TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

Hitlerの遺書

Landscape9
Hitlerの残した遺書

It is untrue that I or anyone else in Germany wanted the war in 1939.

Three days before the outbreak of the German-Polish war I again proposed to the British ambassador in Berlin a solution to the German-Polish problem—similar to that in the case of the Saar district, under international control. This offer also cannot be denied. It was only rejected because the leading circles in English politics wanted the war,


Tel Quel Japon過去記事
上の記事の中に出てくる3時間を越える放送の中で、最も私の耳を刺激したのと、上のHitlerの遺書からの引用と、内容が同じである。つまりHitlerは何度も繰り返し和平を提案したが、チャーチルがそれを無下に断ったという事実である。当時全く知らなかったので、その部分を繰り返し何度も聞いたのを憶えている。その勢いのまま、
Tel Quel Japon過去記事:コヴェントリーの空爆
Tel Quel Japon過去記事:メルセルケビール海戦
Tel Quel Japon過去記事:Rudolf Hess:
の記事を書いた。日本の歴史家はどの程度これらの事実を国民に知らしめているのだろうか?コヴェントリーの空爆について多少なりとも知識があれば「真珠湾攻撃を予め知っていたなら、避難させて被害を回避できたはずだ」などと、寝ぼけたことを言う人物は歴史家として存在できない筈だ。またメルセルケビール海戦について多少なりとも知識があれば、狂気を持って戦争を仕掛ける極悪非道な人物を敗戦国の中にのみ捏造するのは間違いであることを知るだろう。戦争の女神は、より多く道徳を踏み外した方に、より多く人の心を捨てた方に、そして要所要所において、精神に赤信号がともった(=異常をきたした:どの国が原爆を落としたのだ!)方に、どちらかというと微笑むものだ、ということを学ぶだろう。
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上の絵画は「風景9」と題するまだ自分の運命を全く知らない若きHitlerの作である。偶然に出会った。絵画作品としてもめったに出会わないものなので、ここに掲載することにした。他意はない。

テーマ:戦争 - ジャンル:政治・経済

敗戦に到る関連資料

1945年9月2日
○:降伏文書調印にあたっての詔書&降伏文書
参照:写真ー降伏文書調印にあたっての詔書降伏文書署名
○:ソ連の参戦宣言 1945年8月8日:
○:EMPEROR HIROHITO'S BROADCAST TO THE JAPANESE PEOPLE ON SURRENDER 1945年8月14日:
参照:終戦の詔勅(玉音放送の内容)
by enduring the [unavoidable] and suffering what is unsufferableの部分だけが有名だが全文を読む必要がある。
この文章と以下の参照の文章を、歴史の現場に立ち返ってよく熟読する必要がある。熟読せずして戦争を語るなかれ。
参照:「米国及び英国に対する宣戦の詔書」

降伏文書調印式関係:京都大学の資料
マニラ会談関係:京都大学の資料

・・・・・追記:2011年4月5日・・・・・
何故ここに、重光葵がいるのか、梅津美治郎がいるのだろうか。この人選で連合国がよく納得したものだ。日本人は誰一人として、驚かなかったのだろうか。日本人以外は誰もが驚いた筈。ものの本によると、こんな役割は皆が嫌がって押し付けあったらしい。押し付けあえるくらいに、誰でもよかったということだろうか。戦後はすべて今に至るまで、日米合作のシナリオ通り?そしてこれは舞台で人物は役者?単なる儀式?単なる偽式?
儀式性のなかに真実と美を結晶させることこそ日本人精神が焦がれる様式美であり、誇りではなかったのか。愛は死んだのか、愛すべきものは死んだのか。
願くは 御國の末の 栄え行き 我が名さけすむ 人の多きを
重光葵と言う人は自己犠牲精神に富んだ人だ、ということが充分わかる歌だ。しかしこの歌は西洋人には理解できまい。

