TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

Agnes Smedley-資料室

Agnes Smedley
Smedley saw Zhu De for the first time in Yan'an in 1937.
とてもSmedleyまでは手が回らないから、Feminismの観点からでもその分野の他の人に調査してもらおうと考えていたのだけれど、知りたいことは自分で調べるしかないと分かった。文章をまとめるまでの時間がない。どんな資料を探し出すかが、すでに私の視点であり方向性だと推測していただけたら、何を書こうとしているか半分は理解していただけるだろう。私自身、まだ整理が出来ていないので全容は見えていない。ワクワクしながら土を砂を払って、出てくる事実や相関関係にたじろぎながらも感嘆している、と言ったところだ。
今回は中国名がたくさん出てくるので、アルファベットと漢字の照合に少し戸惑うことになりそうだ。日本語のPCでは出せない漢字も多い。

上の写真はSmedleyと朱徳。朱徳抜きにはSmedleyは語れないと判断し、この写真にした。シャッター・チャンスをいくらうかがっても、なかなかこういう男女の作り物ではない笑顔を切り取れるものではない。強い信頼関係を感じる。ある本によると、魂と灰は朱徳のいる中国に、著作などで得た財産も朱徳にすべて遺したというものまであった。ゾルゲの女であり、尾崎とも関係を持った女である。チラと調べた限りでは、異性関係は派手を通り越している。差別が強いインドや中国にあって、今で言う彼女なりのFeminismの戦いがあったのかもしれない。カースト制度意識のあるインド人の夫との関係から来た強い反動があったのかもしれない。生い立ちもまた生き方に関連している。専門家の精神分析が必要なところだ。

◎Wikipedia : Agnes Smedley:
Agnes Smedley
写真に登場するSoong Ching-lingは孫文の妻、宋慶齢、Lu Xunは魯迅、Cài Yuánpéi は蔡元培(さい げんばい)、Bernard Shawはあのノーベル文学賞を受賞しているGeorge Bernard Shawで、彼は陰謀論にもよく登場するFabian Societyの重要メンバーで、その目的ゆえにここにいるのだろう。またZhou Enlaiは周恩来、CarlsonはEvans Carlsonである。
Photographs of Agnes Smedley:
Foreign Correspondent in China 
◎日本では「アグネス・スメドレー炎の生涯」が出版されている。訳者の一人が石垣綾子氏である。アグネス・スメドレーと、接点がある。以前石垣氏の「SaccoとVanzetti」の記事を読んで以来興味を持っていたが、ワイド・ショーのコメンテイターとしてのイメージが強かったので、Agnes Smedleyにこれほど接近していたとは、知らなかった。
追記:2009年6月29日 資料 : Ayako Ishigaki :
There is little documentation about Ishagaki herself, likely because of her illegal status while she lived in the United States, which is surprising, considering the fact that several of her friends were very well known, such as writers Pearl S. Buck, Helen Kuo, and Agnes Smedley and artist Yasuo Kuniyoshi.
Ayakoのお友達としてAgnes Smedley、Pearl S. Buck,の名があがっている。石垣綾子が画家の石垣栄太郎の妻だったことを思えば、アメリカ共産党が差し向けた、ゾルゲ事件に関与した画家の宮城与徳をふと思い出した。西と東で場所は違うが極めて方向性が近い。在米の日本人画家たちが目指したものと、Smedleyや朱徳が目指したものとその根底で一体何%ほどの重なった部分があったのだろうか。村山談話の日本に於いて、今や与徳は日本の敗戦を仕組んだスパイではなく、戦争を回避するために尽力した平和主義者と称えられている。(宮城与徳 資料 1資料 2)(北林トモ 資料1
歴史を否定された国においては、国家の衰退を望んだ者だけが、英雄であり続けるのだろうか。あるいは国家の衰退を望むほどの切羽詰った事情が、他の国にはなく、この日本にのみ何かあったのだろうか。あるいは世界革命の夢が、尾崎たちにはそれほど強烈だったのだろうか。否、一人一人、case by caseで考えなければ、正しい解釈はおそらく見つかるまいと思う。
参照:大戦間にNew Yorkで活動・活躍した日本人画家たち
Smedley : Venona
VenonaによってSmedleyがソ連のスパイだと言うことが判明した。
During World War II Smedley lived intermittently in the U.S. and served as an advisor to the U.S. general Joseph Stilwell, who was the military advisor to Chiang Kai-shek, the leader of non-Communist China. Smedley used her position to recommend that Stilwell secretly send a limited amount of U.S. military supplies to the Chinese Communists in the event that they could help the U.S. against a potential Japanese attack. Stilwell agreed to Smedley's request.
Smedleyが相談役としてJoseph Stilwellの近くにいて、どんな影響を与えたか、馬鹿でもわかる。Smedleyは尾崎をスパイ活動に引き込んだだけではない。ここを押さえなければならない。
参照:Joseph Stilwell No.1 重要部分:
(2) Evans Carlson wrote a letter to Agnes Smedley praising her for an article about Joseph Stilwell in the PM Magazine (5th November 1943)
(4) Agnes Smedley , letter to Aino Taylor (19th February 1946) about Stilwell
参照:Joseph Stilwell No.2 & BurmaAmerican Aid :
情報が詰まりすぎていて、ちょっとここでは、手がつけられない。ほんの入り口から一行だけつまむと、
1.Germany was the only country to have given China a loan before the 1937 war outbreak.
2.Currie was a Comintern spy working to destroy China on behalf of Russians.(つづく)

テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

Two but one-sided documentary films

The Japanese attack on Pearl Harbor 33:46
From the attack on Pearl Harbor to the surrender of Japan ( Near and around the Central Pacific islands of New Guinea and Guadalcanal ) 56:49

テーマ:戦争 - ジャンル:政治・経済

Allen Dulles 4: Mary Bancroft

Mary BancroftはDullesの愛人兼スパイである。しかも大物スパイである。Dullesの妻も公認の、後には妻とも親友になったスパイである。Allen Welsh Dulles (1)の2.に既に登場しているワルキューレ作戦のドイツ側のHans Bernd Giseviusの愛人も同時進行で兼ねていたスパイである。もう一人Carl Jungがこの三角関係に入り込みワルキューレの当時は四角関係が定着していた。(ユングにこう言う噂が付きまとうのもGiseviusとの関係からだろう)New Yorkに戻ってからはタイム誌のHenry R. Luceも愛人の一人に名を連ねている。(もうゴシップ誌に近くなるが、このHenry Luceの妻、Clare Boothe Luce(No.1 & No.2)はAllen Dullesの愛人であった。つまり当時も多角交友関係がジャーナリズムと政界の中では入り乱れていたのだろう。オープンなところではMary Bancroftの娘、Mary JaneはTaft–Hartley ActのRobert Taftの息子Horace Dwight Taftと結婚している。Taft家もDulles家同様政界の名家である)
Mary Bancroftの継母はWall Street Journalの owner、Clarence Barronの継娘(妻の連れ子)で、その親族関係からMary BancroftはClarence Barronに可愛がられ、仕込まれ、Journalistとしても才能を開花させている。スパイであっても決して日陰のスパイではなく上流階級の自由奔放の愛と恋に生きた才女スパイである。なをこのMary Bancroftの義理の祖父Clarence Barronの事業を継いだ実父Hugh Bancroftは1933年54歳で自殺している。しかしBancroft一族はClarence Barronの事業を引き継ぎ発展させ2007年夏までは、アメリカJournalism界に君臨した(女スパイMary Bancroftの名がかすむくらいの)名家である。

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