TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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War, Journalism, and Propaganda

今日もまた連続ではなくて飛び入りだ。Tel Quel JaponではPropaganda>PR :Edward Barneysという項目をカテゴリーに設けて早くから戦争行為及び歴史解釈にPropagandaを持ち込んでいる。しかし常に誰からもどこからも反応がなく空振りに終わる。優れたPropagandaの研究家が出現して歴史解釈の魚の目・タコの目をスッキリ摘出していってもらいたい。私は戦時Propaganda研究はコミンテルンの役割の解明と同程度の重要さがあると思っている。歴史解釈にPropaganda研究を取り込む潮流の兆しだけでも、現れればと切に願っている。
今日はタイトルにもあるように非常に興味深い記事に出会った。タイトルはWar, Journalism, and Propaganda: An Analysis of Media Coverage of the Bosnian and Kosovo Conflicts と少し長い。日本に関係がないようだが、このなかの2つのチャプターにおいて、日本がやられたPropagandaが詳しく書かれている。日本人以外の人間がこれだけ戦争における日本及び日本人のPropaganda被害を日本の立場から克明に取り上げてくれたことはかつてない。2つのチャプターとは Concentration Camps in AmericaThe Archetypes of Propagandaであるので、この部分だけでもクリックしてお読みいただきたい。アメリカが日本人をどのように見ていたか、こうしてまとめて書かれると胃が痛くなるけれどもはっきりと思い当たるはずだ。
War, Journalism, and Propaganda

・・・・・追記:2013年11月27日・・・・・
参照:Tel Quel Japon過去記事:戦争広告代理店


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Woodrow Wilson (1)

Woodrow Wilson: Biography
14箇条の平和原則:Woodrow Wilson これだけが有名
Woodrow Wilson: Wikipedia
Wilson's War Message to Congress:

・・・・・追記:2012年3月2日・・・・・
Woodrow Wilson

The Committee on Public Information was set up to influence public opinion in America. Established by Woodrow Wilson through Executive order 2594, April 13, 1917. The committee consisted of newspaper editor George Creel (Chairman) and Secretaries of: State (Robert Lansing), War (Newton D. Baker), and the Navy (Josephus Daniels) as ex officio members. Also involved were Edward Bernays, Carl Byoir, and Ivy Lee. The Committee on Public Information coordinated all government propaganda efforts and put in place a censorship code that was backed up by the Espionage Act of 1917.



・・・・・2013年9月18日・・・・・
本来は2011年の記事ですが、必要有り、上にあげます。
Tel Quel Japon 関連過去記事
Edward Bernays (1)
Committee on Public Information
Edward M. House
Edward Bernays (4):
FRB & CFR & (日銀・日本国)
Paris Peace Conference - 1919 前編

・・・・・2013年9月19日・・・・・
時間がないが重要なので手持ちの参考資料を並べておく。
Edward Mandell House had this to say to Woodrow Wilson regarding Social Security
Social Security but for whose Societyということか?
Edward Bernays and the Art of Public Relations
大衆心理操作、PR,プロパガンダ、mind control,全ては実は、フロイトの精神分析から発して、フロイトの甥のEdward Bernayが実用化させたものである、ここをまず知ること。Edward Bernayはパリ講和会議にWoodrow Wilsonのブレインとして参加している。同じく大衆心理操作専門家のIvy Leeもパリ講和会議に出席している。Ivy Leeに関してはこちらを参照。
参照:Ivy LeeとJohn D. Rockefeller の関係
Ivy Lee, John D. Rockefeller, and the Ludlow Massacre
Ivy LeeはJohn D. Rockefellerのイメージを180度作り変えた。
psywar - Howard Zin about Ludlow Massacre

