TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

Albert Kahn 写真と映像

外国人カメラマンが見た戦前の日本
見てわかる、聞いてなお分かる、時間は取らない、印象に残る。
詳しい論考(戦前だけでは時代がわからない)でも検証でもないが、とりあえずのUP.
単なるYou TubeのUPです。外からの情報、視点は、面白いですね。 


そういえば、フランスのまるこ様、神道の本をせっかくフランス語で書き、掲載写真の許可までとれたのに、最後の最後で、没になってしまいましたね。過剰反応されたのか突然のドタキャン、原因はどこにあるのか、全くわかりませんね。

そういえばこの前ハイパーサーミアの見学の帰りに、円山公園から祇園に出て、この辺をとおりました。付き添ってくださったM様ご夫妻、どうもありがとうございました。
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意味不明? ごめんなさい。
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アルベール・カーンの紹介
 カーン自身はカメラマンではない。興味深い人物ですね。
よみがえる100年前の世界 日本 Albert Kahn


・・・・・・・・・・・・・・Alert Kahn・・・・・・・・・・・・・・・・・
L'insaisissable Albert Kahn
Albert Kahn’s Documentation of Humanity Through Early Color Photography
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Zhang Xueliang 西安事件 とは

          Zhang20Xueliang203.jpg
            Zhang Xueliang


Brief history of Zhang Xueliang (張學良)
and General Yang Hucheng 楊虎城 (right) :

とりあえず、張學良の顔くらい記憶に留めて置いたほうが
映像を見るときに役立つだろう。まずイメージが違う
(声と言い顔と言い、まるで川島芳子、女ではないか?)。
40年少し前にパリでカメルーン人のポール(Paris大生)から蒋介石と毛沢東の正しい英語、フランス語発音を偶然会話中に教えてもらったが、その後外国Filmを見る際に役立っている。中国人の名前に関しては、その発音と漢字表記と日本語読みがバラバラなので、たくさん一時に出てくると、資料あさりの際にはかなり苦労する。

秘密裏に融合する日韓右派 趙甲済+安倍晋三 

Tel Quel Japon過去記事
追記:2013年5月10日 以下にある
月刊朝鮮記者趙甲済氏による安倍総理インタビュー
をお読みください。3月14日の安倍総理の両談話踏襲明言と時間差双子であることに気づいて下さい。趙甲済氏は何故これほど安倍総理と特権的友好関係をお持ちなのか?という疑問を持つまでが、予習一。
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とりあえずこの中の写真をご覧ください
ここに安倍総理が列席していても何の違和感も無い。そして例会のテーマ「避けられない北朝鮮有事 日米韓はどう対処すべきか」に注目。こうして北朝鮮を対極に持ってきて対峙させると、米国から見て日韓の保守は日韓連携を通り越してすでに融合していると見合える筈だ。あるいは同一国のように融和させなければならない。当事者両国によってただいま進行中の事態である。北朝鮮の有事は韓国にとって韓日併合の絶好のチャンスである。「日本の保守も誘導されて一緒になってことあるごとに北朝鮮の有事をあおる場面」を想定できるようになること。予習二。
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North Korea Todayのとりあえずこのペイジを読む。
かなり読み込まなければならないが、まずは入門として「日韓保守派の連携」に深くコミットする人物名を頭に叩き込むこと。ここに見えるのは極々一部に過ぎないにしても。
趙甲済氏は「日本への原爆投下を賛美する」人物であること。
趙甲済氏は去年の3月の時点で安倍総理との単独会見で今回の「安倍総理のあからさまな末代までも日本を貶める韓国への叩頭」を本人の口から引き出している人物であること。趙甲済氏は安倍晋三総理から、たとえ何があっても竹島を自衛隊を動かして奪還することは無い、また核武装の意思も全く無いという発言も引き出している。←安倍晋三氏の紛れも無い積極的平和主義のこれが本質であり核である。予習三。
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趙甲済氏が「日本の集団自衛権の行使」に賛成:
こういうところが日本の保守のお気に入りたる所以だろう。しかし内容を読んでほしい。いや内容に矛盾があるといいたいわけではない。正に「正論」である。
Tel Quel Japonは集団自衛権の行使・憲法改正論に関して全く口を閉ざしている。一度も意見を述べたことは無い。自民党結成以来の党の悲願を知っているからである。しかし考えを敢えて述べると、趙甲済氏のこの意見と寸分違わない。経済支援だけでは足りず、半島統一のために日本人の血を日本人の死を、利用しようとしているなと読み取るからである。
これに関しては西尾幹二先生の日録のこの過去記事を参照してください。
ここには:「国家主義者の仮面を被った人であったからこそ、ここ10年高まってきた日本のナショナリズムの感情を押し殺せた。...安倍氏の登場が保守つぶしの巧妙な目くらましとなっているからである。...」などTel Quel Japonと同じ趣旨の安倍批判が明快にされている。しかしこの記事で私の心を捉えて離さなかった一言は以下の言葉だ。私の思いと寸分違わなかったから、深く記憶に残っている。
私は安倍政権で憲法改正をやってもらいたくない。」
2007年の記事である。西尾先生が今も同じお気持ちかどうかはわからない。しかし私Bruxellesは心に深く刻まれたこの言葉を忘れないし、自身の思いは今も一貫して変わっていない。ただ皮肉なことにリンクした趙甲済氏の考えと全く同じなのだが、日本の保守は単純に趙甲済氏を強力な味方だと絶賛し(日本のために反日の反対を説得して押さえ込んでくれていると思うのだろうか)Bruxellesには集団で小突き回しにくることはあっても、賛同する者はきわめてゼロに近いだろう。(集団自衛権の行使・憲法改正論に反対する者と扱われて)。
同じ意見でも敵側の洗脳視点でならばOKだが、大衆洗脳解除の側からは、もはや一言も発することができない、のが日本で保守を相手にする場合の現状(融合する日韓右派)なのだ。
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首相動静(2013年3月2日)
どの新聞も「公邸で韓国誌「月刊朝鮮」掲載用の西岡力東京基督教大教授との対談」となっている。西岡力は単なる通訳なのだが、どうしたことだろう。安倍晋三が総理でなくしかも別人であれば、同じ行為をすればあきらかにスパイ行為、普通の国なら即逮捕だろう。
○西岡力ドットコム
安倍総理、趙甲済インタビュー
(趙甲済氏が「月刊朝鮮4月号」に寄稿したインタビューの前文)

それでも日本の韓国統治を弁護する保守政治家はほとんどいない

3月2日午前、総理となった彼と東京都内の総理公邸で会うことになった。総理就任以後、韓国言論と行う最初のインタビューだった

何も気づかない?
参照:Tel Quel Japon過去記事
追記:2013年5月10日 以下を読むこと
(なおここにある西岡力ドットコムの記事においてはインタビューは2013年3月1日と記載されていた。
単なるうっかり間違いか?念のために
首相動静, 安倍晋三 2013年3月1日を置いておこう。各自確認されたし。)
一年も前に安倍総理は、信頼できる韓国誌「月刊朝鮮」の記者との単独インタビューを、総理公邸できわめて内々に持ち、誰よりも早く両談話踏襲と積極的平和主義の揺ぎ無い本心を吐露していたことになる。しかも記録ではこのインタビューは西岡力東京基督教大教授との対談と記されている。
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韓国のおばちゃんがふたり大喜びで、えぇ?違う?:

最終3月20日の記事を今日3月29日、上にあげます。

松本重治と国際文化会館人脈 :追記

国際文化会館人脈に関して、記事を書いた記憶があるのだが、内容も覚えているのだがテル・ケルの中に見つからない。国際文化会館とは一体何か、と強く興味を持ったのは、松本重治リサーチの延長だったと思う。松本重治に関してはテル・ケルの過去記事に松方家と松本重治について書いているものがある。
Tel Quel Japon過去記事
これを書いているからこそ、国際文化会館とは何ぞや?と強く思ったのだろう。 とても気になってきた。自分の書いた記事をうろうろ探す羽目になった。 独立した記事ではなく詩集「2N世代」のこの記事の中に見つけた。

参照:何なんだこれはというくらいの、強力な参照である。
   :
国際文化会館人脈と白州次郎
(ロックフェラー・FRB・日銀の繋がりがよくわかる)
国際文化会館 HP 会員制らしい 目的は何?
(この参照は一万田尚登を調べていて偶然に見つけた)
・・・・・追記:2012年1月3日・・・・・
国際文化会館の人脈はHerbert Normanがカイロで
後ろ歩きをして飛び降り自殺をした際に
日本で追悼の会を開いた日本人たちの人脈と
驚くほど被さる。
Tel Quel Japon: Herbert Norman

先に一万田尚登を調べていたと書いたが、
この日銀総裁はサンフランシスコ講和条約調印会議に
出席している、のでオヤっと思ったからだ。場違いではないか?
Correspondances:石井好子:
サンフランシスコ講和条約
国際文化会館に話を戻すが、ロックフェラーが大部分を出資
しているとはいえ、ここに登場する日本人たちがその命令で
53年8月末までに1億円の寄付を集めたことが、解せない。
国際文化会館建設が戦後の疲弊した日本にとって
それほどの大金に値するプロジェクトだったのか?
FRB:日銀=CFR:国際文化会館建設の目的
この人脈をみるとそういう連想が働くのは、私だけではないだろう。



・・・・・追記:2012年7月26日・・・・・
参照:薩長因縁の昭和平成史(6)
色んな方向に繋がってくる内容である。
とすると象徴天皇は必ずしもGHQの押しつけでも協力でもなく...

・・・・・追記:2012年8月23日・・・・・
ロックフェラーと松本重治のDVDが完成しているらしい。監督は日本人である。これは大ニュースではないか?意表を突かれた思いがするが、制作の必要を先走ってこのようにまとめる必要を感じたのだろう。登る山道に大きな岩を落とされた気分だ。
The Quiet Builders -John and Shige-

・・・・・追記:2012年8月23日・・・・・
万里一空の言霊 2 「国際文化会館」:松本重治

...ライシャワーが一般向けにこの「近代化論」の布教者として選んだのが、作家の司馬遼太郎。『竜馬がゆく』の主人公の坂本龍馬をメジャー化させた...同じように文化工作に利用されたのが、作家の阿川弘之。阿川の「海軍提督三部作」は東京裁判によって打ち出された「陸軍悪玉論・海軍善玉論」をナイーブに肯定するためのもの。海軍は決して平和主義者ではなく、米内光政が戦争終結後に東条英機らを連合国に売ったのである...

・・・・・追記:2012年8月23日・・・・・
地球建築士、松本洋さん
国際文化会館との関係だけでなく、なんと松本重治と朝河貫一博士との交流が明らかになる。また1929年京都で開催された第3回太平洋問題調査会国際会議参加も明らかにされていてIPRとの関連も再度確認される。これはIPRをどう捉えるかだけの話であるが、朝河貫一が松本重治と懇意であったとなると、象徴天皇が朝河の発案であるという説はさらに注目に値してくる。
参照:Tel Quel Japon過去記事:朝河貫一とOSSの日本計画

・・・・・追記:2012年8月23日・・・・・
東亜連盟戦史研究所:【日支全面和平を打ち砕いた者

...「実は君の留守中に松本重治が国民政府の高宗武を連れて来た。これは高宗武から直接聞いた意見で、支那側には全然戦意がなくなった。無条件和平論が高まっており、無条件和平の中心人物は、元老汪兆銘だという話をして行った。軍の幕僚連もこの情報を信じているから、君の取り決めた話は、折角だがとりあげることは出来ない」...

・・・・・追記:2012年8月23日・・・・・
松本重治氏の証言
すべて偏った立場の人間からの間接情報に過ぎないことがわかる。捏造意図あるいは流布意志があるとは思えないが、そもそもの交友範囲に問題ありではないだろうか。現場を見ないものは決して証言すべきではない。

///////追記:2012年9月11日///////
支配が変わる通信社:の観点から
新聞聯合社~同盟通信&松本重治と松方三郎:岸田コラムより
///////追記:2012年9月11日/////////
無言の箱:国際文化会館:写真など
///////追記:2013年4月25日/////////
映画John and Shige 日本語資料
No.1 & No.2 & No.3
いろんな人物が登場する。この映画はどうして日本で上映されないのだろうか?松本重治は、開戦前の日中関係史、敗戦後の日米関係史に於ける最重要人物かもしれない。ロックフェラーと戦後の日本の手がかりは、ここにしか無い。

・・・・・追記:2014年2月18日・・・・・
国際文化会館関連で新しい人物が出てきた。知米派と知日派を通した人脈をさぐれば、決して日米関係が日露戦争後一貫して対戦前夜のような坂を転がり落ちたわけではない。しかし一方で日米交渉をみても、米英の手の中で赤ん坊のようにあやされてお人好しにもシナリオに従ってしまった結果の真珠湾であったのもまた事実だ。一部の知識階級における日米友好が戦争により脱線崩壊してしまったが、敗戦により戦後復活したのもまた確かだ。戦前の日本は共産主義思想に犯されていた、というような単純な左翼思想云々で論理が繋がるような問題ではない。それでは日本の戦後がまるきり見えないではないか。
Beyond War:The Relationship between
Takagi Yasaka and Charles and Mary Beard

Mary-Kay Wilmers

Mary-Kay Wilmersがインタビューを受けているところ。
退屈な会話で何の収穫もない。記事にするほどの内容ではないのでしばらく考えたが、とりあえず出すことにした。
Book TV in London: Mary-Kay Wilmers
インタビューを受けるほどの有名な編集者らしい。
The extraordinary Sam Frears
こちらは彼女のこれまた有名な息子。Ashkenazi Jewsにしか発生しない奇病にかかっている。(そう言えば昔から宇野正美氏がユダヤ人にはアシュケナージ系ユダヤ人とスファラディー系ユダヤ人がいてそれを区別する必要があるとしきりに言っていましたね、あのアシュケナージですよ。種族を特定した奇病の存在は初めて知りました)父親は有名な映画監督のStephen Frears。さほどどうでもいい話ではある。この一族は例に漏れず大金持ちのユダヤ人です。
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この本は彼女が20年の歳月をかけて書き上げた一族のFamily Story。タイトルを見ればわかると思うが、EITINGON家の過去の有名な人物も紹介されている。たとえばMax Eitingon、精神科医でフロイトに近い人物であった。
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お分かりと思うが前列左端がフロイト、後列左から三番目、めがねをかけているのがMax。
こちらがこの本のBook Review.
Mary-Kay Wilmersの母方の祖母のいとこがLeonid Eitingonであるので、一応取り上げてみた。トロツキー暗殺の指令を出したあのエイチンゴンである。Mary-Kay Wilmers氏は張作霖爆殺事件にも関与したとされるあのエイチンゴンのご親戚というわけで、何か見つかるのではと期待して覗いてみたが、たいした発見はなかった。直に読めばまた違うかもしれないが、何しろ年代が違うし、いくら辣腕編集者であれ、祖母のいとこがどういう人生を送ったか、こまごまと正確にわかるわけがない。トロツキー暗殺はアランドロン主演の映画にもなっているので、それくらいは詳しく頭に入っているだろうが。Reviewで得た情報は少なく、以下のことしか書かれていなかった。
At the end of the 1920s, he led an operation producing fake documents which persuaded the Japanese that 20 Russian agents who were working for them had secretly applied to have their Soviet citizenship restored. The Japanese duly shot their anti-Soviet allies. This, Wilmers remarks, was "the kind of ruse Leonid enjoyed"
ほかの書評で読んだのだが、スパイは情報収集が命のように思われているが、それと同等またはそれより効果的な仕事が「ガゼネタ」の拡散である。エイチンゴンはむしろそちらを得意としていたらしい。上にも書いてある。(he led an operation producing fake documents)。この辺を読むとついつい田中上奏文を思い出してしまうのだが。
fake documents (which persuaded the Japanese that 20 Russian agents who were working for them had secretly applied to have their Soviet citizenship restored.)
( )内の関係詞節を訳すとー日本人に偽の文書を見せて、日本に亡命して来て日本のためにスパイ活動をしている20人のロシア人たちが、実は密かにロシアの市民権の再獲得の申し込みをした事実が発覚していると、騙してそう思い込ませた。
The Japanese duly shot their anti-Soviet allies. This, Wilmers remarks, was "the kind of ruse Leonid enjoyed"
まんまと騙されて日本人たちはその仲間だった反ソスパイをすぐに射殺した。これも別のReviewで読んだのだが、エイチンゴンに言わせれば、自分がわざわざ日本側に寝返ったロシア人を始末するより、自分の代わりに日本人たちにそれをやらせるほうが、手間が省けて一石二鳥というわけだ、と考えるような人間だった。Wilmersも言っているが、エイチンゴンはこのような謀略を思いつき楽しんで実行していた。いやはやこんな天性の極悪人に心理を読まれて、悪意あるdisinformationを拡散されたら、日本人はひとたまりもないだろう。しかもエイチンゴンはポリグロットで日本語もできた。( Polyglot savantだったのかもしれない)「張作霖を爆殺すれば、いやその証拠さえ残せば、あとはこっちがやって、お前を関東軍の英雄にしてやる、おまけにロシア人にも恩を売れるぞ」と河本大佐がささやかれたとしたら、などという推量も充分可能だ。田中上奏文に書かれたようなことが実際に次々と起こった、そのことが日本にはきわめて不都合だったのだが、実際に田中上奏文を捏造したのも、事件を起こし日中戦争を拡大させるシナリオを書き実行したのもロシア、コミンテルンならば、ややこしい問題も一気にすっきりする。Bruxelles個人的には何よりも列車爆破という手段そのものが日本人の発想ではなく、いかにもコミンテルン、エンチンゴンのやり方だと思う。それと張作霖爆殺は、日本側に責任を負わせて悪役に仕立て上げることも、実際の爆殺と同等の重要性を持つ目的、いはばエイチンゴンお得意の一石二鳥だったような気がする。

