身をもって体験しておられる。何より多くの専門家たちの尊敬を得ていらっしゃることがわかる。お話にもブレがない。(チベット問題に関する質問をテクニック的に避けられたのは、一点気になるところである、その後少し動揺が見られた。)
何故この動画をあえてはめ込んだのかと言えば、CFRの場にMadame Ogataが登場されているからである。CFRは国連機関ではないはずだが、これを見るとほとんど機能的に一体化していると見ていいだろう。(その理由に関しては他の方向から既に結論をつかんでいる)
元のサイトはこちら,CFRのHPである。
Human Security: The Emerging Paradigm for Understanding Global Vulnerabilities (Video)
紛争・虐殺地域に出かけて難民を救済する、安全を確保する、その人道的行為には、クレームの付けようもない。ミクロでみると、評価できる活動も多い。問題は国連マクロの体質である。しかしこの意識の高い人たちを見ていると、象に挑むアリの気分になってしまう。日本の官僚が立ち上がってさらなる予算の獲得のため集金に関する提案をし、その方向はテーマの趣旨に合わないと窘められていた。それに比べるとinterviewerは対談者の活動も背景も世界事情もよく理解していて運びに無駄がなく雰囲気作りも見事であった。こうしてみるとCFRは人間性も知性もとびきりに優れた美しき特権階級の集合体にみえるが、こちらもCFRマクロの見えない隠れた体質が問題なのである。当事者の99%はひょっとすれば体質に?を抱いたことは一度もないのかもしれない。

緒方貞子に関しては、緒方竹虎家の息子の嫁だと思っていたが、貞子本人の母方の曽祖父が犬養毅であることを知った。この系図で見る近現代、いくら見ても飽きない。

・・・・・追記:2011年12月15日・・・・・

参照:緒方貞子の祈り
日本記者クラブ登場:緒方貞子 JICA理事長 2011.11.21
Tel Quel Japonの取り扱い範囲を超えると思いきや、非常に興味深くまた視野を拡大することのできる内容であった。およそ1時間半に及ぶが、忙しい方にもお薦めしたい。
参照:JICA
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Tel Quel Japon本来のCFR人脈に関して。
日銀総裁白川方明氏とIEAE事務局長の天野之弥氏を発見。いやはや。

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追記・参照:2011年12月31日
Landmark UNHCR conference opens with appeal for the world's forcibly displaced, stateless


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追記:2015年4月8日
Angelina Jolie とSadako Ogataのツーショットを探していた。
どちらもCFRのメンバーであり、
United Nations High Commissioner for Refugees(UNHCR)
の中心人物であった& 現在ある、
ふたりの信頼関係がわかる。
Angelina Jolieをただの女優と思ってはいけない。

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Tim Weiner Discusses the History of the CIA

Tim Weiner Discusses the History of the CIA

Tim Weiner discusses his new book, Legacy of Ashes: The History of the CIA. The agency's failures have handed us, in the words of President Eisenhower “a legacy of ashes.” Legacy of Ashes is based on more than 50,000 documents, primarily from the archives of the CIA itself, and hundreds of interviews with CIA veterans, including 10 Directors of Central Intelligence. Tim Weiner is a reporter for The New York Times. He has written on American intelligence for 20 years, and won the Pulitzer Prize for his work on secret national security programs. He has traveled to Afghanistan and other nations to investigate CIA covert operations firsthand. This is his third book.

Review: "Legacy of Ashes: The History of the CIA,"
CIA秘録 日本語反響
CIA秘録:日本語Bookreview:
Bookreview English:

Author Tim Weiner, a reporter for the The New York Times, speaks with John Ydstie.
The History of the CIA traces the spy agency's failings back to its founding generation.

Tim Weiner's "history" of the CIA : Blog

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CIA role claim in Kennedy killing :
RFK Video & RFK Documentaries:
British hypnotist shows how an ordinary person can be programmed to kill: Sirhan/RFK parallel
これは後催眠と言われるもので、このFilmを疑う必要はない。1時間程度のFilmだが、CIA云々は別にして、見ておいたほうがいい。これもMKULTRAの残照であろう。
コロンボの中の一話で、この後暗示で妻が夫を射殺するというストーリーが出てきた。また、これはPRの禁じ手なのだが、映像の中に目に留まらない速度で数枚のカットを入れて、それを見たものをコントロールするというマインド・コントロールがある。コロンボではこれを使って、犯人を逆に自白的行為に追い込むという別ストーリーもあった。余談になるが、出だしから犯人がわかるコロンボは推理物ではなく、また憧れのヒーローは常に犯人側なので、探偵ものでもない、どちらかというとコロンボは心理物で、登場人物の設定、犯人への共感、心理把握術の応用、そしてこの上なくカッコいい犯人が人生そのものの罠に陥った被害者として、見苦しくなく紳士淑女的に、風采の上がらないコロンボに「知的闘争の敗北」を認めるところで話が終わる。嘲笑の対象でありがちなイタリア移民のコロンボを主人公とするあのドラマは当時先端の心理学がその隠されたテーマベイスでもあったのだ。テーマ曲ともども、時代を画するTV映画であった。MK ULTRAが暴露され,CIAに批判が集中していく過程で発想され長年にわたり何度も繰り返し再放送されたある意味啓蒙的人気番組でもあった。
他に精神病院に押し込まれて無理やり電気ショック療法を受けさせられる話、チップを埋め込まれる話、ロボトミー手術の話、当時心理学のテクストにも登場したし、実体験の告発本や、それを基にした世界各国の映画など、数え上げればきりがない。

The Real X-Files - America's Psychic Spies - Remote Viewing

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お正月映画を見るつもりで、あんまりまとめたり考えたりしないでご覧ください。
何もかもを関連付けて考えないこと。しかし、とにかく面白い。
Eye Of The Phoenix: Secrets Of The Dollar Bill
The Order of Death
なんでも自由にできる立場なら、いろんなことをしてみたいのが世の常。

/////追記:2012年1月10日/////
何故これを引っ込めてしまったのか、忘れてしまった。とりあえず出しておきます。

OSS & William Donovan (2) 未完

〇(1)のfilmで家族の不幸についてほんの少し触れているが、今日その参考になるものを見つけた。
William Donovan Family:
まるで推理ドラマを見ているような気持になった。言葉を飲むべきかもしれないが、スパイの仕事は、国のためにはなっても、人間的ではない。恐ろしい因果応報のようなものを感じた。

Donovan History:

FDR sent Donovan to Ethiopia in 1935–36, to Spain during the Civil War, to Britain in 1940 and to a large swathe of Europe and the Middle East in 1941 to observe events and report back to the president.... These missions led to Donovan's appointment as civilian coordinator of information (COI) in 1941, followed by his recall to active duty as a colonel and appointment to head the military Office of Strategic Services (OSS) in 1942."ーDonovan and Franklin D. Rooseveltー

The British Public Record Office in London has evidence that in both July and August, 1941, Roosevelt told the British that he intended to provoke a war... William Donovan, Roosevelt's coordinator of information, received warning from the British that the Japanese were about to attack Pearl Harbor." ーThe official story of Donovan's role as COI and head of the OSSー

During a personal interview with the investigator Pericardi said the purpose of Col. William Donovan's journey to Europe was to 'feel out' various nations as to a United States of Europe. He said that Col. Donovan was sent by Secretary Knox and that the State Dept. was receptive toward sponsoring such a movement"-Donovan's FBI Filesー

The Genesis of the CIA

The Office of Strategic Services by Bruce L. Brager

スパイOSS/CIA Video.←クリック
このvideoは非常に価値がある。OSSもCIAもその性質が時期によって変質している。Visionを開拓したのはDonovan、戦勝後やりたい放題をやったのが最初の時期のCIA、60年代70年代に次第にその行為に非難が集まり、国民をモルモットにする実験は緩やかに停止。平和時には、むしろ平和時政治Propagandaに集中。私たちの知っているCIAはこのあたり。冷戦終結後に少し変化し、さらに9・11を境に少し変化しているようだ。

List of People of the OSS
これも凄いものを見つけた。今まであちこちで話に聞いていたOSSやCIAのスパイの皆様が一部写真付及び活動解説付きでずらりと並んでいらっしゃる。しかもVideo付きでだ。笑いが止まらない。
付録:List of World War II spies

