何なんだろう、これ。単なるサイト紹介? 調べる時間がない。
右側の長方形をクリックするとTel Quel Japonに飛ぶ。
アラビア語かペルシャ語かイスラエル語か、よくわからないペイジだ。
「外国人が南京虐殺や従軍慰安婦を無批判に盲信するのは、あらかじめこういったイメージや文章が頭に入っているからだ。この誘導は強力である。」いい文章を入れてくれている。






これはもう史実となっている?具体的に何に該当するか調べてみた。Il ira également en Chine en 1992, ce que n’avait fait aucun de ses 124 prédécesseurs. A cette occasion, il a exprimé clairement ses regrets pour les exactions commises par l’armée de son pays lors de l’occupation japonaise. Il en fera de même en Corée en 1996.
これは対談の中の発言なのだが、対談相手の方々は、蚊に刺されたような反応もなく完全無視であった。ちょっとぐらい吃驚してもいいのではないかと。官僚や軍部指導部がルーズベルト政権以上に真っ赤っかだったという発言なのだが、完全無視。...昭和20年の春以来、近衛文麿をソ連に派遣し、対米和平の仲介を依頼するという計画が浮上していました。終戦で幻に終わりましたが、4月5日にソ連が日ソ中立条約の不延長を通知してきた中でも準備が進められました。この計画にあわせて参謀本部幹部や関東軍参謀、海軍若手らが、いわゆる「改革官僚」らの協力で作った国家再建策草案には、スターリンの仲介でアメリカと講和した後、ソ連と同盟関係を結んで満州や占領中の中国の利権を譲渡し、ソ連の南方進出を援助して、米英と対抗していくという構想が描かれています。その新同盟には中国、しかも国民党ではなく中国共産党も加える構想もありました。ソ連、中国共産党のエージェント、シンパが軍指導部に潜り込み、日本の赤化を企画していたとしか思えません。...
すでに両記事は前記事でも紹介済みである。ただこれでは、日本軍は見事な戦いをしたなどというのは、表面の見える部分だけで、国家としては戦意もなくただただソ連というDV貫一に女々しくすがりつくパーのお宮ではないか。「戦前の社会主義国家「日本」は、左右の左翼が侵略支配した反日国家であったのだ」と吃驚するしかない結論なのに、「死刑囚の言うことなんか気にしなくていい」という反応を除けば、Tel Quel Japonの読者の反応も皆無であった。内容的にはa)=b)である。前からこの内容を知っていたわけではあるまい。戦前の日本がソ連のスパイに乗っ取られていたとか、反日国家だったとか、皆が納得しているわけでもあるまい。...(ソ連に中立態度を維持させるために、日本がソ連に譲歩すべき条件は)「必要なる条件はことごとくこれを停止し、譲歩し、開放し、断念するにやぶさかであってはいけない。換言すれば、「ソ」側の言いなり放題になって眼をつぶる。日清戦争後における遼東半島を還付した悲壮なる決心に立ちかえったならば、今日日本が満州や遼東半島やあるいは南樺太、台湾や琉球や北千島や朝鮮をかなぐり捨て、日清戦争前の態勢に立ち還り、明治御維新を昭和の御維新によって再建するの覚悟をもって、あくまで日「ソ」戦を回避し、対米英戦争完遂に邁進しなくてはならない」(『終戦工作の記録(下)』61頁から64頁参照)...
対ソ終戦交渉「トンデモ説」の紛失
に関するTel Quel Japon 内部事情
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B: あのね、天皇をソ連に移すというトンデモ説、あれはあなたに教えてもらったのかしらん?
A: いや、私ではありません
B: 今探しても見つからなくて困っています。アメリカが本土上陸して大虐殺をするから 日本が占領した外地を全部ソ連に差し出して天皇も、満州あたりに逃げるという交渉条件。
A: 天皇の「国外」避難は、空前絶後の構想ですね。
B: もしあなただったらもう一度アドレスのメイルいただけませんか?ソ連に抑留させたのはつまりは逃げてく天皇を守る兵隊として。
A: 陸軍には「ソ連の抑留政策に呼応する動き」があったということですか?
A: 瀬島龍三が敗戦間際に満洲に飛び、シベリア抑留について疑惑を持たれている。という話がにわかに現実性を帯びますね。まあ妄想をたくましくしても?という恐れはありますが。
B: 最終的にソ連がせめて来るまでずっとこの作戦に希望をかけていたという話。トンデモ説なんですけど伊藤隆氏の説を取ると、かなり説得力を持つのではと。シベリアに抑留された人たちは誰にどのように騙されたのでしょうか?騙されたのであって、武力による強制連行ではなかったみたいですし。「赤い月」のお父さんは年齢をオーバーしているにもかかわらず日本男児の使命感に燃えて自ら手を挙げて、大陸にとどまりました。その時そこに大義があったのではないかと。そういう話が強く残っていて、まだその交渉条件を信じている日本人幹部によってあるいはコミンテルンの日本人スパイによって騙されたのではないかと。
B: 勿論天皇の希望で、「行きたくない」という希望で最終的には没になるけど。
A: 昭和天皇が「行きたくない」と本当に言ったとしたら、「行ってみてはどうか?」という工作があったことになりますね。
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コメント有難うございます。なかなか面白いけれど、blogの構成や書き手の実態が見えにくいので今回見送ります。資料の提示がないので、使えないんです、まあね。
革新官僚と大政翼賛会のマルクス主義派知識人は、反米軍事同盟の証しとして、天皇と皇室を満州に移しソ連の保護下に置く計画を練っていた。彼等の目的は、日本をソ連軍の支配下に置き、日本を共産主義化する事であった。満州に於ける日本軍将兵や民間人のシベリヤ抑留という悲劇は、こうして発生した。日本を侵略戦争に追い込んだ革新官僚は、戦争責任を昭和天皇と軍部に押し付け、民主的保守派として戦後日本の中枢を支配した。新たな、平和国家日本の始まりである。
このあたりは、おネンネ保守派は、びっくり仰天でしょうね。天皇と皇室を満州に移しソ連の保護下に置く計画を練っていたは新鮮度は高いですが、言ったもん勝ち、みたいな感じで、出典がない。満州に於ける日本軍将兵や民間人のシベリヤ抑留という悲劇は、こうして発生した。これもねえ、非常に面白いけど、説明資料もないし、具体的人名もないので、架空ということになってしまう。
本人も、自分は見解もないし、資料提供もできない、単なる年表の丸写し、みたいなことも言っているので。
2012年4月15日 日曜日 午後3:20