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野村吉三郎 &東郷茂徳

前回の記事のOctober 18, 1941の電報に関して
Accept my congratulations on your appointment.
とあるので、これは野村から東郷茂徳に宛てた物だということが分かる。
前回の記事のOctober 22, 1941の電報に関して
I don't want to continue this hypocritical existence, deceiving other people...
as a man of honor this is the only way that is open for me to tread...
とあるが、見過ごせない部分だ。この時期の駐米大使に適していないことは明らかだ。野村大使は戦争回避交渉の何かの欺瞞と無意味さを知り尽くしていたことがわかる。またこの時点で駐米大使の更迭は東郷茂徳の義務ではなかったか。さらに、野村の心理状態を知りぬいた上で、前ペイジにリンクした電報#725で、外交能力のない野村に常道を逸したプレッシャーをかけたのだ。
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資料として
Kichisaburo Nomura: Bio
Saburo Kurusu : Bio
背景:忍び寄る開戦:外から見る
特に以下の部分はとても重要で見逃せない。

At a meeting in the White House on 26 November, the President and Mr. Hull agreed that the small results expected from the modus vivendi did not justify the risks. That afternoon, therefore, when the Secretary of State handed the Japanese Ambassador his 10-point reply to Proposal B, he omitted the modus vivendi which had been intended as an introduction to these points outlining the basis for a peaceful settlement.
Though the military leaders were informed on the evening of the 26th of the decision to abandon the modus vivendi, they were apparently not advised of the action taken on the ten points. Consequently, the discussions on the morning of the 26th in General Marshall's office, and in the Joint Board later in the day, were held without knowledge of the final rejection of Japan's last proposal.


(注)the modus vivendi とは暫定協定案のことである。その辺りの日米の状況は以下に詳しい。
参照:ハル・ノートと日米開戦
これの元サイト:大東亜戦争開戦の経緯:特に第2部、日米交渉は、すべての章の熟読をお勧めしたい。
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参照:ハル・ノートに関して Wikipedia
Outline of proposed Basis for Agreement Between The United States and Japanというタイトルを見た限りは、言いたい放題ではあれ、これからの交渉の叩き台ですぞ、という感じがする。叩きつけた最後通牒という形式では決してない。ただ乙案は、全く評価されなかったことになるが。
ぎりぎりの譲歩をしても、対米戦争を避けたかった日本と、他の国々に恩を着せつつしかも自国の利益にもなる参戦を、タイミングよくしたかったアメリカと、双方の条件が合致することはありえない。アメリカにすれば、ここまで要求を通してくれれば、わざわざ戦争をする必要もないという目一杯の要求の提示のつもり、だったのだろう。
交渉を成功させるためには、その前に条件を整えておかなくてはならない。相手側からも歩み寄りを引き出すための外交的策略構築が必要だったのだ。相手の善意や人間性に訴えかけて、難局に光明を見出そう等と希望することからして、国際政治においては、幼稚すぎる。外交的ヴィジョンのない外務大臣のギャンブルのような「戦争回避」交渉など、聴いてあきれる。東郷を貶すつもりはない。後世の平和主義者などという人物解釈に異議を唱えているのだ。

ハル・ノート手渡しの際、国務長官ハルと駐アメリカ合衆国特命全権大使来栖が交わした会話が明らかになっている。ハル・ノートを双方がどう受け止めていたか、考察するには貴重な資料だ。
資料:Memorandum Regarding a Conversation Between the Secretary 0f State, the Japanese Ambassador (Nomura), and Mr. Kurusu, 26 November 1941
(追記:2009年12月1日)上記の文の中の以下の一行

He reminded the Japanese that in the United States we have a political situation to deal with just as does the Japanese Government, and he referred to the fire-eating statements which have been recently coming out of Tokyo, which he said had been causing a natural reaction among the public in this country.


の特に黒字の部分は具体的に何を指すのだろうか?

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