TEL QUEL JAPON

リビドーの音階が砂漠に死んだヤギの乳をしぼっていく

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靖国神社を考える 未完

靖国神社を考える & 靖国神社(wikipedia)

・・・・・追記:2014年2月2日・・・・・
東京だよおっ母さん
東京だよおっ母さんとNHK: ぼやきっくり
NHKは確かに少し変わったんですよ。
同期の桜
Michio Hashimoto氏のコメント
このバージョンの3番、4番は後付けされたもので、オリジナル版は次のような歌詞で終わっている。
貴様と俺とは 同期の桜 離ればなれに 死のうとも
花の都の 靖国神社 春の梢に 咲いて会おう
この歌を広めたのは、当時これを愛唱していた兵隊さん達である。祖国を守るための戦いでもしも命を落としたならば、靖国神社に祭神として祀られ、後々まで慰霊と顕彰を受けるということは、国と国民との約束であり、死地へと向う兵隊さん達の心の拠り所であったことは間違いない事実である
この「靖国神社」を削除したバージョンは疑問に感じる。
(そこで探してみた)
同期の桜
軍歌 同期の桜 鶴田浩二
祖国を守るために共に死地に向かう日本青年たちの強い友情の歌である。「靖国で会おう!」それが最後の約束であり残された最後の希望であった。この歌を歌うときいつも長恨歌のこの一説を思い出す。在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝(天に在りては願はくは比翼の鳥と作り 地に在りては願はくは連理の枝と為らんと)靖国神社の歌詞があろうとなかろうと、日本人なら、靖国神社の桜木の連理の枝となりてそこに咲き誇ってまた会おうと誓った尊い心情が、手に取るようにわかる筈だ。彼らこそ今生きる我等一人ひとりの有難き祖先である。

・・・・・追記:2014年2月6日・・・・・
参照:泉水隆一監督のお手紙 ←必読: 参照:映画「凛として愛」:
本来は、この映画は「日本を変える」「日本の正しい近代史を描き、英霊の汚辱を晴らしたい」という意向を強く主張された花田権宮司の意向に従って、制作がスタートしています。しかし、どういう悪霊が動き回ったのか、花田権宮司は、制作途中で担当を外され、新たな人事異動で現在の首脳陣が形成されました。 それから英霊の真実を伝えようとする「凛として愛」に徐々に圧力がかかりだしました。(...)敵は左翼ではなく、まさに本能寺にあったのです。 獅子身中の虫という言葉が私の胸の中で煮え繰り返っています。
↑元記事:Tel Quel Japon過去記事:復習用↑↓)
参照:泉水隆一氏のご冥福をお祈り申し上げます
参照:靖国神社問題&東京裁判史観vs凛として愛

・・・・・追記:2014年2月14日・・・・・
石原慎太郎が18年ぶりの国会演説を「遺言」として充てる
このところ立て続けに寝込むほどの絶望を感じていたが、ようやく勇気をいただく国会質問を聞くことができた。そして気力を少し回復させることができた。憲法に関して、そして靖国神社に関して、Tel Quel Japonもわが意を得たり、である。安部総理に対しても「あなたが行っても行かなくてもどっちでもいいんですよ」を軽く付け加えられた点も、Tel Quel Japonと全く同意見である。行ってほしいとも行くなとも、どうとも思わない。
最後はホーキングを持ち出し環境問題に持ち込まれたが、宇宙論をベイスに哲学云々はありえても、政治哲学につなげるのはいささか危険である。ただ老政治家の「遺言」としては、お気持ちは充分にわかる。きわめて自然な感情の流れだと納得せざるを得ない。
石原氏も安部総理も米国とのコンタクトはあるが、差込口が全然違う。

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盧溝橋事件のさらなる真実

日中戦争に関する理解は、こんなところなのだろうか?
盧溝橋事件 中国共産党陰謀説
柳条湖事件と盧溝橋事件の比喩性
だとすると日本が一番もたついているのではないだろうか?これも、誰かの何かの意図がありかもしれない。

今日以下を読んで吃驚した。中国人の人名を漢字にできないので、しかも地名もピンと来ないので、詳しくは書けないのだが、中国人又は日本人の顔をした共産党員(コミンテルンの小使いさんたち)が、支那軍にも日本軍にもたくさんいたようだ。日本にはこの時点では戦争拡大の意思は全くない。日本では砕氷船理論をお伽話のように扱っているが、真実はそこにあることがいずれわかるだろう。秦氏の研究は日本人悪人説を軽減する努力として評価されているが、上の二つのリンクと以下のリンクを比較すると、他国ではすでに明らかな歴史的真実を曖昧のままに止めようとする努力が一生懸命になされているようにも思える。
中国人名や地名に関しては、毛沢東時代を含め20年間中国に暮らし中国語の方がより完璧な知り合いが近所にいるので、暇なときに確認を取るつもりだ。ただこの辺はあまり興味がないのでずっと後になるかもしれない。しかし工作員の人名を引っ張り出すことは重要だと思う。
Marco Polo Bridge Incident:

すでに日本人の中にも以下のような理解もあるようで安心した。しかるにNHKや朝日新聞、何より教科書がまだとてもそこまで追いついていない。というより、洗脳解除を阻止している。中国行き旅行者が増える分だけ毎年日本人の被洗脳者が量産される。南京にしろ慰安婦にしろそれが反日政治工作の一環だということを暴き出す、これが一番手っ取り早い反日洗脳・自虐史観解除対策だと思う。この辺に関しては「あったとかなかったとか、強制だとか強制でないとか」いつまでもウダウダ検証し続けている場合ではない。相手の心情を配慮していつまでも「騙し」を教科書に書き続けることはないのだ。
盧溝橋事件と南京事件

通化事件 追記4

通化事件:wikipedia
通化事件に学ぶ国を失うことの過酷:ねずさんのひとりごと

もう30年以上前に福井先輩から通州事件については聞いていたけれど通化事件は初めて知った。Dixie Missionは中国共産党の何を見ていたのだ!日本人民解放連盟を調べていてこの事件に突き当たった。

通化事件Wikipedia参考文献の一番上に「 医師・紙田治一の記録」というものがある。今日はもう遅いので明日に読もうと思っている。もしや、と思ったがやはりそうであった。紙田治一の生涯 [記録]に親子の写真が出ている。現在は画家となっている紙田彰処女詩集「魔の満月」(書肆山田刊)を持って詩壇にデビューした頃、詩人として出会っている。つまり自らキーボードをたたいて体験者として通化事件の記録を残した紙田治一氏は私の古い友人の父親であった。