・・・・・2014年1月12日・・・・・
張作霖爆殺事件の容疑者として一応4つのパターンが挙がっているが、それは目的を張作霖の殺害、と固定するからだ。目的の中心は、田中上奏文の捏造どおり、侵略国家大日本帝国の捏造にあるとすれば、つまりTanaka Memorialの具体化にあるとすれば、犯人候補から、まず日本が消える。動機がないからだ。
Tel Quel Japon過去記事The “Tanaka Memorial”

Washington and London, engaged in “appeasing” Japan—i.e., preparing for the most propitious moment for war in the Pacific—have discouraged publication of material on the “Tanaka Memorial.” The Soviet press likewise remains silent.(アメリカもイギリスもこの田中上奏文の出版拡散を押さえ込んでいる。ロシアもそれに倣っている。目的はpreparing for the most propitious moment for war in the Pacific.(必死に偽書だと主張する日本をそうかい、そうだよね、と宥めておいて)近々起こる太平洋における戦争という、日本の欲望の最終仕上げの日にあわせるように、つまりは日米戦争という最高のタイミングにその解釈にこの上奏文を使うために、出版拡散を伏せてきた、といっている。


ところでMary-Kay Wilmersの文章にもどるが、日本も20人ものロシア人スパイを工作員として使っていたことがわかる。その方面の手抜きをしていたわけではない。ただ日本は諜報活動をしなかったわけではないが、高価に買い取った情報を、活用するすべを知らなかったのだ。スパイが掴んだあるいは流した情報を活用できなかったということだ。
参照:私は日本のスパイだった
さすがに全部消されている。(代わりにこちらをどうぞ。第1章だけでなく第7章におまけまであるのでクリックしてください)消されたFilmの最後にもうよれよれになったベラスコと日本のかなり高名な諜報員が再会するシーンがあり、そこでベラスコが言うのだ。「日本の諜報活動はすばらしかったが、いかんせん、日本はそれを活用できなかった。そしてそのまま敗戦を迎えてしまった」と。

なんだかねえ、日本人は戦争に向いてませんね。エイチンゴンやシケイロスを見ているとそう思います。何故でしょう。
日本人はアメリカ人のように自分で考える訓練を受けていない...平均的な日本人は、自分で考えることにおいて昔からの障害に直面している。...平均的日本人は、自分の親戚はその利益を追求すべき友人とみなし、他の人間はその利益を考慮するに値しない敵と考えている...神道を奉じる分子とその同調者は反米的なので警戒を要すると考えている。
「こらぁ!何を寝ぼけたことをグダグダいうのか!」って?これ言ってるの私ではありません。畏れ多くも昭和天皇の御発言らしいですよ。ご存じない?アメリカはそういう資料を秘匿しているらしいですよ。いつ出してくるんでしょうね。反体制の資料から漏れ聞いたのですけどね。早く確認して手を打たないと、致命的ですよ。それとも日本はすでに左傾化しているので、鈍化していて、これくらいではなんとも思わないって?ふーム。資料?お読みになりますか?
参照:Whitney's papers & Whitney Courtney:
保守の近似値100%が「究極の駄文」に身を震わせて泣いてマッカーサーに感動している次元ですから、話になりませんけどね。
これがいつか田中上奏文のように使われないように、偽書であろうと本物であろうと、見て見ぬふりをしている場合ではないと思いますよ。
最後の追記はどーでもいい話ですけど、このペイジの一番下に出てくる 作家・野上弥生子って、長谷川 三千子氏のおばあちゃまです。

Bonner F. Fellers (2) 未完

General Bonner Fellers, the “hero” of the WWII drama “Emperor”?
'Emperor' review: Bad history lesson
参照:敗戦後の「国体」危機と宮中の対応:←お薦め
リンクとリンク参照では読書価値においてバランスがとれないが。
参照:天皇の国体護持活動ー終戦期
日本の資料だけでここまで切り込んだ文章は見たことがない。日本人が残しかつ用意した資料だけでは、論考は不可だと思っていたが、よくある無思考・ワンパターン保守の書く文章とは一線を画している。文字が小さいので、読了したわけではないので内容には具体的に触れないが、これくらいはざっと見ればわかる。
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参照:近代日本人の肖像Teizaburo Sekiya
通り一遍だが写真があるのが良い。
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参照:Brig. Gen. Bonner "Fighting Frank" Fellers and the "For America" group
Bonner Fellersは日本で考えられているより実はずっと大物で、かなりはば広く活動している。Allen Dulles, Willoughby等に、近似性があるように思う。
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駐エジプト武官時代のボナー・フェラーズ 井口 治夫
ボナー・フェラーズと戦略情報企画部 井口治夫
・・・・・

(つづく)

Bonner F. Fellers (1)

Bonner F. Fellers, Hirohito’s Guardian General
The Education Forum
After the war, Fellers played a major role in the occupation of Japan. He met with the major defendants of the Tokyo tribunal. According to historians Herbert Bix and John W. Dower, Fellers allowed them to coordinate their stories to exonerate Emperor Hirohito and all members of his family. [3][4] This was at the direction of MacArthur, now head of SCAP, who wanted no criminal prosecution of the Emperor and his family.
U. S. -Japan Relations, June 1945-June 1946
ハーン・マニアの情報将校ボナー・フェラーズ
 〇ボナー・フェラーズと河井道
 〇日本を救ったハーン
Bonner Fellers : You Tube
Bonner Fellers * Tokyp Tribunal
〇第二次世界大戦 心理戦-1 心理戦ー2

・・・・・追記:2012年9月2日・・・・・
Tel Quel Japon: 知られざる降伏条件 関連(2)
Bonner Fellers and U.S.-Japan Relations Jume 1945-June 1946 by Haruo Iguchi 論文:

・・・・・以上最終はは2012年9月2日です・・・・・
・・・・・追記:2013年11月26日・・・・・
直前にあるこの記事続きがどうやらこの記事

マッカーサーがアイゼンハワー統合参謀本部議長に宛てた極秘電報の内容を、内密で日本の宮内省高官に伝達。「天皇の戦争責任は形式的なもの。全責任は東条英機元首相らにかぶせる」とのマッカーサーの考えを日本側に伝え、戦犯を裁く東京裁判で天皇を訴追しないことを水面下で調整していた疑いがある。

スクープかというタイトル?の8月18日の記事。名古屋大大学院の井口治夫教授の手になり「来年春ごろ(出版)の見込み」とある。スクープとすれば「全責任は東条英機元首相らにかぶせる」の部分が目玉か?この記事を英訳してThe Japan Timesに掲載されたものがこちら。
Was Fellers friend of Japan or master manipulator?

he was said to have taken the risk of secretly disclosing MacArthur’s confidential message to the general steward of the then-Ministry of the Imperial Household.
In a message to Gen. Dwight Eisenhower, chief of staff of the U.S. Army, MacArthur wrote that the Emperor’s role in the war was only ceremonial and that Prime Minister Gen. Hideki Tojo and other political leaders would be held accountable for all war crimes.

Bonner Fellersが日本と内通していたような書き方だが、寺崎のいう「Bridge」の役割が彼らの使命なので、こっそり一方の動向をもう一方に知らせるのも仕事の範囲だろう。日本を愛したFellersという従来の見解を打ちやぶり「Fellersの正体見たり」というところがスクープなのかもしれない。がFellersの(役割と)正体は「昭和天皇独白録」P.206 & 207、「フェラーズ准将の米内大将に対する話」(21年3月6日)の中にも現れている。過去記事にはそれに該当する英文を出していないが、「昭和天皇独白録」の中でFellersは米内にこのように実は言っている。重要部分である

「自分は天皇崇拝者ではない。随て15年20年先、日本に天皇制があろうがあるまいが、また天皇個人としてどうなって居られようが、関心は持たない。しかし、連合軍の占領について、天皇が最善の協力者であることを認めておる。現状において占領が継続する間は、天皇制も引き続き存続すべきであると思う。


来春刊行予定とかのBonner Fellersに関する井口氏の著作の内容に関しては、論文紹介や新聞記事から想像する限りにおいては、すでにTel Quel Japon等のblogでBruxellesは書き尽くしている。資料を持っているからだ。井口氏がどんな方向でペンを取られるのか、味付け盛りつけまでは勝手に想像するわけにはいかない。Bonner Fellersに関しては他のところにこっそり置いているものもあれば、未だどこにも書いていない情報も抱え込んだままだ。開示の仕方を思案している。

・・・・・追記:2013年12月22日・・・・・
参照:4天皇の国体護持活動(1)終戦期
字が小さくてほとんど判別不能、拡大もできない。内容・判定は別にして日本で入手可能な資料をつかってここまで書けるのはすばらしい。まともに読めたら、資料そのものの目的の検証もできるのだが。
参照:「終戦のエンペラー」の神話と史実

テーマ:日本を憂う - ジャンル:政治・経済

Alan Turing (Eniga Machine)

またもや少し脱線しますが今日は人物紹介を致します。
Alan Turing
勿論知らなかったのですが、この歌を聞いたのがきっかけです。
Alan et la Pomme - Salvatore Adamo
以下はそもそものきっかけとなった他のBlog記事です。この記事に書いたようなことがきっかけで、この記事に書いたようなことを知りました。2012年、Alan Turing生誕100年でイギリスも態度を変えてきたようです。記事には化学療法と書きましたが、Adamoがロボトミーと言っているので、Alan Turingもロボトミー手術を受けたのでしょう。Tel Quel Japonではもう少し詳しく、Alan Turingを取り上げてみたいと思います。
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現在の情報工学は、数学、統計学、+電子工学、から辿れるということになるような気がするが、元はといえば今使っているインターネット、その発芽はといえば、「暗号解読」ということになるのだろうか?数学という分野は行き着くところ生まれ持ったセンスのような気がする。(統計学の教授に統計学は関係ないとお返事を頂いたので打ち消し線を入れました)
The Strange Life and Death of Dr Turing - Part 1 of 2:
The Strange Life and Death of Dr Turing - Part 2 of 2:
Alan Turing Drama-Documentary
BBC Codebreaker
BBC: Code Breakers Bletchley Parks lost Heroes:
William Tutte & Tommy Flowers
エニグマ解読~第2次世界大戦とコンピュータの誕生:
・・・・・・
Tel Quel Japon過去記事
最悪の政治家⑪-3(暗号機エニグマ):
最悪の政治家⑪-4(情報を無視したチャーチル

・・・・・追記:2013年10月22日・・・・・
その他ULTRAや諜報についての参考資料の紹介
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The Ultra Secret by FW Winterbottom
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Bodyguard Of Lies by Anthony Cave-Brown
Anthony Cave-Brown著の本をあと二冊追加しておく。
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・・・・・・・・・・

CLARE BOOTHE LUCE

Baidu IME_2013-9-18_11-48-6

CLARE BOOTHE LUCE
紹介ー1 & 紹介ー2 & 紹介ー3

Tel Quel Japonには既に登場している。
過去記事:Allen Dulles 4: Mary Bancroft
(Clare Boothe LuceはAllen Dullesの愛人であった)
過去記事:田中上奏文(4)Homer Lea
(Homer Leaを最初に書物で紹介したのはClare Boothe Luce,このClare Boothe LuceにHomer Leaの存在を教えたのは、あのCharles Willoughbyだった)

Clare Boothe LuceがHomer Leaについて書いた本について
The Valor of Homer Lea

ClareはあのHenry Luceの妻であるが、彼女の人生においてそれだけが突出しているわけではない。歴史解釈における彼女の役割は多肢に渡るので、手作業で少しづつ掘り起こしていくしかない。たとえばBernard Baruchも彼女にぞっこんだったらしい。Clare Luceから掘り起こすか、Bernard Baruchから探索するか。男女の関係は思想の共有とは別次元にあるので、無理に繋げようとして混沌に紛れ込む可能性が大きい。いずれにせよ慎重にしなければと思っている。慎重にするしかない。   

・・・・・追記:2013年9月19日・・・・・
Bernard Mannes Baruch
この人もWilsonのお供でパリ講和会議に出席していますね。

・・・・・追記:2013年9月24日・・・・・

Chalmers Johnson

Chalmers Johnson : wikipedia:
A Tribute to Chalmers Johnson:
Chalmers Johnson on American Hedgemony:
DECLINE of EMPIRES: The Signs of Decay :
Chalmers Johnson vs. the Empire:
Chalmers Johnson on Media Matters with Bob McChesney:
チャルマーズ・ジョンソンChalmers Johnsonの死
日本政策研究所: JPRI :
C-Span 2006 november Chalmers Johnson:
Ozaki & Sorge:
・・・・・
(1)研究報告「ゾルゲ事件の残された謎」
(2)歴史の中の尾崎・ゾルゲ事件 :石堂清倫
・・・・・
3年前に亡くなられたJohnson氏を紹介するために、上の方に資料を並べてみた。
Tel Quel Japon過去記事の下から2番目の追記の中で「この記事を読んでいてYoshida Tadashiという方の存在を知った」と書いている。その、この記事、の元組織であるJPRIの会長がChalmers Johnson氏であることを、3日前に偶然気づいた。2日前にもうひとつのTel Quel Japonの過去記事を読んでいた。この中のリンク、「アイノ・クーシネン及びゾルゲ事件詳細」をクリックすると、(1)研究報告「ゾルゲ事件の残された謎」が出てくる。これを読んでいくと「現代史資料を利用したジョンソンの著作」という小見出しに出会う。そのジョンソンこそがChalmers Johnson氏だと気づいた。今まで迂闊だったがJohnson氏は日本及びアジアの専門家で、経歴も専門家として申し分ない人物だとわかった。立場は一貫しているとは言い難く、捉えにくいが、あるところではJapan Handなどと書かれていたりもする。音声及びYou Tubeなどで4時間ほど見聞したが、*ユニークな発想で興味深い*。ここから届く日本論がアメリカ政府の日本観に大きな影響を与えていたのではないかと思う。これまでもJPRIの記事は何度か利用してきた。これからは各々の記事だけでなく、長い月日をかけて全体の特徴・性格・働き、などにも注目し分析したいと思っている。
追記:2013年2月12日(*学者の晩年の研究を数時間で把握できる筈もないが、興味深いと感じた点を少し挙げてみる。1-冷戦時、ソビエトの衛星国家だと言われた東欧諸国のことはある程度認識できる。しかし戦後の日本を、それらと同じような合衆国の衛星国家、だと想像したこともなかった。そういう発想が出来ると日本の真の独立はアメリカ合衆国の解体を待つしかないことがわかる。この発想はハッとさせるものがある。2-米軍基地と言えばまず沖縄を思い浮かべるが、世界視野で基地の数を数えると、驚く程の国々を米軍が防衛しているらしい。基地というのは、最も効率の良い植民地経営だ、というような発想も、非常にユニークである。「思いやり予算」という表現は、いじめられて泣いたあとで「今日はこれくらいで、勘弁してやる」という池乃めだかのギャグにつながる。植民地、あっさり認めると、いろんなことがわかりやすいかもしれない。しかし日米軍事同盟、という認識からはそう簡単には離れられない。すでに妾根性?!3-民主主義と覇権主義は並び立たないのは歴史の証明するところである。自国アメリカに警告を発しているのだが、確かにそうだ。国民が矛盾に気づくのだ。その一点だけからでもアメリカの衰退は予測できる。米中対決は、民主主義でない分、中国の最終勝利か?*)
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忘れないうちにひとつ追加しておきたい。過去記事に「この記事を読んでいてYoshida Tadashiという方の存在を知った」と書いている。この記事にはたくさんの人名が出てくるのだが、何故歌謡曲の作曲家みたいなこの人の名前に注目したかというと、彼の発したという1行に注目したためである。この人は日本人の立場は取らず、自分を出さず、伝言を伝える役割に徹しているように思えるのだが、この1行だけは(意見)が出ているから余計に注意を喚起するのだろう。
"Had there not been intense challenges from the revisionists, the history and memory of the Nanking Massacre might have remained a domestic issue rather than becoming an international symbol of Japan's wartime aggression."
それにしても、この人が明らかにした日本国内の自虐史観展示物及び、展示用建築物、啓蒙し納得させ、早急に撤去したほうが良い。自虐史観を国外に吹聴するのも、他国の戦略に協力するのも日本人ならば、教育施設のような体裁をとり自分の手足を縛るのも日本人である。あるいは、日本人に化けた化け物なのだろうか?

