///////追記:2016年4月24日///////
時間がないので記事化できませんが、取り置きしてあった、東京裁判のFilmをそのまま3本並べてみました。
またTel Quel Japonの情報ソース公開?という意味でも(本当?)ごく一部ではあるけれども、Bruxellesお気に入りの講演者の講演にリンクを貼って公開してみました。
参照:How History is Fabricated他:
最近ネット上で、2007年の安倍氏の慰安婦謝罪は「捏造」だという記事を見て驚いた。ここまで来ると、アラカルトならぬ安倍カルト?念のため捏造でない当時の記事をお見せしよう。古い記事を見せなくても上の動画で「嘘の言い訳」は出来ない筈。だがこれでさえ安倍カルトは「ソックリさん」によるやらせ、と言うでしょうけどね。当時は一番ましな自民党の政治家でさえ、こんな感じ。保守は鈍感になって売国に拍手さえしていたのですよ。謝罪の主体も対象も明確にしていない、とかなんとか言って、喜んでいたんでしょうね「居酒屋で宴会」など楽しみながら。要対比の意味がご理解いただけましたか?安倍氏が総理の座についてからまぎれもなく歴史教科書(慰安婦、南京)靖国、拉致の問題で集中した熱い感情は足踏みしそらされている。安倍氏の登場が保守つぶしの巧妙な目くらましとなっているからである。♫この道はいつか来た道♫
(...)Hirohito asserts that if he had tried to stop the attack on Pearl Harbor in 1941, "it would have led to a coup d'etat" in which he likely would have been assassinated(...)In the interviews, Emperor Hirohito described his own powers as weak, constrained by the Meiji Constitution that then governed Japan just as his ancestors were constrained by powerful shoguns(...)(リクエストに応じて訳を追記します。ー1941年の真珠湾攻撃をもしやめさせようとでもしていたなら、クーデターが起きていただろう、そうなっていればおそらく朕は暗殺されただろう。インタビューの中で裕仁天皇は自分の権力は弱々しいものであったと述べた。自分の祖先である代々の天皇も武家社会の間幕府の将軍に権力行使を抑制されてきた。それと同じように立憲国日本は当時の明治憲法に抑制を受けており、自分が行使できる権力も弱いものであった。ーBruxelles訳)
なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。
つまり、この映画の構成は歴史評価の世界に於いて『反証の資料となるという意思』を
最初から放棄した脚本構成と演出となっているのだ。
テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済