追記:2012年10月12日
通化事件:英文資料を読むより10倍の時間と100倍の疲労を感じ、何度も何度も休憩を入れながらフラフラになってようやく読み終えた。思考がいろんな方向に結びつき、過去の情報と繋がり、閃いては消え、立ち止まっては、頭を休め「読み」に戻る、また途中何度も投げ出したくなったことも事実である。古い友人の父親が書き残したものでなければ、途中で「読み」を放棄していたかもしれない。いろんな思考が立ち上がり浮遊し、途中で時間を奪った。心と頭が疲れた切った。これを読んで、疲労困憊しない日本人はいないだろう。知識があればあるほど独自の判断を入れたくなる。そして現場にいなかった者として、いくら考えても深く考えても、それは「独断」を免れない。判断は論理を必要とするが、今は疲れて論理が動かない。かすかに感情的思考がただ残るのみである。所謂感想である。
感想1:南京虐殺と、慰安婦問題に類似したものがセットで出てくる。これらは、通化事件からパクった転用ではないか。つまり、自分たちのしたことを、立場を逆転させてあれらを捏造したのではないか。だからありありと、目の前に展開するように語れるのだ。そっくりすぎる。つまり通化事件が、南京や慰安婦の種、になっているのではないかということ。
感想2:これを水島さんにぜひ映画にしていただきたい。このインパクトなら南京のPropagandaを押し返せる。私は過去記事で水島さんの映画のコンセプトを2度否定している。過去記事1過去記事2。早い話が南京のPropagandaを打ち崩すための映画に「南京の真実」などという勘違いするようなタイトルを付けること自体が最悪である。「7人の死刑囚」などというコンセプトも否定すべきことをはっきり否定するものではない。死刑囚という前提を持ってきて、どうして否定できるんですか。 「通化事件」だったら、南京の虐殺というのは、なかったとかあったとか言ってるけれど、本当はこれだったのかと、たいていの人は思うでしょう。慰安婦もしかり。嘘よりも事実が強いに決まっているのです。事実を見せれば、パクリがわかる。
感想3:満州国成立前から満州には漢人が多くいた(焚書図書開封7)らしいけれども、文章の中で満州族を漢民族のように勘違いしている記述が2度あったのが気になった。(引用:だが、第二の悲劇は日本人よりも、むしろ満人……今は中国人となった漢民族の上に、より多くの試練を下すものであった。)満州人は本来女真族の筈で、五族協和で満漢が出てくるのは満州族は漢民族ではないということなのだから。
感想4:この資料は元共同通信社記者、社会部長・山田一郎氏の著「通化幾山河」(『秘録大東亜戦史』満州篇下巻、富士書苑、昭和28年)を基本的に参考にした。ーとありましたが、本当に山田一郎なる人がいたのかどうか、身分を隠した、いかにも偽名のような名前。幾山河にしても瀬島龍三回想録と同じタイトルで、内容と合わないように思うのです。なぜそう思うかといえば、「このとき、山田一郎著「通化幾山河」について事実に相当違いがあるという多数の意見が出され」という筆者の発言もあるので、この点は見落としてはならないのではないかと。所々に日本軍の悪や平和主義が匂うところも、少し気になる。この程度のマイナス史観は「言挙げ」の松原久子氏にもあるものなので、気にする方がおかしいが。パースペクティブをもって書くためにはこの本を参考にせざるを得なかったこともよくわかる。山田一郎氏に関してはあとで調べれなんとかわかるだろう。
感想5:映画にする場合は、紙田氏の視点、つまり蜂起自体が仕組まれた工作にハメられたものであるという見方で描くのがベストだと思う。(引用1:略称「日解連」と呼ばれるこの団体は、北支山西省延安の日本人政治学校で岡野進(野坂参三)から共産主義教育を受けたといわれる杉野一夫(杉本一郎)という人物の指導の下に、中共軍の日本人に対する意志伝達の下請け機関として生まれたものであった。引用2:岡野進(後の日本共産党の野坂参三氏)が作ったという大会運営方式で議事が進んでいった。)通化事件には明らかに岡野(野坂)の影がある。ひとつ前の記事にNozaka was responsible for the POWsと書いた。野坂は延安で日本人捕虜の思想改造を担当していた。その完成したものが通化に来て全てを動かしている。野坂と一番頻繁に接していたAriyoshiはOWIのPropaganda心理作戦の専門要員である。仕組まれた工作の必要がなければ、延安から共産党員化した日本人が送り込まれる必要はない。(参照)野坂が教育したPOWsは全てが農村出身者か無産階級者であった、で?と思ったが、共産化しやすそうな人間を選んで命を維持させ(他を殺戮することで、彼らはすでに選抜された者なのだ)彼らを優遇し、完璧な党員に仕立て上げたものと思われる。通化事件加害者の中には中国共産党に加わった旧日本軍人が多くいた。実際彼らは満人や国民党兵や多くの日本人住民を虐殺した。戦後「中国で女を強姦したとか、中国人を多数虐殺した」とか歴史の証言者として語る日本人の多くは、中国共産党員になっていた日本人だとすると、すべての説明がつく。事実彼らはそうしたのであり、それを証言するのも彼らが宿題として持ち帰った任務なのだ。いずれにせよ通化事件は引っ張り出して公にし拡散しなければならない。いろんな不可解な謎の解明に繋がるはずだ。
感想6: この通化事件を読んで一番思うことは、ねずさんのひとりごとのタイトルにあるように「国を失うことの過酷」に尽きる。国を失えばこうなるのだと、読んで鮮明に感じ取っていただきたい。本来人間存在は国家とかくも直接に一体化しているものなのだ。私が一番それを感じたのは以下の部分だ。(引用:「紅軍進駐万歳!」と赤い字で大書したアーチである。楊旧通化省長以下の日満要人が駅頭に出迎えた。手に手に赤い小旗を持って。)国を失くすということをこれほど痛感させるシーンはない。否応なく奴隷化しなければならない被占領者の悲哀であり屈辱である。たとえハメられたとは言え、決起した日本人たちを誇りに思う。日本は占領期間があったとは言え、国土が残り国民も日本人であり続けた。しかし満州国は消え、その国民も泡のように消えた。「国を失うことの過酷」をシミュレーションでもいいから体験することは、今の日本人の意識に大きな変革をもたらすだろう。そう願いたい。
追記:2012年10月28日
感想7紙田治一氏遺稿のこの部分、永久陣地「光建設」の計画は、どのような作戦と連動していたのだろうか?敗戦を目前にして、日本本土が占領された場合、ここで踏ん張るという発想は地政学的にも有り得る。永久陣地という呼称も「光建設」という計画名も非常に説明的でわかりやすい。それは着々と準備されていたのだ。御前会議で敗戦が決まった時点で、計画は突如破棄・忘却されたのだろう。敗戦後関東軍が引き上げたとは言え、共産中国は余力が出来次第、やはり不気味な「永久陣地」をたたきつぶそうと、計画的に延安から前田光繁をはじめとして、骨の髄まで共産化した工作員を送り込んだと解釈できる。

追記:2012年10月17日
通化事件 その1 & その2 & その3 & その4
通化事件に巻き込まれた流転の王妃
追記:2012年10月19日
通化事件 その5 &
・・・・・・・・・・・・・・・・・

追記・参照 2012年10月29日
年表 日中戦争以後詳細
戦中・戦後を中国で生きた日本人について
Interview List 必読
岡野進の残留日本兵改造
例:11.日本人民解放連盟の出現
例:7.解放連盟の学習会
例:11.牡丹江
例:4.敗戦後の満州
例:28.和平会談決裂
例:29.残留日本軍の終焉
米澤泰英 新刊案内

暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏
長谷川毅著:Tel Quel Japon過去記事
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・・・・・追記:2012年11月8日・・・・・
無理だと半分諦めていた書物を入手した。大東亜戦史7満州編(下)、富士書苑 昭和49年2月5日9版発行、というものだ。謹呈 中東和英の署名と印鑑がある。この人は執筆者のひとりだ。その裏には寄贈者 川北哲殿、という記述もある。お借りした先は、和歌山県立図書館。貴重な写真、イラスト、略図などもある。人が借りて読んだ痕跡は全くない。何故この本を入手したかといえば、山田一郎氏の「通化幾山河」が収録されているからだ。全部で18あり「通化幾山河」は7番目にある。軍人であろうと民間人であろうと、満州に暮らし引き上げてきた親族のいらっしゃる方には、興味深い書物になるのではないかと思う。文字を介してであれども「現地に飛ぶ」体験が視点が必要だと思うからだ。「大事に扱ってください」と図書館員からの伝達があった。言われなくても、撫でるように大切に扱うつもりだ。皆さんにもそうして欲しい。
・・・・・追記:2012年11月10日・・・・・
この文章のなかに以下の部分があるのでピックアップしておく。よくある名前なので何とも言えないが野坂と行動を共にする山田一郎なる人物(おそらく仮名)が登場する。野坂同様大抵が別名を持っているので紛らわしい。

四六年五月二十三日付の東京のCICが野坂の帰国日程をまとめたものがあるにはある(26)。しかしそれは一月十二日に福岡、一月十三日に東京に着いたといったソウル以降の記録が新しいだけである。釜山から福岡までに同船した者には森健、山田一郎、梅田照文のほかに佐藤タケオという人物がおり、さらに野坂よりも数日前に釜山から福岡に着いた岡田文吉が、彼と東京まで同行したとある。

ついでながらこの岡田文吉はTel Quel Japon過去記事に登場する延安名、沢田淳なる人物で、網走刑務所にいる日本共産党幹部徳田球一から延安の岡野に密使として派遣された男である。ご記憶あるだろう。あの河本大作の力を借りて日本から延安入りする日本共産党員である。
探してみるとこの文章に「通化幾山河」を書いた山田一郎氏が登場する。松本重治にイメージが重なる人物のようだ。ひょっとしてこの山田一郎氏と同一人物なのだろうか?

・・・・・追記:2012年11月23日・・・・・
大東亜戦史7満州編(下)、富士書苑 昭和49年2月5日9版発行、を読んで暗澹たる気持ちになった。整えたインフラ、武器、軍人、そこに暮らした日本人、日本の敗戦は、すべての投げ捨てのような気がする。武装解除の命令の前に、熟慮すべきことがあったのではないのか。せめてこの本を紹介しておきたい。
   9784769827191.jpg
参照:菊千代さん: 参照:鉄太郎さん

米中日を影で操ったコミンテルンの日本壊滅

とりあえず資料として置いておく。
この辺はTel Quel Japonもかなり書き込んでいるが、新しい名前が登場した部分は、検証追記していこうと思っている。
by 江崎道朗
1.日本を泥沼に落とし込んだ米中ソ二つの反日ネットワーク
日本語 & English
2.米を巻き込んだコミンテルンの東亜赤化戦略
日本語 & English

・・・・・追記:2012年10月30日・・・・・
THE JAPANESE VICTIMS OF STALINIST TERROR IN THE USSR TETSURO KATO (JAPAN)

Portsmouth Peace Treaty

「日露戦争」と「日米対立」と「日中戦争」の舞台裏
Portsmouth Peace Treaty NEGOTIATIONS
No.1 & No.2 & No.3 & No.4 & No.5 & No.6 :
Portsmouth Peace Treaty  LEGACY
No.1 & No.2 & No.3 & No.4

