TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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鄭蘋如的真實2008



鄭蘋茹: wikipedia 鄭蘋茹-2 ラスト・コーション関連

あれこれ探している間に聞き覚えのある名前がでてきた。この記事の中にある「夢顔さんによろしく」に出てきた近衛文隆をハニートラップに陥れるあの女の名前だ。
鄭蘋茹が近衛文隆にベッドの上でことのあと激しく訴えるシーンがあった。Blogに引用したかったが、タイプうちも下手だし、しかも長すぎたので中止したままだ。「日本は孫文やシナのためにあれだけのことをたくさんしてくれたのに、なぜいま日本は中国と戦争しているのか」と。
あれだけのことをたくさんしてあげたのに、何故シナは欧米諸国と結託して日本だけ敵対視し日本だけを攻撃してくるのか」と。そういう視点しかもたなかったので、こういわれて正直言ってぎょっとした。哲学で言う相互主観性というものなのだろう。どうしようもない、もやもやとした気持ちを敢えて残してきた。
この映画の最後の最後で鄭蘋茹の日本人の母親がいうセリフを聞いて、そのもやもやが晴れた。ただここでこのセリフがあるからこそ、この映画は見る価値がある、というわけではない。
この時代の上海、まだまだベールに覆われたままだ。この映画でベイルの2,3枚は剥ぎ取ることができたような気もする。
読者の方々にこの映画の感想など、お聞きできたら、ありがたいのですが。

そもそも何を「あれこれ探していた」のか、というと「東亜同文書院」関連をあれこれと、の最中に偶然このfilmを見つけました。

追記:2016年3月4日

必須参照として
ジェスフィールド76:  その2
CC団
藍衣社
丁黙邨
李士群
戴 笠

ついでの参照として
ハンス・フォン・ゼークト
アレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼン:
SINO GERMAN Cooperation 1937
German Military Mission to China 1927-1938
蒋介石に外国の干渉を導くことを進言したドイツの軍事顧問団 -しばやんの日々 より

そういえば今日の新聞にこの本の広告が出ていました。
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Stalin's Spies


Secrets Of War, Espionage 07
Stalin's Spies 見ごたえ在り 見る価値在り

日本の資料で、手探りで調べ上げたSorgeの働きに関して、ここでは、詳しくしかも秩序立てて明快に語られている。
Stalin's Spiesに関しては、ひとりひとり日本語でのもっと深い研究が必要だろう。
最初はやはりスペインの内乱に関して全く新しい視点からの解明の必要を痛感した。
そのあとは、粛清の凄さに恐怖を覚えた。
日本ではまだスターリンの研究そのものが足りない。手足が竦んでいるのだろうか?
スターリンに繋がる日本人スパイの名前が一切ここでもでてこない。日本史的にはあまり大物過ぎて対象になりえないのかもしれない。その辺に関しては、繰り返すが終戦交渉の仲介をソ連に徹底依存したその条件、その推進人物達を人体を裏返しにするくらいに天下にさらさなければ、なにも解明されない。今頃になってもまだお気の毒な司馬史観の「ちょろり」(シミチョロならぬシバチョロ)で欣喜雀躍している次元では、話にもならない。(何のことかは、お分かりでしょう?)
Espionage云々の日本側の解明は不可能だとしても、ノモンハンの戦史捏造を、そしてその後の影響を少し考えただけでも、イロハのイから日本の近現代史は洗いなおすべきだと、それくらいはわかるだろう。

映像に関する参照-1
Ceci n'est pas une pipe.(by Bruxelles) 過去記事
David Alfaro Siqueiros : Painting

映像に関する参照-2
映画「The Assassination of Trotsky (1972)」 ↓


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追記:2016年2月13日
Stalin's Spies を途中でやめたSpies
Elizabeth Bentley -資料室:
Book Discussion on Clever Girl: Video
Out of Bondage: The Story of Elizabeth Bentley
Elizabeth Bentley & William Remington
Whittaker Chambers : Witness:
彼らの証言によって初めて明らかになった真実も多い
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Rooseveltに会いに行く予定だったMao

面白い記事にたどり着いた。長いのでしっかり全部読んだわけではないが、とにかくこの大切な他人様の記事にリンクを貼らせていただく。すっと全部がしっかり頭に浸透するわけではないが、今まで獲得した情報がビシバシと接合されてゆく。いい加減な記事にはしたくないので、ゆっくり進めるつもりだが、どうなるかはわからない。手ごたえのある読者層が、はたしてあるのかあまり期待できない。経験から言えば全く期待は出来ない。
ブラック・プロパガンダ
Homeには繋がらないし、文字も300%くらいにしてみている。

・・・・・・・・・・・・・・・
上を見つける前にこれを読んでいた。
SACO
これを読んで、この漢字に行き着き、(戴笠 SACO)で検索を繰り返し、上の記事に行き着いたと思う。
この記事も肉親が書いている分、非常に興味が湧く。時間の関係で、まだ全部を読んでいない。
戴笠 wikipedia
China's Mystery Man : 拡大すれば読める。
・・・・・・・・・・・・・・・
戦争ものの記録性の高いYou Tubeを次々と見ていたのだが、Maoに行き着いて、それをとりあえずじっくり見ることにした。が視力の保護のために目を閉じて聞いているうちに、うとうとしてしまった。Jack Serviceが出てきた辺りから、真剣に聞くようになった。アメリカは二股をかけて結局はMaoに利用された事実がなんとなく見えてきた。あまり語り尽くされた部分ではないので、まずそのYou Tubeを下に貼ります。米中関係。ニクソンは別れた昔の恋人とよりを戻すような気持ちで、中国に行ったのでしょうね。米中関係の男女関係のような過去の歴史?初めてじゃなかった、filmで暴かれる両国の過去の深い関係。
Secrets Of War, Deadly Intelligence 01 Mao's Secret
Rooseveltに会いに行く予定だったMao:37分10秒あたり~最後まで

これの後半を聞きながら、同時にMilton Miles SACOで検索を繰り返し、直前の興味深い記事を見つけた。半分寝ていたので、よくは覚えていないが、だいたいそういう手順で、最初の(幻の)記事に行き着いた。
(追記:幻の記事と書いたが、執筆者は内容的にも以下の記事(『正論』平成19年1月号:こちらも非常に内容が濃い)の執筆者と同一人物と思われる。このあたりはこの方の全くの独壇場であることを思い出した。ついでにこの辺りに関するTel Quel Japonの過去記事にもリンクしておく (1) & (2)
理解に不可欠とも思えるので、その他の参照も付け加える。
Creating the OSS: FDR’s Network of Personal Spies
BookTV: Maochun Yu, "OSS in China: Prelude to Cold War"
・・・・・・・・・・・・・・・・

You Tubeやネット上の記事から何を引き出すかは、最終的には、個人に委ねられる。「ゆっくり進めるつもりだが、どうなるかはわからない。」 自分で考える読者にとっては、もうこれで充分だろう。

WW2: Dusko Popov, The Real 007



「歴史通」1月号「日本の真珠湾攻撃情報は007(英)からFBI(米)に伝えられていた」 by 岡部伸(産経新聞ロンドン支局長)について少し調べてみようと思っていたが、なかなか時間が無かった。勿論今もないのだが、お正月でもあることだし、少しだけ触れてみた。
Tel Quel Japonでは、James Bondのモデルとして、William Stephensonについては以前から紹介している。ついこの前紹介した丸谷氏もこちらをJames Bondのモデルとされている。今回の岡部氏の記事によるとモデルはトライシクルことポポフとなっていた。スパイ小説のモデルなのだからいろんな人物が混じっていて当然である。私は007シリーズの映画には一切興味がなくて何も見ていないので、なんとも言いようがないが、一作目の「カジノロワイヤル」に関しては、どうやらトライシクルに似せたスパイ娯楽映画らしい。
参照:Inspirations for James Bond
参照:ドゥシャン・ポポヴ
参照:The Intrepid Life of Sir William Stephenson
参照: Tel Quel Japon過去記事より
William " Intrepid" Stephenson
William " Intrepid" Stephenson(2)

D-Dayに関してはスパイ組織が大活躍したり、非常にややこしい内部駆け引きがあったと以前から知っていたが、日本の敗戦に密着してくる話でもないので、いままでD-Dayを取り出して取り上げることはしていない。
今回は岡部氏の記事をより深く理解していただくために上のYou Tubeを見つけて来たので、貼り付けることにした。
重要要素は全部入っていて、しかも本人も顔出しで登場するので、「歴史通」で読むだけよりも、はるかに立体化した受け止め方が出来ると思う。
新年なので身体に悪影響を与えない、軽めの記事で、ご挨拶いたします。

Cover-200x312-193x300.jpg: counterspy.jpg




・・・・・追記:参照・・・・・・・
double.jpg

Double Cross - the true story of the D-Day spies : Vimeo

米英に通じていた外務省の「スパイ」

正論2016年1月号を読んでいて、ワッと思わず声が出てしまう、嬉しい記事に出会った。
米英に通じていた外務省の「スパイ」 by 丸谷元人
ーここまで丸裸で外交と呼べるのか。今も昔もインテリジェンスに疎すぎる危うさー
タイトルのそばに小さなこの一行がついている。
内容は3種類からなっている。一番最初が勿論一番重要で、この文章の要である。
引用として、文章すべてを書き出したいくらいだが、時間と体力がなくて残念に思う。
前回の文章の続きだが、アメリカにコミンテルンのスパイやイギリスのスパイが入り込んでいたのだから、当然に日本にもいたはずだ。ゾルゲや尾崎がいたのだから、もっといたに違いない。ゾルゲや尾崎やその仲間でさえもうやむやにしているくらいだから、学者の研究からは具体的な役割や名前は今まで出てこなかった(有るにはあったがほとんどあてずっぽうで説得力のあるものは皆無だった)。永遠に出ないと絶望していた。筆者の丸谷元人氏は肩書きに「危機管理コンサルタント」とある。歴史認識とは異なる世界の方だ。だから、この記事が書けたのだとおもう。保守のワンパターンとは全く異なった新鮮な視点・嗅覚を持っておられる。
「外務省のスパイ」は、今回一人だが名前が出てくるのだ。「英国諜報部は、ワシントンの日本大使館、ニューヨークやサンフランシスコの日本領事館の内部に情報源を獲得していた。(1月号P.209)」 この部分の出典は以下の本のP.153と書いてある。Stephensonはもともとカナダ人なので、タイトルにCANADAが出て来るのだ。
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またこの本も出典として登場する。
著者はH. Montgomery Hyde
丸谷氏は「ハワイの地元の新聞では数回にわたって、日本軍がもうすぐハワイを空襲すると伝えていた」、これはTel Quel でも写真を出して伝えたが、このことにも触れられている。もうひとつTel Quelではさんざん触れてきたが反響の全く無かったMKウルトラにも触れられていて、私としては嬉しかった。MKウルトラに無知のままでは、先の戦争も戦争の怖さも語れないと思っているからだ。(MK ULTRAに関する過去記事 Tel Quel Japon & Tel Quel Japon & 詩集「2N世代」

英国工作員に情報を売っていたのは、外務省米国局第一課長、しかし実際に正論の記事を読んで頂きたいので、名前は書かない。これは丸谷氏のお手柄だし、私自身がまだ第一資料で確認したわけではないので、記事を読まれることをまずお勧めしたい。
この記事のP.211にも詳しく書かれているが、大体「開戦の通告が何故遅れたか」について、様々な事情が唱えられてきたが、考えるまでもなく、あまりに馬鹿馬鹿しい説明ばかりだったではないか。理由にもならない理由をいろいろ挙げて、遅れた言い訳として、敢えて汚名を胸に抱きしめてきたのが、日本国なのだ。日本にはアジア侵略や世界征服に血眼になっている軍閥など、敵方数カ国のプロパガンダのなかにしか存在しない、そのことにどうか気づいていただきたい。そのためにはこの内容てんこ盛りの丸谷氏の記事をぜひお読みいただきたい。そして出来るならばこの部分は、Tel Quelの前回の記事「Baker Street Spies in Wartime Washington 」と関連付けて読まれることをお勧めしたい。どちらもよりわかりやすくなるはずだ。

3種類と書いたが、もうひとつは、尖閣や北方領土や竹島の問題を考える際に、そこに至る歴史的工作が、いかなるものであったか、が具体的に書かれている。そして最後のひとつは、「戦後日本を覆いつくした米国や欧米諸国への甘い幻想から目覚め、その支配構造に薄々気づいてみる感性が国家のリーダー層には必要だ」ということが、具体的危機感と共に書かれている。「インテリジェンスに疎すぎる危うさ」は、もう国家の底をつき抜けていて、日本の政治家やブレーン達の頭の集合では、いまさら修復は、全く効かないような気もするが、これからはnever too late、何事にも遅すぎることは無いと信じて、丸裸はやめて、服を着た外交を、まずは考えていただきたい。この声、耳に届けと切に願っている。

参照:外務省の怠慢?