(追記:2013年2月12日)化け物は言いすぎですね。洗脳がある無いは別にして、彼らも彼らなりの正義感の帰着としての止むにやまれぬ行動なのでしょう。啓蒙という表現は一方的かもしれませんが、冷静に話し合い、納得していただいて、やはり早急に撤去したほうがいいでしょう。
(追記:2013年2月12日)すでにこの記事としてリンクしているこの記事なのであるが、以下のような文章がある。

Admiral Richard C. Macke, commented that "I think that [the rape] was stupid. For the price they paid to rent the car, they could have had a girl."[60] Obviously, this same type of dismissive rhetoric can be found in Japan as well. Komori Yoshihisa, Editor-at-Large at the Washington bureau for the conservative daily Sankei Shimbun , rationalized the comfort women issue when he told Fareed Zakaria in an interview that comfort women during the Pacific War "were making lots of money" and that "some of them were making much more money than the Japanese Prime Minister."[61]

彼らの怒りは、従軍慰安婦という彼らが言う史実にあるのではなく、政府が拘束した従軍慰安婦はいなかったと主張する時に「慰安婦が大金を受け取っている」を論拠とするその態度にあるようだ。女性を金銭で自由にするという発想に怒っているのであり、金銭を受け取った従軍慰安婦がいたいないは本当は彼らの論点ではないのではないか。従って論証で決着をつけるつもりもないはずだ。Beauvoirに登場していただく問題に方向は転換していることを抑えて、論点を二つに分けたほうがいいような気がする。このままの主張を続けると永遠に火に油を注ぎかねない。
(追記:2013年2月12日)sex slavesなどという語はイメージ操作であることは多くの国の人がすでに気付いているのではないだろうか。軍の関与は、むしろ奨励すべきものであることも。急がなければならないのは首に縄をかけてかり集める奴隷刈りのようなイメージ操作を白日の中で否定することである。「この記事」にはこういう文章もある。むしろ米国のほうこそ本心は触れたくない話題なのだ。

During the actual occupation, even with the existence of comfort stations set up for Allied use, crimes against local women were an uncomfortably common occurrence. In Okinawa alone, 76 cases of rape-murder were reported in the first five years of the occupation.[58]

(追記:2013年2月12日)押し付けられた9条というのはもはや嘘くさい。「この記事」にはPowellの2004年のこんな発言が出ている。

When Colin Powell traveled to Japan in 2004 and told a press conference that if the country wanted to be a permanent member of the Security Council, it would first have to abandon Article Nine, China assuredly pricked up its diplomatic ears.[53]



・・・・・追記:2013年2月15日・・・・・
参照:Chalmers Johnson: Is America on the brink of destruction through imperial over-reach?

John Service by Lynne Joiner (1)

Lynne Joiner is the author of Honorable Survivor: Mao's China, McCarthy's America and the Persecution of John S. Service.
昨日の予告通りAmericans in China Mar 18, 2011というC-Spanの番組のクリックから始めた。Homer Leaから離れるのであそこで記事を終えたかったのだが、「第二次世界大戦の最中から誰も知らないけれどアメリカは毛沢東の共産中国とつながっていました」!!!が気になって仕方がなかった。それにいろんなことが、こう考えると明白になってくる。実際MaCarthyが多くの売国奴たちを摘発したではないか?自殺したものや共産圏に逃れた者も多い。それを知りながら、なぜこんなに驚いているのだろうか?冷戦を通して歴史を振り返ろうとするのはひとつの罠だろう。しかし何かが根底から崩れてゆく。眼精疲労による眠気もまだとれない。カイロ会談あたりまでは国民党に信をおいていたが、その直後くらいから明らかに中国共産党に乗り換えている。中国共産党が国民党に勝利したのはアメリカがバックについたからだ。なかなか理解しがたいことだが。国民党では日本に勝利できない。それに同盟国ロシアだって共産圏だ。当時のアメリカとすれば中国共産党に与することには何の躊躇も必要ない。目的は身の程知らずな強国大日本帝国を叩き潰し太平洋戦争に勝利することなのだから。
John Serviceとは、を簡単に言うとLynne Joiner自身もその言葉を使っているが、China Handsである。時と所を替え現代日本にもたくさんいらっしゃるChina Handsである。
John Service : wikipedia
Lynne JoinerはJohnとかJackとか言っていてどっちがどうなのかと迷ったが、wikipediaのおかげでJackが通称であることがわかった。Lynne JoinerはJackが2度嫌疑をかけられたと言っている。最初はThe Amerasia Affairで、これは「ルーズベルト秘録」に詳しく出ているしTel Quel Japonでも取り上げたはずだ。China HandsがFBIにしっぽを掴まれそうになった事件だ。大金持ちのcommunistがバックにいてうやむやに処置された。
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もう一度はジョセフ・マッカーシーに糾弾されている。Lynne JoinerはJackと出会っていて友人関係に有り、彼はソビエトのスパイではない、国策に従って仕事として中国の正しい情報を報告していた、つまり共産党の方が国民党より信頼がおけると、従ってJackへの嫌疑は濡れ衣である、という立場をとっている。
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ここまで来て「共産中国はアメリカがつくったーG・マーシャルの背信外交」と言うタイトルで成甲書房からJoe McCarthyの著作が翻訳出版されていて,Tel Quel Japonでもかつて取り上げたことを思い出した。では何故今回Lynne Joinerの発言を特別に取り上げたかといえば、彼女は「共産中国はアメリカがつくった」ということを肯定し、その上で否むしろそれを根拠としてJackの潔癖を主張している点にある。「第二次世界大戦の最中から誰も知らないけれどアメリカは毛沢東の共産中国とつながっていました」はJackがLynneに話した言葉なのだ。これが衝撃でなくてなんであろう。毛沢東シンパがJoe MacCarthyの告発を肯定しているのだ。最後に現代に視点をおいた鋭い当然の質問が来た。彼女はMacCarthyの再評価の動きやVenonaの新事実を認めた上で、あくまでもJackを庇う友情を辛うじて貫き通した。
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参照:Honarable Survivor Official Site :

John Service by Lynne Joiner (2)

China- US History from 1944-1972
The Inside Story of Richard Nixon's 1972 Journey to China
(結果として伏線と言えるかもしれないDixie Mission)
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Lynne Joiner recounts the life of U.S. foreign service officer to China, John S. Service
John Service by Lynne Joiner mp3
John Service by Lynne Joiner site:
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Dixie Mission:wikipedia
Lynne Joinerの話を何度も聞いてDixie Missionのことを調べると、たしかに前ペイジのLynne Joiner の主張、つまりJohn Serviceが潔癖である、嫌疑は濡れ衣であるという主張も理解できてきた。容共は国策なのだ。理解しがたいのは私が冷戦時代を生きたからだ。
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↓On March 4, 1946, Mao Zedong hosts a welcome dinner for the US presidential envoy George C. Marshall in Yan'an.
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日本を占領したあとは、中国支配を視野に入れていたのだろう。国民党と共産党の内戦を南北戦争のように把握して、Dixieの名前からも想像出来るように共産党を南軍、国民党を北軍と捉え戦勝国アメリカの力で和解させ、あるいはどちらに転んでも、アメリカに利が行くように天秤にかけているのかもしれない。否おそらくこの時すでにChina handsから集めた情報で蒋介石の切り捨てを決めていたのかもしれない。下はアメリカが中国の南北戦争を調停しているシーン。顔を見れば解説は不要だろう。写真はすでにアメリカによる蒋介石の生殺しを予感させる雰囲気がある。アメリカは共産主義を敵視などしていない。むしろFascism vs. Communismの図式から、親和容共に本心は傾いていたと思える。
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参照:Dixie Mission Remembered in Beijing
the Dixie mission,の事実をこうして見て驚きませんか?Dixie Missionのwikipediaに「Later, other members, including Koji Ariyoshi, joined the mission.」と有り、日本人の名前が出てきます。収容所を出てアメリカ人の軍服を着た日系人です。何人かの名前を確認しています。Dixie Missionに参加した人たちで、彼らは戦後は通訳などとして日本に滞在しました。もっと驚くことがあります。ある著名な日本人が彼らのそばに来たり、毛沢東と親しげに会話したり、もちろんGeorge C. Marshallにも気心を通じています。彼の名前を後ほど追記します。もし想像できたらコメント欄に名前を当てずっぽうでもいいので入れてみてください。Tel Quel Japonにも2、3回名前が出ています。ヒントは、答えがわかれば、ああなるほど、その人物以外には考えられない、つまり、決して意外な人物ではありません。よく知られた人物なのですが、ほかのサイトであまり名前を見たことがありません。クイズ、チャレンジしてみてね。

追記:2012年10月8日:
がっかり、と言うか、残念というか、当然というか、コメント欄に名前の記入は得られなかった。Tel Quel Japonは掘り出し作業が高速で、研磨したり、整えたり、陳列してお見せして相手の手に乗せてプレゼントして、最終あなたの笑顔に行き着くまでの時間がない。掘り出し作業のあとは、せいぜい埃を払い洗浄しメモ程度を残し、そのまま其の辺に放置し、すぐに次の掘り出し作業にかかる。今回のDixie Missionにしても、放置したあとすでに何かに埋もれて実態が見えなくなっているのかもしれない。いつか誰かが拾ってその人が自分で研磨し得心し心から微笑むのを待つしかない。とにかく費やしても費やしても常に極端に時間が足りない。

追記(同日):「...Dixie Missionに参加した人たちで、彼らは戦後は通訳などとして日本に滞在しました。」と上に書いているが、彼らは通訳としてGHQに参加した人達だ。GHQとして来日した米人も(OSSが多い)どこかしらDixie Missionのために在中した米人(OSSが多い)と体質的に繋がっている。アメリカが態度を変えるのは、Lynne Joinerも言っているが、ソ連のスパイたちによって原爆製造情報が盗まれたことに気づいた後、また結果としてソ連が原爆実験をしてからだ。
marshall_mao.jpg
MacArthurが日本で東京裁判の準備をしたり民政局が新しい日本の改革に取り組んでいる頃、Marshallは上の写真のように丸腰でMAOと肩を並べて心を通わせたかのように共産軍兵士の中を歩いている(↑)ちょっと混乱する図であるが、占領軍が「解放軍」として獄中から共産主義者たちを釈放した事実を思えば、MarshallもMacArthurもその背後の指令の出処が一体であったことが分かる。このへんの事情の理解にはDixie Missionの研磨は不可欠である。
参照:Marshall Mission
参照:Marshall's Failure
参照:Truman Sends Wedemeyer to China 1947

追記(同日):Lynne Joiner はJohn Serviceを扱ったこの本の紹介で実はこれは恋愛物語でもあると言っていた。馬鹿馬鹿しいので無視したが、付け加える。
ValChaoInActingRole.jpg
Actress Val Chao met and fell in love with John Service in Chungking in 1944 and later became implicated in his loyalty case. 女優Val ChaoとJohn Serviceはひと目で恋に落ちて、後者は妻子に離婚を申し出た。「異国の女とは結婚できませんよ」と上司らに強く諫められ諦めたそうだ。しかしその後Val Chaoは米国に帰化している。そして家族ぐるみの交際としてずっと連絡を取り合っている。つまり悲劇的大恋愛の要素をLynne Joiner はこの物語に付け加えた、まるでスクープのように言っている。John ServiceはロシアのスパイとMacCarthyに突き上げられた時、実は、ロシア人の女スパイを身ごもらせたという容疑をかけられたらしい。Val ChaoはJohn Serviceが中国を去ってから確かに女の子を産んでいて、そのへんの話がこんがらがった容疑であったという。計算的にVal Chaoの女の子はJohn Serviceの子供ではありえず、またVal Chaoはロシアのスパイでもない。ということで、最終的には容疑は晴れた、つまり恋によって捏造された容疑が愛によって無実を証明された、とかなんとかという歴史恋愛実話だと解説・宣伝していた。なんとも思わなかったのだが、昨日Agnes Smedleyを調べていて、Smedleyは(中国人は朱徳だけだと思っていたが)毛沢東とも親密で、毛の2番目の妻と大喧嘩したというようなことが(実はもうひとりの若い女も絡んでいて毛の妻に髪の毛を引きちぎられていたが)出てきた。Smedleyのお相手は尾崎秀美も含めて、そして彼女のインド時代も含めるとすでに6~10人くらいの名前が確認されている。そしてTel Quel Japonにも書いたのはEvans Carlson だった。それで思い出した。共産中国に滞在し共産中国に入れ込んでいく米人男性は、気づかずではあると思うが、ほとんど専用の女に(この場合は慰安婦ではなく国家公務員?)ハメられている、もう少し柔らかく言うとハニートラップ、ということだ。(橋本龍太郎で有名になった言葉で、やはり中国女が失墜の原因でしたね)
参照:Tel Quel Japon過去記事:Evans Carlson & Guadalcanal
後ろから4分の一あたりの部分で、専用にあてがう女、に触れている。Val Chaoは農民労働者主体の共産軍の陣地にいる女優である。John Serviceが心情的に共産中国に肩入れするように「そこんとこよろしく」というMAOからの贈与品と見るほうが、一目惚れの大恋愛と見るより遥かに現実味がある。Lynne Joiner ほどの仕事人がこんな常識的古典的中国式謀略に何故着眼し得なかったのか、不思議でさえある。

日中友好を振り返る 追記:2016年4月3日

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並べてみる。
日本解放第二期工作要綱 & 環太平洋連帯の構想
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日中関係資料集
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oohira.jpg

トウ小平氏と大平正芳氏との対話
こうして「改革・開放」は始まった
鄧小平氏は日本をどう見ていたか
谷牧・元副総理に日本の旭日大綬章:谷牧氏は、若いころ、張学良将軍の下での共産党の地下党員であった。
大来佐武郎 & 有澤広巳 &...
鄧小平 中国副首相 1978.10.25 1時間
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三極委員会:田中均のVideo Interviewを見ることができる。
The Trilateral Commission by Prof. Antony C. Sutton
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・・・・・追記:2012年11月1日・・・・・
国家間の友好、国家間の国交正常化そのものは、全く否定すべき事柄ではない。それは時代の進むべき方向性である。しかし言葉に惑わされてはならない。解放=侵略、なのはご存知だろう。国交正常化は日本人から中国人への財と技術の垂れ流しであり、友好は諜報員の工作への好都合な場の提供と、日本人への自虐史観のバラ撒きである。

それにしても、こういう視点で日中友好を振り返ると、保守とはなんだったのか、と思う。こういう視点と言ってもまだ詳しくは書いていないので、おそらく意味不明かもしれない。とりあえず上の写真のおふたりの笑顔をご覧ください。まるで法事で久しぶりに兄弟がであったような信頼感と親密感が漂っている。感じませんか?