・・・・・
参照:Logan Act
      

 この項未完

OSS & William Donovan 未完

Wild Bill Donovan: The Spymaster Who Created the OSS & Modern American Espionage
Author Douglas Waller discusses "Wild" Bill Donovan and his role in the OSS and modern American espionage, the subject of his new book.
You Tube : William Donovan by Douglas Waller:
2011 National Book Festival:ほぼ内容が同じ講演:
William Donovan by Douglas Waller
両方の講演を聞いた。Donovanには天才William Stephensonという師匠がいたのだが、米国のOSSはDonovanがゼロから一人で構築した。それ以前は世界中を飛び歩くことが可能な、ジャーナリストや大企業の経営者や大スターや、政府高官、海外にいてもおかしくない大作家やスポーツ選手などが情報を収集したり情報を運んだりした。世界中に支店を持つ大企業が国家に癒着するのは、その立場上可能な情報収集力にある。その力関係は対等でほとんど共通利害を目的とした同盟に近い。また新聞記者は情報収集という仕事の性質上一番諜報活動がしやすい立場にあり、時として仕事がそのままスパイ活動になり得たので、優秀なスパイに新聞社特派員という身分のものが多い。また情報収集のみならず、偽情報拡散という観点からもマスコミは世論誘導のPropagandaに力を発揮する先端実行部隊となりうる。{戦時のPropaganda=平和時のPRである。非常に高度な技術による心理学的大衆操作である。ここでもういちどEdward Bernaysの名前をご記憶願いたい。104歳まで生きた彼は、1910年代後半から1990年代前半までその影響力を発揮し続けた。}
Douglas Waller:William Donovan Q & A
・・・・・・・
William Donovan1 &
The Office of Strategic Services Psychological Selection Program:
OSS DocumentsOSS Links :
・・・・・・・
William Donovan と William Stephenson 過去記事
Tel Quel japon過去記事
William Donovan, William Stephenson, Allen Dulles, Kim Philbyなどがモデルとして登場する映画があった。
○TrumanはDonovanとは相性が悪く、OSSを解体してしまう。(RooseveltとDonovanは同窓生で学生時代からの知り合いであった)DonovanはOSSを引き継いだCIAの長官としても活躍したかったのだが。Allen Dullesをはじめ後にCIA長官として活躍する人材の中にはDonovanの下でOSSでの活動を通して成長した人材が多い。

・・・・・以上は2011年11月9日入稿・・・・・
・・・・・以下は2011年12月21日追記・・・・・
Title: Wild Bill Donovan, Spymaster:Video
Speaker: Douglas Waller
Event Date: 2011/24/02
Running Time: 61 minutes
一番上のYou Tubeと内容が同じと聞いている途中でわかった。こちらはTranscriptがあるので、ダブってしまったが消さないでおく。Donovanそのものが、かなりマークされていたことがわかる。開拓者には敵対者も多い。予想外の話も聞ける。自白薬の話はよく聞くが、その開発には成功していたようだ。背景はかなり興味があるので、人名などをさらに調査をしてから追記するつもりでいる。

・・・・・追記:2011年12月24日・・・・・
OSS,Donovanが考えた心理作戦の一部。
Marlene Dietrich
Josephine Baker
OPERATION SAUERKRAUT

The League of Lonely War Women
東京ローズの放送なのだけれど、どう考えても内容が、日本人の発想ではないように思っていた。これをみれば、発想がこのThe League of Lonely War Womenにそっくり、つまりあれは、OSSの発想だったのだということがわかる。従って東京ローズに関しては、この本が一番真実に近いのではないだろうか。。
東京ローズ残酷物語:五島勉


いま講演をちらりと再度見たが、ここに出てくるヒットラーのヒゲが落ちたり声がソプラノになったりする女性化ホルモンのOSSの研究開発はDouglas Wallerの話にも出てくる。

The OSS:より詳しい。いろんな人名が出てくる。
Mr. O'Donnell talked about his book, Operatives, Spies, and Saboteurs: The Unknown Story of the Men and Women of World War II's OSS. 資料というより人物取材に基づいている。聴衆のほとんどがOSS, CIAで活躍した人たち。講演場所は国際スパイミュージアム。そのサイトはこちら。少なからず驚いた。

・・・・・追記:2011年12月25日・・・・・
Douglas Wallerの講演を聞いていると、Donovanが所謂従来の諜報にプラスして自白薬や超小型隠しカメラ、消音ピストル、そのほかOO7を彷彿させるスパイ道具を開発する(注:発明家Stanley Lovellの協力、この人物は沢山特許をすでに持っていた有名人だったらしい。特許と言えば、007のモデルと言われるイギリスの金持ちスパイWilliam Stephensonは、生まれて後に母親に捨てられるという貧しい悲惨な生い立ちをしている。では何故、個人で諜報機関を立ち上げるほどの超大金持ちになったかというと、特許のお金がザクザクと入り続けたからだ。William Stephensonの特許関連で、Stanley Lovellと知り合ったのだろう)などの特異な発想が出来たことに加え、Edward BernaysにはPropagandaを最大限に活用する方法を教えられたのだろう。それだけではない、Edward BernaysはPRの元祖というだけあって、企業とタイアップして、Give & Takeする関係を構築する方法をスパイ活動に取り入れることも教えたに違いない。イーストマン・コダックやパンナムの名前も出てきた。この場合大企業から協力提供される金額や便宜は、政府と大企業の癒着とはその性質が違う。

今まで書いた限りではOSS(→CIA)も、大して恐ろしいところには見えないかもしれないが、実は日本人の発想では決して浮かばないことを平気で行う機関なのだ。(すでにいくつか書いてきた)
最近このような資料を見つけた。時間が無い場合は赤字のところだけでも見ていただきたい。この情報の信憑性は未確認だが、もし仮にそうだとしたら、この時すでに原爆を使って日本列島に人工地震を起こすという発想があったということだ。この情報どうも気になる。
過去にJames Forrestalを書いたときに一応紹介したが、実はOSS→CIAは40年代か60年代にかけて、今でも日本人には信じられていない多くのことを実行してきた。日本では本気には受け止められていないが、既に事実関係は認められている。そう言えば、噂に聞いた、ということばかりであるが、残念ながら真剣には受け止められないできた。今回改めて書き出してみた。考えてみればアメリカは原爆を落とす国である。しかも2回。例えばケネディー暗殺内部犯行説は繰り返して話題になるが、日本人で信じている人は少ないだろう。しかし原爆を考えれば、充分ありえる、真珠湾の陰謀を考えれば充分ありえる。後に「日本経済を壊滅せよ」に追記するつもりでいるが、日本経済は真珠湾前にすでにほぼ壊滅しているのだ。何故アメリカ相手に開戦したのか、などという疑問は吹き飛んでしまうはずだ。
もちろんアメリカ人にも良心的な人間は多い。しかし帝国主義の時代を背景に歴史の流れを考慮し、国家をひとつの生き物として見た場合、列強には抑えがたい拡張のリビドーが沸騰している、その中で戦うとは、殺戮することであり相手の領土を焼き払うことである、それこそが兵隊の任務である。そのために武器を持つのだ。凶器を開発するのだ。兵隊の使命は御国のために命を捨てるその精神に宿るのではなく、御国のために一人でも多くの敵の命を、多くの資源を、多くの領土を奪い尽くすために、殺戮に向かうことだ。戦争がどこから見ても悪であり残酷であり、人道に反するのは、、自らの命を散らさねばならない、ということよりもむしろ、友達にさえ成り得たかもしれない相手を殺戮せねばならないところにあるのだ。

話がDonovanからそれてしまった。今までと少しトーンが変わってしまったのは、日本人と西洋人の発想、認識の根本的差異に気づいたからだ。フランスの歴史教科書にあるこの日本の歌とされるもの、この日本のイラストとされるものに関して、ひと目で間違いだと分かるのに、ほとんどの外国人はまた日本人の中にも、なんの違和感も感じない人たちがいることに気づいたのだ。

地の果て、星が輝き木の下でライオンが吼える、遠い砂漠に、我々の血で染め上げた日の丸を打ち立てよう。ヒマラヤの麓に流れるガンジス川のワニをつかみ出そう。ロンドンの空高く、鯉のぼりをたなびかせよう。明日モスクワと雪に覆われたシベリヤは、我々のものになるだろう。孫たちは私たちのために、ギャングたちを追い払ったシカゴに記念碑を建てるだろう。私たちが死に赴く日が来たとき、死への不安と戦おう。