日露戦争 〜前編〜 you tube 日露戦争 〜後編〜
お薦め アルゼンチン人が記録した日本海海戦
No.1 & No.2 & No.3 & No.4
 

Takahashi Korekiyo & the Rothschilds 

-------Baidu IME_2012-9-29_21-24-23-------

Takahashi Korekiyo, the Rothschilds and the Russo-Japanese War, 1904-1907
日露戦争の軍資金をユダヤ財閥に引き受けてもらった話は有名だが、これだけユダヤ金融資本家のOne World陰謀説が出てきている昨今、このあたりもこの視点で一応検証しておく必要がある。いままであまりどの視点からも問題にならなかったが、ロシア革命の軍資金、ナチスの軍資金あたりはいつかクリアーしなければならない。慎重を期して本日は資料をupするにとどめる。解きほぐすその都度追記していくつもりでいる。
クリックして現れる貴重な写真は1905年12月、帰国を前に、高橋是清を主賓とした、London Savoy Hotelにおけるお別れパーティーを撮影したもの。主催はParr's BankとHSBC。世界を動かす大金融資本家たちに囲まれて、威風堂々、内面的にも外面的にも一歩も引けを取らない高橋是清である。他にも貴重な写真がいくつかある。
ロスチャイルドが表面に登場するのは、日露戦争日本勝利後なので、この写真も日露戦争勝利後の撮影である。大金持ちの銀行家たちにとっても、戦勝国日本が既に上客となったことが、このPartyからわかる。大きな意味が読み取れる実に貴重な写真である。

参照:人物探訪:高橋是清 ~ 日露戦争を支えた外債募集

シフは米国のユダヤ人の会長であり、ロシア政府に対して憤慨していた。そのロシアに戦いを挑んだ日本の兵は訓練が行き 届いて強いということを知り、これを財政的に助けて、よしんば日本が勝利を得なくとも、ロシアの政変にでもつながれば、ユダヤ同胞はその虐政から救われるだろう、と考えたのであった。(←とあるが、銀行家がそんな発想で動くわけがない。)

参照:日露戦争 wikipedia
参照:日露戦争にヤコブ・シフ(その陰にロスチャイルド)有り
(注:最後に出てくる、ジョージ・ケナン(1)&(2)は血脈は繋がるがよく知られている封じ込めのこちらのジョージ・ケナンではないので、混同しないように。)
参照:日本支配の構造6 戦争と金貸し~日露戦争
参照:Japan, the United States, and the Road to World War II in the Pacific by Richard J. Smethurst

(追記:2012年9月30日:Lincolnの探求にかまけて放置していたRichard J. Smethurstのこの文章↑をカラーペン片手に今日読んでみた。日本は何故戦争をしたのか、をかなり独自の視点で高橋是清をメインに置いて、バランスよく論じていた。日本の教科書にも日本人の今まで書いた文章にも見られないほど、日本の国家的心情をよく調べ分析していると思う。タイトルにあるように日本だけでなくアメリカの動きもよく捉えていてよく見えてきた。明治、大正、昭和と時代は流れるわけだが、気がつくと年号を見ながら祖父や祖母のその時の年齢を無意識に計算していた。祖父や祖母がそのころ何を考えながらどんな気持ちで人生を送っていたかを、いろいろ想像していた。祖父は「後で読みたいから226の新聞を取っておいて」と言って死んだと祖母に聞いたから、多分1936年の春に亡くなったのだろう。アメリカに12年間留学していた祖父は、日米が戦うことがないように祈るような気持ちでいたか、日米開戦を予感して自分の生きる場がもはや無くなると絶望していたのか、226事件は病んだ体に支障をきたすほどのショックだったに違いない。日露戦争に勝ったとき祖母は日本はどんなに高揚したことだろう。大阪に開通した最初の電車に乗車したとか、宝塚歌劇の初演の日に温泉・お弁当付きで(小林一三に)招待されたとも言っていた。早川徳次その人が出資のお礼に持ってきたという国産第一号の鉱石ラジオで、大阪ではじめてのラジオ放送を親戚の家で聞いたとも言っていた。B29に丸焼けにされ着の身着のままで親戚の家に身を寄せた話も聞いたが、国力を増して文明化していく日本で楽しい体験もたくさんしたのだろう。水道、ガス、電話、蓄音機、エレベーターそして映画・観劇・ファッションなどの娯楽を含め所謂文化的生活の楽しさを早くから知っていた人だったと思う。
最近再び日米開戦に関して考察しているが、端緒はJohn Hayの門戸開放宣言あたりにまで遡ることができると思う。深く隠された原因は人種差別である。追記の最初にLincolnにかまけていると書いたが、Lincolnは根っからの人種差別主義者であることがわかってきた。その16代大統領Lincolnを奴隷解放で神格化したのが、他でもないJohn Hayだ、ということもわかってきた。John Hayは自由平等の理念をかざせば、反対や非難を躱せるだけでなく、賞賛と正義を引き寄せ歴史に勝利を残せることを知ったのだ。随分後にJohn Hayが国務長官になった時に、アメリカの対外政策を180度転換させるJohn Hayの3原則の通牒を行った。武器を使うと怒りを買い反撃されるが、門戸開放・機会均等・ 領土保全の理念の前には、論理的な敵対者はヒューマニズムや民主主義の見地から、あからさまな異論は挟めなくなる、そのことをJohn Hayはかなり古い体験から知り抜いていたのだ。意表をつくこの政策はもっと評価されていいと思う。25代大統領William McKinleyがなしたことを考えれば、彼の下にもし国務長官John Hayがいなかったとしたら、おそらく若きアメリカは国際的非難の前に大きくそのイメージを損ね、その後の外交にも躓いてひっくり返ったゴキブリのように足をバタバタさせる羽目に陥ったかもしれない。
LincolnとJohn Hayの父子のように深い関係は、Lincolnの妻が長男に精神病院に強制入院させられるあたりを調べていて偶然に見つけた。John HayはWhite Houseに住み、眠れぬ夜などLincolnが彼の部屋にやってきて夜が明けるまでひとつのベッドの上で語り明かしたことが幾夜もあったようだ。)
Bruxellesが最近書いたLincolnに関する記事
別室の上映会 (29) Abraham Lincoln
別室の上映会 (30) Steven Spielberg's Lincoln 
John Hay's Lincoln Lincoln's John Hay
Lincoln UNMASKED by Thomas DiLorenzo

・・・・・追記:2012年9月25日・・・・・
最初に断っておいたほうがいいかもしれない。所謂ユダヤ人の陰謀論に与するつもりはない。歴史とはある民族が筋書きを書いてそのように運ぶほど単純なものではない。単純明快化したい気持ちはわかるが、頭が疲れすぎたからといって、苦し紛れに麻薬に手を出してはいけない。
ユダヤ人は金融に携わっている人間が多いから、うわべそのように見えるだけだ。ただ小戦争から大戦争までその必要条件は、軍資金+武器・武力+軍事力・軍人であるからして、国際金融資本家や武器製造業者や軍閥や軍幹部の指揮者らを戦争に飢えた吸血鬼のように見てしまう傾向が生じる。彼らは需要に対して職種として供給しているだけなのだ。しかし資本主義の究極の形として時折、需要のないところに需要を掘り起こして、タイミングを見計らって供給するという商いがある。これが誤解?の原因となることもある。
今回日露戦争における国際金融資本家たちの対日協力を扱うことになるが、そこに善悪の視点を介入させるつもりはない。日本の識者や政治家のなかには、ユダヤ陰謀論を単純に唱える人も少しいるようだが、彼らは日露戦争の軍資金をどのように理解しているのだろうか。これは明治から現代に至るまでの皇室と実は直結する話なのだ。戦時中のヨーロッパのユダヤ人救出も実は国策でありそれは、天皇家のこの時の感謝の気持ちから出発している。ご存知の方も多いだろう。甘いものは別腹、のごとく、日露戦争のユダヤ人の外債引受は別腹、というわけにもいくまい。繰り返すが歴史は単純ではない。「ユダヤ人の金貸し野郎」などという言葉を吐いた時点で、その人間は「軍閥がエゴをふくらませて日本を戦争に巻き込み破滅させた」などという日教組の社会科の教師と同じくらいパープリンだと自ら実証してしまうことにもなりかねない。
だからといって、戦史の分析に裏で蠢く金融の動きを無視してはいけない。本来ならば銀行発達史、金融史、金融史上の人物史あたりから手をつけなければならないのだろうが、考えただけで酸欠でヘタってしまいそうになる。
この前、Lincolnの暗殺にさえある特定の銀行家名が出てきた。Lincolnの暗殺に関しては以前から金融資本家連合の仕業だという話は囁かれてきた(これにはある程度納得のいく根拠もある)。ある人の発言だけなので実証不可なのだが、特定人物の名前が飛び出すのは、極めて稀なことだ。本人は合衆国でも有名でなく日本では完全に無名であるとおもわれるが、息子が歴史上の(日本では無名かもしれないが)超大物なのだ。父親とLincoln暗殺の関係が実証不可のままでも、この親子をさらに調べてもしこの話が興味深いと判定できれば、近々に記事にするかもしれない。

カイロ宣言の頃から...そして戦後

暑中お見舞い申し上げます
この暑いのに、相変わらず曲がりくねって入り込んだテーマばかり書いていては、無作法というものだ。という訳で今日は馴染みがありスッキリとわかりやすい必須テーマを選びました。ご覧ください。

高山正之 戦後の在日蛮行原因を語る
my近代史より

Tel Quel Japon過去記事(再審「南京大虐殺」明成社刊)の「近所の図書館で」に出てくる「従軍慰安婦」の脚本化のための覚書、の中にもそう言えば「カイロ宣言」(朝鮮が奴隷扱いを受けているので日本から独立させる)が出てきたなと思い出し、今回のタイトルにしました。