別冊正論Extra18,(国交前史)埋もれた資料が明かす巨大な対日工作、by 野村旗守、もすごい内容だ。少しだけ要約引用をしてみる。

P.67ー...そして次に思想工作の拠点として選ばれたのが50年10月に設立された日中友好協会だった。先のGHQ機密文書には(日中友好協会内の共産主義党派は駐日ソ連代表部を通じて、北京にあるアジア・太平洋労働会議の局と直接繋がっている)とある。ソビエトの党中央直属の党派が協会内にもあったということだ。
P.67&P.68ー1955年末に発足した「対日工作委員会」の主任は郭沫若、副主任は廖承志他2名、委員には雷任民対外貿易部長、呉茂孫外交学会秘書長、李徳全紅十字会長、などが顔を揃え、この時期の中国がいかに対日工作を重視していたかがわかる。55年頃から日中国交「回復」へ向けて段階的な構想を描いていた。郭沫若も廖承志も日本に留学したり日本で生まれ育ったりしている知日家であるが、ともに実は20年代から中国共産党の隠れ党員だった。廖承志は63年の設立時から83年に死去するまで、中国側の中日友好協会の会長を務めた。72年の日中国交正常化交渉では毛沢東や周恩来の通訳を努めたこともある。(こうして打ち込んでいくとキリがない。直に書物を読まれることをお薦めする。この本発売後1ヶ月半近く経っているのに、雑誌の広告があるだけで、誰もネットで触れていないのも、おかしな話だ。日中友好に心底入れ込んでしまっている日本人が非常に多いのだろう。一般の人たちは愛国や人道主義から絡み取られているので、生涯を賭けている人も多い。保守の大道を行くつもりの側の人たちに「問い」を突きつけることになる。別の観点から行くとズバリ「自民党とは何だったのか」の疑問にもなりえるからだ。Tel Quel Japonも今日は完全にシカトされている)


・・・・・追記:2012年11月2日・・・・・
並べてみる。
孫平化 : 日本解放第二期工作要綱 : 岡崎嘉平太

第1次日中民間貿易協定
高良とみ & 帆足計 & 宮腰喜助
〇LT貿易:廖承志(Liào Chéngzhì)& 高崎達之輔
○追記:2016年4月3日
2016年正論5月号(現在発売中)のなかに林千勝氏のー『風見章日記』で読む近衛内閣と大東亜戦争ーという記事が出ている。ご一読をお勧めしたい。風見章リンクはこの辺に貼っておきます。
ついでながら、牛場信彦、松本重治、笠信太郎、西園寺公一、尾崎秀美、各氏に関してもセットにしてさらなる論考の拡大を期待しているのですけどね。今までがあまりにも無さすぎた。


中日間の友好往来大事記
日中友好の歴史認識:創価大学文学部
中日間の大きな出来事の回顧
個人のBlogもいろいろあたってみたが、こういうトーン(創価大学文学部感想)に完全に染まっている。日中友好は土台自虐史観、罪悪感からすべてスタートしている。日中国交回復以前の前史からあたってみたが、大陸に残された捕虜や日本人住民の思想改造(特に中共軍に入って内戦を戦った日本兵や中国人に同化して何年か暮らした日本人の受けた思想改造の帰国後の完全払拭は不可能のようだ。日本よりも中共側の報道に信頼を寄せている者もいれば中国側の報道をばら撒いている日本人もいる)が日中友好の名のもとに延々と再生産されている。(対日担当者の中国人工作員の名前も重複して登場する)日本人の平和への希望やヒューマニズム、それに被さる強烈な自己批判は日本解放第二期工作要綱を完全に鵜呑みにさせている。中国人工作員が入らなくてもすでに自覚なく中国の工作員化している日本人は驚く程多い。特にここに出てくる日本人名は伊達や酔狂で記載されている訳ではない。

・・・・・追記:2012年11月5日・・・・・
日中記者交換協定
田川誠一と河野洋平  

日中友好の起源と正体 岡野と杉本の役割

通化事件 未完← Tel Quel Japon過去記事
(上の記事の中より) 通化事件 その5 
(注:岡野=野坂 杉本=前田)

中国共産党の根拠地延安 からは、日本人民解放連盟 で野坂参三 に次ぐ地位にあり、当時「杉本一夫」の名で活動していた前田光繁 が政治委員 として派遣された...後日、日本人遺留民は通化劇場に集められ、前田光繁から「川内亮通化県副県長たちは満州国の幹部であったから処刑は仕方のないことであった」旨の説明がなされた...前日(情報漏洩) 2月2日 、正午過ぎに林少佐は蜂起の情報を前田光繁に電話で伝えた。前田は中国人政治委員の黄乃一を通じて航空総隊隊長の朱瑞(zh )に報告した。同じ頃、藤田大佐の作戦司令書を持った中華民国政府の工作員が2名逮捕されており、劉東元 中国共産党軍司令立会いの下で尋問が行われた。工作員は拷問を加えられても口を割らなかったが、日本語の司令書は前田によって直ちに翻訳され、夕刻には中国共産党軍は緊急配備に着手した。

通化事件検定:全7問中7問正解、そして全国1位でした!が、受験者も1人でした。この通化検定7問中に今回の中心人物が登場します。通化事件においては重要人物ということですね。
以上はまえ振り
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以下は本内容
撫順の奇蹟を受け継ぐ会:
上のペイジを見て季刊「中帰連」のペイジを知った。
撫順の奇蹟を受け継ぐ会が紹介されていて、「過去を胸に刻み、これからの教訓とする。「前事不忘・後事之師」の中帰連の精神を受け継ぎ、反戦平和と日中友好に取り組む市民団体・受け継ぐ会にあなたも参加しませんか? 」と入会の呼びかけがある。
中国帰還者連絡会とは?をクリックする。
会員=中国を侵略して戦犯となり、中国の寛大政策により帰国したもの。となっている。中帰連は2002年、全国組織を解散し、その事業を「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」に受け継いだ。とある。
まるで反日の砦、文章を読むと自虐史観の水源発見、という気分になる。マイク・ホンダやアイリス・チャンはこの組織から見るとヨチヨチ歩きの子供に見える。完璧な洗脳である。120%の洗脳である。日中友好の母心、のような力強く一貫した愛すら感じる。この人たちにとって日本は原罪そのものの国であり、毛沢東は慈愛に満ちたキリストに見えるのだろう。
彼らの体験を聞こう。
沢田次郎さんの話:「認罪」「思想改造」を認識した上で、教えられたStoryから逃れることが出来ないのだ。もう一人の話も聞こう
人間に戻った元将兵たちの声を聴け」 梶村太一郎
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間接的参照:Tel Quel Japon過去記事
GHQ焚書図書開封 敗走千里
間接的参照:Tel Quel japon過去記事
日本人洗脳工作
間接的参照:Tel Quel Japon過去記事
通化事件 未完
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直接的参照:
撫順日本戦犯収容所の真実
撫順日本戦犯収容所の真実
撫順日本戦犯収容所の真実
撫順日本戦犯収容所の真実
中帰連・撫順戦犯管理所洗脳プロセス(南京関連):
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日本人改造洗脳法詳細分析:反日の核構造
中国戦犯の「洗脳」について(1)
中国戦犯の「洗脳」について(2)
脱洗脳講座:田辺敏雄
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以下はあと振り
中帰連 証言集会のペイジ

戦場の加害と抵抗 :証言者 前田光繁(元日本人反戦同盟員)
「兄弟たち、君らの真の敵はここにはいない」 ―― かつて日中戦争のさなか、中国の最前線で日本軍に向かって反戦を呼びかけた日本人たちの一群がありました。「売国奴」、「国賊」などと罵られながらも、どうして彼らが反戦運動に立ち上がっていったのか。日本人反戦同盟のたたかいは、これからの極北の時代にこそ輝きを増すでしょう。今回は、反戦同盟を立ち上げた一人、前田光繁さん(89歳)の体験を聞きます。

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前田光繁検定前田光繁 wikipedia:

朱徳と行動を共にして戦闘に参加した後、1942年(昭和17年)に反戦活動のため延安に移動し、終戦まで同地にとどまった。終戦後満州に赴き、中国共産党および八路軍の活動に協力しながら、通化事件にも関与した。その後も八路軍のために活動を続け、1958年(昭和33年)に日本へ帰国した。帰国後は日中友好協会の理事を務めている[1](前田氏は立場的にほぼ野坂クローンとして通化事件に関わっている。決起した側ではない)

かつて八路軍に参加した旧日本軍兵士の座談会:
(2012年11月17日:追記)
小林寛澄氏 日本人の八路軍兵士(上)
元八路軍の日本人兵士「中日友好のため、百歳まで努力」
駐日中国大使館が中国人民抗日戦争勝利65周年座談会
「世界」2007年8月号
北京で再会した中日の「戦友」たち:既に息子の時代

光繁さんの息子の哲夫さんは言う。「当時の日本人は、誰も日本が負けるとは思っていなかった。そういう状況下にあっては、父の八路軍参加は尊敬するに値します」

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以下余談
中国空軍創設につくした日本人教官
中共空軍創設秘話 その3
林弥一郎 wikipedia:

/////追記:2012年10月22日/////
参照:日本解放第二期工作要綱
参照:石平氏が激白!中国人が日本人大虐殺を計画!
参照:韓流研究室
/////追記:2012年10月30日/////
戦慄の「日本支配工作要領」ねずさんのひとりごと
荒んでいく世界
You Tube 田母神塾

・・・・・2013年5月5日・・・・・
「認罪~中国撫順戦犯管理所の6年」NHKハイビジョン特集

・・・・・2013年5月8日・・・・・
日本人中国抑留の記録8(戦犯裁判)
8をあげたがこれは日本の番組で1から9まである。今日本が制作したひどいひどい番組を1~9まで全部見終えた。心底鬼畜生と化しているのは番組制作者および関連者である。
兵隊の出兵とは、前にも書いたが、あの学徒出陣のように天皇陛下のために武士として命を捧げる、などという空想情緒に溺れるべきものではない。「海ゆかば」を歌って、命を捨てる場所を探しに行くことではない。繰り返す。戦争が過酷なのは、ひょっとしたら友達になれるかもしれない、憎んでもいない人をしかも多量に殺さなければならないことだ。敵国の国土を徹底的に荒廃させなければならないことだ。それが兵隊の仕事だ。日本兵の顔を見て欲しい。残忍な顔も卑屈な顔も一切ない、全員素晴らしい人間性に満ちた面構えである。それをジクジク「人道に反する罪?」などでいびり倒す、戦後何年も何年も捕虜の救出もしないで、彼らの苦しむ姿を晒しものにして悦に入る解説者、恥を知れ!吐き気がする!保阪正康はこの間まで正体ばれず保守の論壇で人気を博した昭和史研究家。そして姫田光義は、日本人民解放連盟 で野坂参三 に次ぐ地位にあった杉本一夫こと前田光繁といつもセットで自虐史観洗脳工作を続けている、中央大学教授ではないか。どうしてこんな工作員が堂々と国営TVに出るのだろうか。また日経新聞もたくさんの日本人もグルである。参照:日経新聞 :
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・・・・・・
以下の文を読まれんことを願う。
参照:中国共産党の対日プロパガンダ戦術・戦略

DIXIE MISSION & SUSUMU OKANO

Dixie Mission Remembered in Beijing
ニクソンによる米中国交回復はDixie Mission抜きには考えられない。そして近未来の米中関係の暗示にもなる。今後アメリカの対中政策の裏の裏を読み取る際の参考になると判断して、このリンクをもう一度繰り返しておく。

...General Joseph W. Stilwell first suggested sending the mission and President Franklin D. Roosevelt approved it...

参照426283.jpg

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RARE EXPERIENCE FOR FIVE NISEI IN WW II. DIXIE MISSION BROUGHT NISEI IN HISTORIC ASSOCIATION WITH RANKING CHINESE COMMUNIST LEADERS IN CAVES OF YAN’AN, CHINA.
by JAPANESE AMERICAN VETERANS ASSOCIATION:

There were about 150 of them(=the prisoners) assigned as students of the Farmers and Peasants School, where they were under indoctrination to become communists, or members of the Emancipation League, which created propaganda material targeted at Japanese troops in China. The Nisei had unimpeded access to the prisoners, who provided valuable intelligence. They(the Nisei) also worked with Susumu Okano, known in Japan as Sanzo Nozaka, head of the Japan Communist Party who escaped from Japan in the early 1930’s to the Soviet Union and finally to China. Nozaka was responsible for the POWs

According to Roger Ariyoshi of Honolulu, Hawaii, his father, Koji, said he held extensive meetings with Nozaka at his cave, located about four miles from the Observer Group, to obtain Nozaka’s insights on American propaganda leaflets and material that were used against the Japanese troops. Also, Ariyoshi’s instructions were to evaluate the effectiveness of Nozaka’s propaganda efforts.

The following year he(Nomura) was assigned to Japan, where he served in the Occupation for five years as a translator. During this time, he and a group of Nisei met with Nozaka at a Japanese teahouse. “It was an opportunity for reunion with an old friend,”

Following his graduation, he(Ariyoshi) joined the Office of War Information, led a 10-man psywar team to New Delhi, India. In June 1944, he was deployed to Burma, where he was picked to serve on the Dixie Mission

he(Uesato) was sent to Japan for Occupation duty, where he would serve from 1946 - 1947. One day, Uesato visited the Japan Communist Party headquarters in Tokyo for a cordial surprise reunion with Nozaka.



日本人洗脳工作&SUSUMU OKANO (2) 2016年3月4月追記多数

米戦時情報局が見た中国共産党の日本人洗脳工作

日本軍の特攻や玉砕に大きな被害を受け、その対策を心理戦争の面から講じようとしていたアメリカ軍とくにOWIは、延安で中国共産党軍とくに八路軍が多くの日本兵捕虜を獲得し、日本労農学校で反戦教育を施し、その卒業生の日本人民解放連盟への組織化によって日本軍へのプロパガンダ工作をシステマティックに実施しているのに驚いた。

そして1944年の現在は岡野の提唱した日本人民解放連盟中国ばかりか日本でも反戦活動を行う準備を進めている第四段階である。

「戦陣訓」のしばりによって、日本兵捕虜には敗戦協力しか帰国の途はないことに八路軍は気づいた。そこで敵軍工作部は反軍国主義、さらには社会主義思想注入のための再教育を捕虜に受けさせる。さらに思想改造をしたかれら捕虜を前線に送り込み始めた。

OWIや国務省のジョン・エマーソンらは、延安で設立され、多数の日本兵捕虜の再教育を行っている日本労農学校に注目した。『延安リポート』で48ページに及ぶ長文のリポート第45号「日本労農学校(一つの研究)」はOWIのコージ・アリヨシの授業参観や取材に基づく労作である。

学校では、岡野校長は批判と自己批判を学生の進歩に不可欠なものと信じている。彼によれば、それは深く染み付いた古い思考を脱ぎ捨て、新しい生活様式を受け入れるのに役立つ。

網走刑務所にいる日本共産党幹部徳田球一から延安の岡野に密使として派遣された岡田文吉(延安名、沢田淳)という日本共産党員がいる...岡田は「延安入りを敢行した際にも、特に軍部に顔の利く、河本大作氏の庇護をうけて(!これで歴史解釈は大きく変わる)、その目的を達した」という(川口忠篤『日僑秘録』太陽少年社):(参照:暴かれていた河本大作の嘘

1945年末にも予定される連合軍上陸に解放連盟は八路軍とともに上陸し、連携した宣伝・宣撫の戦術、戦略を練っていたことに注目したい。第44号「華北日本人民反戦同盟第一回大会 日本兵士代表の諸決定」は反戦同盟の上に意識の高い者を集めた共産主義者同盟であることを示している。毛沢東が絶好機の到来があれば、解放連盟の共産主義者同盟員を第5列に仕立て、八路軍による日本占領の戦略を念頭に入れていたとも考えられる

岡野は毛の指示を受け、労農学校で集団批判や監視活動を実行した。重慶には鹿地亘や青山和夫のような日本人亡命者が捕虜を指導したし、国民党軍は彼らの協力を歓迎した...日本人捕虜がいる世界の戦域において延安のみで、「社会主義的非戦思想の教育ないし洗脳」(『日本兵捕虜は何をしゃべったか』)が行われた。:(Bruxelles注:Brain Wash=洗脳とMind Controleは別行為をさす。Brain Wash=洗脳という語は中国共産党にその語源を発する、ということを思い出した。)

延安を訪れる連合国側のジャーナリストやアメリカ軍の将校に対し、共産党色を隠し、穏健な民主主義者のポーズを取った。こうした手法が5年後の毛沢東の中国支配の道をひらいた。(SnowもSmedley等もまんまと騙された)

占領期日本では戦時期に洗脳された捕虜や知識人が道具として利用された。その後は工作を受けた一部の日本の政治家やジャーナリストが彼らに代わった。


参照:山本武利 20世紀メディア研究所代表

・・・・・追記:2012年10月29日・・・・・
戦争とインテリジェンス:山本武利
山本武利氏は戦争とインテリジェンスのおそらく日本最高の専門家。日本人のこれまでの戦争理解が観念的すぎる(悪く言えば現実無知である)ことがよくわかる。
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追記:2012年11月4日 平成の日常から HP紹介
国民全体に浸透しおそらく100年は続くだろう日本人洗脳
後世普通の人が当たり前のように口にするWGIPの一例と、体験者が記録した詩歌 = 短歌反論の反論 < 元ペイジ

・・・・・追記:2016年3月18日・・・・・
20世紀メディア研究所代表 山本武利氏への参照リンクがまたしても切断されていた
補うために以下のYou Tubeを代用として追加することにしました。
山本武利氏 2013.12.9 日本記者クラブ講演
(参照追記:2016年3月27日:GHQの検閲 ←→しばやんの記事

参照必見資料:China195612PowCampDocumentaryFilm
洗脳教育中抵抗を試みた日本兵は発狂したり自殺したりした。台本を棒読みしたり丸暗記丸出しの場面もある。参考にMKウルトラに関しても当たってみられると良い。