/////////////追記:2015年12月20日/////////////
「インテリジェンスに疎すぎる危うさ」は、もう国家の底をつき抜けていて、と書いたが、そういうのは、やはり比較しなければ、御納得いただけないだろう。たとえばスパイといえば、今でも真っ先に頭に思い浮かべることが出来るのは日本人ならば、川島芳子と明石元二郎ではないだろうか?前者は身分も名前も顔も丸わかりなので、スパイの最低条件すら満たしていない、最初からスパイと言う言葉の誤用でしかない、また後者は、恐ろしいほどの大金を単純にばら撒いたと言う点で、諜報技術や作戦の低さ、つまりコスト・パフォーマンスの低さばかりが浮かび上がる。
それに比べれば、敵側についた日本人スパイは、戦後ぬくぬくとしすぎて、その発掘さえまともに始められていない。
(今回の丸谷氏の記事は極めて例外的で、それゆえに価値がある)
話は飛ぶが「見えない鳥の存在」に英米のスパイ組織でヨーロッパで大活躍した女スパイの実話を取り上げてみたので、リンクを貼ることにした。枢軸側は悪で連合国側は善という大前提があるので、ドイツ人をコテンパンにやっつけた彼女達は、フランスからは大感謝大感激され、大天使扱いだ。前にも書いたと思うが、OSSの女スパイとしては他に有名なところでは、マレーネ・デートリッヒやジョセフィン・ベイカーがいるが、つくづく見てみると、この時代は情報をどう盗るか、どう集めるかまた無事にどう運ぶか、どんなガセ情報を作り出しどうばら撒くか、任務はそこに集中しているように思える。何が言いたいかというと、今はもうそんな時代ではないだろうということだ。武器が変わったよりもはるかに、諜報の仕事の内容も大きな変化を遂げているだろう。想像を絶するはずだ。

参照:見えない鳥の存在:
Les Marguerits Fleriront ce Soir
参照:見えない鳥の存在:
Virginia Hall & other female american spies
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Baker Street Spies in Wartime Washington

Book Discussion on The Irregulars : C-Span
yuudou (163x250)
The Irregulars: Baker Street Spies in Wartime Washington↓You Tube


長年に渡って良く研究しておられる方でも「何故日本は真珠湾に飛んだのだろうか」「どれほどの勝算があったのだろうか」とよくおっしゃる。そして研究しておられる方も全くしておられない方も「勝たない戦争はしてはならない」「戦争など、どんなことがあっても絶対にしてはならない」と口をそろえておっしゃる。挙句にだれが、もちろん(軍部の暴走ということになっているのだが)そういう方向に(戦争に)祖国を突入させたのか? 天皇陛下の御心を無視して、と。そして犯人探しを極悪人探しをすることだけが、半ば昭和史の研究テーマとなっている。違うとはおっしゃるまい。
開戦に到る過程にせよ、真珠湾の真実にせよ、充分資料は出揃っているにもかかわらず、間違を犯したと言う反省に立ち、罪悪感を伴ってしか、歴史を見ることが出来なくなっている。GHQやOSSによる日本占領計画や罪悪感の植え込み洗脳を、知る知らないに関わらずである。

さて、リスニングの苦手な方のために上の本の内容紹介をするに際して、選りすぐったリンクを貼ることにした。
Jonathan Yardley on 'The Irregulars'
The Irregulars: Roald Dahl and the British Spy Ring in Wartime Washington by Jennet Conant:
Amazomのコメント:良くまとまっている。
The Irregulars: Roald Dahl and the British Spy Ring in Wartime Washington
Henry Luce and British Intelligence
Jennet Conantの講演を聴いていてたくさんのことが繋がってきた。前々から怪しいと思っていたJournalistsの名前がたくさん出てきた。もうひとつはアメリカとドイツの戦前の経済交流(アメリカのrichな投資家たちはドイツの企業と深く繋がっていた。そのうち注目すべき企業名もスポンサー名も出せると思う)。モンロー主義ゆえに、ヨーロッパで何があろうと、富者も貧者もアメリカ人の大半はまさか祖国がヨーロッパの戦争に巻き込まれるとは、最後の最後まで思っていなかったと言う事実があるからだ。さらにJannet自身に関しても書いたものをみれば、今後調査の際に再浮上する可能性がある。一言で言うと私にとっては盛りだくさんの内容なので、久しぶりにTel Quel Japonに記事を持ってきた。

何故一冊の本とその著者の講演をここに取り上げたかというと、ルーズベルトの周りには、コミンテルンのスパイのような人物が数百人いたと言われてきたが、それだけでなくワシントンには友好国であるはずの英国のスパイもたくさん侵入していたこと、その事実をこの本によって明白にしたかった。Roald Dahl and the British Spy Ring in Wartime Washingtonの目的はアメリカを戦争に巻きみ英国を助けること。Roald Dahlがワシントンに来るのはPearl Harborの後だが、この組織自体はそもそもアメリカ参戦を呼び込むために、Pearl Harborへの誘導をルーズベルトやチャーチルと共に工作した可能性は高い。
Pearl Harborはアメリカが仕組んだことはCFRのBarbara WaltersTV番組で事実として報道していたが、それにはアメリカだけでなくイギリスも噛んでいたと言うことだ。よく聞けばわかると思うが、そこには勿論DonovanやWilliam Stephensonが、英国側からアメリカに登場して、諜報機関とはいかにあるべきかを最初に教えるのである。
もうお分かりだろう。英国はアメリカをその必要からスパイ目的のターゲットにし、その前段階として英米は日本を諜報活動のターゲットにしていたのだ。コミンテルンの陰謀だけではないと言うこと、それを明らかにするために今回はthe British Spy Ring in Wartime Washingtonを取り上げた。

つまり大日本帝国は、そもそも戦争意思を持って計画的に自ら進んで、真珠湾に飛んだわけではない、主体的にではなく客体的に(四面楚歌の状態で)そう動かざるを得なかったのである。この辺りのことは、ほとんど知られていないが、DonovanやWilliam Stephensonの研究を続けると、彼らが何をしたか、全容はもっと具体的に明らかになるだろう。
・・・・・・・・・・
このような()&()&()の記事を書いている最中にthe British Spy Ring in Wartime Washington に偶然に出くわした。(3)で紹介している本もJennet Conantの作品である。
DonovanやWilliam Stephensonを深く知るには広告とPropagandaとJournalism(Journalists)の歴史にもまた熟知している必要がある。

・・・・・・・・・追記:2015年11月28日・・・・・・・・・
この本の表紙↑に出ているのは、主人公のRoald Dahlである。wikipeiaで見ると、当然のことだが、スパイ活動には、一切触れられてはいない。それだけでもJennet Conantの仕事の価値が理解できると思う。DonovanやWilliam Stephensonにまつわるイギリス人スパイたちの米国に於ける活動を様々な資料を使って炙り出し、興味深い本に纏め上げたのは彼女の功績である。
Roald Dahlが原作者である映画「Charlie and the Chocolate Factory」の一部をYou Tubeで、興味のある方はご覧ください。こんな作品を生み出せる能力があるということは、Jennet Conantの言うようにRoald Dahlはきっと魅力的な人物だったのでしょうね。
尾崎やゾルゲのようにコミンテルンのスパイで祖国を敗戦に誘導する裏切り者と、Roald Dahlのように祖国の勝利のために自分の才能を(彼の場合はその美貌?と社交性を)縦横無尽に発揮する、祖国の英雄、とでは同じスパイでも雲泥の差が有りますけどね。この辺の区別だけはしっかりとおさえておきましょうね。同じイギリスのスパイでもケンブリッジ・ファイブと、全く違うところですね。

・・・・・・・・・追記:2015年11月29日・・・・・・・・・
Jennet Conantの祖父James Bryant Conantを紹介しておきます。↓

以下の一行は少し上のリンク「祖父James Bryant Conant」より抜粋。
Conant served on the Interim Committee that made the decision to use the atomic bomb against Japanese cities without providing warning.

参照:Development of the OSRD
上記リンクから一行引用。
Much of the NDRC's work was completed under strict secrecy, but Roosevelt's decision gave the United States an 18-month head start for employing science in the war effort (see: Report of the National Defense Research Committee for the First Year of Operation, June 1940 - June 1941).
重要なので参照として追加した。この辺のリンクを次々と辿っていくと、Jennet Conantが入手したであろう資料がわんさかと出てくる。DonovanからFDRへ、のタイプ風メモ等々がいくつも出てきて、ついに体力的、時間的な限界が来てしまった。興味のある方はご自分で上のリンクを辿られるとよい。松岡が日米了解案を握りつぶしたから、日米開戦を回避できなかった、といまだに思っている優等生の方達は、腰を抜かして石仏の角で頭を強打して卒倒されませんように。Roosevelt's decision gave the United States an 18-month head start...

Harry Hopkins (1)

スパイは我々の中に・・・ヴェノナファイル
太平洋戦争の末期の対ソ交渉において、鈴木貫太郎首相は「スターリンは西郷隆盛と似ている」と甘ったれたスターリン高評価をしている。首相秘書官の松谷誠・陸軍大佐は「スターリンは人情の機知が有り、日本の国体を破壊しょうとは考えられない。ソ連の民族政策は寛容」などと発言している。これを見てふと思い出した。なんだか次元が違いすぎる。

Herbert Romerstein: 2013年5月7日死亡:
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Book Discussion on The Venona Secrets:
C-Span2 (Oct 25, 2000)by Herbert Romerstein
参照&復習:ヴェノナと現代史再検討 福井義高
・・・・・・・・・
(付録)
知られざる「ハルノート」の真実
VENONA 解読されたソ連の暗号と共産主義スパイ活動

/////追記:2013年10月7日/////
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たとえばTel Quel Japonの読者ならこの人物の名前はすぐにわかると思うのですが。もしピンとこなければ、カテゴリーの諜者必衰をクリックするかこちらの過去記事をご覧ください。
・・・・・
Soviet Union Infiltrated the U.S. Government in the 1930s
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Who Betrayed America? Diana West
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Harry Hopins (left) with Soviet dictator Josef Stalin at a 1943 wartime conference in Tehran, iran.