日本人はSAMURAIにもこのイラストにあるようなおどろおどろしい、残忍で好戦的なイメージは持たない。むしろ非常に物静かで禁欲的なイメージがある。この日本人が歌ったという歌詞にしても、当時誰一人としてこのような侵略主義者的な思考は持ち得なかっただろうし、軍人にしてもこのような世界侵略思想は想像を絶するものだった筈だ。日本人は他利的に説明が出来なければ、自分の欲望さえ実行に移せないところがある。義によって行動したい民族なのだ。「我々の血で染め上げた日の丸」そのような歌は死んでも歌わない。そもそも何故「血のついた日の丸」を歌詞に入れなければならないのか、有り得ない。発想がありえないのだ。しかし西洋人に言わせると、この歌詞を日本人が歌っていたとしてなんの違和感もないらしい。日本国を侵略国家だと思っているからだろう。逆に言えば、日本はイメージとしてそういう誤解を受けているということだ。
そこで正論2012年新年号の中西輝政氏の文章、日本民族のFinest Hoursに出会った。時は1943年10月日21日、場所は雨降りしきる神宮外苑競技場、「出陣学徒壮行会」。「海ゆかば」の合唱で式が終了する。歌詞を書く必要もあるまいが、おおきみのヘにこそ死なめ、という「御国を守るために自ら死を覚悟する」決意を歌唱するのだ。おそらく西洋人からみれば、想像を絶する出陣シーンであろう。有り得ないシーンであろう。戦意が感じられない。兵隊の使命は御国のために命を捨てるその精神に宿るのではなく、御国のために一人でも多くの敵の命を、多くの資源を、多くの領土を奪い尽くすために、殺戮に向かうことだ、からだ。それでなければ、戦争には勝てない。これでは勝つ意思も感じられない、と思うだろう。

この発想のギャップに思い至って初めて、何故OSSやCIAの実際の行為がほとんど興味を持たれることもなく、驚かれることもなく、信じられることもなく、真剣に検証されることもなく日本では放置されたのだということが分かった。よほどのスパイマニアでなければ、発想の差異が邪魔をして、OSSやCIAのオペレイションが余りにも突飛に見えて現実味が感じられなくなるのだろう、という結論に達した。ドノバンと言ってもそもそも日本人には、昔そんな歌手がいたなと、そういう記憶がまっさきに思い起こされるだろうが、OSSの内容とすぐにリンクして思い出す人はおそらく少ないだろう。

最後に言わずもがなの蛇足であるが、中西輝政氏の「民族の栄光」としての戦争、に対する心象は突然抒情的感情に流されているきらいがある。家族を亡くし友人を亡くし家を焼かれ集落を壊滅させられ、衣服や食料に不自由し、生活の苦渋と自己犠牲を強いられ、その上に覆いかぶさる不幸のなかで、仮に連帯感の高まりがあったとしても恐怖と絶望を生きた昭和の大人たちに、昭和18年からの2年間を「日本の最良のとき(ファイネスト・アワーズ)」と断言するのはあまりにも嗜好の独善的陶酔に浸りすぎてはいないか。近づいてくる衰退や崇高で愛あるものの死の匂いに、精神の高貴さを感じることはあっても、そこから国家は蘇生しないし、その発想ではFighting Spiritは決して立ち現れない。戦争は戦略と武器のない単なる抒情では第一勝てない。思考の中に「勝利」が完全欠落している。戦争は文学ではない。後に生まれた後続の者が体験しないあの2年間を「日本の最良の時」などと、どうして言えるのだろうか?



フランスの歴史教科書

フランスの歴史教科書:クリックお願いします。

直前の記事に書いていることだが、再度ペイジを新に取上げることにした。
Blogの筆者は日本人なのだが、全体的にこの教科書を絶賛している。そういう教育を受けてきたのだから、この筆者だけが例外ではないかもしれない。けれど、日本の歴史を真摯にかつ独自に勉強してきた日本人なら、これが田中上奏文に類する悪影響を少なくともフランスの子供達に植え付けることは間違いないと、理解できる筈だ。単なる悪影響ではない、悪意あるイメージ操作であることも容易にわかる筈だ。
この教科書にある歌詞は、日仏学館館長として日本に7年ほど滞在したことのあるJean Lequiller なる人物が後年つまり、1966年に書いた「Le Japon、l'histoire du xxeme siecle 20世紀の歴史:日本」(出版社はParisのSirey社)という本からの引用であるらしい。何頁からの引用かは不明だ。
Chant diffuse dans les écoles et les troupes japonaises(1942) 1942年日本の学校や軍隊で歌われた歌として、この世界征服の歌が、教科書に転載されている。どうやら引用元のJean Lequiller は独自に調査したのではなく米国の資料を丸写ししたようだ。1942年に日本人が歌ったとされた資料を、1966年にどこからか拾ってきて調査もせずに掲載した。内容から見て、これは明らかに米国製の対日プロパガンダ作品であると断言できるものである。ここに大きな過ちがひとつ。そしてそれをParisのBelin社が丸々鵜呑みにして2003年にこともあろうに教科書にその間違いのまま、掲載した。輪をかけたあるまじき過ちである。(あるまじき、と感じるのは日本人だけだろうが)
一方クリックすると目の前に現れる、日本製の国威発揚のポスターとされているのは、1943年製で(枢軸国との同盟と1941年の真珠湾攻撃を祝して、1943年報道部が作成。このポスターは、1940年9月に結ばれた日独伊同盟の調印を画いている。二本の刀を持つことを許され、信義を掟として命を捧げる侍の伝統的なイメージは、この国が大儀とする思想を表している。)という解説が教科書に付されている。ポスターにはT. Hoodobuという署名があるらしい。1943年に1940年の三国同盟や1941年の真珠湾攻撃のイラストを描いて、国威発揚しなければならないのは米国であって日本国ではない。甲冑を着たサムライのおどろおどろしいイメージと言いその威嚇的構図といい、これもまた明らかに米国製の対日プロパガンダ作品であると判断して間違いは無いだろう。制作年月と署名以外、出所は一切不明である。もし米国製の対日プロパガンダ用のポスターでないとしたら、制作は1943年などではなく、歴史に無知な(徳川と昭和の時代と、その日本人メンタリティと、両方の違いを全く理解できない)フランス人のイラストレイターが面白おかしく創作した、戦後かなりたってからの、ひょっとしたら2000年前後のポスターかもしれない。教科書なのでまさか、そこまでいい加減な脚色はしないとは思うが、筆使いといい、色使いといい、構図と言い、テレビ・ゲーム感性なのが少し気になる。

教科書の出版社に連絡を試みたが、届いたのか届かなかったのか、反応は無い。それに直談判で抗議するにも、今のところ証拠が無い。Jean Lequiller がどこから歌詞を拾ってきたのか、そしてポスターの出所にしても、こちらが突き止めない限り、分からないが当方が信ずるに足りると判断したから掲載した、と言われれば、それまでだ。もはやJean Lequillerに問うことも出来ない。ポスターに関しては、制作者を探し出すか、米国の対日プロパガンダ資料の宝庫をあさり同一のものを突きとめるかしかない。どちらも簡単なことではない。一日も早くこういう記事はフランスの教科書から抹消しなくてはいけない。イメージ操作がどういう結果を引き起こすかは、田中上奏文を思い出せば、良く分かる。恐ろしいことだ。ここ数日間憂鬱で仕方が無い。この教科書を手にし、この教科書で学んだ在仏日本人も既に数多い筈だが、そこから何一つ怒りの声が湧きあがらない事実こそ、この問題の持つ日本人に対する破壊力とその根深さを物語っている。

以上は2010年3月4日の過去記事。 追記:2011年11月22日
今日偶然、このフランスの歴史教科書数冊に日本製だとして掲載されている問題のイラストが、イタリアの絵葉書だということを知った。
参照:郵便学者・内藤陽介のブログ

この絵葉書は、ムッソリーニ時代のイタリアの独裁与党、ファシスタ党が作成した軍事郵便用のもので、日独伊三国の旗を背景に、日本を象徴する鎧武者が軍艦を叩ききっている場面が描かれています。軍艦を良く見てみると、ユニオンジャックと星条旗が掲げられており、三国同盟をバックにした日本が太平洋で“鬼畜米英”をやっつけるというイメージが表現されています。(一体どういうつもりで同盟国イタリアがこんな切手を制作したのだろう。どう見ても日本を悪人に見せかけるための心理誘導を感じる。Bruxelles記)