Bruxelles-try.png
中共の捕虜洗脳を元に贖罪意識を植え付けたGHQ
GHQ工作 贖罪意識植え付け 中共の日本捕虜「洗脳」が原点 英公文書館所蔵の秘密文書で判明 
日本軍は中国で何をしたのか?1 :
日本軍は中国で何をしたのか?2 :
リアル南京市民の証言!
慰安婦に出会った女性の貴重な証言
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今後利用できそうなその他の追記 
大切で重要なとりおき用に 資料の宝庫
Oral History Interview with John S. Service
Tel Quel Japon関連過去記事
John Service by Lynne Joiner (1)
John Service by Lynne Joiner (2)
DIXIE MISSION & SUSUMU OKANO
OSS in China: Prelude to Cold War
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追記:2016年3月19日
今、西尾先生の日録にこのペイジが紹介されているので、このペイジに追記します。
◎「戦中・戦後を中国で生きた日本人」について
インタビューリスト 山下正男氏 全19回:
全部が必読でしょうが、とりあえずこのかたのインタビューを。時間の無い方はとりあえず一回分でも。先入観を持たないでお読みください。
wikipediaには「ソ連軍の満州侵入後も中国で生活していた」と書かれている河本大作氏の「その後」はこの山下正男氏のインタビューのなかで具体的に同じ体験者として、登場しごく普通に語られている。
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上の内容から派生して
張作霖事件の犯人は河本大作・大佐ではなかった
名分話 第64回 ものがたる(23)
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追記:2016年4月3日
補足(18) 野坂参三の研究
ミーハー的なガセネタのひとつかもしれませんが、野坂に関して。野坂には日本人にひとり、お友達がいて、そのひとはTV番組を持っている大変有名な芸能人なのですって。しかも日本人なら誰でも知っている超有名なそのひとのTV番組に、呼ばれて出演したことがあるのですって?今調べてみたら、wikipediaにも書いてあるので、間違いなくTV出演しています。なぜそんな長寿番組の司会者と野坂参三はお友達たりえたのか?不思議ですね。その時代はまだ野坂は戦後日本社会再建の英雄?だったのでしょうね?アメリカで共産党員だった、石垣綾子もその昔はお昼のワイドショーの人気コメンテーターでしたし、同じくノーマンの恩師の羽仁五郎もTVでは引っ張りだこ、その弟子が花柳幻舟、家元を切りつけて、逮捕され消えてしまいましたが、人気者でした。野坂は晩年は別にして、安心して日本の中枢にいた時代があったということでしょう。ひとつ写真を追加しておきます。
野坂は戦後日本を守るためにこうしてこの時期毛沢東の隣にいた、という見解もありえるかも。白州次郎にはGHQと戦う根性があったという逸話や、また逆転して瀬島龍三がソ連のスパイだったという見解もあるのですから。野坂には4重スパイ説もあるのですが、最後のひとつはどの国のスパイかわかりますか?
maookano.jpg


戦後天皇制とSUSUMU OKANO (3)

戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石:
野坂が昭和天皇を救った?
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ブラック・プロパガンダ 謀略のラジオ
ー中国戦線のブラック・ラジオー
特に「五 アップル・プロジェクト-延安でのOSS工作と野坂参三」以下を慎重に読むと、野坂とOSSの関係、戦後日本における野坂の影響力等について理解が得られる。また追加検証の必要も認められる。

・・・・・追記:2012年10月30日・・・・・
Obituary: Sanzo Nosaka

・・・・・追記:2012年11月16日・・・・・
いはゆる「保守論壇」に問ふ ‹其の一›東京裁判と講和条約第11条について

、昭和19年に延安にゐた野坂参三がアメリカ政府から延安に派遣された使節団(ディキシー・ミッション)と接触し、「われわれは天皇打倒のスローガンを回避する」と申し入れ、これがアメリカ本国に伝達されてゐた。野坂は、モスクワのコミンテルン勤務から延安に移動した後のことであり、この方針はソ連の方針であつて、野坂はそれを単に伝達したに過ぎない。なぜ、ソ連がその参戦前から、来るべき我が国の敗戦後に天皇不訴追方針を決めてゐたかといふと、それは野坂の意見が採用されたからである。野坂の意見は、根強い天皇崇拝意識下の我が国において、天皇の処罰(処刑)と天皇制の廃止を求める運動を展開することは大衆から完全に遊離してしまひ革命が遠のく結果となつてしまふとの現状分析と、天皇個人の退位と天皇制の廃止とを区別し、天皇制廃止への第一歩として天皇の退位を求めていくといふ運動を展開するものであつた。イタリアでは、昭和19年6月に、国王の退位、皇太子の即位、王制の廃止による共和制の樹立といふプロセスを経たことが野坂の主張のヒントとなつたのである。

野坂が延安で接触したアメリカの使節団のメンバーの多くはいはゆる「中国派」で容共勢力であり、ルーズベルトとトルーマンが率ゐる民主党政権が容共的体質であつたことの証左でもある。ちなみに、昭和20年7月23日付でOWI(戦時情報局)日本部長のジョン・フィールズが野坂に感謝状を送つてゐることが公開文書から明らかになつた。このことは、日本共産党が主張するやうに、野坂が二重スパイであつたとする根拠にもなり得るのだが、むしろ、東西冷戦構造の始まりにおいて、米ソが天皇不訴追といふ共通した結論を同床異夢として抱いてゐたと言へるのであり、「ヤルタ密約」に野坂が関与してゐたのではないかと推測させる事実である。さうであればこそ、日本共産党がマッカーサー率ゐるGHQを「解放軍万歳」して占領を受け入れたことの説明がつく。



・・・・・追記:2013年7月3日・・・・・
戦後天皇制と野坂参三:陰謀論が絡んで:
誰も取り上げない、それに反比例してよく聞く話。また
ー明治政府は英国つまりユダヤ王ロスチャイルドが投資して作った政府であるー。これも反比例して、よく聞く話。取りあえず興味深い話として頭の片隅に入れておこう。
この記事に繋がっている?:明治維新
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日本共産党と野坂参三
論客の誰ひとり野坂参三を語ろうとしない、書こうとしない、「なんでだろーなんでだろーなんでだろー」
第90回帝國議会 : 野坂参三vs吉田茂:
昭和天皇の戦争責任問題と東京裁判←重要
戦後、「象徴」として天皇の地位が確保された背後には、「東京裁判」を正当なものとして位置付けた昭和天皇自身の判断が隠されているのである。(東京裁判の否定を口先だけで言っている保守は目や耳を所持しているのだろうか?それより、東京裁判の否定を「口にさえしない」真正保守の面々はのっぺらぼう(人間もどき)なのだろうか?それとも東京裁判の否定は天皇制の否定に繋がるとでも思い込んでいるのだろうか?なるほど、隅から隅までズズイーっとワンパターンな人たちだ。)

日本国憲法&SUSUMU OKANO (4)

日本国憲法・オカノススム起源論 Part 1:
日本国憲法・オカノススム起源論 Part 2
日本国憲法オカノススム起源論

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『延安報告』の意義と憲法 : 山極晃の著書を中心として
山極晃「ポツダム宣言の草案について」
ドン・ブラウンと昭和の日本 (1) (2) (3)座談会
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MISとして占領下の日本に駐在した二世の体験談を聞く
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・・・・・追記:2012年11月16日・・・・・
戦後天皇制とSUSUMU OKANO (3)に追記リンクした文章の筆者、がチャンネル桜、日本国憲法大討論に登場。
1/3【討論!】どうする日本国憲法!?連続大討論Part1
(追記)11月17日、今日Part1 2/3を見た。南出氏より「野坂参三が日本国憲法成立時にその法的不備を突いた」との発言があったが「野坂はどうでもいい」と水島さんに一蹴された。当時野坂参三の共産党のみがマッカーサー憲法反対を叫んだ事実は、多くの謎の解明に役立つと思うのだが。改憲のための方法論を討論のテーマだとすれば、2/3では現場から当然の如く現実論が出て、いつもと同じで進展はなかった。出演者の希望的最終結論は初めから完全に一致していて、討論にはならなかった。反対意見の現実的圧倒的圧力を前に侃侃諤々と応戦してこそ、スパーリング効果が期待できるし、いつか粉砕OKできる体力も実力もつくというものだ。
敵対する者たちの反応、実力、実績、現実の圧倒的連合総力、作戦&工作&最終計画、を多様な角度から予測・分析することを一時も忘れてはならない。(敵をしっかりと見据え緊張して敵に対峙することなく)最終目的を完全に同じくするワンパターンの者たちが、内向きに集まって自分たちの正しさを確認しあい気勢を上げ「なんとかなりそうだ」と甘い安らぎを得て気分良くなる集会を一般に「居酒屋の宴会」と言う。
(追記:11月18日)敵は敵のあらゆる動向を常に観察し敵は敵の敵の弱点解析に勤しんでいる。悪酔いして感情的になったり、周りの声が耳に入りづらくなっている人物はおそらくデーター集積され、必要とならば工作員がアプローチするターゲットにもなるだろう。万一具体的進展のある討論の場合は、結実する100歩も前に先手を打たれる可能性がある。とは言え私とて「居酒屋の宴会」が嫌いなわけではない。学校教育で洗脳され自虐史観のハリボテと化している歴史逃避・政治無知の日本人には、確実な覚醒チャンスを与える貴重で多大な有効性を持つ、ということも否定できないからだ。決してチャンネル桜の討論番組そのものを否定する者ではない。
(追記:2012年11月21日)今日Part1 3/3を見た。1/3とはうって変わり、各参加者の発言からそれぞれ独自の視点及びそれぞれ専門分野の熟慮・熱意も伝わってきた。根底は「居酒屋の宴会」であったが、現実遊離の強引発言は誰の口からもでなかった。「憲法改正」は左翼もアメリカも実は望んでいて、馬のように走り出すとゴールでうっちゃりをくらう事(改悪の可能性)への警戒発言も出て、3/3は「有意義な討論であった」。
(追記:11月18日)今Part2, 1/3,3/3を見た。左右に分かれて反対意見の人たちが姿を見せた。俄然面白くなっている。Part1の1/3 2/3だけを見て「討論として成り立っていない」と書いたことをPart2に関しては訂正しなくてはならない。チャンネル桜、面白い!ただ姿を見せる反対意見の人たちの意見は、「姿を見せない」工作員につながる人たちの究極の考えとは、全く次元が違うことだけは忘れないでおきたい。
(追記)2012年11月18日
日本国憲法前文:Tel Quel Japon過去記事:
Letter from Kenneth Colegrove to President Harry S. Truman, dated July 29, 1946:
Baidu IME_2012-11-18_19-57-33
↑をクリック:共産党のリーダー野坂は、遺憾ながら、現在日本で「知」にかけては最も突出した男である。共産党は背後でソビエトロシアと繋がっているので、この党は今後日本の政治状況を複雑化させ続けることだろう。という内容を、ColegroveはTrumanへの連絡に付け加えている。
参照:KENNETH W. COLEGROVE (1886-1975) PAPERS
参照:1942年6月米国「日本プラン」と象徴天皇制
Kenneth Colegroveに触れた部分の拡大引用
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Kenneth Colegroveを調べる過程で、物凄く興味深い論文を見つけた。価値ある研究だと思う。
これはIPR関連やアメリカの親ソ派、親中派、つまり共産主義のスパイをテーマにした場合再度活用できる貴重な資料だ。ここに追記しておく。日本占領政策にも関連することは言うまでもない。
アメリカ”赤狩り”時代の極東問題専門家(上)
アメリカ”赤狩り”時代の極東問題専門家(下)
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Agnes Smedley encore une fois

前のペイジでSmedleyのエピソードを書いたが出典を出しておく。
LONG MARCH

According the book Mao's Brothers and Sisters," Mao's second wife He Zichen became enraged with her husband's flirtation with an American journalist named Agnes Smedly and her beautiful Chinese translator Lily Wu. According to the book the two women "became the target of all the female comrades."...One night He reportedly burst in on Mao and Wu while they were talking about poetry and called Mao a "rotten egg" who "wants to usurp me with capitalist dances." She pulled Wu's hair "until her head started bleeding" and got into a fight with Smedly after calling her an "imperialist" who was "to blame for everything."(Heとあるがこれは”彼”ではなくて、Mao's second wife He Zichen のHeである。)


Tel Quel Japon過去記事、Homer Lea (2)に於いて、

中国が共産化するのをアメリカが防げなかった、と思っていたが違うのだろうか?Agnes SmedleyがMacCathyやWilloughbyに追求された際に米国マスコミや政界が一団となってSmedleyを庇った、あの謎が解けた。そう言えばSmedleyのあの堂々とした遺言、祖国を裏切っていないという確信がなければとても言えないセリフだ。

と書いているが、このへんのところも改めて説明しておく。
Agnes Smedley 1892-1950

It was part of an effort to silence such objective reporting on China that General MacArthur's headquarters in Tokyo released a fifty-four page spy report on a Soviet spy ring in Japan, naming Agnes as 'a Soviet spy ... still at large.' The source of this charge was the twenty year old files of the Imperial Japanese secret police! Agnes insisted that MacArthur was making an issue of the spy ring at that particular time because of the defeat of Chiang Kai-shek, and that his aim was to 'condition the American people into allowing him' more troops and money to build Japan into a mighty military base. (New York Times, February 1949) : 20年も前の日本の資料を見てSmedleyの存在を無名から有名に引き出したのは、来日してG2にいたWilloughbyである。WilloughbyがSorge事件を闇から引き出した際、おまけのように明るみに出たのがSmedleyの行動である。この文章の書き手は、MacArthurやWilloughbyが何故Smedleyに嫌疑をかけたかについて、二つの理由を推量しているが、どちらも飛躍しすぎて論理が通らず話にならない。Smedleyが米下院非米活動委員会から召喚を受けた翌年、おそらくその余波と思えるが滞米中だった石垣綾子夫妻にも海外追放(帰国命令)が出された。ついでに、Smedleyのあの堂々とした遺言、にも触れておきたい。以下の内容である。
'As my heart and spirit have found no rest in any other land on earth except China, I wish my ashes to lie with the Chinese Revolutionary dead.'
追記すれば、遺産は全て朱徳に捧げると付加されていた。


追記・参照:Agnes Smedley (1)

Smedley began a professional and romantic relationship with Richard Sorge, a Russian-born spy for the Soviets based in Shanghai. : Sorgeとも!

Before Sorge was executed in Tokyo for espionage in 1944, he wrote that his espionage activities were made possible only with Smedley's assistance. He referred to her, however, by a code name. : Sorge事件とSmedleyの関係。Sorgeが告ったとは、初めて聞く。

Smedley used her position to recommend that Stilwell secretly send a limited amount of U.S. military supplies to the Chinese Communists in the event that they could help the U.S. against a potential Japanese attack. Stilwell agreed to Smedley's request. : 中国共産軍への支援をこともあろうにStilwellに要請しStilwellも同意していた。日本人としては聞き捨てならない。Chiang Kai-shek, the leader of non-Communist Chinaは、もっと聞き捨てならないだろう。


追記・参照:Agnes Smedley (2):Agnes Smedley (3)
追記・参照:Agnes Smedley (4):
追記・参照: Smedleyとインド独立運動(5)

ネルーとスメドレー、そして28年にスメドレーがチャットと別れてから中国に渡り毛沢東・周恩来・朱徳とガンジー・ネルーをつないだのは、スメドレーとチャットであった。



・・・・・追記:2012年10月10日・・・・・
上の引用で思い出したことがある。5,6年前だったか、ガンジーから、天皇陛下だったか、東条英機宛だったか、日本国民あてだったか忘れたが、「中国侵略をやめなさい。戦争をやめなさい」という手紙が書かれ出されたその内容を見たことがある。ガンジーってこんなことを考えていたのかと、びっくりして、それで記事にしようとしたのだけれど、ガンジーはヒトラーやルーズベルトにも、個人的に反戦の手紙を書いていて、単なる手紙魔だと判断して、記事にしなかったように思う(探してみたが記事にはしていないようだった)。スメドレーは7,8年間インドの独立運動家と事実上の婚姻関係に有り、虐げられた者のために戦ったのだが、インド社会の男尊女卑をいやほど体験して、結局離婚、その後紆余曲折を経て、日本に侵略されている中国(彼女の目にはそう映ったようだ)人民のために戦うと方向チェンジした。国民党の腐敗をみて、急激に中国共産党にのめり込んでいく。(ただ、コミンテルンのスパイだったという情報もある)延安での彼女は人生のピークで、後にMAOの中華人民共和国が成立したときは自分自身の国のように狂喜したのではないだろうか。ひとつの謎は、ロシアのスパイと判明しそうになったとき、何故イギリスに逃亡したのだろうか、毛や周のそして自分の国に行かなかったのだろうか?(灰と骨を中国の大地に埋めて欲しいと遺言しながら。)
話を戻す。上の引用で、中国とインドの接近はスメドレーとチャットの働きであると出ている。事実としたら凄い発見である。なぜなら日本人なら唖然とする以下の記事を見つけた。日本は孫文支援やインド独立支援をかなりな自己犠牲を払って行ったはずであるが、その間中国とインドは、日本をスポンサーとしながらも両国で理解を深めて急接近、(日本を帝国主義国家と認識し)たがいの独立まで両国のみで手を携えた、という、完全に日本はインドの独立の蚊帳の外、の記事である。こういう視点は私は初めて目にする。
参照:INDIA AND CHINA
インドと中国を結びつけたスメドレーの役割を考えると、そしてこの記事を読むと、ガンジーの間抜けなお説教の手紙が、俄然強い真実味を帯びてくる。この記事を読む限り、インドは親日、などと日本人が勝手に思っているだけなのでは、と思えてくる。そしてスメドレーの日本に与えた影響が2倍にも3倍にも膨らんでくる。ガンジーは中国に心を寄せ、日本を誤解し、結果日本に対し非常に辛辣である。
昨夜執念でガンジーが書いた手紙の中から、日本人の皆々様へ、というものを探し出した。左の83番目をクリックして拡大すると内容が読める。これがガンジーの日本に対する目線である。
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読みやすいようにファイルにしました。ガンジーから日本の皆さまへ。確かにSmedleyが書いたとしてもおかしくない内容である。首から上がSmedleyであるガンジーが目に浮かぶ。

