TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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Fascism vs Communismの誤思考 (2)

Monroe & Montand

・・・・・(2)Yves Montand & Communism ・・・・・

最も有名なシャンソン「枯葉」の歌手として、Edith Piafのツバメ?として、そしてMarilyn Monroe の熱愛のお相手として(写真上)Yves Montandの名を知らない日本人はそう多くはいないだろう。が彼が熱心な共産主義者であったことは日本ではあまり知られていない。
Yves Montand : Bio 1
For most of his life he was known as a supporter of left-wing causes.....
His father was involved with the Communist Party, and in May 1924 the family was forced to move to France to escape political persecution from the Fascists led by Italian dictator Benito Mussolini......
he also found time in 1956-1957 to tour the Soviet Union and Eastern Europe, a trip that began to open his eyes about totalitarianism.....
Yves Montand : Bio 2
Montand, who came from a fiercely Communist family, would go on to support the French Communist Party, he and Simone Signoret signing numerous petitions on its behalf.....
In the autumn of 1956, Montand was preparing to set off on an extensive tour of the USSR. But when the Russians sent their tanks rolling into Budapest on 24 October Montand, like a number of other French artists and intellectuals with Communist leanings, was faced with a huge dilemma. Montand’s conscience was torn in two. He certainly did not support the action of the Soviet government, but nor was he ready to make a political break from the Communist party and his own family.....
During his stay in the Russian capital Montand was invited to meet President Kruchtchev and the pair became involved in a heated debate about the Soviet invasion of Budapest. Their violent head-to-head confrontation lasted a full four hours, with neither side giving in. ...
When he returned to France Montand took care to play down his political opinions, distancing himself from the French Communist Party.....
Yves Montand : Bio 3
In 1950, he signed a partition against the atom bomb and he became a prominent member of the French communist party.....
By this time, he was becoming disillusioned by political activism and, after his father’s death in Octiber 1968, he severed all ties with the Communist Party.....
Yves Montand : Bio 4
Yves Mpntand : Bio 5
Miss Signoret drew Mr. Montand into the intense Parisian world of leftist politics and, though he never formally joined the French Communist Party, he cheerfully described himself as a fellow traveler. Indeed, shortly after the Soviet invasion of Hungary in 1956, the couple made a much-publicized -- and highly-criticized -- tour of the Soviet Union. ...
By the mid-1960's, when he starred in Alain Resnais's "La Guerre Est Finie" ("The War Is Over") about a disillusioned veteran of the Spanish civil war, his own political disillusionment was growing. After the Soviet invasion of Czechoslovakia in 1968, he turned away from what he saw as the ever-Stalinist French left.

参照:Claude Vinci : Music Cross Talk
危険人物とみなされ、友もなくしたClaude Vinci、祖国を裏切った政治的脱走兵のClaude Vinciが最後に頼っていけたのはYves Montand夫婦だった。このことからもYves Montandの政治的信念の?強さが分かるだろう。

・・・・・追記:2010年5月8日・・・・・
スペイン人のピカソにとってのFrancoはイタリア人のモンタンにとってのBenito Mussoliniだった。その実体験がふたりをFascism vs Communismの誤思考に導いた。二人は正義感と人類愛に燃えてソ連のCommunismの言わば巨大広告塔となって大いにfellow travelerの役割を果たす。だが1956のハンガリー動乱の際に決行したソ連ツアーがモンタンを変えた。大きな幻滅を与えたのだ。そして1968年、チェコ動乱とイタリア人で熱心な反Fascist,つまりCommunistだった父親の死と共に、これまでの政治的立場を完全に捨て去った。1968年のParisで多くの人たちと逆行する決断を下せたのは、これだけの大きな影響力を発揮できる人物の中ではモンタンをおいて他にいなかった。これまでのほとんどすべての友人達と、思想の面で話し辛く会い辛くなってしまうのだ。モンタンは正義感や人類愛を捨てたのではない。フランス思想界全体を支配していた心情的親ソ反体制思考の奥に潜む、幽霊のような、実在しない筈のコミンテルンの指令の影を見抜いたのだ。マルクスから毛沢東に乗り換えて’68年、毛と並ぶ学生運動期のスターであったSartreと対比すると、Montandの人間としての安定した知性が光る。Montandは大きな人工的な時代の風の源に自ら気づいた数少ないシャンソン歌手であり、映画俳優である。しかし日本に於いて、フランスに於いて、Yves Montandがこの視点で評価されたことは未だかつてない。マスコミが歪に発達した社会に於いては、洞察力がなく、かつ常に保身に汲々とする者ほど、情報を情報売価でしか評価・選択・発信出来なくなるからだ。
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テーマ:国際政治 - ジャンル:政治・経済