その他確認されたSoviet Spyたちを少し...
Noel Field
Laurence Duggan
Duncan Lee
Maurice Halperin
Donald Wheeler
Julian Wadleigh

・・・・・2014年1月5日・・・・・
最終2013年10月7日の記事にほんの少し変化を加えて上にあげます。変化とは、付録においていたリンクを一番上にあげ、一番下に写真一枚、他を追加しました。VENONAで判明した人たちは必ずしも共産党に入党していたわけでもないし、枢軸側と敵対するために協力関係にあったという感覚もありえるので微妙です。他国協力という意味で、共産主義拡散者として取り締まるなら、フランクリンやエレノアの名前を真っ先に挙げなければならないでしょう。もちろん原爆開発をはじめ戦闘機などの先端技術の機密売渡しは、自国に与える被害を考えても即極刑に値する売国スパイであります。ワンパターンで思考力が機能せず頭がいかれてとんでもない国に自国を売却しようとした、たとえば一番上に出てくる二人の発言などは、自国破滅誘導者として、とりあえずスパイではないとしても大罪に値します。?ソ連に仲介を依頼するために出そうとした条件を見ると、どうひいきめにみても「自国の売却」ですよ。自ら調べてご確認あれ。
・・・・・2014年1月6日・・・・・
自ら調べてご確認あれ、では不親切だと苦情が来そうだ。タイミングよく「自国の売却」のあらかたの経緯を記した記事が「しばやんの日々」に出た。リンクさせていただくことにする。
政府中枢にいてソ連に忠誠を尽くそうとした...
・・・・・2014年1月8日・・・・・
しばやんはTel Quel Japonを時々のぞきに来てくださっているようなので、ここに追記を書きます。しばやんの記事の中にもBruxellesとしては少し残念なことがあります。書かなくてもわかる人にはわかると思いますがあえてすこし書きます。単なる見解の相違だと思ってくださって結構です。タイトルなんですけどね、...のところが、しばやんの記事では「『軍国主義者』たち」が入っているのです。これじゃ日本は邪悪な国で軍閥が独走して侵略戦争を拡大した、という「学校の教科書」に戻ってしまうんですよね。悪人は全部軍閥、しかも「軍国主義者たち」という言葉がここに出てくるのは「学校の教科書で勉強した成果」にほかならないと思いますよ。それが日本が保有する歴史記述なのだから、そう結論づけるのは、確かに必然ですけどね、ワンパターンの振り出しに戻るだけなんですよね。しばやん、気を悪くしないでね。ワンパターンの振り出しに戻ることだけが、日本では「正解」。そして「安全」しかも「王道」
それとね、WILLの無断不掲載に関してもしばやんには「残念」がありますが「疑問」や「怒り」がないんですよね。これも学校の教科書で勉強した成果として、やはり「残念」が一番妥当な反応だと思います。新しい真実があるなら見たいけれど、どうともわからないものを命がけで引き剥がして見せろ、などという気持ちはまったくない。現代史見直しの真の重要性、必要性をさほど感じていらっしゃらないのだと思います。戦後の学校教育を受けたものの当然の反応です。
それからこれ「こういう史実を追っていくと、われわれには重要な真実が戦後の長きにわたって封印されてきたことを知らざるを得ない。真の戦争犯罪人はソ連のスターリンではなかったか。」の結論部ですけどね、折角の記事も結論が通俗に帰していますよ。もうずっとずっと昔から砕氷船理論もありますし、1950年刊の三田村武夫氏の『大東亜戦争とスターリンの謀略』もありますし、従って長きに渡って封印されてきた重要な真実、ではありません。この結論部はいかにもよそから借りてきたようなとってつけた感じで、本論を活かしきれていないのが残念です。こういう結論に至るにはいまではもっと興味深い多角的な検証があります。たとえば
参照:Stalin's War by Ernst Topitsch
終戦交渉時日本がほとんど売国に近い条件でソ連による仲介にすがり付いていた事実を、スターリンの陰謀につなげるのはゴルフクラブを持ってバッターボックスに立っているようで、論理が結論部で四散してしまってとても残念に思いました。簡単に言うとね『終戦処理案』も『今後の対ソ施策に対する意見』も何もスターリンが裏でしくんで書かせたものではないということです。日本からの再三の極端な好条件の仲介依頼を、(この飛んで火に入る夏の虫的な交渉を)ロシア側は完全無視し続けているでしょう。ロシアを仲介としての終戦ははじめから最後まで日本側の一方的な熱に浮かされた思い入れです。つまりこういうことです。ここから引用します。「(米内は)5月11日、ドイツ降伏直後に宮中で開かれた最高戦争指導会議における対ソ交渉についてソビエトからの援助を引き出すべきだと主張したが、ソビエトを軍事的経済的に利用できる段階ではもはやないと東郷茂徳外相に却下されている。しかし鈴木内閣は結論としてソビエトに対する和平仲介を依頼する方針を決定し、交渉を開始した。」←「軍国主義者たち」ではなく「和平派」と呼ばれる人たちなのです。
雑誌WILLの無断不掲載と同じで、まああなたのこういう結論がギリギリの安全策であることは認めます。でもこれでは何年たっても事実の解明は捏造・隠蔽・虚偽の撒き散らしの前に窒息し続けることになる。多数の覚醒した日本人の、ばかばかしいほどの大きな勇気が必要なのです。

とはいえ私も2年前くらいは、あなたと似たり寄ったり(ソ連仲介依頼の内容に驚愕した度合い)の考えでした。あなたの記事に私が反応するのはそのためだと思います。
参照:対ソ終戦交渉という井戸掘り
参照:World War 2 Manchuria Battle
参照:放置した二つの謎 その後

Harry Hopkins (2)

David Roll - The Hopkins Touch :
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Book Discussion on The Hopkins Touch Jan 4, 2013:
前からおかしいと思っていたHarry L. Hopkins (心の友として2家族はWhite Houseで同居していた)をやるからには、最低Henry Wallace, Henry Morgenthau, Jr.,も、できれば Frank C. Walker,Frank Knox,さらには...と考えるととどまるところがなくなってしまう。改めてソ連のスパイというよりも、Roosvelt政権の性格・体質・歴史における存在意味そのものを 、問い直すことになるだろう。この辺に弁護士や新聞記者、TV司会者、評論家、出版者、大衆心理操作専門心理学者、大企業家や金融資本家たちがどう絡んで、どう動くかを見極めなければならない。そしてロシア革命や、ナチスドイツの台頭にどこから資金が流れて誰が後で糸を引いたか、そこまで見極めるには量が膨大すぎて私の視力(著者自身の講演にダイレクトに当たるのは実は視力保存のための苦肉の策なのだ)ではこの先極めて心もとない。市場獲得を狙う大企業も実は国境は邪魔という意味では、金融と同じなので敵味方を国家や国境と結びつけて考えてはならない。(国家間戦争ではなく利益戦争に同調・雷同した国際企業の名前もかなり判明している)それにしても未開封だった資料が次々に公開され、スパイやプロパガンダ活動の実態が非常に具体的に見えてきたことは、日本にとってはありがたい。東京裁判史観も真珠湾の騙し討ちもすでに不整脈が現れてきた。国体を守るという妄想から東京裁判史観と原爆容認(真珠湾のだましうちと相殺のつもりか?)を両腕に抱きしめたでっち上げの物語を墓場まで持っていこうとするワンパターン保守の人たちには気の毒だが、この二つの虚構はそのうち当然の如く野垂れ死にするだろう。ひとりひとり暴くだけではなく、スパイ活動になぜそこまでのめりこめたのか、生きていたら彼らの口からほとばしり出るであろう新生ロシアへの憧憬・盲信、その理由も引き出してみたい。アメリカの中枢から具体的にスパイ活動者の名前を引き出そうとする以上、日本国についても同様に辛い検証をして人物名を引き出さねばならない。彼らの言い分(即ち「何故か?」)も同時に引っ張り出さなければならない。スパイだ、売国奴だと引きずり下ろし地面に叩きつけるだけでは、新たなfictionへの乗り換えに過ぎない。そんなものを歴史検証とは決して言えないと思うからだ。

・・・・・・・
Harry Hopkins by June Hopkins : Amazom Review
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孫娘が祖父の業績を語る映像
Harry. Hopkins: Quintessential. New. Dealer
No.1 & No.2 :

・・・・・追記:2013年10月8日・・・・・
朝の9時前の時点で、すでに一日分の来訪者を数えた。今回は米国営利組織からの集中アプローチのようだ。
・・・・・・・・・・
ROOSEVELT AND HOPKINS AN INTIMATE HISTORY
BY ROBERT E.SHERWOOD: ↑ Full Text:
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・・・・・・・・・・
・・・・・2014年1月5日・・・・・
最終2013年10月8日の記事を上にあげます。

諜者必衰 ちょっとした復習

昔PCの調子がいい頃焼いた音楽のCDを聞いていたら、最後にこれが入っていた。
John Service by Lynne Joiner (1)
John Service by Lynne Joiner (2)
多分これはDixie Missionを調べる過程で、John Serviceの名が浮上したためにこれを記事にしたのだと記憶している。Lynne Joinerの話をCDで改めて聞いてみて、この話題はVenona, OSS, McCarthy、とともに4点セットあるいはDixie Missionと絡めて5点セットでトータルに理解しなければならないということに気づいた。どんなことでも他と関連のない事項はありえないのだが、この5点セットは一つが欠けると、全体が見えなくなる危険がある。それで過去記事にあたってみたが、Venona, OSS, McCarthyに関してTel Quel Japonは早い時期からたくさん書いている。この関連を一言で言えば「Roosevelt政権の内部はどうもおかしいぞ!」ということから端を発していることに気づく。そしてその究極に日米開戦の鍵が隠されている筈だと考えていたからだ。ここを端折ると70年経っても100年経っても真の日本擁護の着眼は生まれてこない。いつまでたっても、パール判事の見解、マッカーサーの議会証言、Ben Bruce Blakeney弁護人の東京裁判での論述、あるいは日本に協力的だったアジアの国々の、現地ではほとんど忘れられた過去の人物の感謝の言質を取り出して頼る、つまりは歴史解釈の外国依存が永遠に続くばかりだ。勿論日本側の証言がないわけではない。Tel Quel Japonで取り上げたものを少し並べてみると、たとえば市丸少将の手紙東條 英機の遺書過去記事の中に置いた白鳥敏夫が書き残した文章、日本側からの反撃の一流の資料だと言えるだろう。ただこれらは、日本側の自己主張であるばかりではなく、日本の教科書にも取り上げられていない、より正確に言うと日本の愛好家のみに愛され評価されているだけで、日本史的にも世界史的にもほとんど抹殺されている資料でしかない、ということだ。何故か?相手の歴史解釈に切り込んで、それを崩し変容させ、そこから日本擁護を実証する、所謂「切り返し」が今まで一切なされていないためだ。