Homer Lea (2)

Baidu IME_2012-10-5_11-24-46
Homer Lea: Author of The Valor of Ignorance
左側のPDFをクリックして「保存」すると398ペイジ(一冊分丸々?)読むことができる。以前のtxtよりも読みやすい。私も少し目を通したが、近未来小説の類ではないし、Homer Lea自身も何か今まで誤解していたような気がしてきた。アメリカよりも日本で大ベストセラーになったらしいが、確かに日本人が読むべき書物だったような気がする。ただ時代に先駆けしすぎていたので、冷静な視点で受け止められ理解されなかったのではないかと思う。一冊全部読了された方のご意見をぜひお聞きしたい。
History Net ComでHomer Lea: Author of The Valor of Ignoranceを見つけた。よくまとまっていて概要がよく見えてきた。

Sensing that his life was threatened, he fled to Japan, where he met the leading figure in China's budding republican movement, Sun Yat-sen.(彼は日本にも来ていて孫文とは日本で出会っている)

Back home, Lea saw his book The Day of the Saxon published. Reviews were poor, and only 7,000 copies were sold; however, one of those to obtain a copy was Karl Haushofer, who consulted with Adolf Hitler when the latter was writing Mein Kampf, a work that encapsulated all of Homer Lea's warnings on the Teutonic obsession with racial purity.(驚いた。あのKarl HaushoferがHomer Leaの本を読んでいた。Mein KampfはHaushoferの思想をHessが書いたものだという説もあるがHomer Leaも味付け程度に入っているのかもしれない。Homer LeaとHaushoferは地政学の研究者として共通した深い鋭い視点があったかもしれない。)

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Homer Leaに関してもっと知りたくて探していたら上ような本を見つけた。
Homer Lea: American Soldier of Fortune by Lawrence Kaplan
Homer Leaのことがかなり詳しく書かれている。赤ん坊の時に使用人の手から落とされて脊髄を損傷したのがひょっとしたら肉体的奇形の原因かもしれない。それでも彼は軍隊に異様な関心を示す。ロートレックなら画家なのでその奇形身体は才能に直接の影響を与えないが、Homer Leaの場合は軍隊で軍事に関わろうというのだから、多くの嘲笑を受けたことだろう。しかし天才とは不運を跳ね飛ばすものだとつくづく感心した。前回取り上げた時はHomer Leaの映画云々の話が上がっていたが、その後どうなったのだろう。Homer Leaは時として諸葛孔明や耶律楚材を思い出させ、さらにHaushoferが認めたとなれば、私Bruxellesも上映話を無視するわけにもいかなくなった。
この本に関する書評Stephen's review というものがあったので加えておく。

The research is impressive to say the least and author Kaplan apparently is now a speech consultant for President Obama on his trips to China. (またも吃驚。この本の著者Lawrence KaplanはObama大統領が中国を訪問する際のスピーチ・コンサルタントなのだそうだ!これはまずい。これは危険だ!

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もうクタクタだったがLawrence Kaplanとはどんな人物かなにか手がかりはないかと探してみた。
Americans in China Mar 18, 2011というC-Spanの番組をやっと見つけた。
Lynne Joiner is the author of Honorable Survivor: Mao's China, McCarthy's America and the Persecution of John S. Service. Lawrence Kaplan is the author of, Homer Lea: American Soldier of Fortune.
勢い込んで見始めたのだが、Lawrence Kaplanの話の途中からどうやらウトウトしてしまったようだ。気がつくとLynne Joinerさんの声が聞こえる。耳を覚醒させるとこんな言葉が聞き取れた。
第二次世界大戦の最中から誰も知らないけれどアメリカは毛沢東の共産中国とつながっていました」!!!
中国が共産化するのをアメリカが防げなかった、と思っていたが違うのだろうか?Agnes SmedleyがMacCathyやWilloughbyに追求された際に米国マスコミや政界が一団となってSmedleyを庇った、あの謎が解けた。そう言えばSmedleyのあの堂々とした遺言、祖国を裏切っていないという確信がなければとても言えないセリフだ。否、何かを書く前にLynne Joinerという人物を調べてからにしなければならない。今日は吃驚が多くて疲れた。あしたはC-Spanのクリックからやり直しだ。もし回復出来ていればの話だけれど...

Jacob Schiff 未完

ーーschiff.jpg
August 16, 1918 Jacob Schiff in a boardroom
Description: Jews of the U.S. who have distributed twelve million dollars of the relief moneys raised by American Jewry since the beginning of WWI. Jacob Schiff, philanthropist, international banker and one of the founders of the American Jewish Historical Society, appears in the lower right corner.

Jacob Schiff:wikipedia
Jacob Schiff – Portrait of a Leader
Jewish "software" versus Japanese "hardware":

In March, Jacob Schiff and his wife visited Japan. Emperor Meiji hosted them at a luncheon at the imperial palace, and conferred upon Schiff the Order of the Rising Sun, having earlier awarded him the Order of the Sacred Treasure. He was the first foreigner to be awarded the Order of the Rising Sun.

Jacob Schiff & The Order of the Rising Sun
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Part 1 - Jacob Schiff, a Jewish Philanthropist
Part 2 - Jacob Schiff, a Jewish Philanthropist
Part 3 - Jacob Schiff, a Jewish Philanthropist
Part 4 - Jacob Schiff, a Jewish Philanthropist
Part 5 - Jacob Schiff, a Jewish Philanthropist
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Uroko Part 3
Eldridge & Co.: Marilyn Nissenson
The Descendants of Jacob Schiff

/////////追記:2012年10月3日&4日///////
前のペイジのTakahashi Korekiyo & the Rothschildsについて考えていて、ふと考えが揺れた点があったので忘れないうちに書き留めておく。
1.日露戦争の軍事費を賄うためなら、年代が2,3年後ろにずれ過ぎているのではないか、と不思議に思うのだけれど、どうなんだろう、素朴な疑問である。
2. 前の記事でいみじくも「上客」という言葉を使った。必ずしも上の記事のように明治天皇自らがご家族ご親戚御一行の大所帯の皆々様を宮中にお迎えしておもてなしの宴を開き、繰り返し勲章を授与し代々恩にきなければならないほど、果たして一方的な友好的救済行為であったのだろうか?簡単に言うと日本は軍隊を出せ、国際資本家たちは資金を出す、そしてロシア帝国をやっつけよう、というビジネスライクな利害の共有ではなかったか?
3.巨額の金銭を貸した方は回収のために借り手の成功を必死に願うものだ。従って日本は資金を得ただけでなく、強力な味方を得たのだ。そこにこそこの交渉の意味がある。では銀行家たちのほうには、それに匹敵する、つまりビジネス上の利益をはるかに超えるplusが存在したのだろうか。単なる先の見えない賭けだけで、こんな話をまとめようとする訳がない。彼らの弱点はなんだったのか?それは日本が国家であり、彼らには国がなかったことであろう。国家という主体がなければ、戦争が出来ないのだ。彼らも話をまとめようと必死だった。
4.面白い記事を発見した。出処がわかりにくい。
 その壱 英語 & 日本語 : その弐 英語 & 日本語 
何日もかけて出処を調べたがShillony,Ben-AmiのThe Jews and the Japanese: The successful Outsidersを要約した書評のようなものではないかと思う。これを読むとユダヤ人の資本家たちと日本国民が何故お互いに引き寄せられたのか納得できる。ある意味恐れられ、嫌われ差別されていて、世界を支配する帝国主義国家から決して対等な人種とは見なされていなかったOutsidersだったという共通する不満があったのだ。ユダヤ人と日本人との歴史的関係が非常に良く書けているので4っもリンクを貼ってみた。
5.講和条約の仲介にユダヤ人のTheodore Rooseveltが登場するのも、単なる偶然ではない。彼らにしてみれば帝政ロシアをギャフンと言わせればいいのであって、日本が国力をつけて借金の金利を堂々と値切ってきたり、国際的に力を認められ世界支配を目指す列強の仲間に加わるなど、とんでもない話である。おとなしく全てを国に殉ずる日本人が日比谷焼打事件を起こした気持ちはよく理解できる。歴史書はいろいろ理由をつけて無理に納得させようとしているが、日本国がユダヤ人たちにいい気になるでないとほっぺたを抓られたのだ。当の政治家は丸め込まれても抓られても嵌められても一向に痛みを感じないというのも日本人の常である。ただ様々に差別を受けている国々から思いのほか絶賛されて、結果として所謂列強国には放置できない敵対国の烙印を押されてしまう、(表面上はいざ知らず)いち早く態度を硬直させるのがTheodore Rooseveltとアメリカ合衆国である。
(追記:2012年10月5日)そしてこの時期敵対国の烙印を人々に押させた人物を思い出した。このあたりを日米衝突の出発点とみなすとすれば、そこで忘れてはならない人物がこの小さな男である。

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Jacob Schiff Manchurian Railways

Marcus Samuel 未完

Marcus Samuel:Wikipedia
Marcus Samuel: Focus on the Samuel family:
ロイヤル・ダッチ・シェル: ウィキペディア
Shell HistoryRoyal Dutch Shell

He supported Japan in Japanese-Sino War (1894-95) in collecting and transporting of military materials and food for soldiers. When the Japanese government changed silver standard system to gold standard in 1897, he helped the government sell Japanese bonds. He was awarded a decoration by the Emperor.

イギリスのユダヤ人 マーカス・サミュエルと日本
「ロイヤル・ダッチ・シェル」誕生秘話

Hitoshi Tanaka : CFR

桜井よしこさんの12月20日付最新Blog記事を見ているとこう言う文章があった。
(For his part, Abe says he received no such report concerning any talk of compensation. If certain numbers were discussed, it must obviously have been at the level of Hitoshi Tanaka, then the chief of the Foreign Ministry’s Asia and Oceanic Affairs Bureau. Abe is indignant that Tanaka left no minutes of the proceedings of the preliminary negotiations leading up to the summit, calling his act unpardonable)
そこでこの人物もCFRに関係しているのではないかとふと思いチェックしてみた。
このペイジの一番したのリンクをクリックすると、ここに来る。この上から4番目のExpert EssaysのタイトルはJapan’s Foreign Policy and East Asian Regionalismで、筆者はHitoshi Tanaka and Adam P. LiffでLast Updated: January 14, 2010となっている。発見である。東京大学の大学院の学生でない限り、このひとのエッセイを読んだことがある人はおそらくひとにぎりいるかいないか、というところだろう。興味のある方は以下をクリックされよ。
East Asia Regionalism and Japan's Foreign Policy
こういう発想のもとに日本のアジア外交、特に対中韓外交が行われてきたことがよくわかる。それは過去の事実としてすべての人の知るところである。それにイライラしているのならば、当たり前のことであるがこの人と同じPositionに付くことによってしか、己がのぞむ政治力を行使できない、ということがわかった。仮に総理になっても不可能なのである。おそらくこの人物にはCFRからも日本の対アジア外交のSpecialistとして、金箔銀箔が付けられているのだろう。

//////////追記:2011年12月31日//////////

同じペイジに書くなとお叱りを受けるかもしれない。「正論」2月号で中西輝政氏が1990年の夏号のForeign Affairsに米人の学者と協力してJapan's Grand Strategyという論文を発表している、と書かれていた。Foreign Affairsは昔からCFRの機関紙である。早速探してみた。なかなか見つからなかった。今日内容の一部をみつけた。
Japan's Grand Strategy:summer 1990
20年以上前の論文に何故言及されたのか文脈を思い出せないが、1990年といえばベルリンの壁崩壊後であり、ソ連解体の前年である。

Before long, Mikhail Gorbachev may launch arms control initiatives aimed at Japanese and U.S. forces in the Pacific, perhaps even by opening negotiations on the return of Japan's Northern Territories.

日本は何故この好時期にちゃんとした”政治”が出来なかったのだろう?こんな希望が持てた時代だったのか、それとも「世界は腹黒い」ことを中西氏が忘れていらっしゃったのか、それとも日本人は無意識に憲法前文の甘い甘い期待的世界観にすでに洗脳されてしまっているのだろうか。
20数年前の論文を云々するのは間違っているとは思うが、私が残念に思うのは、北方領土に関してこの時期でさえ積極的にアクションを起こすのではなく、Gorbachevからのアクションを待つ、その発想の消極性にある。

///////追記:2012年1月12日///////
添谷芳秀・慶應大学教授 「日米中」 2010.3.4 日本記者クラブ
Yoshihide Soeya: CFR:
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大来佐武郎:wikipedia:
大来佐武郎 : Foreign Affaires :
大来佐武郎: Foreign Affaires :
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セッションⅢ「将来へ向けて」/山本 正(CFR)
セッションⅢ「将来へ向けて」/黒川 清(CFR)
セッションⅢ「将来へ向けて」/渡辺 靖(CFR)
(7ヶ月振りに見たら、キレイさっぱりYou Tube3本とも削除されていた。名前だけでも確保できたので良しとしよう)

/////追記:2012年8月29日/////
田中均氏について、その肩書きから少しヒントを探してみた。
日本を動かす人材を養成し、実際今もまだ日本を動かす中枢で活躍している。
東京大学公共政策大学院:Hitoshi Tanaka
日本総研 田中均
日本国際交流センター Hitoshi Tanaka
日本が、日本政府が、外務省が、等とぼんやりした集合に口角泡を飛ばしてみたところで、具体的には何も見えない。売国奴の呼び声高いひとりひとりにライトを当ててその背景を浮かび上がらせることができれば、その奥にありほとんど報道されない政府や外務省の実際の動きが見えてくるのではないかと思う。たとえば、松下政経塾など、外からのイメージと、実際の内部の蠢きとの乖離、ひとりのスパイが捕まって、少し具体的にチラとでも中に光が当たったではないか。
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PHP総研「繰り返される北朝鮮の挑発―周辺国はどう対応すべきか」 出演:田中 均(日本総研国際戦略研究所理事長),平岩俊司(関西学院大学教授),前田宏子(PHP総研主任研究員):見つけたけれど、正直言って途中で眠ってしまった。
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Part1 - Changing Balance of Power in Asia
(追記:8月30日:ひとり言:タイトルに惹かれて見ようと思ったのだけれど、パネリストの側に聞き手に対する緊迫感が全く感じられなくて、語る内容も教科書的で出だしから気がそがれた。顔ばかりに意識が行く。Robert Luke氏はSarkozyの親戚に見えるし、Philip Bowring氏にいたっては、どうしてもJohn Cageに見えてしまう。それでJohn Cageのことばかりあれこれ思い出してしまう。Merce Cunninghamはどこにいるのか、気になったりして、頭は時代を逆流する。堀氏は昔夏期集中講座を午前と午後に分かれてペアーで担当した相棒の桐野先生を思い出させる。この人いったい誰?)
Part2 - Changing Balance of Power in Asia
(追記:8月30日:ひとり言:最初にG1 summit云々の発語があり、?と思った。G1 summit。グロービス経営大学院って何?グロービス経営大学院。Yoshito Horiって?Yoshito Hori.
Robert Luke氏もPhilip Bowring氏も、勿論チェックを入れたが、昨晩は堀義人氏とその活動の調査に追われてあっという間に午前零時を回ってしまった。日本も捨てたものではないと充分思える時代の要求に応え得る若き行動的実業家であった。グロービス経営大学院のコンセプトはおそらくハーバードのノウハウの移植版だと思うのだが、この「ぬるい」日本に本当に経営大学院を設立して実際に多くの人を集め動かし若い才能を育成しているということは、驚嘆に値する。ディズニーランドでもそうだったが、コンセプトを動かすソフトの使用料たるや非常に高額で、もし堀氏が着眼や運営のソフトをゼロから開発されたのなら、このアジア型経営大学院設立運営パッケージ・ソフトは発展途上国の起業家育成価値に相応する価格で販売ができるはずだ。教育し起業家を育てることができれば、それぞれの国が分にあった負担を背負い、振り回されることなく協力し合い自らの足で立ち上がることができたら、日本が力もないのに気概だけで突っ走って打ち立てようとした大アジア主義、ひょっとしたら真に平等な大東亜共栄圏が平和理に実現するかもしれない。教育には未来に希望を抱かせそれを現実化する機能がある。それが経営に特化し起業家を育てるものなら、日本を含めアジア諸国は根底から、武力に頼らずに植民地人の深い歴史的刷り込みから脱却出来るかもしれない。)
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田中均 日本総合研究所国際戦略研究所理事長 2012.2.24
田中均氏 TPPを語る CFR節炸裂ーわかるかなあ?
音声明瞭、講演技術も驚く程高い。発話は表現力、演技力を伴って説得性も強い。但し聞くということは、受動的にフムフムと単に聞くことではない。話す相手の視座を砂の中や雲の中から探り出し掴み取ることだ。自分自身のpositionも結果として明確化出来るはずだ。独自の意見も論理もその過程で醸造される。聞く力は(読み込む力同様)書く前提としても非常に重要である。高めるために、勿論訓練が必要だ。
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松本氏と西山氏 & Walter Nichols氏

