TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

Pearl Harborについての考察

12月8日(日本時間)午前3時25分、日本爆撃隊はオアフ島のフォード島飛行場に第一弾を投下した。ワシントンでは午後1時25分。ホワイトハウスに第一報が入ったのは午後1時50分。
野村と来栖がハルの控え室に入ったのは2時5分過ぎ。ハルが両大使を引見し、覚書を受け取ったのは2時20分で、真珠湾攻撃後1時間近くたっていた。


Please Read, * (4) Wars in violation of treaties etc.
:FROM Thanks to this page
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In the Seventh Edition of Wheaton's International Law, Dr. B. Keith discusses the history and the principle of declaration of war and concludes that non-declaration does not make the war illegal.

Dr. Keith then cites examples from the period between 1870 and 1904 to show that in some cases there were formal declarations while in others there were none. Among the latter group were the hostilities of 1884-1885, Sino-Japanese War of 1894, the Greek invasion of Turkey of 1897, and the allied action against China on June 17, 1900. In the Russo-Japanese War, 1904, Japan attacked the Russian Fleets two days before she formally proclaimed war. Russia thereupon accused the Japanese of treacherous conduct. Dr. Keith says that as there had been no surprise attack, the charge was hardly maintainable. Diplomatic relations between the two powers had been going on fruitlessly since the preceding July, and were severed on February 6, by the Japanese note declaring that "The Imperial Government of Japan reserve to themselves the right to take such independent action as they may deem best to consolidate and defend their menaced position, as well as to protect their established rights and legitimate interests."


お読みいただけただろうか。
2国間の関係が修復不可能に悪化し、すでに軍艦が配備され臨戦態勢にあるとき、"Surprise Attack"とはもはや言えず、従って国際法上、これに対する非難には根拠を認めることができない、と言うことだ。
Pearl Harborは"surprise attack"ではなく"expected attack"だったのだから。
as there had been no surprise attack, the charge was hardly maintainable.
東京裁判は勝者が敗者を裁くと言う意味において、成立不可だっただけでなく、国際法の精神に鑑みても、偏光に射られて進行した裁判であったことがわかる。
東京裁判史観及びそれに基づく日本近現代史は見直される必要がある


・・・・・・・・・くどいかもしれないけれど・・・・・
Please Read, **No treachery on the part of Japan(66)
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The evidence does not entitle us to characterize the Japanese attack as a sudden, unexpected, treacherous act committed while relations between the two countries were peaceful. We have seen to what extent the United States was at peace with Japan, and how she was actually engaged in a peace conference with Japan's envoys.
There was no treachery on the part of Japan in this respect.

ラダ・ビノード・パール
『パール博士の日本無罪論』 田中 正明著 という書物があるらしい。
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このPearl Harborはイタリア映画のもよう:
こちらです
:   別のFILMはこちら 仏語版

Pearl Harbor
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以上は2006年9月6日までの古い記事
今日2011年3月29日に以下のNEWSを追記します。
開戰 十二月八日 勝利の記録(一)
大東亜戦争と呼称するは、大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味するものにして、戦争地域を大東亜のみに限定する意味にあらず
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アジアを興す大使命 (2)

小磯國昭内閣総理大臣 施政方針演説 1944/9/7
・・・抑々大東亞戰爭は、宣戰の詔勅に昭示せらるヽ如く皇國の自存自衞の爲め蹶起を餘儀なくせられたものでありますと同時に、大東亞復興と云ふ大目標を有するものでありまして、眞に大和民族の死活を賭する戰であるのみならず、アジア十億の運命を決する大決戰であります、・・・
・・・斯くの如く帝國政府と致しましては、大東亞地域に對する從來の政策を將來に向つて堅持するは勿論、今後益々大東亞共同宣言の精神を強力に展開して、大東亞諸國家諸民族の信頼に應へんことを期するものであります

 斯くして皇國を中核とする大東亞が堅確なる必勝信念の下、愈々一致結束を固くし、物心兩面に亙る一切の總力を結集し、大東亞復興の聖戰に邁進する時、必ずや米英の野望を粉碎し、以て萬古不滅の皇國の世界理念を、悠久に顯揚し得ることを確信するものであります・・・