くどくど書いているが、上の5点セットに次々と新しい資料を追記していって、相手の場所で相手の資料をつかって将来的にその「切り返し」をしていこうと考えている。そのためを考えて今日は5点セットの「ちょっとした復習」を思いついた。Venona、OSS、McCarthy、でblog内検索をするとたくさんの記事が現れると思うが、検索までして復習したくないという方のためにone clickで繋がるようにほんの少しだけ管理人側からリンクを貼っておくことにする。5点セットは出発点または基礎、ですから確実に理解しておいていただきたい。
Harry Hopkins (1)←Venona
The OSS と Ho Chi Minh の連帯:
OSSを牛のように反芻する:
Joseph R. McCarthy (1) (資料):
DIXIE MISSION & SUSUMU OKANO

Operation Snow or Pearl Harbor

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Amazon Book Review & Book Review :
決して新しくも珍しくもないテーマであるが、詳細に検証されている点が今までとは違う。もはや「そう言う人もいるね」「そういう説もあるね」という段階を完全に飛び越えている。
以下Blog記事を二つ紹介します。本を読むこと、著者の講演を聞くことと、そこから何を引き出すかは別次元。読み手、聞き手の体験・知識・力量・関心の度合いなどによって全く異なってくる。
○日本の対米開戦はスターリンの陰謀? 大田述正
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 :
注目の新刊紹介 Operation Snow 紐育番野通信

Tel Quel Japon 重要過去記事
The Final Secret of Pearl Harbor
BBC Documentary: Sacrifice at Pearl Harbor

振り返ってみてTel Quel Japonには真珠湾に関する記述が上記意外にも非常に多いことに気づいた。「戦後レジームからの脱却」という言葉が人気だそうだ。1.東京裁判史観 2.真珠湾の騙し討ち 3.「二度と過ちを...」という広島の石碑(=原爆容認)、これらこそが「戦後レジーム」の見えない骨組みを構成していると思うのだが、ここに来てもそれらを必死に守りこそすれ打ち壊す気など誰にも全くないようだ。どういう事なんだろう。
追記:2013年10月9日:一本だけ見える骨組みがあるのうっかりを忘れていた。4.日本国憲法。従って「戦後レジームからの脱却」というのは、早い話が「日本国憲法破棄」ということ、それゆえに人気が高いのだろう。自民党創設以来の党悲願であったのだから。ただ60年以上グズグズしていたものだから、もはや近づくにも地面に撒菱がぎっしり撒かれている。たとえば、南京、慰安婦、靖国参拝反対(含む分祀論)などなど。日本国憲法改正を阻むものとしてこの撒菱の存在だけが、なにやら巨大化して目に映っているようだ。保守という保守は、年々増加してゆくその撒菱除去の対応におわれて、ヘトヘトである。目に見える骨組みのしかも周りの地面ばかり見ているので、目に見えない骨組みを含めた全体構造=戦後レジーム、が見えなくなっている。しかもこの4本の骨組み、究極的にその中の一本しか崩せない仕組みがあるようなのだ。4本一気に打ち崩さずには「脱却」は不可能にもかかわらずだ。
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わかりにくい文章になってしまった。たとえばの話、この記事の4番目のコメント(Bruxelles記)をご覧ください。こういう引用をしていますー「今さら東京裁判を議論する必要などない。東京裁判がどうだこうだと議論し、東京裁判について騒げば騒ぐほど、その罠に陥ってしまうからである。」ー同意しかねる、とコメントしています。反論はコメントに委ねるとして、今回はここから太字の部分に注目していただきたいと思います。西尾先生がおっしゃる「その罠に陥る」とはどういうことかということです。上の文章に「究極的にその中の一本しか崩せない仕組みがある」と書きました。崩せない仕組みがある=その罠に陥る、でこれが同じことだとご理解いただければ、上の文章も少しはわかりやすくなるのではないかと思います。
少し方向を変えて追記します。西尾先生が「今さら東京裁判を議論する必要などない」などとおっしゃっているのです。私は反論していますが、宮崎正弘氏は同調・雷同して「いまや東京裁判の議論をやめよう」と冒頭タイトルに書かれています。この保守側の言論放棄(暴論)の呼びかけに、他に誰一人驚かず、立ち止まらずーが現状でした。それゆえに、「西尾先生が反論を予想されないわけはない、と思うので、その役目を引き受けたいと思います」などと勝手なことを書かせていただきました。

コメントを頂いたので、上に移動しました。2013年10月13日

OSSを牛のように反芻する

Great Spy Stories - The OSS (1/3)
Great Spy Stories - The OSS (2/3) .
Great Spy Stories - The OSS (3/3) .

OSS 11 films:

Partisans: War in the Balkans 1941 - 1945:
Beacons in the Night: With the OSS and Tito's Partisans in Wartime Yugoslavia:

・・・・・追記:2013年9月28日・・・・・
David Bruce
Spymaster General(今のところ)Donovan決定版
William Donovanの晩年について脳血管性認知症を患ったと書かれているがこういう具体的エピソードがここに書かかれていた。

He imagined he saw the Red Army coming over the 59th Street bridge, into Manhattan, and in one memorable last mission, fled the hospital, wandering down the street in his pajamas.



NSAの巨大監視プログラムについて

NSAの巨大監視プログラムについて
報道かあるのに話題にならない不・思・議
エドワード・スノーデン

なぜこれに突き当たったかというと、この辺りから。
1917年のスパイ活動法
Wilsonの自伝filmを見ていたら焚書のようなシーンが出てきて驚いた。Woodrow Wilsonを調べていたらこういうものが出てきた。
Trading with the Enemy Act of 1917
Unit 4 WWI Espionage Acts
U.S. Espionage Act, 15 June 1917:
Social Studies Project on The Espionage and Sedition acts
That time that Glenn Beck was right

結論はゆっくり出すとして、帰ってきてからこれでも見よう。
Eugene V. Debs - C-SPAN: The Contenders
レッテルを貼られたらお仕舞い。監獄行きかもしれない。えぇ!Blogだけで?
いちゃもんやインネンは何にでもつけられる。

(つづく)

William " Intrepid" Stephenson(2)

Niels Bohr
Intrepidはドイツの監視下からNiels Bohrを脱出させた。Niels Bohrはマンハッタン計画の重要メンバーとなった。「暗号名イントレピッド」早川書房刊にはBohrに脱出方法を指示した鍵に隠されたマイクロドットのメッセージ写真が掲載されている。
上の写真は祖国デンマークで切手になっているノーベル賞物理学者Niels Bohr氏。

Watch Videos
Niels Bohr's Atomic Model :
Short video documentary about Niels Bohr:
Niels Bohr & Werner Heisenberg : Video 58:52
(2012年1月7日 追記:「Niels Bohr & Werner Heisenberg」の約一時間にわたるVideoは非常に切なくまた感動的なものだった。今日あえて書き加えたのは、「暗号名イントレピッド」に書かれた内容がそっくり事実だということがこのVideoでわかるということだ。Bohrsはコペンハーゲンからイギリスの飛行機でまずイギリスに、それからアメリカに逃げる。鍵に隠されたマイクロドットのメッセージ写真ーも間違いのない証拠であることがわかった。Bohrsはしかし、アメリカに救済されたのではなく、 Heisenbergと科学者として対峙するために、ある意味誘拐されたのである。そして、酷な言い方だが、実際科学者として勝利したのは(魂を売り渡したのは)Bohrsの方なのだ。このVideoでは、苦しみぬいて誤解を解こうとするのは Heisenbergであるが、より深く苦しんだのは、Bohrsの方だったのではないかと、これがVideo鑑賞後の私の感想である。)

参考資料:
Timeline of the Nuclear Age
追記参照:The Decision To Use the Atomic Bomb
追記:長崎に落とされたFAT MANはWinston Churchillに由来する名前だと言われているが、アメリカの原爆に何故Churchillに由来する名が付けられ、また誰一人それに問いを投げかけないのだろうか?
Manhattan Project Chronology
(1945年8月15日に至る別次元・別発想のクロニクルにお気づきあれ!)
J. Robert Oppenheimer "Now I am become death..."

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スティーヴンスンは、米国内の外交及び通商機関の内部に手先を入れていた。ひとりの工作員は、交渉のためワシントンにいる栗栖三郎の”平和使節団”の中にいた。栗栖の本当の気持ちはイギリス側から、機密保持のためにBSCとホワイトハウス間の伝書使の役を果たしていた息子のジェイムズを通じて、毎日ローズベルトに報告された...
ー日本との交渉は打ち切りになる。ー
ー軍は二週間以内の行動開始を予期ー


(「暗号名イントレピッド」早川書房刊 昭和53年9月15日初版発行 P.355より引用。なを、この本の著作者名はウィリアム・スティーヴンスン。ローマ字で書くとIntrepidと同姓同名であるがWilliam Stevensonと綴る。全くの別人である。)
上記の二行は11月27日付け、イントレピッドからチャーチルへの打電である。チャーチルが喉から手が出るほど欲した「アメリカの参戦」手形をイントレピッドがチャーチルにプレゼントした瞬間である。

テーマ:戦争 - ジャンル:政治・経済

Tim Weiner Discusses the History of the CIA

Tim Weiner Discusses the History of the CIA

Tim Weiner discusses his new book, Legacy of Ashes: The History of the CIA. The agency's failures have handed us, in the words of President Eisenhower “a legacy of ashes.” Legacy of Ashes is based on more than 50,000 documents, primarily from the archives of the CIA itself, and hundreds of interviews with CIA veterans, including 10 Directors of Central Intelligence. Tim Weiner is a reporter for The New York Times. He has written on American intelligence for 20 years, and won the Pulitzer Prize for his work on secret national security programs. He has traveled to Afghanistan and other nations to investigate CIA covert operations firsthand. This is his third book.

Review: "Legacy of Ashes: The History of the CIA,"
CIA秘録 日本語反響
CIA秘録:日本語Bookreview:
Bookreview English:

Author Tim Weiner, a reporter for the The New York Times, speaks with John Ydstie.
The History of the CIA traces the spy agency's failings back to its founding generation.