・・・・・2013年9月18日の記事を都合により上にあげます・・・・・
・・・・・2013年9月23日:追記・・・・・
昨日昔父がデザインした本箱を覗いてみると昨年買った「嘘だらけの日米近現代史」倉山満著が目に入ってきた。帯を見ると「ご存知ですか?リンカーンは極悪人、ウィルソンは狂人、ルーズベルトはスパイ、クリントンは破壊者etc.」とある。なかなか面白そうな帯だ。中を見るとP.61、ウィルソンの任期は1913年から2期8年ですが、最初の7年間は人格異常者として、最後の一年間は精神障害者として大統領の仕事をしました、とある。filmでは脳梗塞の後遺症と言っていたが、顔つきは最後激変している。精神障害者と言ってもいいような表情になっていて、大統領の仕事をしたのは実質的に妻であって、Wilsonはほとんど廃人で、それを隠し通したとfilmでも言っていた。人格異常者の最初の7年間は、口では理想を語りやることは想像を絶する。「自分をキリストと勘違いしていて」というのは言い過ぎだが、神を身近に引き寄せていたことは確かだ。何事も神に導かれていると確信していたようだ。他のペイジにも既に書いたが、焚書もしているし、侵略もしているし、なにより戦争も引き起こし、第一次世界大戦にも参戦している。この辺を私は現実離れした人格で、取り巻きに操られている、と判断しているのだが。女性には情熱的で、男性的な魅力もあるが、なにしろ作られたロボット大統領である、というのが私の見解である。以前ルシタニア号事件を調べた時に、政治素人のWilsonをほとんど無視して、政治家や金融家・銀行や大会社・大企業や思想家や心理学者やたくさん名前が出てきたの覚えている。これが第一次世界大戦へのアメリカ参戦を誘導する事件となるのだが、本当にたくさんの利害関係が絡んでいて、Wilsonの存在感をほとんど感じなかった。大日本帝国と日本郵船もそうだが、大型船舶・大型客船というのは今では考えられないくらいに国策と密着していて、金融界・財界と政界の癒着の象徴のようなものではなかったかと思う。飛行機はまだ小さくて乗客や、貿易品や軍事物資の輸送手段にはなりえなかった。この時代背景を考えなければ、客船沈没の真の重大さはわからないと思う。

Woodrow Wilson (2)

以前に使ったリンクをもう一度
Woodrow Wilson:
ここから引用しながらゆっくりと読んでいく。これまでの(繰り返し)まとめになるかもしれない。

まずは名前から
1-Paul Warburg
Paul Warburg's Crusade to Establish a Central Bank in the United States
2-Nelson W. Aldrich
The Secret of Oz - The Federal Reserve (Bill Still)


Edward Barneys (6) 米国のプロパガンダ活動

取り置きしてあった資料を紛失しない間にとりあえず、リンクしておきます。
中国におけるアメリカのプロパガンダ活動
第一次世界大戦期における米国プロパガンダ・ポスター研究
アメリカの宣伝活動と五四運動

Thomas Woodrow Wilson :
Edward M. House:
Committee on Public Information: 
Edward Bernays (1):

Edward Bernays (5) 戦争広告代理店

前回のEdward Bernays(4)でPropaganda>PRの意味を説明したつもりだったのだけれど、うまく伝わらなかったようだ。Edward Bernaysを持ち出したのは、彼がPropaganda及びPRの元祖だからで、その概念は第一次世界大戦あたりから、つまり人間がその視野に地球儀を入れ、為政者が世界的発想をし始めたあたりから始まっている。その視点で歴史を見ようと思ってカテゴリーをつくってみた。ロビー活動や献金で政治が動くという既にある視点ではなく、Public Relationsというビジネスによって、歴史がつくられるという視点を示したかった。
PR会社を広告代理店と呼んでいるが、アメリカのそれは、たとえばEdward Bernaysがかつてグアテマラの政府を転覆させたように、ある意味平然と戦争を起こさせることもできるし、戦争に勝利してしか得られない結果を戦争をせずに獲得させることもできる。軍隊よりも強力な働きをする場合もある。
今日はTel Quel Japonの本来の趣旨とは異なるが、わかりやすいように具体的な例をもう一つ取り上げてみる。