20051210005409.jpg
参照:フランスの歴史教科書

次に国威発揚のポスターについては次のような解説がしてあります。(写真参照)
枢軸国との同盟と1941年の真珠湾攻撃を祝して、1943年報道部が作成。このポスターは、1940年9月に結ばれた日独伊同盟の調印を画いている。二本の刀を持つことを許され、信義を掟として命を捧げる侍の伝統的なイメージは、この国が大儀とする思想を表している。(日本製でないとわかった以上、日本はフランス政府に国家として教科書の破棄とイメージの訂正、及び賠償を求めてもいいだろう。非戦時における、戦時プロパガンダである、しかも教科書である。外務省とマスコミに国益のためにここはひとついつになく頑張ってもらいたい。Bruxelles記)

参照:Tel Quel Japon過去記事

・・・・・2011年12月22日・・・・・
この項目大変長くなってしまった。今回追記でさらに長くなるが、ようやくArtistの名前を突き止めた。私的に確認した訳ではないがPropagandaの専門家から以下のような文章が存在することを教えられた。興味深い解説も追記されている。フランスの教科書に日本の軍国主義をいみじくも表す1943年製の日本の情報部のポスターとされて掲載されているものは、本当はイタリア人GINO BOCCASILE作のイタリアのPropaganda Posterで、後に絵はがきとなったものであることがわかった。Propagandaの専門家の協力に感謝したい。
FASCIST PROPAGANDA POSTCARD WITH SAMURAI ILLUSTRATION OF PEARL HARBOR BY GINO BOCCASILE
This fantastic World War II postcard was produced for the Italian Armed Forces. It features a color illustration by Gino Boccasile depicting a gigantic Japanese Samurai sinking the American fleet at Pearl Harbor - also reflecting the intent of the Axis powers with respect to the Allied forces in general. Behind the Samurai are the flags of Germany and Japan, along with the Italian naval ensign flag. Two ships in the foreground have been attacked by the Samurai warrior and are sinking. Two other sinking ships are visible in the distance between the Samurai's legs. In the bottom right corner of the illustration is the artist's signature. This illustration was taken from a wartime poster designed by the artist. The card measures 10.5 x 15 cm., larger than the usual size for postcards.

Boccasile (1901-1952) was an extremely popular Italian illustrator whose support of Benito Mussolini led him to produce startling images for the use of the government as propaganda material.
On the reverse of this card, written in pencil, are the words "Souvenir Pantelleria 5/10/43." Quite evidently, this card was a souvenir brought home by a member of the U. S. military.
Pantelleria is an island near Sicily, and its capture in 1943 was crucial to the subsequent Allied invasion of Sicily, paving the way to the invasion of central Europe. The island was the site of vital Axis military installations, and the Allied victory at Pantellaria represented the first time in history that a land force was compelled to surrender in the absence of ground invasion. The Allied attack on Pantellaria, using Air Force and naval forces, included the first major action by the African-American fighter pilots of the 99th Fighter Squadron, later known as the Tuskegee Airmen. The primary leadership of the Air Force component of the attack was Maj. Gen. Jimmy Doolittle.

テーマ:憂国 - ジャンル:政治・経済

The Money Doctors from Japan: Michael Schiltz

            darenanokonohitotati.jpg
画像をクリックすると拡大します。

時代が少し古いしこの人たちの名前も無知ゆえにわからない。皆さんなかなか美男におわす(夏木立かな)。非常に興味深いが、この本に関する資料がなかなか見つからなかった。が、ここで読める。
The money doctors from Japan
吃驚!偶然、著者のMichael SchiltzがThe Money Doctors from Japanについて講演するvideoが見つかった!
TITLE: A Money Doctor from Japan: Megata Tanetaro in Korea, 1904-1907 Transcript:

It is by now established knowledge that Japanese colonialist policies versus Korea cannot have been motivated by economic profits. Literature on Japanese imperialism does, however, fail to address the role of a series of monetary and financial reforms the Japanese government sought to implement after the peninsula had been turned into a protectorate...

参照: Michael Schiltz & Profile of Megata Tanetaro 
参照:満韓ところどころ:夏目漱石 &
Matsukata report digest.pdf &
Matsukata's Writings &
Mitsuhiko Kimura, 'The Economics of Japanese Imperialism in Korea, 1910-1939' &
Matsukata Masayoshi and the Birth of a National Financial Infrastructure &
The Bank of Japan &
Hisaakira Kano (1886-1963): International Banker from a Daimyo Family -Itoh Keiko &
Yokohama Specie Bank -Ishii Kanji 石井寛治 &
ねずきちのひとりごと:目賀田種太郎

///////追記:2012年2月19日///////
この頁は追記の方が今後はるかに大きな意味を持つかもしれない。

参照:日本人が知らないニッポン
参照:ねずきちのひとりごと:セントルイス・ブルース
参照:詩集「2N世代」:Richard Werner 日本銀行

PEARL HARBOR : 総括

HOW THE COMMUNISTS HELPED TO BRING ON PEARL HARBOR AND OPEN UP ASIA TO COMMUNIZATION
By Anthony Kubek, University of Dallas
読んでいて日本人が書いたものだと勘違いした。私が書いたと勘違いするくらいだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
総括:FDR Pearl Harbor Conspiracy 44:07 Video

追記予定
America's Retreat From Victory, The Story of George C. Marshall by Senator Joe McCarthy
追記:2009年9月2日
この本は「共産中国はアメリカがつくったーG・マーシャルの背信外交」と言うタイトルで成甲書房から翻訳本が出版されている。この手の本によくあるように、機械翻訳のように文意の流れもリズムもなく、丸2週間読解に務めたが、たった1行の引用も内容不明瞭のために不可能だった。せっかくのMacCarthyの著作なのだが、この翻訳本を読む場合は大見出し、小見出しから得られる内容以上のものは、読書からは得られない。一言に要約するとマーシャル、アチソン、スティルウェルは容共・反米工作をしたというマッカーシーの告発だ。
これに関しては「James Forrestal (10)」に既に書き込んでいる。Stilwellに関しては、ペイジを新にしていつか書こうと思っている。
//////////

今後の予定
Red Terror
THE VINDICATION OF JOE McCARTHY

//////////以上は2009年9月2日記//////////
//////////以下は2011年12月10日追記//////////

素晴らしい映像があったので古いものを引っ張り上げました。またリンク切れを訂正しました。
MOTHER OF ALL CONSPIRACIES:例のBBCのfilmが付いている。
The Morgenthau Plan and the Problem of Policy Perversion:
・・・・・・・・・・
以前秦氏が、もし知っていたら、被害が出ないように真珠湾の軍艦を移動させておくだろう、真珠湾の陰謀などありえないというような発言をされていた。それはあくまでも日本人の発想では及もつかないというだけで、俗に真珠湾の陰謀と言われているようなことは、アングロサクソンの政治ではざらにある。被害が大きいものから比較的小さなものまで数え上げればきりがない。
Tel Quel Japonにも一度書いたがCoventry Blitzなどもその範疇に入る。最近調べているLUSITANIA号事件も(ドイツがすぐに譲歩したので)直接の原因とは言えないが、第一次世界大戦のアメリカ参戦の伏線にはなっている。危険ゾーンを危険に航海していたのである。みすみす自殺行為をさせていたのだ。
よく9・11が真珠湾に関連付けられて語られるが、イスラム原理主義者の行動が神風特攻隊の命をも顧みない熱狂的愛国心を連想させるからだと思われているが、そうではない。(日本人にはそういう発想はないが)アメリカ人の中にはイスラム原理主義者のテロだと騒いでイラクやアフガニスタンに軍事行動を仕掛けるために、9・11を自作自演したのだと主張する人も実は多い。9・11と真珠湾は、よく耳を傾けると陰謀で関連付けて語られる場合の方が多い。BushはRemember Pearl Herborなどと言って1941年12月7日を引き合いに出して、国民の戦争意欲を煽ろうとしたのだが、藪蛇となっているのが実態だ。真珠湾の奇襲などと言われるたびに今だにドキドキオロオロしているのは、日本人が一番多いのではないだろうか。

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Robert Lansing

Robert Lansing :Biography
石井・ランシング協定:これだけが有名
Robert Lansing on Military Operations in Mexico, 20 June 1916

Robert Lansing:1864-1928
Diplomatic Security Serviceとは
Bureau of Diplomatic Security
左から5つめの写真をクリックしてください