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参照:大東亞共同宣言
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小磯國昭内閣総理大臣 施政方針演説 1945/1/21
・・・平和の美名に隠れたる彼等米英民族の貪婪飽くなき世界制覇の野望が、戰爭の進展と共に漸次白日の下に露呈せられ,既に彼等の占領せる地域に於ては、獲物の分配を繞つて深刻なる相剋對立が曝露せられ、漸次激成せられつヽあるに對し、我が東亞の諸國家は、東亞復興の共同の理想の下に、敵の侵攻に對して、愈々結束を固くし、飽くまでも東亞を保衞せんとの決意に奮ひ起ち、其の總力を結集して、敢然戰爭の完遂に邁進して居るのでありまして、大東亞宣言に結晶せられたる共存共榮の道義理念は、米英の晦冥を極むる侵略的戰爭目的などと比すべくもありませぬ、帝國政府と致しましては、東亞諸國家諸民族の此の敢鬪精神に對し、衷心より敬意を表しますと共に、飽くまでも大東亞共同宣言に開示せられたる各國共同の信念と決意に基き、大東亞の解放と復興の爲め、共同の戰爭を完遂し、五原則に明示せられたる共同理念の具現に向つて邁進せんことを期して居るものであります

・・・・・追記:2011年3月28日・・・・・
1943年(昭和18年)11月06日 NEWS
大東亜共同宣言:国内報道
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テーマ:立てよ国民 - ジャンル:政治・経済

玉音放送を阻止せよ 宮城事件 証言

昭和二十年八月十五日 玉音放送を阻止せよ 
陸軍・近衞師団 小久保 福治さん(近衛師団)
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宮城事件について
参照 ペイジ1 & ペイジ2
参照:Tel Quel Japon 過去記事

テーマ:歴史認識 - ジャンル:政治・経済

世界人に告ぐ

開戦当初の責任者として敗戦の後を見ると、実に断腸の思いがする。今回の刑死は、個人的には慰められておるが国内的の自らの責任は死を持って贖えるものではない。
しかし国際的の犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。
ただ力の前に屈服した。
自分としては国民に対する責任を負って満足して刑場に行く。ただこれにつき同僚に責任を及ぼした事、また下級者にまでも刑が及んだ事は実に残念である。天皇陛下に対し、また国民に対しても申し訳ないことで、深く謝罪する。
元来日本の軍隊は、天皇の仁慈の御志により行動すべきものであったが、一部過ちを犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。
このたびの戦争に従軍して倒れた人及びこれらの人々の遺家族に対しては、実に相済まぬと思っておる。心から陳謝する。
今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判に待つ。もしこれが遠久平和のためということであったら、も少し大きな態度で事に臨まねばならないのではないか。この裁判は結局政治裁判に終わった。勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。
天皇陛下の御地位および陛下の御存在は動かすべからざるものである。天皇存在の形式については敢えて言わぬ。存在そのものが絶対に必要なのである。それは私だけでなく多くのものは同感と思う。空気や地面のごとき大きな恩は忘れられるものである。
東亜の諸民族は、今回のことを忘れて、将来相協力すべきものである。東亜民族もまた他の民族と同様この天地に生きる権利を持つべきものであって、その有色たる事を寧ろ神の恵みとして誇りとしておる印度の判事には尊敬の念を禁じ得ない。これをもって東亜民族の誇りと感じた。
今回の戦争によって東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら幸いである。列国も排他的の感情を忘れて、共栄の心持を以って進むべきである。
現在の日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本人の米人に対する心持ちを離れしめざるよう願いたい。また日本人が赤化しないように頼む。東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされなければならぬ。
実は東亜の多民族の協力を得る事が出来なかった事が今回の敗戦の原因であったと考えている。今後日本は米国の保護の下に生活していくであろうが、極東の大勢はどうであろうか。終戦後僅かに3年にして亜細亜大陸赤化の形勢はかくのごとくである。今後のことを考えれば、実に憂慮に堪えぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上もないではないか。
今、日本は米国よりの食料の供給その他の援助につき感謝している。しかし一般人が、もしも自己に直接なる生活の困難やインフレや食料の不足等が、米軍が日本にあるがためなりというような感想を持つようになったならば、それは危険である。実際はかかる宣伝をなしつつある者があるのである。よって米軍が日本人の心を失わぬよう希望する。
今次戦争の指導者たる英米側の指導者は大きな失敗を犯した。第一は日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。第二は満州を赤化の根拠地たらしめた。第三は朝鮮を二分して東亜の紛争の因たらしめた。米英の指導者はこれを救済する責任を負うている。従ってトルーマン大統領が再選せられたことはこの点に関し有り難いと思う。
日本は米国の指導に基づき武力を全面的に放棄した。これは賢明であったと思う。しかし世界全国家が全面的に武装を排除するならばよい。しからざれば、盗人が跋扈する形となる。泥棒がまだいるのに警察をやめるようなものである。(つづく)
すでにタイピングしてあるペイジを見つけたのでリンクさせていただくことにします。第三次世界大戦を第二次世界大戦とミスタイプしてあるところが一箇所ありますが、すぐに気づかれると思います。他にもありましたが、これが一番原文にそっていると思いました。みつばち亭様有難う御座いました。