『秘密のファイル-CIAの対日工作』を読んだ松本道弘氏の衝撃?
「秘密のファイル CIAの対日工作」から考える戦後史(1)
秘密のファイル CIAの対日工作」から考える戦後史(2)
松本道弘氏blogより ↓
2008年10月20日 CIAの対日工作:
2008年10月21日「同時通訳者は透明人間ですよ」
2008年10月22日 アメリカという蛇に睨まれた蛙
2008年10月23日 西山名人カマキリ説もこの辺りから…
(西山氏はこの通訳者として有名
2008年10月24日 天国が一転して地獄の刑務所に変わる
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参照:Sen Nishiyama

Since his interest was aroused in improving understanding between the two countries, he accepted an offer of employment with the U.S. Department of State. "I began as interpreter-translator with the United States Information Service(USIS), Tokyo, in 1951," Sen said.
(Bruxelles注 : 隠すようなことではない)

USISと西山千氏のことを調べようとして大変興味深い資料に出会い、読んでいるうちにそれが、97ペイジに及ぶことに気づいた。27ペイジで首と腰が痛くなってきた。そこでfile化してこのペイジに載せようとしたのだけれど、容量overでFC2blogに収納不可となった。そうこうしているうちに元の資料もアドレスも無くしてしまった。辛うじてメモ帳に取っておいたUSISと西山氏の関わりが見える部分を以下に引用する。
...At any rate, just before I was to go home, I guess in about March of 1952, a man named Sen Nishiyama showed up in my office. I had never met him before, and of course you know who Sen Nishiyama was--is.
Q: Oh, yes. He was probably the most valuable so-called local employee USIS had.
NICHOLS: Well, Sen said he was approaching me on behalf of a man named Sax Bradford, who was recruiting people with some experience in Japan, and preferably some knowledge of the language, for an organization known as USIA [U.S. Information Service] that he would be setting up in the Embassy in Tokyo as soon as the Occupation ended. When I asked why he had come to see me, he said, "Well, we figured you had the background--born in Japan and so forth--so naturally we've been checking you out, especially with the many Japanese, including government officials, with whom you've been working, and you came off looking very good. So, here I am." Well, as you don't have to guess, I was very happy to hear that, and said I'd definitely be interested and get a much fuller briefing on the kind of work I might be doing, since I was concerned about possible specialized qualifications that might be required.
Q: Didn't you get to meet Sax Bradford?
NICHOLS: Oh, of course. Sen arranged a meeting with him for me, and it turned out to be one of the most curious recruiting sessions I've ever experienced. Sax told me they had already decided they wanted me to join his staff, and he asked me to submit an application. But he then promptly warned me of all the downside aspects of working for the State Department, especially in USIS...  
(WALTER NICHOLS Interviewed by G. Lewis Schmidt)
インタビューされているWALTER NICHOLS氏は何代にもわたって日本に関わりの深い非常に興味深い人物である。しかし「CIAの対日工作」に関しては既に何度か取り上げているので、今回は一旦破棄した資料を検証するのは控える。他にも検証を必要とする順番待ちの資料がかなり圧迫感を持って積み上げられている現状を鑑み...

追記:(97ペイジの最初の資料を見つけた← 興味のある方のためにリンクしておく。txtファイルで縦にも長いが横にも長い。このままでは読みにくいだろう)
追記:上でinterviewerになっているG. LEWIS SCHMIDT 氏がこちらではAllen Hansen氏にinterviewされている
追記:WILLIAM E. HUTCHINSON :Interviewed by Jack O'Brien
追記:CLIFF FORSTER: Interviewed by G. Lewis Schmidt
ざっと読んでいると日本へのダラスにおけるKennedyの生中継が話題になっていてる部分があった。家に既にTVはあったが見た記憶はない。以下の引用によるとあらかじめKennedy大統領から日本国民に向けたメッセージが録音されていて、米政府内部でそれをそのまま流すか取りやめるかで応酬があったようだ。USIAとしては大イベント企画で初の海外生放送、それが世紀のショッキングニュースになってしまった思い出を語っている。その部分のみ以下に引用。

Q: We lost the president from the nation, and we lost Murrow from USIA.
Impact Of Kennedy's Pre-Recorded Televised Message To Japan As First US Satellite Beamed To Japan Passed Over That Country Aired Just After Assassination
FORSTER: It was a double blow, which I shall certainly never forget. One other event at the time involved the White House and since it was rather historical and so little is known about it, I should like to mention it here. We were told by NASA that they were going to be putting up this relay satellite--I think it was Relay 2--that would be going in the direction of Japan on a westerly course. The plan was to launch it from the Mojave Desert. We suddenly had the idea that it would be great if we could get President Kennedy to address the people of Japan as the satellite moved over Japan for the first time, and then to have a special program, arranged by USIS with three national networks, to follow in behind the President's message. The White House bought the idea right away.
I remember the President was in New York giving a speech at the Waldorf Astoria and Don Wilson told me to call Pierre Salinger to give it the go-ahead. We immediately prepared the message for the president, which we delivered to him the following week at the White House. Actually, he had prepared his own very personal message and really didn't need our draft. It was a beautiful message to the people of Japan written in a warm, informal style. What happened subsequently was that the relay satellite went up within minutes as I recall after the president had been shot. There were then some anxious moments with someone at COMSAT who was involved with the satellite launch that day. Whoever it was, there was this bureaucratic response of, "Well, we're not going to be able to use that footage because the president has just been shot." I was infuriated about this and went charging in to see Ken Bunce and I said, "Look, Ken, they can't do this. This is the president's message to the Japanese people when he was still very much alive. He's still alive according to news reports. We can't assume that this is the end until there is confirmation." Ken was in touch right away with Don Wilson and in very short order we were able to get it back on the relay to Japan.
Q: Who read the speech?
FORSTER: The president did. The president had prepared the speech prior to the launching of the relay.
Q: Did Johnson read the speech that Kennedy had written?
FORSTER: No, no, because Kennedy had been on camera at the White House the previous week and it was ready to go before the assassination. Then whether it was NASA or COMSAT, I don't exactly remember, but the response was "We're not going to be able to use that. The president has just been shot." We argued very strongly that it should be used, and it was used.
The impact of that speech, followed by the NHK use of live coverage on the relay satellite of the assassination and that terrible weekend in Washington, was very great in Japan and reached viewers just as they were getting up that morning. When the relay satellite first came over, the Japanese were getting the president live and listening to his message to them. By the time the relay was around again, they were getting the reports of his death. The NHK correspondent in Washington called us early in the morning to see if it would be possible to use the satellite just to send all the weekend coverage. To this day when you talk to our Japanese friends like Sen Nishiyama and others, they describe the tremendous impact of that event which has never been forgotten by those who viewed it at the time.


単発で見つけているが、どうやらこれは占領軍がいなくなってOSSも解散したあとの、冷戦時に於けるアメリカの対日工作の公開可能内部資料に突き当たっているようだ。
これらの資料の大元はこちら。名前がわかれば、interviewを発見できる。
Browse by Author
以下の下線をクリックしても似たような大元資料にたどり着ける。
ADST Oral interview
Country reader series
U.S. Diplomacy

/////追記:2012年8月28日/////
参照:ケネディ暗殺と宇宙中継:(団塊の世代一代記)Akimasa.Net

...実はこの1回目の実験では、あらかじめ録画してあったケネディ大統領から日本へのメッセージが送られるはずであった。しかし、大統領はこの時すでに暗殺されていた。実験開始直前の5時14分、NASAからの宇宙無電で、「実験は予定通り行うが、大統領が映っている分の放送は取りやめる」という連絡が入っていた...


FORSTERのインタビューでは、以下のようになっていて矛盾する。この部分の事実確認をするうちに気づいた。

Then whether it was NASA or COMSAT, I don't exactly remember, but the response was "We're not going to be able to use that. The president has just been shot." We argued very strongly that it should be used, and it was used.


今朝ぼんやりと考えた。
Actually, he had prepared his own very personal message and really didn't need our draft. It was a beautiful message to the people of Japan written in a warm, informal style.
この時期日本はアメリカにとって、桐壺帝が桐壺の更衣に示すような強い好意の対象であったに違いない。大統領直筆の日本国民に対するあたたかいメッセージを大統領自らの声を宇宙電波に乗せて届けようという、世紀の大イヴェントである。大統領が暗殺されたからといって、砂漠だけを映しては努力が水に流れる大きな企画折れであろう。企画し準備したUSISの本人が使用した、放送したと言っている。流さなかったとしたら、大きな国策の転換である。
「悲劇のために放送は中止になった」で済ませてはいけない。あらかじめ録音されていたものである。亡くなったので、放送企画が実行不能になったわけではない。放送してマイナスになったり何か不都合を生じる内容でもない。この企画を取りやめる必要は全くないのだ。
Kennedyのメッセージ内容をどうしても知りたくなって、探している間に、実は上のインタビューとは逆に日本ではあらかじめ準備されたkennedy大統領の声は届けられなかったということを知った。メッセージは亡くなれば亡くなったでその報道価値は100倍にも1000倍にもなったはずだ。その時は砂漠だけとして、その後のニュースでは、日本国民に繰り返し繰り返し、放送され届けられたのだろうか?
「悲劇のために放送は中止になった」と知りながら、そして大統領メッセージの存在を知りながら、その内容を日本国民にもしその後も一切報道していないとしたら、日本のjournalismは死んでいる。アメリカが許可しないのだとしたら、先にも書いたが激しい内部抗争の結果としての「国策の転換」を嗅ぎつけるべきだ。分析し報道すべきではないか?

When the relay satellite first came over, the Japanese were getting the president live and listening to his message to them. By the time the relay was around again, they were getting the reports of his death.


これは直接法であり仮定法でも条件法でもない。この矛盾は日米関係という政治にもまたKennedy暗殺にもどこかで関わってくるのではないだろうか?
良質な報道は常に「矛盾」に対する「何故」からスタートする。一国の報道レベルはその「何故」を感知する嗅覚の優劣にかかっている。

GEORGE C. MARSHALL

本来はもっと後になる予定だったが、前からMarshallをやらなければと思っていた。
赤狩りで有名なマッカーシーが、人気の頂点から一気に不人気のどん底に突き落され若死にするのも、このマーシャルにチャレンジしたのが原因だった。大物過ぎたのだ。
CAREER OF GENERAL GEORGE C. MARSHALL
4番目をクリック Video
George Marshallの顔を見ているとLester Pearsonを思い出す。似ているからだ。Herbert Normanはコミンテルンのまわしものだったと疑われ自殺したが、彼を支え続けた同胞Lester PearsonはGeroge Marshallと同様尻尾を見せることもなくノーベル賞まで受賞している、しかもカナダの国父に近い特別な存在でもある。
ついでなので、二人のノーベル賞受賞スピーチを。
Acceptance Speech by George C. Marshall:音声
Nobel Lecture by Lester Bowles Pearson :文章

今朝何気なく西尾幹二氏の焚書図書のYou Tubeを見ていた。テーマが盛りだくさんで幅広くわかったが、中でも一番私の興味を引いたのは、34分50秒から41分20秒の内容だった。そのあたりをどうぞ。
You Tube 西尾幹二&溝口郁夫出演ー34分50秒あたりから
簡単に言うとマーシャルの書いた本の翻訳本が昭和21年8月と21年11月の2冊出ていて、2冊目には、英語の原文にない「南京」が入っているという、東京裁判捏造のための物凄くあからさまな証拠を示されている部分、これは溝口氏ご自身が偶然に発見された証拠だそうだ、いやはや、あきれてものが言えないが、逆に言えばいい証拠を残してくれたと感謝もしたくなる内容であった。
8月の方のタイトルは『勝利の記録 マーシャル元帥報告書』
11月の方のタイトルは『欧亜作戦の戦闘報告』。(勤労社刊)
原文にない「南京」を書き込んだ翻訳者は堅山利忠なる人物。「南京」を入れるために、先に出た訳本を回収しているらしい。これは溝口郁夫氏の大発見だと思う。問題の英文の部分に関してはVideoを7分弱ご覧になれば、意味がよくわかると思う。マーシャルは原爆は日本軍の過去の行いに対する相応の仕返しである、と言いたいのだ。先ほどパガーミニの本を読んだら、同じようなことが書いてある部分があった。
探してみると「誇りある日本こそ冷徹な史観を」というタイトルで懸賞論文に入選した若狭和朋氏の文章にもこの辺のことが書いてあった。
WGIPで自虐史観の種を必死に撒いたのは、堅山利忠のような多くの日本人の手のなせる業。着眼と計画はアメリカさん、そして実行のほとんどは日本人。南京や慰安婦を考えてもそれは明らかだ。憲法も一方的に押し付けられたわけではないし、東京裁判も言われているほど一方的ではない。被占領国の人間が生きるためには節操もなにもないと言ってしまえばそれまでだが、積極的に協力した日本人は想像を絶するほど多いに違いない。軍国主義的侵略国家大日本帝国を葬り、あたらしく生まれ変わった、清く正しく美しい民主主義国家日本の誕生のために、彼らは胸を張って協力した、と思っている。そこが一番の問題なのだ。節操も何もないがむしゃらにただ生きるためにそうしたのならば、そこを人差し指で穿ればいい。しかし颯爽とオートバイに乗って胸を張った正義の味方月光仮面のような人たちにお縄をかけることは不可能に近い。それに東京裁判の共謀者には今なを「天皇陛下の免罪のために」という水戸黄門の印籠10個分くらいの強力な魔術がある。日本人としてのご奉公のつもりで善をなすつもりでGHQに寄り添うのだろうが、免罪を言うにはその前提としての「罪」を意識の底で認めているものである、と言うことに全く気付いていない。その上完全な催眠術のまま日本国および日本人に冤罪を押し付けている自己の悪行には都合よく認知症を発病している。始末が悪い。

marshall_mao.jpg
今回のタイトル、何故マーシャルなのかを説明すると、この本はマーシャル元帥著 アメリカ合衆国陸軍参謀本部編となっていて、そもそもの原因はマーシャルにあるからだ。それで思い出したからだ。ソ連のスパイのカナダの大物はLester Pearson,そして合衆国の最大の大物はGeorge Marshallであると、随分前からそう考えていたことを、思い出したからだ。予定より早めて書いて、勇み足になるかもしれないが、とりあえず記述することにした。
何故ずっと後に書こうと思っていたかと言うと、LesterもGeorgeも、きわめて人のよさそうなお顔をされている(ゾルゲのようないかにも、という顔ではない)まずそのへんをclearしなければならないとは、今も思っている。何故彼らは腹話術人形のように思考を完全にコントロールされたのか、あるいは彼らの側にも普遍的正義が歴史の記述のごとく存在するのか、これからが大勝負である。

・・・・・追記:2012年5月18日・・・・・
atlantic_conference.jpg
参照:連合国の第二次世界大戦中の重要会談: Wikipedia
The Conferences Warld War two & George Marshall:
George Marshallが出席した戦後構想のための重要会談
Marshallがどれだけ多くの会談に顔を出していたか、戦後構想構築にどれだけ重要な役割を果たしたかがわかるだろう。
(Mashall Planに関してはTel Quel Japon過去記事を参照してください)
(つづく)

The Fog of War : Robert S. McNamara

The Fog Of War: Eleven Lessons From The Life Of Robert S. McNamara (2003)
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The Fog Of WarはRobert S. McNamaraが単独主演の映画である。講演と比べ少し聞き取りにくいし、filmが時々stopする不便もある。しかし日本人にとってなじみ深い人物である。彼が日本人の知らない、彼にしか語れないアメリカ史を語ってくれる。誰が、どんな立場でどう見ようとも、いろんな視点、いろんな発見を、素直に見るならば視聴者の心にそっと置いて行ってくれる筈だ。
Errol Morris監督 & この映画の撮影について:背景がわかる

本当はErrol Morrisに注目して検証を開始した。彼のレクチャーを聞いていると、「The Fog of War」のワンシーンが出てきた。これがRobert S. McNamara の発言だとしたら、見逃すわけにはいかない内容であった。そこで映画そのものを探すことにした。PCの調子が悪いのか、映画そのものは途中で何度も動かなくなったので、まだ半分までしか見ていない。時間のない方も多いだろう。だからまず私が見たErrol Morrisのレクチャーだけでもご覧になってはどうだろう。Errol Morris : Lecture :
「The Fog of War」のワンシーンが出てきたらMcNamara が何を言うか集中して見ていただきたい。(追記:14分30秒あたりから18分30秒くらいがそのワンシーン。そのあと22分までが、この発言を引き出せた偶然の背景を語っている。)
2部のQ&Aには Adam Curtisが登場する。彼は私が今もっとも注目している(現在彼のfilmを集中してみている)映画作家である。(しかし今回はあくまでもErrol MorrisのRobert Mcnamaraに注目してください)
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Errol Morris & Robert McNamara on Charlie Rose
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The Fog of War : Errol Morris   
Errol Morris : His Films :
Philip Glass Conversation: この映画の作曲家
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・・・・・追記:2012年2月1日・・・・・
いくらRobert S. McNamaraが日本人にはなじみ深い人物だからと言って、一人喋り捲る映画をポンと置いただけでは、何のことか、何の意味があるのかわからないかもしれない。「見逃すわけにはいかない内容」「何を言うか集中して見ていただきたい」と書いても、「だから何なんだ」と怒りを買うかもしれない。まず要点を言う。かれはここで、東京裁判など何の意味もないことを間接的にではあるが、きわめて簡潔に語っているのだ、filmのなかで。首相の靖国参拝は問題だとか、A級戦犯は分祀せよとか、トチ狂った頭を持っているのは歴史を知らない、洗脳された日本人が一番多い。普通に外交を考えて、日本は当然海外の首脳も参拝・献花して当たり前なのだ。
話を戻そう。彼ははっきりこう述べている。

if the U.S. had lost World War II, I and the others who planned the firebombing of Japanese cities would have been put on trial for crimes against humanity.