1916: U.S. Secretary of State Robert Lansing creates an informal Secret Intelligence Bureau to examine information of a secret nature received from other U.S. agencies and from allied intelligence agents, and to oversee surveillance of the German Embassy in Washington, DC. The office is never a formal Department bureau but only a few special agents located within the Office of the Counselor. Lansing also proposes an inter-agency secret service to be centered in the Department of State, but the White House fails to act on the suggestion. In 1917, he hires the first Chief Special Agent, Joseph M. Nye. These initiatives come in response to German and Austrian acts of fraud, propaganda, sabotage, and espionage in the United States during the First World War. (Source: Library of Congress, National Photo Company Collection)

BBC Documentary: Sacrifice at Pearl Harbor


PEARL HARBOR : MOTHER OF ALL CONSPIRACIES
もうすぐ真珠湾攻撃から70周年となる。BBCのこのDocumentary映画をみて、気分良くその日を迎えましょう。
BBC Documentary: Sacrifice at Pearl Harbor
Sacrifice at Pearl Harbor
BBC Documentary - First aired in 1989
これが日本製でないのは残念だ。来月の8日、NHKでこれを放送するべきだ。遅ればせながら教科書も天下のBBCに従ったほうがいい。BBCは何故これを制作したのか?イギリスの良心と日本の怠慢を感じる。
(2011年11月28日:日本の怠慢で済ませられる問題ではないですね。自国の名誉を回復する術を知らない、試みも思いつかない。検証を妨げる何かチップでも埋め込まれているのかも、と思えるくらいですね。Tel Quel Japonの過去記事にもありました、アメリカ映画、Jeannette Pickering RankinもRooseveltのprovocationに言及していました。こちらの記事から以下引用です。(追記:2011年12月8日:最新号のSAPIO、西尾幹二先生がJeannette Rankinに少し触れておられた、日米開戦にたった一人反対票を投じたJanette Rankingがこうして真珠湾関連で取り上げられたのは日本ではおそらく初めてではないだろうか。)

When, after the Japanese attack on Pearl Harbor, the U.S. Congress voted to declare war against Japan, Jeannette Rankin once again voted "no" to war...She was denounced by the press and her colleagues, and barely escaped an angry mob. She believed that Roosevelt had deliberately provoked the attack on Pearl Harbor.

Sacrifice at Pearl Harbor
Sacrifice at Pearl Harbor
Sacrifice at Pearl Harbor
Sacrifice at Pearl Harbor
(同じfilmを4つ並べたのは、filmに付随する文章記事、反響や激論などにも目を通していただきたいからです。70周年に因んで日本でも大論争を巻き起こして、早くprovocationを教科書にも記述して、スッキリとさせていただきたい。この程度は西洋人の政治の常套手段であって、偽りの日米交渉から占領政策による自虐史観の埋込み、その後の日米関係、その底辺を流れている心理誘導、日本国民劣化政策、その全ての原因を一つ一つ解き明かし、まず命を投げ出して戦ってくださった英霊の、そして日本人及び日本国の正当なる名誉を取り戻そうではありませんか、人間として立ち直ろうではありませんか。埋め込まれたチップを取り出そうではありませんか。)
◎ Top 10 Pearl Harbor Documentaries
・・・・2011年12月4日・・・・・
追記:言うまでもないことだが、上のBBCにしても下のアメリカ製映画にしても、日本史の見直し、日本国の名誉挽回のために制作された訳ではない。上はKimmelやShortに対する冤罪問題、下のテーマは女性参政権に関する歴史的人物の紹介である。うつむいてしょんぼりしていたら、誰かが駆け寄ってきて助け起こしてくれる、などという甘い話はどこにもない。怠慢は即命取りだと知っておくべきだ。

・・・・・2011年12月7日・・・・・
「歴史読本」2012年新年号、西木正明氏のインタビュー記事は素晴らしい。西木氏の「ウエルカム・トゥ・パールハーバー」は大変興味をもって何度も読んだのだが、上下にわたる長いfilctionなので創作部分が邪魔をして熱心に読めなかった。(追記(注):ウィテカー・チェンバースの登場に関して裏を取る時間がなかった。1941年は微妙な時期で、FBIに保護されるために協力しているが真剣に取り扱ってもらっていない。また彼の顔と作品中の人物イメージも結びつかなかったのが原因。彼は同性愛的性癖を告白している。)Interviewの方がはるかにわかりやすい。やはり凄い本である。例の日米交渉を突き詰めれば、イギリスの諜報機関がリードしていたと、日米交渉のペテンが暴露されている。お薦めしたい。
またこの新年号の「歴史読本」は真珠湾70周年を特集していて、説得力があった。産経新聞などでも、時々先の戦争を特集している事があるが、まるで中学生の学習発表である、つまり中学生の授業参観に来ている気分になって、あまりの記者の程度の低さに唖然とする。まあ新聞の特集とはその程度のものかもしれないが。

11月28日に怠慢では済ませられない問題だ、と書いているが、70年経っても真珠湾の真実の認知ができない人が多い。はなからするつもりがないのである。「そうかもしれないが、騙されたなんて、カッコ悪くて、認めたくない」という保守の人が圧倒的に多い。「そんなこと今更分かったところで、負けは負け、言い訳はしたくない」という。(罠にはまったこと)を(かっこ悪い)と認識するところがすでに、神経がおかしくなっている証拠だ。罠にはまったのだからと言って被害者面するつもりでもあるのか?罠にはまったから、正義がこちらにあるとでも言うつもりなのか?被害者は常に正しいなる論理をお持ちなのか?そんな下劣な発想が心のどこかにあるから、日本人としての矜持云々と言う詭弁で、70年もの間、真実を求めるための歴史の検証を怠り続けてきたのだ。明らかである。東京裁判の見直しもまた同じだ。はなからするつもりがないのである。「そんなことをしたら、せっかく努力を重ねて勝ち取った、陛下の免責問題をぶり返すことにもなりかねない。藪蛇のようなことはしないほうがいい」という。努力に努力を重ねて口車をあわせた結果、日本人の性根にまで食い込んだ自虐史観、どうするつもりですか?70年が過ぎてもはや日本人とは呼べないような日本人に日本人自身が変質し始めている。原爆を落とされ敗戦したショックから、負けた弱みでオロオロしてどんな目にあうのかと怯えきっていた時期はとうに過ぎた。戦争を堂々と戦っただけである。免責も引責も譴責も、そもそも存在しないのだ。堂々と戦ったように堂々と、行動の経緯、行動の判断、そして捏造ではない真実を解き明かせばいいだけのことだ。藪蛇になどなる訳がない。
まだある。南京虐殺などの捏造に対しても「謝って欲しいのなら謝ってやればいい。相手が謝って欲しいという限り、謝る側には立場的有利、つまり相手に対する強さの威嚇を保持できる」と云う。立場的有利とは、正しく分析すればすなわち、日本人の凶暴さという捏造を単に認めているに過ぎないことがわかるだろう。明らかな汚名である。検証して世界に真実を認めさせなければならない。捏造に過ぎない、と仲間内で認めて納得して喜んでいてもなんの解決にもならない。保守ともあろうものが、自分の汚名でないから、それを晴らそうと、真剣にならないのだ。戦争を戦った英霊の、祖先の、日本の、歴史的名誉の挽回を今しなければ、そして自虐史観の呪縛を今解かなければ、もう永遠に手遅れになってしまう、すなわち日本国を肯定できない日本人まがいの無国籍人が住む(ひとはそれを地球人または世界市民などと呼ぶ)歴史の中にかつて存在したらしい国と成り果てるだろう。
真珠湾70周年、国中がひっくり返るほどマスコミに騒いでもらい、国民に民族的歴史的危機感を喚起してもらいたかった。騒がず、自分のこと以外には無関心の、どうでもいい事勿れ主義、いい加減に止めてもらいたい。

・・・・・追記:2011年12月9日・・・・・
真珠湾に関してアメリカに嵌められたなどとは決して認めたくない、という勘違い保守(実はものすごく多い)に対して追記。
Rooseveltは日本を嵌めようと思って挑発したのではない。戦争をしたかったのだ、しかしアメリカの世論が強く強く反対していた。自分も「あなたたちの息子を戦場に送ることなど絶対にしません」と繰り返し繰り返し約束していた。この二律背反を解決するために実はアメリカ人たちを騙したのだ。日本挑発することは、目的のための手段であって目的ではない。例えば、America First CommitteeLend-Lease Actにも反対した。パール・ハーバーの見直しに関する真摯な態度がむしろアメリカ人に多く見られるのは、Rooseveltの本心をしっていて陰謀に嵌められたことに対してアメリカ人が怒っているからである。アメリカの中枢には、ハル・ノートや偽りの日米交渉さえ全くしらない人たちの方が多かったと言ってもいい。

In a speech in Des Moines, Iowa, Charles A. Lindbergh claimed that the "three most important groups who have been pressing this country toward war are the British, the Jewish and the Roosevelt administration".