Tim Weiner's "history" of the CIA : Blog

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CIA role claim in Kennedy killing :
RFK Video & RFK Documentaries:
British hypnotist shows how an ordinary person can be programmed to kill: Sirhan/RFK parallel
これは後催眠と言われるもので、このFilmを疑う必要はない。1時間程度のFilmだが、CIA云々は別にして、見ておいたほうがいい。これもMKULTRAの残照であろう。
コロンボの中の一話で、この後暗示で妻が夫を射殺するというストーリーが出てきた。また、これはPRの禁じ手なのだが、映像の中に目に留まらない速度で数枚のカットを入れて、それを見たものをコントロールするというマインド・コントロールがある。コロンボではこれを使って、犯人を逆に自白的行為に追い込むという別ストーリーもあった。余談になるが、出だしから犯人がわかるコロンボは推理物ではなく、また憧れのヒーローは常に犯人側なので、探偵ものでもない、どちらかというとコロンボは心理物で、登場人物の設定、犯人への共感、心理把握術の応用、そしてこの上なくカッコいい犯人が人生そのものの罠に陥った被害者として、見苦しくなく紳士淑女的に、風采の上がらないコロンボに「知的闘争の敗北」を認めるところで話が終わる。嘲笑の対象でありがちなイタリア移民のコロンボを主人公とするあのドラマは当時先端の心理学がその隠されたテーマベイスでもあったのだ。テーマ曲ともども、時代を画するTV映画であった。MK ULTRAが暴露され,CIAに批判が集中していく過程で発想され長年にわたり何度も繰り返し再放送されたある意味啓蒙的人気番組でもあった。
他に精神病院に押し込まれて無理やり電気ショック療法を受けさせられる話、チップを埋め込まれる話、ロボトミー手術の話、当時心理学のテクストにも登場したし、実体験の告発本や、それを基にした世界各国の映画など、数え上げればきりがない。

The Real X-Files - America's Psychic Spies - Remote Viewing

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お正月映画を見るつもりで、あんまりまとめたり考えたりしないでご覧ください。
何もかもを関連付けて考えないこと。しかし、とにかく面白い。
Eye Of The Phoenix: Secrets Of The Dollar Bill
The Order of Death
なんでも自由にできる立場なら、いろんなことをしてみたいのが世の常。

/////追記:2012年1月10日/////
何故これを引っ込めてしまったのか、忘れてしまった。とりあえず出しておきます。

OSS & William Donovan 未完

Wild Bill Donovan: The Spymaster Who Created the OSS & Modern American Espionage
Author Douglas Waller discusses "Wild" Bill Donovan and his role in the OSS and modern American espionage, the subject of his new book.
You Tube : William Donovan by Douglas Waller:
2011 National Book Festival:ほぼ内容が同じ講演:
William Donovan by Douglas Waller
両方の講演を聞いた。Donovanには天才William Stephensonという師匠がいたのだが、米国のOSSはDonovanがゼロから一人で構築した。それ以前は世界中を飛び歩くことが可能な、ジャーナリストや大企業の経営者や大スターや、政府高官、海外にいてもおかしくない大作家やスポーツ選手などが情報を収集したり情報を運んだりした。世界中に支店を持つ大企業が国家に癒着するのは、その立場上可能な情報収集力にある。その力関係は対等でほとんど共通利害を目的とした同盟に近い。また新聞記者は情報収集という仕事の性質上一番諜報活動がしやすい立場にあり、時として仕事がそのままスパイ活動になり得たので、優秀なスパイに新聞社特派員という身分のものが多い。また情報収集のみならず、偽情報拡散という観点からもマスコミは世論誘導のPropagandaに力を発揮する先端実行部隊となりうる。{戦時のPropaganda=平和時のPRである。非常に高度な技術による心理学的大衆操作である。ここでもういちどEdward Bernaysの名前をご記憶願いたい。104歳まで生きた彼は、1910年代後半から1990年代前半までその影響力を発揮し続けた。}
Douglas Waller:William Donovan Q & A
・・・・・・・
William Donovan1 &
The Office of Strategic Services Psychological Selection Program:
OSS DocumentsOSS Links :
・・・・・・・
William Donovan と William Stephenson 過去記事
Tel Quel japon過去記事
William Donovan, William Stephenson, Allen Dulles, Kim Philbyなどがモデルとして登場する映画があった。
○TrumanはDonovanとは相性が悪く、OSSを解体してしまう。(RooseveltとDonovanは同窓生で学生時代からの知り合いであった)DonovanはOSSを引き継いだCIAの長官としても活躍したかったのだが。Allen Dullesをはじめ後にCIA長官として活躍する人材の中にはDonovanの下でOSSでの活動を通して成長した人材が多い。

・・・・・以上は2011年11月9日入稿・・・・・
・・・・・以下は2011年12月21日追記・・・・・
Title: Wild Bill Donovan, Spymaster:Video
Speaker: Douglas Waller
Event Date: 2011/24/02
Running Time: 61 minutes
一番上のYou Tubeと内容が同じと聞いている途中でわかった。こちらはTranscriptがあるので、ダブってしまったが消さないでおく。Donovanそのものが、かなりマークされていたことがわかる。開拓者には敵対者も多い。予想外の話も聞ける。自白薬の話はよく聞くが、その開発には成功していたようだ。背景はかなり興味があるので、人名などをさらに調査をしてから追記するつもりでいる。

・・・・・追記:2011年12月24日・・・・・
OSS,Donovanが考えた心理作戦の一部。
Marlene Dietrich
Josephine Baker
OPERATION SAUERKRAUT

The League of Lonely War Women
東京ローズの放送なのだけれど、どう考えても内容が、日本人の発想ではないように思っていた。これをみれば、発想がこのThe League of Lonely War Womenにそっくり、つまりあれは、OSSの発想だったのだということがわかる。従って東京ローズに関しては、この本が一番真実に近いのではないだろうか。。
東京ローズ残酷物語:五島勉


いま講演をちらりと再度見たが、ここに出てくるヒットラーのヒゲが落ちたり声がソプラノになったりする女性化ホルモンのOSSの研究開発はDouglas Wallerの話にも出てくる。

The OSS:より詳しい。いろんな人名が出てくる。
Mr. O'Donnell talked about his book, Operatives, Spies, and Saboteurs: The Unknown Story of the Men and Women of World War II's OSS. 資料というより人物取材に基づいている。聴衆のほとんどがOSS, CIAで活躍した人たち。講演場所は国際スパイミュージアム。そのサイトはこちら。少なからず驚いた。

・・・・・追記:2011年12月25日・・・・・
Douglas Wallerの講演を聞いていると、Donovanが所謂従来の諜報にプラスして自白薬や超小型隠しカメラ、消音ピストル、そのほかOO7を彷彿させるスパイ道具を開発する(注:発明家Stanley Lovellの協力、この人物は沢山特許をすでに持っていた有名人だったらしい。特許と言えば、007のモデルと言われるイギリスの金持ちスパイWilliam Stephensonは、生まれて後に母親に捨てられるという貧しい悲惨な生い立ちをしている。では何故、個人で諜報機関を立ち上げるほどの超大金持ちになったかというと、特許のお金がザクザクと入り続けたからだ。William Stephensonの特許関連で、Stanley Lovellと知り合ったのだろう)などの特異な発想が出来たことに加え、Edward BernaysにはPropagandaを最大限に活用する方法を教えられたのだろう。それだけではない、Edward BernaysはPRの元祖というだけあって、企業とタイアップして、Give & Takeする関係を構築する方法をスパイ活動に取り入れることも教えたに違いない。イーストマン・コダックやパンナムの名前も出てきた。この場合大企業から協力提供される金額や便宜は、政府と大企業の癒着とはその性質が違う。

今まで書いた限りではOSS(→CIA)も、大して恐ろしいところには見えないかもしれないが、実は日本人の発想では決して浮かばないことを平気で行う機関なのだ。(すでにいくつか書いてきた)
最近このような資料を見つけた。時間が無い場合は赤字のところだけでも見ていただきたい。この情報の信憑性は未確認だが、もし仮にそうだとしたら、この時すでに原爆を使って日本列島に人工地震を起こすという発想があったということだ。この情報どうも気になる。
過去にJames Forrestalを書いたときに一応紹介したが、実はOSS→CIAは40年代か60年代にかけて、今でも日本人には信じられていない多くのことを実行してきた。日本では本気には受け止められていないが、既に事実関係は認められている。そう言えば、噂に聞いた、ということばかりであるが、残念ながら真剣には受け止められないできた。今回改めて書き出してみた。考えてみればアメリカは原爆を落とす国である。しかも2回。例えばケネディー暗殺内部犯行説は繰り返して話題になるが、日本人で信じている人は少ないだろう。しかし原爆を考えれば、充分ありえる、真珠湾の陰謀を考えれば充分ありえる。後に「日本経済を壊滅せよ」に追記するつもりでいるが、日本経済は真珠湾前にすでにほぼ壊滅しているのだ。何故アメリカ相手に開戦したのか、などという疑問は吹き飛んでしまうはずだ。
もちろんアメリカ人にも良心的な人間は多い。しかし帝国主義の時代を背景に歴史の流れを考慮し、国家をひとつの生き物として見た場合、列強には抑えがたい拡張のリビドーが沸騰している、その中で戦うとは、殺戮することであり相手の領土を焼き払うことである、それこそが兵隊の任務である。そのために武器を持つのだ。凶器を開発するのだ。兵隊の使命は御国のために命を捨てるその精神に宿るのではなく、御国のために一人でも多くの敵の命を、多くの資源を、多くの領土を奪い尽くすために、殺戮に向かうことだ。戦争がどこから見ても悪であり残酷であり、人道に反するのは、、自らの命を散らさねばならない、ということよりもむしろ、友達にさえ成り得たかもしれない相手を殺戮せねばならないところにあるのだ。

話がDonovanからそれてしまった。今までと少しトーンが変わってしまったのは、日本人と西洋人の発想、認識の根本的差異に気づいたからだ。フランスの歴史教科書にあるこの日本の歌とされるもの、この日本のイラストとされるものに関して、ひと目で間違いだと分かるのに、ほとんどの外国人はまた日本人の中にも、なんの違和感も感じない人たちがいることに気づいたのだ。

地の果て、星が輝き木の下でライオンが吼える、遠い砂漠に、我々の血で染め上げた日の丸を打ち立てよう。ヒマラヤの麓に流れるガンジス川のワニをつかみ出そう。ロンドンの空高く、鯉のぼりをたなびかせよう。明日モスクワと雪に覆われたシベリヤは、我々のものになるだろう。孫たちは私たちのために、ギャングたちを追い払ったシカゴに記念碑を建てるだろう。私たちが死に赴く日が来たとき、死への不安と戦おう。


日本人はSAMURAIにもこのイラストにあるようなおどろおどろしい、残忍で好戦的なイメージは持たない。むしろ非常に物静かで禁欲的なイメージがある。この日本人が歌ったという歌詞にしても、当時誰一人としてこのような侵略主義者的な思考は持ち得なかっただろうし、軍人にしてもこのような世界侵略思想は想像を絶するものだった筈だ。日本人は他利的に説明が出来なければ、自分の欲望さえ実行に移せないところがある。義によって行動したい民族なのだ。「我々の血で染め上げた日の丸」そのような歌は死んでも歌わない。そもそも何故「血のついた日の丸」を歌詞に入れなければならないのか、有り得ない。発想がありえないのだ。しかし西洋人に言わせると、この歌詞を日本人が歌っていたとしてなんの違和感もないらしい。日本国を侵略国家だと思っているからだろう。逆に言えば、日本はイメージとしてそういう誤解を受けているということだ。
そこで正論2012年新年号の中西輝政氏の文章、日本民族のFinest Hoursに出会った。時は1943年10月日21日、場所は雨降りしきる神宮外苑競技場、「出陣学徒壮行会」。「海ゆかば」の合唱で式が終了する。歌詞を書く必要もあるまいが、おおきみのヘにこそ死なめ、という「御国を守るために自ら死を覚悟する」決意を歌唱するのだ。おそらく西洋人からみれば、想像を絶する出陣シーンであろう。有り得ないシーンであろう。戦意が感じられない。兵隊の使命は御国のために命を捨てるその精神に宿るのではなく、御国のために一人でも多くの敵の命を、多くの資源を、多くの領土を奪い尽くすために、殺戮に向かうことだ、からだ。それでなければ、戦争には勝てない。これでは勝つ意思も感じられない、と思うだろう。

この発想のギャップに思い至って初めて、何故OSSやCIAの実際の行為がほとんど興味を持たれることもなく、驚かれることもなく、信じられることもなく、真剣に検証されることもなく日本では放置されたのだということが分かった。よほどのスパイマニアでなければ、発想の差異が邪魔をして、OSSやCIAのオペレイションが余りにも突飛に見えて現実味が感じられなくなるのだろう、という結論に達した。ドノバンと言ってもそもそも日本人には、昔そんな歌手がいたなと、そういう記憶がまっさきに思い起こされるだろうが、OSSの内容とすぐにリンクして思い出す人はおそらく少ないだろう。

最後に言わずもがなの蛇足であるが、中西輝政氏の「民族の栄光」としての戦争、に対する心象は突然抒情的感情に流されているきらいがある。家族を亡くし友人を亡くし家を焼かれ集落を壊滅させられ、衣服や食料に不自由し、生活の苦渋と自己犠牲を強いられ、その上に覆いかぶさる不幸のなかで、仮に連帯感の高まりがあったとしても恐怖と絶望を生きた昭和の大人たちに、昭和18年からの2年間を「日本の最良のとき(ファイネスト・アワーズ)」と断言するのはあまりにも嗜好の独善的陶酔に浸りすぎてはいないか。近づいてくる衰退や崇高で愛あるものの死の匂いに、精神の高貴さを感じることはあっても、そこから国家は蘇生しないし、その発想ではFighting Spiritは決して立ち現れない。戦争は戦略と武器のない単なる抒情では第一勝てない。思考の中に「勝利」が完全欠落している。戦争は文学ではない。後に生まれた後続の者が体験しないあの2年間を「日本の最良の時」などと、どうして言えるのだろうか?



