TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

John & Shige 付録的追記

直前の記事が長くなりすぎたので、話題が転換するところで、分割しました。

・・・・・・・追記:2015年10月17日・・・・・・・
西園寺公一に関するFilmを探していたのだが...
何のつもりで、この追記のリンクが入るのか、ご理解いただけないかもしれない。あちこちスコップでほりかえして、水脈を浮かび上がらせるには、大変な時間と肉体労働が必要だ。それまで地下のことは地上ではお見せ出来ない。自分でもどこまで根気が続くか確信は持てない。成果など期待せずに、ここはひとつアホになりきって、黙々と。地球の裏側まで突き抜けるくらいの覚悟で。

・・・・・・・追記:2015年10月18日・・・・・・・
昨日のリンクに、追記しようと思う。

誰?それ?
どこの国の人なの?
毛沢東? 
※毛沢東だって、死んでもそういう発想は出来ないと思うし、、、
(もう死んでるけど)
その人、もし今生きてる人だとしたら
現代の今生きてる日本人が全員総懺悔して、一億総奴隷になって叩頭しながら贖罪として一生働き続けろ、って言ってるみたいね? えぇ! 実際そう言ってるの? 言ってない?どっちよ。 活躍?
どこの国のひとなのか?どんな出自の人なのか知りたいわ。we と themから察するに日本人みたいだけど。


追記1:※に関しては?の方々は
正論 平成27年5月号の福井義高氏の文章をお読みください。 
詳しく書かれているので、?は氷解すると思います。
これは連載の「上」で6月号の「中」の最後の方にはこうもかかれています。
「そのことを素直に認め公言していた毛沢東のひそみに倣い、安部晋三首相も戦後70年談話で、中華人民共和国建国に対する日本の多大なる貢献にさらりと言及するというのはどうだろう。」
さらりと書いておられます。半分は軽口でしょうが、歴史戦とは本来そういう視点で思考すべきものだと思います。否、歴史戦であれ、政治戦であれ。(参照:香港返還時のチャールズ皇太子の演説

追記2:
西尾先生が日録のコメント欄に対して、みずから「ありがとう」のコメントを入れておられます。引用します。
(1)結局アメリカの桎梏から逃れられないということです。(2)米中が手を組んで日本を抑えにかかる恐ろしいことがいつか起こるかもしれません。
(1)は大多数の保守が「安倍さんよくやった百点満点」をする際にあげている根拠のひとつです。しかし昨日出したリンクの引用部分、あれは中国に対する叩頭です。「アメリカの桎梏」ではかえって説明がつきません。
話変わりますが、昔の友人が「日中米関係、つねに日本だけが蚊帳の外、なんて書いてる人がいますよ」とメイルをくれました。彼女は理解できず「なんのこっちゃ」という寧ろ抗議であったのでしょう。それで自分の書いたこの記事を思い出しました。
その部分を引用します。
「追記:2015年6月7日(日)
日中米関係、つねに日本だけが蚊帳の外 
当然今も。日本には見えない米中関係を考察せよ。
イデオロギーで国家が敵対すると考えるのは
日本人特有の弱点かもしれない。」
西尾先生の(2)を目にしたときに、はっとして自分の書いた記事の上の「」の部分を思い出したのです。
(2)米中が手を組んで日本を抑えにかかる恐ろしいことがいつか起こるかもしれません。←ここが重要
つまり、「イデオロギーで国家が敵対すると考えるのは日本人特有の弱点かもしれない。」ということです。
「我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて」の部分は中国に対する牽制だ、などと誤読・捻じ曲げ評価されているようですが、この部分こそ、国際政治感覚の100年100周遅れたダサい腹話術人形の正体が露呈されている部分なのです。

あなたもスコップを持って、地面を一箇所でも掘り起こしてみてください。
参考資料、とりあえずは2015年「正論、5,6,7月号」連載の福井義高氏の文章と「正論」9月号の江崎道朗氏の文章で、いかがでしょうか?ゆっくりとお読みになることをお勧めしますが、ゆっくりの時間が無いかたがたは、福井義高氏があげておられる「主な参照文献」に直に当たられるほうが最短時間で最長距離を自分の頭を使って閃きを感じながら、掘り起こし作業の多少の効率化を図れるかもしれません。

追記:2015年11月18日
都合により日付のみ更新しました。

拝借:John & Shige



参照: Tel Quel Japon その壱 & その弐
参照: 詩集「2N世代」 その壱: 

