TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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Marie Curie et Irène Joliot-Curie

Correspondances de Marie Curie et Irène Joliot-Curie
という放送を見つけた。Marie Curieと、娘の往復書簡集である。
手紙を二人の女性が音読する番組である。ゲストには娘の子供、Marie Curieの孫娘が登場している。三人それぞれを改めて調べてみたが天才女性が三代続いた珍しいケイスだと感嘆した。
原子物理学を切り開いた、新しい時代を導いた最高頭脳の三代である。
Correspondances entre Marie Curie et Irène Joliot-Curie
番組ペイジ ↑三角をクリックすると70分の放送が聞ける。
番組収録時(半年ほど前)の動画の一部はこちらで。
Marie Curieの娘もノーベル賞を受賞している。大学の教授でもある。違うのは娘のほうは政治家でもあった。
・・・・・・・・・・
Tel Quel Japonに紹介するような放送ではないが、母娘を調べているうちに、母娘の原子物理学は、原爆や原発とどう関わってきたのか、どう関わらないできたのか、気になってきた。研究を破棄したのか、何故他国のスパイに拉致監禁されなかったのか。

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調べている過程で、今年2月21日の西尾幹二先生のBlog記事をふと思い出した。
とりあえず、内容を肯定するサイトを4つ、見つけた。平和国家になるために、隠したほうがいいと判断されたのだろう。それだけだ。国の生存をかけて戦うということに関して、その頭脳に於いても着眼に於いても、決して飛び抜けて遅れていたわけではない。平和を愛する諸国家にありったけの信義を委ねるために、学問的業績まで隠蔽してしまったままなのだ。
1.原水禁  2.荒勝文策  3.日本・原爆開発の真実
4.仁科芳雄
追記:5.NIELS BOHRと仁科芳雄 
6.Tel Quel Japon過去記事: 7.Tel Quel Japon過去記事

・・・・追記:2011年7月23日・・・・
ザ・スクープスペシァル06年8月6日放送
放送No.1 & 放送No.2 :

・・・・追記:2011年7月30日・・・・
探せばあるものだ。
破壊されたサイクロトロンこぼれ書き
日米の原爆製造計画の概要
サイクロトロンを米軍が接収海中投棄
彦坂先生の知られざる業績
以上の元サイト

・・・・・追記:2011年8月18日・・・・・
こういう優れた日本人もいた。話題にならないのはどうしてだろう。
物理の歴史(原子)
J. Robert Oppenheimer receiving the AEC Enrico Fermi Award

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リメンバー「真珠湾」を演出した男



K氏に「Homer Lea」の拙稿をお見せしたら、興味ある本を紹介していただいた。
VISIONS OF INFAMYーThe Untold Story of How Journalist Hector C. Bywater Devised the Plans that Led to Pearl Harbor By William H. Honan (Author)
上記の本は1991年に出版され同年翻訳本も出ている。
監修の猪瀬直樹氏による「太平洋を挟んで育まれた共同幻想」という解説がついている。日露戦争以降、太平洋戦争が始まるまでの間に、双方から無数の「日米未来戦記」が出版されまたその多くがベストセラーになったという、あまり知られていない事実が具体的に紹介されている。(参照:大正期における日米未来戦記の系譜
上の写真が、記事タイトルになっている書物の、原書である。著者のWilliam HonanはThe Great Pacific Warの著者であるHector Charles Bywaterの人生を詳しくこの本で紹介している。