前記事に引用しているNKブログより、以上の問題を非常にわかりやすく扱っている「現代史についての雑文その16 ドイツと日本2」をリンクします。

...「日本政府による酷い差別政策から米軍によって解放された可哀そうな人達」というわけです。可哀そうな人達なのですから優遇してあげないといけませんし、もう日本人によって朝鮮人が奴隷化されないように米軍が守ってあげないといけないのです。つまり日本人よりも朝鮮人(ついでに台湾人も)を優遇する方針を打ち出したのでした。そして日本軍閥政府がいかに残酷に朝鮮人を差別してきたかをしつこくプロパガンダで流して、軍閥政府の悪辣さを訴えました...朝鮮人のほうでも戦勝国であるアメリカが後ろ楯についてくれたということで調子に乗って、戦勝国民と自称して無法なことをやり出す輩も出てきて、米軍はこれを取り締まろうとしなかったので日本政府も遠慮して朝鮮人の無法行為は野放しになり、ますます日本人の反感は大きくなり、米軍や政府にはなかなか逆らえないので、朝鮮人への嫌悪感情ばかりが膨れ上がっていくことになりました。これによって、むしろ戦後になってから在日朝鮮人差別が激しくなっていったのです...(これも長い文章ですが真ん中以降から、このテーマに入っていきます。南京大虐殺や従軍慰安婦の問題の生成過程とその目的と原因、などがわかりやすく書かれていると思います)


論証というより、筆者の推論には違いないのですが、保守でない人たちがいつも言うお決まりのセリフが与太話として余りにも見事に切り出されているので、技ありの推理だと言わざるを得ません。ここです↓

「戦前の日本には民主主義などは存在せず、国民国家などではなく、天皇絶対主義専制国家であった。軍閥が世界征服を妄想する神道カルトの教義を狂信して政府を乗っ取って侵略戦争へと突き進んでいった。天皇を絶対神と同一視する狂信者である軍閥勢力が神道を政治的に利用して国民を洗脳した。朝鮮も台湾も満州も軍閥が世界征服計画の一環として不正な手段で強奪した領土で、本来の所有者へ返却しなければならない。軍閥は情報を操作し暴力で脅して日本国民を騙して戦争に駆り立ててたくさんの日本人を殺した悪辣な連中である。軍閥は朝鮮人差別を扇動し、奴隷化して滅ぼそうとした。軍閥は言論弾圧のために治安維持法を作り、無実の罪で多くの人を投獄して殺害したが、特に激しく弾圧を受けたのは共産党で、共産党は軍閥の抑圧に耐え続けた。戦勝国は日本軍閥のアジア侵略戦争に立ち向かった正義の勢力で、日本国民は戦勝国によって軍閥の悪政から解放された。日本は軍閥の起こした戦争によってアジア諸国に多大な迷惑をかけた。軍閥復活阻止のために日本は軍事力を持つべきではない。これからの日本は軍閥の支配を脱してアメリカの与えてくれた民主主義を育てていかねばならない」(この軍閥というGHQの造語の非体性・非在性については文章前半で見事に活写されています)


省エネ、というわけではないが他人様の文章を進行役に酷使してしまった。この辺はTel Quel Japonの中心テーマではないので、過去記事も以下の一つしか思い出せない。重要であることに変わりはない。
Tel Quel Japon過去記事:日本が韓国(中国)の植民地
この(緊急)暑中見舞いがどうかストレートにあなたのハートに届きますように!

日本 桜の季節に

今までの内容と繰り返す部分もありますが...
極東国際軍事法廷 各国要人言論集 :
私たちの先人は大東亜戦争をたたかったのです

・・・・・以上:2012年4月6日・・・・・
・・・・・以下:追記:2012年5月22日・・・・

「日本 新緑の季節に」 闘う日本軍
Conquest of Malaya and Singapore
このfilmに以下のようなコメントがあるのを見た。
Most of the Malay Natives wholeheartedly welcomed the liberating Imperial Japanese troops. SE Asian countries had been stolen by the American / European? colonial masters long ago. Imperial Japanese soldiers fought bravely to take these lands back & return them to the SE Asians.
「闘う日本兵」の信念に一致する見解である。
もし日本人がこれを「あとだし」と否定するなら、その人に問う。「戦う日本兵」をダマクラカシタのは彼らが信じた神国日本なのか、GHQが仮想捏造した「軍閥」なのか?あるいは、命を懸けた戦闘のすべてが、その場の空気に呑まれた「戦う日本人」の狂気、だったとでもいうのか?

・・・・・追記:2012年5月23日・・・・・
必ず見て、決して忘れないでほしい。
アジアが愛した日本 アジアを愛した日本 歴史の真実 :
大日本帝国が世界で初めて提案した『人種差別撤廃案』:
(参照:Woodrow Wilsonに関してTel Quel Japon過去記事
ミャンマーで大東亜戦争はどのように教えられているのか
日本に対する世界の評価:賞讃:アジア諸国は親日だった

Burma 未完

p12a.jpg 
ビルマにて、Flying Tigersに撃墜された日本兵。衝撃的な写真だ。おそらく日本未公開と思われる。

Burmaを集めてみる。
The Fall of Burma in World War 2
ビルマの戦い:wikipedia
〇YouTube - 大東亜戦争 ビルマ独立と日本との関係:
The Expansion of the Japanese Empire in 1942
World War Two : Burma
Joseph Stilwell's Escape from Burma During World War II
How World War II Shaped Burma's Future
FLYING TIGERS IN BURMA
Madame Chiang Kai-shek concluded her nationwide tour at a spectacular mass meeting held in the Hollywood Bowl
BURMA INDEPENDENCE ARMY
The China-Burma-India Theater
BURMA-THAILAND RAILWAY
The Burma-Thailand Railway
Burma profile
Remembering the Forgotten Theater of World War II
Allied Advances in Japanese Occupied Asia in Late 1944

Pearl Harborについての考察

12月8日(日本時間)午前3時25分、日本爆撃隊はオアフ島のフォード島飛行場に第一弾を投下した。ワシントンでは午後1時25分。ホワイトハウスに第一報が入ったのは午後1時50分。
野村と来栖がハルの控え室に入ったのは2時5分過ぎ。ハルが両大使を引見し、覚書を受け取ったのは2時20分で、真珠湾攻撃後1時間近くたっていた。


Please Read, * (4) Wars in violation of treaties etc.
:FROM Thanks to this page
・・・・・・・・・・
In the Seventh Edition of Wheaton's International Law, Dr. B. Keith discusses the history and the principle of declaration of war and concludes that non-declaration does not make the war illegal.

Dr. Keith then cites examples from the period between 1870 and 1904 to show that in some cases there were formal declarations while in others there were none. Among the latter group were the hostilities of 1884-1885, Sino-Japanese War of 1894, the Greek invasion of Turkey of 1897, and the allied action against China on June 17, 1900. In the Russo-Japanese War, 1904, Japan attacked the Russian Fleets two days before she formally proclaimed war. Russia thereupon accused the Japanese of treacherous conduct. Dr. Keith says that as there had been no surprise attack, the charge was hardly maintainable. Diplomatic relations between the two powers had been going on fruitlessly since the preceding July, and were severed on February 6, by the Japanese note declaring that "The Imperial Government of Japan reserve to themselves the right to take such independent action as they may deem best to consolidate and defend their menaced position, as well as to protect their established rights and legitimate interests."


お読みいただけただろうか。
2国間の関係が修復不可能に悪化し、すでに軍艦が配備され臨戦態勢にあるとき、"Surprise Attack"とはもはや言えず、従って国際法上、これに対する非難には根拠を認めることができない、と言うことだ。
Pearl Harborは"surprise attack"ではなく"expected attack"だったのだから。
as there had been no surprise attack, the charge was hardly maintainable.
東京裁判は勝者が敗者を裁くと言う意味において、成立不可だっただけでなく、国際法の精神に鑑みても、偏光に射られて進行した裁判であったことがわかる。
東京裁判史観及びそれに基づく日本近現代史は見直される必要がある


・・・・・・・・・くどいかもしれないけれど・・・・・
Please Read, **No treachery on the part of Japan(66)
:FROM
Thanks to this page


The evidence does not entitle us to characterize the Japanese attack as a sudden, unexpected, treacherous act committed while relations between the two countries were peaceful. We have seen to what extent the United States was at peace with Japan, and how she was actually engaged in a peace conference with Japan's envoys.
There was no treachery on the part of Japan in this respect.