追記:2015年9月11日
参照:国際文化会館の歴史とJohn&Shige再確認

後はthe Institute of Pacific Relationsに於ける松本重治氏の立ち位置を調べる必要がある。1929年のこの京都の出会いも面白いがヨセミテの日本人の顔ぶれはもっと興味深い。
参照:NYTにでた松本重治の死亡記事
母は日本銀行を創設した松方正義の娘、妻は松方正義の孫、出自は寧ろ松方と認識したほうが良いだろう。JohnとShigeとの特別な接近がより容易く理解出来る。
参照:「Matsumoto Shigeharu: Bearing Witness」:Review
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松本重治氏の「上海時代」は現在入手不能などとネット上には書いてあるが、今Bruxellesの手の中に上中下三冊がある。
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松本重治: 資料追加( 2015年11月18日)
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追記:2015年9月12日
松本重治から話題がそれて、しかも長くなってしまうがIPRに関して少し触れておく。
The 3rd Pacific Conference [1929, October 28November 9, Kyoto, Japan]
ここで松岡洋右が「An Address on Manchuria: Its Past and Present」というテーマで演説をしている。
The 6th Pacific Conference [1936, August 1529, Yosemite, USA]
ここで尾崎秀美が「Recent Development in Sino-Japanese Relations」というテーマで発表している。
金井清が「The south Manchuria Railway Company’s Part in the Economic Development of Manchoukuo」というテーマで発表している。
戦後で見ると
The 11th Pacific Conference [1950, October 315, Lucknow, India]
ここで都留重人が「Japan’s Economy: Present and Future」というテーマで
丸山真男が「Nationalism in Post-war Japan」というテーマで登場している。
参照:元サイト
日本語の参照ペイジ:太平洋問題調査会関係資料 : 太平洋会議参加者名簿とデータ・ペーパー一覧
7番目のリンクをクリックするとその第五章に「日本人参加者名簿」がでてくる。名簿に出ていない事務方や事務方通訳などの名前はまた後ほど必要とあらば、追加したい。
参照:太平洋問題調査会wikipdia: くどいようだがわかりやすいまとめとして。
参照:さらに詳しい英語版 wikiedia:
参照 Tel Quel Japon 過去記事
IPRの正体に関して No.1 & No.2 & No.3 & No.4 

西尾先生の日録からも「松本重治」を探してみた
参照:松本重治について
参照:マスコミ人「松本重治氏」の疑惑的な証言

・・・・・・・追記:2015年10月17日・・・・・・・
西園寺公一に関するFilmを探していたのだが...
何のつもりで、この追記のリンクが入るのか、ご理解いただけないかもしれない。あちこちスコップでほりかえして、水脈を浮かび上がらせるには、大変な時間と肉体労働が必要だ。それまで地下のことは地上ではお見せ出来ない。自分でもどこまで根気が続くか確信は持てない。成果など期待せずに、ここはひとつアホになりきって、黙々と。地球の裏側まで突き抜けるくらいの覚悟で。

BBC Documentary: Sacrifice at Pearl Harbor


PEARL HARBOR : MOTHER OF ALL CONSPIRACIES
もうすぐ真珠湾攻撃から70周年となる。BBCのこのDocumentary映画をみて、気分良くその日を迎えましょう。
BBC Documentary: Sacrifice at Pearl Harbor
Sacrifice at Pearl Harbor
BBC Documentary - First aired in 1989
これが日本製でないのは残念だ。来月の8日、NHKでこれを放送するべきだ。遅ればせながら教科書も天下のBBCに従ったほうがいい。BBCは何故これを制作したのか?イギリスの良心と日本の怠慢を感じる。
(2011年11月28日:日本の怠慢で済ませられる問題ではないですね。自国の名誉を回復する術を知らない、試みも思いつかない。検証を妨げる何かチップでも埋め込まれているのかも、と思えるくらいですね。Tel Quel Japonの過去記事にもありました、アメリカ映画、Jeannette Pickering RankinもRooseveltのprovocationに言及していました。こちらの記事から以下引用です。(追記:2011年12月8日:最新号のSAPIO、西尾幹二先生がJeannette Rankinに少し触れておられた、日米開戦にたった一人反対票を投じたJanette Rankingがこうして真珠湾関連で取り上げられたのは日本ではおそらく初めてではないだろうか。)

When, after the Japanese attack on Pearl Harbor, the U.S. Congress voted to declare war against Japan, Jeannette Rankin once again voted "no" to war...She was denounced by the press and her colleagues, and barely escaped an angry mob. She believed that Roosevelt had deliberately provoked the attack on Pearl Harbor.