Reporter Predicted Japanese Attack
The Prophecy of Hector Bywater
1925年の「太平洋大戦争」でHector Bywaterが真珠湾攻撃を予測したというのが、リメンバー「真珠湾」を演出した男、のつかみである。1991年なら比較的最近である、大正時代に「真珠湾攻撃」を想定した本を書いた人物がいるというような話を、ちらりと聞いたような気もする。
1925年の「太平洋大戦争」によるかなりの予言は当たっているが、真珠湾攻撃に関しては、うわさに反して具体的には書かれていないらしい。しかしHector Bywaterという人物、およびその想像力、影響力は驚くべきものがあったということだ。時間のない方には猪瀬氏の解説だけでも、読む価値があると思う。日米戦争に至る時代の勢い、大衆の雰囲気(集合のベクトル)という観点から歴史を見ることができる、これは忘却された新しい視点である。中古品が安く出回っているようなので、興味のある方にご一読をお勧めしたい。

追記:2011年7月22日:時系列で説明すると...
バイウォーターが「太平洋大戦争」を書いたのが1925年、ウィリアム・ホーナンがグリニッジ・ビレッジの古書店で「太平洋大戦争」を偶然手に取るのが1967年。この本が真珠湾攻撃の16年前に書かれたことを知って、驚いたホーナンはその時からバイウォーターのことを調べ始めた。結果「真珠湾を知りすぎた男ーVisions of Infamy」がホーナンによって出版されたのが、1991年。
・・・・・・・・

The Great Pacific War by Hector C Bywater:
ここにも紹介されている。右下をSurfしたら他の記事も読める。
古い雑誌の興味ある記事を集めたこのサイトは本当に素晴らしいほかの関連頁も全部読みたいと思う。
当時の記事は後に検証された記事とはまた別の、当時の空気を生に再現するという価値がある。戦後、読むべきもの、読むべからざるものを意図的に選択され、見解を誘導されることに慣れ過ぎている日本人には、こういった外国の古い雑誌の記事は、特に新鮮だし価値がある筈だ。


///////追記:2011年7月23日///////
この種の軍事もの作家の中で一方の傑出した人物がBywaterだとすると、もう一方の興味深い人物を一人に限定すると、平田晋策ということになるだろう。少しリンクを紹介しておく。
平田晋策の生涯1 & 平田晋策の生涯2

///////追記:2011年7月23日///////
田中上奏文ーHomer Lea,田中上奏文ーBywater,田中上奏文ー平田晋策、...と考えていくと、当時何の根拠もなかった田中上奏文は、きわめて質の高い大衆エンタテインメントにその根源を発するのではないかと思えてくる。彼らはその頭脳及びその想像力の高さゆえに、正確な予知予言となり、ある意味時代(戦況)を方向づけてもいる。翻訳され海外でもベストセラーになったものもある。それが軍国主義日本のイメージを醸造させたのかもしれない。大衆エンタテインメントが、スパイたちに利用されたのだ。いずれにせよ、太平洋両岸のベストセラー作家たちは、不幸な死に方をしたり、不遇のうちに亡くなっている。頭脳の明晰さゆえに調査能力が高すぎた、想像力が緻密過ぎた、そして未来の軍事戦略に利用されり、機密漏洩の疑いがかけられたりもした。
この文章のタイトルにもなっている、書物のつかみは実はもう一つあって、書の中で筆者のWilliam Honanは、「Bywaterは山本五十六に暗殺された」という自説を展開している。仮にそうだとすると、日米未来戦記の作家の知的水準と情報収集力は、(その存在が目障りだという点で)国家水準を超えていたことになる。
猪瀬氏の解説は「彼らの役割は、戦争が現実のものとなった時終わりをつげたのである。ペンで戦争を引き起こした彼らは、充分に報いを受けた。」と締めくくられている。敗北した大日本帝国を否定するあまりに、はるか前の時代を生きたベストセラー作家まで、後付けで戦犯にしようという、筋の通らない、(戦後の一億総懺悔の)ワンパターン思考である。藤田嗣治を日本から追い出した、戦後日本のヒステリーと同種の、時代をさかのぼっての自国民の虐待である。

・・・・・追記:2011年8月9日・・・・・
○水野廣徳(みずの ひろのり) No.1 & No.2 & No.3 :
阿武天風:
○櫻井忠温: No.1 & No.2 & No.3 & No.4 ?:
山中峯太郎: 違星北斗研究会&山中峯太郎 :孫文やボースを支援