ドキュメント戦争広告代理店:日本語ですでに本が出ている。
NHK ユーゴ情報戦の内幕:NHKも番組にしている
底が突き抜けた時代の歩き方その2
PR戦争としての「慰安婦問題」その2:E.Bernays (4)に繋がる
Ethnic Cleansing: The Media and World Opinion
Media deception and the Yugoslav civil war
James Harff: Washington-based PR firm Ruder Finn

Harff: Our work is not to verify information. We are not equipped for that. Our work is to accelerate the circulation of information favorable to us, to aim at judiciously chosen targets. We did not confirm the existence of death camps in Bosnia, we just made it known that "Newsday" affirmed it.
Marlino: Are you aware that you took on a grave responsibility?
Harff: We are professionals. We had a job to do and we did it. We are not paid to be moral.


今回ユーゴの情報戦や「戦争広告代理店」という本の内容を紹介したかったわけではない。引用部分の太字を見ていただきたい。Edward Bernaysが名前を作り出しただけで、Public Relationsというのは戦時のPropagandaそのものなのである。ユーゴの民族紛争や湾岸戦争などのように、取り立てて近年のものではない。大衆操作心理学という学問を利用したPropagandaはそう名付けられる以前からEdward Bernaysによって生み出され、平和時には企業としての利益の追求のために、さらに手段が無規制に拡大され透明化されたかたちでPRと名前を変えているだけである。南京や慰安婦で日本国がたたくべき相手は、マイク・ホンダやロビイストたちだけではない。実質的な相手は捕獲すべき相手は倫理を忘れてその手先となって思考し行動する広告代理店という企業とそのPRマンなのだ。ということを今回ご理解いただければ、この記事の目的は達成されたことになる。

参照:Tel Quel Japon過去記事
参照:Blog L'oiseau Invisible:
(追記2012年3月22日:Top 150 Donors/Individual Financial Contributors:クリックすると左の文字の部分に、Martin, Jack ; Austin, TX; Hill and Knowlton, Inc.の文字が見える。Hill & KnowltonのJack MartinとHillary Clintonの関係がわかる。)

・・・・・追記2012年3月19日・・・・・
この記事の目的はなかなか、達成されない。発想の転換をどこかで強いているからなのか?書き込めば書き込むほど読者と遊離していくかもしれない、そんな感触ばかりだ。昨日IZAにコメントを書き込んだのだが、面妖にも敵対的に身構えられてしまった。保守の発想はナーナーと陳腐に固定化されてしまっている。当分はキャッチャーのいない、ピッチャーを続けるしかないのだろうか。

Edward Bernays (4)

驕れる白人と闘うための日本近代史 松原久子 文芸春秋刊 文春文庫 2008年9月10日
今日は「著者あとがき」に触れてみたい。

P.276、アメリカの国益とは何か。戦略は国防総省や国務省、CIAのみならず、各地のシンクタンクで長期的展望のもとに練られている。戦略実行となれば、マスコミはなんのかんのと議論しつつさまざまなリークを伝え、扇動し、重要な反論は後方のページの隅に小さく載せ、結局は戦略を正当化する。すべては複雑にして巨大なシステムであり、これこそが世界を震撼させるアメリカの武器である。
これは本書のテーマであるところの欧米の攻撃的対外姿勢のまさに延長線上にある。