Sacrifice at Pearl Harbor
Sacrifice at Pearl Harbor
Sacrifice at Pearl Harbor
Sacrifice at Pearl Harbor
(同じfilmを4つ並べたのは、filmに付随する文章記事、反響や激論などにも目を通していただきたいからです。70周年に因んで日本でも大論争を巻き起こして、早くprovocationを教科書にも記述して、スッキリとさせていただきたい。この程度は西洋人の政治の常套手段であって、偽りの日米交渉から占領政策による自虐史観の埋込み、その後の日米関係、その底辺を流れている心理誘導、日本国民劣化政策、その全ての原因を一つ一つ解き明かし、まず命を投げ出して戦ってくださった英霊の、そして日本人及び日本国の正当なる名誉を取り戻そうではありませんか、人間として立ち直ろうではありませんか。埋め込まれたチップを取り出そうではありませんか。)
◎ Top 10 Pearl Harbor Documentaries
・・・・2011年12月4日・・・・・
追記:言うまでもないことだが、上のBBCにしても下のアメリカ製映画にしても、日本史の見直し、日本国の名誉挽回のために制作された訳ではない。上はKimmelやShortに対する冤罪問題、下のテーマは女性参政権に関する歴史的人物の紹介である。うつむいてしょんぼりしていたら、誰かが駆け寄ってきて助け起こしてくれる、などという甘い話はどこにもない。怠慢は即命取りだと知っておくべきだ。

・・・・・2011年12月7日・・・・・
「歴史読本」2012年新年号、西木正明氏のインタビュー記事は素晴らしい。西木氏の「ウエルカム・トゥ・パールハーバー」は大変興味をもって何度も読んだのだが、上下にわたる長いfilctionなので創作部分が邪魔をして熱心に読めなかった。(追記(注):ウィテカー・チェンバースの登場に関して裏を取る時間がなかった。1941年は微妙な時期で、FBIに保護されるために協力しているが真剣に取り扱ってもらっていない。また彼の顔と作品中の人物イメージも結びつかなかったのが原因。彼は同性愛的性癖を告白している。)Interviewの方がはるかにわかりやすい。やはり凄い本である。例の日米交渉を突き詰めれば、イギリスの諜報機関がリードしていたと、日米交渉のペテンが暴露されている。お薦めしたい。
またこの新年号の「歴史読本」は真珠湾70周年を特集していて、説得力があった。産経新聞などでも、時々先の戦争を特集している事があるが、まるで中学生の学習発表である、つまり中学生の授業参観に来ている気分になって、あまりの記者の程度の低さに唖然とする。まあ新聞の特集とはその程度のものかもしれないが。

11月28日に怠慢では済ませられない問題だ、と書いているが、70年経っても真珠湾の真実の認知ができない人が多い。はなからするつもりがないのである。「そうかもしれないが、騙されたなんて、カッコ悪くて、認めたくない」という保守の人が圧倒的に多い。「そんなこと今更分かったところで、負けは負け、言い訳はしたくない」という。(罠にはまったこと)を(かっこ悪い)と認識するところがすでに、神経がおかしくなっている証拠だ。罠にはまったのだからと言って被害者面するつもりでもあるのか?罠にはまったから、正義がこちらにあるとでも言うつもりなのか?被害者は常に正しいなる論理をお持ちなのか?そんな下劣な発想が心のどこかにあるから、日本人としての矜持云々と言う詭弁で、70年もの間、真実を求めるための歴史の検証を怠り続けてきたのだ。明らかである。東京裁判の見直しもまた同じだ。はなからするつもりがないのである。「そんなことをしたら、せっかく努力を重ねて勝ち取った、陛下の免責問題をぶり返すことにもなりかねない。藪蛇のようなことはしないほうがいい」という。努力に努力を重ねて口車をあわせた結果、日本人の性根にまで食い込んだ自虐史観、どうするつもりですか?70年が過ぎてもはや日本人とは呼べないような日本人に日本人自身が変質し始めている。原爆を落とされ敗戦したショックから、負けた弱みでオロオロしてどんな目にあうのかと怯えきっていた時期はとうに過ぎた。戦争を堂々と戦っただけである。免責も引責も譴責も、そもそも存在しないのだ。堂々と戦ったように堂々と、行動の経緯、行動の判断、そして捏造ではない真実を解き明かせばいいだけのことだ。藪蛇になどなる訳がない。
まだある。南京虐殺などの捏造に対しても「謝って欲しいのなら謝ってやればいい。相手が謝って欲しいという限り、謝る側には立場的有利、つまり相手に対する強さの威嚇を保持できる」と云う。立場的有利とは、正しく分析すればすなわち、日本人の凶暴さという捏造を単に認めているに過ぎないことがわかるだろう。明らかな汚名である。検証して世界に真実を認めさせなければならない。捏造に過ぎない、と仲間内で認めて納得して喜んでいてもなんの解決にもならない。保守ともあろうものが、自分の汚名でないから、それを晴らそうと、真剣にならないのだ。戦争を戦った英霊の、祖先の、日本の、歴史的名誉の挽回を今しなければ、そして自虐史観の呪縛を今解かなければ、もう永遠に手遅れになってしまう、すなわち日本国を肯定できない日本人まがいの無国籍人が住む(ひとはそれを地球人または世界市民などと呼ぶ)歴史の中にかつて存在したらしい国と成り果てるだろう。
真珠湾70周年、国中がひっくり返るほどマスコミに騒いでもらい、国民に民族的歴史的危機感を喚起してもらいたかった。騒がず、自分のこと以外には無関心の、どうでもいい事勿れ主義、いい加減に止めてもらいたい。