Herbert Norman

Herbert Norman

In 1950, Lester Pearson, then Secretary of State for External Affairs, visited Japan at a time when the Cold War atmosphere was distinctly chilly and Norman was facing U.S. Congressional allegations of being a communist and even a spy on behalf of an enemy power. Norman, a long-time friend of Pearson, is shown here greeting his "boss" at the airport in Tokyo.

レスター・ピアソンは長い間、カナダのディーン・アチソンであり、あるアメリカ下院議員が後に指摘したように、ハーバート・ノーマンの件はカナダのアルジャー・ヒス事件になっていたかも知れなかった。ノーマンは、アルジャー・ヒスがアチソンに守られていたように、そのキャリアを通してピアソンの保護下にあった。またピアソンは、アチソンと同じように、最後まで彼の共産主義の信条で結ばれた補佐官に「背を向ける」ことを拒否した。
成甲書房刊「国防長官はなぜ死んだのかーフォレスタル怪死と戦後体制の大虚構」コーネル・シンプソン著、P.239より 上の写真の解説として。


E. Herbert Norman: Wikipedia
E. H. Norman Digital Archive:
Norman's assessment of Gen. Douglas MacArthur's address to the U.S. Congress on April 19, 1951
H.Norman : Communism:

while he was induced to review several books for Amerasia, Pacific Affairs, and Far Eastern Survey, he did not find much time for any other subjects. It is apparent he attended several gathering, described in the correspondence of Shigeto Tsuru as S.G. 3 (Study Group No. 3)....
In 1938, NORMAN became a research associate with the Institute of Pacific Relations. ...


In pursuit of Norman
RCMP Report on Egerton Herbert NORMAN
Canadian ambassador jumps to his death April 4, 1957 :Norman死亡Newsを聞く。

Herbert Normanは日本では、どのような扱いを受けているのだろうか。日本語資料リンク ( 見事にバラバラである)
No.1 & No.2 & No.3 & No..4 & No.5 & No.6 :
No.7 & No.8 & No.9 & No.10
ノーマン第二のゾルゲ説というのが中に登場していたが、評価の分かれかた等、そっくりだ。一人は日本を敗戦に導き、もう一人はその敗戦を永遠にした。単純明快なのだけれど。
この記事をカテゴリー(Photo)のところに入れておいたが、思い切って今日(諜者必衰)のカテゴリーに入れ替える事にした。立場を明確にしたかったからだ。暗殺されるのはなにもForrestalのような強い反共主義者だけではない。知りすぎて疑われ口を割りそうな共産主義者側のスパイもまた、容赦なく消される運命にある。Normanは自宅のそばの9階建てのビルの屋上から、なんと後ろ向きに歩いて転落死するという「自殺」を遂げている。それにしてもNormanはどのようなポジションにいた、どの程度の大物?なのだろうか。面白い写真を4枚以下に掲載する。写真解説はNorman研究家である貴方の手に委ねてみたい。(追記:こんな書き方をしているが、そんな「あなた」がいてほしいという切実な願いだ)

Yoshida
左端がNorman、中央はご存知吉田茂である。重要なポイントだ。

Norman 5
エジプトのカイロで変死したNormanの死を悼んで、日本では追悼の会が開かれた。日本史の中でどのように扱われているかが、被写体の顔を見ればよくわかる筈の図だ。歴史とはこのようなものなのだろうか。

Memorial Sign
Among those signing the memorial scroll were (from the right) Iwamura Shinobu, Matsukata Saburo, Maruyama Masao, Iwanami Yujiro, (写真が途切れているが実際はYoshino Genzaburo, and Okubo Genjiらの名前もある)。各人をチェックすると、日本ではNormanは決してスパイとは認定されないと思えてきた。なるほど、日本史はそう流れてきて既に事実としてそうなっているのだ。
Lester Pearsonが首相を経験していて、その上ノーベル平和賞を受賞していることも加味するとたとえばNo.7の説はNormanに関しては、すべて既に明かされた事実なのだが、どう考えても機能するには障害がありすぎるだろう)

Norman Occupation
General Douglas MacArthur ,Norman, and Lt-Gen. R. L. Eichelberger, US 8th army
・・・・・・・・・
追記:2010年4月3日(上記は2009年8月21日の原稿です)
○E. Herbert Norman, Norman Writes About Joining the Communist Party, March 3, 1937(兄への手紙で、ケンブリッジで共産党に入党したことを告げている)直接のきっかけはピカソと同じで、やはりスペイン内乱。
Norman’s Suicide Notes
Newspaper or Magazine Articles about Herbert Norman
・・・・・・・・・・
追記:2010年4月8日
工藤美代子著「悲劇の外交官 ハーバート・ノーマンの生涯」1991年岩波書店刊、を読んでいる。どのような立場から書いているかは、出版社からも推察できると思うが、労力を惜しまない力作の名著であった。登場すべき人物はすべて登場しているので、ここで内容に触れる時間は無いが、意外と思われたことだけを少し書いてみたい。ひとつは1946年頃しばらくの間ノーマンは三笠宮の英語の家庭教師をしていたと言う事実である。もうひとつ、ノーマン夫妻は1948,49年頃朝吹常吉一家の軽井沢の別荘を借りていた、そして家族ぐるみの付き合いをしていた、ということで、これに関しては朝吹登水子の証言もある。ノーマンはさすがにというか、意外にというか、日本語資料は驚くほど多い。近衛の自殺の引き金を引いたのは周知の事実だが、それはこの書でも、確認できる。石垣綾子との交流からはオーウェン・ラティモアを連想させるが、頭脳明晰で知識人からの圧倒的支持と尊敬を受けているところは、どうしてもアルジャー・ヒスと重なってくる。あるいは、キム・フィルビーか。3人とも知性が匂う紳士であることに間違いは無い。私的結論としては、この人もやはりファシズムvsコミュニズムで思考していたのだと思う。このパラダイムの崩壊が、彼の自殺の原因だと思う。もしそうでないとしたら、残るは他殺しか思い浮かばない。
もう一冊「汚名ーアルジャー・ヒス回想録」1993年晶文社刊を同時に読んでいる。こちらは本人が書いているので、ニクソンとフーヴァーとチェンバースが3人の悪党と言うことになっている。目新しくかつ意外だったのは、刑務所生活をくどくどだらだらと一章を設けて書き記していることだ。
参照:The Alger Hiss Story :
不謹慎かもしれないが上の三人のいずれかを主人公にした映画を見てみたい。誰のものが一番優れた映画に出来上がるのだろう。結果が明らかで描きやすいという意味では、キム・フィルビー、一番の大物としてはアルジャー・ヒス、戦後日本への影響を考察するにはハーバート・ノーマン。その前により深い歴史的解明と解釈が必要だが。監督と脚本家がどう扱うかを見てみたいのだ。

上の記事の最終入稿は2010年4月8日
・・・・・追記:2011年5月22日・・・・・
(一番上の写真でノーマンと握手している)Lester B. Pearsonの亡くなる2か月前のinterviewを見つけた。
Lester B. Pearson reflects on a life in politics
元気そうな声をしている。何かの参考になればと思う。イギリスの陰に隠れてカナダという国の第二次世界大戦中の行動は見えにくいが、少しでも光を当てる必要がある。最大にして最強のスパイと言われるWilliam Stephensonも何を隠そうカナダ人であった。
参照:Tel Quel Japon 1 & Tel Quel Japon 2
Lester B. PearsonのYou Tubeを3本見つけた。
Lester B. Pearson:
You Tube1 & You Tube2 & You Tube3
Herbert Norman はこのような驚くほどの大物とタッグを組める大人物だったわけだ。Herbert Norman の働きを解明できたとは言い難いが、日本史の中のノーマンに外から光を当てるという意味では、新しい視点を二人のつながりから世界史の中で獲得できたように思える。研究者たちのさらなる深い研究を待ちたい。

LesterとHerbertは生い立ちにも共通性があり、お互い理解しあえていたのだろう。Wikipediaの以下の二行もまた、妙に気になる。
During the Second World War, he once served as a courier with the codename "Mike." He went on to become the first director of Signal Intelligence.
また何故Normanがエジプトにいたのかに関しては、タイミングを考えると、これは明らかにLesterがNormanをかくまうために、あるいはいたわるために力を発揮した結果であろう。

追記:2011年7月3日
とりあえず、資料を置いておきます。
Norman 日本語
ノーマンの命日に

Lester Pearson, Illuminati Tool:話が変わってくる
Norman’s Assessment of His Duties in Japan
FBI Memo About Lester Pearson
初めて聞くことだが、あのElisabeth Bentleyの証言にLester Pearsonの名が挙がっていたのだ!