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こちらは2011年7月11日の過去記事、タイトルを変えて新しく書き直しました。
Kimmel Family's Appeal
Book Reviews & Letters to the Editors by Tom Kimmel
2001-2002 Correspondence Between Admiral Kimmel's family and the President's office
Pearl Harbor Prior Knowledge: (非常に重い)
Video:Kimmel Family's Appeal to President Bush

Yukio Mishima


三島由紀夫vs東大全共闘 You Tube
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Mishima
三島由紀夫 : You Tube
三島由紀夫 : 檄文
三島由紀夫 :「決起」心の故郷
Yukio Mishima : Rite of Love and Death
(From my blog : Click My Heart) 憂国
Troops during 2-26 Incident:
2.26事件 :バーデンバーデンの密約 から

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追記:2010年12月3日
Yukio Mishima Overtaking the Self Defense Forces
三島由紀夫 - 松本清張が事件にせまる
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 & No.5 :
参照:念のために 松本清張とは:Tel Quel Japon 過去記事

三島由紀夫私見:日本文学に生き憂国美学に死んだ日本人作家と認識している。歴史や政治を文学や美学の鍋で調理する生まれついてのやはり作家である。作家の才能は対社会的及び生い立ち的(または私生活的)葛藤や格闘によって醸成されることを見落としてはならない。言うまでも無く作家の才能は巨大なフィクションの構築にこそ充分に発揮される。
私も当然三島の死に驚いた一人であった。産経新聞にその自決について投稿したのを覚えている。その内容(記録)が見つかり次第、ここに書き出してみたいと思っている。葬儀で追悼文を読み上げた村松英子が後に自殺未遂を起こし世間では「後追い」と騒がれていた。その時期私は詩集「2N世代」を出版し、村松氏に贈呈、それに対し心のこもったお返事をいただいている。自殺のさなかにとても書けるものではない。従って噂は週刊誌を売らんがための捏造のひとつであると確信している。

          お勧め三島由紀夫 最新本
          お勧め本

・・・・・追記:2010年12月24日・・・・・
青年日本の歌歌詞のblog: 映画「2・26」より:中国故事

・・・・・追記:2011年11月8日・・・・・
私には食うや食わずで文学をやっていた青春時代の数年間がある。その頃の友人(男性)の一人(Aとする)が三島由紀夫の恋人であった。Aを私に紹介してくれたのは当時の友人B(女性)である。BはAと三島の情事の場所(場面ではない)も目撃している。Aからも確認をとっているがAの友人たちはほとんどその内容を見聞きしているようだ。信じられようと、疑われようとどうということはない。私がBに出会ったのは三島が死ぬ前、Aと親しくなったのは三島の死後である。(Bはずっと後の1997年に『女のいない死の楽園 供犠の身体 三島由紀夫』で女性としての独自の視点で三島を論じ第一回女性文化賞を受賞している。)しかし今その方向で三島を論じるつもりはない。日本学生協議会会報に掲載されたクラブ七曜会の先輩SF氏の筆になる全く違う観点からの三島由紀夫論を、私はBと出会う既に2年前に読み強い印象を受けていた。思想論精神論で三島と出会っていたのだ。クラブは東大の土曜会や(上の村上建夫氏など)三島の楯の会の人たちとも交流があった。また先ほど文学といったが、私の出発点は第四の短詩型文学の確立を目指す、文学史的には革新川柳に近い世界だったので、作家としての三島由紀夫に文学的に親しみを感じていたわけではない。いずれにせよ三島由紀夫を総合的に捉えるにはこの三方向からの同時アプローチが必要ではないかと常に思っている。ただ青春をおくった時代を考えてみれば、私にとって一番印象深い三島由紀夫はここに最初に取り上げた「三島由紀夫vs東大全共闘」のシーンとやはり、その後の切腹である。特に切腹は長い間謎であった。謎ではあったが、言葉にできないにしてもある程度の感覚的解答は40年の間に私の中で醸造されていたのではないかと思う。2010年12月24日の追記には2・26を出しているし、Click My Heartには映画「憂国」のFilmを置いている。

最近偶然に226事件に関する素晴らしいFilmを見たので、それをリンクしたペイジを作った。Tel Quel Japonにこられる方にも是非見ていただきたい。三島ではない。こちらは226事件だ

そして今朝である。切腹の謎を言葉にできる、振り返ってみれば何も新しくもない当然のことなのだが、言葉にしてみようと思った。目を開けると、三島に関して美輪明宏がインタヴューを受けていたシーンがよみがえった。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれない。美輪「三島さんの背後に軍服を着た人の霊が見える、と言ったら、三島さんの顔がさっと変わった。誰だ、○○か、××か、△△か、??。当たると霊がすーっと消えるので、誰だかわかる。磯部かと聞かれたとき、そうその人、と私が答えたら、その軍人さんがすーっと消えた」「そんな名前を聞くもの初めてなら、何をした人かも全く知らなかったけれど、その人だと分かった」...
数日前に226秘話を熱心にみたせいもあるのかもしれない。しかし三島由紀夫事件は226の(時代背景を違えてはいるが)再現であると直感した。そして三島由紀夫事件のエンジンの油となったのは、三島由紀夫にとりついた磯部浅一霊ではなかったかと。
長々と書いてきたのは、これをTel Quel Japonの仮説とすると宣言するためにである。霊感の強い美輪氏の発言である。輪廻転生を信じた三島由紀夫である。誰に笑われようとも三島由紀夫がこの仮説を一笑にふすことは決してあるまい。なにより三島事件の三島の行動をこれ以上の説得力を持って解釈する術が、他に存在するとは思えない。

参照:いろいろ探してみたがこのBlogにリンクさせていただくことにした。

・・・・・追記:2011年12月6日・・・・・
11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち:予告編
・・・・・追記:2011年12月10日・・・・・
三島由紀夫は全共闘にどんな幻想をみたのだろうか?
三島由紀夫は全共闘に何を求めたのだろうか?純粋さだけか?
三島由紀夫は何故死ななければならなかったのだろうか?
死へのあこがれか?今まではそう思っていたのだが、
三島は死ななければならないと、思っていたのだ。
命をかけるものがあったのだ。命を差し出さなければ自分の中で完結できないものがあったのだ。
226の結末を知っている三島は、完結を切腹という様式美にまとめあげて反逆を劇作に仕立て上げた。
なにが反逆なのか?三島にはその認識があったのだが、だれも問うた人はいない。

・・・・・追記:2012年12月16日・・・・・
あまりにも追記が重なるが、あえて追記する。
美輪明宏が語る三島由紀夫
村松剛が語る三島由紀夫:その1 & その2 :

・・・・・追記:2013年2月9日・・・・・
参照:新宿騒乱と三島由紀夫
参照:映画「Mishima」Full

テーマ:憂国 - ジャンル:政治・経済

Committee on Public Information

Committee on Public Information: CPI

materials produced and used by the Committee of Public Information are readily available and provide a fascinating insight into the way the American government promoted the war to the American people.

George Creel:Wikipedia

Creel gathered the nation's artists to create thousands of paintings, posters, cartoons, and sculptures promoting the War.

CPI & George Creel & Edward Bernays:

その象徴的な活動ともいえるのが、17年、時の大統領ウオードロー・ウイルソン(Thomas Woodrow Wilson, 1856-1924)により設立されたパブリック・インフォメーション・コミティ(Committee on Public Information = CPI)です。クリール委員会(Creel Committee)とも呼ばれた、ジョージ・クリール(George Creel, 1876-1953)を委員長とするその委員会は、全国的なパブリック・インフォーメーション活動を展開し、戦争活動に賛同する世論を形成する活動を行い、世論を味方につけることに成功しました。バーネイズは18年からメンバーとしてその委員会に参加し、プレス・エージェントの経験を活かしながら世論形成の手法を学んでいきました。

CPI>the Division of Pictorial Publicity:Posters at War

Within days after Congress declared war against Germany in April 1917, Charles Dana Gibson (creator of the "Gibson Girl") gathered a group of artists who pledged their talents to the promotion of the war effort. The organization was soon absorbed into the Committee on Public Information set up by President Wilson under the title of the Division of Pictorial Publicity.