・・・・・追記:2011年12月9日・・・・・
真珠湾に関してアメリカに嵌められたなどとは決して認めたくない、という勘違い保守(実はものすごく多い)に対して追記。
Rooseveltは日本を嵌めようと思って挑発したのではない。戦争をしたかったのだ、しかしアメリカの世論が強く強く反対していた。自分も「あなたたちの息子を戦場に送ることなど絶対にしません」と繰り返し繰り返し約束していた。この二律背反を解決するために実はアメリカ人たちを騙したのだ。日本挑発することは、目的のための手段であって目的ではない。例えば、America First CommitteeLend-Lease Actにも反対した。パール・ハーバーの見直しに関する真摯な態度がむしろアメリカ人に多く見られるのは、Rooseveltの本心をしっていて陰謀に嵌められたことに対してアメリカ人が怒っているからである。アメリカの中枢には、ハル・ノートや偽りの日米交渉さえ全くしらない人たちの方が多かったと言ってもいい。

In a speech in Des Moines, Iowa, Charles A. Lindbergh claimed that the "three most important groups who have been pressing this country toward war are the British, the Jewish and the Roosevelt administration".


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こちらは2011年7月11日の過去記事、タイトルを変えて新しく書き直しました。
Kimmel Family's Appeal
Book Reviews & Letters to the Editors by Tom Kimmel
2001-2002 Correspondence Between Admiral Kimmel's family and the President's office
Pearl Harbor Prior Knowledge: (非常に重い)
Video:Kimmel Family's Appeal to President Bush

田中上奏文(4) Homer Lea

        Homer Lea
上の人物の顔をよく覚えておいていただきたい。田中上奏文はこの男の着眼を誰かが日本消滅を企んで悪利用したものかも知れない。Homer Lea自身、日米開戦の預言者だといわれている。頭の中で未来を先取りし、時代の流れを誘導かつ創造した張本人である。
参照:Homer Lea : The Valor of Ignorance  full text
参照:Homer Lea: : 「日米開戦論」 1909
参照:Who is Homer Lea? A perfect site
ぎょぎょっと、こんなペイジもある:要注意
田中上奏文の前に日本国敵視は既に醸造されていた。シナリオはほぼ同じ着眼。しかし日本側はアメリカにおける彼の影響を随分と軽く受け止めていたようだ。他国に於ける影響力や他国民の心情のシミュレイションが出来なかったのかもしれない。喜ぶだけでなく危機感をもって受け止める必要があった。
参照:大正期における日米未来戦記の系譜
田中上奏文(3)で「それがどうした。何か用か、9日10日」と書いているが、日本側は「日米戦争」(「無知なる勇気」)の内容自体を悪利用される可能性など思いもよらなかった(ただ、面白い読み物のひとつだと受け止めていた)ということが分かるだろう。
参照:高平小五郎
参照:ポーツマス会議直後の「恐日文書」 :(もうひとつリンク
参照:孫文の革命は 東京から始まった
いまさら言われなくとも周知のことだ。辛亥革命達成のために全面協力した日本人は何も宮崎滔天のみではない。ただこの記事で興味を引くのは以下の写真の解説だ。写真の説明は「孫文と宮崎滔天が並んであるく銅像」とあるが、実は「孫文をはさんで反対側にはアメリカ人で孫文の軍事顧問となったホーマー・リーがいる」。ホーマー・リーが極端に小さかったから写らなかっただけなのか。あちら側のホーマー・リーはこちら側の日本人を、孫文をはさんで既に敵対視していたのだろうか。憎悪していたのだろうか。何故だ!
        