ラダ・ビノード・パール
『パール博士の日本無罪論』 田中 正明著 という書物があるらしい。
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このPearl Harborはイタリア映画のもよう:
こちらです
:   別のFILMはこちら 仏語版

Pearl Harbor
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以上は2006年9月6日までの古い記事
今日2011年3月29日に以下のNEWSを追記します。
開戰 十二月八日 勝利の記録(一)
大東亜戦争と呼称するは、大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味するものにして、戦争地域を大東亜のみに限定する意味にあらず
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玉音放送を阻止せよ 宮城事件 証言

昭和二十年八月十五日 玉音放送を阻止せよ 
陸軍・近衞師団 小久保 福治さん(近衛師団)
・・・・・・・・・・
宮城事件について
参照 ペイジ1 & ペイジ2
参照:Tel Quel Japon 過去記事

テーマ:歴史認識 - ジャンル:政治・経済

大空襲 1945年3月10日 & サイトの紹介

今日3月10日は若くして亡くなった私の父の命日。
東京大空襲の日でもある。4つほどSiteをあたってみました。

東京大空襲 ;
日米で戦争責任の検証を ;
hiryuの写真日刊紙
Curtis Emerson LeMay

私の「太古と言う未来」というBlogに旧作を入稿しようと、書棚から「文学塹壕」(発行人;君本昌久氏)1973年7月刊第3号を引っ張り出してきてペイジをめくってみると、偶然「東京大空襲を記録する意味」(早乙女勝元氏の講演)と「神戸大空襲と私の体験」(野坂昭如氏の講演)の記事が同じ号の本に出ていて、思わず読みふけってしまいました。当時神戸の「市民の学校」の文学者達は「大空襲を記録する」上映会も開催されていたように記憶しています。この大虐殺が何故大虐殺と認識され問題にならないのか、不思議でたまりません。私の祖母と父の住んでいた家も3月13日に大阪第1回目のB29による大空襲で丸焼けにされています。父の英文日記にその日のリアルな記述があるので、いつか書き出してみたいと思っています。早乙女、野坂の両氏の講演からは抜粋したい部分が沢山あるのだけれど、部分的抜粋では真意が正確に伝わらないことも有るので見送りました。近くの図書館に行けば国会図書館からでも取り寄せてくれるのではないかと思います。興味のある方はぜひお読みください。
1973年のこの時点で戦後28年、さらにそれから35年が経過して、あの大空襲はかなり風化していると感じます。1973年の記事を読むとそれを如実に実感します。
日本兵はアジアの諸国であれをしたこれをしたと、見てきたように騒ぎ立てる口の多さと比較すれば、やはりこの忘却に近い風化は異様です。「アメリカの原爆のおかげで戦争が早く終わった」などと言う、まるでトイレの洗剤で洗脳されているような頭では、歴史の検証は不可能です。
どんなに多くの丸腰の同胞がどのような目にあって苦しんで悲しんで倒れていったか、日本人一人一人が目をひんむいて、真心を持って検証しなければ、戦争の真の悲惨さは体験しない者には分かりません。
コテンパンに負けた国民なのに、加害者面して、多少の優越感をもって「もう戦争はしません」等と言うのは、吉本喜劇のギャグと同じす。戦前から日本は戦争を回避するためにとことん努力はしてきたのです。
それに考えてみてください。「もう暴力は揮いません」と言うのはガキ大将の言葉であって、負けて泣いている子の言葉ではありません。
父や母の世代、祖父や祖母の世代が体験した戦争の苦しみ、残酷さ、惨めさ、それらをこそ検証し伝えなければなりません。原爆投下や日本本土大空襲を検証しつづけ、風化させてはならないと、考えるのであります。

Look at this film-1 , Look at this film-2,
Look at this film-3 , Look at this film-4 ,

SOMEDAY - GRAVE OF THE FIREFLIES
上記の野坂氏の講演の中に、妹は餓死した、という証言がありました。Grave of the Fireflies: Sadness

追記: 3月15日: 
日本TV 記念番組 東京大空襲 3月17日、3月18日 2夜連続


・・・・・追記:2011年3月5日・・・・・
66回目の3月10日、と3月13日が近づいてきたので、この記事を上に移動させました。

・・・・・追記:2011年3月15日・・・・・
B29による一般市民大虐殺について
私の祖母と父の家もB29に焼かれました。命からがら逃げたその日の父の日記、見つけることが出来ませんでしたが、素晴らしいペイジを発見しました。
大空襲のペイジ
・・・・・
Coast Guard Officers Harpooned to Death?
Confute Fabrication of Comfort Women!
Videoペイジ
元ペイジVoice of Japan via Tweeting

/////////追記:2011年3月19日/////////

Japan Focus : All Articles
The Asia Pacific Journal とはどこから資本が出ているどういう団体なのだろう。日本政府による反日心理戦?これが日本政府のど真ん中的、見解なのかもしれないが。
The War Crimes Trials and the Issue of Indiscriminate Bombing
by Yuki Tanaka and Richard Falk
同じくThe Asia Pacific Journalからの記事だが、読みごたえがあった。原爆に対する怒りはいかに歴史解釈が異なろうとも右左を問わず、日本人に共通するものだ。日本の歴史教科書の歴史認識から原爆を語ればこうなる。反核の人たちの意見もよく分かる。ここに見えてくるものもやはり、敗戦処理の拙さ、間違いである。日本はおかしな国になってしまったのだ。歴史解釈に関していくらでも議論を立てることができるが、この文章の主張に抗し切れないものがある。原因は敗戦処理の過ちなのだ。長いものに巻かれて、事なかれ主義を美徳とし、敗戦の原因をしっかり検証しなかった日本人の、アメリカと共同してストーリーを作り上げて、一切の喧喧諤諤を上から押さえつけた、植民地日本国の狂気の失敗と検証を忘れた国民の永遠の無思考が見えてしまうのだ。

上の記事からの引用
Overall, the basic argument advanced by the Japanese government is that a defeated nation has no right to condemn the wrong doings committed by a victorious nation, and that the citizens of the defeated nation must accept this as their unchangeable fate no matter how badly they are victimized. In other words, the Japanese government forced its citizens to accept that the law of the jungle applies: the weak (the defeated) are obliged to endure any injustice imposed by the powerful (the victor).
今もって日本人の思考は驚くべき事にこれにどっぷりだ。思考に於ける正義の論拠をあたかも放棄してしまったような光景が今もなを市中の日常会話に頻繁に見うけられる。

Ben Shahnという画家:第五福竜丸



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CIA Papers Reveal Japan Coup Plot

CIA Papers Reveal Japan Coup Plot
戦後秘史・服部卓四郎と辻政信 古沢襄
CIAが明かす戦後秘史
昭和25年のクーデター未遂事件
走る前に脚を痛めてしまった三島由紀夫と見ればいいのだろうか?
帝国軍人の折れて再び立ち上がった行き場のなさと見るべきなのか?
服部卓四郎と辻政信に関しては、もっと多角的解釈があってしかるべきだと思っている。物語的に単純に考えない方がよい。GHQ自体が七変化。戦犯になるならないは単なる時の運、逃れてGHQで働いたからといって、裏切り者と見るのは間違っている。天皇陛下を含めて日本人はすべからくGHQの命令に従って行動せざるを得なかったのだから。少なくとも戦後は。
終戦交渉や終戦計画実行中はOSSや連合国間,あるいは日本国中枢の間で意見の分裂・攻防があった。水面下の終戦交渉も見逃せない。長い手探りの後おおよその確約が水面下でかわされてポツダム宣言受諾が決定した。パイプをくわえて厚木に降り立った丸腰のマッカーサーを見て、日本人の多くが拍子抜けしたことも確かに違いない。
・・・・・・
戦後米国の情報戦と六〇年安保——ウィロビーから岸信介まで
AP: CIA recruited Japanese war criminals
CIAもこの辺りではまだまだオープンなのでCIA=Spyとは考えない方がよい。GHQに関しては、まずウィロビーを知ることからはじめたほうがよい。日本人にとっても大変興味深い人物である。
参照:Tel Quel Japon 過去記事
CIAコードネイム、実名対照表

・・・・・以上は2011年2月18日・・・・・
・・・・・追記:2012年2月23日・・・・・
The CIA and U.S. Intelligence Jan 13, 2008
あんまりおもしろくないのは、相手の手の中という椅子に座らされるから?
CIAと緒方竹虎:学者らしい素晴らしい研究
あちらの資料を翻訳しただけなのだが、これだけのものはめったにお目にかかれない。Tel Quelの過去記事とダブルが念のために再度出しておく。

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日本国憲法前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
・・・・・・・・・・・
日本国憲法前文を読む機会があり、読んでおかしいと思ったところをピンク字に記しました。いちいち理由を書かなくても「そんなことの根拠はどこにも無い」とわかる駄文です。
日本国憲法前文:Wikipedia
Netで調べてみるとこれを歌にして歌っている歌手がいました。学校で先生たちが生徒にこの歌を熱唱するとか、あるいは暗唱させているとか。
日本国憲法前文の歌 :You Tube
おかしいぞと思っていたら、すでに青山繁晴の発言がありました。鳩山さんに関する話は興味深いですね。
青山繁晴 日本国憲法前文の精神と、韓国軍の緩み[桜H22/7/2]
お話の中に沢田研二云々がありましたので、早速調べてみました。
我が窮状というタイトルの歌で、要するに九条を守りましょう、という護憲の歌でした。老いて恋の歌が歌えなくなると、こうなっちゃうのでしょうか。
「許しあい信じようって?沢田研二さん、平和を愛する諸国民の公正と信義、を無条件に信じていれば平和に暮らせるのですね」
でもこの歌、われらの安全と生存を(平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して)保持しようと決意した、という前文の内容とは合っていますね。国家も国民も意気消沈して生存本能さえなくしてしまいそうな、文言ですけど。
・・・・・・・
追記:2010年12月31日(本年最終入稿)
今日の産経新聞「正論」のタイトルは「闘争本能を失った国と個人を憂う」筆者は拓殖大学学長渡辺利夫氏。多くは書かないが日々誰でも経験していると思う。日本人はこんなおかしな発想をする民族だったのだろうかと。小さな事から大きな事まで、やられたらなすがままに無抵抗で後退してゆく。泣き寝入りこそが美徳なのだと。さらにどうしようもないのは、自衛のために戦おうとする人たちにまで「無抵抗で後退する、降参する事」をしゃにむに強要する、だから理不尽な目にあって戦っている人を助太刀するどころか、長いものに巻かれないとは何事かと、口汚くののしる。おかしな国に,国民になったものだ。
「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において」国際社会であろうと、日本社会であろうと、そんな社会があるなら、そもそも憲法などいらない。
少なくとも日本国憲法前文は日本人から思考力と闘争本能を奪っている。それだけで、充分国は亡びる。闘争本能(生存本能)を失ったら、国も個人も亡びるしかないのだ。