これこそがアメリカの武器である、と言い切っておられる。すべては複雑にして巨大なシステムである。攻撃的対外姿勢の奥にそのシステムが隠れている、言い換えると、それはまだ日本人には一切気づかれてはいない・・・。
最近同時に五方向に一気に舵を切ろうとして、混乱し足踏みが続いた。松原氏がここで指摘されている「巨大なシステム」はまさにその五方向の一つで、Tel Quel JaponではPropagandaというカテゴリーを設けて、少しづつ手を付け始めている。諜報活動のように日本にもあるものでもない。これはEdward Bernaysを祖とするPropaganda=PRを戦争と侵略の武器とする、西洋人独自の発想で、先の第二次世界大戦で、日本が結果として精神的にも大敗から立ち直れないのは、その発想にもそれに対抗する発想にも考えが全く及ばなかったためだ。これは学問であり、産学協同のビジネスであり、発注者である顧客がいて、その希望に沿って仕事としてお金をもらった学者(学問を実用に使ったビジネスマン)が実行に移すのである。例えて言うと日本政府への慰安婦に対する謝罪要求決議案を提出したマイク・ホンダは中国系アメリカ人ノーマン・スーに多額の献金を受けていること、中国人ロビー活動に動かされて行動していることまではわかっているが、彼は受け取った献金の一部を実はPR会社に仕事として丸投げしている、システムが延長戦上にある(隠れている)というのはこのことを指す。PR=Public RelationsというのはEdward Bernaysが、戦時の使用でイメージの悪くなったPropagandaに代えて、イメージをクリーンにするために考え出した言葉なのだ。つまり戦時のPropaganda=平和時のPublic Relationsで、仕事内容は全く同じ、これはEdward自身の言葉で聞くことができる。半年ほど前にはマイク・ホンダの謝罪要求決議案のPR会社名まで突き止めていたのだが、もたもた舵を切っている間に忘れてしまった。日本にも支社のある優秀な人材を抱える一流のPR会社だった。表面に出て政治カードになっている慰安婦問題は言わば箱であり、中を空けると、金銭の授受を伴うPR会社の巧みな大衆心理操作とマスコミを利用したビジネスだということだ。新聞に意見告知を出して箱を相手にするよりも、スパイか探偵をその企業に潜り込ませると面白い。70年も80年も前のことを誰が覚えているか、その証人発言の信ぴょう性を誰が保証するのか、適任者をどう探すのか、どう集めるのか、または証人にどういう演技指導をしているのか、背景の細部の検証には誰を雇うのか、交通費やら日当やらいくら支払っているか、催眠術をかけているか、いくら渡し誰に本を書かせるのか、どう唆しどんなエサで映画を撮らせるのか、調べて綻ぶところはいくらでもある筈だ。日本は歴史においても歴史論争においてもこの「システム=武器」が完全に欠落している。
私が調べた限り、最初にE.Bernaysが国際政治に登場するのはWoodrow Wilsonに同行したParis講和会議である。あの時Wilsonに同行したメンバーを探ると、何故国際連盟の提案をしながら、アメリカは結局参加しなかったか、この矛盾の解明にも繋がるだろう。Wilsonにはもう一つの方向でも注目している。1913年にFederal Reserve ActにサインしたのはWilsonである。後に彼はその行為を後悔しているので、周りのおぜん立てに呑まれたのか,後で気が付くなんとやら、だったのか。ただしWoodrow Wilsonは国際連盟を提案した、人類のためになる立派な人だと教科書にも書いてあるし、多くの尊敬を獲得している政治家ではあるが、実際はかなり胡散臭い、何故なら国際連盟自体が、やはり国際連合と同じ意図のもとで生まれているからだ。この辺は後に詳しく追記せねばなるまい。

取り敢えずTel Quel Japonがこれまで書いたEdward Bernaysに関する記事にリンクを貼っておく。多分この文章に関する理解は深まると思う。
参照:Tel Quel Japon過去記事
Edward Bernays (1) &
Edward Bernays (2) &
Edward Bernays (3)
Committee on Public Information &
Woodrow Wilson:
どこかに既に書いたので繰り返しになるがEdward BernaysはあのFreudの甥である。またFreudには後に世界的に名を成した精神分析医の娘Annaがいる。娘と甥が業界でのFreudの名をさらに推進させた。
参照:詩集「2N世代」過去記事
Edward Bernays & Anna Freud :