このペイジは何を言いたいのかわかりにくいと思いますが、第2次世界大戦の参戦に苦労したRooseveltと同じ苦労をあの平和のための14原則のWoodrow Wilsonも第一次世界大戦参戦に苦労したという説明とその内容を展開していくためのペイジです。
日本が四方を海に囲まれているために鎖国が可能だったことを考えると、アメリカは太平洋と大西洋に守られている国です。国民は自存自衛のために戦争などする必要もないし、したくもないのです。RooseveltやWilsonは一般のアメリカ人とは全く異なる発想をしていて、そして大衆を引っ張るためにいろいろの人材を集めて作戦を立てる必要があったのです。大衆心理操作作戦です。その道のプロがこの人です

銀座ブルース 柴田哲孝著

柴田哲孝著「銀座ブルース」(双葉社)を読んだ。
ぱらぱらと見たとき「帝銀事件」や「下山事件」がテーマになっているようだったので入手した。読んでみると期待した程の内容ではなかった。それで図書館に返却しようとして、その前に「尾行」を読むと、これがケーディスと鳥尾 鶴代との例の不倫事件と昭和電工疑獄事件を取り扱っていた。今までは上流階級婦人の単なる火遊びだと思っていたが、ここでは内容が違っていた。鳥尾 鶴代はKadesを嵌めるのだ。堂々としたスパイである。いろいろ調べてみたがこれはfictionであるし、またこれ以上のことは謎のままだ。この頃は有名ななになに事件も多いし、冤罪も多い。前から気になっていたが、GHQの内部抗争や共産党の激動、中野学校出身者たちの暗躍、政治の不安定、何が何の敵で、何が何の味方か、あまりにも混沌としている。ロング・ショットでみると、思想というよりも金銭欲がメインファクターで、そうみると、少しは筋が読めてくる。しかしやはり時代の歴史と個々人の人生の歴史も絡んでくるので、しかも報道規制もあるので、何がどの観点から真実なのかはわからない。
そういえば、以前にもこのへんのことを後回しにした記事を置いている。
Tel Quel Japon 過去記事
GHQに協力した日本人、その様々な機関、そしてGHQの主要人物、政策の変遷、ひとりひとり、ひとつひとつ、検証していかなくてはならないとは思っているが、正直今はそこまで手が回らない。関心を持続するため、少しづつ興味半分に眺めて、後年の下ごしらえだけはしておこうと思っている。偏見を持ちたくないし、誰かを批難もしたくない。見るも無残に地面に叩きつけられた混乱の戦後を切なくも精一杯に生きた皆同じ敗戦国の日本人であるからだ。

・・・・・追記:2011年12月4日・・・・・
20111105たかじんNOマネー_陰謀2_下山事件2

Barbara Walters Interviews Gadhafi : CFR

正論新年号、折節の記は米紙がいかにメディア的捏造をして狂犬カダフィ大佐のイメージをつくりあげて、NATO軍を使ってやりたい放題に気に入らなくなったカダフィ大佐を血祭りに挙げたかを説明している。それでいてなんの批判もうけないところが、恐れ入りましたのメディア・マインド・コントロールである。

問題のCFRの名簿を入手した。
A ー Z Membership Roster CFR
数日前にこの名簿にも出ているアメリカの人気女性キャスターBarbara Waltersが1989年にGadhafi をinterviewしている動画を見た。
Jan. 27, 1989: Barbara Walters Interviews Gadhafi
Barbara Waltersが1989年のinterviewについて思い出を語っているものも探し出した。
ABC's Barbara Walters speaks with CNN's Anderson Cooper about interviewing Libya's Moammar Gadhafi.
ビックリ、Barbaraがカダフィ大佐がCFRに来て話をしたと言っている。早速カダフィ大佐のその時のvideoを探してみた。
Qaddafi discusses Iran, Terrorism with CFR 2009
アメリカにとって利用価値がある間はカダフィはCFRと何らかの関係を持っていたのだろう。つまりは言うことを聞かなくなるとこうなるのだ。そういえばイランのパーレビ国王もそうだった。もともとはアメリカが面倒を見ていたのだ。パーレビ国王追放のイラン革命もCIA主導だという話もありました。ホメイニが帰ってきてややこしくなった。結果アメリカは番頭国をなくした。カダフィ大佐、狂犬というよりも、堂々として思慮深くさえみえる。ただし繰り返すがこのペイジはカダフィ擁護論とは無関係である。
何故このようなものを探したかと言えば、アングロ・アメリカン・エスタブリッシュメント(ほとんどがCFRのメンバー)というものが、どのようなことをしているのか、一例を見てみたいと思ったからだ。CFRは大抵問題になるときは例のFRBとクロスして出てくるのだが、このBarbara Waltersさん、FRB会長だったグリーンスパンさんの恋人だったというから、たしかに並みの人間では相手にされないアングロ・アメリカン・エスタブリッシュメントなるものの凄さを垣間見た思いがした。こういうメディアで仕事をする人は、顔を出さないわけにはいかないので、一番掴みとりやすい。また情報操作や捏造はメディアの最も得意とする分野なので、CFR検証のいの一番にBarbara Waltersさんを選んでみた。
参照:詩集「2N世代」Barbara Walters & CFR:
現在日本人のCFRメンバーがいるのかいないのか、いれば誰なのかは不明だが、おそらく誰かあるいは、誰か達を通して日本のメディアは間接制限や間接指導を受けているはずだ。日本のメディアにはどこかに出かけて情報を独自に収集して分析して独自の見解をnewsに盛り込むようなジャーナリストはいない。CFRに限らずとも、どこかの息がかかっている。考えてみればよその国のPropagandaをこの国は増殖しているに過ぎない。現にカダフィのことをほとんどの人は単なる狂犬だと信じていたのではないだろうか?

今年の3月のカダフィ大佐のinterviewがあるので、ついでに出しておく。
Full Colonel Gaddafi interview 02 March 2011
非常に残酷なカダフィ大佐死亡ニュース
目を背けずにご覧あれ。嬲り殺しだ。

・・・・・2011年12月18日・・・・・
CFR 外交問題評議会

正論 12月号 2011年 & 別冊正論 16

(1)正論12月号 & (2)別冊正論

(1)正論12月号
大東亜戦争の読み方と民族の記憶(上)
京都大学教授 中西輝政
○まず文章の引用のある「はなうさぎ」さんのBlogにリンクさせていただきます。(2011年12月31日追記:12月27日にお亡くなりになった花ウサギ様のご冥福を心よりお祈り致します)
Tel Quel Japonでは先月10月「日米了解案」というカテゴリーを創設して、一般に思われているように松岡がせっかくまとまりかけていた「日米了解案」なるものを握りつぶして、交渉を決裂させようとし、日米開戦を強行しようとした開戦派である、などというのは大間違いであることを証明しようとした。さらに三国同盟に関しても既に資料を集めて、それが決して松岡の独断ではないこと、そしてパワー・バランスの点から、ロシアを封じ込めるために、絡みついてくるアメリカを牽制するために、また完全に孤立無援とならないためにどうしても同盟国を必要としたことなどをさらに詳しく実証しようと考えていた。しかしこの中西輝政氏の記事を読んで、その必要がなくなったと、肩の荷を下ろした。中西氏は私の記憶では、以前は松岡のことを

松岡は、日本を意図的に滅ぼそうとしていた、あるいはそのリスクも顧みずに日本をひたすら対米戦争に突き進ませようとしていた、(というふうな捉え方をされていた。おそらく松岡がIPRで演説をしたことがあるので、深く関係していると思われたためだろう。松岡の資料を調べてこのIPRの演説を見てみたが、田中上奏文を偽物だと説明している内容だった。wikipediaなどで、日本は田中上奏文が本物でないことを国際的に解説したとあるが、内容をよく見ると、全部この時の松岡の演説で、つまりは田中上奏文が偽物であることを国際的に解説し、納得させたのはほかでもない松岡で、松岡ひとりの仕事だったことが分かった。他に誰もそういうことはできないのだ。また後に国際連盟で日本の全権大使として大勢の有力団員を差し置いてあの有名な演説の大役が回ってきたのは、このIPRでの演説能力を評価されてのことだと言うこともわかった。私がこの12月号で肩の荷を降ろしたのは、中西氏が以下のように書いておられるからだ)松岡は、日本を意図的に滅ぼそうとしていた、あるいはそのリスクも顧みずに日本をひたすら対米戦争に突き進ませようとしていた、という人物ではない