・・・・・・追記:2011年2月13日・・・・・・
4-7 コールグローヴ、トルーマン宛書簡 1946年7月29日
Letter from Kenneth Colegrove to President Harry S. Truman, dated July 29, 1946:拡大して読む事ができる。NOSAKAの名前があるのが非常に興味深い
元サイト:日本国憲法の誕生
第1章 戦争終結と憲法改正の始動
第3章 GHQ草案と日本政府の対応
人物紹介

OSSの「日本計画」が出産したものは、とどのつまりは東京裁判と、日本国憲法として形を成した。1942年からすでに日本統治を検討していたアメリカ合衆国。予想以上に予定以上に完璧な占領政策は今も続いている。勝利だけでなく正義まで奪われて黙っている日本、敗戦だけでなく、過去を過ちとして背負い込んで意気消沈している日本。覚醒できるのだろうか、日本人!今トリックは見えたのだが。覚醒した日本人は少ない、少なすぎる。
参照:Tel Quel Japon 過去記事
No.1~No.6までクリック 重要

Tel Quel Japon緊急提案:むやみに平和を叫んで平和を維持できないように、むやみに憲法改正を叫んでも、改正できるものではない。どういう過程を経て、誰のどんな意見を統合し、結実したのか、また現代の世界情勢に対応する意味から早急に求められる改正の必然的ポイントは、どこであるのか。国民のコンセンサスをどう構築するのか。具体的に何をどのように改正するのか、議論を起こして実行に向かわねばならない。左の「平和を守ろう」の護憲と右の「憲法改正」はその虚ろさにおいて、次元が等しい。60数年間放置したのは日本人だ。保守はまず本心を正直に述べよ。時の流れ,時代、現代世界情勢を鑑み、まっとうな議論を起こせ。論理だて得たことから、コンセンサスを獲得し実行に移せ。

///////追記:2011年2月17日///////
基礎的アウトラインは捉えておいた方が良い。

Part 1 Military Defeat and Efforts to Reform the Constitution
Part 2 Creation of Various Proposals to Reform the Constitution
Part 3 Formulation of the GHQ Draft and Response of the Japanese Government
Part 4 Deliberations in the Imperial Diet
Part 5 Enactment of the Constitution of Japan

〇Topic 1 Popular Sovereignty and the Emperor System
Criteria for the Adoption of a New Japanese Constitution
〇3-28 Far Eastern Commission Request for Consultation on Japanese Constitution
Frank R. McCoy : Far Eastern Commission
Letter from Kenneth Colegrove to General Frank R. McCoy, dated 26 April 1946

The Constitution of Japan & 日本国憲法

・・・・・追記:2011年2月19日・・・・・
日本国憲法制定に至るまで

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Japanese-American Internment Camps

Japanese-American Internment Camps
THAT DAMNED FENCE:詩作品
(anonymous poem circulated at the Poston Camp)
Japanese-American Internment Campsに関して
例によってOWIは以下のようなFilmを制作している。
Japanese Relocation (ca. 1943) by
U.S. Office of War Information
上の3つのリンクをクリックされて、どんな感想を持たれただろうか?
・・・・・・・・
Japanese-American Internment Campsは以前にも記事にしたことがあるように思う。改めて持ち出したのは、内容は勿論都合のいいように脚色されて入るが、国内向けに情報を開示していることだ。以前のこのFILMにしても、大勢の文化人を使って調べさせた(「菊と刀」など)研究成果を勿論目的に添っての事だが、やはり開示している。情報はこのように戦時は国内的には共有すべきもので、共有して共感を得るために戦時情報局によって編集されている。つまりfilmにはナレイションが入るわけだ。情報を開示し共感を得るためにそれなりに編集し、国民の理解を得て、国家的コンセンサスを作り上げるわけだ。それがOWIの役割だ。
たとえば上のJapanese-American Internment Campsのfilmなら、何故既にアメリカ国民になっている日系人の財産を奪い、強制収容所に閉じ込め犯罪者のように扱ったか、を一方的ではあるがそれなりに説明している。否、説明と言うより、プロパガンダ教育をしているのだが、そのための労力たるや,凄いものがある。常時自国の正当化をし、国民の賛同をえる努力をしていると言う事だ。民主主義国家と名のり、ファシスト国家との違いを見出せるとすれば、まさにこの辺だ。
「お前達は天皇の赤子だ」「日本兵ならば天皇陛下に命をお預けしろ」、あるいはいきなりの「鬼畜米英」では、立派な国民になろうとすればするほど全体的にカルト化した集団にならざるを得ない。論理を飛ばした手抜きである。天皇・天皇制が政府指導者や軍部に利用されたと言われるのは、この手抜きである。前記事「小林よしのりの妄想」は現代の皇国史観(天皇に忠義を尽くすことが臣民たる日本人の至上価値であるとする価値判断を伴った歴史観)そのものなのだが、忠誠を尽くすとかお守りするとか、この恩ぎせがましい表現は具体的には戦争や国防のイメージを伴ったものなのだろうか?それでないとしたら、具体的にその人にどういう能力があり、それに伴ったどういう行為を意味するのだろう。戦争や国防のイメージを伴うならば、やはり手っ取り早くコンセンサスを得るための、手抜きでしかない。戦闘力を高揚させるための、言葉は悪いが、利用である。国体=天皇と思い、忠義を尽くしお守りするというなら、その手段としての軍隊はどこにあるのか、武器は入手しているのか、訓練は受けているのか。2・26のように忠義は政府高官・軍部要人の暗殺と言う形で示すのか、危機に際して亡命ルートを確保すると言う形でか、替え玉としての弾除けになるつもりの自己犠牲を意味するのか。なによりそれは陛下がお喜びになる忠誠なのか。
話を戦前に限定してもっと分かりやすくしよう。民主主義国家アメリカにはコンセンサスを尊ぶ国是があった。ルーズベルトは真珠湾攻撃を知っていたのに、知らぬふりを押し通して、アメリカを不要な戦争に巻き込んでいったという、ルーズベルト悪玉説はアメリカから出てアメリカに根強い。国民の参戦コンセンサスを得るため、と言うのがその目的だったと、もし開戦時の日本人が聞いたら、その発想自体に仰天しただろう。

TEL QUEL JAPONの緊急提案ーOSS及びOWIのようなハードとソフトの両方の情報局を表立って堂々と設立し国益を目的とした国家建て直しと、国民の啓蒙に当たらせる。



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「諸君」4月号:重鎮・直接対決(2)

参照1:「真珠湾の審判」ロバート・A・シオボールド著(The Final Secret of Pearl Harbor)
参照2:「真珠湾の真実」ロバート・E・スティネット著ールーズベルト欺瞞の日々ー(DAY OF DECEIT-the Truth about FDR and Pearl Harbor-)
参照3:「真珠湾」G・モーゲンスターン著ー日米開戦の真実とルーズベルトの責任ー(PEARL HARBOR-The Secret War-)
参照4:「真珠湾の裏切り」ジェイムズ・ラスブリッジャー&エリック・ネイヴ著(Betrayal at Pearl Harbor-How Churchill lured Roosevelt into WWⅡ-)
参照5Tel Quel Japon過去記事:Pearl Harbor

第4ラウンドは西尾氏のジャブがたまたま秦氏の鼻頭にあたり秦氏出血、ドクターチェックがはいった。「太平洋艦隊へ出航命令を出しておけば、日本の空撃ちになる。犠牲も出さず大義名分も成り立つ」という秦氏のお得意のセリフが来た。これを切り札のセリフにしていると前にも書いておられた。「真実の大被害だけが巨大な政治的効果を生むのです」と西尾氏があきれかえって反論されている。秦氏は、子供でもあるまいに、本当にこの切り札で議論が通ると思っておられるのだろうか。
たとえば1940年11月14日のCoventryの空爆をお忘れだろうか。One Night in November(資料1資料2資料3:)という舞台でも見て、噂されるその政治的意味を思い出していただきたい。どれほどの空爆であったか、Film資料の方も御覧下さい。RooseveltはCoventryのChurchillをそっくり真珠湾で自演したのかもしれない。
またイラン・コントラ事件の下地にもなったイランアメリカ大使館人質事件を思い出していただきたい。新しい大統領が華々しくデビューするために、その演出のために、人質の解放を敵対国と裏取引してわざと遅らせる、アメリカとはそういう国なのだと言いたい。アメリカやイギリスの政治的権力者は、個人的にも国家的にもいざと言う時の発想が日本人とはかけ離れている。
ドクターチェックで改めて驚いたのだが、秦氏は、真珠湾攻撃が敵方のシナリオ誘導であったことを未だに否定されている。上の参照の1~4までは私が最近手にした書籍である。すでに秦氏はお読みと思うが、どうやら書き手の虚言だと思われているようだ。第6,7ラウンドで西尾氏が取り出された幾多のVenona filesにしても、秦氏は都合の悪い資料には、正否を判断する前に、読み込む意思を閉ざされておられるように思えてならない。歴史家の歴史に対する姿勢が特別なのはよくわかるが、相手のパンチの前に顔を突き出すような、視野の硬直化が気になったラウンドであった。