・・・・・追記:2011年8月18日・・・・・
The Century of Black Ships: 猪瀬直樹

Herbert Norman

Herbert Norman

In 1950, Lester Pearson, then Secretary of State for External Affairs, visited Japan at a time when the Cold War atmosphere was distinctly chilly and Norman was facing U.S. Congressional allegations of being a communist and even a spy on behalf of an enemy power. Norman, a long-time friend of Pearson, is shown here greeting his "boss" at the airport in Tokyo.

レスター・ピアソンは長い間、カナダのディーン・アチソンであり、あるアメリカ下院議員が後に指摘したように、ハーバート・ノーマンの件はカナダのアルジャー・ヒス事件になっていたかも知れなかった。ノーマンは、アルジャー・ヒスがアチソンに守られていたように、そのキャリアを通してピアソンの保護下にあった。またピアソンは、アチソンと同じように、最後まで彼の共産主義の信条で結ばれた補佐官に「背を向ける」ことを拒否した。
成甲書房刊「国防長官はなぜ死んだのかーフォレスタル怪死と戦後体制の大虚構」コーネル・シンプソン著、P.239より 上の写真の解説として。


E. Herbert Norman: Wikipedia
E. H. Norman Digital Archive:
Norman's assessment of Gen. Douglas MacArthur's address to the U.S. Congress on April 19, 1951
H.Norman : Communism:

while he was induced to review several books for Amerasia, Pacific Affairs, and Far Eastern Survey, he did not find much time for any other subjects. It is apparent he attended several gathering, described in the correspondence of Shigeto Tsuru as S.G. 3 (Study Group No. 3)....
In 1938, NORMAN became a research associate with the Institute of Pacific Relations. ...


In pursuit of Norman
RCMP Report on Egerton Herbert NORMAN
Canadian ambassador jumps to his death April 4, 1957 :Norman死亡Newsを聞く。

Herbert Normanは日本では、どのような扱いを受けているのだろうか。日本語資料リンク ( 見事にバラバラである)
No.1 & No.2 & No.3 & No..4 & No.5 & No.6 :
No.7 & No.8 & No.9 & No.10
ノーマン第二のゾルゲ説というのが中に登場していたが、評価の分かれかた等、そっくりだ。一人は日本を敗戦に導き、もう一人はその敗戦を永遠にした。単純明快なのだけれど。
この記事をカテゴリー(Photo)のところに入れておいたが、思い切って今日(諜者必衰)のカテゴリーに入れ替える事にした。立場を明確にしたかったからだ。暗殺されるのはなにもForrestalのような強い反共主義者だけではない。知りすぎて疑われ口を割りそうな共産主義者側のスパイもまた、容赦なく消される運命にある。Normanは自宅のそばの9階建てのビルの屋上から、なんと後ろ向きに歩いて転落死するという「自殺」を遂げている。それにしてもNormanはどのようなポジションにいた、どの程度の大物?なのだろうか。面白い写真を4枚以下に掲載する。写真解説はNorman研究家である貴方の手に委ねてみたい。(追記:こんな書き方をしているが、そんな「あなた」がいてほしいという切実な願いだ)

Yoshida
左端がNorman、中央はご存知吉田茂である。重要なポイントだ。

Norman 5
エジプトのカイロで変死したNormanの死を悼んで、日本では追悼の会が開かれた。日本史の中でどのように扱われているかが、被写体の顔を見ればよくわかる筈の図だ。歴史とはこのようなものなのだろうか。