Jack Shirai & Spanish Civil War

今日は気温のせいか、特別な疲労を感じる。
Jack Shiraiの名に聞き覚えがあった。どこで聞いたのかと思い出したら、石垣綾子の著作だ。石垣綾子を軸としてゾルゲ事件と、つまり上海の陰謀団とスペイン内戦が繋がった。Jack Shiraiが英雄なら、尾崎秀美も英雄だと、日本の歴史ではどうやらそうなっている。岸恵子もこの線に違いない。何もかもFascismと決め付ければ、それに敵対するものは正義のヒーロー、という単純な思考だ。フィルビーもフランコ側に身を置いて、表立ってはそういう報道をしているが、ここでも優秀なスパイだった。ソ連に敵対するものは全部悪、全部Fascism、つまりは人民の敵、という発想が見て取れる。ソ連に続きスペインが人道的見地から立ち上がり、そこに世界中から知性と人類愛と勇気のあるヒーロー達が、スパイではなく兵士として銃を手に駆けつけた、手に汗握る人道賛歌の物語の出来上がりだ。ついでに日本はFascist国家、悪の枢軸の権化で、中国に於いて云々、という附録の物語までが完成する。
人類のために、その正義のために戦って死ぬ、のが一番望ましい生き方、死に方であるのは認める。だからと言って、人や国家を勝手にFascist呼ばわりして、つるんで襲いかかってくるのは良くない。物理的に、また精神的に破壊し尽くして、その後もいつまでも、再起不能なまでにFascistよばわり、人類の敵呼ばわりしつづけるのはよくない。
この辺を頭に置いてスペイン内乱及びその解釈に関するFilmを御覧いただきたい。理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取る瞬間が、正義の女神が 過去の歴史認識に変化を要求する瞬間が見抜けるように、油断無く、流されないよう、心して御覧下さい。

Fighting Fascism: The Americans–Women and Men–Who Fought In the Spanish Civil War
まずVideo : 見ごたえ聞き応えあり。
音声資料 
元のペイジ
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スペイン内戦で闘った記録に残る一人の日本人がいる。結構人物の履歴も評判も判明している。顔写真もあれば、埋葬写真もある。Jack Shiraiを語る仲間もいれば、彼に捧げられた詩も残っている。
スペイン戦争・人民戦線とファシズム
Jack Shirai, a japanese in the International Brigades
a Japanese 'hero' of the Spanish Civil War
Japanese Involvement in Spanish Civil War
スペインで戦った日本人
Jack Shirai:

20世紀前半に吹き荒れた風は、結局20世紀の終局で止まらず21世紀にも同じように吹いていると言うことだろうか?何の話って?
歴史的意味を持つFederico Garcia Lorcaの死
ロルカの死もピカソのゲルニカと同じくらい強烈にその風を煽ったんですよね。
BBCのTVドラマ「ケンブリッジ・スパイズ」。またイギリスがどういうつもりでTel Quelでも紹介済みの彼らを持ち出したのか、不思議に思うのでちょっと当たってみました。イギリスでは21世紀その風はどんな風に吹いているのか。篠田監督のゾルゲの如く吹いているのか、どうか。
The Cambridge Spies:BBC-1
The Cambridge Spies:BBC-2
The Cambridge Spies:BBC-3
The Cambridge Five
2003年に放映され、年末にはDVDになってるんですね。BBCの解説によると「Fired by youthful idealism, passionately committed to social justice and to fighting fascism, they are bonded by friendship based on shared conviction and shared sacrifice.」 これじゃあ、篠田監督と同じでヒロイックにまとめたんですね。ただ、岸恵子が憤慨したように、ゾルゲ同様、彼らも一切スターリンから信頼されず二重スパイの疑いをもたれていた。(まあ、ああいう人ですからね)これでゾルゲ同様尚更ケンブリッジ・スパイ達の悲劇性とドラマ性が高まると言うわけですね。Fascismと闘った、と言えばイギリスでも何でもあり、ってこと?若きエリートの民衆への愛と正義感と自己犠牲で纏めた、ってこと?イギリスはFascist呼ばわりされる心配は無いから、こういうくくり方もアリかもしれないけど、彼らが何をしたかを考えれば、国民が怒らないのでしょうか?BBCもNHKってこと?ま、ま、まさか!
大局的に見れば、国際連合がある限り、滅びたはずの共産ソ連の墓場辺りから、この風は21世紀も吹きつづけるのでしょうね?
(videoちょっと見た感じでは、love sceneが多かったから、テーマはちょっとずれてるかもしれないけど、希望的観測としては。どうなんでしょう)

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・・・・・追記:2010年5月5日・・・・・
Jack Shiraiは美味しい料理を手早く多量に作ることができて、仲間達に愛された、という辺りを思い出して、昨夜ふと疑問が湧いた。海外から駆けつけた義勇軍の武器や食料等に関するお金はどこから出ていたのか、と。
スペインの金 モスクワへ
調べると膨大な時間がかかるので、とりあえず、お座成りながら上にひとつだけリンクを貼っておきます。万事はまた後ほど。

・・・・・追記:2010年5月5日・・・・・
スペイン内戦に関して面白いペイジを見つけたので、追加リンクを貼っておきます。
スペイン内戦:裏辺金好
スペイン内戦:頭の整理用

・・・・・追記:2010年5月5日・・・・・
今日面白い映画に気づきました。ちょうど日中戦争やスペイン内乱の頃の、その仕掛け人本国共産ソ連内部のお話です。日本公開も済んでいますが、日本人がこの辺りの事情を垣間見るまでには、2世代の方々がこの世から消えています。言い換えれば、その長きにわたって、歴史に無知だったわけです。一からの再検証は面倒とばかりに、解説の偉い先生は、最後の最後に問題を摩り替えています。お見逃し無く。真似をなさらないように。
同時代の3ヵ所3ヶ国を頭で平行に並べて、歴史を考えると、見えてくるものがあると思います。新しい視点を構築するためには、膨大な時間とエネルギーが必要で、人は大変消耗しますが、見抜くべきことは、見抜かなければならないと思います。
この映画に関するBlogを二つ紹介します。
サーカスな日々
詩と批評
次に映画に関する資料です
映画の日本語サイト
グルジア映画, 「懺悔」を一部見る

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テーマ:情報の後ろにある真実 - ジャンル:政治・経済

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