参照: 西尾幹二氏Blog
News: 今2ヵ月後の「諸君」廃刊のNewsがはいった。新聞も雑誌も生き残りが厳しくなってきている。製造業や金融業に続いて競合を避けるための統合段階に入るのだろう。日本国に関する秦氏の言を借りれば「能う限りの衰亡を遅らせていくという立派な戦略」?が新聞にも雑誌にもまだあるぞと、笑っていていいのだろうけれども。
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追記:3月10日:「諸君」4月号:重鎮・直接対決(3)
7ラウンド以後も双方に疲れは見えず、特に秦氏が数多い大きなパンチを繰り出されたが、ほとんどが空を切った。西尾氏はカウンターをあわせるチャンスをみすみす見逃されてしまった。それでもカウンターは8ラウンドに一度決まった。「現在の目で過去を見る専門家の視野では、正しい歴史が見えない」というパンチである。効いたのか効かなかったのか秦氏の回復は速かった。二人の重鎮に判定をするのは無礼だと判断し試合はドローと決定された。感想としてはお二人の立ち位置の違いが浮き彫りになった試合と言える。歩み寄る気配は永遠に無いだろう。
秦氏が最後に-これからの日本は世界の覇権争いに首を突っ込むのではなく、石橋湛山流の小日本主義の道を行くと言う手もある。博打は打たないで、大英帝国のように『能う限り衰亡を遅らせていくというのは、立派な国家戦略だと思います』ーと発言された。そのような日本の未来を立派な戦略だと思われる秦氏と、それが国家戦略としたらおぞましくかつ最低だと思われる西尾氏側と(実は私自身の意見です)、その点にこそ論点の相違が集約されているように感じた。歴史の真実とか、歴史家の領域とかとは、全く何の関係も無い。

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「諸君」4月号:重鎮・直接対決(1)

「諸君」4月号:重鎮 直接対決、とは田母神論文をめぐる秦郁彦氏と西尾幹二氏との対決である。昨夜立ち読みして、どちらも堂々とした対決ぶりであったので、今日新に「諸君」4月号を購入した。

まず西尾幹二のインターネット日録にリンクしておく。
参照:Tel Quel Japon過去記事1
参照:Tel Quel Japon過去記事2
参照:Tel Quel Japon過去記事3
参照:Tel Quel Japon過去記事4

第3ラウンドあたりに秦氏のストレートが入っている。なぜなら西尾氏が全く反論を(ディフェンスを)されていないからだ。Tel Quel Japon過去記事1の感想.7に書いているポイントだ。
「真珠湾攻撃に先立つ一ヵ月半も前から、中国大陸においてアメリカは日本に対し、隠密に航空攻撃を開始していたのである」が田母神氏の記憶の変形だと指摘された。前にも書いたようにこれは秦氏の揚げ足取りだ。「中国大陸に於いて、日本に対し」という文章は成り立たない。文章ミスなのだ。「隠密に航空爆撃」など出来る筈が無い。文章ミスなのだ。前に書いたように「日本に対し航空攻撃(準備)を開始していた、とするのが校正の出来た文章だ。」
第4ラウンド早々に西尾氏の右が秦氏のボディーをとらえた。田母神氏をお笑いタレント扱いしようとした秦氏に「田母神さんを侮辱するのはやめて頂きたい。軍人には名誉が大事なのです」ときっぱりとかえしておられる。田母神論文を否定したい一心で、書き手の人格誹謗まで発言するのは、恥ずかしいことだと認識しなければなるまい。
第2第3ラウンドと、西尾氏のストレートが2度空を切った。Nicolson Bakerの話題が出ているのに秦氏の「どういう結論を引き出しているのですか」の問いにこれといった回答がなされていない。Tel Quel Japon過去記事2をクリックしていただきたい。このBook Reviewを読むだけでも著者の意図は充分理解できる。Tel Quel Japon過去記事1の後半にあるThe Political Cesspoolのラジオ番組を聞いてもそれはわかる。(前から10分の4から5の辺りでその発言がある)Nicolson Baker氏は平和主義者なのだ。その著書にJames O. RichardsonやJeannette Rankinの名前が出てくるのは、どうしても日本に戦争させたかったRooseveltと対比させて、Rooseveltの日本に対する戦争意欲を立証するためだ。Tel Quel Japon過去記事4の映画の中でも、Rooseveltが日本を戦争に巻き込んだと言うセリフがはっきりと聞き取れた。歴史や政治に興味のある人間なら、アメリカ人であろうと日本人であろうと、太平洋戦争がどのように勃発したか、裏の経緯はずっと昔から誰でも知っている、と言うことだ。(つづく)

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田母神論文の功績 (1)

中学や高校の(学校で教える)教科書でしか日本の歴史を教わっていない人たちから見れば、田母神論文は、イロハのイから、にわかに理解しがたい内容だったかもしれない。
しかし自分で調べたり研究したりしてから発言する人たちから見れば、内容に何ひとつ間違いがないばかりでなく、すべて百も承知の既知の真実なのだけれども。
田母神論文議論はこのギャップを炙り出した。
まず田母神論文の功績の第一はVENONA FilesとHarry Dexter Whiteに触れていることだと思う。
田母神論文を「とんでもない、恐ろしい」とか「幼稚、妄想」とか思う人のためにNet上で参考になる資料を探してみた。どうぞお読みください。
(1) Wikipedia Harry Dexter White
(2)Venona Files: Venona Project:
(3)このOne Man's Greedと言う記事は最高に面白い。Harry Dexter Whiteの生い立ちから、心臓発作による死まで(法廷に立たされた僅か3日後の急死)、そして詳しいキャリアも書かれている。興味深いのはWhiteをIMFの重要な地位に任命した時、大統領のTrumanは、すでにWhiteがソ連のスパイであると言うFBIの報告を受けていたと言う証言があることだ。証言者は当時の国務長官James F. Byrnes。Trumanは裁判所の召喚に応じていない。
(4) コミンテルン
(5) 尾崎秀実が実行した砕氷船理論
   Icebreaker (Suvorov) :
   Who Started the Second World War?

すべてをFilmで:凄いサイト

国粋主義者とは、真にグローバルな視点を所有したものである。-という考えから大川周明に注目した。イスラムに造詣が深かったと言うことからもそれがわかる。少し前に暦について考えていた時に、暦の概念が思想に大きく影響することに気づいた。西暦の発想は国際社会把握に大きな偏見を生んでいるのではないだろうか。
(イラク戦争とは一体何なのか?とも、関連してくるはずだ)
と言うわけで、大川周明のお勉強サイトを発見:
 大川周明について 
しかしこの解説では、あまりにも説得力がない、というか、底が浅すぎる。昭和初期の小学生向きの解説だ。大川周明氏に対して大変申し訳ない。
それで、うろうろしていたら、物凄いサイトを発見した。日本の現代史を客観的にfilmから学べる。
You Tubeで学ぶ日本の現代史: 
製作者の労力に感謝します。

2007年8月14日の番組:パール判事

前ペイジの記事の中の2007年8月14日の番組、安心したとかいているが、やはり危惧したとおりだった。ベイスになった本が、今議論の的になっている
私の知り合いに、B級戦犯の弁護を担当された方がいる。その人の身近な人に聞くと、その方は、パール判事を師と仰ぎ、インドまで会いにいかれた。その旅行記もある、ということだったので、探してもらったが、すでに行方不明になってしまっていた。戦後に多く起こった冤罪に関して、司法で戦ってこられたかただ。松川事件ほか、大きな事件には、ほとんど関わってこられた。弁護士として、インドでパール判事とどのような話をされたのだろう。
司法と思想は違うのだと、小林よしのりも最新号の「SAPIO」に描いているが、どんな高尚な内容でも、後に曲解され、思想利用されたらたまったものではない。
この件に関して、私がとやかくいうまでもない。戦友連の「パール判事の正義感」をよめば、すべてに結論が出ることだ。
真実を曲解してまで、日本人の死屍に鞭打とうとするのは誰だ!
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For English-speaking people to understand Japan : Please click Japan before
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追記:8月9日: (これが勇み足だとして消した文章)
NHKの予告編を観てすでに内容・視点が予測できてしまった。
「全員無罪」のパール判事でさえ、法的無罪を主張したものの、決して人道的無罪を認めたものではないなどと(戦争に人道的有罪も無罪もあろう筈が無い)、どんでん返しを狙うつもりなのだろう。昨年の「富田メモ」と番組制作意図は同じ。
一部の政治家・軍人をA級戦犯・極悪人として血祭りに上げ、内外からの非難をかわそうという、まさに「事勿れ主義」、ひょっとしたら左右合意の上の、これが「オトシドコロ」なのだろうか?
正々堂々とした何の議論も出来ず、虎視眈々と、同胞に矢を射るだけの国であるならば、もう救いようがない。