Memorial Sign
Among those signing the memorial scroll were (from the right) Iwamura Shinobu, Matsukata Saburo, Maruyama Masao, Iwanami Yujiro, (写真が途切れているが実際はYoshino Genzaburo, and Okubo Genjiらの名前もある)。各人をチェックすると、日本ではNormanは決してスパイとは認定されないと思えてきた。なるほど、日本史はそう流れてきて既に事実としてそうなっているのだ。
Lester Pearsonが首相を経験していて、その上ノーベル平和賞を受賞していることも加味するとたとえばNo.7の説はNormanに関しては、すべて既に明かされた事実なのだが、どう考えても機能するには障害がありすぎるだろう)

Norman Occupation
General Douglas MacArthur ,Norman, and Lt-Gen. R. L. Eichelberger, US 8th army
・・・・・・・・・
追記:2010年4月3日(上記は2009年8月21日の原稿です)
○E. Herbert Norman, Norman Writes About Joining the Communist Party, March 3, 1937(兄への手紙で、ケンブリッジで共産党に入党したことを告げている)直接のきっかけはピカソと同じで、やはりスペイン内乱。
Norman’s Suicide Notes
Newspaper or Magazine Articles about Herbert Norman
・・・・・・・・・・
追記:2010年4月8日
工藤美代子著「悲劇の外交官 ハーバート・ノーマンの生涯」1991年岩波書店刊、を読んでいる。どのような立場から書いているかは、出版社からも推察できると思うが、労力を惜しまない力作の名著であった。登場すべき人物はすべて登場しているので、ここで内容に触れる時間は無いが、意外と思われたことだけを少し書いてみたい。ひとつは1946年頃しばらくの間ノーマンは三笠宮の英語の家庭教師をしていたと言う事実である。もうひとつ、ノーマン夫妻は1948,49年頃朝吹常吉一家の軽井沢の別荘を借りていた、そして家族ぐるみの付き合いをしていた、ということで、これに関しては朝吹登水子の証言もある。ノーマンはさすがにというか、意外にというか、日本語資料は驚くほど多い。近衛の自殺の引き金を引いたのは周知の事実だが、それはこの書でも、確認できる。石垣綾子との交流からはオーウェン・ラティモアを連想させるが、頭脳明晰で知識人からの圧倒的支持と尊敬を受けているところは、どうしてもアルジャー・ヒスと重なってくる。あるいは、キム・フィルビーか。3人とも知性が匂う紳士であることに間違いは無い。私的結論としては、この人もやはりファシズムvsコミュニズムで思考していたのだと思う。このパラダイムの崩壊が、彼の自殺の原因だと思う。もしそうでないとしたら、残るは他殺しか思い浮かばない。
もう一冊「汚名ーアルジャー・ヒス回想録」1993年晶文社刊を同時に読んでいる。こちらは本人が書いているので、ニクソンとフーヴァーとチェンバースが3人の悪党と言うことになっている。目新しくかつ意外だったのは、刑務所生活をくどくどだらだらと一章を設けて書き記していることだ。
参照:The Alger Hiss Story :
不謹慎かもしれないが上の三人のいずれかを主人公にした映画を見てみたい。誰のものが一番優れた映画に出来上がるのだろう。結果が明らかで描きやすいという意味では、キム・フィルビー、一番の大物としてはアルジャー・ヒス、戦後日本への影響を考察するにはハーバート・ノーマン。その前により深い歴史的解明と解釈が必要だが。監督と脚本家がどう扱うかを見てみたいのだ。

上の記事の最終入稿は2010年4月8日
・・・・・追記:2011年5月22日・・・・・
(一番上の写真でノーマンと握手している)Lester B. Pearsonの亡くなる2か月前のinterviewを見つけた。
Lester B. Pearson reflects on a life in politics
元気そうな声をしている。何かの参考になればと思う。イギリスの陰に隠れてカナダという国の第二次世界大戦中の行動は見えにくいが、少しでも光を当てる必要がある。最大にして最強のスパイと言われるWilliam Stephensonも何を隠そうカナダ人であった。
参照:Tel Quel Japon 1 & Tel Quel Japon 2
Lester B. PearsonのYou Tubeを3本見つけた。
Lester B. Pearson:
You Tube1 & You Tube2 & You Tube3
Herbert Norman はこのような驚くほどの大物とタッグを組める大人物だったわけだ。Herbert Norman の働きを解明できたとは言い難いが、日本史の中のノーマンに外から光を当てるという意味では、新しい視点を二人のつながりから世界史の中で獲得できたように思える。研究者たちのさらなる深い研究を待ちたい。