・・・(追記:2012年3月9日)・・・
驕れる白人と闘うための日本近代史 松原久子 文芸春秋刊 文春文庫 を読了した。
著者は1958年に日本の大学を卒業、その後米国の大学で修士号、西独の大学で博士号を取得、1987年から在米。江戸から明治にかけての、鎖国を解くまでまた解いてから以降の日本の国家としての対外関係を中心に、興味深い歴史を独自の視点で知らしめている。ただ離日が遠い昔にさかのぼるので、先の戦争あたりに来ると敗戦直後の日本の歴史教育の残滓がちらちらと見える。特に70年以降日本に住む日本人にとって心を強く持って戦うべき「驕れる外国人は」この本で比較的好意的に書かれている近隣国の黄色人種である。国家としての誇りを回復するためには「驕れる外国人と闘うための日本近現代史」という著者の手になる続編を期待したい。

松原久子様へ
本書のご執筆を感謝して
The Fake of Nanking Massacre-4 Eyewitnesses
NO AMERICAN WITNESSED THE NANJING “MASSACRE”Matsumura Toshio, Historian

Edward Bernays (3) United Fruit Company

Edward Bernaysを紹介するために今日はEdward BernaysとUnited Fruit Companyを取り上げます。
CIA, Guatamala and "Chiquita" (United Fruit Company)
The political uses of fear - Edward Bernays and United Fruit
CIA Intervention In Guatemala
・・・・・
United Fruit Company: Book Review
A Banana Republic Once Again?
・・・・・
A Coup (in Guatemala): Made In America
・・・・・
ここで中米の政治を云々するためにこのペイジを書いているのではない。ここで示したいのは、Edward BernaysのPropagandaの恐るべき力である。この大衆心理操作学を抜きにして政治も経済も語れないということの一例だ。経済は勝者が正義を後構築し政治はその勝利のために平行して寄り添う手段であり、国境は固定しているわけでもなく、(外からであろうと内からであろうと)政治は国民にとっては天候のようなもので、その動きの中において国民は(先頭者も含めて)まるで風にそよぐ葦だ。否より正確にいえば翻弄され靡く葦だ。
・・・・・
参照:United Fruit Company
参照:Standard Fruit Company
参照:Eli M. Black
参照:Sanford B. Dole
これらの参照は新たに以下にHawaiiのことも含めるために追記した。
・・・・・
「歴史通」2012年新年号で西尾幹二先生がハワイの併合に少し触れておられる。スーパーに行ってバナナを買うと大抵doleのマークが貼り付けてあるが、あのSanford B. Doleの名前も出てきた。パイナップルであろうとバナナであろうと、同じだ。ご覧あれ。
The Annexation of Hawaii:ハワイ併合

In 1894, Sanford Dole, who was beginning his pineapple business, declared himself president of the Republic of Hawaii without a popular vote.

もっと大きく言うとフルーツでも船会社でも鉄道会社でも、法整備が充分でないこの時代国境を超えた企業は、政治(&軍事力)を伴走者に従えた、拡張のリビドーに突き動かされた「東インド会社」なのだ。

Hawaii is not legally a state! 一読をお薦めしたい、深い尊い歴史である。
Hawaii Last Queen Video 1時間弱:ハワイに対する認識を変えた。色んなことを深く考えさせるお勧め映画。
(追記:2012年3月3日ーいろいろな情報を総合してハワイの失政に関する視点を絞っていくと、労働人口の多くがすでに日本人であったのに、その日本人からDoleらの政権が「参政権」を奪ってしまったこと、ここに行き着く。日本人は日本人でもハワイ人でもなくなってしまう。曲りなりにも議会政治がある限り、「参政権」こそが殺傷権を握るという教訓が浮かび上がってくる。)