こんなFILMがフランスでも流されている

戦前に逆戻りする日本。靖国に首相が行っている。戦争責任に対して反省がないと。ペイジのまま載せます

Votre Avisのところにカキコを入れました。「兵隊が犯罪者なら、犯罪者でない兵隊は、どこの国にいるのか。このJournalisteは恐怖心を植えつけている、そしてあなたを誤った考えに導く」と。 

1960年:日米安保闘争

1960年:日米安保闘争:少し時間がかかります

盧溝橋事件:Marco Polo Bridge Incident

盧溝橋事件Marco Polo Bridge Incident
:貴重なFilm


敗戦:VIDEO

言葉もない

1931年9月19日朝

1931年9月19日、青山の自宅にいた松岡は朝刊で柳条湖事件の勃発を知った。そのころ「東亜全局の動揺」という著作に打ち込み、完成寸前だった。事件を知った時の衝撃を「東亜の全局の動揺」の校正後記に記している。
「松岡洋右ー悲劇の外交官(上)」P.110&111より抜粋

朝刊が来た。目を見張った。が、次の瞬間力なく校正の赤鉛筆を放り出して、我知らずうなじを垂れた。外交は完全に破綻した。威力は全く地に落ちた。世界を挙げて我が勢力の存在を認めていた筈の満蒙で、このていたらくは何事であるか。(中略)こんなことを防ごうと思えばこそ筆を執った。もう校正する勇気もない。砲火剣光の下に外交はない。東亜の大局を繋ぐ力もない。やんぬるかな、ああ。
9月19日朝、奉天付近における日支兵衝突の報道を読みて。
著者識す

これを読むと柳条湖事件について、陸軍からは松岡になんらの事前通報がなかったことがよくわかる。・・・
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言われていたような企みが、元々なかったとしたら、陸軍自身、事前通報など、そもそもしようがないのではないのか。柳条湖事件は、本当に突発的な事件だったのではないか。あるいは逆に嵌められたものではないか。
I am mentioning this at this stage not to say which side was right and which wrong. I am simply pointing out, in support of the hypothesis advanced by the Japanese that Mukden incident was engineered by the Chinese, that even by the absence of military preparedness on the part of China the hypothesis is not altogether excluded. (Pal判事もこう記している)さらに
Further, if we are to build on this apparent military preparedness of the Japanese side, we must not ignore any possible preparedness on the Chinese side in some other respects. Preparedness, after all, depends upon what the party may be preparing for. The Chinese side might have been conscious of their relative weakness in military strength and therefore instead of counting upon their own military recourse, might have counted upon international intervention for the solution of their Japanese difficulties in Manchuria. They might not have been inadequately prepared for securing such international intervention.(Pal判事はこうも記している)
この衝突は日本軍が戦闘行為拡大の口実に引き起こした、と一般にはされてきたが、ならば、逆に武力に劣る中国側が国際連盟に泣きつくための口実にすることも出来た衝突だった、という見解も成り立つと言うことだ。結果から見れば、後者が成功して、日本は孤立していったのだった。
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PAL判事のことを知らなかった方は以下のリンクをご覧ください。
ラダ・ビノード・パール
Radhabinod Pal
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闇の夜を照らすひかりのふみ仰ぎ こころ安けく逝くぞうれ志き
東京裁判で絞首刑になった木村兵太郎が、PALに感激して詠んだ歌である
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New York City,March,1933:Yosuke Matsuoka

ジュネーヴでの演説をまとめた小冊子をMr.MatsuokaはNew Yorkで配布している。以下はその序文からの抜粋である。

Japan wants no war. She seeks to prevent the development of war. Her actions in Manchuria have been taken with this object in view, and therefore in conformity with the purpose of the League of Nations. It is because there is in Europe and America so little understanding of Japan and China, and their relations with Russia, that the Western World has permitted itself to be misled with regard to the policies of my country. These policies, the disordered condition of China,and the potentialities with regard to the Union of Socialist Soviet Republics, I have endeavoured to explain.

With regard to the U.S.S.R. there are two trends of thought in Japan at the present moment. One is that that country is a menace to Japan, because of efforts to spread Sovietism over the Far East and because of the militaly development within the Soviet Union. Those Japanese who are anxious over this combined development and propaganda think that our country should strike at the U.S.S.R. before the potential menace fully materializes. The other opinion is that the issues conflicting between the two countries can be peacefully settled by means of diplomacy. The writer shares this latter view.

平成の一般的日本人は満州を語るとき、このU.S.S.R.の存在を何故か忘れている。否、昭和の戦後の日本人でさえ、戦争を語るときU.S.S.R.はわずかに日本敗戦後のソ連侵攻と”シベリア抑留”に記憶されるのみのように思える。一方日本には、あるいは日本のみではなく、あらゆる分野の知識人の過半数がロシア憧憬者によって占められていた時代があった。スターリン批判が出るまでは特に。そしてその後は毛沢東憧憬者によって。
ゆえに松岡の上記の発言は一顧だにされたことがない。洗脳をといて、この時代(当時)に立ち返って松岡の言葉に耳を傾けていただきたい。松岡の真意と不安の的中に気づかないだろうか。
それともJuan Changの「MAO」のような、ロシア人の手になる「Stalin」が出版されるまで、あるいは、待たねばならないのだろうか。
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団塊の世代のあなた、あなたの引き出しの奥に、ひょっとして「毛沢東語録」がありはしませんか
「ち、違う、これは『赤尾の豆単』だ」って?
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あなたの心の中に(貴方が、又は貴方に)ずっと石を投げ続けた「日本の過去」はありませんか?

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The Mukden Incident:柳条湖事件

http://homepage3.nifty.com/kadzuwo/history/Hall-content.htm
こちらのサイトからリンクさせていただきました。

The Mukden Incident:柳条湖事件
 by Radhabinod Pal (India)
I am saying this only to show the difficulty in drawing any conclusion against Japan from the mere circumstance of her relative preparedness.
日本の戦闘行為が迅速だったからという理由で、日本側が仕掛けた行為だと言う証拠にはならない。結局それだけが証拠だったのか。
それにしてもPal判事の文章を読んで大変感動した。松岡が国際連盟で述べたことと、その視点と非常に類似しる。松岡の文章かと、勘違いするくらいに。
The military operations of the Japanese troops during this night, which have been described above, cannot be regarded as measures of legitimate self-defense. In saying this, the Commission does not exclude the hypothesis that the officers on the spot may have thought they were acting in self-defense."
この部分は特に松岡の連盟での指摘と同じである。

The Manchurian Incident and self-defense
I am however inclined to the view that there existed sufficient objective condition so as to entitle Japan to plead that she bona fide decided upon this measure as necessitated by self-defense, and consequently, even if I could accept the view that aggressive war became crime in international law at the date of the Manchurian Incident I would not have held this to be such an aggressive war at all. ここで感動は極限に達した。日本人全員がこのPal判事の文章を暗記するほど読むべきだと思う。

The attitude of the League
If Japan had yielded to intimidation and withdrawn her troops, Manchuria would have been delivered over to a more horrible state of anarchy and misrule even than before." The League had no means to step in and restore order in Manchuria. The League equally had no means to guarantee security to the Japanese Force.
この部分も松岡が連盟で訴えたポイントと同じだ。

真珠湾攻撃の検証 :サイトの紹介

Pearl Harbor Attacked 1941/12/07
Torikai Lab Network
Peace and War OnLine
を紹介します。こちらです

張作霖事件

福井先輩に教えてもらった「マオ」(「ワイルド・スワン」の著作者ーJung Chang著)の中(P.301)に、それこそ日本のマスコミがこぞって報道しなければならない、歴史的大発言が記されていた。

★張作霖爆殺は一般的には日本軍が実行したとされているが、ソ連の情報機関の資料から最近明らかになったところによると、実際にはスターリンの命令にもとづいてナウム・エンティンゴン(のちトロツキー暗殺に関与した人物)が計画し、日本軍の仕業に見せかけたものだと言う。★

日本人自らが探求・探究し告知すべき記述である。
日本人歴史家は与えられた史実を書き写し浸透させることしかできないのだろうか。・・・
張作霖事件の真実究明を起点として、今後次々とドミノ倒しのように日本の近現代史、特に中国における、(今月号の「正論」には早速、『盧溝橋「当事者」が重大証言!』と言う記事がある)が撤回されていくだろう。ただし、日本人自らが真剣に史実解明にとりくめば、という条件付ではあるけれど。
講談社刊、Jung Changの「マオ(上・下)」の読書をお勧めします

1917年に成立したロシア・ソヴィエト連合社会主義共和国(ソヴィエト社会主義共和国連邦)、1931年に瑞金に成立した中華ソヴィエト共和国、そして1949年北京に成立した中華人民共和国、それら熱狂の中で、その歴史的賞賛のなかで見落とされてしまったものがある。元紅衛兵のJung Changは自ら洗脳を解いてそれを書き出した。覚醒しなければならない。気づいたら着せられていた悪役の衣服を、説明責任を果たしながら脱ぐ時がきたのだ。

「日本侵略を感謝した毛沢東」という記事にトラックバックしました。

Pacific War

簡潔にしてアウトラインが好くまとまったペイジを見つけたので、ここに掲載します。Pacific War

このペイジには以下の文章が読み取れる。引用。
The attack to the Pearl Harbor is said to be "The attack without a declaration"but the declaration is said to be delayed only by the slacked official works.
But,the secret Japanese radio code had been broken by American intelligence,and America had learned much about Japan's plan.

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