追記:2011年7月12日
Elizabeth Bentley & Lester Pearson
FBI Files On Communist Lester Pearson
Canadian Prime Minister Was 'Red' Spy
Lester Pearson a Communist Spy?
SPY CASES - UNITED STATES Elizabeth Bentley
Elizabeth Bentley
追記:2012年7月22日
Elizabeth Bentley & Lester Pearson:

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VENONAに関して(1):Vasili Mitrokhin 未完

ミトロキン文書
ミトロキン文書IIが曝露

Venonaに関して(1):Vasili Mitrokhin
Vasili Mitrokhin was a KGB archivist

“Stalin was even better informed about his allies at Yalta than he had been at Tehran. All of the Cambridge Five, no longer suspected of being double agents, provided a regular flow of classified intelligence of Foreign Office documents in the run-up to the conference.”
— Vasili Mitrokhin

Yalta Conference 別の目で

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Fritz Kolbe & ヨハンセン・グループ

Fritz Kolbe (September 25, 1900 - February 16, 1971)
〇 The Independent
London, Saturday, September 25, 2004
〇 The Beginning of the Fritz Kolbe Story, 1900 - 1943
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 & No.5 
・・・・・・・・・・
 
参照:Tel Quel Japon 過去記事 Hitler暗殺計画

//////////////追記:2011年3月2日/////////////

ヨハンセン・グループを迂闊に調べていると、随分おどろおどろしいblogに突き当たる。ガセネタときめつけるわけにもいかないので、推論を並べ立てたものを排除する。以下のふたつは無難な入り口。
ヨハンセン・グループ 1ヨハンセン・グループ 2

なぜヨハンセン・グループを思い出したかと言えば最近の、西尾幹二先生のこの記事を読んだ人が単純に(日本を売った佐藤栄作)と早合点しないかと思ったからだ。意外とそのまんま、反応する人も多い。およそ40年前がどんな時代だったかを思うと、まだ日本は日米関係に於いて終戦工作の延長線上にあり、へらへら腰の抜けた妾国家として、アメリカ様にもそしてなりより日本自身を含めたアジア諸国の世界市民様にも、首に輪をかけて振り回されている最中のような体たらくだった。売ったというより、敗戦処理を誤ったために、敗戦の度合いが延々と深まっていた、政治的にはその一番深みに嵌ろうとしていた時代だった。ノーベル賞が欲しくてと言うよりも、そう思われないために、それなりの努力はしたのではないだろうか。(ただあれ以来、ノーベル平和賞など、誰が貰おうと日本人は一切関心がなくなったのは確かだ)
売国や裏切りという言葉が意味をなすとしたら、あの戦争中の反戦活動、密かな終戦工作、ポツダム宣言受諾の敗北容認だったのではないだろうか。それが現世からみて、正しいか間違っているかは別として。あの戦争に関して、日本人の善悪の判断、いい者悪者の判断に、だいたい基準がなさ過ぎるのだ。
OSSの「日本計画」によると、罪悪感を植え付ける一方アメリカは、究極の平和を愛する反省国家という服を無理矢理に着せて復興を支援した。佐藤内閣の非核三原則は明らかにそれに繋がっていく流れである。つまり大筋で行くと、むしろ平和国家日本のイメージ促進として肯定しなければならないのではないだろうか。肯定も否定も紙一重なのだ。日本は生き延びるために一切の抗弁をせず自立を諦め、だまって理想的平和国家として「(常に無抵抗でマゾヒスチックな)平和」というjoker(日本語で言うところのババ)を掴まされたままなのだから。

その意味からも西尾幹二先生のこの記事の千葉県のST生氏のコメントはまだ「驚き桃の木」の段階で確証があるものではないにしても、時を遡って「もしも」を考えると、返す返すもったいないと感じさせる話ではある。

・・・・・追記:2011年3月5日・・・・・
千葉県のST生氏に対して、真実には程遠いという水戸のRO生氏からの反論があったようだ。原子爆弾の開発には、アメリカ人の諜報部員が多数様々な活動をしていたのは、今までにも見てきた。日本に於いては、開発に着手したかもしれないが、手が出なくて早々に打ち切られた、と見るのが正解のようだ。実験段階にも達しなかったとしても、もしあのまま開発を続けていれば、というお言葉は、お気持ちとしては当然で、この部分は肯定してもいいのではないだろうか。オープンにはできなかった発言であることも時代を考えれば、納得できる。

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R. Bruce Craig : Treasonable Doubt : Harry Dexter White Spy Case

Harry Dexter Whiteを再度調べようとしてR. Bruce Craig を思い出した。これはR. Bruce Craig がHarry Dexter White を扱った書物の書評。
R. Bruce Craig : Treasonable Doubt
参照 : Treasonable Doubt : Treasonable Doubt :
参照 : R. Bruce Craig
参照 : Harry Dexter White : White & White & White
今回のこのペイジはHarry Dexter White より歴史家のR. Bruce Craigを重要人物として思い出してみた。
参照 : R. Bruce Craig 
Tel Quel Japon過去記事: Whittaker Chambers:Witness
何故R. Bruce Craigの名をよく覚えていたかというと、上の過去記事でもリンクしているが、Videoに登場するR. Bruce Craigが思いのほか若くて非常にハンサムだったこと、しかも一人でアルジャー・ヒスやデクスター・ホワイトを弁護していることに大変驚いた覚えがあるからだ。予想外の発言で前回は触れなかったが今回もう一度聴いてみた。(1)こちらをクリック(2)左にあるBruce Craig, historian Watch 1 hr. 55 minsの中のWatchをクリック(3)すると1時間55分もの興味ある番組が始まる。Bruce Craigは37,8分経過あたりから登場する。
前回は吃驚しただけで無視したが、今回改めて番組全体を聞いてみて、なかなか真っ当な事を言っていると思った。Harry Dexter White が日本であまりに有名なので、ハル・ノートの連想が働いて、既にある偏見に押されて、背景となる時代や人間性やそれなりにある良心に触れようとはしなかったからかもしれない。
妙な死に方をするのはソ連のスパイの特徴だ。それに関してはR. Bruce Craigがいくら頑張っても容疑は晴れない。

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Anthony Blunt

Anthony Blunt
Anthony Blunt File : No.1
1979: Blunt revealed as 'fourth man' :16 November 1979 BBC News驚きの本人告白!
(追記)日本語読み物としては「スパイの世界史」海野弘著 2003年11月15日、文藝春秋社刊P.283~P.296も興味深い。

Anthony Blunt : No.2
追記:2009年10月7日
Anthony Blunt 回想録 
・・・・・・・・・・・
2009年7月3日:追記
The Cambridge spy ring BBC
2009年7月13日:追記
John Cairncross was revealed to be the "fifth man" in the Cambridge spy ring
John Cairncross (ジョン・ケアンクロス)
Cambridge Fiveの5番目発覚
: BBC Film:
追記:2009年10月7日 
参照:HODGE’S PARROT 日本語
・・・・・・・・・・・・・・
2009年10月26日:追記
The Cambridge Spy Ringが存在した
納得の出来る背景

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Charles A. Willoughby (3) G2

この辺りのことはまだこれからだ。どの方向に目の位置を決めるかも、まだ未定だ。先入観を持ちたくない。ただ「Willoughby回想録」をすでに読んでいるので、G2に関してはよく分かる。今日はG2に関連のある資料をとりあえず置くに留める。
キャノン機関
鹿地事件
G2とWilloughbyの評価が分かれるところ。
///////////
Charles Willoughby再登場:
興味深い経歴の人物だ。まだ日本ではあまり知られていないが、Charles WilloughbyはThe Kennedy Assassinationに深く関わっていると言う説がある。それらしい行動をしているし、それらしいポジションに関与している。この辺りは複雑すぎて当分は書けない。
Charles Willoughby 2
Charles Willoughby 3

He was probably correct in spotting Herbert Norman and Agnes Smedley as Soviet agents.


Charles Willoughby 4

General Willoughby, in addition to his military credentials also authored the book "The Shanghai Conspiracy." The 1952 book, is a controversial [at least at the time] look at Richard Sorge a Soviet spy, who practically singlehandedly saved Russia from at least two nightmarish situations in World War 2. One, he ostensibly provided the Soviet's with advance warning of the Japanese attack on Pearl Harbor with the all important addendum that Soviet Far East installations would not be attacked, and Two, that Hitler's army would invade Russia practically on the day that the invasion took place on June 22, 1941, when Hitler's armies did indeed march across the border into what would become infamous as "The Russian Front." What makes The Shanghai Conspiracy more than a book about the exploits of Richard Sorge, is the fact that Willoughby had submitted a report on the Sorge Spy Ring during World War 2(no, later: Bruxelles) and more importantly, that after the war ended the Soviet's had a large apparatus of spies and infiltrators in Washington D.C., some according to Willoughby were in prominent positions in the US State Department and elsewhere.


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Reinhard Gehlen:
Wikipedia ja : Wikipedia en :

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The Rosenberg Trial:Manhattan Project

Rosenberg Ethel Julius
The Rosenberg Trial : Website
Soviet Spy Ring :
The Rosenberg Trial : Archives
歴史に残る法廷論争: The Rosenberg Trial:
Julius Rosenberg & Ethel Rosenberg
Elizabeth Bentley : Witness for this trial: 興味深い証言だ
参照:ローゼンバーグスパイ事件:日本語
サルトルも冤罪を晴らそうと立ち上がったクチだ。
Rosenberg夫妻はアメリカンヒステリーの被害者であり、証言者のElizabeth Bentleyは人格を誹謗され証言は効力を持ち得なかった。Elizabeth Bentleyの名誉回復には40数年の年月が必要だった。前ペイジのNiels Bohr氏も原子爆弾の資料をソ連と共有することを主張し、Churchillにスパイの疑惑を受けた。
参照:Soviet atomic bomb tests
衝撃的な動画が15並んでいる。写真をクリックする、そのあとplayをクリックすると爆発する。
参照:Soviet atomic bomb project

In the 1990s, with the declassification of Soviet intelligence materials, which showed the extent and the type of the information obtained by the Soviets from US sources, a heated debate ensued in Russia and abroad as to the relative importance of espionage, as opposed to the Soviet scientists' own efforts, in the making of the Soviet bomb. The vast majority of scholars agree that whereas the Soviet atomic project was first and foremost a product of local expertise and scientific talent, it is clear that espionage efforts contributed to the project in various ways and most certainly shortened the time needed to develop the atomic bomb.


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William " Intrepid" Stephenson

Intrepid-1
William Stephenson: Wikipedia
上の美男子はご存知007 James Bondのモデルといわれている、スパイの範疇を超えたスパイ William " Intrepid" Stephensonだ。以前文庫本で「Intrepidと呼ばれた男」を読んでみたが、たいして興味を抱けなかった。日本との関連が無いように感じた。ところが(今の段階では)単なる推量に過ぎないが、大いに日本と関わりあったスパイだと思っている。今日はまず紹介を。なにしろ007になるくらいのもはや伝説上の人物なので。(それらしく銅像もある)
Intrepid-2
William " Intrepid" Stephenson-1
William " Intrepid" Stephenson-2
William " Intrepid" Stephenson-3
William " Intrepid" Stephenson-4
William Stephenson,
British Spy Known as Intrepid, Is Dead at 93

以下はWikipediaより抜粋

Stephenson was soon a very close advisor to FDR, and suggested to Roosevelt that he put Stephenson's good friend William J. 'Wild Bill' Donovan in charge of all U.S. intelligence services. Donovan founded the U.S. wartime Office of Strategic Services (OSS) which eventually became the Central Intelligence Agency (CIA).

つまりDonovan(William Joseph Donovan)はStephensonに教育されその指導のもとにOSSという組織を創設した。OSSはCIAの前身なので、時にCIAは元々イギリスが作った組織である、と言う人がいるのはそのためだ。

Under Stephenson, the BSC directly influenced U.S. media (including the writing of American newspaper columnists Walter Winchell and Drew Pearson) and other media in the hemisphere towards pro-British and anti-Axis viewpoints.

ここにさりげなく出てくるDrew Pearsonに前から注目している。Drew PearsonはJoseph R. McCarthyやJames Forrestalに関連して登場する見過ごせない(嫌な)ジャーナリストだ。いつかまな板にぜひとも乗せてみたいと思っている。(参照:Drew Pearson

Controversial historian David Irving, in Churchill’s War, reveals evidence of a secret communications link between Roosevelt and Churchill that was run by the FBI but controlled through Stephenson’s office.