最後の女王リリウオカラニ
カラカウア王元ペイジAloha Oe - Hawaiian Guitar

・・・・以上は2011年12月17日・・・・・
・・・・・追記:2012年3月2日・・・・・
参照:地球史探訪:盗まれた楽園、ハワイ王国 by 伊勢雅臣
多くのことをつい考えてしまう、日本とハワイとの関係。
参照:ハワイ小史1~4:その3
参照:「日露戦争」と「日米対立」と「日中戦争」の舞台裏
ハワイ関連 & その元ペイジ
参照:帝國の彼方に:注目:ウッドロー・ウイルソン

心理学者Edward Bernaysがその心理学的手腕でGuatemala政府を転覆させたという事実をPropaganda効果の一例として記事にしてみた、つもりだったが、ついでにDole Campanyを扱ったことで、Hawaii併合の歴史をも扱うことになった。「法整備が充分でないこの時代国境を超えた企業は、政治(&軍事力)を伴走者に従えた、拡張のリビドーに突き動かされた「東インド会社」なのだ」の意味を充分ご理解いただければ有難い。
ここ数か月はスーパーでバナナを買うとハワイ併合を思い出し、WELCHのジュースを見るとJohn Birch Societyを考え、これは直接の関係はないが朝食にフルーツ・グラノラを食せば、ケロッグ・ブリアン条約を思い出すありさまだ。

Edward M. House

Edward Mendell House-1
Edward Mendell House-2

Edward Mendell House-1
Edward Mendell House-2

Who Was Edward M. House?
The Council on Foreign Relations And The Trilateral Commission

以上は2011年12月12日
以下は2012年1月12日 追記

資本家の陰謀:日本語で
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 & No.5 :
何もかも鵜呑みにする必要はないが、何のことが内容が理解できないようでは、話にならない。

追記:2012年12月23日
Woodrow Wilson: C-SPAN 2時間

Robert Lansing

Robert Lansing :Biography
石井・ランシング協定:これだけが有名
Robert Lansing on Military Operations in Mexico, 20 June 1916

Robert Lansing:1864-1928
Diplomatic Security Serviceとは
Bureau of Diplomatic Security
左から5つめの写真をクリックしてください

1916: U.S. Secretary of State Robert Lansing creates an informal Secret Intelligence Bureau to examine information of a secret nature received from other U.S. agencies and from allied intelligence agents, and to oversee surveillance of the German Embassy in Washington, DC. The office is never a formal Department bureau but only a few special agents located within the Office of the Counselor. Lansing also proposes an inter-agency secret service to be centered in the Department of State, but the White House fails to act on the suggestion. In 1917, he hires the first Chief Special Agent, Joseph M. Nye. These initiatives come in response to German and Austrian acts of fraud, propaganda, sabotage, and espionage in the United States during the First World War. (Source: Library of Congress, National Photo Company Collection)

Committee on Public Information

Committee on Public Information: CPI

materials produced and used by the Committee of Public Information are readily available and provide a fascinating insight into the way the American government promoted the war to the American people.

George Creel:Wikipedia

Creel gathered the nation's artists to create thousands of paintings, posters, cartoons, and sculptures promoting the War.

CPI & George Creel & Edward Bernays:

その象徴的な活動ともいえるのが、17年、時の大統領ウオードロー・ウイルソン(Thomas Woodrow Wilson, 1856-1924)により設立されたパブリック・インフォメーション・コミティ(Committee on Public Information = CPI)です。クリール委員会(Creel Committee)とも呼ばれた、ジョージ・クリール(George Creel, 1876-1953)を委員長とするその委員会は、全国的なパブリック・インフォーメーション活動を展開し、戦争活動に賛同する世論を形成する活動を行い、世論を味方につけることに成功しました。バーネイズは18年からメンバーとしてその委員会に参加し、プレス・エージェントの経験を活かしながら世論形成の手法を学んでいきました。

CPI>the Division of Pictorial Publicity:Posters at War

Within days after Congress declared war against Germany in April 1917, Charles Dana Gibson (creator of the "Gibson Girl") gathered a group of artists who pledged their talents to the promotion of the war effort. The organization was soon absorbed into the Committee on Public Information set up by President Wilson under the title of the Division of Pictorial Publicity.