        宮崎滔天

こちらが3人揃った貴重な写真と3人に関する記事。
With Homer Lea: Please click

・・・・・以上:2009年7月25日・・・・・
・・・・・追記:2011年1月18日・・・・・
In Japan, a blog page on a popular Japanese website leads to more information about Homer Lea and Miyazaki Toten (see both links below).
Homer Leaの元サイトに上記の文章と共にTel Quel Japanのアドレス・リンクが貼られているのを,偶然に発見した。日本語が読めないので、好意的紹介だが、この元サイトを見るにつけ、宮崎滔天及び物心両面にわたる日本の莫大な援助は何だったのかと思わざるを得ない。歴史家が意味付けをし、史実として世界史に記述を残さねばならない。

・・・・・追記:2011年1月30日・・・・・
どうしたわけかほとんど表面に名前が出ることは無いが、孫文に個人でおそらく最も多大な援助をした、久原房之助氏。孫文支援者の資料に名前が挙がらないのは、何か理由があるのだろうか。歴史はときどき、敢えて健忘症のふりをする。
・・・・・追記:2011年4月19日・・・・・
こういうBlogを発見した。興味ある記事であるが今回は久原房之助氏関連でリンクしてみた。久原房之助の邸宅跡(現在は料亭)に孫文を逃がすためのトンネルがありジョナサン・チョイ氏のリクエストで急遽、そこを訪れることに。←興味ある一文が紛れ込んでいた。
上のBlogは梅屋庄吉氏紹介をメインにしている。初めて知るが、こちらも強烈な孫文支援者であったようだ。そしてこのあたりの日中友好は現日本の政治家も巻き込んで依然として続いている。太いパイプのようだ。
梅屋庄吉をめぐって:Blog1 & Blog 2
Homer Leaとも接触があったのだろうか?
You Tube:「革命をプロデュースした日本人」1時間22分21秒
非常に興味がある。今年は辛亥革命100年、いろんな意味で再検証すべきだろう。
孫文のみならず、当時の中国と日本の関係、及び当時の日本人精神を発見する事もまた必要。

・・・・・追記:2011年4月20日・・・・・
Homer Leaを最初に書物で紹介したのはClare Boothe Luce,このClare Boothe LuceにHomer Leaの存在を教えたのは、あのCharles Willoughbyだった。驚いた。Charles Willoughbyは博学だったわけだ。以下その部分を上のリンクから引用します。
It was a melancholy, stifling night, but in the bright room, one talked, as every visitor in Manila did in those days, lightly enough of possibility of Japanese invasion of the Philippines. " If it comes, where will they strike first?" I asked. Colonel Charles Willoughby drew a deft map of Luzon on the Major's tablecloth. "The main attacks will probably come here, at Lingayen Gulf," he said, making an arrow, " and then here - at Polillo Bight. Ye olde pincer movement." " You're not giving away military secrets?" The officers all laughed. Colonel Willoughby pocketed his pencil. "No," he said. "Just quoting military gospel - according to Homer Lea. " Who is Homer Lea?" The Colonel said, " Thirty three years ago, a strange young man who call himself 'General' Homer Lea, wrote a book about a war to come between America and japan. In it he described, in minutest details the Jap campaigns against the Philippines, Hawaii, Alaska and California." "A sort of the American Nostradamus?" The Colonel said, "Not at all. Homer Lea was neither a mystic nor a prophet. He was a scientist. He studied the science of war - the fundamental laws of which are as those of any other science."
近くにいたのだから、孫文もHomer Leaの見解をWilloughbyと同じように理解していた筈だ。Homer Leaが孫文の近くにいる限り、日本人の膨大な援助とその志は、大きく裏目に出ていたことになる。孫文の近くに張り付いていたHomer Leaの正体に日本人は誰一人気づかなかったのだろうか?