StephensonがChurchillとRooseveltのコミニュケイションを引き受けていたことは、多くの資料に出ている。そこでこのシーンを思い出していただきたい。(蒋介石とRooseveltの通信をLattimoreが担当したように、ChurchillとRooseveltの通信はStephensonが担当している。) 参照:日米開戦を回避せよ

11月25日の夜、イギリス首相チャーチルからルーズベルトに、1本の電報が届く。「もし中国が崩壊すれば、私たち共通の脅威は著しく増大するでしょう。アメリカは中国の立場を十分考慮した上で、政策を実行することをイギリスは期待します」。

ChurchillからRooseveltへの電報は1通や2通ではない。しかも驚くべきことに蒋介石からの電報と同じ内容である。蒋介石もChurchillもアメリカの対日参戦を強引に望んでいた結果である。Stephensonはイギリスのスパイである。Churchillの意を汲まないわけが無い。

William " Intrepid" Stephensonは活動・行動範囲が特に広域で、核心までなかなか辿り着けない。何度も何度もとり上げることになるかもしれない。今日はとりあえず紹介のみ。Churchillの為に動いたと言うより、むしろChurchillより上にいたかもしれない。(つづく)

・・・・・追記:2011年11月19日・・・・・
Intrepid.com:

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Allen Dulles 4: Mary Bancroft

Mary BancroftはDullesの愛人兼スパイである。しかも大物スパイである。Dullesの妻も公認の、後には妻とも親友になったスパイである。Allen Welsh Dulles (1)の2.に既に登場しているワルキューレ作戦のドイツ側のHans Bernd Giseviusの愛人も同時進行で兼ねていたスパイである。もう一人Carl Jungがこの三角関係に入り込みワルキューレの当時は四角関係が定着していた。(ユングにこう言う噂が付きまとうのもGiseviusとの関係からだろう)New Yorkに戻ってからはタイム誌のHenry R. Luceも愛人の一人に名を連ねている。(もうゴシップ誌に近くなるが、このHenry Luceの妻、Clare Boothe Luce(No.1 & No.2)はAllen Dullesの愛人であった。つまり当時も多角交友関係がジャーナリズムと政界の中では入り乱れていたのだろう。オープンなところではMary Bancroftの娘、Mary JaneはTaft–Hartley ActのRobert Taftの息子Horace Dwight Taftと結婚している。Taft家もDulles家同様政界の名家である)
Mary Bancroftの継母はWall Street Journalの owner、Clarence Barronの継娘(妻の連れ子)で、その親族関係からMary BancroftはClarence Barronに可愛がられ、仕込まれ、Journalistとしても才能を開花させている。スパイであっても決して日陰のスパイではなく上流階級の自由奔放の愛と恋に生きた才女スパイである。なをこのMary Bancroftの義理の祖父Clarence Barronの事業を継いだ実父Hugh Bancroftは1933年54歳で自殺している。しかしBancroft一族はClarence Barronの事業を引き継ぎ発展させ2007年夏までは、アメリカJournalism界に君臨した(女スパイMary Bancroftの名がかすむくらいの)名家である。

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Allen Dulles 3 : His talk

The Role of Intelligence in Policy Making by Dulles
こう言うものが手に入るとは思わなかった。54分52秒
うとうとしながら聞いていたら、第一次大戦中、スイスにいる時に、スイスに亡命中のレーニンが革命の起きたロシアに戻るためにアメリカの協力を求めて来たが、風采があがらない男だったのでDullesはテニスにいくために断った、というエピソードを紹介している。Dullesは大きな力強い声の持ち主で、性格も明るく闊達なようだ。Kennedyに絡んでの暗いイメージは吹き飛ぶ講演だ。
さらに他でもないこのDulles氏、23分~26分にかけての部分で、特に秦氏の耳に届けたいことを言っている!パール・ハーバーに関しては、情報が不足していたのではなく、情報を活用できなかったのだと。われわれは全部とは言わないまでも大部分の日本のコードを読み取っていた、と大きな声で明言している。日時と場所をピンポイントで把握していたわけではないが、奇襲に慌てふためかないだけの準備をするに十分な情報は読み取れていたが、それを活かせなかったと。勿論米兵に対する裏切りなどはなかったが(当然そういうだろう。他にどう言えというのか)情報をまとめて活用し実行に移すCIAのような組織がなかったので、みすみす解読した情報を活かせなかったと、繰り返し述べている!元CIA長官の発言に「自分の専門に戻りなさい」と言う度胸があれば、話は別だが。

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Allen Dulles 2: Operation Paperclilp

Conspiracy: The CIA and the Nazis 44:24
文章タイトルよりもはるかに内容が深く広くなっているfilm.
両頬をビシバシと打たれた思いがする、よくできた2004年のfilmだ。下線部をクリックして御覧下さい。あちこちで読み漁ってきたもののある部分がここにまとめられている気がする。3月にJosef Mengeleの物語を読んだが、ナチの残党が何故逃げ遂せたか、の謎が解けた。このfilmに出てくる人名に関して時間があれば、一人一人検証を加えたいのだが、何時になるか定かでない。filmの内容を完全に咀嚼するまで、時間と集中力が必要だ。このまとまりは様々な歴史の流れに拡散してリンクしていくことになるだろう。

Allen Welsh Dulles -
Lawyer; OSS Top Officer; First Head of the CIA
これを読み始めると視力を極端に低下させるか体調を崩すだろう。それほど整理されていてしかも拡散してゆき、結果興味が止まらなくなってしまうからだ。

○ UK 'fears' over German scientists
○ Project Paperclip: Dark side of the Moon
○ Operation Paperclip

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Allen Welsh Dulles 1 : OSS

JFK & Allen Dulles
上の写真は1961年11月28日 JFK&Allen Dulles
OSSAllen Welsh Dullesを調査中に以下の映画を見つけた。

(1).The Good Shepherd
映画評 YUKAの気ままな有閑日記
内容が詳しいWikipedia: The Good Shepherd:
Edward Wilson, the character played by Matt Damon, is based at least in part on James Jesus Angleton, the long-serving director of the CIA's counter-intelligence staff who also fell victim to intense paranoia during his career, and covert operations specialist Richard Bissell. Bill Sullivan, the character played by Robert De Niro, is based on William Stephenson and William Joseph Donovan. William Hurt's character Phillip Allen is likely based on former CIA Director Allen Dulles.High-ranking British operative turned Soviet mole, Arch Cummings, bears some similarities to Kim Philby
Charlie Roseの番組に登場した映画関係者たち:
The good shepherdの歴史上の整合性に関する座談会:
映画の背景にもなっているBay of Pigs Invasion
その奥に隠れているBay of Pigs leak
簡潔かつ正確なAllen Dullesの紹介

(2)ヒトラー暗殺計画に関するTel Quel Japon過去記事
少し振り返ってみよう。List of members of the 20 July plot
GのところのHans Bernd Gisevius (1904-1974) に注目していただきたい。Wikipedia : Hans Bernd Gisevius:
反ナチで、ワルキューレ作戦の実行犯でもあったギゼヴィウスはZürichにいるOSSのDullesにヒトラー暗殺計画の支援を求めてきた。ナチの中の反ナチ勢力はアメリカに計画を打ち明け支援を求めていたと言うわけだ。記憶に留めていただきたいのはDullesがそういう立場にいたと言うことと、GiseviusであれDullesであれ、諜報活動(諜報員)とはある意味超国家的であるということだ。それを容認しまた協力し合う。二重スパイが驚くほど多いのも、内部告発や寝返りが多いのもそのためだ。そこにスリルとサスペンス、ドラマが生まれ、歴史が展開する。大作家の中にもスパイを兼業した人物がいるものそのためだ。思いつくままに名前を挙げると、Ian Lancaster FlemingWilliam Somerset Maugham Graham (Henry) Green等など。そしてまた、優秀な重要なスパイは、驚くべきことに必ずと言っていいほど、スパイ活動告白手記を残している。凡人には計り知れない、麻薬のような強烈なプライドと高揚感を伴う職業なのだろう。ところでワルキューレ作戦に関して言えば、結果は大失敗に終わる。Giseviusに協力すると言うよりも、実はDullesの方にも、反ナチに協力してなるべく廃墟にせずにドイツの戦争を内部から終結させたい意図があったのだが。

(3)実際顔もよく似ている。Allen Welsh Dullesの兄は日本人の耳には政治家としてはKennedyの名よりも深く残っている国務長官ダレス、John Foster Dullesなのだ。日本の戦後を語る際吉田茂を外せないように、吉田茂を語る際、John Foster Dullesに触れないわけにはいかない。この人物はアメリカの政治家として大活躍したので、彼の資料の中では日本の復興・独立・戦後に関しては重要視する余白がないくらいだ。従って日本のBlogとしては、John Foster Dullesの存在は吉田茂との関連で見るのが最善と判断した。
吉田茂 ~「日本独立」 その光と影 全6話55分36秒
その後の年月を含めて再考することを厭わなければ、現在・未来の日米関係を考えるにあたって、この戦後の復興の旅立ちを見るのに55分36秒を今費やすことは、決して時間の無駄にはならないだろう。Kennedy家も名家ならば、Dulles家も名家である。上の写真からも分かるように両家の関係は代々密接にして良好である。興味のある方は、その方向から光を当てて切り込むのも面白いだろう。

(4)Dulles日本語Wikipedia :
Kennedy大統領暗殺の日本語Wikipedia :
上の後者にDullesの名前が出てくる。日本のサイトではこのイメージが強いが、すべて同じ間違いが同じ文章でかかれている。複数の人間が同じ本を丸写ししたものだと思われる。アメリカのサイトを総合判断すると、この説にはほとんど根拠がないことがわかる。この説とは「解任されたことを根に持った元CIA長官のアレン・ダレス主犯説」のことである。

(5). Allen Dullesに関する疑惑 : 残念ながら途切れている。

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Kim Philby (2)

Kim Philby
Kim Philby file : No.1
Betrayal and a masterspy's son
Kim Philby's son talks for the first time about life in the shadow of his traitor father's defection to Moscow :
時間があれば訳出してみたい、Philbyの息子が語るスパイの父。遁走した父に何度か会いに行っている。
Harold (Kim) Philby : No.2
Kim Philby : No.3
・・・・・・・・
追記:2009年5月28日
上の写真の場面のFilm版を入手した。
Kim Philby 1955 The Third Man
TV番組:Charlie Rose: July 22, 1994 75:34中13:37から28:04までが
Kim Philbyについて(内容的には古い)
New York Times Magazine reporter Ron Rosenbaum talks about the enigma of Kim Philby, the British double agent who provided classified information to the Soviet Union that resulted in the deaths of scores of agents.

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Owen Lattimore (2) Pat McCarran

Owen Lattimore and the "Loss" of China
by Robert P. Newman
Chapter Twenty-One : McCarran :
Owen Lattimore : 日本語 China Memoirs

Senator Pat McCarran
The Great American Communist Hunt
SISS=Senator McCarran’s Senate Internal Security Subcommittee.

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Owen Lattimore(1)

Owen Lattimore
上の写真:Owen Lattimore, Mao Zedong, Zhou Enlai, and Bo Gu, Yanan, 1937
貴重な写真と思われませんか?真ん中が若い毛沢東。
Owen Lattimoreに関してはPatrick A. McCarranと彼の「国内安全保障問題小委員会」を取り上げる時にIPR(太平洋問題調査会)と共に取り上げようと前から思っていた。彼のInterview Videoを見つけたので早速UPしたくなった。何れにせよOwen Lattimoreの人物紹介はこのBLOGには必須だ。
Owen Lattimore interviewed by Caroline Humphrey 1983 :Interviewと記事がある。Part-1 : Part-2 :
それぞれ50分近くある長いInterviewだ。(途中から音声のみ)
クリックしてからVideoが始まるまで10分ほどかかった。それでも興味ある方はどうぞクリックして下さい。老いたOwen Lattimore が顔出しで現れます。

参照:Notes on Owen Lattimore:

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