LesterとHerbertは生い立ちにも共通性があり、お互い理解しあえていたのだろう。Wikipediaの以下の二行もまた、妙に気になる。
During the Second World War, he once served as a courier with the codename "Mike." He went on to become the first director of Signal Intelligence.
また何故Normanがエジプトにいたのかに関しては、タイミングを考えると、これは明らかにLesterがNormanをかくまうために、あるいはいたわるために力を発揮した結果であろう。

追記:2011年7月3日
とりあえず、資料を置いておきます。
Norman 日本語
ノーマンの命日に

Lester Pearson, Illuminati Tool:話が変わってくる
Norman’s Assessment of His Duties in Japan
FBI Memo About Lester Pearson
初めて聞くことだが、あのElisabeth Bentleyの証言にLester Pearsonの名が挙がっていたのだ!

追記:2011年7月12日
Elizabeth Bentley & Lester Pearson
FBI Files On Communist Lester Pearson
Canadian Prime Minister Was 'Red' Spy
Lester Pearson a Communist Spy?
SPY CASES - UNITED STATES Elizabeth Bentley
Elizabeth Bentley
追記:2012年7月22日
Elizabeth Bentley & Lester Pearson:

テーマ:戦争 - ジャンル:政治・経済

アメリカを操ったひとりの中国女

cairo.jpg

Madame Chiang Kai Shek in the US
First lady of China, Madame Chiang Kai Shek addresses the House of Representatives in Washington, discussing the American involvement during the war
America Hails Chinas Madame Chiang Kai-shek
これだけ政治力のある日本女性がいたならば、アメリカを味方に付けていたら、楽勝だったかもしれない。Madame Chiang Kai Shekの役割がさほど注目されないのも、近現代日本史の盲点だといえる。
○Hannah Pakula presents her work
The Last Empress: Madame Chiang Kai-shek.

対日戦に関してMadame Chiang Kai Shek のリクエストに充分以上に応えた米国、なのに、対中国共産党に対して、Madame Chiang Kai Shek に与しなかった米国、米国内での意志の統一がなされていなかった、または、状況により変化せざるを得なかった、と解していたが、頭を振って考え直してみると、コミンテルンの指示通りに米国が動いていたという証に過ぎないことがわかる筈だ。そしてマッカーシーの登場まで、そのことに誰も気づかなかった、あるいは気づいても気づいてはいけなかった、ほどに、米国中枢は感染頭脳の集合だったと言えるのではないか。
あからさまな疑問にさえ、疑問の声が上がらない、このあたりの米国史から不審人物を炙り出す再検証が、このあたりの日本史同様に必要だ。正しいとか間違いとか、正義とか、悪とかというより、むしろ洗脳、マインドコントロールに近いものを感じる。

参照リンク:UK & China

姉妹であるので美齢、慶齢の区別は顔だけではわかりにくい、また私の目が悪いからかもしれないが、Eleanor RooseveltとAgnes Smedleyも雰囲気が似ているように思う。まして内面でどのように区別するべきかとなると、線引きの線が引けるのかどうかも分からない。線引きの線は時代の風で流れているように見えるからだ。

追記:2011年8月6日
chinalady2.jpg
30,000 CROWD OUTDOOR MEETING IN HOLLYWOOD BOWL TO HONOR CHINA'S FIRST LADY. この凄さは大スターも顔負け。

追記:2011年11月14日 参照 詩集「2N世代」
Eleanor Roosevelt & Madame Chiang Kai-shek & Pearl Buck

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