・・・・・東条遺言「世界人に告ぐ」・・・・・
昭和23年12月22日午後10時過ぎ、死刑執行2時間前に面会した花山師に対して読まれた遺言書である。
出典は国書刊行会発行、菅原裕著「東京裁判の正体」P.285~P.289。
・・・・・追記:2010年12月16日・・・・・
著者の菅原裕氏は東京裁判で荒木貞夫元陸軍大臣の弁護を担当された方で、判決が下されたのは昭和23年11月、その後判決批判は一切禁じられていた。著者の原稿が完成したのが昭和28年秋、翌年1月清瀬一郎氏による序文が書かれた。吉川英治氏に相談すると時期尚早と勧告されさらに7年寝かせておいたとある。従ってこの本の初版発行は昭和36年10月15日、そして私が今手にしているのは平成14年8月15日の復刻版発行のものである。初版発行からおよそ半世紀が経過している筈であるが、新鮮度は高い。つまりおよそ65年間、東京裁判批判に進展は全くなかったということがわかる。
・・・・・追記:2010年12月22日・・・・・
 うつりゆく時の流れにこの裁き
  またさばかるることなからめや
 
ー 判決の言い渡しを聞いて 菅原裕 -

東京裁判は国際法を悪用し、野蛮裁判を強行し、文明を冒涜したのみならず、将来に対し大きな禍根を残したことになったのである。
ーp.49ー

/////////追記:2011年3月19日/////////
東條内閣打倒工作 元サイト

テーマ:日本を正常な国に戻したい - ジャンル:政治・経済

大空襲 1945年3月10日 & サイトの紹介

今日3月10日は若くして亡くなった私の父の命日。
東京大空襲の日でもある。4つほどSiteをあたってみました。

東京大空襲 ;
日米で戦争責任の検証を ;
hiryuの写真日刊紙
Curtis Emerson LeMay

私の「太古と言う未来」というBlogに旧作を入稿しようと、書棚から「文学塹壕」(発行人;君本昌久氏)1973年7月刊第3号を引っ張り出してきてペイジをめくってみると、偶然「東京大空襲を記録する意味」(早乙女勝元氏の講演)と「神戸大空襲と私の体験」(野坂昭如氏の講演)の記事が同じ号の本に出ていて、思わず読みふけってしまいました。当時神戸の「市民の学校」の文学者達は「大空襲を記録する」上映会も開催されていたように記憶しています。この大虐殺が何故大虐殺と認識され問題にならないのか、不思議でたまりません。私の祖母と父の住んでいた家も3月13日に大阪第1回目のB29による大空襲で丸焼けにされています。父の英文日記にその日のリアルな記述があるので、いつか書き出してみたいと思っています。早乙女、野坂の両氏の講演からは抜粋したい部分が沢山あるのだけれど、部分的抜粋では真意が正確に伝わらないことも有るので見送りました。近くの図書館に行けば国会図書館からでも取り寄せてくれるのではないかと思います。興味のある方はぜひお読みください。
1973年のこの時点で戦後28年、さらにそれから35年が経過して、あの大空襲はかなり風化していると感じます。1973年の記事を読むとそれを如実に実感します。
日本兵はアジアの諸国であれをしたこれをしたと、見てきたように騒ぎ立てる口の多さと比較すれば、やはりこの忘却に近い風化は異様です。「アメリカの原爆のおかげで戦争が早く終わった」などと言う、まるでトイレの洗剤で洗脳されているような頭では、歴史の検証は不可能です。
どんなに多くの丸腰の同胞がどのような目にあって苦しんで悲しんで倒れていったか、日本人一人一人が目をひんむいて、真心を持って検証しなければ、戦争の真の悲惨さは体験しない者には分かりません。
コテンパンに負けた国民なのに、加害者面して、多少の優越感をもって「もう戦争はしません」等と言うのは、吉本喜劇のギャグと同じす。戦前から日本は戦争を回避するためにとことん努力はしてきたのです。
それに考えてみてください。「もう暴力は揮いません」と言うのはガキ大将の言葉であって、負けて泣いている子の言葉ではありません。
父や母の世代、祖父や祖母の世代が体験した戦争の苦しみ、残酷さ、惨めさ、それらをこそ検証し伝えなければなりません。原爆投下や日本本土大空襲を検証しつづけ、風化させてはならないと、考えるのであります。

Look at this film-1 , Look at this film-2,
Look at this film-3 , Look at this film-4 ,