このペイジは何を言いたいのかわかりにくいと思いますが、第2次世界大戦の参戦に苦労したRooseveltと同じ苦労をあの平和のための14原則のWoodrow Wilsonも第一次世界大戦参戦に苦労したという説明とその内容を展開していくためのペイジです。
日本が四方を海に囲まれているために鎖国が可能だったことを考えると、アメリカは太平洋と大西洋に守られている国です。国民は自存自衛のために戦争などする必要もないし、したくもないのです。RooseveltやWilsonは一般のアメリカ人とは全く異なる発想をしていて、そして大衆を引っ張るためにいろいろの人材を集めて作戦を立てる必要があったのです。大衆心理操作作戦です。その道のプロがこの人です

Barbara Walters Interviews Gadhafi : CFR

正論新年号、折節の記は米紙がいかにメディア的捏造をして狂犬カダフィ大佐のイメージをつくりあげて、NATO軍を使ってやりたい放題に気に入らなくなったカダフィ大佐を血祭りに挙げたかを説明している。それでいてなんの批判もうけないところが、恐れ入りましたのメディア・マインド・コントロールである。

問題のCFRの名簿を入手した。
A ー Z Membership Roster CFR
数日前にこの名簿にも出ているアメリカの人気女性キャスターBarbara Waltersが1989年にGadhafi をinterviewしている動画を見た。
Jan. 27, 1989: Barbara Walters Interviews Gadhafi
Barbara Waltersが1989年のinterviewについて思い出を語っているものも探し出した。
ABC's Barbara Walters speaks with CNN's Anderson Cooper about interviewing Libya's Moammar Gadhafi.
ビックリ、Barbaraがカダフィ大佐がCFRに来て話をしたと言っている。早速カダフィ大佐のその時のvideoを探してみた。
Qaddafi discusses Iran, Terrorism with CFR 2009
アメリカにとって利用価値がある間はカダフィはCFRと何らかの関係を持っていたのだろう。つまりは言うことを聞かなくなるとこうなるのだ。そういえばイランのパーレビ国王もそうだった。もともとはアメリカが面倒を見ていたのだ。パーレビ国王追放のイラン革命もCIA主導だという話もありました。ホメイニが帰ってきてややこしくなった。結果アメリカは番頭国をなくした。カダフィ大佐、狂犬というよりも、堂々として思慮深くさえみえる。ただし繰り返すがこのペイジはカダフィ擁護論とは無関係である。
何故このようなものを探したかと言えば、アングロ・アメリカン・エスタブリッシュメント(ほとんどがCFRのメンバー)というものが、どのようなことをしているのか、一例を見てみたいと思ったからだ。CFRは大抵問題になるときは例のFRBとクロスして出てくるのだが、このBarbara Waltersさん、FRB会長だったグリーンスパンさんの恋人だったというから、たしかに並みの人間では相手にされないアングロ・アメリカン・エスタブリッシュメントなるものの凄さを垣間見た思いがした。こういうメディアで仕事をする人は、顔を出さないわけにはいかないので、一番掴みとりやすい。また情報操作や捏造はメディアの最も得意とする分野なので、CFR検証のいの一番にBarbara Waltersさんを選んでみた。
参照:詩集「2N世代」Barbara Walters & CFR:
現在日本人のCFRメンバーがいるのかいないのか、いれば誰なのかは不明だが、おそらく誰かあるいは、誰か達を通して日本のメディアは間接制限や間接指導を受けているはずだ。日本のメディアにはどこかに出かけて情報を独自に収集して分析して独自の見解をnewsに盛り込むようなジャーナリストはいない。CFRに限らずとも、どこかの息がかかっている。考えてみればよその国のPropagandaをこの国は増殖しているに過ぎない。現にカダフィのことをほとんどの人は単なる狂犬だと信じていたのではないだろうか?