・・・・・追記:2011年4月21日・・・・・
辛亥革命 & 孫文の日本人妻 & ミハイル・ボロディン
辛亥の広場  & 孫文記念館 & Lea’s Final Days
千夜千冊:ホーマー・リーは作家として位置付けられてはいるが、孫文の軍事顧問だったことはここでも見落とされている。

テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

田中上奏文

田中上奏文のことがこのペイジに色々と書かれている。
ここを素通りしてルーズベルトの悪意も東京裁判も何も書けないことは、このペイジからも分かる。「明らかな偽書だから取り合わない」という態度が最悪の結果を引き起こしたのだという認識がまず必要だ。「釈明には及ばない、それほど明らかな過ち矛盾に満ちている」と日本が判断することに何の意味もない。たとえばルーズベルトにそう思わせそう言わせるように、最大の検証・努力を日本側がするべきだったのだ。
http://homepage3.nifty.com/reveal/conspiracy/tokyo.htm
日本側のどの書物を見ても上のペイジの内容が繰り返されている。斯く斯くしかじかでこれは偽書であるということだ。偽書であろうとなかろうと、それが敵対する側の手に渡って最悪のイメージを生み出してしまえば、あとは独り立ちしてとんでもない事態を引き起こすのだ。
http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-44-4.html
田中上奏文に関して、今一番定着している認識は上記アドレスの記事となっている。これで恰も一件落着したかのように扱われているが、このイメージ操作によるその後のダメージの大きさを考えれば、むしろここを出発点として徹底的に歴史を解明しなければならないのだと思う。ソ連がでっち上げたとしたら、その目的は?誰が明らかにトンチンカンな内容を長々と創作したのか?それとも日本に種本があり、そこから着想を得たのか?種本は意図的に盗まれるべく、そこに置かれていたのか?でっち上げにしては、信憑性を得るための工夫が全くなされていないではないか。事実この文書が信憑性を獲得するのは、後々の現実によってであった。
「やっぱり日本人はそんな悪ではない、証明出来てよかった」と日本人がホッとしている場合ではない。既に日本人にさえ刷り込まれ繰り返し利用される「日本帝国主義者・悪魔の片割れ」のイメージを払拭する国を挙げての徹底的な努力こそが必要なのだ。

・・・・・・・・・・・・・・
田中上奏文に関しては、いつかは検証の対象にしなければならないと思っていた。偽文だとしてもこれほど歴史の流れを変え後々の世までひとつの国にマイナスのイメージを押し付けた文書は例を見ない。上にアドレスを置いたこの文章の最後に平成11年9月7日産経新聞朝刊の前田徹氏の記名記事が出ている。「ルーズベルト秘録」の取材班キャップをされた方だ。記事の結論はこうだ。(GPUが25年に日本外務省のスパイを通じて何らかの部内文書を入手した可能性は強いが、田中上奏文は、盗み出した文書を土台に27年に就任した田中義一首相署名の上奏文として仕立て上げたと断定している)
「盗み出した文書」の存在は確認されたようだが「仕立て上げた」部分が全く証明されていない。
今日珍しく長々と、文章の打ち込みをしているのは、実はこの前ふりを書かなければ提出し辛い資料を発見したからだ。前田氏の記事はロマーシュタイン氏からの間接取材になっている。私はここでトロツキーの遺稿とされている取材元を入手しそれを読んだ。日米対立を操作する目的で工作した、とも偽造文書だともかかれていない。ニュアンスが随分違っている。(つづく)

・・・・
上の文は2009年5月10日の文章をBlog Topに移動したものです。

追記:2010年2月23日
田中上奏文(1)をBlog Topに再度移動したため、田中上奏文(2)と離れてしまった。そのため田中上奏文(2)の前半に紹介した「Leon Trotsky : The “Tanaka Memorial”」をここにもリンクしておきます。詳しくは田中上奏文(2)を御覧下さい。

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追記:2010年2月20日
まるで捏造された田中上奏文を連想させるような、フランスの歴史教科書
現代でもまだフランスの歴史教科書に過去の日本人はこの歌詞のように、このポスターのように、捏造されている。国家として抗議すべきではないだろうか。
・・・・
追記:2010年2月23日
参照: フランスの学校教育における「日本」
これを読めば2月20日に紹介した歴史教科書が突出して悪意とペテンに充ちていることが分かる。出典の確認作業をもししていれば、いくらフランス人でも、明らかに捏造に気づき掲載を控える筈の、代物だからだ。(日本人が聴いたことも無い歌詞、見たことも無いポスターをして、日本の学校で歌われた、当時の日本人を鼓舞したとして、現代フランスのテクストに載せる、これほどのペテンがあるだろうか!)