What makes it immoral if you lose is not immoral if you win.

そしてCurtis Lemay自身も同じことを言っていると、Curtis Lemayのfilmが出てくるあたりで言っている。

Killing Japanese didn't bother me very much at that time... I suppose if I had lost the war, I would have been tried as a war criminal. ( Curtis LeMay)


Errol Morris監督のこの映画とこのあたりのRobert McNamara非常に真摯な発言を、日本中で大騒ぎすれば、東京裁判の払拭はなんとか可能性が見えるかもしれない。日本人の自縛を解き放つ糸口になるかもしれない。

先ほどトチ狂った頭云々と言ったのはたとえばこの頁。:トチ狂った例はここに出てくる1.原爆容認発言(日本人が!MKULTRAか!)2.広島のこの碑文(一刻も早く書き換えよ。消去できない理由を述べよ。卑怯なリ。本当の主語を明記せよ。)3.Curtis Lemayへの勲章である(こんなバカげた恥ずべき国はない。文句があるならCurtis LemayのQuoteを全部読まれよ。)4.(つづく)

・・・・・追記:2012年2月2日・・・・・
見つかった。この部分だ。初めの部分だけ。何度も見てほしい。
The Fog of War 5/11 -
(80歳代半ばでこの力強い声、滑舌の良さ、途切れない論理は驚きに値する。死を見据えた人間の人生最終章における良心から迸り出る叫びである。この数字もMcNamaraが自分で準備したものだ。最初の3,4分だけでいい。これを見て何も感じない日本人がいたら、その人は生きたまま死んでいる。それにこれは本来日本を代表できる日本人が国を代表して主張すべき内容なのだ
Philip Glass - (The Fog of War Soundtrack)
<<< The Fog of War>>> : 特別完璧サイト
参照:Robert McNamara & Curtis Lemay
誰の発言であるかこそが重要な意味を持つのだ。

・・・・・2012年2月9日・・・・・
資料の収集にインターネットは想像を絶する力を発揮するが、もうひとつ、このようにRobert S. McNamaraがこちらに向かって太平洋戦争の心情を吐露する、こういうシーンに対面できるということもまた、インターネットのもたらす驚異のひとつだと認識した。Errol Morris監督の独特の撮影手法と当事者として驚異的な精神の気迫を見せるRobert S. McNamaraに脱帽。
同時に生きたまま死んでいる日本人の多さも否応なく認識した。

・・・・・2012年2月13日・・・・・
すでにYou Tubeにこういう投稿をしている方がいた。
Robert McNamara and the Destruction of Japan-WW2
こちらのYou Tubeは日本語訳付き、飛ばしているところも?もあり、完全な訳とは言えないが、これは日本で上映された際のものだろう。
The Fog of War 5/11:日本語訳付き
ネット上の映画評にも数多くあたってみたが、ジョン・レノンのイマジンと同程度の単なる反戦映画ととらえているものがほとんどで、日教組の洗脳もここまで深いかと、非常にがっかりした。東京裁判の不正に気付いたものは皆無。内容的にはベトナム戦争のみに反応し、昔ながらの米帝批判。B29による大空襲も2度の原爆投下にも、ほとんど無反応、せいぜい関心があったとして「2度と過ちをくりかえしません」と「イマジン」にしか行き着かないありさまだ。

・・・・・追記:2015年5月26日・・・・・
参照:The Firebombing of Tokyo

Aung San 未完

2010年のハーバード白熱教室にコメントが入ったので、上にあげました。ちょうど真下にあります。コメントは、サンデルに関するものなので、ということで高山正之氏のYou Tube動画です。内容は素晴らしいですが、語り口とテンポがちんたらしている、と申しますと、たつや氏から高山氏の文字サイトを紹介されました。
高山正之の異見自在
ちょうど正論、2012年2月号の「折節の記」でアウンサン・スーチー女史についての文章を読んだばかりで、記憶も新しく、ビルマ独立のAung Sanに関してのYou Tubeも集めていたので、ここに置くことにしました。ハーバード白熱教室→高山正之→アウンサン・スーチー→Aung San としり取りのように脈略なく飛び回りましたが。

私はAung Sanという人物をどう評価すべきか決めかねているのですが、暗殺にイギリスが関与していたということをBBCが仄めかしています。
You Tube :Who really killed Aung San?
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 & No.5 :

東京ローズ:Tokyo Rose

東京ローズに関しても、41年前に亡くなった祖母に子供の頃に話を聞いたような気がする。東京ローズの資料を見つけたのでリンクします。参照:Tokyo Rose Wikipedia
Tokyo RoseTokyo Rose: Iva Ikuko Toguri D'Aquino
東京ローズは1946年に映画にもなっている。
こちらはそのオープニング:Mp3
大きなお世話の東京ローズを歌ったうた
This silly song was a hit for Abe Burrows in 1947
1976年「60分」に出演した東京ローズ:約15分 顔出し映像(real player)
A RealVideo 5.0 file (real player)of Paramount Newreel's 8/28/48 segment on the return of Mildred Gillars ("Axis Sally) to the U.S. to stand trial for treason, followed by a piece on Iva Toguri in Tokyo and the possiblity of her having the same fate.(Axis Sallyはひと足前に米国に帰国し反逆罪で裁判にかけられた。 このAxis Sallyについての資料もあるので、いつの日か必要ならば追記します。)

・・・・・追記:2011年11月17日・・・・・
近年東京ローズに関して特別TV番組があったようで、Netsurfingをすると意外にも多くの記事に出会った。そのなかでも詳しいものにリンクして追加紹介と致します。
映画Tokyo Joe 1949年
東京ローズ、森山久そしてディーブ釜萢
東京ローズ
この東京ローズはアメリカ人であろうとしたためにかえってアメリカの裁判で禁錮10年というとんでもない判決を下される。

・・・・・追記:2011年11月18日・・・・・
東京ローズがささやいた「テニアンの秘密」
東京ローズ残酷物語
「米国のみなさん、あんな残虐な爆弾をおとすなんて!あたくしはあなた方を敵ではあっても紳士だとしんじていましたのに、その気持ちが完全に裏切られてしまいました。日本はこれで敗れるでしょう。でもあなた方アメリカ人に対して、何十年か何世紀かののち、歴史が正しい裁きをくだすことでしょう。それを信じつつ、東京からの最後の放送を終わります。こちらはトーキョー・ローズ……こちらはトーキョー・ローズ……」

・・・・・追記:2011年11月19日・・・・・
The_Story_of_Tokyo_Rose_by_Bill_Kurtiss.22:45
・・・・・追記:2012年1月7日・・・・・
参照:Tel Quel Japon 過去記事:東京ローズとOSS
・・・・・追記:2012年1月7日・・・・・
私はシャンソンの石井好子さんの著作を愛読しているが、昨日「さようなら私の二十世紀」を再読していて、初めて気づいた個所があった。Tel Quel japonとはあまり関係がないが、少し書いておく。上記の本のP.71、最初の結婚は戦争中で相手はアメリカ育ちでアメリカの大学を出たHなるひと。結婚後会社を辞めてNHKの国際局に勤務、東京ローズとその番組「ゼロアワー」の仕事をしていた、と書いてあるではないか。Hなる人物はイニシャルだけで人脈がわからないのだが、この人が東京ローズを身近に知っていたことになる。NHK国際局の「ゼロアワー」は何故、東京ローズを何人も採用してPropagandaにもならないような、こんな放送をしていたのか?、もしご存命でいらっしゃれば、お聞きしたい。それより、ほかの方でもいい、NHKの国際局におられた方からの証言が得られれば、すこしその辺のところが明白になるのではないかと、思うのだが。
今日の上の追記にも書いているが、この「ゼロアワー」の趣旨は、OSSのDonovanが考えた「The League of Lonely War Women」にそっくりなのだ。五島勉氏の東京ローズにあるように、これは本人の自覚なくOSSに嵌められて何も知らずに日本に来た人物とみていいだろう。アメリカでの裁判が異常に長引いたのは、OSSのその複雑な工作を裁判で実証するのが困難だったためだろう。もしそうでなければ、アメリカ国籍を決して手放さなかったがゆえに、他の米人捕虜たちと一緒にほとんど強制された状態で放送をさせられた、この東京ローズの裁判は、米国において1,2か月であっさり無罪判決が出るか、「アメリカ国籍を決して手放さなかったがゆえに」東京ローズは米国においてむしろ愛国的ヒーローになっていただろうと思われる。「ゼロアワー」は米兵に洋楽というエンタテインメントを提供しただけでなく、日本の気象をはじめ日本に関する様々な情報も提供していたのだ。「ゼロアワー」は日本のプロパガンダ放送などではなく、NHKの上層部に入り込んだ敵側スパイによるOSS工作のひとつだったのではないか。また米国人だというアイデンティティーを最後まで捨てなかった何も知らない戸栗が、自ら「東京ローズ」を名乗り出たのは、戦勝国アメリカによって解放された時、自分が米国の愛国的ヒーローになれると、錯覚したためではなかったか。

・・・・・追記:2012年1月10日・・・・・
石井好子さんの最初の夫H氏に関して、もう一か所同書に記述を見た。H氏は元海軍大臣山本権兵衛氏の孫の満喜子さんの友人だった、と。大金持ちだったとも書いてある。有島敏行氏の同輩。かなり上流階級の人だったにちがいない。また山本満喜子さんは、国防婦人会の先頭に立って「日本は必ず勝つ」と大声で人を励ましていた。終戦後に「負けだじゃない」と言うと「負けるが勝ち」と返されたそうだ。興味を持ったので調べてみた。
山本満喜子:No.1 & No.2 & No.3 & No.4:
(今ナチスを調べているので、第三帝国の将校がメキシコに駆け落ちした、という意味が非常によくわかる。ヒトラーはSSのメンバーの結婚相手としてブルーアイズとブロンドしか認めていなかった事実がある。またメキシコやアルゼンチンなどスペイン語圏の中南米はナチスドイツと、深いところで繋がっている。戦後何十年もこのあたりに身を隠して生き延びたナチスの高官も数人いたのも事実だし、うわさではヒトラーも死んだのは替え玉で、この辺で生き延びたという話もある。また南極の地下都市に逃げたという説すらある。ナチスドイツは、先端科学とオカルトがミックスしていて、非常に得意な国家形態だったと解すると、わかりやすい面もある。Operation Paperclipからもわかるように、ドイツの先端科学はその奥深さと層の厚さは驚きに値する。)

Madame Ogata : CFR



国連を脱退せよ、と言う前にこういう議論をしっかり見て、Madame Ogataを前にしても同じことが言えてしかも説得できるか、を確認しておく必要がある。現実に活動してきた方を前にそのキャリアを否定できるか、その第一歩としてまずその人物に触れてみよう。非常に頭の回転が早い方である。世界状況を身をもって体験しておられる。何より多くの専門家たちの尊敬を得ていらっしゃることがわかる。お話にもブレがない。(チベット問題に関する質問をテクニック的に避けられたのは、一点気になるところである、その後少し動揺が見られた。)
何故この動画をあえてはめ込んだのかと言えば、CFRの場にMadame Ogataが登場されているからである。CFRは国連機関ではないはずだが、これを見るとほとんど機能的に一体化していると見ていいだろう。(その理由に関しては他の方向から既に結論をつかんでいる)
元のサイトはこちら,CFRのHPである。
Human Security: The Emerging Paradigm for Understanding Global Vulnerabilities (Video)
紛争・虐殺地域に出かけて難民を救済する、安全を確保する、その人道的行為には、クレームの付けようもない。ミクロでみると、評価できる活動も多い。問題は国連マクロの体質である。しかしこの意識の高い人たちを見ていると、象に挑むアリの気分になってしまう。日本の官僚が立ち上がってさらなる予算の獲得のため集金に関する提案をし、その方向はテーマの趣旨に合わないと窘められていた。それに比べるとinterviewerは対談者の活動も背景も世界事情もよく理解していて運びに無駄がなく雰囲気作りも見事であった。こうしてみるとCFRは人間性も知性もとびきりに優れた美しき特権階級の集合体にみえるが、こちらもCFRマクロの見えない隠れた体質が問題なのである。当事者の99%はひょっとすれば体質に?を抱いたことは一度もないのかもしれない。

緒方貞子に関しては、緒方竹虎家の息子の嫁だと思っていたが、貞子本人の母方の曽祖父が犬養毅であることを知った。この系図で見る近現代、いくら見ても飽きない。

・・・・・追記:2011年12月15日・・・・・

参照:緒方貞子の祈り
日本記者クラブ登場:緒方貞子 JICA理事長 2011.11.21
Tel Quel Japonの取り扱い範囲を超えると思いきや、非常に興味深くまた視野を拡大することのできる内容であった。およそ1時間半に及ぶが、忙しい方にもお薦めしたい。
参照:JICA
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Tel Quel Japon本来のCFR人脈に関して。
日銀総裁白川方明氏とIEAE事務局長の天野之弥氏を発見。いやはや。

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追記・参照:2011年12月31日
Landmark UNHCR conference opens with appeal for the world's forcibly displaced, stateless


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追記:2015年4月8日
Angelina Jolie とSadako Ogataのツーショットを探していた。
どちらもCFRのメンバーであり、
United Nations High Commissioner for Refugees(UNHCR)
の中心人物であった& 現在ある、
ふたりの信頼関係がわかる。
Angelina Jolieをただの女優と思ってはいけない。

OSS & William Donovan (2) 未完

〇(1)のfilmで家族の不幸についてほんの少し触れているが、今日その参考になるものを見つけた。
William Donovan Family:
まるで推理ドラマを見ているような気持になった。言葉を飲むべきかもしれないが、スパイの仕事は、国のためにはなっても、人間的ではない。恐ろしい因果応報のようなものを感じた。

Donovan History:

FDR sent Donovan to Ethiopia in 1935–36, to Spain during the Civil War, to Britain in 1940 and to a large swathe of Europe and the Middle East in 1941 to observe events and report back to the president.... These missions led to Donovan's appointment as civilian coordinator of information (COI) in 1941, followed by his recall to active duty as a colonel and appointment to head the military Office of Strategic Services (OSS) in 1942."ーDonovan and Franklin D. Rooseveltー

The British Public Record Office in London has evidence that in both July and August, 1941, Roosevelt told the British that he intended to provoke a war... William Donovan, Roosevelt's coordinator of information, received warning from the British that the Japanese were about to attack Pearl Harbor." ーThe official story of Donovan's role as COI and head of the OSSー

During a personal interview with the investigator Pericardi said the purpose of Col. William Donovan's journey to Europe was to 'feel out' various nations as to a United States of Europe. He said that Col. Donovan was sent by Secretary Knox and that the State Dept. was receptive toward sponsoring such a movement"-Donovan's FBI Filesー

The Genesis of the CIA

The Office of Strategic Services by Bruce L. Brager

スパイOSS/CIA Video.←クリック
このvideoは非常に価値がある。OSSもCIAもその性質が時期によって変質している。Visionを開拓したのはDonovan、戦勝後やりたい放題をやったのが最初の時期のCIA、60年代70年代に次第にその行為に非難が集まり、国民をモルモットにする実験は緩やかに停止。平和時には、むしろ平和時政治Propagandaに集中。私たちの知っているCIAはこのあたり。冷戦終結後に少し変化し、さらに9・11を境に少し変化しているようだ。

List of People of the OSS
これも凄いものを見つけた。今まであちこちで話に聞いていたOSSやCIAのスパイの皆様が一部写真付及び活動解説付きでずらりと並んでいらっしゃる。しかもVideo付きでだ。笑いが止まらない。
付録:List of World War II spies

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参照:Logan Act
      

 この項未完

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