SOMEDAY - GRAVE OF THE FIREFLIES
上記の野坂氏の講演の中に、妹は餓死した、という証言がありました。Grave of the Fireflies: Sadness

追記: 3月15日: 
日本TV 記念番組 東京大空襲 3月17日、3月18日 2夜連続


・・・・・追記:2011年3月5日・・・・・
66回目の3月10日、と3月13日が近づいてきたので、この記事を上に移動させました。

・・・・・追記:2011年3月15日・・・・・
B29による一般市民大虐殺について
私の祖母と父の家もB29に焼かれました。命からがら逃げたその日の父の日記、見つけることが出来ませんでしたが、素晴らしいペイジを発見しました。
大空襲のペイジ
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Coast Guard Officers Harpooned to Death?
Confute Fabrication of Comfort Women!
Videoペイジ
元ペイジVoice of Japan via Tweeting

/////////追記:2011年3月19日/////////

Japan Focus : All Articles
The Asia Pacific Journal とはどこから資本が出ているどういう団体なのだろう。日本政府による反日心理戦?これが日本政府のど真ん中的、見解なのかもしれないが。
The War Crimes Trials and the Issue of Indiscriminate Bombing
by Yuki Tanaka and Richard Falk
同じくThe Asia Pacific Journalからの記事だが、読みごたえがあった。原爆に対する怒りはいかに歴史解釈が異なろうとも右左を問わず、日本人に共通するものだ。日本の歴史教科書の歴史認識から原爆を語ればこうなる。反核の人たちの意見もよく分かる。ここに見えてくるものもやはり、敗戦処理の拙さ、間違いである。日本はおかしな国になってしまったのだ。歴史解釈に関していくらでも議論を立てることができるが、この文章の主張に抗し切れないものがある。原因は敗戦処理の過ちなのだ。長いものに巻かれて、事なかれ主義を美徳とし、敗戦の原因をしっかり検証しなかった日本人の、アメリカと共同してストーリーを作り上げて、一切の喧喧諤諤を上から押さえつけた、植民地日本国の狂気の失敗と検証を忘れた国民の永遠の無思考が見えてしまうのだ。

上の記事からの引用
Overall, the basic argument advanced by the Japanese government is that a defeated nation has no right to condemn the wrong doings committed by a victorious nation, and that the citizens of the defeated nation must accept this as their unchangeable fate no matter how badly they are victimized. In other words, the Japanese government forced its citizens to accept that the law of the jungle applies: the weak (the defeated) are obliged to endure any injustice imposed by the powerful (the victor).
今もって日本人の思考は驚くべき事にこれにどっぷりだ。思考に於ける正義の論拠をあたかも放棄してしまったような光景が今もなを市中の日常会話に頻繁に見うけられる。

Ben Shahnという画家:第五福竜丸



テーマ:軍事・平和 - ジャンル:政治・経済

Operation Mockingbird

Operation Mockingbird : Wikipedia
〇Operation Mockingbird: CIA Media Manipulation
Operation Mockingbird:
Joseph McCarthy did not realise what he was taking on. Wisner unleashed Mockingbird on McCarthy. Drew Pearson, Joe Alsop, Jack Anderson, Walter Lippmann and Ed Murrow all went into attack mode and McCarthy was permanently damaged by the press coverage orchestrated by Wisner.

Frank Wisner :
Philip Graham
George Kennan
A remembrance of diplomat George Kennan
George Kennan's "Long Telegram (1946)
George Kennan: A Study of Character

E. Howard Hunt : JFK
  Deathbed Confession of E Howard Hunt
  E. Howard Hunt Details JFK-Plot
Cord Meyer
William King Harvey

(つづく)

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Justin Taylan : Founder of Pacific Wrecks

太平洋の島々で戦跡を訪ねて遺骨収集をしているアメリカ人のことは以前から聞いていた。そんな奇特なアメリカ人のことを調べて紹介したくなった。

Justin Taylan : Founder of Pacific Wrecks
〇QUICK LINK: Pacific Wrecks Website
Pacific Wreck’s Justin Taylan Warbird Radio LIVE
(Click audio mp3 on this page 44分54秒)
The Washington Post October 2, 2010
No Place for a Picnic : Chapter 1 & Radio Interview
NBC Last Call with Carson Daly on Pacific Wrecks
Pacific Ghosts
〇Mr. Taylan Arrested : Australia News : in the Solomons : held captive
Always ready : review : by Justin Taylan
〇Justin Taylan氏の名刺肩書き:
太平洋戦史研究・探検家: Pacific War Resercher & Traveler
PacificGhost.com & PacificRecks.com & The SwampGhost.com
〇Justin Taylan氏のことは2003年12月8日と2004年1月22日の産経新聞で記事になっている。
「空から見れば美しいニューギニアのジャングルも、中に入れば高さ30メートルもの木々が生い茂り車での移動もままならない。そんなジャングルで食料も物資もないままアメリカ人も日本人も戦った。そんな人々の遺骨や遺品は祖国に帰すべきだ」(Justin Taylan)
ゼロ戦の残骸の発見やら、日本人の遺骨の特定にも貢献している。