さらなる追記:フランスの歴史教科書に関してある程度のことが判明した。上のリンクの記事にコメントとして後に判明したことを書き込んだので、今一度クリックしてお読みいただきたい。これで謎が解けたと思っている。
日本について本を書いたこの頭の軽いJean Lequiller氏が東京日仏学館の館長だったのは、個人的にとても残念だ。私がその昔に初めてフランス語を学んだのは、同系列の関西日仏学館であったし、その関西日仏学館の(L’inauguration le 27 mai 1936)から50年経った1986年5月には当学館において関西日仏学館50周年記念大Partyを友人のアメリカ人Curtisと二人で企画・準備した、貴重で楽しくまた苦い忘れられない思い出があるからだ。日仏学館にはある種の言ってみれば二重の愛情があるからだ。ただ何故苦い、かといえば、パーティー当日車で京都に向かう途中、事故を起こし、大腿骨複雑骨折、左膝の皿の粉砕骨折、胸部圧迫呼吸困難、さらに頭部の皮膚が7針分割れて血まみれになるという散々な目にあったからだ。Jean Lequiller氏のせいで、こんなことまで生々しく思い出してしまった!

テーマ:大日本帝国 - ジャンル:政治・経済

田中上奏文(3) 関連プロパガンダ映画3本

百歩譲って仮に田中上奏文の原文に近いものが、日本政府内の役人の引き出しにあったとして「それがどうした。何か用か、9日10日」と言う類のものだと私は思う。その扱い、どう膨らますか、公表のタイミングを何時にするか、どの国にするか、どのように利用するか、どの方向で騒ぎ出すか、時間をかけて作戦が練られたものだと思う。仮にうまく紙媒体で公表しても、読むのはインテリだけだ。日本軍凶悪説の世論を世界的に喚起するには、否もっと深読みすれば、開発中の原子爆弾を使用するに際して、良心が痛まないほどに人種的劣等かつ凶悪であると言うところまで仕上げる為に、田中上奏文の利用が検討されたのではないか。残念なことにアメリカのこの刷り込みは、階層を問わず貧富を問わず、他の何国人でもない、多くの日本人にこそ現在もなお、行き渡ってしまっている。従ってプロパガンダ映画として、しっかり分析的に読み取ることの出来る覚醒した方達に、出来たら見て頂きたい。田中上奏文そのものを核として扱っているPropaganga Films3本を今日は丸々お届けします。

Propaganda Film 1
The Battle of China : 1時間4分31秒 : Wikipedia :
参照Blog : 国際金融家:The Battle of China :
参照Blog : 国際金融家:アメリカ軍の戦争犯罪 :
参照You Tube: なぜ南京大虐殺は捏造されたのか? :

Propaganda Film 2
Prelude to War (1943) : 52分21秒 : Wikipedia :

Propaganda Film 3
Blood on the Sun  :1時間31分51秒 : Wikipedia :

特にある種のアジア人の前に出ると、日本人であることにおどおどする人がいるが、そんな人たちはこれらの映画を見て、やっぱり学校で習ってきたこととそっくり同じだと感じるだろう。何かを確信・追認するかもしれない。でもよく考えて欲しい。これは何年ごろのどんな時代の話なのかと。こうも時代が離れているのに、アメリカのプロパガンダ映画自分の頭の中身がしっかり同調しているのは何故なのかと。

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日本を扱った映画で思い出した。1961年に「Bridge to the Sun」と言う映画があった。Gwen Harold Terasakiの1957 の自伝「Bridge to the Sun」をベイスにしている。
参照:Bridge to the Sun
参照:Gwen Harold Terasaki, Author, 84
1980 新潮社から出た柳田邦男の「マリコ」と言う本がベストセラーになった。ご記憶されている方も多いと思われる。マリコは真珠湾攻撃の時ワシントンにいたあの有名な外交官寺崎英成とその妻Gwenの娘である。そして上の映画は彼ら家族の物語だ。
参照:マリコ 1マリコ 2マリコ 3
参照:Tel Quel Japon過去記事:追記の部分にある「ルーズベルトから天皇陛下への親書」の中で寺崎英成とそのアメリカ人の妻Gwenが活躍したのを思い出した。

2009年7月26日:追記
それにしても宣戦布告遅延問題のひとつに挙げられる寺崎英成の送別会、納得できない。日米両国ピリピリものなのに、在米日本大使館だけ、なぜ気が抜けたサイダー状態だったのか。写真を見ても全員催眠術にでもかけられているかのような、緩んだ顔である。FBIに寺崎はマークされていて、いまだ未公開の「寺崎ファイル」なるものがあるらしい。大失態なのに、大問題になっていないのも不思議だ。

テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

田中上奏文(2)