従来の昭和史は、日独伊三国同盟を締結した松岡を悪者にしてきた。しかし彼は終始、日米開戦を恐れていて、南部仏印進駐にも強く反対していたのである。三国同盟締結は確かに大きな過失ではあるが、そもそも彼は、日本への圧力を強めつつあったアメリカヘの抑止力としてソ連をまじえた「四カ国同盟」を構想していたのである。(も中西氏の記述である。肩の荷を降ろしただけでなく国会図書館などから多数借りていた不要になった書籍をごっそりと即返却した。最近の「日米了解案」のカテゴリー創設及びその中に書こうとしたことは、対中西輝政氏を念頭に置いて取りかかったということを告白しておく。「従来の昭和史は、松岡を悪者にしてきた」これを明記されるには大変な勇気が必要だったと思う。しかしコンクリートのように固まってしまった東京裁判史観に風穴を開けるには、この楔を打ち壊すのが最善の策なのだ。正義の女神が過去の賞罰の多くにそのところを変えることを要求するためには。

また西園寺に関しては

最後の元老、西園寺公望の孫、公一(きんかず)も、その工作網の一員だったと思われる。言うまでもなく、西園寺は盧溝橋事件が起きた一九三七(昭和十二)年以降、尾崎秀実と二人三脚で動き、ドイツ大使館に仲介を頼んだ日本と中国国民政府との和平交渉(トラウトマン工作)をつぶした。...
そしてその西園寺が実は、先の怪しげな「日米交渉」に関わっていたのである。アメリカの民間人からの素性のよくわからない交渉の打診は、井川が知り合いの西園寺に伝え、西園寺が首相の近衛に伝えた。そして、近衛が交渉開始を決断したのである。(西園寺が怪しいと考えておられるようだ。少し長いがこのYou Tubeを中西氏にお礼として提供したい。西園寺が登場する、この顔、この言葉、中西氏がおっしゃるように「俺は尾崎のアルター・エゴだ」と自分で告白している、わかったところで日本において警察ごときにこの西園寺を逮捕出来まいという表情が読み取れる。(今はやりの言葉を使えば、ドヤ顔そのものである)中西氏はどう判定されるだろうか?

参照:コミンテルンの工作から見る第2次世界大戦 4年前

山田 この尾崎の主張に動いた松岡洋右外相はしつこく即時参戦を繰り返し、単独で天皇にまで上奏した。

(松岡は北進を上奏したのであって、尾崎の主張に動いたわけでも、即時参戦を主張したわけでもない。なかなか興味深い話し合いなのだがこのような、無茶苦茶が時々ある。)

あと少しで「正論」新年号が発売され、中西氏の「大東亜戦争の読み方と民族の記憶(下)」を読むことができる。米国の心理作戦で洗脳され思考停止に陥った昭和の歴史がいよいよ覚悟を決めて手術台に上げられるのか、それとも手術台には相変わらずミシンとこうもり傘がのせられたままなのか、緊張している。

・・・・・2011年12月9日・・・・・
花ウサギさん以外にこちらにもリンク

各種の対日工作が、天皇陛下にまで誤った情報が吹きこまれるほど日本の中枢を完全に巻き込んで成功裏に進んでいなかったら、事態は大きく異なっていただろう。

中西氏の今回の記事が画期的なのは、この部分だ。松岡を排除せよと天皇陛下の発言があったために、恐れ多くて誰も触れなかった。だから70年間も「せっかくの日米交渉の努力が松岡によって握りつぶされた」と定着したままになっていた。さらに富田メモもある。今回の中西氏の記事によって、あるいは西木正明氏の「パールハーバー」によって、初めて日米交渉なるものの実態に目を向けた方もたくさんいらっしゃるだろう。よく言われるように近衛内閣はスパイの巣だった。中枢のほとんどが、騙される状況にあった。誤った情報は常に吹き荒れていたのである。尾崎は近衛のブレーンとしてその周辺で絶大な信頼があり「南進」に向けてのえげつないまでの工作をし、周囲を意のままに操っていた。尾崎の逮捕(その3日後に第三次近衛内閣崩壊)は松岡が排除されてからおよそ3箇月のち、司法省からゾルゲ事件が発表されたのは、それからさらに7箇月のち、真珠湾の日からすでに5箇月以上が経過していた。

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(2)別冊正論
世界のモンゴル学者に愛された〝無冠〟の才媛 磯野富士子
東洋史家 宮脇淳子
○当Blogコメント欄でその著作が話題になっている宮脇淳子氏、You Tubeの講演も楽しい。その宮脇淳子氏が別冊正論で磯野富士子氏を取り上げた。磯野富士子氏が渋沢栄一の曾孫である、と知って吃驚。Tel Quel Japonでは今までに2度磯野富士子氏の名前が出てきた。Owen Lattimore及びHerbert Norman関連である。一体何ものなのであろうか?という不審の目で見てきた。Owen LattimoreもHerbert Normanも日本敗戦後の天皇処遇に関する過激発言で、さらにHerbert Normanはノーマン憲法と呼ばれる日本憲法に関して、そしてまた近衛文麿の自殺の導火線に火をつけた人物として、歴史に興味のある保守派の日本人にはよく知られている筈である。
Tel Quel Japon過去記事1:磯野富士子
Tel Quel japon過去記事2:磯野富士子

参照: Owen Lattimore interviewed by Caroline Humphrey, 21st May 1983 – Part 1
参照:Owen Lattimore interviewed by Caroline Humphrey, 21st May 1983 – Part 2
参照:Owen Lattimore, the first target of Senator McCarthy

ラティモアと磯野富士子の間には岸恵子がゾルゲに向けるような深い共感が存在したのだろうか?宮脇淳子氏にとってのラティモアもやはり岸恵子にとってのゾルゲなのだろうか?信じがたい。少なくとも、磯野富士子氏にとっても宮脇淳子氏にとっても、そして岸恵子氏にとっても赤狩りのMcCarthyはアメリカの狂気であり、ゾルゲもラティモアも愛すべき被害者だという共通認識があるのだろう。モンゴル研究家の宮脇淳子氏にとってラティモアは身内感覚の人、MaCarthyは敵対すべきファシストといった認識ではないだろうか?それともう一つ、渋沢栄一の曾孫である磯野富士子氏が夫と別居してまで何故Lattimoreの学術的・生活的面倒までみようとされたのだろうか?Normanが日本の知的上流階級と強い信頼の絆で繋がっていたように、Lattimoreも日本の知的上流階級の間では、信頼できる人物として何か歴史的パイプでもあったのだろうか?
参照:Tel Quel japon過去記事:Owen Lattimore
参照:Tel Quel japon過去記事:Owen Lattimore
参照:Tel Quel Japon過去記事:Herbert Norman
参照:近年の論壇

中西輝政氏の主張では、ヴェノナ文書やミトロヒン文書により、ジョセフ・マッカーシー上院議員の”赤狩り”が寧ろ、カウンター・インテリジェンスとして正しかったとしている。

・・・・・追記:2011年11月30日・・・・・
渋沢栄一の曾孫である磯野富士子、どうなんだろう以下のことをご存知だろうか?
Owen Lattimoreに関して、ひとつは、日米開戦時に蒋介石を通して、Rooseveltに強い口調で開戦をけしかけさせている。もう一つは:自書「アジアにおける解決」のなかでこう述べている。

天皇と天皇位継承の資格のあるすべての男子は、中国に流して抑留し、国連の監視下に置かれるべきである。

岩波現代文庫「昭和天皇1945-1948」高橋絃著 P.21
終戦後の天皇の処遇に関してラティモアはアチソンと同様”中国派”の代表格であり、それに対する”知日派”にはグルーやボートンらがいた。

渋沢栄一が日本IPR設立の中心人物で評議員会会長だったこと、Owen LattimoreがIPRの機関紙Pacific Affairesの編集者だったことを考えると、磯野富士子氏とOwen Lattimoreの関係はモンゴル研究だけでなく、ずっと古くから家族的な接触もあったのかもしれない。Normanと朝吹登水子氏が軽井沢繋がりの幼馴染であったように。

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