////////追記:2011年3月9日///////
THE DEVELOPMENT OF IMPERIAL JAPANESE TANKS


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Fritz Kolbe & ヨハンセン・グループ

Fritz Kolbe (September 25, 1900 - February 16, 1971)
〇 The Independent
London, Saturday, September 25, 2004
〇 The Beginning of the Fritz Kolbe Story, 1900 - 1943
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 & No.5 
・・・・・・・・・・
 
参照:Tel Quel Japon 過去記事 Hitler暗殺計画

//////////////追記:2011年3月2日/////////////

ヨハンセン・グループを迂闊に調べていると、随分おどろおどろしいblogに突き当たる。ガセネタときめつけるわけにもいかないので、推論を並べ立てたものを排除する。以下のふたつは無難な入り口。
ヨハンセン・グループ 1ヨハンセン・グループ 2

なぜヨハンセン・グループを思い出したかと言えば最近の、西尾幹二先生のこの記事を読んだ人が単純に(日本を売った佐藤栄作)と早合点しないかと思ったからだ。意外とそのまんま、反応する人も多い。およそ40年前がどんな時代だったかを思うと、まだ日本は日米関係に於いて終戦工作の延長線上にあり、へらへら腰の抜けた妾国家として、アメリカ様にもそしてなりより日本自身を含めたアジア諸国の世界市民様にも、首に輪をかけて振り回されている最中のような体たらくだった。売ったというより、敗戦処理を誤ったために、敗戦の度合いが延々と深まっていた、政治的にはその一番深みに嵌ろうとしていた時代だった。ノーベル賞が欲しくてと言うよりも、そう思われないために、それなりの努力はしたのではないだろうか。(ただあれ以来、ノーベル平和賞など、誰が貰おうと日本人は一切関心がなくなったのは確かだ)
売国や裏切りという言葉が意味をなすとしたら、あの戦争中の反戦活動、密かな終戦工作、ポツダム宣言受諾の敗北容認だったのではないだろうか。それが現世からみて、正しいか間違っているかは別として。あの戦争に関して、日本人の善悪の判断、いい者悪者の判断に、だいたい基準がなさ過ぎるのだ。
OSSの「日本計画」によると、罪悪感を植え付ける一方アメリカは、究極の平和を愛する反省国家という服を無理矢理に着せて復興を支援した。佐藤内閣の非核三原則は明らかにそれに繋がっていく流れである。つまり大筋で行くと、むしろ平和国家日本のイメージ促進として肯定しなければならないのではないだろうか。肯定も否定も紙一重なのだ。日本は生き延びるために一切の抗弁をせず自立を諦め、だまって理想的平和国家として「(常に無抵抗でマゾヒスチックな)平和」というjoker(日本語で言うところのババ)を掴まされたままなのだから。

その意味からも西尾幹二先生のこの記事の千葉県のST生氏のコメントはまだ「驚き桃の木」の段階で確証があるものではないにしても、時を遡って「もしも」を考えると、返す返すもったいないと感じさせる話ではある。

・・・・・追記:2011年3月5日・・・・・
千葉県のST生氏に対して、真実には程遠いという水戸のRO生氏からの反論があったようだ。原子爆弾の開発には、アメリカ人の諜報部員が多数様々な活動をしていたのは、今までにも見てきた。日本に於いては、開発に着手したかもしれないが、手が出なくて早々に打ち切られた、と見るのが正解のようだ。実験段階にも達しなかったとしても、もしあのまま開発を続けていれば、というお言葉は、お気持ちとしては当然で、この部分は肯定してもいいのではないだろうか。オープンにはできなかった発言であることも時代を考えれば、納得できる。

テーマ:憂国 - ジャンル:政治・経済

Kato's Falcon Corps アジアを興す大使命(5)

Commander Kato's Falcon Corps

加藤隼戦闘隊の歌詞
世界に誇る 荒鷲の 翼のばせし 幾千里
輝く伝統 受けつぎて 新たに興(おこ)す 大アジア
われらは皇軍戦闘隊

加藤隼戦闘隊 & 加藤建夫

テーマ:憂国 - ジャンル:政治・経済

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