前ペイジに書いた、ハーバート・ロマーシュタイン氏を通した前田徹記者の間接取材により判明した、トロツキーの証言は、Wikipediaにも出ているが「なったというものである」「ほとんど取上げられることはない」等と書かれている。トロツキーの記述そのものを、見た上での記事ではないためだ。Trotsky自身が暗殺された1940年に、自分が15年前に関わった田中上奏文の重要性を思い出し命が狙われる中で意を決して書き記したものを、それではお見せしよう。
3,2,1、これだ!
この直接資料から判断すると産経新聞の「田中上奏文は、盗み出した文書を土台に27年に就任した田中義一首相署名の上奏文として仕立て上げたと断定している」という結論を導くのはかなりの無理がある。Dzerzhinskyが持ち込んだ上奏文そのものにTrotskyは当初幾ばくかの疑念を感じてはいるが、クレムリンに於ける捏造はTrotskyの文章からは微塵も感じられない。
暗殺未遂のあった1940年5月田中上奏文について触れたTrotskyが書いた手紙も付しておこう。
3,2,1、これだ!
I need an investigation of the fate of the document in the American press: the date and the place of the first appearance; the reaction provoked by the document in the press and public opinion; the discussions about its authenticity, etc. I would even need the English text of the document itself.
15年前自分が誰よりも最初に計画したアメリカでの公開が、その後実際何時、どのようになされ、どのような反響を引き起こしたのかを知りたがっている。
参照:Art Blog: Ceci n'est pas une pipe:Trotsky暗殺の記事 
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参照:田中上奏文に関して現在受け入れられている様々な見解をまとめたペイジを紹介しておく。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion07b.htm#_第1章_日本悪玉説のもと、『田中上奏文』_1
参照:田中上奏文とリットン調査団:
http://www.world-reader.ne.jp/renasci/history/okazaki-060120.html
アドレスをアドレス欄に入れて御覧下さい。
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Carl Crowを知るCarl Crowをより良く知る
Carl Crowの手になる田中上奏文 そのⅠ
さらにもう一人の手が加わった田中上奏文 その2
Trotskyが手にしてから、再び思い出すまで15年の年月が流れている。その間もぐら叩きのように顔を出しては、引っ込んでいた上奏文がそれなりの解説と意味を付加され、繰り返されるチャイナ・ハンドのプロパガンダにより恐ろしいまでに成長してしまった過程は、南京大虐殺と呼ばれるものに類似している。むしろ二つの悪のイメージは相乗効果をもって、世界の人々の脳にウイルス的に繁殖してしまった。
その結果が2009年の今日、アメリカでも日本でも中国でもロシアでもない、ヨーロッパで、ドイツで、ドイツ語のエンタテインメントとなってこんな形で表出している。John Rabeが英雄だなんて、全くいい加減にして欲しい。Shame on you! You Producer!
John Rabe1 : John Rabe2 : John Rabe3 : John Rabe4
John Rabe5 : John Rabe6 : John Rabe7
暇つぶしの娯楽映画として見る分には、面白そうなんだけど。困ったものだ!Merde!

追記:2009年5月10日
この映画に関してちょっと日本のBlogを クリックしてみたが、John Rabeは南京のシンドラー様という扱いで、村山談話をお守りのように懐にしのばせる、の図、みたいな、内容ばかりだ。
せめて、こちらを読んでバランスのとれた視点を持ってから(背景を考慮してから)映画を見るべし、映画について書くべし。
参照:桜井よしこ Blog この内容は「諸君」廃刊号の大型座談会に於いても、しっかり発言しておられる。
日中戦争とは単なる日本とシナの戦争ではなく、(見えない部分に於いては)シナを争いの場とした、列強各国総出の、勢いのある日本に対する集団虐待だと言うことを、日本の子供の教科書に明記して教える必要がある。
田中上奏文や南京大虐殺云々は、未だに100%機能している諜報戦によるその虐待の残骸なのだ、と言うことをこのBlogでも少しづつ証明していこうと思っている。
そうすれば、1932年12月8日松岡洋右がジュネーヴでした「十字架上のイエス」の演説が、その演説の本意が、現代の日本人にも理解されるようになるだろう。この演説は当時の国際社会における日本の立場を理解するには最重要の資料だと考えている。私は英文和文両方のFull Textを所持している。長い演説ではあるが、その資料を分析・検討して、その辺りをいつの日か今一度明確にしたいと思っている。
参照:あしたね年表
参照:日本近代史勉強メモ
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記事をまとめるために2009年5月10日の記事をBlogTopに移動したものです。

テーマ:戦争 - ジャンル:政治・経済

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