今年の3月のカダフィ大佐のinterviewがあるので、ついでに出しておく。
Full Colonel Gaddafi interview 02 March 2011
非常に残酷なカダフィ大佐死亡ニュース
目を背けずにご覧あれ。嬲り殺しだ。

・・・・・2011年12月18日・・・・・
CFR 外交問題評議会

Propaganda : Edward L. Bernays(2)

Propaganda- Edward Bernays_1/2
Propaganda- Edward Bernays_2/2
Propaganda (1928) by Edward Bernays:EdwardBernays_convert.jpg

・・・・・・・・
Noam Chomsky - Propaganda And Control Of The Public Mind (Full Lecture)
The classic Canadian documentary Manufacturing ConsentManufacturing Consent:wikipedia

Edward Bernays (1)

2011年11月9日
Tel Quel Japonではこののち何度もEdward Bernaysについて書き込んでいくつもりでいる。
まず今日はこの日本語のBlogからご紹介。
Edward Bernays:井之上Blog

CPIは第一次世界大戦中の1917年、ウッドロー・ウイルソン(Thomas Woodrow Wilson)大統領のもとで米国の参戦に対する米国内の賛同を得るために組織されたもので、委員長であるジョージ・クリール(George Creel)にちなんでクリール委員会(Creel Committee)とも呼ばれました。マスメディアを総動員してパブリシティを広範に展開したこの活動では、100もの外国紙にプレスリリースを配信したり、19種類の言語による独自の機関紙を発行するなど、移民国家としての徹底した対応を行い、世論の同意を得ることに成功しました。。...
バーネイズはその他にも、F・ルーズベルト大統領夫人のエレノア・ルーズベルト、国務省や財務省、商務省などへのアドバイスも行いました。...


Edward Bernays:井之上Blog 2

後日、ナチ・ドイツのプロパガンディストで宣伝担当相のゲッペルスは、この本を愛読し、そこから得た情報を基に、ドイツ在住のユダヤ人排斥キャンペーンを行ったといわれています。...
1928年にPropaganda を出版。人の考え方は与えられた情報により形成されるとする理論とそのメカニズムを記したこの本は、当時プロパガンダに対する不信感を抱いていた米国で大論争に発展しました。...
80年に渡るバーネイズの活動範囲は多岐にわたり、CBSやジェネラルモーターズなどの大企業、数々の政府機関、フーバー、F・ルーズベルト、アイゼンハワーなど歴代米国大統領へのカウンセリングを行うなど、彼の与えた影響は政界や財界にとどまらず社会全体に及んでいます。...
((Bruxelles注)日本人はこのPropagandaという概念を知らなかったのではないだろうか。Remember Pearlharborも陰謀という語を当てるよりPropagandaと認識すべきである。)


・・・・・
Did the O.S.S. help win the war against Hitler?

Donovan proceeded to set up a law practice, moved it to Wall Street, and soon acquired a fortune. He made another try at elected office, in 1932, running for governor against Herbert Lehman. He was a hapless campaigner, despite calling on the services of the father of public relations, Edward Bernays (who decided that the situation was irremediable and quit after a week).
((筆者Bruxelles注)この部分は、DonovanがEdward Bernaysに選挙参謀を依頼したということ、1932年の時点で、後に諜報の専門家となるDonovanその人が、票の獲得を依頼する実行部隊としてEdward Bernaysの作戦能力に 頼ったということを証明している。そして後のOSSのDonovanとEdward Bernays の関係の確認ができる。このリンクと引用はそのためだけの役割でしかない)



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参照:Edward Bernays: 詩集「2N世代」

追記:2011年11月26日
参照:米国の対外文化政策研究理論の系譜
参照:the U.S. Committee on Public Information

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